窓口のバ美肉おじさんは配達者!?   作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)

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第4話 バ美肉おじさん、正体がばれる

「ああ、待ってたんだ。ありがとう!」

「良かった。世の中、まだ捨てたもんじゃないねえ」

 

 などと、危惧していた通り収入が限られていた世帯も多く。

 

「おお、待ってたぜ。 うわマブ」

「……ちっ、うっせーよ。たかが配達くらいで金をせびるんじゃねえよ」

「それよりも姉ちゃん、俺とホテル行かない? 3万でどうだ?」

 

 全員が全員ではないが、中には単価を安く済ませようとする連中もいた。

 

 まあ、そんな奴らには受付拒否のチェックを入れておいたが。

 

 今のところ、やむにやまれずという理由の方が割合的に少なめだが0ではない事が判明した。

 

 まあ、中には……。

 

「お、お姉ちゃん。おにぎりと水……。え? もう何日も食べてなくて。何日も水が出てないの」

 

 幼子の紫に変色したほっぺについて尋ねると。

 

「これ? お母さんが知らないおじさん連れてきて、そいつに叩かれたの。……まだ痛いけど平気」

 

 良くねえよ、その母親は何してるんだ。

 

「お母さん、帰って来ないの。知らないおじさんとどっか行っちゃった。お願い、妹が何も言わなくなっちゃった。返事が無いの、動かないの。……助けて、助けてよぅ」

 

 児童相談所は知らなかったので警察に通報して、色々訊かれたがなるべく正直に話したつもりだ。

 

 正体は隠す事にしてバ美肉で対応したけど、相手は何の疑問も持たなかったようだ。

 

 一段落した所で乃東君にスマホアプリのLONEで連絡を入れた。

 

◆     ◆     ◆

 

                 [乃東君、今大丈夫か?]

 

[どうした?]

 

                   [何も言わず今から送

                   る動画を見てほしい]

 

[何か面倒くさい事に

巻き込まれたか?]

[分かったよ]

[…………]

[まあ、よくある事だな]

[この女の声は誰だ?]

 

                       [俺の姪だ]

           [つい先日バクバク・イーツに入った]

 

[へえ]

[こんな御時世にまたもの好きな]

[…………おい]

[何だこれ]

[この子達、どこの地区だ?]

[俺の管轄内じゃ見たこと

も聞いたことも無いぞ]

 

                [もう警察に通報してある]

 

[そうか]

[ありかよこんなの]

 

                [低単価の中に含まれてた]

            [虐待受けてたのはこの一件だけだ]

                    [今のところはな]

 

[…………]

[で、俺にどうしろと?]

 

                [姪が正義感を発揮してる]

             [こんな目に遭わせたくないって]

          [低単価の注文を積極的に受けてくって]

           [だから彼女の邪魔をしないでほしい]

 

[するかそんな事]

[これで見捨てて死な

れたら寝覚めが悪い]

[そんな奴は鬼だ]

 

              [そう言ってもらえると助かる]

              [とりあえず仲間達に動画を共

              有して現状を知ってもらいたい]

 

[そうする]

[しかし、何でこんな事態にな

るまで担当地区の奴らは放って

おいたんだ]

 

                    [俺にも分からん]

                  [とにかく姪は他にもい

                   るかもしれないって]

              [手伝えとは言われてないけど]

 

[分かった。仲間にも見かけ

たら通報するよう言っとく]

 

                        [頼んだ]

                [用件は以上だ。ではまた]

 

[情報あんがとよ]

 

◆     ◆     ◆

 

 LONEを閉じてこれからどうするか考える。

 

 まだ昼過ぎだし、バ美肉のまま低単価の注文を集中的に片付けよう。

 

 あの姉妹が特殊だったと思いたい。

 

「待ってた。……え、菓子パン1個で足りるのかって? ママからこのお金でお昼済ませなさいって。近くにコンビニ? でも外は危ないから出ちゃダメって」

 

 ……おい。

 

「待ってたぜ、カップ麺大盛りサイズのダースセット! ……ああ、これ? 俺カップ麺が好きでさ、毎日これだけでイケるぜ」

 

 ……いや、健康面……。

 

「いやぁ、悪いね。今夜の晩飯もお願いして良いかな? 近くにライノってスーパーあるんだけど閉店間際に値引きシールが貼られるんで、これとそれとあれと……」

 

 ……さすがに体が持たないのでお断りさせていただきます。

 

 その日、俺はクタクタになりながら、これが最後と決めた依頼を終えると窓を閉めた。

 

「さすがに疲れた……」

 

 けれども、いくら低単価でも数をこなせば儲けたお金は積み上がった。その金額は2万を超える。

 

 ただ、単価を下げられる前と比べると1万以上安いのだが。

 

「考えていたよりも皆、苦しい生活してたんだな……」

 

 お年寄りは足腰が弱って買い物すらままならない人も多い。

 

 働き盛りの大人達は外食すら惜しんで机にかじりつき。

 

 就学前の幼児達は親から放置され気味で。

 

「この国、将来大丈夫なのか……?」

 

 不安になる。

 

「……ま、そんな事は政治家に任せれば良いや」

 

 丸投げする事にした。

 

 俺たち氷河期世代を使い捨てにしたように、世代間競争から下りた人も自然淘汰されていくだろう。

 

 人類史とはそう言うものだ。

 

 日本の人口減少による調整もAIと二足歩行ロボットの実用・量産化のために計画推進されていたのかもしれない。

 

 人間という労働力が大勢いると時として科学技術の発展の妨げになる事は第2次世界大戦前から証明されてる。

 

 そんな下らない考察をつらつらとしながら、端末とバックパックを返却して、サッシやカメラを片付けた後は酒でも呑もう。

 

「ただいま〜」

「更紗、おかえり」

「あれ、規君いたんだ……ぶはっ!?」

「どうした?」

 

 俺を見た途端、吹き出した更紗は床に崩れ落ち蹲《うずくま》る。

 

「おい、どうした」

「いひひひひひぁははははは! 何、その顔ぉぉほほほほ!」

「顔って、……あ」

 

 こっちの心配気な雰囲気をよそに妻はけたたましく笑い、原因を指摘してきた。

 

 そういえば、化粧落としてなかったな。

 

「そんなに笑う事ないじゃないか」

「不気味! 笑うよ! ぶふっはははは…」

「そ、そうか」

 

 ひとしきり笑った妻は深呼吸で息を整えるが、顔を背けているのはまた笑わないようにする配慮だろうか。

 

「で? 何で女装を?」

「この格好で配達を今日1日……」

「は?」

 

 妻の顔が険しく歪む。

 

「マジ?」

「嘘は言ってないな」

「社会的に死ぬよ?」

 

 しごく最もな意見だが安心してほしい。

 

「対策してある」

「えぇ……? どんな?」

「ちょっと待ってろ」

 

 サッシの前に座り直すと窓を開け「更紗の目の前」と口にすると、開口部の向こう側に離れた位置にいるはずの妻の顔が映る。

 

「どうよ?」

「……誰、この女」

 

 ああそうか、妻の目の前には弓の姿が見えているんだな。

 

 にしても弓を見て嫉妬したのかと思うと、意外と妻にも可愛いところがあるもんだと感心する。

 

「俺だよ俺。倉阪規だよ」

「うっそだー」

 

 更紗が目の前の弓と俺を視線を行き来させる。

 

「嘘だー。……え、マジ?」

 

 理解できていない、というより脳が理解を拒絶しているといった方が正しいのかもしれない。

 

「ええと、…………これでどうやって配達してるの?」

「ほれ」

 

 サッシの開口部を通してボールペンを彼女の前に見せる。

 

「手に取ってみ?」

「う、うん。……本当にボールペンだ……」

「凄いだろ? 外に出ないでずっとこの部屋でやってたんだ」

「うん、凄い……」

 

 更紗はその場でぶつぶつと独り言を始めた。

 

 どうやら彼女なりに考察しているようだったが、やがて考えがまとまったらしく俺に色々質問してきた。

 

 そもそも何を目的にサッシを使うのかとか、他者から見たらどう考えて行動してくるのか想像したのかなど。

 

 前者は効率よく金儲けするためだし、後者は認識改変されるから問題無いと答えた。

 

「ううん、何か出来過ぎてない?」

「何が?」

「配達員の規君のところに便利な道具がって言うの」

 

 それは俺も思った。

 

「大丈夫なの?」

「さんざん考えたんだけど、誰かがこのサッシをわざわざ用意してまで俺に……って悩んだ末に思考放棄したよ」

「しないでよ!?」

 

 大事な事だよと言う妻をなだめる。

 

「俺はその誰かさんじゃないから、予想したところで誰かさんの考えなんか分かるわけ無いしな」

「…………それもそうね」

 

 分からない事は分からないのが理解できたのか、更紗も無理やり納得する事にしたようだ。

 

「じゃあ夕飯にしようか」

「うん。……あ、化粧落としてね」

 

 仕事も終わったから必要無いな。

 

◆     ◆     ◆

 

 翌朝、俺は朝食を済ませると早速サッシとカメラを定位置に設置すると化粧して準備を整えた。

 

 更紗はバイトに出かけた。

 

 事務所に行き端末とバックパックを取り込もうとすると「弓ちゃん」と所長が俺を呼ぶ声が聞こえた。

 

 窓を所長の机の前まで移動させる。

 

「おはようございます。何かご用でしょうか?」

「ああ、実は昨日の君の仕事を見ていたんだ」

「え」

 

 見てたと言われてバレたのかと心臓がはねる。

 

「凄いじゃないか。誰も低単価の依頼を受けないのに君は集中的に取り組んでくれた。おかげで山積みになっていた注文がある程度解消されたよ。感謝感激雨あられだ」

「……喜んでいただけて何よりです」

 

 どうやら杞憂だったようで内心胸を撫でおろす。

 

「これからもこの調子で頼むよ」

「はい」

「話は以上だ。今日も無事故でね」

「任せてください」

 

 安心して事務所の出口へ移動しようとした所で、背中に所長から声をかけられる。

 

「ああ、そうそう。GPSで確認したけど規君の家から出て行かずにどうやって配達していたのかは興味深いな」

 

 げっ、バレてる!?

 

 そうか、専用端末!

 

 何が準備できた、だ。計画がガバガバじゃないか!

 

 戦々恐々としながら窓の開口部を所長へと向けると、彼は歯をむき出しの笑顔で言う。

 

「まあ、根掘り葉掘り詮索するのも可哀想だし、ここでは聞かない事にしようじゃないか」

「……交換条件は何でしょうか?」

 

 要求される内容によってはこの会社を辞めなくてはならない。

 

 そんな覚悟で身構える。

 

「別に大した事じゃない。今度の空いている休日に一緒に食事でも……」

「既婚者でしょう? 奥さんに言いつけますよ」

「ありゃ、規君そこまで弓ちゃんに教えてたのか」

 

 所長は手で自身の頭をパシッと叩く。

 

「なら別の条件を提示しよう。君の秘密を教えてくれる代わりに他の誰にも漏らさないと約束しよう」

「教えなかったら……所構わず吹聴するつもりですかね?」

「どうする?」

 

 追い詰められた。

 

 目まぐるしく考えて出した結論は。

 

「……………………良いでしょう。ここで開示するのはまずいので叔父の家に訪問していただけませんか?」

「……ふむ。分かった。今夜でも良いかい?」

「どうぞ。叔父と私、そして所長の三者面談と行きましょうか」

 

 引きつった笑みで応対する。

 

「規君も? まあ構わないか」

「それでは仕事して来ます」

「行ってらっしゃい」

 

 俺は事務所の玄関から出たふりをして窓を閉じるアパートとの繋がりを遮断して、盛大にため息が漏れた。

 

 科学技術は偉大だな畜生め!

 

◆     ◆     ◆

 

 低単価でも数をこなし、儲けがそこそこ貯まってきた所で日が暮れたので今日はこの辺にしておく事にした。

 

 さて、所長の出迎えだがどう対応しようか悩む。

 

 更紗にはバイト仲間と遊んでくるよう言っておいたので後は俺一人の問題だ。

 

 失礼のないよう化粧を落としてからカレーでも食いつつ事情を説明すべきだろうか。

 

 信じてはくれない可能性の方が高いだろうなあ、と思いつつサッシを見せて実証するしか無さそうだとため息を吐く。

 

 そこまで考えたところで、どうせ情報開示するなら盛大にバラしてやろうじゃないのと、半ば自暴自棄になりつつあった。

 

◆     ◆     ◆

 

 夜8時、玄関の呼び鈴が鳴った。

 

「どうぞ、開いてますよ」

「んん? 規君かい?」

 

 敢えてボイスチェンジャーは使わず俺の生の声で出迎えることにした。

 

 困惑した所長が玄関を開けて中に入ると、居間までのびる短い廊下をゆっくりと歩いて来たが居間の明かりがついていない事に不審を抱いたはずだ。

 

「規君?」

「今、明かりをつけますよ」

 

 古臭い蛍光灯の電源である紐を引っ張ると途端に居間が白い光で照らし出された。

 

「規君、一体何の余興……」

 

 いきなり明るくなって俺がすぐ近くにいた事に文句を言いかけた所長が口を開けっ放しにする。

 

「…………ぶはっ!?」

 

 俺が化粧をしていた事を理解した所長は吹き出すと、その場にうずくまり腹を抱えてのたうち回る。

 

「息、息ができない……!」

 

 どうも所長の笑いのツボに直撃したらしく、ごろごろと左右に転がり続けるが2分ほどしてようやく落ち着いたようだ。

 

「ふーっ、ふーっ。た、規君、俺を笑い殺す気かね?」

「いえ、至って大真面目ですが」

「何だってそんな罰ゲームみたいな事を……!」

 

 所長はそう言って周囲を見回す。

 

「ところで、弓ちゃんは?」

「あ、俺の事です」

「え、……はあ?」

「俺がバ美肉してました」

 

 所長はしばし呆然とすると我に返ったのかきつい口調で詰問してくる。

 

「冗談も大概にしろ。こんな中年太りした野太い声の君が弓ちゃんと同一なんて冒涜そのものだ。……そもそも『ばびにく』って何だい?」

「『バ』ーチャル『美』少女受『肉』の略です」

「意味がよく分からん」

 

 困惑する所長にどう表現したら良いものか思案しながら答える。

 

「狐に化かされていた、という表現が近いですかね」

「……君、狐だったのかい?」

 

 胡散臭そうな目で見てくる所長に苦笑する。

 

「人間ですよ。……とりあえず、言葉で説明するより実際に見せた方が早いですね」

「何を?」

 

 俺はサッシの前に座り、所長にはサッシを挟んだ反対側に座るようお願いする。

 

「……これは、この配置は何かの儀式めいた装置に見えなくもないが……」

「お、所長お目が高い。とりあえず窓の開口部を通して俺を見てください」

「……それで?」

 

 あれ、所長の反応に変化が見られない。

 

「何も変化はありませんか?」

「いや?」

「あれ? ……あ、そうかボイスチェンジャーか」

 

 装置の電源を入れ改めて所長に話しかけてみる。

 

「所長、これでどうですか?」

「…………弓ちゃん?」

 

 今度は所長が目を見開いて固まり、しばし呆然とした後、彼女の名前を呟いた。

 

「はい、弓ですよ」

 

 所長が無言で開口部の中の俺を見、体を乗り出して俺を直接見、唸った。

 

「弓ちゃんの声と規君の機械音声が二重に聞こえる!」

「あ、この部屋だとそのように聞こえるんですね」

 

 所長はしばし頭を抱えていたが、顔を上げて呻く。

 

「どうやら規君? 弓ちゃん? の言い分を信じざるを得ないようだ」

「ご理解いただけて何よりです」

 

 顎に手を当てて考え込んでいた所長は尋ねてくる。

 

「ところで、窓から手を伸ばしてくれないだろうか?」

「はあ、こうですか?」

 

 俺が開口部を通して出した右手を所長が握手する。

 

「規君の手のはずなのに、もろに女性の手だ。どうなっている?」

「え、そうなんですか? これは新発見」

 

 所長が両手で俺の右手を包む。

 

「ううむ、手の甲もすべすべ。ハリのある肌。若いって羨ましいなあ」

「あの、所長?」

 

 ちょっと触りすぎでは。

 

「ああ、この手の持ち主と一緒に食事に行きたかった……」

「カレーでよろしければ用意してありますよ。食べます?」

 

 所長は窓越しに俺を見て不思議そうに呟く。

 

「カレー? ここで?」

「はい」

 

 所長が唸る。

 

「弓ちゃんと2人きりの食事……でも本体が規君……うごごごご」

「どうされます?」

 

 しきりにうなっていた所長が観念したように息を吐き出した。

 

「……食べよう」

「では、よそってきます。少々お待ちください」

 

 席を立ち台所に行くと皿を2枚用意し、炊飯器からご飯をよそい圧力鍋の中からカレーをかける。

 

「はい、どうぞ」

「おおこれが規君の、いや弓ちゃんの手料理……」

 

 所長に弓が見えた状態で、テーブルに載せたサッシを挟んで向かい合わせに食べる事になる。

 

『いただきます』

 

 互いに手を合わせてから食べ始めた。

 

 うん、今晩のカレーは上手くできた。味も申し分ない。

 

「所長、味はどうですか?」

「……普通かもしれない。が、弓ちゃんを目の前にすると美味く感じられる」

 

 所長は特に文句を言わずカレーを口に運ぶ。

 

 いい加減、本体が俺だという事を認識してもらいたいけれど、バ美肉したキャラと特別なひと時を過ごす醍醐味も分かる気がするので黙っていよう。

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