窓口のバ美肉おじさんは配達者!?   作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)

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 エピローグです。長いので分けます。今回から三人称視点です。ご了承ください。



第18話 エピローグ前編 落ちてくる絶望

『西暦2025年3月初旬。冬が和らぎ春の訪れがもうすぐやって来る』

 

 バクバク・イーツの事務所から倉阪弓が出てきた。

 

 バックパックを持っている事からこれから仕事に入るようだ。

 

『倉阪規の妻、更紗の誘拐事件から2週間が経った。この日も夫は弓に化けてバクバク・イーツでの配達をしていた』

 

 画面が切り替わった。

 

 もはや日課なのだろう、彼女が取り付けているボディカメラが周囲を映しボイスレコーダーが音を拾う。

 

『事の起こりは電気屋のショーウインドウに飾られていた複数台のテレビジョンからだった』

 

 近くのオフィスビルから出てきた弓は、隣の電気屋の前で足を止めテレビジョンを見る。

 

 どこかのニュース番組のようだが画面の上に白字で『臨時ニュース』の文字が点滅した。

 

 その後『中国、台湾と沖縄近辺にいる人民解放軍の艦艇や漁船群が大規模な移動』と表示される。

 

 続けて『中国、日本に宣戦布告』の文字が出た。

 

『え?』

 

 弓が言葉を漏らすと同時、同じように視聴していた通行人たちが動揺した。

 

『まさか』

『嘘だろ?』

 

 通行人たちのざわめきも構わずニュースは続く。

 

『……ここで臨時ニュースです。先ほど中国は我が国に対して宣戦布告を行いました。中国外務省の話によると、氷河期世代婚活促進制度で使われる人形の引き渡しを日本政府が拒んだ事によるものが原因だとする旨の発表があり……』

 

 ニュースの司会者が原稿を読み上げてる最中にスマホの着信音が同時にあちこちで鳴り出す。

 

 通行人たちがスマホを取り出して画面を見ると同時にテレビジョンに『緊急放送』という文字が点滅した。

 

 続いて現れた文字は。

 

『中国、多数の飛翔体を中国全土から発射』

『飛翔体は幾つかの群れに分かれて飛び』

『日本にも向かって来ている』

 

 ここで街中に聞いたことの無いようなサイレンが鳴り始める。

 

『国民の皆様、緊急放送を行います。冷静に、落ち着いて行動してください。たった今、日本政府から我が国に向けて複数の核ミサイルが放たれたという情報が飛び込んできました。この放送を聴いている人は近くの頑丈な建物の中や地下鉄に避難してください。繰り返します……』

 

 通行人たちが状況を理解したのか、近くにあるビルなどに駆け出して行く。

 

 余裕のありそうな人は杖をついた老人を持ち上げ、抱えて走り出した。

 

 弓はその場で忽然《こつぜん》と姿を消した。

 

◆     ◆     ◆

 

 画面がどこかの室内に移る。画面の右下にスマホを操作し『市賀』と表示されている画面に受話器のマークを押す様子が映る。

 

『市賀です』

『規だ』

『今どこに?』

『自宅だ』

『直ちに避難してください』

 

 市賀と呼ばれる男の指示をそっちのけに規が問いかける。

 

『妻は、更紗は? 宝石姉妹は?』

『地下鉄に避難済みです。無論、私も』

『防衛省、自衛隊は?』

『迎撃に当たっています』

『分かった、すぐ避難する』

 

 規はようやく納得したのか玄関に向かう。

 

 だが。

 

『…………無理です』

『どうした?』

『迎撃に失敗。1発、撃ち漏らしました。落下予測地点は東京です』

『避難に間に合わないって事か』

『……残念です』

 

 沈黙が支配した。

 ……と思われたが。

 

『……………………余計な事を思いついたぞ』

『どうしました』

 

 市賀の問いをよそに、規が画面内で居間のテーブルの上にある2つのサッシの窓を外し、開口部を広げサッシ枠を重ねる。

 

『何をなさるおつもりですか?』

『上手く行ってくれよ』

 

 深呼吸をひとつする音が聞こえた後。

 

『ひとつは──前。もうひとつは』

 

 一呼吸置いて言葉が紡《つむ》がれる。

 

『落下してくる核ミサイル』

 

 次の瞬間、画面内が目まぐるしく回転した。

 

 轟音。

 

 男が仰向けに倒れたのだろう、画面が天井を向いたまま微動だにしなくなる。

 

 画面の右上に早送りのマークが点灯し時間が進む。

 

 早送りのマークが消え、画面に背広を着た男が現れた。

 

『規さん、起きてください』

 

 一呼吸の間。

 

『規さん』

『……………………う』

『規さん、私です、市賀です』

『…………ああ』

『動けますか?』

『……指、動く。……足、動く。……腕、動く。…………どこも痛くない、か?』

『……無事で良かった』

『生きてるのか、俺』

『奥さんも宝石姉妹も無事ですし、東京も無事です』

『そうか』

 

 ボディカメラの画面が動き出し、室内が映る。

 

 外壁に面する窓は割れ、壁がぼろぼろだ。

 

 備え付けのテレビも画面が割れ用をなさなくなり、特に2つのサッシが滅茶苦茶に壊れている。

 

『一体、何が起きたんです?』

『それよりも、確認したい事がある』

『何ですか?』

『ニュースはどうなってる?』

 

 規の問いに市賀と呼ばれた男がスマホを取り出してニュース画面を見せる。

 

『……日本政府の発表によると、核ミサイルの迎撃に成功。全機撃墜したとの事です』

 

 ここでニュースキャスターが横から原稿を受け取り読み上げる。

 

『新たな情報です。気象庁の発表によると、衛星ひまわりから中国の北京で謎の大規模な爆発を確認したとの事です。現地がどのような状況か確認を取ります。こちらN○K東京です。北京支局、聞こえますか? …………北京支局、応答願います』

 

 国営放送局が繰り返し呼びかけるが、相手からの反応が無い。

 

 市賀が規に問う。

 

『もう一度訊きます。何をしたんです?』

『東京に落ちてくる核ミサイルを北京上空に転移させた』

『…………なるほど』

 

 市賀はため息を吐いた。

 

『一応、弁解しておくが、土壇場でのとっさの行動だからな? 見逃してくれると嬉しい』

『一応、事の次第を報告しなければなりません。無かった事にはできませんよ』

『そこを何とか』

『申し訳ありませんが無理です。……大丈夫、無碍《むげ》には扱いません』

『頼む。厄介事はごめんだ』

 

 うんざりした規の言葉に市賀が優しく語りかける。

 

『胸を張ってください。あなたは関東地方に住む国民を救った英雄ですよ』

『……大げさな。せいぜい首都圏だろ?』

『今現在中国が配備している核ミサイルは水爆ですよ?』

 

 市賀の解説に規は絶句した。

 

 数秒後、絞り出すようなうめき声を上げる。

 

『……マジで?』

『下手をすれば3000万の命が危険に晒されていたのですから、それを回避させたあなたは英雄と称えられても問題ありません』

『実感無いなあ』

『今はそれで構いません。……ところで』

『何か?』

『サッシ、壊れてしまいましたね』

『核弾頭の方がサイズが大きかったんだろう。耐えられなかったみたいだな』

『直りませんか?』

『…………無駄だと思うけどなあ』

 

 規は引き千切れたサッシを集め、テーブルの上にそれらしい四角形に組み合わせる。

 

『目標、妻の更紗のいる場所』

『…………映りましたね』

 

 市賀の言う通り映りはしたが、更紗がいる景色が映ったりテーブルが見えたりと不安定だ。

 

 規の妻は無事なようだ。

 

 規は『消去』と言うと開口部の向こう側が消えた。

 

『というか、何で中国はこんな事したんだろうな』

『私が聞き及んでる限りの話で良いなら解説しますが』

『頼む。理由が分からん』

 

 市賀が規の頼みに頷くと冷静に解説を始める。

 

『中国も少子化で苦しんでいたのです。日本が子供を産めるアンドロイドを作り出したので、製造技術と生産ラインを寄こせと頭越しに命令してきたのが発端です』

『へえ』

『建前はそうでしたが、本音は日本人の遺伝子を元に作られた彼女達を中国の権力者どもが性的に屈服させたくて欲しがったのが真相です』

 

 市賀の説明に規は鼻で笑う。

 

『これだから金持ちってのは……』

『当然、日本政府は彼らの要求を突っぱねました。それが……』

『今回の事件に繋がった、と』

『そうなります』

 

 画面内で沈黙が続く。

 

『それで、どうされます?』

『どうとは?』

『サッシが壊れました。以前のように配達はできませんが』

 

 何やら規は考え込んでいる。

 

『……なあ、市賀さん』

『はい』

『国の研究機関とのツテはあるか?』

『無い事はありませんが』

『この壊れたサッシを持ち込んで修復できないか?』

『やってみないと分かりません』

 

 規は何かを決意した表情になっていた。

 

『国民を救った報酬としてただでやってほしい。以前と同じように配達を続けたい』

『それくらい構いませんよ。……というか、他に何を要求してもお釣りが来ますよ』

 

 市賀の言葉に目を見張る規。

 

『そんなに?』

『下手をすれば日本経済が立ちゆかなくなる可能性があったのですから安い物です』

『……なるほどね』

 

 規は数秒間黙った後、市賀に提案する。

 

『交換条件に、サッシの解析・解明・製造を依頼する。日本国のために最優先で。というか、他国に漏らさない事。利益を独占だ。できるか?』

『よろしいので?』

『俺が独り占めするには惜しい技術だ。それなら世話になった両親や子供たちのために役立てたい』

『その意気や良し。お任せを』

 

 胸を叩いた市賀に規が頭を下げる。

 

『それともうひとつ頼みがある』

『はい』

『宝石姉妹を引き取って育てたい。可能か?』

『理由は』

『やはり彼女たちには育ての親が必要だ。あのままじゃ見過ごせないよ』

『少々お待ちください』

 

 市賀がどこかに電話をかける。

 

『市賀です。宝石姉妹プランBを提案されました。…………はい。……分かりました』

 

 市賀がスマホをしまう。

 

『引き取りできるそうです』

『いやにあっさりと許可が下りたな?』

『こうなる事も予想して計画されてましたので』

 

 規は肩を落とした。

 

『まるでお釈迦様の手のひらの上だな』

『そんなことはありませんよ。付け加えるなら、宝石姉妹の生贄は当分の間は中止となりました』

『本当か』

『あなたの活躍で我々の目的が達成されたようなので』

『……って事は、北京の?』

『恐らくは』

 

 規はため息を吐いた。

 

『……まあ、あの子達が死ぬような目に遭わなければ良いさ』

 

 そう言って規は壊れた窓から外を見た。雲ひとつ無い快晴であった。

 

◆     ◆     ◆

 

 日本へ宣戦布告した中国はその当日に起きた首都北京での核爆発により1000万人を超える死者を出し、政府機能は完全に停止した。

 

 その後アメリカからの報復核攻撃を受け各主要都市が壊滅。

 

 台湾周辺と沖縄県に向かっていた人民解放軍が撤退した事により事実上の停戦状態となっている。

 

 一方、アパートを出る事になった倉阪夫妻は宝石姉妹を連れて都心から少し離れた屋敷に移り住んだ。

 

 その屋敷もかつての華族が住んで没落し空き家になっていたのをやんごとなき方の指示で買い上げ、同時に比較的高い車を何台も下賜された。

 

 メイドも十人単位で雇用され屋敷の維持に務め始めた。

 

 こういうのは倉阪規によるお手付きが予想されたが本人にはその気はさらさら無かったようだ。

 

 メイドが妊娠したという記録は無い。

 

 代わりと言っては何だが、政府から追加で何人もアンドロイドを物納され倉阪夫妻が抗議したが「仮にも国を救った英雄であるから気にするな、と言うか少子化対策のため人口増加に積極的に参加しろ」という無茶苦茶な指示が返ってきた。

 

 加えて送られてきたアンドロイドがみんな出来た人となりだったため、拒否するわけにもいかず屋敷に住まわせる事になった。

 

 倉阪規の願いが叶ったのは、日本国民と経済を守った事が政府に評価されたのだが、本人の静かに暮らしていきたいという要望により世間への公表は差し控えられた事だろう。

 

 これにより倉阪夫妻は一定数の人間に生活の変化を知られる事はあっても、静かに暮らしていた。

 

 第二次日中戦争不発から1年後、とあるTV局が「あの人は今!?」という企画を発表した。

 

 そこでメインとして挙げられたのが倉阪夫妻であった。

 

 その時もフードデリバリーサービスで働いているという情報から仕事ぶりを撮影するため追跡を試みたものの、既に弓のみで活動していたため空振りに終わった。

 

 徒労に終わるかと思われたが、都内のある屋敷に出入りしているとの情報を得て張り込みを行っていたところ倉阪規を発見。

 

 突撃インタビューを試みた。

 

『倉阪規さんですね? 私たちは黄泉売テレビです』

『……何でしょうか?』

『この屋敷に出入りしていると聞きました。こちらにお住まいなんですか?』

『そうですよ』

 

 倉坂規はマスコミを毛嫌いしていたと言われている。

 

 警戒しているのも無理は無いだろう。

 

『以前はアパートに住まわれていたと聞いているのですが』

『宝くじが当たりまして、思い切って買いました』

『ほお、億万長者ですか』

『いえ、屋敷の代金ですっからかんに近い状態で、これまでと同じように働かないと生きていけません』

『そうなんですか』

『息子と娘も生まれたし、これまで以上に頑張らないと』

『おめでとうございます』

 

 などと会話をしていると屋敷の門が開いて妻の更紗が登場した。

 

『あなた、何してるの?』

『TV局の取材を受けていてね』

『こんばんは、黄泉売テレビです』

『こんばんは』

 

 物腰丁寧に挨拶を返す更紗さん17才(推定)。

 

『子供たちは?』

『先に夕食を取って寝ちゃったよ』

『分かった』

『申し訳ありません、中で撮影してもよろしいでしょうか?』

『申し訳ないのですが、防犯のためご遠慮いただいております』

『どうしてですか?』

 

 レポーターの質問に規はうんざりした声を隠そうともせずに答える。

 

『アジテレビが強盗多発地域での日本人メジャーリーガーの自宅をくまなく放映したのが原因、と言えばご理解できますか?』

『なるほど。返す言葉もありません。それでは最後にお尋ねします』

『はい?』

『あなたたちは今、幸せですか?』

『……はい!』

 

 倉阪夫妻は笑顔で撮影画面に収まった。

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