001 大賢人アローとロッカーノート
「あー、あー、聞こえておるか? (バイナリ語)……うむ、聞こえておるな。よし!」
ミレニアムの講堂に、ひとりのメカニカスの声が響いた。
「えー、では改めて。大賢人アローじゃ。今回はミレニアムの技術者諸君に紹介したい、作業用兵器を作ったのでな。ぜひとも諸君の意見を聞かせてもらいたい」
その言葉に、会場の技術者たちがざわめく。
そして、ひとりのメカニカスがすっと手を挙げた。
彼女の名前については、気にしなくていいだろう。
何しろ、人間の言葉では発音できない名前なのだから。
「(バイナリ語)」
「そうじゃ、兵器じゃ。……いや、待てい。ここにはバイナリ語がわからん技術者もおるんじゃから、普通の言葉で話さんかい!」
「む、すまん。つい忘れていた。(バイナリ語)」
「お主、わざとやっとらんか?」
アローは呆れたように肩をすくめた。
「それで、兵器というのはこちらの世界のものか? それとも、我々がかつて生きていた万機神の世界のものか?」
「どちらとも言えるのぉ。計画そのものは、外の世界におった頃から考えていたものじゃ。そして、ようやく完成形にたどり着いたのが、つい最近というわけじゃな」
その言葉を聞いた途端、エンジニア部の面々が一斉に手を挙げた。
「はいはいはい!」
「ほい、どうしたんじゃ、ウタハ」
「アロー先輩、その『外の世界』っていうのは……」
「まあ、わしらメカニカスやスペースマリーン、それに異星人どもが生きておった世界じゃな。知識としては知っとるじゃろ?」
「ああ……。先生を見たときは、あの世界では一体何と戦っているんだろうって思ったけど……」
ウタハが複雑そうな顔をする。
「まあ、わしの死因になったティラニッドも最近こっちに来たからのぉ」
「さらっと言うことじゃないですよね、それ……」
「そうか? まあ、そんなことはどうでもよい! 今はキヴォトスで平和に暮らしておるのじゃからな!」
実に切り替えが早かった。
かつて銀河を覆う戦争に身を投じ、異種族の大群に食い殺された女の言葉とは思えないほどに。
いや、だからこそなのかもしれない。
少なくとも、今の彼女にはブラックコーヒーを飲み、技術を研究し、時には仲間と食事を楽しむ時間がある。
それだけで、かつての地獄とは比べものにならないのだ。
「それで、資料を見る限りでは……小型のゴリアテ、といったところでいいのかい?」
ウタハが手元の資料をめくりながら尋ねる。
「まあ、こちらの世界の呼び方なら、そうなるかのぉ。じゃが、わしらの世界では、こいつをこう呼んでおった」
アローは、資料の表紙を指で叩いた。
「ドレッドノート、とな」
「ドレッドノート……」
その名前を聞いた瞬間、見学していたスペースマリーンたちの空気が変わった。
畏敬。懐かしさ。そして、ほんの少しの恐怖。
それらが入り混じった視線が、資料へと注がれる。
「ほとんど死人同然になったスペースマリーンを、改造手術の末に内部へ収める。歴戦の勇士を、戦い続けるための兵器へと変えるのじゃ」
アローは誇らしげに胸を張った。
「最近ではリデンプターという新型も出ておったのぉ。ええい、わしだってもっと地位が高ければ、それくらいやってのけたものを!」
「(バイナリ語)落ち着け、同志よ」
隣のメカニカスが、慣れた様子で口を挟んだ。
「今は地位に関係なく技術革新に挑めるんだ。いいことじゃないか」
「(バイナリ語)……はぁ。まあ、そうじゃな」
アローは深々と息を吐いた。
「万機神が技術革新を正しいものと認めてくださったからこそ、わしらはこの世界に来たのじゃ。うむ、一旦落ち着こう。少し待っておれ」
彼女は机に置かれていた黒い缶を手に取る。
中身はブラックコーヒー。
そして――。
ゴクッ。
ゴクッ。
ゴクッ。
一気飲み。
「プハァッ!」
空になった缶を机に置き、アローは満足そうに息を吐いた。
かつての世界では、彼女の臓器の大部分は機械に置き換えられていた。
食事など、栄養を補給するためのペーストを摂取すれば十分。味わうことに意味などなく、身体を動かすために必要なものを必要なだけ取り込めばよかった。
集中力を高めるために脳へ電流を流し、違法薬物を投与することも珍しくなかった。
それが、今ではどうだ。
コーヒーの苦味を楽しみ、食事の味に感動し、夜更かしをすれば翌朝に眠気を覚える。
なんと健康的な世界だろうか。
機械の身体を持つ女は、心の底からそう思っていた。
「(バイナリ語)よし、落ち着いた! では、諸君。今回紹介するのが、こいつじゃ!」
アローが資料を掲げる。
「ロッカーノート! 手元の資料を見てくれい!」
エンジニア部とミレニアムのメカニカスたちが、一斉に資料へ目を落とした。
そこに描かれていたのは、二足歩行の機械だった。
堅牢な肩部。重量物を支える腕部。安定した歩行を実現する脚部。
そして、機体中央には――場違いなほど煌びやかな装飾を施されたロッカーが鎮座していた。
いや、正確にはロッカーに似た装甲区画だ。
そこを除けば、全体の構造はどう見ても兵器である。
資料には三つの基本パターンが記載されていた。
Aパターン:勇者装備型。
片腕にはアリスの光の剣を接続し、もう片方には汎用腕を装備。近接戦闘と作業の双方に対応する構成。
Bパターン:汎用作業型。
両腕を汎用腕に換装した、建設・運搬・整備などに適した構成。
Cパターン:重武装型。
両腕を撤去し、一方に連装ミサイルポッド、もう一方に二連装戦車砲を搭載した戦闘構成。
そして、すべてのパターンに共通する特徴があった。
機体中央のロッカー部分は、脱着可能な独立区画となっている。
機械部分には、万が一の際に機密情報を抹消する自爆機構を搭載。
さらに、破損した腕や武装を取り外し、別のパーツに交換することで、用途を即座に切り替えられる。
つまり――。
「作業用とは……?」
ヒビキが、資料を見つめながら呟いた。
「これはもう、ゴリアテを超える汎用兵器じゃないですか?」
「その通りじゃ!」
アローは堂々とうなずいた。
「カッカッカ! よくぞ見抜いた!」
「おお、これは素晴らしい!」
ウタハが身を乗り出した。
「アリスの光の剣を使ってくれるなんて! エンジニア部冥利に尽きるね!」
「(バイナリ語による悩み声)」
その一方で、メカニカスたちは何やら複雑な様子だった。
ヒビキは彼女たちの表情を見比べ、心配そうに尋ねた。
「……アロー先輩の仲間の人たちは、何か不満があるんですか?」
「(バイナリ語)いやな……。性能そのものに不満があるわけではない」
ひとりのメカニカスが、資料の一部分を指差した。
「(バイナリ語)問題は、これが異端すれすれの代物だということだ」
「異端、かい?」
ウタハが首を傾げる。
「(バイナリ語)我々のような技術革新派ならともかく、いまだに万機神への信仰を言い訳に技術を停滞させている連中もおる。そういう者たちの地雷を、こいつは見事に踏み抜いている」
メカニカスの指が、資料に描かれた機体の中央部を示した。
「(バイナリ語)特に、ここだ」
そこには、ロッカーノートのジェネレーターが描かれていた。
「(バイナリ語)この部分にはゼノの技術が使われている。特に、タウのプラズマジェネレーターを参考にしたのだろう? 大賢人アロー」
「(バイナリ語)まあ、そうじゃな」
アローはあっさりと認めた。
「万機神の加護によって生まれたドレッドノートを思わせる姿をしておるのに、その心臓部にはゼノの技術が使われている。たとえ参考程度であろうとも、それを知れば暴れ出す連中はおるじゃろうな」
「(バイナリ語)その通りだ。特にミレニアムの学区外には、いまだに技術保守派が多い。古い技術しか知らぬがゆえに、ミレニアムの最新技術を異端と決めつける者もおる」
「ふむ……」
アローは顎に手を当てた。
そして、何かを思いついたように顔を上げる。
「(バイナリ語)ならば、ひとつ答えがある」
「答え?」
「(バイナリ語)このジェネレーターを、オープンソースとして公開するのじゃ」
「本当かい? アロー先輩」
ウタハが目を丸くした。
「(バイナリ語)なるほど……。技術が広まり、当たり前のものになれば、それを異端と呼ぶことも難しくなる。言い訳じみてはいるが、納得する者も多いだろう」
メカニカスは腕を組み、静かにうなずいた。
「何より、我々技術革新派は、地位や立場を理由に技術の進歩を阻まれることが嫌でミレニアムに来たのだ。ならば、技術を広く普及させることこそ、本望なのだろうな」
彼女は一度言葉を切り、それから尋ねた。
「だが、いいのか? ロッカーノートの開発には、かなりの費用がかかっているようだが」
「(バイナリ語)カッカッカ! 心配無用じゃ!」
アローは豪快に笑った。
「これでもミレニアムの特許を大量に申請しておるんじゃ! 使い切れんくらいにはウハウハよ! ……まあ、ロッカーノートの開発で、その大半が吹き飛んだんじゃがな!」
「刹那的な生き方だね、アロー先輩……」
「(バイナリ語)異端的な生き方だな。だが、わかるぞ」
隣のメカニカスが、しみじみとうなずいた。
「この世界は、食べ物がうますぎる」
「それは本当にそうじゃな!」
ふたりのメカニカスは、なぜか固い握手を交わした。
技術革新と美食。
かつての銀河では、どちらも容易には手に入らなかったものだ。
それが今では、手を伸ばせば届くところにある。
ならば、多少の無茶をしてでも手に入れたくなるのが人情というものだろう。
「さて! 技術者諸君、次は実際に動かしてみるぞ!」
大賢人アローは、満面の笑みで宣言した。
「ロッカーノートの移動試験と射撃試験を見てもらおうかの!」
その日、ミレニアムの技術者たちは知ることになる。
作業用機械という言葉が、どれほど信用ならないものなのかを。
002 勇者プロトコル、起動!
ミレニアムのロボット試験場。
広々とした演習区画には、操作担当のゲーム開発部、見学に訪れたスペースマリーンたち、そして動画サイトで生放送を行う撮影班が集まっていた。
その中央に、四機のロッカーノートが並んでいる。
堅牢な脚部。重厚な肩。武装を取り付けるための腕部。
そして、機体の中央に鎮座する、あまりにも見覚えのあるロッカー。
その姿を見たスペースマリーンたちは、何とも言えない表情を浮かべていた。
「カッカッカ! ご苦労じゃ、ゲーム開発部の諸君!」
大賢人アローが、堂々と手を振る。
「おお、賢者アローよ! 勇者の武具の修理まで体験できるなんて、アリス感激です!」
「……武具?」
ユズがロッカーノートを見上げた。
「というか、これ絶対に作業用じゃないよね、お姉ちゃん」
「うん。悪役が世界征服に乗り出すときに、秘密基地から出撃させるアレだよね」
ミドリとモモイが、もっともな感想を口にする。
「うぅ……」
ユズはロッカーを見つめ、そっと身を縮めた。
「あのロッカーを愛用してるって言ったら、引っ張り出されちゃった……」
彼女にとっては、見覚えのあるロッカーというだけで十分に嫌な予感がするのだろう。
一方、周囲のスペースマリーンたちはひそひそと話し合っていた。
「……まさか、あの子たちはすでに改造手術を受けているのか?」
「いや、待て。あの小柄な身体でドレッドノートの操縦者になるというのか……?」
「落ち着け。あれはキヴォトスの生徒だ。こちらの常識で考えるな」
何人かは、すでに祈りを捧げ始めていた。
アローは聞こえていないふりをして、ゲーム開発部へ向き直る。
「よーし、まずは乗り込んでくれい!」
「はーい!」
アリスが元気よく返事をした。
「えーっと、まずはコントローラーのスタートボタンを押します!」
カチッ。
その瞬間。
ロッカーノートの中央部が、機体本体から切り離された。
「おおっ!?」
「分離したぞ!」
ロッカー部分の底面からジェットが噴射される。
空気を焼き、轟音を響かせながら、独立したロッカーがゆっくりと浮上した。
そのまま姿勢を整え、ふわりと地面へ着陸する。
機体本体は、操縦者を迎え入れるための空間を露出させたまま、微動だにせず待機していた。
見学者たちから感嘆の声が上がる。
一方、生放送のコメント欄は大荒れだった。
『インヴィクターバトルスーツか?』
『いや、タウのバトルスーツもあんな構造だったな』
『何ということだ! 万機神の教えに背いている!』
『ロッカーが飛んだぞ』
『ロッカーが飛んだぞ』
『ロッカーが飛んだぞ』
最後のコメントは、なぜか同じ文面が大量に流れていた。
「次に、コントローラーを無線接続して、ロッカーに乗り込みます!」
アリスが説明すると、ロッカーの側面から梯子が展開された。
ゲーム開発部の面々は、慣れた様子でその梯子を上り、内部へと乗り込んでいく。
その光景を見たスペースマリーンたちが、再びざわついた。
「ああ、インヴィクターバトルスーツがあんな感じだったな……」
「昔見たアストラ・ミリタルムのセンチネルを思い出す」
「……あんなふうにブラザーを出し入れできたら、あいつらの負担も減らせただろうにな」
「姿勢制御が優秀だな。機械精霊も相当に高性能なものを積んでいるはずだ」
もっとも、全員が冷静に受け止めているわけではない。
ロッカーノートを目にした途端、その場に崩れ落ち、ミレニアムの医学部へ運ばれていく者もいた。
その背中を見送りながら、アローは小さく首を傾げる。
「……まだ試験も始まっておらんのじゃが」
そして、いよいよ起動の時が訪れた。
『パンパカパーン!』
ロッカーノートのスピーカーから、場違いなほど明るい電子音が響き渡る。
『機械精霊ロッカーノート! 勇者プロトコル実行!』
一瞬、会場が静まり返った。
「……今、何と言った?」
「勇者プロトコル……?」
「機械精霊が……勇者……?」
外の世界を知る者たちの顔から、少しずつ血の気が引いていく。
なぜなら、このロッカーノートに搭載されている機械精霊は、すべてアリスを参考にして調整されているからだ。
勇者の武具を動かすのだから、勇者らしく。
その発想自体は、ミレニアムならば何もおかしくない。
しかし、メカニカスにとっては話が別だった。
「ハハハハハ! 可愛げがあっていいじゃないか!」
ひとりのメカニカスが、腹を抱えて笑う。
「邪狡智性じゃねぇかああああああああああッ!!」
別のメカニカスが泡を吹いて倒れた。
「おい、誰か医療班を呼べ!」
「先ほどから何人目だ!?」
「知るか! こっちは神学的な大問題が発生しているんだぞ!」
現場は大混乱だった。
その中心で、アローだけは満足げにうなずいている。
「うむ、よい起動音じゃな」
『スピーカーモード起動! これより勇者の移動チュートリアルをスタートです!』
「よし、まずは校庭を一周してくれい!」
『了解しました、賢者アローよ!』
四機のロッカーノートが、一斉に歩き出した。
その動きは滑らかだった。
重厚な脚部が地面を踏みしめ、上半身の揺れを最小限に抑えながら、四機は整然と隊列を組んで進んでいく。
「おお……!」
見学者たちから感嘆の声が漏れる。
しかも、歩行だけでは終わらなかった。
『特殊移動コマンドを発見しました!』
「おっ、何これ?」
モモイがコントローラーを操作する。
次の瞬間、ロッカーノートが地面を滑るようにスライディングした。
「うわっ、できた!」
「ちょっとモモイ、遊ばないでよ!」
そう言いながら、ミドリも別のコマンドを試す。
今度は機体が前転した。
「えっ、前転までできるの!?」
ユズが恐る恐るジャンプボタンを押す。
ロッカーノートは脚部の機構を駆使して、ずしん、と地面を蹴り上げた。
巨体が跳ぶ。
「わああああああ!?」
着地と同時に、周囲へ突風が吹き荒れた。
見学していたミレニアムの生徒たちが、慌てて帽子や資料を押さえる。
「校庭でやる動きじゃないよね!?」
「すごいです! 勇者の機動力がどんどん上がっています!」
「アリス、そういう問題じゃないよ!」
ゲーム開発部の声が、ロッカーノートのスピーカーを通して響いた。
アローは満足げに腕を組んだ。
「とまあ、このように! ゴリアテやパワーローダーを超える汎用機械を作り出したわけじゃ!」
「作業用……作業用かぁ……」
ヒビキが遠い目をした。
「次は兵装試験じゃ! 各機、所定の位置についてくれい!」
『了解しました、賢者アローよ!』
四機のロッカーノートが、転ぶこともなく一列に整列する。
その動作の正確さに、見学者たちから再び「おおっ!」という声が上がった。
標的として、複数のドローンが分厚い鉄板を運び込む。
準備が整ったことを確認し、アローは最初の機体を指差した。
「よし、まずはアリスのAパターンから射撃を開始してくれい!」
『パンパカパーン! アリスに新ジョブ、エースパイロットが追加されました! アリスのターン、開始します!』
「ジョブ制なのか……」
誰かが呟いた。
アリスのロッカーノートが構えを取る。
腕部に接続された光の剣が、まばゆい輝きを放った。
次の瞬間、光が走る。
分厚い鉄板が、轟音とともに大きくへこんだ。
二撃目。
今度は鉄板が貫通した。
「…………」
現場に、妙な沈黙が落ちた。
外の世界を知る者たちは、その威力に見覚えがあった。
戦車サイズのラスキャノン。
あるいは、プラズマキャノン。
本来ならば戦車や重装甲兵器に搭載されるべき火力を、二足歩行の機械が振り回している。
しかも、その機械は今、勇者のターンだと宣言していた。
「次はミドリとモモイ! Bパターン、やってくれい!」
『『はーい!』』
二機のロッカーノートが前に出る。
今度の試験は、作業用機械としての性能確認だった。
ドローンたちが、鉄骨をジェンガのように積み上げる。
ロッカーノートは慎重に腕を伸ばし、積み重なった鉄骨の中から一本を抜き取った。
崩れない。
揺れない。
そのまま別の場所へ運び、同じ高さの塔を組み上げていく。
「おお、これは……!」
「重量物の運搬精度が高いな!」
「繊細な作業にも対応できるのか!」
見学者たちが感心する中、モモイが何かに気づいた。
「ねえミドリ。さっきのジャンプ、もう一回できるかな?」
「えっ、今ここで?」
「大丈夫大丈夫!」
次の瞬間、ロッカーノートがジェットジャンプを敢行した。
轟音。
突風。
吹き飛ぶ資料。
「だから校庭でやるなぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げたのは、ミレニアムの生徒たちだけだった。
スペースマリーンたちは、鉄骨の塔が微動だにしていないことに感心していた。
「作業精度もさることながら、あの出力制御……」
「……あれ、本当に作業用なのか?」
誰も答えなかった。
「次はユズ! Cパターンじゃ!」
「は、はいっ!」
ユズが操作を開始する。
Cパターンは、連装ミサイルポッドと二連装戦車砲を装備した重武装型だ。
その試験内容は、移動しながらの射撃。
前進しながら撃つ。
後退しながら撃つ。
左右に移動しながら撃つ。
そして――。
「えいっ!」
ユズがジャンプコマンドを入力する。
巨体が跳び上がった。
空中で姿勢を安定させ、二連装戦車砲が火を噴く。
複数の標的が、一斉に吹き飛んだ。
「すごい……!」
「ジャンプ中でも照準が安定しているぞ!」
「いや、あの動きに機体がついていけるのもすごいが……」
見学者たちは、機体と操縦者を交互に見つめた。
ユズの操作技術が凄いのか。
それとも、短い練習時間で機体を自在に操っているゲーム開発部が凄いのか。
あるいは、その両方なのか。
答えは明白だった。
どちらも凄い。
そして、どちらも少しばかり常識から外れていた。
「よし! 試験は以上じゃ!」
アローが満足げに手を叩いた。
「これがロッカーノートじゃ! 作業用から重武装型まで、用途に応じて柔軟に対応できる! 価格は――」
ここから始まったのは、アローによる本格的なセールストークだった。
初期費用こそ高めだが、換装による用途の変更が可能であり、修理や部品交換も容易。
さらに、搭載された技術の多くは説明書に記載されている。
導入した者が自分たちで改良し、整備し、発展させることも可能なのだ。
「つまり、長い目で見れば大変お得な商品というわけじゃ! どうじゃ、諸君!」
技術者たちは、真剣な顔で資料に目を落とした。
一方、その頃。
試験を終えたゲーム開発部の面々は、暇を持て余していた。
「ねえ、鬼ごっこしない?」
「いいね!」
「ちょっと待って、なんでまだロッカーノートに乗ってるの!?」
「だって、こっちの方が速いんだもん!」
こうして、ミレニアムの試験場では新型汎用機械による鬼ごっこが始まった。
四機のロッカーノートが校庭を駆け回り、スライディングし、跳び上がり、時には前転する。
その様子を見た技術者たちは、購入後の運用方法について真剣に考え始めた。
――ただし、誰ひとりとして「鬼ごっこ」を正式な用途に加えるべきかどうかについては、口にしなかった。
003 ロッカーノートと砂掃除
『おーい、ブラックレギオンとサンズ・オブ・ホルスー!』
ここはアビドス。
砂に埋もれかけた旧校舎の敷地では、ブラックレギオンとサンズ・オブ・ホルスの面々が、校庭に積もった砂を掃除していた。
砂を掻き出し、運び、積み上げる。
地味で、果てしなく、そして何より面倒な作業だった。
そんな彼らのもとへ、ひとりのケイオスメカニカスがやってきた。
元ブラックレギオン所属。
そして現在は、ケイオスメカニカスとして活動している人物である。
かつての仲間たちにとっては、元彼であり、現在の彼女でもある――という、少々ややこしい関係の相手だった。
「おん、どうし……」
ブラックレギオンの生徒が振り向いた。
そして。
「ヒュッ」
バタリ。
倒れた。
「おい!? どうした!?」
仲間たちが慌てて駆け寄る。
だが、ケイオスメカニカス本人は、そんな反応などまったく気にしていなかった。
彼女の背後には、一機のロッカーノートが立っていた。
いや、正確には――。
ヘルブルートを思わせる装飾を施されたロッカーノートである。
「『どうよ、これ! ローン組んで買ったんだけど、砂掃除にいいだろ! 俺も手伝うぜ!』」
スピーカーから響く声は、妙に明るかった。
「お前……!」
ブラックレギオンの生徒が、わなわなと震える指で機体を指差す。
「元ケイオスだからって、ヘルブルートみたいな装飾をしてくるんじゃないよ!」
「『えっ、カッコよくない?』」
「カッコいいかどうかの話じゃないんだよ!」
彼は頭を抱えた。
「こいつ、元ヘルブルートの操縦者なんだぞ!?」
その言葉に、ロッカーノートのスピーカーから別の声が漏れた。
「セマイトココワイ……クツウコワイ……」
「やめろぉぉぉぉぉ!」
周囲から悲鳴が上がる。
「その声でしゃべるな!」
「その姿で近づくな!」
「頼むから普通の作業用ロボットを買ってくれ!」
しかし、当のケイオスメカニカスは、仲間たちの反応をまるで理解していない様子だった。
「『いやあ、これ、なかなか便利なんだぜ? 腕も換装できるし、砂を掻き集めるのも楽だし!』」
そう言って、ロッカーノートは作業を開始した。
腕部を器用に動かし、積もった砂をまとめて掬い上げる。
それを指定された場所へ運び、きれいに積み上げる。
作業効率は極めて良好。
機動性も高く、狭い場所での取り回しにも問題はない。
何より、砂掃除のような単純作業を延々と続けられる。
「……性能は、いいんだよな」
誰かが悔しそうに呟いた。
「……ああ。性能は、いい」
別の誰かがうなずいた。
「でも、あれが動いてるのを見るのはつらい……」
「わかる……」
こうして、アビドス旧校舎の砂掃除は、普段よりもはるかに早く終わった。
ただし、作業中に数名のブラックレギオン生徒が気絶し、数名のサンズ・オブ・ホルス生徒が遠くから祈りを捧げ、さらに数名が「もうヘルブルートは見たくない」と泣き崩れた。
それでも、砂は片付いた。
ロッカーノートは、実に優秀な作業用機械だった。
……装飾と音声を除けば。
004 調月リオの強化計画
「…………」
カタカタカタカタ。
ミレニアムのセミナー会長室。
静かな室内に、キーボードを叩く音だけが響いていた。
椅子に座っているのは、セミナー会長、調月リオ。
彼女の表情はいつも通り冷静であり、画面を見つめる眼差しには一切の迷いがない。
パソコンの画面には、ひとつの計画書が表示されていた。
その題名は――。
『ロッカーノートによるウォーロード・アヴァンガルドの強化プラン』
リオは画面を見つめたまま、静かにエンターキーを押した。
カチッ。
計画書が保存される。
彼女は椅子の背もたれに身体を預け、ほんの少しだけ目を細めた。
「……悪くないわね」
その声には、満足げな響きがあった。
そして、彼女は新しいファイルを開く。
次の題名が、画面に打ち込まれていく。
『ロッカーノートの戦略的運用、およびミレニアム学区内への配備計画』
カタカタカタカタ。
キーボードを叩く音が、再び静かな室内に響き始めた。
ミレニアムのセミナー会長は、すでに次の一手を考えていた。
ロッカーノートは、作業用機械として優秀である。
汎用性が高く、重武装にも対応し、機械精霊による自律制御まで備えている。
ならば、軍事運用を検討しない理由はない。
少なくとも、リオにとってはそうだった。
「……まずは、試験運用からね」
彼女は淡々と呟いた。
その頃、ロボット試験場ではゲーム開発部の面々が、ロッカーノートで鬼ごっこを続けていた。
そしてアローは、新たな購入希望者からの問い合わせに応じていた。
誰もが、それぞれの目的でロッカーノートを見ていた。
ある者にとっては、作業用機械。
ある者にとっては、勇者の乗り物。
ある者にとっては、思い出したくもない悪夢。
そして、調月リオにとっては――。
新たな戦力だった。