窓口のバ美肉おじさんは配達者!? 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
翌日、弓の姿で事務所に行くとロッカールームに人集《ひとだか》りが見えた。
乃東君とのやり取りを思い出し、念の為人集りの視線があたらない場所に移動して聞き耳を立てる。
「なあ、本当にここで見たのか?」
「本当っすよ。所長と話してるの見たっす」
「でも、それ以来姿を見てないんだろ?」
「見てないっすね」
立ち聞きしてる限り、配達員たちだ。
内容からして弓の事を話し合っているようだ。
「もう仕事辞めたんじゃね?」
「いや、一昨日は仕事してたみたいだし、突然辞めたりはしないと思う」
「だから何で分かるんだよ」
仲間の疑問に弓の実在を主張する配達員がはっきりと言う。
「専用端末の注文リストが片づけられる勢いで判断してる」
「ああ、それがユミちゃんかもしれないってんだろ」
「他に真似できる奴いないもんな」
「確定だろ」
3人寄れば文殊の知恵、か。
厄介な。
「とにかく、俺らは必ずロッカールームに行かないと仕事できないんだ。ユミちゃんだってここに来るはずだ」
「待ち伏せしてれば、いつかは会えるもんな」
「待ち伏せ言うな、人聞きの悪い」
俺の正直な感想を言わせてもらおう。
ややこしい事態になってるぞ、これどう回避したらいいんだ?
弓の姿であいつらの前に出ようものなら、仕事どころじゃ無くなるだろう。
かと言って、化粧を落として今日は俺本来の姿でやり過ごしても、毎日やられたら商売あがったりだ。
「おい、お前ら何してる?」
延々と悩んでいると彼らの他に乃東君の声が聞こえてきた。
「あ、乃東さん」
「丁度良いところに。ユミちゃん知りませんか?」
「いや、知らん」
「ほれ見ろ、所長以外の人と話した事ある奴いないっぽいぞ」
実在を疑わしく思ってる配達員がまだいて助かる。
「マジかよー」
「手がかり無しかあ」
「そういやリーダーは何してんだ?」
「『こんな所で油売ってないで働け』っつってさっさと仕事に行っちまったよ」
乃東君の言葉にあー、と皆がうなる。
「いや、そりゃ当然なんだけどよ」
「あの人、ユミちゃんに興味無いのか?」
「変なところでストイックだからな……」
「何だお前ら知らないのか? リーダー、彼女持ちだぞ」
乃東君が言った新情報に配達員たちがどよめく。
「え、マジっすか?」
「羨ましい」
「何で言わないんだ?」
配達員たちの疑問に乃東君が肩をすくめる。
「リーダー曰く『漢たる者、彼女がいる事を自慢するのは下賤《げせん》である』……だそうだ」
「え、乃東さん、あの人そんな事言ってたんですか?」
「理解してるな、リーダー……」
「俺、一生あの人について行くわ」
やいのやいのと騒いでいるところを乃東君が手を叩いた。
「ほらほら、さっさと仕事に移れ」
「へーい」
「うーっす」
「分かりましたー」
配達員達が三々五々に散ってロッカールームを出て行く。
静かになったところで俺が恐る恐る人集りがいた場所まで行くと乃東君一人がそこにいた。
「お前がユミさんか?」
「あ、はい。倉阪弓と申します」
「災難だったな」
呆れたような労るような目で語りかけてきた。
ああ、これは隠れていたのバレてたな。
「助けていただきありがとうございます」
「これくらい気にすんな」
今度、飯でも奢ろうかな。
「倉阪……ああ、規《ただし》さんから忠告つか警告、聞いてないのか?」
「親から捨てられた子供の面倒を見る事が、ですか?」
「そうだ。今からでも遅くはない。危険だから手を引け」
「……私を心配して下さるお気持ちに感謝します。ですが、とことんまで関わってやろうと決めましたから」
「……眩しいな、あんた」
目を細めた乃東君の口から何か言葉が漏れた気がするが、聞き取れなかった。
「はい?」
「いや、なんでもない。けど、危ないと思ったら全力で逃げろ。いいな?」
「あ、はい。私もまだまだ働き盛りですので」
「おい、そこはまだ若いから死にたくない、で良いんじゃないのか?」
「それもそうですね」
どちらからともなく笑い合う。
「では、仕事に行ってきます」
「おう、車に気をつけてな」
「はい」
こうして俺は事務所を出た。
何だ、乃東君、普段突っ張っているけど女にも気配りできるなかなかの好青年じゃないか。
飯を奢る店、ラーメン屋で済ませようかと考えていたが、奮発して焼肉屋にでも連れて行ってやろう、そうしよう。
そんな事を考えながら日課の配達を開始した。
不思議と、今日は気分良く仕事をこなす事ができた。
◆ ◆ ◆
さて、今日は所長が言っていた『新人』が押し寄せる日だ。
休日を満喫する予定だったが、怖い物見たさで事務所に行くことにした。
今日もバイトの更紗とは玄関先で別れ、事務所に向かうと玄関先はちょっとした人混みでごった返していた。
「ちょっと失礼、ここの配達員だ。通してくれ」
この人達は新人だろうか、年配者というか明らかに定年後の老人が大半を占めている。
中に入ると外ほど多くはないが、5人の見かけない人──恐らくはこの人達も新人だろう──が所長並びに乃東《だいとう》君などのベテランと向かい合っていた。
時間的にまだ仕事開始前だが、何やら緊迫した空気を感じる。
「今日からお宅のとこで働く貫《ぬき》という者《もん》だ。俺含めて百人世話になる」
貫と名乗った比較的若いがそれでも年配の男が短く言うと、他の4人とニヤついた笑みで挨拶してくる。
「よろしくな?」
「……うん、よろしくお願いするよ」
所長は普段通りの態度で貫たちに応対した。
「説明書を読んでくれただろうけど、配達仕事の一連の流れは理解できたかい?」
「大体はな」
「君達のペースで、無理しないようにね」
「分かってる」
貫たちがロッカールームに入って行く。
所長たちは心なしか安堵のため息を吐いていた。
「所長と乃東君たち、おはよう。物々しい雰囲気ですね」
「規君、おはよう。いやあ緊張したよ」
「おはよう」
所長は何でも無さそうだったが、乃東君たちは冷や汗をかいていた。
「所長、何なんですかあいつら。立っているだけで気圧されましたよ」
「君達より年齢を重ねているだけあって、場数も踏んでるからだろう。覚悟と気合が違うんだろうね」
所長の感慨深げな言葉に乃東君たちは少し沈黙する。
「……たったそれだけで?」
「君達も苦労すれば、やがて彼らのようになれるかもね」
「何年かかるんだよ……」
「違うよ。2、30年は時間をかけないと」
「……気が遠くなりそうだ」
乃東君たちはようやく額に汗をかいていたことに気付いたのか袖《そで》で拭《ぬぐ》う。
「なあ倉阪さん、あんたもあんな風にできるのか?」
「無理だな」
「え」
断言され戸惑う乃東君たちに苦笑する。
「俺は氷河期世代だぞ? 馬車馬のように働かされはしたが生憎《あいにく》とそんなのとは無縁だったよ。ああいうのは命のやり取りをするんじゃないか? って言うくらいの修羅場を何度もくぐり抜けないと出せないかもな」
「そうだねえ」
呑気に相槌《あいづち》を打つ所長と俺を見た乃東君たちが啞然《あぜん》とする。
「別に君達にあの雰囲気を纏《まと》えと言うわけじゃないよ。昔は覚悟を背負わないと生き残れなかった時代もあったんだから」
「そ、そうなのか」
怖気付く彼らを見て、さすがに脅《おど》かしすぎたかと反省し注釈を入れる。
「まあ、今回入ってきた新人全員が
「え?」
「さっき外にいた新人たちを見てきたけど普通に見えたよ」
「……そうか?」
困惑する彼らに推測を述べる。
「たぶん、所長や乃東君たちに舐められないよう、威圧できる人だけで乗り込んできたんじゃないかな」
「……は、ははは」
「何だ、驚かせやがって」
ほうと安堵した彼らに一応釘は刺しておく。
「でも、舐めちゃ駄目だ」
「あん?」
「言ったろ、覚悟を背負って生きてきたって。普段は大人しいけど、スイッチが入ったら躊躇《ためら》いなくヤるぞ?」
乃東君たちの喉がごくりと鳴る。
「なら俺達、どうすれば?」
「難しく考える事は無い。喧嘩《けんか》の売り買い無しで」
「…………それだけか?」
「やり通せればの話だけどな。喧嘩っ早い若者の君らは大変だぞ?」
「……分かった。」
そういえば、例の根回しは済んでいるだろうか。
「とりあえず、仲間達にはボディカメラとボイスレコーダーの装備を徹底する事。今のところそれで十分だよ」
「大丈夫かよ?」
「裁判沙汰になっても映像と音声記録が残っていれば連中も大人しくするだろうさ。……まさか、今になっても用意してない奴いないよな?」
「確認してくる」
乃東君たちが慌ただしく散って行った。
「新人たちと仲良くできるかな?」
「無理だろうねえ」
俺の呟きに所長が否定する。
「何で?」
「需要《じゅよう》に対して供給が多すぎるんだ。みんな真面目に仕事したらしたで、受け取れるお金が目減りする。それも凄く」
「つまり、近い将来生き残りをかけて争う事になるわけか」
「持って1月だろうね」
顎でこき使われる新人たちに同情した。
「新人たちよ、恨むならこの部署にねじ込んだ奴にしてくれよ……」
「まあ無理だろうね」
「同じく」
「その心は?」
「人間、不満を抱えてると手に届かない存在よりも目に見える近くにあるものを叩くのが習性なので」
「同感だね」
それから俺たちは今まで通りの日常を続けようとした。
持ったのはわずか1週間だった。
◆ ◆ ◆
その日の配達は弓で終え太陽が沈み徐々に暗くなってきた頃、事務所に戻ると入口前に撮影機材を抱えた数人が撮影準備をしていた。
どこかのTV局のようだが、一体何の用だろうか。
彼らの前を通り過ぎようとすると、いきなりマイクを突きつけられた。
「こちらはアジテレビです。ちょっといいですか、あなたはバクバク・イーツの配達員ですね?」
「そうですが、何か」
「今回の告発について何か一言!」
「……告発?」
「知らないんですか? この事務所で働く配達員たちが配達中の料理を食べてしまうのが問題になってるんですよ」
ということは新人たちがやらかしたのか。彼らの前にここで勤務してる俺たち上澄みはそんなことはしないはずだ。
「そうなんですか?」
「何か感想を」
「私はまだ入社してから2週間くらいなので、よく分からないんですよ」
弓として働き始めたのはそのくらいでしかないので、まだこの業界を知らない若者として演じる。
「それだけでは済まないんですよ! あなた方の罪を訊いているんです!」
「罪?」
何が言いたいんだこいつ、と困惑する。
「あなたが仲間の悪行を見過ごした罪です!」
「ですから、まだ仕事を始めたばかりでよく知らないんですってば。私の声、聞こえてますか?」
「あなたも社会人としての責任を取って、対策をしなさい!」
駄目だこいつ、自身の言葉に酔いしれていやがる。
「具体的には?」
「それはあなたたちが考えることです」
レポーターとのやり取りに既視感を抱く。まるであの組織と会話してるみたいだ。
「分かりました。所長と相談します」
「それと、今回の不祥事であなたの釈明を聞かせてもらえますか?」
シャクメイ。釈明と言ったか?
ちょっとカチンときた。
「新人の私が何故そこまでしなければならないんでしょうか?」
「訊いているのはこちらです。答えなさい」
辟易してきた。
人の話を聞かない、傲慢、上から目線。
いくら良い大学を出てTV局に入社できても人間性がこの程度ではなあ。
真面目に相手をしようと思った俺が馬鹿だった。
「後は所長に訊いてください」
「逃げるんですか? 人としてその態度はどうなんですか!?」
無視して事務所へ向かうと、レポーターが背後からひときわ高い叫び声を上げた。
「ご覧になりましたでしょうか!? 上も上なら下も下! この業界は腐っています! 一刻も早く社会的制裁を与えなければなりま」
レポーターが政治活動家気取りとは世も末だな。
言いたい放題な台詞を背に受けながら事務所の玄関をくぐる。
扉が閉まるとうざったい声も遮断された。
ロッカールームでバックパックを片付けると所長のいる事務室へ向かう。
そこには既に先ほどのテレビ局員とレポーターが来て所長に詰め寄っていた。
所長は俺をちらりと見て「今日はもう帰るように」と目線で言ってきたので素直に帰る事にした。