無口に愛を紡ぐ教室へようこそ   作:Mr.♟️

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12話〜冤罪前夜〜

 

無人島での初日は、文句のつけようのない100点満点のスタートだったと思う。

 

1つ目に、広くて安全な洞窟という最高の拠点をいち早く手に入れることができたこと。2つ目に、大量の野菜と魚介類を確保できたこと。

 

この完璧な滑り出しのおかげで、私たちはポイントの消費を最大限抑えつつ、無人島生活で生じるはずのストレスを全くと言っていいほど感じていなかった。

 

こんないいスタートを切ることができたのは、間違いなく琥珀くんの的確な指示と行動力があったからだ。

 

個人的には、今回の無人島試験はすごく嬉しい。クラスポイントが手に入るのもそうだけど、何より1週間、琥珀くんとずっと一緒に過ごせるのが大きい。

 

同じ海班になれたから、朝から夕方までは琥珀くんと麻子ちゃんと私の3人だけ。それに、あんまりこういうことは思いたくないけど──

 

(海班でいる時は白波さんが私の近くにいないから、琥珀くんと離れなくて済む)

 

今まで何度ご飯に誘っても遊びに誘っても、『白波さんとは合わないから』と断られ続けてきた。

 

その理由が、白波さんの琥珀くんに対する酷い暴言だったなんて思いもしなかった。

 

琥珀くんが嘘をつく理由はないから本当のことだと思うけれど、リーダーを任せた白波さんにも、後でしっかり確認しないといけない。

 

今はクラスの雰囲気を悪くしたくないから、無人島での生活が終わったら絶対に問い詰める。

 

「ねぇ、一之瀬さん、聞いてる?」

 

「え、ごめん。ちょっと疲れてて何も聞いてなかった」

 

作業の合間、琥珀くんに話しかけに行きたいのに、リーダーの仕事をほっぽり出して白波さんが金魚のフンのようについてくるから、琥珀くんに上手く避けられてしまう。

 

どうしよう、なんて言いくるめたらどこかに行ってくれるかな。

 

「それで、森の中に虫がたくさんいてね」

 

「たくさんいたんだね」

 

(どうにかして2人になるには......)

 

「私のグループは、結局食料なにも見つけられなかったし」

 

「見つけられなかったんだね」

 

(そうだ!他クラスの偵察なら、少人数でいく正当な理由になるし、琥珀くんと2人きりになれる!)

 

「ごめんね、白波さん。私、これから別のクラスの偵察に行ってくるから」

 

「え、それなら私も行くよ」

 

「ごめんね、リーダーの白波さんには拠点を守っててほしいの」

 

適当な理由で白波さんを振り切る。琥珀くんは神崎くんたちと一緒にあっちにいるから──って、あれ?琥珀くんがこっちに向かってきてる?

 

私が動く前に、琥珀くんの方から歩み寄ってきてくれた。もしかしたら、私たちの心が繋がってるのかもしれない......なんてね。

 

「帆波、この後やることないなら、別のクラスの偵察に行ってもいいかな?単独行動にならないよう、隆二か誰か連れていくつもりなんだけど」

 

本当に心が繋がってるのかもしれない。

 

「私も今、琥珀くんに声をかけようとしたところなの!神崎くんじゃなくて、私と一緒に偵察に行こっか。......あ、白波さんはここに残るよ」

 

最後の言葉は白波さんに聞こえないよう、琥珀くんの耳元に顔を寄せて内緒話のように伝えた。

 

琥珀くんの首筋から、私と同じ石鹸の匂いがした。みんな支給された同じ石鹸を使っているとわかっていても、好きな人と同じ香りなのはどうしようもなく嬉しい。

 

少しだけ沈黙があったけど、彼はすぐに優しく微笑んでくれた。

 

「そういうことなら、喜んで」

 

琥珀くんと2人になれる。琥珀くんと一緒なら、1週間どころか1ヶ月くらい無人島生活でもいいかもしれない。

 

「.............一之瀬さんが汚される。早く、早く目を覚まさせてあげないと」

 


 

白銀と一之瀬は、まずはDクラスの拠点を目指して歩いていた。各クラスの拠点の位置は、神崎と姫野が食料探しのついでに粗方見つけてくれているおかげで、ゼロからのスタートではない。

 

「帆波、歩くペースは大丈夫?疲れてるだろうし、無理しないでね」

 

白銀が少しだけ前を歩き、後ろを歩く一之瀬が歩きやすいように、足元の邪魔な枝や石を軽く退けて道を整えている。一之瀬は「大丈夫」と答え、そのまま2人揃って静かな森を歩き続ける。

 

──が、一之瀬帆波は気づいてしまった。

 

今の状況は、白銀が自分のことをこまめに気にかけてくれ、自身に気を遣わせないように何も言わずに道まで整えてくれている。この『彼が自分を甘やかしてくれている』状況なら、少しくらい攻めたことをしても、受け入れてもらえるのではないかと。

 

「あ、あのさ、琥珀くん」

 

「どうしたの?」

 

一之瀬が足を止めて白銀を呼べば、白銀も同じく足を止め、優しく振り返って一之瀬を見つめる。

 

「森の中ではぐれたら大変だし、迷惑じゃなかったら──手を繋いでもいいかな」

 

一之瀬は、自分の口から無意識に出た言葉に驚いた。確かに攻めるつもりでいたが、予定では『ジャージの袖を掴んでもいいかな?』と控えめに問いかけるつもりだったのだ。

 

欲が出た。焦りが出た。白銀を取り囲む女子(特に海で密着していた網倉)を見る度に感じていた嫉妬心が、彼女をより大胆にさせた。

 

一之瀬は2人でいる幸福感で思考が鈍り気づいていないが、そもそも理屈がおかしい。はぐれないために白銀は一之瀬のペースを気にかけているし、何より歩いている最中も2人は常に雑談をしているのだ。はぐれる要素など皆無である。

 

「いいよ」

 

それを完全に理解した上で、白銀は迷うことなく右手を一之瀬に差し出した。彼にとって、なんてことはない。断る理由がないからだ。相手によっては無下に断っていただろうし、もっと面倒な行為であれば切り捨てていただろう。

 

「う、うん」

 

言い出した一之瀬の方が、白銀よりも明らかに慌てている。差し出された白銀の大きくて冷たい手を取り、手のひらを合わせてしっかりと手を繋いだ。

 

一之瀬は軽く握ったり、少し強めに握ったりと、手のひらから伝わる幸福感を噛み締めている。

 

彼女の脳内は既に幸福感で満たされ、羞恥心がバグりかけている。

 

対して白銀は一切動揺していない。多少の照れはあるが、表情が変わる程の取り乱しは全くない。

 

それから手を繋いだまま移動すること5分。白銀と一之瀬はDクラスの占有しているスポットまで1分もかからない程度の距離まで接近していた。

 

そうなると当然、Dクラスの生徒と遭遇する確率が高くなる。

 

クラスは40人。関わりのないモブ相手と遭遇する可能性が高い中で出会ったのは──

 

「──2人とも、随分仲が良さそうだね」

 

Dクラスの松下千秋である。口から出た言葉は軽快であったが、その視線は白銀と一之瀬の『繋がれている手』に真っ直ぐ向けられている。

 

それに気がついた一之瀬は、少し名残惜しそうな反応を見せつつも、パッと手を離した。

 

「偵察にね。他のクラスがどんな雰囲気か気になったんだ」

 

「そうだったんだ。うちのクラスはスタートから大変だったよ。トイレを設置するかしないかで1時間も揉めたんだから。櫛田さんのおかげで、川が流れているスポットは確保できたけどね」

 

呆れたように話す松下。その内容に一之瀬は純粋に同情した。災害にあったわけでもないのに、支給された簡易トイレを一週間使えというのは、現代人の精神衛生上よろしくない。

 

事実、Bクラスではそんな不毛な論争は起きなかった。

 

「楽しそうでなによりだよ」

 

「白銀くんもうちのクラスに混ざる?みんな大歓迎すると思うよ」

 

白銀は呆れたように首を横に振る。一之瀬も思わず苦笑いを浮かべてしまうほど、白銀にとって損しかない話だ。

 

当たり前の話だが、白銀の言葉は皮肉であり、松下も本気で引き抜きの提案をしたわけではない。

 

「Dクラスは見るだけ無駄みたいだね。参考になりそうな部分もなければ、警戒する必要もなさそうだ」

 

「えー、もう少し話そうよ。リーダーとか知りたくないの?教えてあげないけど」

 

もし白銀が本気でこの試験に勝ちにいく気があるなら、松下から巧妙にリーダーを聞き出しただろう。無論、松下も彼に求められればそれを拒むことはなかったはずだ。

 

だが、白銀は今回の特別試験に『クラスとして』勝つ気は毛頭ない。更に付け加えるなら、Dクラスに松下や櫛田という味方を作っているのは、万が一彼らがBクラスに挑んでくるほどに成長した場合の保険でしかない。

 

「あんまり興味な──」

 

「松下さん、あんまり離れ──って、琥珀?それに一之瀬さんも」

 

3人が話している場所に姿を現したのは、同じくDクラスの長谷部波瑠加だ。焚き木集めのため、松下とペア行動をしていた長谷部が加わった。

 

松下と長谷部がペア行動していたのは、決して仲がいいからではない。松下は表情こそ変えないものの心のなかで舌打ちをし、一之瀬は白銀を親しげに『名前呼び』する長谷部の登場に驚きを隠せない。

 

松下と長谷部がペア行動している理由は1つ。『お互いを抜け駆けさせないため』だ。

 

クラスの中心人物の1人である松下は、偵察だなんだと適当な言い訳で白銀のもとに行くことができる。反して、クラスで重要な立ち位置にいない長谷部は自由に行動がしやすい。

 

互いに相手が白銀と進展する可能性を潰したかったから故の、不純な監視ペアである。

 

「そういえば白銀くん、どうしてさっきは一之瀬さんと手を繋いでたのかな?まさか、付き合ってるとかではないでしょ?」

 

先程までの話を完全に無視して、松下は突如そんな爆弾を投げ込んだ。自身が事実関係を確認しておきたかったのと、長谷部にも自分が感じた焦燥感を与えたかったからだ。

 

「はぐれないために繋いでただけだよ」

 

「そ、そう!私からお願いしただけで、まだ付き合ってないよ!」

 

(まだ?)

(この人も──)

 

いきなりの松下からの口撃に、慌ててしまった一之瀬。松下と長谷部は、一之瀬の口から出た『まだ』という言葉を決して聞き逃さなかった。

 

白銀は女同士の面倒くさい展開になるのを察したため口を閉ざし、スッと一之瀬の少し後ろに下がった。

 

「そうなんだ。琥珀は誰にでも優しいからね。私が夜に『寂しい』ってメッセージを送ったときも、すぐに会いに来てくれたし。優しいのもいいけど、琥珀も嫌なことは断りなよ?」

 

流れるようにマウントを取りつつも、一之瀬に対して『自分にだけ優しいわけではない』と遠回しに牽制する長谷部。

 

中学時代に付き合っていたという絶対的な過去があるだけに、そのマウントの威力は中々に強烈だ。一之瀬は予想外の親密さに少しだけ怯み、松下は長谷部を一瞬だけ鋭く睨みつけた。

 

「..........もしかして、長谷部さんと白銀くんって付き合ってるの、かな?」

 

意図していない、一之瀬の純粋なカウンター。

一之瀬からすれば、純粋に疑問に思ったことを聞いただけだ。今の話の内容から付き合っていてもおかしくないと思うのは自然なことだろう。

 

対して長谷部は、自分の口から事実を言わなければならない。あくまで『元恋人』であったことを。今はただの友人であることを。

 

「──今は、付き合ってない」

 

「ごめんね、白銀くん、一之瀬さん。私達まだやらないといけない作業があるから、そろそろいいかな?」

 

即座に撤退の判断をしたのは松下だ。今の状況は決して好ましいものではなかった。

 

長谷部と一之瀬がこれ以上会話することにより、一之瀬に強烈な危機感を持たれる可能性がある。

 

同じクラスである一之瀬が『彼を誰にもとられたくない』と焦って白銀にアタックしようと行動すれば、そのチャンスは他クラスの自分たちよりも圧倒的に多い。だからこそ下した賢明な判断だ。

 

「ううん、作業の邪魔してごめんね」

 

松下の予想は完璧に当たっていた。一之瀬帆波は今のやり取りで、明確な『危機感』と『希望』を同時に感じていた。

 

危機感は言わずもがな。実際に琥珀くんに好意を寄せている存在が他クラスにも複数おり、琥珀くんが彼女たちと付き合うかもしれないという焦燥。

 

希望は、誰とも付き合っていないということ。そして、過去に自分と似ているスタイルの長谷部と付き合っていたということ。

 

一之瀬は長谷部の『今は』という言葉から、昔付き合っていたのだと正確に推測した。元カノがいることに多少のショックはあれど、どちらかといえば希望の方が強い。

 

白銀は3人の静かな牽制の会話が終わったタイミングで、本来の目的を果たす。

 

一之瀬の背中越しに、長谷部と松下に対してとある『9文字』をクチパクで伝えてから、一之瀬に話しかける。

 

「行こうか、帆波。そろそろご飯も出来ている頃だろうしね」

 

白銀と一之瀬は、もと来た道を引き返していく。

 

「──白銀くんは今回の特別試験、まったくやる気がないみたいだね」

 

「なんで?」

 

完璧に読唇できた松下と、白銀の意図がよくわかっていない長谷部だけがその場に残された。

 

『リ・ー・ダ・ー・は・し・ら・な・み』

 

「クラスの拠点も近くなったし、そろそろ手を離してもいいかな?」

 

「え、」

 

「え?」

 

「──もう少しだけ、繋いでたらダメかな?」

 

言葉を震わせながら、一之瀬は白銀の瞳をまっすぐ見つめて言葉を発した。

 

数秒の沈黙の後、白銀は静かに頷いた。

 

承諾して彼女と親密な姿を見せつければ、白波に強いストレスを与えることができ、自身が狙っている白波の『愚行』を引き出せる可能性が飛躍的に高くなるのだから、彼にとって断る理由がない。

 

数秒考えたのは、単に今後のクラスの人間関係について思案していただけだった。

 


 

夕食を終えた後、薄暗い男子テントの中で、柴田は白銀に詰め寄っていた。

 

内容は言わずもがな、一之瀬帆波についてだ。白銀と一之瀬は、森からあの一之瀬からの提案で手を繋いだままクラスの拠点へと戻ってきた。

 

当然ながら、その衝撃的な姿をクラスのほぼ全員が目にすることになった。

 

一之瀬の目的は明白、外堀を埋めることだ。どれだけ口で『付き合っていない』と否定したとしても、真実を語るのはいつだって行動である。

 

それが事実でなくとも、行動が事実にしてしまうということを彼女は本能的に理解している。

 

「白銀、お前本当に一之瀬と付き合ってないんだよな?」

 

「付き合ってないよ。帆波もみんなの前でそう言っていたじゃないか」

 

拠点に戻ってきた時、女子から勢いよく質問攻めにされた一之瀬と白銀は、確かにしっかりと否定した。

 

だが、先程述べた通り行動がその言葉を否定している。一之瀬の思惑が完璧にハマった形だ。

 

「ならなんで、手なんか繋いでんだよ!それに、一之瀬のことを名前で呼んでる男子はお前だけなのはどう説明するんだ!」

 

柴田は、一之瀬帆波に本気で恋している。だから気になって仕方がない。焦燥感で狂いそうになる。

 

白銀は一之瀬と同じ海班で仲が良く、一之瀬が白銀のことを特別に気にかけていることは嫌でも目に入っていた。

 

お昼ごはんだって、何度も一之瀬から誘われているのを知っている。その度に白銀は『白波が......』と断っていたが、一之瀬が白銀に特別な感情をもっていることは、彼女に恋している柴田からすれば一目瞭然だった。

 

だから安心したい。絶対に付き合うことはないのだと、本人の口から言って欲しかった。

 

「えぇ......みんなの前で説明した通りなんだけど。名前呼びは本人がそうしてって言ったからだし」

 

純粋な嫉妬。白銀が手を繋ぐ際に『今後の人間関係』について数秒思案したのは、まさにこういった面倒な事態が起きることを予測していたからだ。

 

面倒くさいのは嫌だな。そう内心で毒づきながら、白銀は傍観している神崎に視線を向ける。

 

神崎はひどく呆れたような表情を浮かべながらも、白銀に詰め寄っている柴田の肩をガシッと掴んだ。

 

「そこまでにしておけ。手を繋いでいたのも、名前呼びしているのも、すべて一之瀬から琥珀に提案したことだ。それが気に入らないなら、問い詰める相手はこいつじゃなく一之瀬であるべきだろ」

 

正論により、柴田のターゲットが白銀から神崎へと変わった。神崎と柴田はまさに水と油、決定的に相性の悪い2人だ。

 

白銀はその隙にテントの端の方へスッと移動し、寝袋に入って目を瞑る。助けてくれた神崎のことを完全に無視して、さっさと眠る準備を始めた。

 

「それをいうなら、受け入れたのは白銀だろ!大体神崎、お前たちは普段から──」

 

男子テントの喧騒を子守唄代わりに、白銀の意識は沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

殺伐とした男子テントとは異なり、女子テントは異様な大盛りあがりを見せていた。

 

女子高校生は、そのほとんど全員が恋バナ好きである。恋バナが主食と言っても過言ではない。

 

今回のような非日常のお泊り会でやることといえば、当然ながら誰かの恋バナだ。そして今夜、その最大の餌食となっているのは──

 

「にゃはは、そうだよ。みんなの言う通り、私、琥珀くんのことが好きなんだ」

 

暗闇の中、言葉にするのとしないのとでは天と地ほどの差がある。

 

これは一之瀬帆波による、クラス女子全体への明確な『牽制』だ。白銀琥珀に手をださないよね、という暗黙の了解を暴力的なまでのカリスマ性で作り出すための言葉。女子特有の、笑顔の牽制。

 

「でも、白銀くんって性格がすごく悪いって話じゃなかった?白波ちゃん、前にそう言ってたよね?」

 

1人がそう発言すると、何人かがそれに「私も聞いたことある」と同調し、証言が増えていく。

 

「そうなんだ。白波さんには色々と確認したいと思ってたから──船に戻ったら、ゆっくり確認するね......冷たい部分もあるけど、琥珀くんはすごくいい人なんだよ。もう、とびっきりにね!」

 

一之瀬の言葉に、視線が一斉に白波に集まる。だが反応はない。白波は横になり、既に固く目を閉じている。

 

それが寝たふりだとしても、この場で追及されることから逃れることは出来た。

 

「そうなの?」

 

「だって、中間テストの時に過去問を手に入れてくれたのは琥珀くんだし、期末テストではみんなのために全教科の完璧な一問一答も作ってくれたんだよ?あの問題、すごくよかったよね」

 

嬉しそうに、誇らしげに話す一之瀬。だが、クラスメイトの反応は微妙だ。

 

「え、あれって帆波ちゃんが作ったんじゃないの?白波さんがそう言ってたけど......」

 

「違うよ。軽い問題なら作れるけど、あそこまでしっかりしたものは私には作れないから。......白波さん、そんな嘘までついてたんだ」

 

一之瀬の声が、ほんの少しだけ低くなる。その微かな温度差に、クラスメイトたちは一瞬ビクッと身体を震わせた。

 

テント内に微妙な空気感が漂い、次の発言者が早く出ることを願い数秒静まり返る。皆の願いは叶い、空気を読まない発言者が現れた。

 

「みんな、揉めるのが面倒で確認しなかっただけのくせに」

 

姫野ユキが放った冷たい一言で、微妙な空気から重たくて痛い空気へと変化を遂げた。姫野のすぐ隣に寝っ転がっていた網倉が慌てて姫野の口を抑えるが手遅れだ。

 

一之瀬の視線は、まっすぐに姫野を捉えている。

 

「ってか、あんたらも知らないフリとかやめたら?白波と白銀を比べて、白波の方がクラスで権力持ってそうだったから、安全なそっちの話に乗っただけでしょ」

 

何人かはその言葉に痛いところを突かれ、うつむく。それが彼女たちなりの処世術なのだ。だが姫野はそれが気に入らない。

 

なぜなら姫野は、白波が周囲にそのデマを流している時に『白銀が作った問題でしょ』と明確に訂正しているからだ。結果は多勢に無勢でボロ負けだったが。

 

「うん、そうだね。ユキちゃんの言う通り、揉めたりクラスの雰囲気が悪くなるのが嫌だったから、私自身少し甘くなっていた部分はあるかもしれない。でも、これからはちゃんとするよ。琥珀くんが皆から理不尽に誤解されるのは絶対に嫌だから。......あ、そうだ。ユキちゃんと麻子ちゃんにも聞いておきたいんだけど」

 

「なに」

「なにかあった?」

 

「2人とも、私の恋を応援してくれるよね?」

 

牽制。クラスの女子で1番白銀に近い2人に対して、直接的な圧力を掛ける一之瀬。

 

ライバルは少ないほうがいい。普段の一之瀬らしからぬ強引な方法だが、これは他クラスの長谷部と松下に遭遇したことで生まれた焦りがそうさせたのだろう。

 

「興味ない」

 

姫野はバッサリと切り捨てた。

 

「......どうだろう。白銀くんのことを好きなのは一之瀬さんだけじゃないから、なんとも言えない、かな」

 

網倉は濁した。恋愛事に巻き込まれて面倒な思いをしたくないという本音と、海での一件を経て、どうしても素直に肯定したくなかったからだ。

 

2人の回答は一之瀬の望んだ『完全なる同意』ではなかったが、そこから彼女は強引に空気を持ち直し、再び女子高生らしい楽しい恋バナへと話を移していく。

 

 

 

 

 

 

 

(.......どうしよう、どうしよう。一之瀬さんに嫌われちゃう。もう、近くにいれなくなっちゃう)

 

寝袋の中で固く目を閉じながら、白波千尋の心臓は早鐘のように打っていた。

 

好きな人と一緒にいることができなくなるかもしれない恐怖。自分が同性を好きであることを知っても決して軽蔑しなかった、あの一之瀬帆波と話せなくなるかもしれないという絶望。

 

白波の精神は、限界まで追い詰められていく。

 

(白銀が悪いやつだって、嫌われて当然なんだってみんなが思ってくれれば、一之瀬さんと離れなくてもすむのに......!)

 

短絡的と言わざるをえない思考だが、精神的に追い詰められ、視野が極限まで狭窄している白波にその異常性に気がつく余裕はない。

 

(そうだよ。そしたら、一之瀬さんだって、白銀のことを嫌いになってくれる。私が一之瀬さんのそばにいることができる。これからも、ずっと変わらずに)

 

(私がやるしかない。これは私のためじゃない、一之瀬さんを守るためでもあるんだ......!)

 

白波の胸を黒く染め上げる嫉妬、執着、そして恐怖。それが彼女の理性を完全に狂わせる。

 

白銀が狙っていた白波の愚行──それを、ついに引き出してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜も更け、女子テントではクラスメイトたちの穏やかな寝息だけが聞こえてくる。

 

白波は音を立てずに静かに立ち上がり、洞窟内の全員のバッグが置かれている共有スペースへと闇に紛れて向かう。

 

(──私は悪くない)

 

1つ、2つ、3つ、4つと、暗闇の中でバッグの中を物色し始める。その手はわずかに震えていたが、彼女の動きには一切の迷いはなかった。

 

(一之瀬さんのため、これは一之瀬さんを守るため......)

 

彼女は呪文のようにそう自分に言い聞かせながら、最後に一之瀬の下着を慎重に取り出し、他の女子の分も含めて、静かに、そして確実に白銀のバッグの奥深くに忍ばせた。

 

その動作は迅速で無駄がなく、まるで事前に何度も頭の中でシミュレーションしていたかのような手際の良さだった。

 

(──これでいい)

 

白波はバッグのジッパーを閉じ、来た時と同じように気配を殺してテントへと戻った。心臓の鼓動は痛いほど早まり、とても眠れそうにはない。

 

(明日の朝になれば、これで......)

 

白波の胸には、罪悪感ではなく一種の歪んだ達成感が広がっていた。静かに目を閉じ、朝クラスメイトが目を覚ました時に起こるであろう、白銀が糾弾される出来事を想像する。

 

(......白銀は、終わり)

 

 

 

 

 

 

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