窓口のバ美肉おじさんは配達者!?   作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)

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第16話 総理記者会見

 俺と妻の更紗は自宅のアパートで夕食をとりながら、インターネットサイトのニャゴニャゴ動画の特別企画『緊急特番、特別民間市販型トミシについての岩津総理の記者会見!』が始まるのを待っていた。

 

 証人喚問が終わったので見る必要は無いと考えていたが、宝石姉妹を見張る組織の穏健派閥の市賀さんが訪問して是非視聴するべきだと言ったので見る事になった。

 

 なお、この場に市賀さんも同席している。

 

『ただ今、会見場に岩津総理が入って来ました』

 

 会見場の報道陣席にいるレポーターが喋ると同時に待ち構えていたカメラマンたちがフラッシュを焚く。

 

 総理が複数のマイクの前に立った。

 

『えー、これより記者会見を行います。記者の方々は質問の際、所属と名前を言うようにお願いします』

 

 画面の中で記者たちから複数の手が挙がる。

 

『はい、そこの方』

『侮日《ぶにち》新聞の✕✕です。総理、氷河期世代婚活促進制度で氷河期世代向けに販売された特別民間市販型トミシについてお尋ねしたい事があります。なぜ彼らにあんな量産品を販売したのですか?』

『お答えします。まず最初に彼女達は売り物ではありません。物扱いも止めていただきたい。それに彼女たちは量産品などではなく、造型師一人一人の手によって細部まで作り上げられました。似ることはあってもそっくりというわけでもないことをご了承いただきたい』

『コンピューターを積んだ脳みそなんですから物でしょう?』

『正確にはips細胞から作り出した脳です。構造的には母親から産まれた赤ん坊と違いはありません』

『倫理的にどうなんですか? 母親が産むのが自然でしょう。』

『若者たちが経済的に厳しく、結婚したくないと言ってるのですから代わりが必要です。ご了承ください』

『そんな事を言ったら、政府の政治に問題があるのがいけないのではないですか!?』

 

 岩津総理が眼鏡の位置を中指で調整しながら落ち着いた声で返す。

 

『口論にしたくはないのですが、それを言うならあなた達マスコミも就職氷河期世代真っ只中の頃、ブルーカラーに対して職業差別を行い、若者たちをホワイトカラーに集中させて社会構造を乱しましたね』

『それと我々に何の関係があるのですか!』

 

 ✕✕記者の口調が荒くなる。よほど気に食わないらしい。

 

『✕✕記者、話題が逸れています。……話を戻しますと、結婚ができなかったけれども貯金のある氷河期世代を対象に救済を行う事にしたのです。彼らはまだ子作りができる機能を有しています』

『それなら、なぜ若者たちに販売しないのですか!?』

『販売ではありません。納税です』

『同じ事でしょう!』

『若者たちを対象にしないのは文字通り若いからです。高齢を理由に結婚を断わられる氷河期世代と違い、彼らには望みがあります』

『……っ、分かりました』

 

 ✕✕記者は納得がいってない様子だったが、他の記者も待っているので引き下がる。

 

『次の方。……そこの方、どうぞ』

『頭狂新聞の△▲です。総理にお尋ねいたします。人形の量産品を日中友好のために譲ってはいかがでしょうか。是非そうするべきです』

 

 いきなり何を言っているんだ、この女。

 

 よく観察すると報道陣席にいる連中が呆れたような顔をしている。どうやらいつもの事らしい。

 

『お断りいたします』

『何故ですか。阿僧《あそう》晋三郎《しんざぶろう》政権の時から関係は悪化したままです。岩津総理、あなたが関係改善に動いているのは誰もが知るところです。ほんの少し提供してもよろしいのではありませんか?』

『お断りいたします』

 

 頑なに断る総理に苛立ったのか△▲が問いかける。

 

『理由を聞かせてください』

『まず第1に非常に高価です。第2に彼女達が生まれる人数が少なく、氷河期世代全体すら供給が困難です。とてもではありませんが他国に譲る事は不可能です』

『それでは製造方法を公開してください。そうすれば後は中国が独自に生産を始める事が可能となります』

 

 いきなり図々しい事を言い始めた。

 

 たかが一記者がして良い発言ではない。

 

『お断りいたします』

『何故ですか!? 先ほどから断ってばかり! 日中関係改善のためには必要な事なんですよ! 何故しないんですか!』

 

 さっきからこの女、口を開けば日中とかふざけてるのか?

 

 今はそんな事を議題にするような時間ではないだろう。

 

『これは商売ではありません。報われなかった氷河期世代を救うために立ち上げられた慈善事業なのです。我が国では彼らを救う手段があったからこそ動いたのです』

『戯れ言を……!』

『そんな我が国も現在は世界経済第4位。経済規模を上回る国家が自画自賛するくせに、我が国が有効な手立てを実行し始めた途端、媚びへつらいすり寄って来るのは率直に言って気持ち悪い』

 

 総理のねちねち節が炸裂した。

 

『気持ち悪いとは何事ですか! そういう総理の態度が日中関係に冷や水を浴びせているのを理解できていないのではないですか!?』

『彼女たちを不幸にしたくないがためです。まずあの国は臓器密売が横行しており彼女たちが対象にされるのは目に見えております。恐らくは生きたまま解剖され臓器が引きずり出されるでしょう。そんなのは生みの親としては言語道断、絶対に引き渡したくありません。それにあの国は白昼堂々、犯罪者が親の前で幼い子供を強奪していくのが日常なのですよ? そんな無法が蔓延《はびこ》る国へ譲渡? ……寝言は寝て言えよ』

 

 総理の言葉の終わりがドスのきいた声に変化した。

 

 おお、あの人普段はのらりくらりとしてるけど、あんな声も出せたんだな。

 

『総理こそ頭がおかしくなったんですか!? たかだか良く出来た人形の1万体くらい訳ないでしょう!』

『先ほど申し上げた通り、母親から生まれてきたわけではありませんが、過程が異なるだけで歴《れっき》とした人間である事に変わりはありません。△▲記者、あなたは基本的人権を重視する我が国に対して人身売買を行えと言うのですか?』

『そんな事は言ってない!』

 

 記者の否定に総理が鼻で笑う。

 

『言ったも同然ですよ。こんな教育がなってない、いい加減な記者を雇用してる頭狂新聞も似たようなものでしょうが』

『我が新聞社を侮辱するのですか!? 裁判に訴えてもいいんですよ!?』

『どうぞご自由に。受けて立ちます』

 

 TV画面を見ている市賀さんがほうと感心する。

 

「岩津総理があんな風に怒っているのは久しぶりに見ました」

 

 一連の記者とのやり取りをしている岩津総理の人となりを知っているようだ。

 

 俺はTVのニュースバラエティ番組に出演していた頃の姿くらいしか見てなかったから、受け取る情報が違うのだろう。

 

 画面の中の女記者が怒り心頭のまま会見室を出て行ってしまった。

 

 そんな記者の行動を誰も歯牙にかけずに淡々と記者会見が進んで行く。

 

『そこの方』

『痣鼻新聞の■○です。アンドロイドではなくその夫の倉阪……規氏についてお伺いしたいのですが、本人はバ美肉おじさんと言っているようですが、良いのですか? 身分を詐称していると思われるのですが?』

 

 ああ、うん。そこは俺も気になっていたところだ。

 

『お答えします。えー、彼の行動をこちらで調査した結果、特に問題はない日常生活を送っているとの事なので目くじらを立てる必要はないと思われます。ただし、彼が所属するバクバク・イーツでの仕事中には名札に本人の名を併記しなければならないと考えており、彼にはそのように通達しておきます』

『……それだけですか?』

『他に何か問題が?』

『……いえ、ありません。ありがとうございました』

 

 ■○記者は何か言いたそうではあったが、大人しく引き下がった。

 

『他に質問はございませんか? 無いようですので……』

『すみません、ちょっとよろしいですか?』

 

 おや、総理が司会を遮った。

 

『私、岩津総理から国民の皆様にお伝えしておきたい事がございます。今回の証人喚問に出席した倉阪夫妻と倉阪弓さんたちについては、証人喚問前の今まで通りの接し方を心がけていただくようお願い申し上げます』

 

 これはありがたい、全員とはいかなくても良心的な人なら色眼鏡をかけずに接してくれるだろう。

 

『それでは、これにて会見を終了させていただきます』

 

 画面が暗くなり、『会見は終了しました』の文字が出る。

 

「ちょっと失礼を」

 

 市賀さんが身を乗り出してTVのリモコンを手に取るとチャンネルを変更する。

 

『……スタジオからレポーターの●●さん、聞こえますか?』

『はい、こちらは江東区役所の前です。見てください、この行列!』

『何となく分かりますが、一体何の行列ですか?』

『氷河期世代で未婚者の群れです。氷河期世代婚活促進制度を利用しようと大勢の人が詰めかけています!』

『これまでに無い数ですね。やはり証人喚問の出来事が原因でしょうか?』

 

 司会者の言う通り、俺が経験した事の無い数だ。

 

『はい。インタビューすると皆さん一様に結婚できる望みが少しでもあるならと足を運んだそうです!』

『今は夜ですよ? 役所はもう閉まっているでしょう?』

『皆さんの話から、相手の女性の数が限られているという話から早い者勝ちだと解釈したようです!』

『ええ!? でも事前に厳しい審査があると繰り返し報道されてますよね?』

『そうなんですが、皆さん、結婚を諦めきれないようでして……』

 

 追い詰められた人間の自己解釈って怖いな。

 

『これだけの人数を審査するとなると相当な時間がかかることが予想されますが?』

『氷河期世代婚活促進制度統括委員会からの話では、マイナンバーカードに登録されている情報を元に人数を絞っていくそうです』

『そんな事が可能なんですか?』

 

 司会者の胡散臭そうな声にレポーターが伝える。

 

『私も詳しくは知らされておりませんが、病院の通院歴から健康状態を見て夫婦が長く暮らしていけると判断された場合、部分的に合格となるようです』

『部分的とはどういう意味ですか?』

『分かりません。ただ、私たち国民には知らされてない情報も書き込まれていて、それも鑑みて審査するという事だそうです』

 

 司会者が少し考え込んで、例えばと口にする。

 

『ぱっと思いつく限りでは、犯罪歴とかですかね?』

『恐らくはそうだと思われます!』

『まさかとは思いますが、役所の前にいる人達はその事を知らされていないのですか?』

『国民が知らないのですから恐らくは!』

 

 司会者がしばし絶句して、何とかセリフを絞り出す。

 

『……証人喚問を受けた男性は運が良かったんですねえ……』

『現場からは以上です!』

『●●さん、ありがとうございました! ……再びスタジオに戻ります』

 

 ちょうどその頃に食事が終わったので食器を水で満たした桶につけ込み、市賀さんとお茶を飲みながら雑談に入る。

 

 何か肩の荷が下りた気分だ。

 

「これにて一件落着ですかねえ」

「むしろ、これからが大変ですよ」

 

 市賀さんの注意に呻《うめ》く俺。

 

「……まあ、悪意のある人もいますからそれは承知しています」

 

 配達中、倉阪弓を人として接してくれた注文者たちの反応の変化が怖い。

 

 実は別人が変装してましたとバレたら大抵は騙《だま》されていたと感じて対応が悪くなるどころか注文すらしてくれなくなる可能性が高いだろう。

 

 今まで弓で届けていた所には謝罪してまわるしかないだろうな。

 

 そうなると、宝石姉妹にも謝らないといけない。

 

 学習&娯楽用として有害サイトには繋がらないように設定したネット環境が使えるタブレット端末を与えていた。

 

 場合によっては彼女たちも証人喚問の生中継を視聴していた可能性がある。

 

 まあ、知っても知らなくてもいずれ正体を明かさなければいけない時が来るだろうが、その時が今やって来ただけの事だ。

 

「いえ、そういう事ではなく……」

「はい?」

「バクバク・イーツと更紗さん達の件については片がつきましたが、宝石姉妹の件は継続中です。彼女たちの不幸があなたたちにどのくらい降りかかるのかは未知数です」

 

 まだそんな事を言ってるのか。

 

「俺はオカルトは信じないクチなんだがね」

「否が応でもやって来ますよ」

 

 市賀さんの断言に俺はうんざりしながら投げやりに返事する。

 

「まあ、その時が来たら臨機応変に対処するよ。ところでだな」

「何でしょうか」

「その不幸が来るのは個人差でもあるのか?」

「あります。今までの記録からするとそろそろ本格的に起き始めてもおかしくありません」

「なるほど」

 

 何が起きるんだろうな。

 

 俺の場合、配達中のスクーターの転倒事故だろうか。

 

 気をつけねば。

 

「……それにしても変ですね。通常は些細な不運が立て続けに起きてるはずなのですが、特に起きた様子が無いのが不自然なのが気になります」

「証人喚問で弓の正体をばらしたりするのは?」

「カウントに入りませんね。個人的には宝石姉妹に対しての出費も怪しいところですが判断しかねます」

「そうかい」

 

 雑談するネタが尽きたのか、市賀さんは席を立つと「それでは、また」と挨拶して帰って行った。

 

 俺は妻の更紗に向き直ると頭を下げる。

 

「改めて、すまなかった」

「何が?」

 

 妻がこてんと首を傾ける。

 

「本音を言えば、更紗がアンドロイドだと知った時は落胆した。ああ、子孫を残せないんだなって。まあその後、妊娠してると聞いて安堵した」

「うん」

「政府、JM党の俺らへの救済策のおかげだ」

「規君が貯めていたお金を無駄遣いしなかったのが幸いしたんだよ。ガールズバーに通ってたり配信者にスパチャしたり、高級車なんか買ってたら終わってたよ」

 

 確かに言われた事に関係した事象にお金を使う機会は何度か訪れたのは否定できない。

 

 できないが。

 

「たまたまそういった物に興味が無かっただけの話さ」

 

 本当にそれだけの事なのだ。

 

 厳密に言うと俺本人にとって必要性とか価値とか考えて、最終的に面倒くさいと結論付けたのが理由である。

 

「運の良さも実力の内だよ」

「悪運の間違いじゃないか?」

「謙遜も過ぎれば嫌味にしか聞こえないから注意してね」

「ああ、うん」

「規君は自身を卑下しすぎだよ。もっと自信を持って良いんだよ?」

 

 それは今まで俺に出会った人達からも言われてきたから自覚はしてるんだ。

 

「あー、いや、それが……」

「どしたの?」

「経験則でな? 自信満々に仕事をこなそうとすると失敗の確率が跳ね上がるんだ」

「何それ」

「逆に意識しない方が上手く行く」

「えぇ……」

 

 困惑されてもな、そうなってるんだから仕方ない。

 

「まあとにかく今日はもう寝よう」

「そうだね」

 

 隣の部屋に行って布団を敷こうとすると、更紗が肘の服を軽く引っ張ってきた。

 

「ねえ、今夜はする?」

「妊娠してるだろうが。お腹の赤ちゃん大事にしろ」

「……そうなの?」

「病院の産婦人科で注意されなかったのか?」

「体を大事にしなさい、とは言われたけどセックスするなとは言われなかったよ?」

 

 おい。

 

「流産の危険があるから赤ちゃんが生まれて安定するまではお預け」

「えー」

 

 更紗の残念そうな声に呆れる。

 

「えー、じゃない。俺はお前との子どもが欲しい。母子ともに元気でいてくれないと困る」

「あ、うん」

「分かってくれるなら良い」

「……えへへ」

 

 俺の説得に神妙になったと思ったら笑顔になる。

 

「どうした?」

「大事にされてるなぁって。幸せ」

「おう」

 

 妻の態度に恥ずかしくなって俺はそっぽを向いた。

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