001 機械精霊と、見覚えのある顔
(……なんだ? この既視感は)
アレックスは、アロナと名乗った少女としばらく話し込んでいた。
水色の髪。明るい声。どこか幼さを感じさせる顔立ち。
初めて見るはずの相手だ。
それなのに、なぜか見覚えがある。
顔立ちそのものに覚えがあるのか。それとも、彼女の存在が何かを思い起こさせるのか。
考えてみても、答えは出なかった。
ひとまず、彼女から得られた情報を整理することにする。
曰く、シャーレには面会の予約を取っている者が複数存在するらしい。
そして、その者たちは同じグループに所属しながら、異なる学園に籍を置いているという。
曰く、この世界では殺人はご法度である。
少なくとも、アレックスが知る銀河のように、敵対者の命を奪うことが日常的に許容されている世界ではないらしい。
ただし、暴力に対する心理的な敷居は、外の世界よりもずっと低い。
些細な喧嘩が銃撃戦へ発展し、気がつけば戦車まで持ち出されている。そんなことが、キヴォトスでは起こり得るのだという。
そのため、先生であるアレックスには、可能な限りパワーアーマーを装着しておくことが推奨された。
……実に奇妙な話である。
人を殺してはならない世界なのに、暴力そのものはずいぶんと身近にあるらしい。
そして、最後にもうひとつ。
曰く、アロナちゃんバリアーは最強である。
「……そのバリアーについて、もう少し詳しく説明してくれないか?」
『えっへん! アロナちゃんバリアーは最強です!』
「いや、だから、その強度や防御範囲についてだな」
『えーっと……先生を中心に発生するみたいです!』
「発生条件は?」
『先生がいることです!』
「耐久限界は?」
『……最強です!』
「具体的な数値は?」
『…………わかりません!』
アレックスは、沈黙した。
どうやら、これ以上の情報を得るのは難しそうだった。
防御能力があるというなら、実際に試験を行えばよい。
だが、そのためには自分自身へ攻撃を加える必要があるらしい。
仮にバリアーが作動しなかった場合、実験の結果は自分の身体で確かめることになる。
それは、さすがに避けたかった。
自分の耐久力を確かめるだけならば、戦場でいくらでも経験している。わざわざ未知の防御機構を相手に、無意味な実験をする必要はない。
いずれ、そうした検証を専門とする者を探すべきだろう。
ミレニアムの技術者たちなら、あるいは何かわかるかもしれない。
もっとも、彼らがこのバリアーを解析しようとした場合、アロナが無事で済むかどうかは別問題だが。
アレックスは、ひとまずその件を頭の隅へ追いやった。
今、優先すべきなのは別のことだ。
「機械精霊アロナよ。俺に会いたいというのは、誰なんだ?」
『あっ、はい! 確認しますね!』
アロナが、どこからともなく画面を呼び出す。
その仕草は、まるで空中に浮かぶ見えない端末を操作しているかのようだった。
もっとも、この空間そのものが通常の物理法則に従っているのかどうかすら、まだわかっていない。
アレックスは、アロナの言葉を待ちながら、ヘルメットを外した。
『この空間なら安心です!』
「そうか」
機械精霊がそう言うのなら、少なくとも、今すぐ生命維持装置を必要とする環境ではないのだろう。
彼は、金色の髪を揺らしながら、ヘルメットを脇へ抱えた。
短めのロングヘアーと呼べる長さの髪は、光を受けて黄金色に輝いている。
左目の周囲には、獣に引っかかれたかのような傷痕が走っていた。
顔立ちそのものは、まだ若い男性のものだ。
だが、その目つきや表情には、若さだけでは説明できない重みがある。
幾度となく戦場を潜り抜けてきた者だけが身につける、独特の気配。
それは、若くして戦団長という重責を背負ったことによるものなのか。
あるいは、ゴールデンアスタルテスを率いる者としての誇りが、彼の立ち居振る舞いに現れているのか。
その両方なのかもしれなかった。
『えーっと、グループ名が複数ありますね! 頭に「ロイヤリスト」とか「スペースマリーン」とか書いてあります!』
「……何?」
『どうやら、同じグループの分派からの投稿が重なっているみたいです!』
アレックスの表情が変わった。
「スペースマリーンだと?」
その名は、彼にとって聞き慣れたものである。
いや、聞き慣れているどころではない。
彼自身が、その名を背負っている。
人類帝国の遺伝子改造兵士。
皇帝陛下の遺伝子の系譜を継ぎ、人類の敵を討ち滅ぼすために生み出された超人兵士。
その存在が、キヴォトスにもいるというのか。
しかも、複数の学園にまたがって?
この世界にやってきてからというもの、理解不能な出来事には事欠かなかった。
しかし、これはまた別種の問題だった。
自分は、少なくともこの場所において、スペースマリーンという存在は自分ひとりだけだと思っていた。
それが、どうやら違うらしい。
彼はアロナを見つめた。
「……アロナ。今すぐ、その面会をつないでくれ」
『はい! お任せください、先生!』
少女の明るい返事が、青い空間に響いた。
アレックスは、手にしたヘルメットを見下ろした。
もし、本当に同胞がいるのなら。
まず確認しなければならないことがある。
彼らは誰なのか。
どの戦団に所属しているのか。
そして――どの時代から来た者たちなのか。
スペースマリーンという名が同じだからといって、互いの事情まで同じとは限らない。
彼の知る銀河では、同じ皇帝陛下に忠誠を誓う者たちでさえ、信条や歴史、そして戦団の方針によって、時に激しく対立するのだから。
アレックスは、静かに息を吐いた。
同胞との出会いが、歓迎すべきものになるのか。
それとも、新たな問題の始まりになるのか。
それを確かめる時が来た。
002 時代を超えて集う同胞
『……君たちが、スペースマリーンなのか?』
アレックスは、目の前に並ぶ者たちを見つめていた。
そこにいたのは、小柄なスペースマリーンたちだった。
身長はおおよそ一五〇センチから一八〇センチほど。
個人差はあるものの、全員がアレックスよりもずっと小さい。
そして、全員が同じ意匠のプロテクターとヘルメットを身につけていた。
アレックスは、その装備を知っていた。
いや、正確には、見覚えがあるどころではない。
彼自身が装着しているものと、あまりにもよく似ているのだ。
ヘルメットの形状は、ある者は大逆以前のものを思わせ、ある者は大逆後の装備に近い。さらに、近年になって普及したプライマリスのものまで混じっている。
それぞれの装備が示す年代には、明らかな隔たりがあった。
それなのに、彼らは同じ場所に立っている。
まるで、スペースマリーンの歴史そのものを、ひとつの部屋へ押し込んだかのようだった。
「見た目からして困惑されるのも、無理はありません」
その中のひとりが、一歩前へ出た。
そして、ヘルメットを外す。
現れたのは、若い女性の顔だった。
「ですが、私たちは皇帝陛下に忠誠を誓ったマリーンで間違いありません。もっとも、あくまでその一部ではありますが」
彼女は、落ち着いた態度でアレックスへ挨拶した。
その声には、軍人としての規律と、代表者としての自覚が感じられる。
アレックスは、彼女の装備を改めて見た。
青を基調とした装甲。
その色彩は、彼の知る戦団の中でも、特に馴染み深いものだった。
『……そのカラーリング。君たちはウルトラマリーンなのか?』
「はい。元ウルトラマリーン小隊長、アリーンと申します」
『元、か』
「ええ。今の私たちは、こちらの世界の生徒として生活しています」
アレックスは、わずかに目を細めた。
元ウルトラマリーン。
つまり、彼女たちはスペースマリーンとしての経歴を持ちながら、現在はキヴォトスの生徒として暮らしているということか。
その経緯は気になる。
だが、今は確認すべきことが多すぎた。
『私はゴールデンアスタルテス戦団長、アレックス・オリバー・ゴールデンだ。君たちの先生となる……らしい』
最後の部分は、いささか歯切れが悪かった。
何しろ、本人ですら、なぜ自分が先生という立場になったのか、十分に理解していないのだ。
しかし、アリーンたちの反応は、その曖昧な自己紹介の最後の一言よりも、前半に集中していた。
「……戦団長?」
「今、戦団長とおっしゃいましたか?」
「ゴールデンアスタルテス……聞き覚えがありませんね」
小さなざわめきが広がる。
無理もない。
スペースマリーンにとって、戦団長とは単なる部隊指揮官ではない。
一個の戦団を率い、その戦団の歴史と伝統、そして未来に責任を負う存在である。
その人物が、わざわざ前線に姿を現すことは、決して多くない。
もちろん、戦団長が自ら戦場へ赴く例は存在する。
しかし、それは相応の理由がある場合だ。
惑星規模の危機であっても、通常ならば各地の指揮官や部隊長が対処に当たり、戦団長は戦略全体を統括する。
それが、スペースマリーンの基本的な運用である。
だからこそ、彼らは考えずにはいられなかった。
そんな人物が、なぜキヴォトスにいるのか。
そして、なぜ自分たちの先生になるというのか。
この世界で、これから何が起きるのか。
アリーンが、慎重に口を開いた。
「戦団長とは、また大きな肩書きですね。失礼ながら、そのゴールデンアスタルテスという戦団は、聞き覚えがありません。どの時代に創設されたのでしょうか?」
『スペースマリーンにとっては、比較的近年であることは間違いない。およそ千年前だ』
「千年前……」
アリーンは、少し考え込んだ。
「つまり、私たちからすれば後輩ということですね」
『そうなるな』
「先生と聞いたので、どのような年代の方が来るのかと思っていましたが……まさか、戦団長とは」
その声には、わずかな驚きが混じっていた。
アレックスは、逆に疑問を抱いた。
『失礼な質問になるのであれば申し訳ないが、君たちは、いったいどの年代の者たちなのだ? ヘルメットの形状からして、かなりばらつきがあるようだが』
「ええ。私たちは、かなり異なる時代から集まっています」
アリーンは、周囲の仲間たちへ視線を向けた。
「ですが、同じウルトラマリーンとして、学区を超えた絆を持っていることに変わりはありません」
彼女は、そこで一度言葉を切った。
「そして、ここにいるのは、あくまで代表として選ばれた者たちです。各学区には、私たち以外にも、さまざまなスペースマリーンのグループが存在しています」
『……そうか』
「大逆派も含めて、ですが」
その言葉を聞いた瞬間、アレックスの目つきが変わった。
『やはり、いるのか。ケイオススペースマリーンが』
アリーンは、慎重にうなずいた。
「本物のケイオススペースマリーンそのものは、まだ確認されていません。ただ……『元』がつく者たちまで含めれば、百人を下らない数がいると思われます」
『百人……』
アレックスは、内心で頭を抱えた。
この世界に来てからというもの、厄介事が途切れる気配がない。
だが、これは単なる不良生徒の問題では済まないだろう。
仮に、その百人が本当に大逆派であるならば。
彼らは何を信仰しているのか。
何を目的としているのか。
そして、この世界の異常な環境は、彼らの精神や肉体にどのような影響を与えているのか。
確認しなければならないことが、いくつも浮かんでくる。
しかし、アリーンは、そんなアレックスの思考を遮るように言葉を続けた。
「ですが、先生にお願いしたいのは――」
『大逆派であろうと、生徒を殺してはならない。そういうことだろう?』
「……!」
アリーンの表情が、わずかに変わった。
驚いたのだろう。
あるいは、自分たちが口にするよりも先に、その問題を理解していたことに安堵したのかもしれない。
アレックスは、彼女たちを見回した。
『わかっている。この世界が、外の世界とは大きく異なっていることもな』
キヴォトスの常識は、彼の知る銀河の常識とは異なる。
銃弾を浴びても、戦車砲を受けても、生徒たちは簡単には死なない。
そして、殺人は原則として禁じられている。
それは、彼の知る戦場とは、あまりにも違う法則だった。
だからこそ、彼はこの世界のルールを理解しなければならない。
敵が大逆派であろうと、ケイオスの信奉者であろうと、今の彼には、それだけで殺害を正当化することはできないのだ。
アリーンは、少しだけ表情を引き締めた。
「私たちは、この大地……いえ、キヴォトスそのものが、歪みの中に存在する空間の一部ではないかと考えています」
『歪み、か』
アレックスは、低くつぶやいた。
ワープ。
渾沌。
現実と非現実の境界を曖昧にする、あの忌まわしい領域。
彼が知る銀河において、時代も距離も無視して存在が交錯する現象を説明するならば、確かにその可能性は考えられる。
だが、まだ断定するには早い。
キヴォトスには、彼の知るワープとは異なる法則が存在しているようにも思える。
それに、この世界の空に浮かぶ白い円環も、まだ正体がわかっていない。
何もかもが未知数だった。
「大逆以前の者、大逆後の者、ティラニッド襲撃後の者……。そのほかにも、さまざまな時代の者たちが、同じキヴォトスという場所に集まっています」
アリーンは、静かな声で続けた。
「本来なら、同じ時代に存在するはずのない者たちが、ここでは同じ学園に通い、同じ日常を送っているのです」
『……なるほど』
アレックスは、腕を組んだ。
時代を超えた存在の集結。
異なる歴史を持つスペースマリーン。
敵対するはずの者たちが、同じ世界の住人として生活している。
そして、そんな世界で、自分は先生を務めることになった。
『……大変な時代の先生になりそうだ』
それは、独り言に近い呟きだった。
これから訪れるであろう試練への覚悟なのか。
それとも、どこへ行ってもスペースマリーンには休息が訪れないという事実への、呆れ混じりの感想なのか。
おそらく、両方だった。
アレックスは、目の前の同胞たちを見回した。
小柄な身体。
異なる時代の装備。
それでも、皇帝陛下への忠誠を掲げる者たち。
彼らもまた、彼の知るスペースマリーンと同じなのだろう。
戦うべき敵がいる限り、戦いから逃れることはできない。
そして、守るべき者がいる限り、その責任から逃れることもできない。
……どうやら、キヴォトスでも、それだけは変わらないらしい。
アレックスは、静かに息を吐いた。
先生としての最初の仕事は、どうやら想像していた以上に厄介なものになりそうだった。