私はあんたの言うことをなんでも聞く手駒じゃないんだけど。いきなり『赤いドレスをレンタルして着てこい』って何様よ。
指定された話し合いの部屋に入ると、他は全員制服姿だから私だけ異常に浮いているし。なんで、同じグループの神崎くんが来ているのにあんたがまだ来てないのよ。
他クラスの連中からの不審がるような視線が痛くて、居心地が悪い。
「櫛田さん。その......ドレスはすごく似合っていると思うんだけど。何かあったのかな?」
聞きにくいなら聞いてこないで、平田くん。なんて答えよう。白銀から着てくるように命令されているなんて言ったら、めんどくさいことになるのは間違いない。
かといって、私が自分の意思でこんな場違いな格好をしてきたって言うのもおかしな話だ。
「んー、なんとなく気まぐれかな?」
「もうみんな揃ってたんだ。早いね」
タイミングよく、私の言葉を遮るようにドアが開いた。
部屋に入ってきたのは白銀くんだ。私に合わせるような派手な赤いスーツを身にまとい、ポケットに手を突っ込みながら優雅に現れた。
え、なに。そういうこと?私とペアコーデにしたかったってことなの?
──いやいやいやいや、違う違う。危ない、一瞬嬉しい気持ちに流されるところだった。そういう事ね。うっわー、相変わらず最高に性格が悪い。
立て直そうとしているDクラスを。あんたのことを警戒して色々考えている龍園くんを。無人島試験を挽回しようとしているAクラスを──この場にいる各クラスのリーダー全員を、盤面外から強引に混乱させるつもりだ。
Bクラスはともかくとして、他のクラスは『私がクラス移動したこと』を脳の片隅で考えざるをえない。
だって、この場でクラス移動を公表するということは、白銀が購入した『クラス移動権』を私に使うということだから。
あの白銀琥珀が意味もなく移動させるはずがない。これ以上後手に回る前に対策を考えないと──各クラスのリーダーはそう思考を割かれる。
結果的にBクラス以外は、今回の特別試験だけに集中することができなくなる。
「『辰グループ』の試験は、これで終わりだね......櫛田、君が終わらせるんだ」
え?なに?
あ、私に『メールを送るふりをしろ』ってことね。うわうわ、本当に性格悪い。そのためにポケットに手を入れてたんだ。
この場にいる人間の視線は、全て私に集まっている。
私が自分の端末からメールを送った振りをした瞬間に、ポケットの中で白銀がメールを送信するに違いない。
これは騙される。いかにも通じあってますといわんばかりの、私と白銀の異質なペアコーデ。
それでこの謎のやり取り。何を信じて何を疑えばいいのか、他クラスの連中からすれば簡単に整理できる話じゃない。
状況把握さえ難しいはずだ。
──ここで、私が白銀が想像している以上の動き方をしたら、一体どんな反応をするんだろうか。
見てみたい。想定外のことが起きた時の、あんたの歪んだ反応を。
それと。
周囲の反応や評価なんてどうでもいいって思ってたけど、訂正する。
評価はどうでもいいけど、私とあんたのやり取りを見て、知って──周りの連中がどんな間抜け面をするのか、最高に興味がある。
どうせなら、とびっきり刺激的にやってあげる。
「ほんっっっと、バカばっかりで困ってたの。お高くとまってるのに結果を出せないクラスメイトも」
私が突然吐き捨てるようにそう言葉を発すると、全員が驚愕の表情を浮かべる。ただ一人、白銀だけが──最高に愉快そうに口元を歪めていた。
......そんな顔、するんだ。
「大したことないくせに、王様気取りのCクラスのバカも」
──ねぇ、その表情を引き出したのは私が初めてでしょ?あ、すぐいつもの涼しい表情に戻った。もう少し見せてくれてよかったのに。
「同じクラスなのに、あんたの思惑に気づけないBクラスの甘ちゃんも」
ああ、極上の優越感を感じる。堀北さんの敵意がこもった視線が、一之瀬さんからの黒い嫉妬が混じった視線が、死ぬほど心地いい。
「自分たちが頂点だと思っているマヌケも。ぜーんぶっ、手のひらで踊らされてるだけなのにね」
気分がいい。思ったことを、一切の我慢もなく口に出せるって、こんなにノンストレスなんだ。
これからは周りが思い描く『天使のようなアイドル・櫛田桔梗』なんてやらない。
ありのままの醜い私に魅力を感じる人間だけ、相手にすればいい。
「これでこのグループのくだらない試験は終わり。あーあ、猫かぶってたらクラスの人気者だったのに。白銀のせいで幻想を壊しちゃった」
私がポケットの端末を操作してメールを送るふりをするのと全く同時に、このグループ全員の端末に『試験終了のメール』が届いた。うわっ、画面見てないのにタイミング良すぎるでしょ。
とりあえず、マヌケたちの反応は充分満足できた。最後に一之瀬さんを牽制して終わろうっと。
私が口を開くよりも先に、白銀が静かに声を発した。
「偽りの幻想が打ち砕かれてなお、君は綺麗だよ──ようこそ、Bクラスに」
「っ!?」
やっば、顔がカッと赤くなる。落ち着け私......!
いや、落ち着かなくていいんじゃない?一之瀬さんからの圧がさらに強くなったし、完璧に牽制できてる。そもそも、嬉しいのを隠す必要ある?
うん、ない。
「──ふふ。本当に私の全部を、受け入れてくれるんだね、琥珀くん」
白銀......琥珀くんの腕に、私は彼女のように親しげに組み付く。
見てる、一之瀬さん?
こいつの横にいるのは、甘ちゃんでお人好しのあんたじゃなくて、今まで積み上げた全てを躊躇なく捨てる『覚悟』がある──私だから。
「試験終わったから、もうこの部屋から出ていいよね?行こっ、琥珀くん」
完全に混乱している周りの連中を置いて、私は琥珀くんの腕に絡みついたまま、一緒に部屋から出た。
「君たちは本当に僕を楽しませてくれる。僕の想像を越えられるのは、面白いね」
「私のおかげで楽しめたならさ、ご褒美あるでしょ?」
君たち?まさか、あのお人好しの一之瀬さんもこいつの想像を越えるような何かをしたの?さっきの牽制で、完全に心折れてくれればいいのに。
「──櫛田さん、そういうことするんだ」
(櫛田さんには荷が重いんじゃないかな。琥珀くんの隣は)
「......どういうことだ」
(櫛田と白銀が裏で通じていたのは間違いない。『Bクラスにようこそ』ってのは、白銀が買った移動権を櫛田に使ったってことのはずだろ。だが、分からねぇ)
(わざわざ大金を払って、Dクラスの櫛田をクラス移動させる理由があるか?さっきのやり取りだけ聞いてれば、優待者が白銀で、櫛田が回答したみたいだが──何のために?)
(仮に今日クラス移動を申請したとしても、現時点で櫛田が正解したらBクラスからクラスポイントが引かれるルールだ。メリットが全くねぇ)
(かといって、櫛田がメールを送ったタイミングで試験が終わったのは事実。他のやつが代わりに送ったかとも考えたが、全員俺と同じように驚愕していた。そんな素振りをしていたやつはいねぇ)
(意味がわからねぇ。結局、優待者は白銀だったってことか?いや、それならわざわざペアコーデで話し合いに参加する必要がねぇ。そもそも優待者は解答できねぇから、終わらせるなら櫛田以外ありえねぇ)
(分からねぇ。櫛田をクラス移動させる理由も、優待者が誰なのかも。待て、落ち着け。一旦クラスの連中から端末を集めて、優待者の法則を見つけるんだ。そうすれば、アイツらの不可解な行動の真意が見えるはずだ)
(いや、クラス移動させるような発言をしておきながら、それが丸ごと『嘘』の可能性も──だが、その場合櫛田にメリットがねぇ。プライベートポイントで雇われたとして、あれだけ自分のイメージをぶっ壊されたらこれからの学校生活に支障が......いや、そんな先のことも考えられねぇほど、櫛田が底抜けのバカの可能性も──)
龍園の思考は、完全に迷宮入りしていた。