先生の常識外の行動リスト1
「あー、テスト、テスト。……よし、ちゃんと録音されているな」
マイクの向こうで、誰かが書類をめくる音がした。
「さて。ここでは先生、およびアレックス・オリバー・ゴールデンの行動についてまとめる。
なお、本調査は連邦生徒会から正式に依頼されたものである。したがって合法だ。異論は認めん。認めないったら認めない」
そこで一度、録音が途切れた。
「……はい、そこのアルファレギオンA。なんだ、その顔は」
どうやら、録音担当者の目の前には複数のアルファレギオンがいるらしい。
「はぁ? なんでこんな依頼を引き受けなきゃならないのか、だと?」
声の主は、心底面倒くさそうにため息をついた。
「お前ら、先生のことを何だと思ってるんだ。あの人は、私らと違ってまだキヴォトス初心者なんだぞ。知ってるだろ?」
もちろん、知っている。
何しろ、対象人物はキヴォトスに来てからというもの、さまざまな騒動に巻き込まれている。いや、正確には、騒動に巻き込まれているだけで済んでいるなら、ここまで大がかりな調査は必要なかった。
「そんな先生が、私らのいた世界の常識を引っ提げて、この世界で活動しているんだぞ。それもボルトライフルと、遺物クラスの近接武器を持ってな」
録音の向こうで、誰かが「ああ……」と納得したような声を漏らした。
「そうだ。分かるだろう? 先生が、不良どもに奪われた戦車を使ってヒラキを作ったこと」
沈黙。
「……ヤバさが分かったか?」
再び沈黙。
「よろしい」
満足げな声だった。
「まあ、連邦生徒会長が最低限の常識は教え込んだらしい。だが、あくまで最低限だ。私らがやるのは、万が一に備えた予備調査。先生が問題行動を起こした際、全学園の生徒が協力して先生を止められるようにするための……そうだな、勉強会に必要な資料を作ることだ」
そこで、声の主は少しだけ間を置いた。
「……だからといって、安心できるかどうかは別問題なんだがな」
まったくもって、そのとおりである。
これは、そんな危険極まりない人物を観察することになった、とあるアルファレギオンたちの記録である。
ケース1:食堂にて
対象施設:ゲヘナ学園・食堂
関係者:給食部、美食研究会、先生
記録形式:現場録音
【録音再生】
ハルナ『おや、先生。ゲヘナに何かご用事ですか?』
先生『そうだな。まさかゲヘナ列車が爆発して、昼飯時まで遅延するとは思わなかったが』
ハルナ『ゲヘナには慣れましたか? その程度のことは、こちらでは日常茶飯事ですわ』
先生『このような環境に慣れたいと思ったことはないな。俺は平和主義者なんだぞ』
ハルナ『まあ。先生のいらした世界では、さぞかし厳しい環境だったのでしょうね』
ハルナは、世間話でもするかのように続けた。
ハルナ『私も、元ケイオスマリーンを名乗る方々にフウカさんの拉致を阻止されるまでは、自分の実力にはそれなりの自信があったのですが』
先生『それはお前が、フウカの許可を得ずに拉致しようとするからだろう……』
先生の声には、隠しようのない疲労が滲んでいた。
どうやら彼は、キヴォトスの治安や倫理観について、いまだに理解できない部分が多いらしい。
先生『……しかし、困ったな。なかなかの暴動具合だ』
録音の向こうから、金属がぶつかる音、怒号、食器の割れる音が聞こえてくる。
銃声も混じっている。
食堂というより、包囲された要塞の内部である。
ハルナ『いえ、暴動ではありませんわ。給食の取り合いです』
先生『……給食の取り合い?』
ハルナ『ええ。いつもなら、給食部に所属する元ケイオスマリーンの方々がいらっしゃって、鎮圧してくださるのですが……今日は不在のようですわね』
そこでハルナは、わずかに声を弾ませた。
ハルナ『先生が鎮圧なさいますか? なんて』
数秒の沈黙。
先生『なるほど。それが早いな』
――直後。
ズガァンッ!!
重々しい銃声が、録音機のマイクを飽和させた。
続けざまに、何かが砕け散る音。
さらに、床材が大きく崩落する音が響く。
爆発音ではない。
少なくとも、録音を解析した技術部の見解では、爆発物が使用された形跡は確認されていない。
単純に、ボルトライフルが発射されたのである。
しかも、対象は人間ではなく床だった。
先生『そこに並べ。一列に』
ハルナ『先生!?』
録音は、そこでいったん終了していた。
【録音終了】
「……と、まあ、このような具合だ」
報告者の声には、疲れが混じっていた。
「分かったか? 先生は、スペースマリーンの中でも相当に常識から外れている」
彼は一度、咳払いをした。
「自称ウルトラマリーンの後継戦団を率いている立場らしいが……ぜってぇ嘘だろ。よくてスペースウルフだ。いや、スペースウルフでも、もうちょっと手加減というものを知っている」
録音の向こうで、アルファレギオンの一人が何かを指摘した。
「……は? 帝国の正式な認可証を持ってる?」
声の調子が変わった。
「偽物皇帝のいる帝国の認可証を? マジかよ……」
しばしの沈黙。
「いや、待て。そもそも、お前、よく先生に話しかけたな」
アルファレギオンAが答えたらしい。
「……快く話してくれた?」
報告者は、理解不能なものを聞いたという声で繰り返した。
「先生って、秘密を守るために相手の記憶を消すだとか、そういうアレはないのか?」
別のアルファレギオンが何かを返した。
「グレイナイトじゃないんだから、そんなものはない? ……それもそうか」
納得するのが早かった。
なお、先生がグレイナイトのような秘密主義者ではないことと、先生に秘密がないことは、まったく別の話である。
この時点で、その違いを理解していた者は少なかった。
ケース2:対象の過去を聞いてみた
対象:先生、アレックス・オリバー・ゴールデン
接触方法:一般生徒への偽装
担当:アルファレギオンA、B
記録形式:現場録音
【録音再生】
アルファレギオンA『いやー、噂の先生と直接お話しできるなんて、実に幸運ですわ!』
アルファレギオンB『本当ですわね、オホホホ! それで先生、本日お伺いしたいのは、先生の過去についてなのです!』
先生『ふむ。俺の過去か?』
アルファレギオンB『ええ! 噂の、外の世界からやってきた大人! そんな方がどのような人生を歩んでこられたのか、みんな知りたがっておりますのよ!』
アルファレギオンA『そこで我々クロノススクールが、直接取材をさせていただこうと思いましてね!』
先生『大して面白い話でもないが、それでいいのか?』
アルファレギオンB『もちろんですわ! 情報としての価値がございますので……いえ、いえ! 情報に貴賤はありませんもの! オホホホ!』
先生『そうか。なら、まずは俺の父親代わりだったジョンという男の話から始めようか』
録音は、その後も延々と続いていた。
最初の数分こそ、取材する側も余裕を保っていた。
だが、十分が経過し、二十分が経過し、三十分が経過しても、先生の話は終わらなかった。
戦団の創設者。
父親代わりの初代戦団長。
共に戦場を駆けた先輩たち。
そして、スラーネッシュの手によって失われたもの。
それは、華々しい英雄譚というより、一人の戦士が背負い続けてきた喪失の記録だった。
アルファレギオンたちは、当初の目的を忘れかけていた。
彼らは秘密を探りに来たはずだった。
しかし、気がつけば、先生が語る過去に耳を傾けていたのである。
やがて、録音には取材の終盤と思われる会話が残されていた。
アルファレギオンA『……つまり、スラーネッシュの連中にしてやられて、先輩方を失った、と?』
先生『まあ、そういうことだ。あいつの仲間は大半を仕留めたが、肝心の原因はまだ生きている。いつか、決着をつける日が来るだろう』
アルファレギオンB『……先生は、エンペラーズ・チルドレンが苦手なのですか?』
少しだけ、間が空いた。
先生『……まあ、少し』
もう一度、間が空いた。
先生『いや、だいぶ苦手だな』
先生の声は、先ほどまでよりもわずかに重かった。
先生『俺が殺した連中と同じ戦団に属する者が、この世界では俺の生徒になっている可能性がある。……そのことに、今さら気づいた』
小さく息を吐く音がした。
先生『……気まずいな』
それは、何十年、あるいは何百年という戦いを生き延びてきた超人の言葉にしては、あまりにも人間くさい一言だった。
アルファレギオンA『まあ、アイアンウォリアーとインペリアルフィストが同じ世界にいる時点で、今さらですよ。オホホ』
先生『……歪な世界だな』
先生は、しみじみと呟いた。
先生『俺と君たちの関係のようだ。なあ、アルファレギオン』
沈黙。
そして。
アルファレギオンA『……あら。バレました?』
先生『ああ』
あまりにもあっさりとした返答だった。
先生『君たちは知らんだろうが、俺はプライマリスだ。装備のスキャン機能も、君たちの時代より進歩している。シールだか何だか知らんが、入れ墨はしないほうがいいぞ』
録音の向こうで、二人が息を呑んだ。
しかし、先生は気にする様子もなかった。
先生『あと、右にいるアルファレギオン。君は少々痩せすぎだ。もっと飯を食ったほうがいい』
数秒の沈黙。
アルファレギオンA・B『『セクハラですよ、若手スペースマリーンが!』』
先生『……セクハラ?』
心底不思議そうな声だった。
【録音終了】
「……なるほどな」
報告者は、録音を止めてからしばらく考え込んでいた。
「先生は、スペースマリーン特有の男所帯で育ったせいで、セクハラという概念を正しく理解していない。これがお前らアルファレギオンの見解というわけだな?」
アルファレギオンたちは、どうやらそのように結論づけたらしい。
「それで、エンペラーズ・チルドレンと主に争ってきた、と。あとはオルクどもか……」
そこで彼は、ふと別の方向に目を向けた。
「おい。そこのサウザンドサン。どうした?」
問いかけられたサウザンドサンは、何やら深刻そうな様子だった。
「……何? お前が死んだ戦場も、そんな感じだった?」
しばしの沈黙。
「……まあ、どんまい」
慰めの言葉は、実に軽かった。
「今は生身の体があるんだ。せっかくキヴォトスに来たんだから、楽しもうじゃないか」
ここが、魔術も異端も裏切りも当たり前の銀河ではなく、銃弾が飛び交う学園都市であることを、彼らは時折忘れそうになる。
もっとも、その学園都市にも、別種の理不尽が山ほど転がっているのだが。
報告者は咳払いをし、話を本題へと戻した。
「さて。お前らの見解を聞こう。先生という人物を、どう評価する?」
アルファレギオンたちは、互いに顔を見合わせた。
そして、何やらひそひそと相談を始めた。
数分後。
「……なるほど」
報告者の声に、わずかな感心が混じった。
「女経験がなさそうだから、ハニートラップを仕掛ければ、案外うまくいくんじゃないか……と?」
沈黙。
「よし。次はその線で――」
ドォォォォォンッ!!
突然、轟音が響いた。
建物が揺れ、録音機のマイクが激しいノイズを拾う。
「……なんだ、この爆発音は?」
椅子を蹴る音。
慌ただしく動き回る足音。
そして、報告者の声が急激に険しくなった。
「おい、誰だお前!」
何かを見たらしい。
「……なんだ、その狐のお面は――」
そこで、録音は途絶えた。
【録音終了】
――記録は、以上である。
なお、本調査報告書の作成者は、その後しばらく連絡が取れなくなった。
先生へのハニートラップ作戦が実行されたかどうかについては、現在も確認されていない。
ただし、以後、アルファレギオンたちが先生の女性関係について議論する際には、必ず誰かが周囲を警戒するようになったという。
その理由について、彼らは決して語ろうとしない。