無口に愛を紡ぐ教室へようこそ   作:Mr.♟️

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26話〜本当の夏休みの始まり〜

 

船上試験を終えた1年生たちはようやく本当の夏休みを満喫することができる。

 

 

 

「──そろそろ朝ごはんを作ろうかな」

 

独り言をこぼした午前5時。静まり返った部屋に、ピンポーンと無機質なインターホンの音が鳴り響いた。

 

非常識とも言える時間帯の来客に、白銀は微かな不快感を覚えながらも玄関の扉を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......こんな時間にどうしたの?」

 

白銀は露骨に迷惑そうな声色で問いかける。

 

しかし、来訪者──櫛田桔梗の顔には、そんな白銀の不機嫌を無視するような満面の笑みを浮かべていた。

 

「やっほ〜、一緒にランニングしよっ?──断ったら、玄関に居座るから」

 

最初はアイドル顔負けの愛らしい声で。しかし後半になるにつれ、声のトーンは徐々に低く、悪どい笑みへと切り替わる。

 

白銀はため息すらつかず、ただ無言で外を指さす。暗に帰れという明確な意思表示だ。

 

「一緒に外に行きたいって?いいよ、連れて行ってあげる」

 

だが、並外れた化物メンタルを持つ櫛田が、白銀の意を素直に汲み取るはずがない。

 

彼女は白銀が伸ばした腕ではなく、あえてその指先をぎゅっと握りしめた。

 

腕であれば、力で簡単に引き剥がされる。だが、指を握り込まれてしまえば、無理に振り解こうとすると関節を痛めるため、手荒な真似が難しくなる。

 

その判断は、見事に的中した。白銀は拘束された自身の指を見つめ、諦めたように言葉を紡ぐ。

 

「わかった。ジュース1本あげるから帰って」

 

「ふざけてる?」

 

「まったく。一応聞くけど、なんで僕が君とランニングしないとダメなのかな?」

 

「えーっとね、朝に軽い有酸素運動を取り入れたことによって、脳の前頭前野が活性化されて記憶能力が上がるんだよ!いい事だよね!」

 

得意げに語る櫛田の言葉に、白銀の目はさらに冷ややかになる。

 

「それ、僕が君に教えたことだし。君とランニングする理由には全くなってないんだけど」

 

「えっ、いいの?今一緒に30分走るだけで私は満足するのに、今日一日中ずーっと付きまとわれる方がいいんだ?」

 

「......本当にランニングに付き合ったら帰るんだね?」

 

これ以上は話が通じないと悟り、白銀は渋々ながら妥協案を受け入れた。

 

このまま玄関先で不毛な押し問答を続けて時間を浪費するくらいなら、いっそ付き合ってさっさと帰らせた方がマシだと判断したのだ。

 

「うん、帰るよ!」

 

満面の、それこそ天使のような笑顔で大きく頷く櫛田。白銀はコロコロと表と裏が切り替わる彼女を見つめ、静かに背を向けた。

 

「ジャージに着替えてくるから、少し待ってて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(──何を企んでいるか知らないけど、少しだけ付き合ってあげようか)

 

(──なんて、余裕をぶっこいてるから出し抜かれるんだよ、琥珀くん。私、チャンスは無駄にしないから。絶対に)

 

櫛田がなにか企んでいることを察しながらも、あえて付き合う白銀。そして、相手が警戒していることを理解した上で、自身の目的を完遂しようと息巻く櫛田。

 

思惑を交差させながら、2人は揃って朝の空気を切り裂くように走り出す。

 


 

ランニングの終わり間際、私は琥珀くんから彼の部屋の鍵をゲットした。名目は『お礼に朝ごはんを作ってあげるため』だ。

 

もちろん最初は激しく渋られたけれど、ランニング中に後ろから抱きついて思いきりベタベタしてやったら、呆れたような表情をしながら、ようやく折れてくれた。

 

最後まで不本意そうな様子だったけど。

 

それにしても、お互いに汗をかいていたのに、琥珀くんからは全然嫌な匂いがしなかった。むしろ、ずっと嗅いでいたくなるような、甘くて落ち着く匂いっていうか......

 

 

これって、生物学的に相性がいいってことじゃない?ね、やっぱり相性ピッタリなんだよ、私たち。

 

「──櫛田。僕はどうやら君のことを常識人だと誤解していたみたいだ。喜びなよ、君は立派な異常者だ」

 

そんな浮かれたことを考えていた私は今、当の本人から冷たい視線で詰められている。

 

「えー、なんのことかわかんないなぁ〜。あ、朝ごはん、口に合わなかった?」

 

「いつ、僕が君に引っ越してくることを許可したのかな。今すぐ荷物をまとめて帰りなよ」

 

「嫌だよ。せっかく私の荷物を運び込めたのに、何言ってんの?」

 

そう、私が鍵を使って行ったこと......それは『引っ越し』だ。もちろん、彼には事前の相談など一切していない。

 

運送会社に無理を言い、高額なプライベートポイントを積んで、こんな早朝に私の寮の部屋のすべての荷物を運び込ませたのだ。

 

「まさに僕のセリフだね。何言ってんの?」

 

「んー、引っ越しの事後報告?」

 

このまままともな話し合いを続ければ、間違いなく琥珀くんは私を部屋から追い出す。そして容赦なく、荷物を女子寮に送り返すはずだ。

 

だから、私はこのまま真っ当な会話を続けるつもりはない。

 

「許可してない」

 

「琥珀くんが悪いんだよ?」

 

──ここだ。ここで強引に、話の主導権を奪い取る。

 

「なにが?」

 

「琥珀くんが、私のことを見てくれないからじゃん」

 

琥珀くんは、一度自分のパーソナルスペースに入れた人間には割と......いや、かなり甘いところがある。

 

基本的なスタンスとして対話を完全に拒絶することは滅多になく、現に今だって、こんな無茶苦茶なことをしている私と会話を続けてくれている。

 

普通は、こんな頭のおかしいまねをされたら怒って即追い出すよ。

 

「......充分見てると思うけど?」

 

彼は自分に理解できないことを言われても、即座に切り捨てるのではなく、一度咀嚼して飲み込み、理解しようと、考える。

 

それはきっと、彼の根底にある好奇心が強いからだ。

 

知らないことを知りたい。

 

経験したことのない事象を観測したい。

琥珀くんは常に──自分の予想を超える『想定外』を求めている。少なくとも、私はそう思ってる。

 

 

だから、それなら──私がその『想定外』な存在になればいい。

 

「アハハッ、全然足りないよ?」

 

彼の想定を越え続ければ、その瞳は常に私を捉えてくれるはず。

 

一之瀬にも、他の誰にも渡さずに済む。私だけが、琥珀くんの1番でいられる。

 

「そうかな。僕は充分見てると思うけど」

 

「だって、私は琥珀くんが好きだもん。好きな人には、常に見てもらいたいって思うのが普通じゃない?おかしいかな、私」

 

──やっば。口に出してみると、普通にめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。

 

「......告白?」

 

考える素振りを見せているけれど、私には分かる。今の彼に正攻法で告白したところで、絶対に付き合えるわけがない。

 

今この瞬間も、彼の中でいかにして私を納得させ、この面倒な状況を穏便に片付けるかの計算をしているはずだ。

 

「違うよ?ただ、好きだって伝えただけ。好きだから一緒に暮らしたい。それが悪い?ダメ?──ダメって言ったら、私はこの部屋の玄関で暮らすけど」

 

あぁ、顔が熱いかも。

 

自分の本性とか打算とか全部抜きにして、本当に好きな人に『好き』って伝えるのが、こんなに恥ずかしいことだったなんて。

 

私は今回の引っ越しを絶対に成功させる。もし琥珀くんが『ダメ』と冷たく突き放したとしても、本当に玄関に寝泊まりしてやる覚悟はできている。

 

 

 

考えてる。

 

 

 

 

今この瞬間だけは、琥珀くんの頭の中は確実に『私』という存在で支配されている。それは──たまらなく気分がいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「若干面倒ではあるけど──面白い。おかしな真似をしたら追い出されると思っておきなよ」

 

「やった、ありがとう......!」

 

歓喜の声を上げ、琥珀くんにできるだけ胸や、身体全体が密着するように思いきり抱きつく。

 

頭の上から『離して』と呆れたような声が聞こえたけれど、そんなの知らない。このまま私をもっと意識させてやるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピーンポーンと、再びインターホンの音が鳴った。琥珀くんの表情を見るため少し抱きつく力を緩めたら、その隙に呆気なく引き剥がされた。

「──君以外にも非常識な輩がいるらしい」

今の時刻は午前6時。アポ無しで訪問するには、嫌がらせかと思うくらい早い時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

「──あ、琥珀。船で約束した朝ごはんを作りにきたん、だけ......ど。なんで、櫛田さんがいるわけ?」

 

扉の向こうに立っていたのは、長谷部だった。私を見るなり、明らかに警戒と敵意の入り混じった顔つきになる。

 

「波瑠加。出来れば、事前に日にちは相談してほしかったんだけど....」

 

「なーんか、私の時と態度違いすぎない?これから同棲するのに、寂しいなぁ」

 

唇を尖らせながら大きめな声で話しかけると、長谷部の目の色が変わった。

 

「え?嘘でしょ、琥珀」

 

「同棲という言い方は嘘で、これから住むのは本当だね」

 

「──私も、この家に住む」

 

長谷部が突拍子もない宣言を叩きつけてきた。はぁ?私だって許可してもらうの大変だったのに、何言ってんの。

 

 

「えー、長谷部さんには無理じゃない?身体しか取り柄ないんだし。断るよね、琥珀くん?」

 

 

琥珀くんの興味をひくなんて、あんたじゃ無理だから。さっさと帰って。

 

「は?──そうだよね。櫛田さんは顔しか取り柄がないもんね。嫉妬するのもわかるよ」

 

「何が言いたいわけ」

「先に喧嘩売ってきたのそっちでしょ」

 

 

胸だけが取り柄のくせに。そういうの、下品じゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....騒がしい」

 

 

櫛田と長谷部の言い争いがこの後1時間は続くことを、白銀はまだ知らない。

 

 


 

午前10時30分。白銀は自身の住むシェアハウスから、学生寮へと足を運んでいた。当然、家には同居人となった長谷部と櫛田の2人が残されている。

 

「もう寮に来ることはないと思ってたんだけどな」

 

誰にともなくそう呟きながら、白銀は目的の部屋のインターホンを鳴らした。数秒後、扉の奥からガチャンという無機質な解錠音が響く。

 

「──入って」

 

部屋の主が自ら扉を開けようとしないため、白銀は自分でドアノブを引いた。

 

「いきなり用件も言わずに『部屋に来て欲しい』なんてメッセージが送られてきてびっくりしたよ。堀北さん」

 

「急でごめんなさい。来てくれたことにも感謝するわ」

 

白銀は今日、堀北からの突然の呼び出しを受けてここへ来た。事前に用件を尋ねたものの、『直接会ってからでないと言えない』と拒まれていたのだ。

 

「別にいいよ。今日は特に予定もなかったし」

 

それは真っ赤な嘘だった。白銀は本来、Bクラスの『Aクラス昇格お祝い会』に参加する予定だったが、それをキャンセルしてきたのだ。

 

今も彼の端末には、一之瀬から『来て欲しい』という懇願のメッセージが大量に届いている。

 

その誘いよりも堀北のメッセージを優先したのは、単純にその方が面白いと判断したからだ。

 

白銀のプロファイリングにおいて、堀北鈴音は他者に決して助けを求めない、極めてプライドの高い人間である。

 

その彼女が、自分を頼ってきた。それは明確な『変化』の兆しだ。その変化が気になったのと、モデルへのスカウトを行う時のための好感度上げである。

 

「その......それで.........笑わないでほしいのだけど」

 

堀北は両手を身体の後ろに隠しながら、ひどく言いにくそうに言葉を紡ぐ。白銀は急かすことなく、静かに彼女の次の言葉を待った。

 

「─────腕が、抜けなくなったの」

 

意を決したように、堀北は隠していた右手を前に突き出した。

 

その細い腕の先には、ステンレス製の水筒が見事にすっぽりとハマっていた。

 

「......意外とドジっ子だったりする?」

 

「寮が断水中で、石鹸を使って抜けるか試すことができないの。悪いんだけど、水を買ってきてくれないかしら?」

 

白銀のからかいを完全に無視して、堀北は淡々と用件を伝えた。水筒に右腕を食われた今の滑稽な姿では、ケヤキモールどころか、すぐ近くの自販機まで行くことすら彼女のプライドが許さなかったのだろう。

 

「堀北さんの私服姿、初めて見るけど──よく似合ってるよ。顔が整ってるから、そういうシンプルな服装がより素材を引き立ててるね」

 

同じく、白銀も堀北の要望をフルシカトした。

 

恥ずかしい現状から一刻も早く目を逸らしたい堀北とは異なり、白銀はここで素直に問題を解決してしまえば、彼女と会話を続ける口実がなくなってしまうと考えたのだ。

 

「そう、ありがとう」

 

堀北はそんなお世辞など気にしていないとばかりにそっぽを向いた。だが、その実、全く気にしていないわけではない。

 

堀北鈴音はこれまで、自身の容姿を真正面から褒められる経験に乏しかった。

 

これだけの美貌を持ちながらも、その刺々しい性格が原因で常に周囲から孤立していたためだ。他人からの評価は『可愛い』や『美人』よりも、『生意気』や『近寄りがたい』が常に先行してきた。

 

「それに、堀北さんが同じ寮にいる誰かじゃなくて、少し遠いシェアハウスに住んでる僕をわざわざ頼ってくれたのも嬉しいよ」

 

「それは、その......あなたくらいしか、頼れそうな人がいなかったからよ」

 

現在、堀北はクラス内で明確な結果を残せておらず、孤立状態が続いている。人脈は皆無に等しく、そもそも頼れる相手の選択肢が少なかったのだ。

 

綾小路と白銀、どちらを呼ぶか迷ったのは事実だが、底知れず秘密主義の綾小路よりも、堀北は白銀を選んだ。

 

「ありがとう。君の1番になれて光栄だよ」

 

「.........別に、そういう意味ではないわ」

 

人は弱っている時に優しくしてくれた相手に対し、無意識のうちに好意や信頼を抱きやすい。

 

2人の初対面は、生徒会室で行われた須藤の暴力事件の審議という、決して印象が良いとは言えない場だった。

 

だが、その後はどうだろうか。

 

船上試験で体調を崩した堀北を、白銀は見返りも求めずに気遣った。そして今もそうだ。用件すら分からない不躾な呼び出しにも関わらず、白銀はこうして駆けつけてくれている。

 

もし白銀が船上で下心を見せたり、モデルの勧誘を行っていたりすれば、堀北はその善意の裏にある目的を察知し、ここまで心を許すことはなかっただろう。

 

だが、白銀はあえてそうしなかった。白銀の作戦勝ちとも言えるだろう。

 

「困った時に頼れると思う相手。それってもう──僕たち、『友達』ってことじゃないかな?」

 

白銀は微笑みながら、スッと右手を差し出した。モデルへの本格的な勧誘は急がず、こうして友達としての関係を作り、さらに親しくなってから後日行えばいいという計算のもとでの行動だ。

 

堀北はその差し出された手をジッと見つめ──やがて、自身も右手を差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、白銀の右手と堀北の右手は、友情の証としてがっしりと握手を交わすことに──なるはずもなかった。

 

「......君の手は、随分と冷たくて硬いんだね」

 

「ふざけてると本気で殴るわよ?」

 

白銀の手が握ったのは、堀北の右腕をすっぽりと覆う冷たい水筒だった。

 

 

 

 

この後、白銀が自販機で水を購入して戻り、堀北の腕から無事に水筒が引き抜かれた。

 

「──その、今日はありがとう」

 

「気にしなくていいよ。お昼前に外れてよかったね」

 

用件が済み、白銀が部屋のドアノブに手をかけた瞬間、背後から堀北の声が引き留めた。

 

「もし、あなたがこの後暇なら......お昼ご飯でもどうかしら?友達は、一緒にご飯を食べたりするのでしょう?」

 

少しだけ早口に、言い訳のように紡がれた言葉。孤高を貫く堀北からの予想外の提案に、白銀は内心で驚きつつも、その誘いを快諾した。

 

「友達記念の食事ってところかな。いいよ、付き合わせてもらおうか」

 

「──えぇ。2人推奨メニューを扱っているカフェで、気になっているお店があるの」

 

 


 

『──白波千尋より、レイプ未遂の件は虚偽であったと申告があったため、須藤健への罰は夏休み中の外出禁止。夏休み後の1週間停学。部活動禁止。以上を暴力事件の罰とする』

 

白波は自身の中の罪悪感に耐えることができず──吐いてしまった。虚偽の証言が混ざっていたと。

 

だが、白銀に関することは何も言わず、恐怖のあまり混乱してそう思ってしまったと証言を変更したのだ。罪悪感に押しつぶされてしまい。

 

かくして、白波千尋の転校と、須藤健の処罰が職員会議にて決められた。

 

 


 

堀北

 

櫛田

 

 

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長谷部さんに甘すぎるのでは?
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