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001 物資はある。技術者もいる。では、足りないものは?
ケイオスマリーンとスペースマリーン。
両者は、およそ一万年以上にもわたって敵対し続けてきた存在である。
戦争には物資が必要だ。
英雄たる者が振るう武具を修理するための資材。反英雄たる者が撃ち込む弾丸。兵士たちの食料。戦場を支える労働力。使い潰される人員。あるいは、奴隷。
戦争を続けるためには、ありとあらゆるものが必要になる。
そして、終わりの見えない絶滅戦争が繰り広げられる世界では、そのありとあらゆるものが不足する。
食料が足りない。人手が足りない。燃料が足りない。兵器を修理するための部品が足りない。
ただし、武器と弾薬だけは話が別だった。
何しろ、銀河のあらゆる勢力が、あらゆる敵を根絶やしにせんと戦い続けているのだ。
敵を殺すための道具だけは、いくら作っても足りない。
――そして、そんな世界からやってきた者たちがキヴォトスを見れば、どう思うだろうか。
答えは簡単だ。
なんだここは。楽園か?
食料がある。資材がある。機械がある。銃がある。弾薬がある。
少なくとも、外の世界の基準で見れば、キヴォトスは驚くほど恵まれていた。
もはや、その辺の土を掘り返せば鉄鉱石どころか完成品のボルトガンでも出てくるのではないか。そんな錯覚すら覚えるほどに。
もちろん、あるところにはあり、ないところにはない。
キヴォトスだって無限の資源を持つ世界ではないし、貧困に苦しむ者もいる。物資の偏りもあれば、予算不足に頭を抱える者もいる。
それでも、銀河の果てで戦争を続けてきた者たちからすれば、ここは十分すぎるほど豊かな世界だった。
では、そんな外の世界とキヴォトスにおいて、共通して不足しがちなものとは何だろうか。
武器か? 弾薬か? 資材か?
否。
それらは金さえあれば、どうにかなる。
不足しがちなのは――。
「ふー……いい仕事をした」
職人である。
とある工房。
そこは、メカニカスたちが日夜、機械神への信仰と技術の研鑽に励む場所だった。
そして現在、その工房には、奇妙な商品がずらりと並んでいた。
スペースマリーンのパワーアーマー。
……に、よく似た何かである。
元の世界では巨人と呼ぶべき体躯を誇った超人たちの鎧。それが今では、キヴォトスの少女たちの平均身長に合わせたサイズへと縮小されていた。
いや、正確には縮小したというより、最初からそのサイズで作り直したというべきだろう。
装甲板は再利用した鉄材を溶かし、型に流し込んで成形したもの。外見こそ重厚なパワーアーマーそのものだが、防弾性能はせいぜい市販の防弾チョッキと同程度。
もちろん、動力もなければ、スペースマリーンの超人的な筋力を前提とした機構もない。
あくまで外見を再現したレプリカである。
……キヴォトスの防弾チョッキがおかしい? それはそう
そもそも、この世界では衣服や防具の防弾性能からして何かがおかしいのだ。
そのため、外見だけを再現した装備であっても、需要は十分にあった。
軽快な動きを重視した軽量型。
元の装甲を思わせる重装甲型。
そして、もはや歩くことなど考慮していないのではないかという、ターミネーター・アーマー型。
最後のものに至っては、着用したまま動くどころか、持ち運ぶだけでも相当な筋力を要求される代物だった。
それでも、見た目はいい。
何より、格好いい。
そして、キヴォトスにおいて格好いい装備というものは、それだけで商品価値があるのだ。
さらに予算に余裕のある客なら、追加料金を支払うことで内蔵式アシストスーツを組み込むこともできる。
さすがに本物のパワーアーマーには及ばないが、重量のある装甲を着込んだまま動きやすくなるのだから、十分に魅力的なオプションだった。
実際、元スペースマリーンの生徒たちからは大人気の商品である。
戦いに出るたびに火薬の匂いが漂い、銃弾が飛び交い、装備が壊れる。
そんなキヴォトスなのだから、修理の依頼も絶えない。
装甲の補修。部品の交換。塗装のやり直し。改造の相談。
売ってよし、直してよし。
おかげで工房の経営は、それなりに順調だった。
「よし……今日は外食にしよう」
職人は満足げに息を吐いた。
食べに行くのは、ミレニアムが開発したような、効率と栄養価だけを追求した奇妙な合成食品ではない。
もっとこう、肉々しいものがいい。
噛めば肉汁があふれ、脂の香りが鼻を抜け、胃袋に「今、私は肉を食べている!」と実感させてくれるような食事がいい。
そう決めた彼女は、工房の出口へと向かった。
身にまとっていた赤いローブを消毒し、背中に背負っていたサブアーム付きのバックパックをロッカーにしまい込む。
最後にドクロマスクを外し、素顔で外へ出ようとした、その瞬間。
「……げ」
「……うわ」
鉢合わせた。
向かいの工房から出てきたのは、黒いローブをまとった一人の少女。
ドクロマスク。トゲトゲしい肩当て。そして、背中には見せびらかすように展開されたサブアーム付きバックパック。
ガシャリ、ガシャリと、機械仕掛けの腕が誇らしげに動いている。
ケイオスメカニカスである。
対する彼女は、機械神への信仰を貫く正統派のメカニカス。
つまり――会った瞬間から、相性が悪かった。
「0101010……相変わらず馬鹿みたいな格好だな、ケイオスメカニカス。肩と背中、疲れないのか?」
「01010……フン。機械神の力を借りることもなく、己の技術だけで極致に至れると傲慢にも信じているお前ほど、不格好ではない」
「それは悪魔の力だろうが! そんなもの、真なる機械神の御前に立てば裸足で逃げ出すに決まっている!」
「010101……貴様こそ、機械神の御名を唱えながら、鉄屑を溶かして鎧の形にしただけの玩具を売っているではないか!」
「客が喜ぶんだからいいだろうが!」
「開き直るな!」
「お前こそ、その肩当ては何だ! そのトゲは何のためにある! 機能性はどうした!」
「威圧感だ!」
「機能性はどうしたと聞いている!」
「威圧感も機能の一つだ!」
「屁理屈をこねるな!」
「010101010101……!」
「010101010……!」
互いに一歩も引かず、にらみ合う二人。
機械神への信仰。技術への誇り。譲れない美学。
そして、相手の格好に対する容赦のない批評。
それらがぶつかり合った結果、両者の間には目に見えない火花が散っていた。
もっとも、殴り合いに発展するほどの険悪さではない。
少なくとも、今のところは。
「フン!」
「フン!」
二人は同時に顔を背けると、それぞれ反対方向へと歩き出した。
ガシャリ、ガシャリ。
カツ、カツ。
やがて足音は遠ざかり、工房の前には再び静寂が戻った。
……なお、翌日には双方とも、相手の装備を参考にした新製品の設計図をこっそり描いていたという。
技術者とは、そういう生き物なのである。
002 機械神への祈りと、柴関ラーメンへの祈り
「おう! いらっしゃい!」
アビドス都市。
その一角にある屋台から、威勢のいい声が響いた。
柴関ラーメン。
安い。量が多い。そして、美味い。
この三拍子をそろえた名店は、アビドスの生徒たちだけでなく、学区の外からも客が訪れるほどの人気を誇っていた。
一度は誤解によって爆破されたこともある。
店主がラーメン作りの素人同然だった時期もある。
それでも、今日まで店は続いている。
歴史ある名店とは、案外そういうものなのかもしれない。
そんな柴関ラーメンに、二人の客が同時にやってきた。
赤いローブのメカニカス。
そして、黒いローブのケイオスメカニカス。
先ほどまで互いの装いを罵り合っていた二人である。
「「1000円ラーメン一つ!」」
声が重なった。
「はいよ!」
店主は慣れた手つきで注文を受ける。
二人は一瞬だけ互いの顔を見たが、今さら文句を言う気はないらしい。
それぞれ席につき、ラーメンができあがるのを待った。
やがて、湯気を立てる丼が二人の前に置かれる。
「いただきます」
「いただきます」
そして、二人は箸を手に取った。
ズルズルズルッ!
「……このスープの構造だが」
「うむ。やはり、熱の伝導効率を考えるなら――」
ズルズルッ!
「いや、待て。そこは逆だ。祈りの時間を延長することによって、工程全体の精度を高められる」
「010101……いやいや、逆に短縮すべきだ。初心者が理解できる余地を増やすことで、信仰の裾野が広がる」
ズルズルズルッ!
「だが、それでは神聖な工程が省略されることになる!」
「省略ではない、最適化だ!」
「最適化だと!?」
「そうだ! そもそも、お前の言う神聖な工程というものは――」
ズルズルッ!
ラーメンをすする音。
複雑怪奇な機械用語。
機械神への信仰にまつわる議論。
それらが入り交じり、柴関ラーメンの屋台は、いつの間にか技術者たちの研究会のような様相を呈していた。
一般人が聞けば、何を言っているのかさっぱりわからないだろう。
ミレニアムの生徒なら、いくらか理解できるかもしれない。
それでも、会話の途中に挟まる専門用語の数々を完全に理解するには、相応の知識と覚悟が必要だった。
もっとも、彼女たちは決してラーメンをないがしろにしているわけではない。
むしろ逆である。
一口すすれば、スープの味を確かめる。
麺を噛めば、その食感を分析する。
具材を口に運べば、全体の調和について考察する。
そして、そのたびに新たな技術的着想が脳裏を駆け巡る。
機械神への信仰と、柴関ラーメンへの信仰。
その対象も、祈りの形式も、奉仕する機械のあり方も異なっている。
片や帝国の機械神を信奉する正統派。
片や混沌の神々と契約し、異端の技術を追い求める者。
本来の世界であれば、互いの存在を認めることすら難しい二人だった。
しかし、ラーメンを前にすれば話は別である。
美味いものを食べたい。
よりよいものを作りたい。
そして、自分の知識を誰かに伝えたい。
その欲求に、異端も正統もなかった。
……なお、屋台の近くには美食研究会の面々もいた。
彼女たちは二人の会話を聞きながら、ラーメンを食べていた。
爆破はされていない。
少なくとも、今のところは。
「「ごちそうさまでした!」」
やがて、二人はほぼ同時に丼を空にした。
腹は満ちた。
ラーメンは美味かった。
そして、頭の中は新たな技術的着想でいっぱいだった。
先ほどまで議論していた内容を、どう実現するか。
どの部品を使い、どの工程を変更し、どのような機構を組み込めばいいのか。
互いの信仰と技術が混ざり合った結果、今までにはなかった発想が生まれつつあった。
本来の世界なら、異端の技術革新など許されなかったかもしれない。
異端の思想に触れただけで審問にかけられ、研究の成果が生まれる前に処刑されることだってあっただろう。
だが、ここはキヴォトスである。
技術革新を起こすこと自体は、別に珍しくもない。
生徒たちは好き勝手に研究し、好き勝手に改造し、好き勝手に新しいものを作る。
失敗することもある。
爆発することもある。
街に迷惑をかけることもある。
それでも、誰かが新しいものを作ろうとすることを、世界そのものが否定するわけではない。
だからこそ、二人のメカニカスは新たな技術を生み出そうとしていた。
それは異端なのか。
それとも、正統なのか。
答えは――否。
そもそも、この世界ではそんな区別にこだわること自体、あまり意味がなかった。
機械神を信じる者も、混沌の神々を信じる者も。
あるいは、神など信じず、自らの知識と技術だけを頼りにする者も。
ここでは皆が、自分の信じるものを作り、自分の望む未来を追い求めている。
もちろん、その過程で銃撃戦が起きることもある。
爆発事故が起きることもある。
研究成果をめぐって校舎が半壊することだってある。
それでも、翌日には何事もなかったかのように授業が始まり、食堂には昼食が並び、屋台ではラーメンが売られる。
そして、昨日まで互いの信仰を罵り合っていたメカニカスたちが、今日は同じテーブルで技術論を交わしている。
物騒だが、平和。
矛盾しているようでいて、それこそがキヴォトスの日常だった。