『鉄塊を喰らう四本の腕』
その依頼書を見たとき、オルクハンターはまず報酬額を確認した。
次に、依頼内容を確認した。
最後に、依頼主の名前を確認した。
――カイザー・ローン第十三支店。
以前、元オルクたちの襲撃から守った支店である。あのときは勝った。勝ったのだが、機体の修理費を考えると、利益が出たのかどうか怪しいところだった。
そして今回は、前回よりも報酬が高い。
かなり高い。
オルクハンターは、依頼書の端末を操作した。
『対象の脅威評価を提示しろ』
『対象は元ジーンスティーラーの指揮個体一名、およびその配下と推定される武装集団です。構成員数は不明。廃棄された地下輸送施設を拠点とし、周辺の輸送車両や武器庫を襲撃しています』
『推定人数が不明で、脅威評価だけ高い。いつものことだな』
『対象は極めて高い身体能力を有すると考えられます。また、配下との連携能力も確認されています』
『なるほど』
オルクハンターは端末を閉じた。
『つまり、面倒な仕事だ』
しかし、報酬は高い。
それだけで、受ける理由としては十分だった。
◇
廃棄された地下輸送施設。
かつては大量の貨物を運び、キヴォトスの物流を支えていた場所も、今では錆びたレールと砕けたコンクリートが残るだけの廃墟になっていた。
オルクハンターは、その入り口に立っていた。
全高二・五メートル。
重量三百キログラム。
かつてカイザーが製造した重オートマタ、タイプ621。
もっとも、現在の彼を純粋なカイザー製と呼ぶのは、もはや無理がある。
装甲は交換され、武装は換装され、駆動機構には独自の改造が施されている。元の機体から残っているものは、中央の認識機構と、それに紐づく戦闘判断の中枢くらいだった。
彼は右腕のガトリング砲を起動した。
左腕のガトリング砲も起動する。
回転する銃身が、低い唸りを上げた。
『目標を確認したら排除。可能なら生け捕り。依頼主はどちらでも構わないと言っていたな』
オルクハンターは、暗い通路へ足を踏み入れた。
最初の百メートルには何もなかった。
次の百メートルにも、何もなかった。
そして、三百メートル地点。
床に転がった薬莢を見つけた。
その先には、血痕。
さらに奥には、破壊された輸送車両。
『……ずいぶんとわかりやすい道案内だ』
彼は立ち止まった。
あまりにも、わかりやすい。
足跡は隠されていない。血痕も拭き取られていない。輸送車両は、まるでここを通れと言わんばかりに横倒しになっていた。
罠。
そう判断した瞬間だった。
天井が落ちてきた。
正確には、天井に偽装された巨大な鋼材とコンクリートの塊だった。
オルクハンターは後退しようとしたが、遅かった。
轟音。
衝撃。
粉塵。
数トンはある瓦礫が、彼の背中と肩に叩きつけられた。
膝が床に沈む。
左脚の駆動部から警告音が鳴った。
『……なるほど』
オルクハンターは、瓦礫の下で両腕のガトリングを構えた。
『歓迎の仕方が荒っぽいな』
瓦礫が動いた。
内側から、鉄塊が押し返されたのだ。
オルクハンターは立ち上がる。
背部装甲の一部がへこみ、左肩の装甲板が剥がれていた。左脚の動きにも、わずかな遅れが生じている。
致命傷ではない。
だが、戦闘開始から一分も経っていない。
彼は周囲を見回した。
その瞬間、暗闇の中で無数の銃口が光った。
『撃て!』
銃声が、地下施設を埋め尽くした。
正面だけではない。
左右の通路。天井の足場。倒れた輸送車両の陰。
複数の射手が、あらかじめ決められた位置から一斉に射撃していた。
オルクハンターは両腕を広げ、ガトリングを回転させた。
反撃。
弾丸が弾丸を押し潰すように飛び交い、敵の隠れていた遮蔽物が粉々になる。
銃声が途切れた。
だが、敵は倒れていなかった。
彼らは遮蔽物を捨て、別の通路へと移動していた。
その動きは、統率されていた。
逃げる者が射線を切り、残る者が牽制する。オルクハンターが狙いを変えた瞬間、別の位置から射撃が始まる。
敵は、彼の火力を恐れている。
だからこそ、火力を正面から受けない。
『……オルクとは違うな』
以前戦った元オルクたちは、突撃し、撃ち、殴り、奪い、勝てば騒ぎ、負ければさらに騒いだ。
あれはあれで厄介だった。
だが、目の前の連中は違う。
こちらが強いと理解したうえで、こちらの強みを殺しにきている。
そして、それを実行できるだけの知性がある。
オルクハンターは、ひとつの結論に達した。
『面倒な指揮官がいるな』
返事の代わりに、足元で爆発が起きた。
床板が吹き飛んだ。
左脚が沈み、膝関節が限界まで折れ曲がる。
彼はとっさに右腕を壁へ叩きつけ、倒れるのを防いだ。
そこへ、敵が殺到した。
小銃を持った者たちが一斉に距離を詰める。
オルクハンターは右腕のガトリングを向けようとした。
間に合わない。
銃身が回転しきる前に、敵の一人が銃口の下へ滑り込んだ。
次の瞬間、そいつの頭上を巨大な鉄拳が通り過ぎた。
オルクハンターの左腕だった。
ガトリングの側面が、敵の身体を横から殴り飛ばす。
別の敵が背後へ回り込む。
背部から補助腕が展開した。
盾が開く。
敵の銃撃を受け止めた盾が火花を散らし、そのまま横へ振り抜かれた。
数人がまとめて壁に叩きつけられる。
オルクハンターは左脚を引き抜き、無理やり立ち上がった。
『近接戦を仕掛けるなら、もう少し体重差を考えろ』
彼は補助腕で盾を構え、もう片方の補助腕で倒れた敵を押し退ける。
だが、敵は怯まなかった。
倒された者が這って退き、別の者がその隙間へ入る。
彼らは一人ずつ勝とうとしていない。
全員で、彼を削ろうとしている。
そして、その狙いは着実に成果を上げていた。
右腕のガトリングに異音。
背部補助腕の駆動部に損傷。
左脚の応答速度は、正常値の六割。
装甲の隙間から侵入した弾丸が、内部配線を傷つけていた。
オルクハンターは、初めてこの戦闘で後退した。
敵が追う。
彼は後退しながらガトリングを撃ち、通路を封鎖するように弾丸をばら撒いた。
そして、敵の動きが一瞬止まった隙に、横の貨物用扉へ体当たりした。
扉がひしゃげ、壁ごと崩れ落ちる。
彼はその向こうへ転がり込んだ。
追撃の銃弾が、崩れた壁を削っていく。
『……損傷が多い』
オルクハンターは内部診断を確認した。
『修理費も多い』
少し間を置く。
『報酬の再交渉が必要だな』
◇
貨物用の保管庫は、薄暗かった。
崩れた壁の向こうから、敵の足音が聞こえる。
オルクハンターは、保管庫の中央に置かれた大型コンテナへ目を向けた。
その上に、何かがいた。
人間に似た輪郭。
だが、腕が長すぎる。
指は細く、爪は刃物のように鋭い。
身体を覆う装甲は、拾い集めた防具と、どこかの研究施設から持ち出したらしい部品を組み合わせたものだった。
その顔には、笑みが浮かんでいた。
「やっと来たね、オルクハンター」
『俺の名前を知っているのか』
「知らないほうがおかしいだろう? 君はカイザーの機械人形のくせに、カイザーを辞めた。オルクを狩り、賞金を稼ぎ、壊れても修理して、また狩りに行く」
元ジーンスティーラーは、楽しげに首を傾げた。
「実に合理的だ。実に単純だ。実に――」
彼の身体が、消えた。
オルクハンターは反射的に盾を構えた。
金属音。
衝撃。
盾の表面に、深い傷が走った。
元ジーンスティーラーは盾の上に片手をつき、そのまま身体をひねってオルクハンターの側面へ回り込んでいた。
人間なら不可能な動きだった。
いや、人間でもできる者はいるだろう。
しかし、装甲をまとった人型兵器の死角へ、これほど素早く入り込むことはできない。
彼の爪が、オルクハンターの首元を狙う。
装甲が火花を散らした。
オルクハンターは後退し、左腕を振り抜いた。
元ジーンスティーラーは床を蹴って跳ぶ。
鉄拳が空を切った。
「遅い!」
彼はオルクハンターの肩に着地し、装甲の継ぎ目へ爪を突き立てた。
金属が裂ける。
内部の配線が引きちぎられる。
オルクハンターは肩を壁へ叩きつけた。
元ジーンスティーラーは飛び退いたが、完全には避けられなかった。
壁と装甲の間に身体を挟まれ、鈍い音を立てて床へ落ちる。
オルクハンターは間髪入れずにガトリングを向けた。
引き金を引く。
――回転しない。
『……故障か』
彼は一瞬だけ沈黙した。
右腕のガトリングは、先ほどの損傷で駆動系が死んでいた。
左腕のガトリングは、弾薬供給系に異常。
どちらも、今すぐには使えない。
元ジーンスティーラーは、床を転がりながら立ち上がった。
口元から血が流れている。
それでも笑っていた。
「素晴らしい。まだ動くのか」
『お前はよく喋るな』
「君はよく壊れる」
『機械だからな』
「その機械が、どこまで耐えられるか見てみたい」
元ジーンスティーラーが手を上げた。
その合図で、保管庫の扉が一斉に開いた。
配下が押し寄せてくる。
小銃を持った射手。
爆薬を抱えた者。
短い刃物を持った近接要員。
そして、天井の配管を伝ってくる影。
オルクハンターは周囲を見た。
前方に敵。
左右に敵。
背後は崩落した壁。
逃げ道はない。
『なるほど』
彼は盾を構え直した。
『これが本命か』
敵の射撃が始まった。
盾に弾丸が叩きつけられる。
補助腕の関節が軋む。
オルクハンターは盾を前へ押し出し、敵の集団へ突進した。
床が震えた。
先頭の数人が吹き飛び、陣形が崩れる。
彼はその隙間を抜けようとした。
だが、横から爆発が襲った。
爆薬を持った敵が、彼の脚元へ飛び込んでいたのだ。
爆風が装甲を叩く。
オルクハンターの左脚が、ついに限界を迎えた。
膝関節が砕け、巨体が傾く。
彼は倒れながら補助腕を伸ばし、近くの敵を掴んで投げ飛ばした。
それでも、転倒は避けられなかった。
全身が床へ叩きつけられる。
保管庫の床がひび割れた。
敵が一斉に殺到した。
盾を押さえつける者。
関節へ刃物を突き立てる者。
装甲の継ぎ目へ爆薬を押し込もうとする者。
オルクハンターは、補助腕で一人を殴り飛ばした。
もう一人を掴み、別の敵へ投げつけた。
だが、敵の数が多すぎた。
左側の補助腕が、駆動部から破断した。
盾が床に落ちる。
残った補助腕も、何者かに関節を破壊され、動かなくなった。
オルクハンターは、残された右腕を振り上げた。
拳が敵を叩き潰す。
しかし、次の敵がその腕へ飛びつき、関節を押さえ込んだ。
彼の動きが止まった。
元ジーンスティーラーが、ゆっくりと近づいてくる。
「終わりだ、オルクハンター」
彼は、オルクハンターの頭部を覗き込んだ。
「君は強い。だが、強さには限界がある。弾薬が尽きる。装甲が砕ける。関節が壊れる。最後には、ただの鉄の塊になる」
『……そうだな』
「否定しないのか?」
『事実だからな』
オルクハンターは、頭部のセンサーを元ジーンスティーラーへ向けた。
『だが、お前は一つ勘違いしている』
「何を?」
『俺は、一人で戦う契約を結んだ覚えはない』
その瞬間。
保管庫の奥で、何かが起動した。
低い駆動音。
続いて、警告灯が赤く点灯する。
元ジーンスティーラーが振り向いた。
そこにあったのは、貨物用の大型牽引機だった。
オルクハンターが、この保管庫へ転がり込んだときに見つけたもの。
彼は、動けないふりをしながら、残された指先で非常用の操作盤を叩いていたのだ。
牽引機の前部に、巨大な金属フックがせり出す。
駆動輪が回転した。
そして、保管庫の中へ突っ込んだ。
「なっ――」
元ジーンスティーラーは跳んだ。
配下も逃げようとした。
しかし、狭い保管庫の中で、全員が一斉に避けられるはずもなかった。
牽引機が敵の陣形を引き裂く。
金属フックがコンテナを巻き込み、積み上げられていた鋼材が雪崩のように崩れ落ちた。
衝撃。
轟音。
粉塵。
そして、ほんの数秒の静寂。
オルクハンターは、残された右腕で床を押した。
立てない。
左脚は完全に破損。
補助腕は全滅。
両腕のガトリングも使い物にならない。
それでも、頭部と中枢は生きていた。
『……まだだ』
彼は、右腕の手首を回した。
指先が、かすかに動く。
牽引機の残骸の向こうで、何かが動いた。
元ジーンスティーラーだった。
身体の半分を鋼材に押し潰され、装甲は剥がれ、片腕が不自然な方向へ曲がっている。
それでも、彼は立ち上がろうとしていた。
「君は……本当に……しぶといな……!」
『お互い様だ』
オルクハンターは、最後に残った右腕を構えた。
元ジーンスティーラーも、残った腕の爪を立てた。
両者の距離は、わずか数メートル。
銃もない。
盾もない。
逃げ道もない。
次の一撃で、どちらかが終わる。
元ジーンスティーラーが先に動いた。
床を蹴り、低い姿勢で突っ込んでくる。
狙いは、頭部。
オルクハンターは避けなかった。
避けるだけの駆動力が、もう残っていなかった。
代わりに、彼は右腕を前へ突き出した。
爪が装甲を裂く。
火花が散る。
元ジーンスティーラーの爪が、オルクハンターの首元へ食い込んだ。
だが、その瞬間。
オルクハンターの拳が、元ジーンスティーラーの胸部へ叩き込まれた。
重量三百キログラムの機械が、残された全駆動力を一撃へ集中させる。
鈍い音。
元ジーンスティーラーの身体が宙を舞い、コンテナへ叩きつけられた。
彼は、もう動かなかった。
オルクハンターの頭部から、警告音が鳴り続ける。
視界が乱れた。
内部温度が上昇している。
中枢への損傷は、許容限界に近い。
それでも、彼は対象を確認した。
呼吸反応なし。
動体反応なし。
武装集団の生存者は、牽引機の突入と崩落で散り散りになっていた。
作戦目標、達成。
オルクハンターは、床に倒れたまま、依頼主へ通信を送った。
『こちらオルクハンター。目標を排除した』
『おお! 無事だったのか!? 対象はどうなった!?』
『排除した』
『さすがだ! やはり君に依頼して正解だった!』
『それで』
オルクハンターは、途切れかけた通信回線に言葉を乗せた。
『追加報酬の話だが』
『……え?』
『両腕の武装が全損。脚部破損。補助腕全損。装甲交換。中枢の再調整も必要だ。契約時の報酬では足りない』
『いや、しかし、依頼は達成されたのだろう?』
『達成した』
『ならば――』
『達成したからこそ、請求している』
通信の向こうで、沈黙があった。
オルクハンターは、床に横たわったまま続けた。
『俺は英雄ではない。カイザーの所有物でもない。報酬を受け取って仕事をする傭兵だ』
彼は、損傷した指先を動かした。
『次の仕事を受けるためにも、修理費が必要だ』
依頼主は、長い沈黙のあと、深いため息をついた。
『……見積もりを送ってくれ』
『了解』
通信が切れた。
オルクハンターは、暗い天井を見つめた。
勝った。
生き残った。
仕事も終わった。
だが、修理費を考えると、今回も利益が出るかどうか怪しい。
『……次からは、危険手当を先に請求するか』
そう呟いた直後、彼の頭部センサーが一度だけ点滅した。
そして、沈黙した。
◇
数時間後。
回収班が地下施設へ到着したとき、彼らが見たのは、半壊した牽引機と、鋼材の山と、無数の負傷者だった。
そして、その中心に横たわる巨大なオートマタ。
回収班の一人が、思わず呟いた。
「……これ、本当に一機でやったのか?」
別の者が、損傷した装甲を見て首を振った。
「一機でやったから、こうなったんだろ」
彼らは、オルクハンターを回収用の台車へ載せた。
その頭部に、かすかな音声が響いた。
『……修理費は……別途請求だ……』
回収班は、そろって顔を見合わせた。
誰かが笑った。
誰かが呆れた。
そして誰もが、少しだけ安心した。
この鉄塊は、まだ仕事をするつもりらしい。
たとえ次の仕事までに、機体をほとんど作り直す必要があったとしても。
オルクハンターは、また修理される。
また報酬を求める。
また厄介な依頼を引き受ける。
キヴォトスには、狩るべき敵がいくらでもいるのだから。
――ただし、次の契約書には、危険手当の項目を追加するつもりだった。