怪しい。どう考えても怪しい。白銀が私と2人で夕食を食べたいなんて言ってくる時点でもう怪しい。怪しさしかない。
それもしかも、個室だなんておかしい。私のことを警戒して、監視カメラのない密室空間で2人になることを極力避けているはずなのに
もしかして、何かの罠にかけられている?...いや、それはないはず。私がこの試験で白銀に攻撃を仕掛けたなら報復は有り得るけど、本当に何もしてない。
強いていえば、白銀のメンタルにダメージを入れるために試験を頑張ったくらいだ
さりげなく表情を確認するが、何を考えているか全くわからない。少なくとも、怒っていたり不機嫌であったり、そういう事はなさそう
そもそも、そっちが食事に誘ったんだから何か喋るべきでしょ。なんで誘われた私が警戒しないといけないわけ?なんか、色々おかしくない?
「──櫛田桔梗」
そんなことを考えていると、不意に名前を呼ばれた。その視線は静かに私の事を見据えている
「....なに」
「君は頑張り屋だね」
「...........は?」
──褒められた。意味がわからない。状況が理解できない。警戒しているはず。
こいつは、絶対に私のことを警戒しているはず。なのに、どうしていきなり褒めてくるのかがわからない
そうだ、白銀は分からないことだらけだ。痴漢冤罪を仕掛けた私に攻撃を仕掛けてくる様子はないし、なぜか私に毎朝ランニングさせるし──絶妙に優しい
いや、違う。このタイミングで私を持ち上げるってことは、絶対に何か目的がある
──満たされるな、喜ぶな。隙をみせるな。私が今相手をしているのは、白銀なんだから。
このまま私を油断させて私にとって不利益な契約でも結ばれたらたまったもんじゃない。白銀が学年を振り回すのはいいけど、私がその中に含まれるなら話は別だ
「今回の試験、最初は松下が中心に動いていたらしいけど、中盤からは君が主導権を奪ったんだってね。そして結果を残した。うん、誇っていい実績だよ」
満たされるな、満たされるな、満たされるな。喜ぶな。違う、本心から褒めてるようにみえても絶対に違う。
違うはず。私をおだてて無理難題を押し付けるか不平等な契約を結ばせるつもりなんだ
そうじゃないとおかしい。そうじゃないなら──本当に、白銀が本心から私を褒めてるようにみえる。私の実績を讃えているようにみえる。
「....それで、私に何をさせようってわけ?褒めとけば言うことを聞くとでも思ってるの?」
「それだけじゃない。なんだかんだいいながら、朝のランニングだって毎日継続していた。それも、継続して努力ができる証拠だよ」
───私はこれから、どれだけの無理難題を押し付けられるんだろうか。ありえない。ありえない。
警戒してる私のことをこんなに賞賛するなんてありえない。それか、もしくは夢を見ているのかもしれない
私の質問に答えろ。その余裕ぶってる表情もムカつく
「君にさせようと思っていることね...うん、それは置いとこうか。その話をする前に、君にいいお知らせを1つと、選択の権利を1つ与えてあげるよ」
ここからが本題。騙されたらダメ。どこに落とし穴があるのかわからない。うっかり安請け合いしないように気をつけないと
「朝のランニングの付き添いは今後しなくていいよ。君がコツコツと地道に努力を積み重ねることが出来ることはわかったから。まあ、今後も朝に軽く身体を動かすことを僕はおすすめするけどね」
「え.....?」
.....別に、嫌だなんて言ってないけど。最初はそりゃあ、少しは文句も言ったかもしれないけど、最近は走ることに対して不平不満は何も言ってない。
は?なに?別にいいお知らせじゃないんだけど
私の日常生活を変えたくせに、自分が満足したらポイってことね。あー、はいはい。そういうことするんだ。
へー、別にいいけど。でもさ、私にこんな扱いしたら、白銀くんを退学にさせる時に与える惨め度合いが上がるけど、本当にいいのかな?
「──もう1つは、場所を移動してからにしようか。そこで君の答えを聞きたい」
「.........別に、ランニングが嫌だなんて言ってないんだけど」
落ち着け、私。大丈夫。白銀くんはまだ女を知らない子ども。いくら社会的地位や能力がずば抜けていても、思春期の男の子であることには変わりない
私が本気で誘惑すれば──断れるはずがない
彼だけは絶対に手放せない。2000万ppt個人で貯める偉業。しかも、1年生のこの時期に。彼が一之瀬ちゃんと組んで本格的に動けば、Aクラス昇格はほぼ約束されたようなもの
言い換えれば、もし彼が他クラスに移動し、別の集団をまとめ上げでもしたら....私たちのAクラス昇格は絶望的。
一之瀬ちゃんがクラスをまとめるキングだとすれば、白銀くんはジャックでもクイーンでもない。
──ただ1人で戦況をひっくり返せるジョーカー。彼だけは絶対に失うわけにはいかない
私は鏡で身だしなみを整える。露出の多めのワンピース、念入りな化粧。無人島で少し荒れた肌も、メイクで誤魔化せる
──お酒を飲ませて判断力を鈍らせる?いや、流石に未成年にそれはダメ。とりあえず、まずは交渉から。それで無理なら色仕掛け
──使える手段は全て使って、白銀くんを引き止める
ノックの音が響いた。きた....白銀くん
「白銀くーん、来てくれてありが.....と、う」
扉を開けた瞬間、私は言葉を詰まらせた。そこに立っていたのは白銀くん──そして、Dクラスの櫛田桔梗さん
なぜ?どうして櫛田さんが?この部屋に呼んだ覚えなんて一切ない
「ん、んー?白銀くん、どうして櫛田さんがいるのかなー?」
笑顔を保ちながら必死に声を絞り出す。嫌な汗が背中をつたった。出鼻をくじかれた
「連れてきたいと思ったからです。まあ、そんなことより──クラス移動の権利書類、貰ってもいいですか?」
淡々と告げる彼。待って。まずは私のペースに乗せるつもりだったのに、いきなり本題から入らないでよ。
しかも櫛田さんを連れてきてるなんて、完全に想定外
「記載してもらう内容と注意事項の説明があるから、部屋の中に入ってもらえる?あ、櫛田さんはごめんね。Bクラスのことを話すから、入ってもらうわけには──」
「クラスの話をするつもりはありませんよ。それなら、櫛田も入っていいですよね。もし駄目なら、日を改めます」
はっきりと遮られた....っ!まさか、Dクラスに移るつもり?佐枝ちゃんのクラスに?そんなの、絶対にダメ!
「.....うん、それなら櫛田さんも一緒でいいよ」
仕方なく通すしかなかった。予定がどんどん狂っていく。どうするの、私
3人で席に着くと、白銀くんはじっと私を見ている。見透かされているような視線
「....白銀くん、少し話し合いましょう」
見透かされていようがなんだろうが関係ない。やることは変わらない。ここからが本番。まずは言葉で縛る
「話し合い、ですか」
「あなたはBクラスに必要な人材よ。あなたが他のクラスに移れば、Bクラスは崩壊する。もちろん、あなたの自由意志を尊重するけれど.....残ってくれれば、私も可能な範囲にはなるけど全力であなたを支えるわ。どうか、考え直してくれないかしら」
必死に声を整えて、穏やかに、しかし熱を込めて告げる。ここで揺れてくれればいい
彼の目が一瞬だけ笑った。口元にも僅かではあるものの笑みが浮かんでいたのを私は見逃さなかった──もしかして、考え直してくれたかも
「考え直すつもりはありませんよ。もう決めてますから」
取り付く島もない。淡々とした言葉に、思わず息が詰まる
駄目。動揺したらダメ
「どうしても、ダメかしら?」
「そうですね、ダメですね」
その一言で、私の笑顔は凍りついた。本当に交渉の余地さえない。
強い我を持っている彼が決めたことを真っ当な手段で変えることができるはずがなかった
もう、言葉では勝てない。クラスに縛り付けることは出来ない
だったら───櫛田さんがいるけど、そんなの関係ない。
Dクラスの生徒1人の言葉なんて、幾らでももみ消すことは出来る。多分、できるはず
私は足を組み替え、わざと深く前傾姿勢になる。胸元をさりげなく、でも確実に強調して
目を伏せ、潤んだ瞳をつくり、わざと甘い声で囁く
「ねぇ....琥珀くん。あなたがいなきゃ、私は困っちゃう──お願い、私のそばにいて」
彼の反応を待つ。どんなに理性が強くても、思春期の男の子なら視線が泳ぐはず。顔を赤くするはず
けれど──彼は一歩も動かなかった。表情も平常時から何も変わっていない
「僕以外ならダメだと分かっていても手を出したかもしれませんね。あいにく僕は──欲望に足をすくわれるほど馬鹿じゃありません」
だめだ。私の色仕掛けが、全く通じていない。押し倒す手もあるけど、流石にそこまでやるのは良くない
心臓がぎゅっと縮む。敗北感が全身を支配する
机の上に伸ばされた彼の手。無言の圧力。もう、渡すしかなかった。震える指で、引き出しから封筒を取り出す
「.........これで、いいのね」
「ありがとうございます」
彼は涼しい顔でそれを受け取り──すぐに、隣の櫛田さんへと差し出した
「....え?」
櫛田さんの目が大きく見開かれる。私も絶句した
「選択の権利──君に与えるよ」
静かに、けれど絶対的な響きを持つ声で告げる
「ありのままの君で過ごす覚悟があるなら──僕が君の全てを受け入れる。Bクラスに来なよ、櫛田桔梗。僕は君が欲しい」
理解できない。理解できないけど──クラスを去ろうとしているというのは私の思い違いで、白銀くんがBクラスに残ってくれることだけはわかった。良かったぁーーー!!
「白銀くーん、来てくれてありが.....と、う」
扉の向こうで待っていた星之宮先生は、最初の一言を飲み込んで固まった。
当然だ。白銀が一人で来ると思っていたところに、隣に私がいたのだから
「ん、んー?白銀くん。どうして櫛田さんがいるのかなー?」
笑顔を貼り付けたまま声が裏返っている。私もなんでここに連れてこられたのかが知りたい
「連れてきたいと思ったからです。まあ、そんなことより──クラス移動の権利書類、貰ってもいいですか?」
白銀はいつもの調子で淡々と切り出した。星之宮先生の笑顔が一瞬、引きつったのを私は見逃さなかった
「記載してもらう内容と注意事項の説明があるから、部屋の中に入ってもらえる?あ、櫛田さんはごめんね。Bクラスのことを話すから、入ってもらうわけには──」
「クラスの話をするつもりはありませんよ。それなら、櫛田も入っていいですよね。もし駄目なら、日を改めます」
一瞬で空気が張り詰めた。星之宮先生は、言葉を失ったように固まる
「.....うん、それなら櫛田さんも一緒でいいよ」
星之宮先生は観念したように引き下がった。私も一緒に部屋へ足を踏み入れる。別に私も来たくてきたわけじゃないのに
部屋の中は、やけに照明が落とされていて、どこか作為的な雰囲気を感じさせた。星之宮先生は露出の多いワンピース姿で、胸元を強調するように身を傾けている
「あなたはBクラスに必要な人材よ。あなたが他のクラスに移れば、Bクラスは崩壊する。もちろん、あなたの自由意志を尊重するけれど.....残ってくれれば、私も可能な範囲にはなるけど全力であなたを支えるわ。どうか、考え直してくれないかしら」
穏やかに微笑みながら、でも熱を込めて星之宮先生は言う。テーブル越しに足を組み替え、深く前傾姿勢になって胸元を強調して。
明らかに誘惑しているのがわかる。
私は思わず息を飲んだ──同時に、心の奥がざらりとした
表の顔と裏の顔を使い分けて、相手を操ろうとする。自分の利益のために、平気で笑顔も態度も変える。
私と少し似ているかもしれない。
だからこそ、嫌悪感が湧いた。
「考え直すつもりはありませんよ。もう決めてますから」
白銀は涼しい顔でそう告げた。星之宮先生の笑顔がピキリとひび割れる。一瞬だけ、怒りとも焦りともつかない感情が透けて見えた。
それでも彼女は、さらに身を乗り出した。潤んだ瞳をつくり、わざと甘く掠れた声で囁く
「ねぇ....琥珀くん。あなたがいなきゃ、私は困っちゃう──お願い、私のそばにいて」
背筋がぞわりとした。甘ったるい媚びるような声。女性ではなく雌の声
「僕以外ならダメだと分かっていても手を出したかもしれませんね。あいにく僕は──欲望に足をすくわれるほど馬鹿じゃありません」
きっぱりと切り捨てられた星之宮先生は、沈黙した。手が震えている。
女性の武器を使った星之宮先生の作戦は──完全に、敗北していた。
本当になんで私は連れてこられたの?ってか、白銀どのクラスに移動するんだろうか?
「……っ」
先生が机の引き出しから震える手で取り出したのは、封筒。白銀はそれをすぐに受け取った。
「ありがとうございます」
淡々とそう言うと──彼は、迷いなく私の前にその封筒を差し出した
「.......え?」
思わず声が漏れた。意味がわからない。なんで、私の前に差し出してるんだろうか。自慢?いや、違う
「選択の権利──君に与えるよ」
静かで、でも絶対に揺るがない響き。彼の視線が真っ直ぐに私を射抜く
「ありのままの君で過ごす覚悟があるなら──僕が君の全てを受け入れる。Bクラスに来なよ、櫛田桔梗。僕は君が欲しい」
世界が、止まった気がした
心臓が暴れて、息が苦しい。おかしい。おかしすぎる。私の裏の顔を知っているのに、なぜ?どうして『私が欲しい』なんて言えるの?
私はずっと周りからどう見られるかを気にして生きてきた。可愛いって思われたい。人気者でいたい。常に自分が1番でありたい。そのために笑顔を振りまき、嫌いな奴を裏で蹴落としてきた
実際、白銀からも『評価中毒者』なんて言われたこともある*1
けど──気づけば、周りの評価なんてもうどうでもよくなってた。
いつの間にか、気になるのは白銀の評価だけ。白銀にどう見られているかだけ
「──っ、馬鹿じゃないの。私を受け入れるなんて、騙して利用して、最後は切り捨てるつもりなんでしょ」
喉が震えて声が掠れる。信じたい気持ちと、信じちゃいけない気持ちがぶつかり合う。
星之宮はこの時点で私の視界には入ってない。白銀に視線が吸い込まれる
ムカつく、腹が立つ。なんでも知った顔をして。常に余裕そうにしていて──それが様になっているのがムカつく
そう、そうだよ、心の底から欲しかった言葉だ。表の私と、裏の私を知って──全部知って、なお『ありのままの私が欲しい』と言ってくれる人なんて、今までいなかった。
裏の私は隠してきていたから当たり前かもしれないけど、もしバレても表と裏で──裏を選ぶバカはいなかったと思う
「......私も、ほんと、馬鹿だよね。信じたら終わりかもしれないのに」
視界が滲む。それでも、震える指でペンを取った。封筒から書類を取り出した。
書いたら戻れない。Dクラスで築いた地位、信頼を全て捨てることになる
──でも、それでもいい
「私の全部......受け止めてもらうから」
サインを書き終えた瞬間、胸が軽くなった気がした。ずっと背負ってきた鎧を脱ぎ捨てたみたいに
「ふふっ。自分でも信じられない。こんな簡単に、すぐに決めちゃうなんて」
周囲の評価を気にして作り上げた完璧な櫛田桔梗じゃない。これからの私は、自分に嘘をつかない。ありのままの本当の私だ。
「───覚悟してよね、琥珀くん。裏切ったら絶対に許さない。地獄まで報復しに行くから。知ってると思うけど、私──本当に執念深いから」
心の底から笑顔を浮かべることが出来たのは何年ぶりだろう。ムカつく、ムカつくけど──嫌いじゃない。
「僕は裏切らない。君も僕の期待を裏切らない──安心してよ、味方には優しい質なんだ。Bクラスへようこそ、櫛田」
──あーあ、私はそんなつもりなかったのに。面倒くさそうな争奪戦に参加するつもりなんてなかったのに。
──全部、琥珀くんが悪いよね。私のことを本気にさせたんだから。バカみたいに甘い言葉で誘ってきたんだから。
誰にも譲るつもりはないから、覚悟しておいてね。
「あ...!実際にクラス移動できるのは、この船での旅行が終わった後だからね!それまでは、あんまり口外しない方がいいかも...ほら、残りの船旅中に過ごしにくくなったら嫌でしょ?」
エステを終えて、施術室を出た瞬間、体の奥がふわっと軽くなった。マッサージでほぐされた筋肉がじんわり温かくて、全身に血が巡っているのをはっきりと感じる。
肩は羽が生えたみたいに軽く、足取りも普段より柔らかい
「はぁ、気持ちよかった」
小さく呟いて、思わず頬が緩んだ。無人島試験の疲れが完全に抜けたわけじゃないけど、ここ数日の緊張や張りつめていたものが解けていく
船内の夜は人が少なくて静かだ。絨毯に吸い込まれる足音、壁際に並んだランプが柔らかい橙色の光を落としている。
エステの余韻もあって、まるで夢の中を歩いているような気分だった。
──そのとき
角を曲がった先に、人影が一つ。薄暗い廊下を真っ直ぐに歩いてくる姿が見えた
「あ...」
白銀くんだった。彼は私に気づくと、歩みを緩めて立ち止まった。
「エステ帰り?」
いつもの調子で淡々とした声。特に深い意味なんてなさそうなのに、耳に届いた瞬間、心臓が高鳴って仕方なかった。あれ、なんかおかしくない?
「え、あ、うん。この時間しか空いてなくて」
声が少し上ずってしまった。自分でも変だと思う。だって、いつも通り会話するだけなんだから。声が上ずるなんておかしい。
白銀くんはじっとこちらを見て、それから軽く笑った。
「綺麗だね」
──瞬間、全身が跳ねた。鼓動が一気に加速して、頭まで響いてくる
なにこれ、なんで?ただの一言、たったそれだけで。え、なんで?おかしいよ、特別なことなんて何も言われてないのに。
褒められただけなのに。
「眠くなっちゃいそう」
誤魔化すように、そんなことを口に出した。
「そうだろうね。エステは美容もそうだけど、心身も整うからね。今なら、すぐにでもぐっすり眠れるんじゃない?」
「そ、そうかも」
会話はそれだけだった。白銀くんは何事もなかったように歩き出す。私は立ち止まったまま、その背中を見送っていた。
どうして。どうして、こんなにドキドキしてるの?
胸が暴れて、頬が赤くなっているのがわかる。おかしい。ほんの一言褒められただけなのに。
私は目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、無人島での出来事。
──耳抜きを教えてくれたとき。
『成功だね』って笑ってくれた顔。
──初めてカサゴを突けたとき。
『完璧だったよ』って褒めてくれた声。
──調子に乗って深く潜りすぎた私を抱えて浮上させてくれた腕の温もり。
『欲張りすぎだね』って、叱るんじゃなくて諭すように言ってくれた優しい声音。
その一つ一つが、全部忘れられない。
他にも、白銀くんからかけられた言葉がポンポンと思い浮かんでくる。
ああ、そうなんだ。
私──白銀くんのこと、好きなんだ。
だから、無人島試験の時に一之瀬さんに白銀くんとの仲を『応援してくれるよね?』って聞かれた時、濁したんだ*2
白銀くんがクラスからいなくなるかもって思って、白銀くんのことを考えて。
──嫌な気持ちになったのは、1番頼れる味方が敵になるかもしれないってことだけじゃなくて、好きな人がいなくなるのが嫌だったんだ。
え、どうしよう。これってもしかして、改めて白銀くんとしっかり向き合って──そしたら、いつの間にか好きだったってこと...?
自覚する度に胸が熱くなって、怖いくらいに鼓動が速くなる。体はエステの余韻で軽いのに、胸の中だけが重くて甘くて、どうしようもない
廊下の先で遠ざかっていく白銀くんの背中を見つめながら、私はそっと唇を噛んだ。
「.....どうしよう。もう、戻れない」
頬に残る熱はエステのせいじゃない。いつの間にか私の中に芽生えてしまった──白銀くんへの恋心のせいだ。