スペースマリーン、生まれて初めてのバレンタイン
001 黄金の傷と、狐の恋心
「なんか今日は、やけにチョコレートとやらを渡されるな」
休日。
それは、先生という立場にある者ならば当然享受してよいはずのものだ。
しかし、スペースマリーンという立場からすれば、果たして休日などというものが許されてよいのか、本人にもよくわからない。
少なくとも、戦団長として惑星を統治し、戦争があれば自ら前線に立ち、戦争がなければ書類仕事に追われる生活を送ってきたアレックス・オリバー・ゴールデンにとって、休日とはひどく落ち着かない時間だった。
もっとも、今日は外出するだけでも一苦労だったのだが。
『危険。外出時の生存難易度、即死』
「……いつも通りなのでは?」
『否定できない』
ミレニアム製サーヴォスカルの警告に、先生は肩をすくめた。
キヴォトスの外の世界でも、サーヴォスカルの予測には何度も命を救われている。戦場における危険予測とは、それほどまでにありがたいものなのだ。
まさか、そのサーヴォスカルの基礎となった人物と出会うことになるとは思っていなかったが。
あの二人が相対したときに流れた、奇妙な沈黙。
あれは、戦場で幾度となく死線を潜り抜けてきた彼にとっても、珍しく笑いをこらえられない出来事だった。
「さて、行くか」
先生はヘルメットの固定具を確認し、ボルトライフルを背負い、パワーアックスを担ぎ直す。
休日の外出にしては、あまりにも物々しい装備である。
だが、彼にとってはいつも通りだった。
「よし、行くか。ワカモ」
「はい♡ あなたさま♡」
その隣に立つのは、キヴォトス最強最悪の狐。
七囚人の一角にして、数々の破壊と略奪を引き起こしてきた厄災の化身。
そして現在、先生の隣で幸せそうに微笑んでいる、恋する乙女であった。
――もっとも、彼女がそこに至るまでには、少々長い経緯があったのだが。
002 厄災の狐はチョコレートを作る
時は一日前。
厳密には、十七時間前に遡る。
その日、先生はキヴォトスの街を歩いていた。
そして、見つけた。
狐の仮面をつけた、和服姿の女生徒を。
狐坂ワカモ。
七囚人と呼ばれる、キヴォトスでも屈指の危険人物である。
趣味は破壊と略奪。性格は暴虐にして狡猾。目的のためならば手段を選ばず、その行動はしばしば常軌を逸する。
サイコパスだの、危険思想の持ち主だの、世間からの評価は散々なものだった。
だが。
『……あれは、恋する乙女というやつだな』
先生は確信していた。
スペースマリーンとして培われた直感が、そう告げていたのである。
ただし、当の先生は生まれてこのかた、恋愛というものにほとんど関心を持ったことがなかった。
知らないどころか、知ろうとすらしてこなかった。
そのため、彼は彼女の様子を見ながら、ひとつの可能性を真剣に検討していた。
『……何かの不治の病を患っているのではないだろうな』
恋愛感情を病気と疑うあたり、彼の感性は極めて健全に戦場へ最適化されていた。
結局、先生はワカモを追跡することにした。
理由は二つ。
ひとつは、彼女が何を企んでいるのかを把握するため。
もうひとつは、あの妙な確信の正体を突き止めるためだ。
なお、先生が生徒を尾行するのは、これが初めてではない。
何十人、いや、何百人という生徒の行動を、彼は密かに観察してきた。
プロフィールを確認できない生徒。行動パターンが不明な生徒。戦闘能力が高すぎる生徒。妙に危険な気配を漂わせる生徒。
理由はいくらでもあった。
もちろん、全員を尾行したわけではない。だが、先生の隠密術はスペースマリーン仕込みである。
元スペースマリーンや熟練の兵士でもなければ、気づくことすら難しい。
……もっとも、そうした例外もキヴォトスにはそれなりに存在するのだが。
何しろ、この街には妙な生徒が多すぎた。
そのうえ、先生の助手を務めるサーヴォスカルやアロナでさえ、膨大な生徒たちのデータに埋もれ、すべてを把握しきれていない。
キヴォトスとは、そういう場所なのである。
「ふむ。あれはカカオか」
ブラックマーケットに立ち寄ったワカモが、何やら荷物を抱えている。
高級なカカオ豆。
どうやら、何者かから奪い取って手に入れた品らしい。
『……ブラックマーケットなら、まあ、いいか』
爆発炎上する裏ルートの店から、裏ルートの救急車が飛び出していく。
その騒々しい光景を横目に、先生はワカモを追った。
やがて彼女は、街外れの廃墟へと入っていった。
おそらく、拠点なのだろう。
先生も静かに侵入する。
入り口には防犯用の爆雷。床下には地雷。視認しにくい位置には、侵入者を想定した罠が幾重にも仕掛けられていた。
だが、スペースマリーンにとっては、いずれも対処可能な代物である。
罠の配置を見抜き、速やかに無力化。音ひとつ立てずに通過する。
『武器、爆薬、仮面、衣服……普通だな』
廃墟の奥を確認し、先生は小さくうなずいた。
『危険なメルタ爆薬も、ゼノの遺物もなし。……それにしても』
彼の視線が、カカオ豆の袋へと向く。
『スキャン結果によれば、トリニティ御用達の最高級品か』
七囚人がわざわざ高級カカオを持ち帰る。
いよいよ、目的がわからない。
先生はワカモの後を追った。
道路を歩けば目立つため、ビルからビルへと移動する。屋上から屋上へ跳び、着地の衝撃を殺し、次の建物へと駆ける。
やがて、周囲から高層建築が消えた。
街の喧騒が遠ざかり、田園風景が広がっていく。
さすがに一般住宅の屋根に、スペースマリーンの巨体を支える強度は期待できない。
先生は地上へ降り、足音を抑えながら歩いた。
どうやら牧場らしい。
『……牧歌的な惑星を思い出すな』
戦争とは無縁に見える風景。
牧草地。柵。家畜の鳴き声。
かつて訪れた惑星の中にも、こうした景色はあった。
もっとも、その大半は最終的に戦場になったのだが。
ワカモは牧場主にクレジットを支払っていた。
購入しているのは、牛乳。
しかも、こちらも最高級品らしい。
『爆発は起こしていない。きちんと支払っている……』
先生は一瞬、感心した。
『まあ、クレジットの出所は略奪品だろうが』
合法的な取引かどうかという問題は、いったん棚上げされた。
その後、ワカモは牧場主の勧めで乗馬体験まで始めた。
しばらく馬と触れ合い、楽しそうに笑っている。
そういえば、ここへ来る途中でも猫を撫でていた。
『……動物が好きなのか?』
先生には、よくわからなかった。
戦場であれば、動物は食料か、輸送手段か、あるいは危険な生物である。
だが、ワカモは違った。
ただ、楽しそうだった。
その表情を見ていると、七囚人という肩書きが、妙に遠いものに感じられた。
やがてワカモは牧場を後にし、廃墟のアジトへと帰還した。
そして、先生はそこで意外なものを目撃する。
キッチンだった。
廃墟には似つかわしくないほど清潔で、最新の家電が一通り揃っている。
調理台も、食器棚も、きれいに整理されていた。
『……掃除が行き届いているな』
女の子らしい、と評するべきなのか。
いや、そもそも七囚人が女の子らしい生活を送っていても問題はないはずだ。
問題は、彼女が何を作ろうとしているのかである。
ワカモは調理を始めた。
カカオを加工し、牛乳を使い、手間のかかる工程をひとつずつ進めていく。
キヴォトス特有の超技術も、何かしら活用しているのだろう。
しかし、どれほど技術が発達していようと、調理に必要な時間と労力までは消えてくれない。
長距離の移動に、動物との触れ合い。帰還してからの調理。
ワカモの体力は、目に見えて削られていった。
それでも彼女は手を止めなかった。
ふらつきながらも、ひとつひとつの工程を丁寧に進める。
そして、ついに完成させた。
ハート型のチョコレート。
時刻は、すでに午前零時を回っていた。
ワカモは完成品を大切そうに置くと、そのまま布団へ倒れ込むようにして眠り始めた。
『……ふむ』
先生は、壁越しにその様子を確認した。
『チョコレートを作っていたのか』
しばし、考える。
『ハート型ということは……相手の心臓を象徴しているのか?』
さらに考える。
『つまり、相手の心臓をこの手に収めるという意思表示……いや、投擲して胸部装甲を貫通させるという宣戦布告か?』
アレックス・オリバー・ゴールデン。
惑星を統治し、数多の戦場を生き抜き、数え切れない敵を討ち果たしてきた男。
しかし彼は、バレンタインという文化も、女心というものも、まるで理解していなかった。
先生は真剣な顔でうなずいた。
『……危険な風習だな』
その認識は、根本から間違っていた。
003 厄災の狐に手を出すな
ワカモの様子を確認し終えた先生は、静かに廃墟から離脱しようとしていた。
だが。
『……面倒なのが来たな』
接近する複数の車両。
重装備の歩兵。
ミサイル兵。
そして、ゴリアテ。
カイザーとブラックマーケットガードの混成部隊だった。
アロナに周辺の通信網を調べてもらったところ、彼らは何者かから、ワカモの居場所について情報を得たらしい。
情報の出所は不明。
証拠もない。
だが、先生にはひとつだけ心当たりがあった。
『……アルファレギオンか?』
何を企んでいるのかはわからない。
そもそも、わかったところで関わりたくもない。
ただひとつ確かなのは、彼らがこの廃墟にいるワカモを狙っているということだ。
先生は周囲の瓦礫を確認した。
廃墟の陰。
崩れた壁の向こう。
散乱したコンクリート片の隙間。
そこには、サーヴォスカルたちが潜んでいた。
英雄の躯を加工して作られた機械の骸骨たち。
彼らは一斉に、仕掛けられたスピーカーから声を発した。
『おい、ブラックマーケットガード。カイザーの連中』
「!?」
複数の兵士が、周囲を見回す。
『貴様らの目的が狐坂ワカモであることは理解している』
声は平坦だった。
『最終目標が、彼女を矯正局へ引き渡すことならば黙認しよう。だが、まずは目的を言え』
一拍。
『さもなくば、この声を発しているスピーカーを爆破する』
無論、先生にそのつもりはなかった。
英雄の躯を用いたサーヴォスカルを、そんな理由で破壊するわけがない。
だが、脅しとしては十分だった。
「わ、我々は……ワカモに落とし前を……!」
『そうか』
先生は、パワーアックスを握り直した。
『死ね』
廃墟の玄関付近。
そこに転がっていた巨大な瓦礫を、先生はパワーアックスの刃ではない側で打ち据えた。
まるで、野球のバッターがホームランを放つかのように。
瓦礫は一直線に飛翔し、ゴリアテのコックピットへ直撃。
鈍い轟音とともに、装甲がひしゃげた。
一瞬、沈黙が訪れる。
何が起きたのか理解できない兵士たち。
その沈黙を破ったのは、次々と飛来する石礫だった。
先生は別の瓦礫を粉砕し、砕けた破片を弾丸のように投げつけていく。
十数発が飛来すれば、兵士たちの判断力は乱れる。
二十発も続けば、盾を構えていた者たちでさえ隊列を維持できなくなる。
盾兵がようやく状況を理解し、前面に防御陣形を組んだ。
その盾の隙間から、彼らは見た。
別の廃墟。
その崩れた建物の支柱鉄骨を片手に持ち、こちらを睨みつける巨体。
赤いヘルメット。
緑色の残光を宿す眼部。
そして、まるで処刑人のように立つスペースマリーン。
「う、撃てェーッ!!」
ロケットランチャーが火を噴く。
大小のオートガンが、一斉に弾丸を吐き出す。
爆炎が先生の周囲を包み、弾着の衝撃が地面を砕いた。
しかし、その巨体は止まらない。
アロナが展開するエネルギーフィールドが、飛来する弾丸と爆風を受け止めていた。
キヴォトスにおいても、それを突破できる火力は限られている。
そして先生は、その防御を頼みにしているだけではなかった。
手にした鉄骨を、ゆっくりと回転させる。
「盾! 来るぞおおおおお!!」
鉄骨が飛んだ。
空気を切り裂き、地面を震わせながら、盾兵の陣形へと突き進む。
ドガァンッ!!
盾がひしゃげ、兵士たちがまとめて吹き飛んだ。
その後方にいた者たちも巻き込まれ、陣形は一瞬で崩壊する。
だが、彼らはまだ諦めていなかった。
来るとわかっている攻撃なら、対処のしようはある。
数を活かし、弾幕を絶やさず、エネルギーフィールドを削り続ける。
波状攻撃を繰り返せば、いつかは防御を突破できるはずだ。
この人数ならば可能だと、彼らは信じていた。
――彼らは、まだ知らなかった。
スペースマリーンとは、そもそも何なのか。
パシュシュシュシュンッ!!
妙に心地よい、軽快な連射音が響いた。
直後。
隣にいたマーケットガードの頭部が吹き飛んだ。
「……は?」
何が起きたのか。
理解する間もなく、別の兵士が衝撃に吹き飛ばされる。
自分の片腕が、いつの間にかなくなっていた。
連射音が響く。
ひとり、またひとりと倒れていく。
頭部を撃ち抜かれる者。
頭部そのものは無事でも、破片を浴びて動けなくなる者。
耳鳴りに苦しみ、周囲の状況を把握できなくなる者。
サーヴォスカルに装着されたラスガン。
人類帝国の標準的な歩兵用レーザー兵器。
キヴォトスではあまり見かけない武器だが、先生にとっては見慣れた装備である。
盾兵は、すでに壊滅。
連射銃を持つ兵士たちは、瓦礫に身を隠した。
だが、銃撃は止まらなかった。
正面ではない。
側面でもない。
まったく別の角度から、次々とレーザーが飛来する。
ひとりのマーケットガードが、仲間の犠牲を踏み越えて、その正体を見つけた。
「ド、ドクロ……!?」
空を飛ぶドクロ。
小型ラスガンを携え、瓦礫の隙間から敵を狙い撃つサーヴォスカル。
その数は、不明。
一体を見つけたところで、別の方向から撃たれる。
遮蔽物に隠れれば、別の射線から狙われる。
どこを見ても、敵がいる。
「クソがァ! なめんじゃねぇぞォ!!」
ゴリアテのパイロットがジェットパックを噴射し、機体を立て直そうとする。
別の兵士が瓦礫を押しのけ、体勢を整えた。
ラスガン程度なら、ゴリアテの装甲で耐えられる。
そう判断したのだろう。
だが。
「は? なんで画面が消え……」
コックピットの映像が途絶えた。
慣れない手つきでサブカメラへ切り替える。
そこに映るのは、荒れ果てた戦場。
しかし、肝心の敵がいない。
いや、違う。
画面の端に、警告が表示されていた。
――両腕部、喪失。
「……は?」
そんな馬鹿な。
ゴリアテは装甲車両であり、多少の損傷で動かなくなるような代物ではない。
だが、相手はあの戦車をパワーアックスで真っ二つにした男だ。
その事実を思い出した瞬間、パイロットは理解した。
遅すぎる理解だった。
バリバリバリッ!!
コックピットの上部装甲が、強引に引き剥がされていく。
まるで、処刑を待つ貴族のような気分だった。
抵抗することもできず、ただ、自分の最期が近づいてくるのを感じる。
「……来世は何になるんだろうなぁ」
そんなことを考えた。
どうせまたブラックマーケットガードだろう。
せめて、アレックス先生が来ない時間帯に働きたい。
そんな、ささやかな願いを抱いた直後。
「ぐがっ!」
重装甲の腕がコックピットに伸び、パイロットの身体を引きずり出した。
周囲を見回す。
そこには、もう誰も立っていなかった。
転がる死体。
破壊された兵器。
漏れ出したオイルが、血のように地面を濡らしている。
一方的な蹂躙だった。
「き、貴様……こんな……ただ指名手配犯を捕らえるためだけの部隊に……!」
『貴様らの手口は、すでにハッキングで把握している』
先生の声は、あまりにも冷静だった。
『マフィアとも繋がりがあるらしいな?』
「!?」
『すでに、そこには暴走気味のスペースウルフか、インペリアルフィストか、ダークエンジェルが向かっているだろう。ヴァルキューレとは無関係にな』
「き、貴様……!」
『その目の動きからして、事実らしいな。お前は詳しい情報も知っている』
「ガグゲガガガガガッ!!」
先生の腕が動いた。
ブチブチブチッ!!
頭部と胴体が、強引に引き離される。
装甲も、機械部品も、接続されたケーブルも、次々と千切れていった。
先生は、手にしたものを無造作に放り捨てる。
『カイザーか、ブラックマーケットか、黒亀組か。あるいは弱小マフィアか』
誰が黒幕なのか。
どの組織が糸を引いているのか。
今の先生にとっては、もはや些細な問題だった。
『どれだか知らんが――』
赤いヘルメットが、ゆっくりと廃墟を振り返る。
『俺の生徒に手を出すから、こうなる』
「……おれ……の……?」
背後から、かすかな声がした。
ヘルメットの集音装置がそれを拾い、先生は振り返った。
そこには、ワカモが立っていた。
顔が赤い。
それも、ただの赤面ではない。
もはやマグマのような熱量で、頬から耳まで真っ赤に染まっている。
『……起こしてしまったか』
先生は少しだけ申し訳なく思った。
周囲のオートマタのバラバラなカケラと破壊された兵器を見れば、起きてしまうのも当然だろう。
せめて、ヘルメットについたオイルだけでも拭っておこう。
そう考えた次の瞬間。
ワカモは、ゴリアテの残骸へ飛び乗っていた。
そして、先生へタオルを差し出す。
「どうぞ、あなたさま……!」
『助かる』
先生はヘルメットを外し、差し出されたタオルで顔についたオイルを拭った。
その間、ワカモはじっと彼の顔を見つめていた。
『……?』
何かついているのだろうか。
拭き残しがあったのか。
それとも、顔に傷でもついているのか。
先生が疑問を抱く中、ワカモは恍惚とした表情で呟いた。
「美しい……黄金の傷……」
「……見えているのか、これが」
黄金の傷。
それは、比喩でも、詩的な表現でもない。
先生が統治する惑星、ゴールドライト。
そこに住まうゴールデンアスタルテスたちの顔には、しばしば黄金に輝く傷痕が刻まれている。
文字通り、黄金色に輝く傷。
まるで今も血が流れているかのように、鮮やかな輝きを失わない傷痕だった。
その異様な姿は、遠征先の惑星でもしばしば人々を怯えさせた。
サラマンダー戦団ほどではないにせよ、恐れられる理由としては十分だった。
普段はアロナとパワーアーマーの機械精霊が、仮想映像を用いてその傷を隠している。
ところが、なぜかワカモには見えているらしい。
「俺は、あまり美しいという感想に自信が持てないな」
「はっ! 申し訳ございません……! あなたさまのお顔を、不躾にじろじろと……!」
「いや、別に気にしない。ミリタルムの救援に赴いたときなど、よくじっと見られたものだ。スペースマリーンとは、そういうものだからな」
「みりたりむ……?」
「まあ、この傷のことは他言しないでくれると助かる。怖がる者も多いだろうからな」
「は、はい! 命に代えましても、このワカモ、決して他言いたしません!」
「いや、そこまでしろとは……」
先生は言いかけて、やめた。
こういうところが、キヴォトスの生徒らしい。
彼女なりに真剣なのだろう。
「……まあ、いい。俺はそろそろ帰るが、増援が来るかもしれない。拠点を移したほうがいいだろう」
そう言って、先生は踵を返した。
サーヴォスカルたちが、その後ろに続く。
炎上する廃墟。
火薬の臭い。
破壊された兵器の残骸。
その中を歩み去っていく、破壊の化身のような男。
そして、ヘルメットの下から垣間見えた、黄金に輝く傷痕。
ワカモの胸中で、何かが決定的に変わった。
「せ、先生! お待ちくださいまし!」
「ん?」
振り返った先生に、ワカモは震える手で何かを差し出した。
ハート型のチョコレート。
昨夜、疲れ果てるまで作り続けた、あのチョコレートだった。
「……貴方様のことが、好きです!!! どうか、これをお受け取りくださいませ!!!」
乙女の告白。
人生を懸けた、決死の一撃。
その手にあるのは、武器でも爆薬でもなく、心を込めて作られたチョコレートだった。
そして。
アレックス・オリバー・ゴールデンの額に、冷たい汗が流れた。
「……それは、俺を殺して、その手に骸骨を持ちたいとか……心臓を手に入れたいとか、そういう意味か?」
「違いますわ、貴方様!?」
「だが、その心臓型のチョコレートは、相手を抹殺するという意思表示ではないのか?」
「いえっ! 私から貴方様への愛の告白ですわ!!」
「……愛?」
「はい!」
「ライク?」
「ラブです!!!」
ワカモの声が、廃墟に響き渡った。
彼女がここまで必死なのには、理由がある。
ワカモは、ゴールデンアスタルテスのもとを訪ね、先生について徹底的に調べ上げていた。
好きな相手のことを、何もかも知りたい。
その気持ちが、彼女を突き動かしたのだ。
そして、先生の元部下であるゴールデンアスタルテスから、ある話を聞かされた。
スペースマリーンは、常人よりもはるかに長く生きる。
その人生に寄り添うということは、普通の人間が考えるよりもずっと重い意味を持つ。
だからこそ、一秒でも早く想いを伝えろ。
一秒でも長く、相手の隣にいられるように努力しろ。
それは、かつて無理やり妻を娶らされた元ゴールデンアスタルテスの言葉だった。
なお、その人物は現在、サーヴォスカルの機械精霊となった妻と、今も元気に暮らしている。
……参考にしてよいのかは、少々疑問が残る事例である。
「ラブ、か……」
先生は、チョコレートを見つめた。
それから、ワカモを見た。
彼女は、緊張のあまり今にも倒れそうだった。
「……困ってしまいますでしょうか」
「いや、別に困ってはいない」
「で、では……!」
「うーん……」
先生は腕を組んだ。
恋愛とは何か。
ラブとは何か。
その定義については、今後の研究課題とする必要がある。
だが、目の前の少女が自分に好意を寄せていることだけは理解できた。
そして、その想いを拒む理由も、特にはなかった。
「キヴォトスの人間がどれくらい生きるのか、俺にはまだよくわからん。だが、少なくともスペースマリーンより長生きするとは思えない」
「……はい」
「なら、今から俺のことを知ってもらうところから始めてみよう。俺も、お前のことを知りたい」
「っ……!」
ワカモの目が、大きく見開かれた。
「その愛の告白、受け取ろう。ワカモ」
「は、はいっ!!」
「これから、補佐官をよろしく頼む」
「もちろんですわ! あなたさま!」
ワカモの脳裏に、一瞬だけ疑問が浮かんだ。
――なぜ、補佐官?
だが、すぐに消えた。
愛の告白を受け取ってもらえたのだ。
細かいことなど、どうでもよい。
これから、少しずつ知ってもらえばいい。
先生の隣で、ワカモは幸せそうに微笑んだ。
ちなみに、この一部始終を聞いていたアロナは、飲んでいたイチゴミルクがいつもの何倍も甘く感じられたらしい。
『……プ、プラナちゃん。これ、私たちが聞いていていいものなんでしょうか……』
『……記録は残しておきます』
『残すんだ!?』
キヴォトスの休日は、今日も平和だった。
少なくとも、恋愛に関しては。
004 戦団長と厄災の狐
厄災の狐と、シャーレのスペースマリーンが付き合い始めた。
その知らせは、キヴォトス中を駆け巡った。
「歳の差ァーーーーッ!!」
誰かが叫んだ。
その叫びに同意する者もいれば、そもそもスペースマリーンの寿命を考えれば歳の差という概念が成立するのか、と頭を抱える者もいた。
トリニティでは、ブラッドエンジェルの総主長が祝いの品を持って訪れた。
「いやぁ……この未来は知らなかったなぁ」
どこか遠い目をしながら、彼は祝福した。
一方、先生に想いを寄せていた生徒たちの一部は、違法な酒を入手してやけ酒を始めた。
また別の一部は、第二夫人の座を狙うことを決意した。
キヴォトスの恋愛事情は、相変わらず騒がしい。
そして、元スペースマリーンたちの反応も実にさまざまだった。
ウルトラマリーンは、歳の差と道徳はどうした、と頭を抱えた。
スペースウルフは、豪快に笑い飛ばした。
「厄災の狐だと!? そいつはまた、どでかい獲物を仕留めたもんだなぁ!」
そして宴会が始まった。
サラマンダーは、妻を持ったスペースマリーンの心得をまとめた本を送った。
そのほかの戦団も、賛否両論、さまざまな意見を交わした。
戦団内の議論は長く続いたが、ここで詳細を述べると、それだけで一冊の記録書ができあがってしまうため割愛する。
なお、キヴォトスには先生と生徒の恋愛を禁じる法律は存在しないらしい。
少なくとも、合法性という観点では問題ないのだろう。
もちろん、だからといって周囲がすんなり納得するかどうかは別の話だが。
それでも。
先生とワカモは、これから互いのことを知っていく。
先生は、ワカモがどれほど一途で、どれほど危険で、どれほど優しい心を持っているのかを知るだろう。
ワカモは、先生がどれほど不器用で、どれほど鈍感で、そしてどれほど多くのものを背負っているのかを知るだろう。
きっと、すぐにはわからないこともある。
価値観の違いに戸惑う日もある。
先生がチョコレートの意味を理解するまでに、あと何度か説明が必要になるかもしれない。
だが、それでも。
互いに知ろうとする限り、二人の未来は続いていく。
戦団長と、厄災の狐。
黄金の傷を持つ男と、彼に恋した少女。
その愛に不可能はない。
――少なくとも、ワカモはそう信じていた。
そして先生は、今日も真剣に考えている。
『……ところで、バレンタインというものは、毎年こうも危険なものなのか?』
その疑問に答えられる者は、まだ誰もいなかった。
ワカモの一目ぼれポイント
不良の戦車を三枚おろしにする圧倒的な破壊力 プラス10000ワカモポイント
その様子に興奮することなく次の獲物を探す圧倒的な殺意の眼 プラス10000ワカモポイント
敵がいないと分かっても警戒を怠らない経験の差 プラス10000ワカモポイント
破壊の化身でもありながら美しい顔 プラス10000ワカモポイント
ちょっとドジな可愛さ プラス10000ワカモポイント
自身の破壊を治すのではなく一緒に発散してくれる プラス10000ワカモポイント
一目ぼれ プラス10000ワカモポイント
普通の恋愛感情のポイントは100でカンスト