005 作業用機械です、通してください
ミレニアムの一室。
そこには、見慣れた白衣姿の大賢人アローと、巨大な機械の姿があった。
ロッカーノート。
ミレニアムの技術者たちを騒がせ、ゲーム開発部の少女たちを夢中にさせ、そして一部のウォーハンマー出身者たちに古傷を思い出させた、あの作業用機械である。
その機体の前で、アローはいつものように高笑いしていた。
「カッカッカ! やはり技術とは素晴らしいものじゃな!」
「アローさん、また何かやったんですか?」
リオは机の上に置かれた書類を手に取り、目を通した。
表紙には、ミレニアムの正式な書式でこう記されている。
『ロッカーノートの学外運用に関する実証試験計画』
その下には、さらに小さな文字で用途が列挙されていた。
『瓦礫撤去、建築物の点検、災害発生時の救助活動、危険区域における作業支援』
リオは書類をめくった。
次のページには、ロッカーノートの武装換装例が掲載されていた。
ミサイルポッド。
戦車砲。
近接戦闘用装備。
そして、作業用アーム。
「……アローさん」
「なんじゃ?」
「これのどこが作業用機械なんですか?」
「作業をする機械じゃから、作業用機械じゃろう?」
アローは不思議そうに首を傾げた。
リオは数秒ほど沈黙した。
技術的な理屈を問いただしても、彼女の中ではすでに結論が出ているのだろう。
「……まあ、いいでしょう」
リオは書類の一部に印をつけた。
「今回、ゲヘナ学園から協力要請が来ています」
「ほう、ゲヘナか」
「校内施設の点検と、過去の戦闘で生じた瓦礫の撤去です。通常の重機では入り込めない場所もあるため、ロッカーノートの機動力と作業能力を試したいそうです」
「なるほどのぉ! それならば、まさしくロッカーノートの出番じゃな!」
アローは満足そうに頷いた。
その表情には、自分の発明が実際に誰かの役に立つという喜びが浮かんでいた。
彼女にとって、技術とは飾っておくものでも、権威を示すためのものでもない。
作ったものが動き、誰かを助け、日々の生活を少しでも便利にする。
それこそが、彼女の求める技術のあり方だった。
「ただし、条件があります」
「条件?」
「今回の試験では、作業用のBパターンを使用してください。重武装型のCパターンは持ち込まないこと。それから、機体の安全性についても事前に説明していただきます」
「ふむ、妥当じゃな」
アローは素直に頷いた。
少なくとも、そこまでは問題なかった。
「それと、音声についても調整してください」
「音声?」
「……ゲヘナには、機械音声を聞いただけで過去の戦場を思い出す生徒もいるでしょうから」
アローの表情が、ほんのわずかに変わった。
彼女自身も、かつての世界で何を見てきたのかは忘れていない。
機械の音。
装甲の軋む音。
遠くで響く砲声。
そして、戦場で動き続ける巨大な兵器たち。
この世界に来た少女たちの中には、そうした記憶を抱えた者が少なくない。
「……そうじゃな。配慮は必要じゃ」
「分かっていただけて助かります」
「では、音声を調整しよう。少々名残惜しいがのぉ」
リオは、彼女がすんなり納得したことに少しだけ安心した。
しかし、その安心は長く続かなかった。
「よし、ではゲヘナに行くとするか! カッカッカ!」
アローはロッカーノートの脚部を軽く叩いた。
機体のセンサーが点灯する。
『パンパカパーン! 機械精霊ロッカーノート! 勇者プロトコル実行!』
「…………」
リオは無言で書類を閉じた。
「アローさん」
「なんじゃ?」
「音声の調整を、今すぐお願いします」
「おお、そうじゃったな!」
アローは慌てて端末を操作した。
だが、ロッカーノートの機械精霊は、まるで自分の出番を待ちきれないかのように、明るい電子音を響かせていた。
『作業開始まで、あと三十秒!』
「……先が思いやられますね」
リオの呟きは、誰にも聞かれることなく機械の駆動音にかき消された。
006 ゲヘナの作業用機械
ゲヘナ学園。
その敷地内にある作業区域では、風紀委員会の生徒たちが集まっていた。
今回の試験は、学園側からの正式な協力要請によって実施される。
危険区域に残された瓦礫の撤去と、老朽化した施設の点検。
どちらも人手と時間が必要な作業だった。
そこへミレニアムから持ち込まれたのが、ロッカーノートである。
「……あれが?」
風紀委員会の生徒が、遠くからやって来る機体を見つめた。
巨大な脚部。
厚い装甲。
大きな胴体。
そして、機体の中央に鎮座する、妙に目立つ装飾付きのロッカー型ユニット。
見方によっては、戦場を歩く重装甲兵器そのものだった。
「おい、あれ本当に作業用なのか?」
「書類にはそう書いてあるわよ」
「書類が間違ってるんじゃないのか?」
そんな会話が交わされる中、アローは胸を張って歩いてきた。
「カッカッカ! 待たせたのぉ! これがロッカーノートじゃ!」
「……本当に来た」
風紀委員会の生徒たちの視線が、機体に集中した。
その中には、かつてウォーハンマーの世界で戦った記憶を持つ者もいた。
巨大な装甲。
武器を積むための構造。
そして、歩行する機械の重々しい姿。
彼女たちにとって、それは単なる作業機械の外見ではなかった。
「……あれ、絶対に武器を積めるわよね?」
「積めるぞ!」
アローは即答した。
「いや、そこは否定してよ!」
「なぜじゃ? 武器を積めることと、作業ができることは矛盾せんじゃろう?」
「そういう話じゃないの!」
風紀委員会の生徒が頭を抱えた。
アローは本気で理解できないという顔をしている。
彼女の中では、作業能力と戦闘能力は両立していて当然なのだ。
過酷な環境で使う機械なら、危険から身を守れるだけの性能があってもいい。
それどころか、必要ならば自力で危険を排除できるほうが便利ですらある。
もっとも、それを学園の日常に持ち込まれる側の気持ちは別問題だった。
「と、とにかく、今回は作業用の構成なんですよね?」
「ああ、もちろんじゃ! 今回はBパターン、汎用作業型じゃな!」
アローが端末を操作すると、ロッカーノートの両腕がゆっくりと動いた。
武装の代わりに取り付けられているのは、工具を扱うための作業用アームだった。
大型の把持装置。
細かな作業にも対応できる補助機構。
瓦礫を持ち上げ、資材を運び、危険な場所へ腕を伸ばすための装備である。
「見ての通り、武装は搭載しておらん!」
「……見た目以外は、普通の作業機械ってこと?」
「そうじゃな!」
「見た目が一番問題なんだけど……」
その時、ロッカーノートの頭部センサーが点灯した。
『作業区域を確認! 勇者の冒険が始まります!』
風紀委員会の生徒たちは、一斉に固まった。
「……音声、調整したんじゃなかったの?」
リオが、アローを見た。
「調整したぞ?」
「どこを?」
「音量じゃ!」
「そういうことではありません!」
アローは首を傾げた。
音量を下げれば周囲への影響は減る。
彼女の技術者としての判断は、決して間違ってはいなかった。
ただし、問題の本質を理解していなかった。
「ま、まあ、動作試験を始めましょう」
リオは額を押さえながら、試験の開始を宣言した。
こうして、ゲヘナにおけるロッカーノートの実証試験が始まった。
007 勇者の瓦礫撤去
作業区域には、過去の戦闘で生じた瓦礫が積み重なっていた。
崩れた壁。
折れた鉄骨。
ひしゃげた金属製の扉。
通常の重機では近づきにくい場所もあり、作業員たちは撤去に苦労していた。
しかし、ロッカーノートは違った。
機体は瓦礫の前に立つと、両腕の作業用アームを動かした。
『作業開始! 勇者ロッカーノート、出撃!』
「出撃って言うな!」
風紀委員会の生徒が叫んだ。
ロッカーノートは気にする様子もなく、巨大な瓦礫を掴み上げた。
装甲の厚い腕が動き、崩れた壁の一部が持ち上がる。
人力では何人も必要になるような重量物が、まるで軽い資材であるかのように扱われていた。
「おお……これはすごいわね」
風紀委員会の生徒が、思わず感嘆の声を漏らした。
ロッカーノートは力任せに瓦礫を引きずるのではなく、周囲の構造を確認しながら慎重に取り除いていく。
細い配管を避け、崩落しそうな部分を支え、作業員が近づける場所を確保する。
その動きは、見た目から想像するよりもずっと繊細だった。
「どうじゃ! この精密な制御! これなら危険な場所でも安心して作業ができるじゃろう!」
アローは自慢げに胸を張った。
「確かに、作業能力は十分ね」
リオも端末に記録を取りながら頷いた。
ロッカーノートの作業用アームは、重い瓦礫を持ち上げるだけでなく、小さな破片を拾い上げることもできた。
足場の悪い場所でも姿勢を崩さず、周囲の安全を確保しながら作業を進めていく。
その性能は、災害現場での救助活動にも十分に応用できるものだった。
「これなら、崩落の危険がある建物の内部でも使えるかもしれないわね」
「そうじゃろう、そうじゃろう!」
アローは満足そうに頷いた。
ところが、その直後だった。
ロッカーノートが、瓦礫の向こう側に残された資材を見つけた。
そこは、機体がそのまま歩いていくには少し狭い場所だった。
普通なら、別の角度から腕を伸ばすか、周囲の瓦礫をさらに撤去して道を作るところだろう。
しかし、ロッカーノートは違った。
『進路上に障害物を確認! 勇者の機動力を見せる時です!』
「待て」
リオが顔を上げた。
「その機動力って何ですか?」
アローは、にっこりと笑った。
「ちょっとした移動補助機能じゃな!」
次の瞬間、ロッカーノートの脚部が駆動した。
機体は姿勢を低くし、地面を滑るように前進した。
狭い隙間を抜け、障害物を避け、そのまま向こう側へと到達する。
『スライディング成功! ナイスプレー!』
「作業中にスライディングするな!」
風紀委員会の生徒が再び叫んだ。
ロッカーノートは何事もなかったかのように資材を回収し、元の位置へ戻ってきた。
しかも、持ち帰った資材は一つも傷ついていなかった。
「……性能はいいのよね」
「じゃろう?」
「でも、動きがいちいち派手なのよ!」
風紀委員会の生徒は頭を抱えた。
リオは端末に新たな項目を書き加えた。
『作業モードにおける特殊移動機能の制限について』
その文字を見て、アローが首を傾げる。
「制限する必要があるかのぉ?」
「あります」
リオは即答した。
「作業現場で急に滑り込まれたら、周囲の人間が驚きます」
「むぅ……安全性の問題か」
「そうです」
「ならば、作業モードでは移動機能を制限しよう。必要ならば、現場の状況に応じて解除できるようにすればよい」
「……最初からそうしてください」
リオは深く息を吐いた。
それでも、試験そのものは順調だった。
ロッカーノートは瓦礫の撤去を終え、作業区域の安全確認までこなしてみせた。
その働きぶりは、誰もが認めざるを得ないものだった。
少なくとも、作業機械としての性能は申し分なかったのである。
「……悔しいけど、これは便利ね」
風紀委員会の生徒が、片付いた作業区域を見渡した。
人手だけでは時間がかかったであろう作業が、短時間で完了している。
しかも、危険な場所に人間が立ち入る必要も大きく減っていた。
「カッカッカ! 分かればよいのじゃ!」
アローは得意げに笑った。
『作業完了! 勇者ロッカーノート、ミッションコンプリート!』
「だから、その音声をどうにかしなさい!」
結局、最後までそこだけは改善されなかった。
008 風紀委員会の結論
実証試験の終了後。
風紀委員会の生徒たちは、ロッカーノートの運用について協議していた。
結論から言えば、機体そのものの性能は高く評価された。
瓦礫の撤去。
危険区域の点検。
重量物の運搬。
人手では難しい作業を安全かつ効率的に進められることは、今回の試験で十分に証明されていた。
一方で、運用上の問題も明らかになっていた。
「まず、作業モードでは特殊移動機能を制限すること」
風紀委員会の生徒が指を一本立てた。
「次に、学園内での武装構成への換装は禁止。少なくとも、事前の許可なしに武装を持ち込むことは認められないわ」
「妥当じゃな」
アローは頷いた。
今回は作業用のBパターンだったが、ロッカーノートには別の構成も存在する。
特にCパターンは、ミサイルポッドと戦車砲を備えた重武装型だ。
それを学園内で自由に動かすなど、風紀委員会として認められるはずもなかった。
「それから、機体の音声も変更してちょうだい」
「音量は下げたぞ?」
「音量の問題じゃないの!」
風紀委員会の生徒が机を叩いた。
リオは慣れた様子で、書類に追記した。
「音声の内容を変更すること。作業中に『出撃』や『勇者の冒険』といった表現を使わないこと。警告音と作業完了の通知は、一般的な業務用機械に近いものにしてください」
「むぅ……」
アローは少しだけ残念そうな顔をした。
ロッカーノートの機械精霊は、彼女にとって単なる音声案内ではない。
機械に親しみを持たせ、操作する者が恐怖や緊張を感じにくくするための工夫でもあった。
とはいえ、周囲に余計な不安を与えてしまうなら、調整する必要があることも理解していた。
「分かった。そこは改良しよう」
「本当にお願いしますね」
風紀委員会の生徒は、念を押すように言った。
さらに、ロッカーノートの外見についても話題に上がった。
中央のロッカー型ユニットは、機体の特徴であると同時に、目を引きすぎる部分でもある。
「その装飾、もう少し控えめにできないかしら?」
「なぜじゃ?」
「なぜって……目立つでしょう?」
「目立つのはよいことではないか。作業区域で機体の位置が分かりやすいぞ?」
「そういう話じゃないのよ……」
風紀委員会の生徒は、とうとう言葉を失った。
リオはそのやり取りを横目に、報告書の最後をまとめた。
『ロッカーノートは、瓦礫撤去・施設点検・危険区域での作業支援において高い有用性を示した。今後は作業モードの移動制限、音声の調整、学園内での運用規則を定めたうえで、限定的な試験運用を継続することが望ましい』
「これなら、ひとまず問題ないでしょう」
リオが報告書を閉じた。
風紀委員会の生徒も、疲れた表情ながら頷いた。
「……ええ。性能は認めるわ。きちんと条件を守ってくれるなら、今後も協力してもらいたいところね」
「カッカッカ! 任せておくがよい!」
アローは満面の笑みで答えた。
そして、すぐさま手元の端末を取り出した。
「さて、今回の試験結果を踏まえて、次の改良案をまとめるとするかのぉ」
リオは、嫌な予感を覚えた。
「……何を追加するつもりですか?」
「まずは作業モードの安全性じゃな。それから、狭い場所での移動能力をさらに向上させて……」
「待ってください」
リオは、アローの端末を覗き込んだ。
そこには、すでに新しい項目が記されていた。
『特殊移動機能のさらなる拡張について』
「どうして制限の話をしていたのに、拡張案が出てくるんですか?」
「制限するなら、必要な時に使える機能はより洗練させるべきじゃろう?」
「理屈は分かりますが、そういうことではありません!」
アローは不思議そうに首を傾げた。
彼女に悪意はない。
むしろ、今回の試験で得られた課題を改善しようとしているだけだった。
ただ、技術者としての彼女の発想は、どうにも一般的な感覚と噛み合わないことがある。
「……とにかく、次回の試験までに音声を直してください」
「うむ、承知した!」
「特殊移動機能の拡張は、その後です」
「分かった。音声を直した後に考えるとしよう!」
「今、考えるのをやめてください!」
そのやり取りを聞きながら、ロッカーノートは静かに待機していた。
機体のセンサーが点灯し、作業完了を知らせる電子音が鳴る。
『ミッションコンプリート! 次の冒険に備えます!』
「……アローさん?」
「……音声の改良は、帰ってからじゃな」
「今すぐです!」
ゲヘナの空に、風紀委員会の悲鳴が響き渡った。
こうして、ロッカーノートはゲヘナにおける限定的な試験運用を認められた。
その働きは確かに優秀だった。
危険な作業を減らし、瓦礫を片付け、学園の施設を守る。
それは、アローがこの世界で技術を作り続ける理由そのものでもあった。
ただし、彼女が次に何を発明するのかについては、誰もが少しだけ不安を抱いていた。
特にリオは、すでに次の報告書の表紙を想像していた。
『ロッカーノートの追加改良計画』
そして、その下に書かれるであろう一文を。
『なお、本機は作業用機械である』
……本当に、作業用機械なのだろうか。