メールに記載されていた時間になり、白銀が指定の客室を訪れると、既に部屋には生徒が揃っていた。
集まっているメンバーは、各クラスのリーダー格ばかりだ。
Aクラスは葛城、戸塚、西川、的場。
Bクラスは白銀、一之瀬、神崎。
Cクラスは龍園、小田、鈴木、園田。
Dクラスは平田、櫛田、堀北。
白銀が足を踏み入れた直後、クラスメイト達よりも先に龍園が椅子から腰を上げ、彼にゆっくりと接近する。
「──ようやく直接会えたな、白銀」
「直接会わなくても、伊吹から僕の情報をたっぷり聞いてるんじゃないかな。......初めまして、龍園くん」
龍園は蛇のような威圧的な視線を向け、2人は少しの間無言で向き合ったが、白銀の方から興味なさげに視線を外し、残っている席に座った。
「お前と同じグループで幸運だと思えばいいのか、不運だと思えばいいのかわからんな」
「私は琥珀くんと同じグループで嬉しいよ」
憎まれ口を叩きながらも内心で安堵している神崎と、満面の笑顔でストレートに思いを伝える一之瀬。
常識的に考えるのであれば、仲の良い微笑ましいグループの光景だが──今のこの場では、それが異常でしかなかった。
それこそ、あの龍園が心の底から驚愕してしまう程に。
「クックック......随分と冷たいじゃねぇか。同じクラスの仲間が、Dクラスのゴリラに襲われたっていうのによ」
つい今日、船内で起きたばかりの猟奇的な事件だ。
実際、加害者が出たDクラスの平田はひどく暗い顔をしていて、かなり精神的にキテいるのが傍から見てもわかる。
龍園は、白銀と神崎が白波の被害に対してダメージを受けていないことは、彼らのこれまでの言動から納得しているし、腑に落ちている。
(何故、テメェが笑ってやがる......?)
だが、一之瀬帆波が『笑えている』ことが全く理解できない。
龍園にとって一之瀬帆波とは、度を越したお人好しであり、クラスの和を何よりも重んじる愚直なほど聖人の馬鹿だ。
そんな彼女が、同じクラスメイトがレイプ未遂という悲惨な被害にあったにも関わらず、その日のうちに他者と笑顔で談笑できているのが、どう考えてもおかしい。
その事実に、龍園は強い違和感と不気味さを覚えている。
「気の毒だとは思うが、俺には関係ない」
「友人でも仲間でもないから、僕がショックを受ける理由はないかな」
2人の冷酷な答えは、龍園にとってはどうでもよかった。重要なのは、一之瀬がどう答えるかだ。
「──冷たい、かな?」
一之瀬の口からこぼれたその答えに、龍園のみならず、その場にいた他クラスの全員が驚いた。ただ一人、白銀だけを除いて。
白銀は既に、一之瀬の決定的な変化に気がついている。だが、そうではない者にとって彼女の言葉は、自分の耳を疑う発言だった。
無人島試験時までの一之瀬帆波では、絶対に考えられない返答だ。
「私たちは本気でAクラスを目指しているから、今回の特別試験に集中するためにも、白波さんのことは気にしてなかったよ......でも、気の毒だとは思うかな」
龍園の背中に、一筋の冷たい汗がツーッと流れる。
目の前にいる一之瀬帆波は、龍園翔が知っている一之瀬帆波ではない。この短期間で、劇的に精神面が、考え方の根本が変化しているのだ。
龍園の中で、一之瀬への危険度がグッと跳ね上がった。
そんな龍園の問いに、微塵も悪びれる様子なく答えていたBクラスの面々を見つめる平田の視線は、ひどく鋭く、明確な敵意を帯びていた。
その後、特別試験の説明をしに真嶋先生が入ってくるまで、談笑する一之瀬と白銀以外の全員が、言葉にできない微妙で重たい空気の中で過ごしていた。
同じクラスの神崎でさえ、一之瀬の豹変ぶりに驚いてしばらく黙り込んでいたほどだ。
『夏季グループ別特別試験説明・辰グループ』
真嶋先生の口から、淡々とルールの説明が読み上げられる。
各グループには『優待者』が1人ずつ存在する。その優待者を起点とした試験となる。
試験期間は、明日から4日後の夜9時まで(途中に1日自由日あり)。
初日の午前8時、全員に試験開始のメールが送信される。同時に『優待者』にもその事実が伝えられる。
毎日2回、グループで1時間の話し合いを行う(内容は自由)。
最終日の21:30〜22:00の間に、優待者以外が『誰が優待者か』を1回だけ解答可能。それ以外の時間帯での解答は無効(ただし一部例外あり)。
結果発表は最終日の23:00、全員にメールで通知される。
【解答方法】
自分の携帯端末から、学校指定のアドレスへメールで送信。優待者本人は解答権なし。他グループの回答は無効。
【結果①:全員正解】
優待者のクラス以外の『全員』が正解した場合。
→全員に50万プライベートポイント。
→優待者は100万プライベートポイント。
【結果②:誰か不正解or未解答】
優待者のクラス以外で、1人でもミスや未解答が出た場合。
→優待者に50万プライベートポイント。
結果③と④だけは、試験終了前でも例外として解答ができる。間違えた場合、ペナルティが課され、そのグループは試験終了となる。
【結果③:早期正解】
優待者以外が、途中で正解を告げた場合。
→正解者のクラス:+50クラスポイント。
→正解者本人:+50万プライベートポイント。
→優待者のクラス:−50クラスポイント(ペナルティ)。
→グループの試験は即終了。
※同じクラスの生徒が正解しても無効。
【結果④:早期不正解】
優待者以外が、途中で間違った解答をした場合。
→間違えた生徒のクラス:−50クラスポイント(ペナルティ)。
→優待者本人:+50万プライベートポイント。
→優待者のクラス:+50クラスポイント。
→この時点で試験終了。
※同じクラスの生徒が間違えても無効。
特別試験のルールの説明が終わり、真嶋先生が退室する。同時に、部屋の中に流れる重い空気もわずかに弛緩した。
「行こうか」
白銀が静かに席を立つ。それに合わせて、一之瀬と神崎も無言で立ち上がった。
「待ってくれ」
足早に出口へ向かっていた白銀、一之瀬、神崎の3人を、平田が呼び止めた。その声には、普段の温厚な平田にはない、強い怒りと焦燥が混じっている。
白銀は足を止め、静かに振り返った。神崎は不服そうに眉を寄せ、一之瀬は相変わらず柔らかく微笑んでいる。
「悪いけど、忙しいんだ。また今度話を聞くよ」
白銀が平田をまともに相手にすることはなく、3人はそのまま部屋をあとにしようとしたが、そうはいかなかった。
白銀の腕を、平田が背後からがっしりと掴み──すぐに、鬱陶しそうに振り払われた。
「今の余裕のない君と話す必要性を、僕は感じない」
白銀は振り返ることなく、冷たく言い捨てて扉へと足をすすめた。
廊下に出た直後、一之瀬が白銀の袖を軽く引く。
「琥珀くん。この後、少し相談したいことがあるんだけど──私の部屋に来てくれないかな?」
「いいよ。隆二、先に部屋に戻ってなよ」
白銀は一之瀬からの相談事が何かを歩きながら考えていた。いや、考えるまでもなく今回の特別試験についてだろう。
タイミング的にそれしかあり得ない。
「一応言っておくけど、男子を部屋に招くなら、そういう水着は見えないところに隠しておいたほうがいいんじゃないかな」
「琥珀くんがどの水着が好きか聞こうと思ってたんだ。ねぇ、どの水着がいいかな?」
部屋に入ってすぐの、一之瀬の予想外の言葉に白銀は面食らった。その驚いた表情を見て、一之瀬は悪戯な笑みを浮かべる。
「帆波、君は本当に楽しませてくれるね。このタイミングで娯楽に関する話なんて、今までの君なら絶対に考えられない」
「にゃはは、流石に半分は冗談だよ......もちろん、本題は特別試験について」
「今回の試験で僕を本格的に頼りにしようと思っているなら、その期待には応えられない。あまりやる気がでないからね」
(帆波は間違いなく精神的に覚醒し、成長した。そんな彼女が、僕の手助けなしで今回の試験でどんな結果を出すのか純粋に興味がある)
一之瀬帆波の劇的な変化。表面上の笑顔は今までと変わらないが、内に秘めた狂気と纏う空気が決定的に異なる。
勘のいい人間なら、すぐに気づける変化だ。
だが、変化とは常に良い事ばかりではない。もし覚醒して変わった後の試験で惨敗すれば、完全に道を失い、深く迷走することになるだろう。
一之瀬帆波の変化──その成長は、まだ未完成な途中段階である。
故に、白銀琥珀はあえて見に回ることにした。一之瀬帆波の変化が単なる自滅に終わるのか。
はたまた、クラスを率いる劇的な成長へと繋がるのかを、特等席で確かめるために。
「琥珀くんに協力してほしかったんだけど、難しいみたいだね.....どうしても、ダメかな?」
「気が向いたら手伝うかもしれない。それ以上の約束はできないよ」
「んー、そっかぁ。残念だけど仕方ないね」
白銀が協力を拒む理由はもう一つある。今回のグループ別特別試験は、彼にとって単純に面倒なのだ。
優待者を見つけ出す法則、もしくはそれに類似するものは必ずあるだろう。
だが、それを見つけ出す為には数名の優待者を他グループから特定した上で、共通点を探すという地道な情報収集の作業が待っている。
一之瀬の単独での様子を見たいという思惑に加え、今回の試験はプレイスタイルに向いていないと判断しての行動だ。
「この試験が終わったらさ、2人でプールに行こうよ。ねぇ、琥珀くんはどっちの水着が好き?」
一之瀬はそれ以上しつこく説得を続けることなく、使われていないもう一つのベッドの上に広げてある水着を、自身の身体に当てて見せた。
「随分と試験に自信があるみたいだね。Bクラスが圧倒的な勝利を収めることができたなら、喜んで付き合うよ」
「にゃはっ、自信なんてないよ。ただ、もう迷わないって決めただけだから──圧倒的に勝つか、無惨に負けるか。それだけだよ」
一之瀬の迷いのない言葉を聞いた白銀の口角は、満足げに少し上がった。それを見て一之瀬も、愛おしそうに笑みを深める。
「隆二を好きに使うといい。期待してるよ、帆波」
「うん、頑張るね!」
白銀と一之瀬の会話はそこで終わった。白銀の背中を見送り、部屋のドアがカチャリと閉まるのを確認してから、一之瀬は暗い瞳で一人呟く。
「──Aクラスに比べて純粋な能力で劣っているなら、リスクを負わないと勝てないよね」
翌朝の午前8時、白銀と神崎は届いたばかりの試験開始メールを確認した。互いの顔を見合せ、届いたメールの画面を見せ合う。
「俺たちは優待者ではないみたいだな」
「面倒がなくてよかったよ。今日は8時半から1時間の話し合いだったよね?」
「そうだな。俺はその後、クラスの集まりに参加しないとならないが」
「今は帆波の忠実な犬だもんね。ちゃんと協力してあげるんだよ?」
「犬にも飼い主を選ぶ権利はあるだろ......いや、違う。俺は犬じゃない」
心底不快そうに抗議する姿勢を見せる神崎を無視して、白銀は通知音が鳴った自身の端末へと視線を向ける。
新しく『Bクラス』になる予定の櫛田からの連絡だ。
『優待者だったけど、どうすればいい?』
その短い文章を読んだ瞬間、思わず白銀は口元に邪悪な笑みを浮かべた。
面倒だと思っていた特別試験から即座に抜けることができる、最高の機会を得たことに。そして、櫛田桔梗という女の持つ強運に。
「どうしたんだ?」
「いや、面白くてね。そうか、そうなんだ......もうバラしてもいいかな。その方が絶対に面白そうだ」
何もせずともクラスを移籍するだけで歓迎されるであろう、1年生のアイドル、櫛田桔梗。
彼女が移籍と同時に、Bクラスにポイント貢献まですれば、その人気と発言力は益々高まるだろう。
そしてそれは、今回の試験でBクラスが圧倒的な勢いに乗ることを意味する。故に白銀は笑う。
一之瀬がこの予想外の特大のサプライズをどのように利用するのか。もしくは、活かすことなく不発で終えるのか。
(まあ、僕としては櫛田が気持ち悪い猫かぶりを続けたままクラスを移動するのはつまらないけど。彼女が自分で裏の仮面を捨てるマネは絶対にしないだろうから、そこは仕方ない。これは僕のただの感情の問題だからね)
(偽りの人気より、本性を晒した上で得る恐怖と人気の方が根深く、失いにくいのに)
『赤いドレスをフロントでレンタルして、今日の話し合いに参加するといい。君がBクラスに移動することを、そのド派手な格好で公表する』
送信ボタンを押す白銀の横顔を見て、神崎が深いため息をつく。
「お前がそうやって心底楽しそうにすると、ろくな事がない気がするんだが」
「酷いなぁ。僕ほどの善人は世界に数人といないのに。......ちょっとフロントに行ってくるよ」
白銀は返信した後に届く櫛田からの困惑の通知を全て無視し、自身も赤ベースのド派手なスーツをレンタルすべくフロントへと向かう。
「可哀想になぁ。この特別試験のルール探しと並行して、他のクラスは僕がわざわざ『櫛田を移動させた理由』まで深読みして考えないといけないなんて」
(一之瀬には後でコッソリ教えてあげよう。Dクラスの櫛田が、辰グループの優待者だったってね)
全て自身が意図して悪意を振り撒いているにもかかわらず、白銀は心底同情したような他人事の口調で呟いた。