無口に愛を紡ぐ教室へようこそ   作:Mr.♟️

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28話〜成長〜

 

櫛田は白銀の自室に押しかけていた。

 

他の誰も邪魔が入らないよう、内側からしっかりと鍵をかけ、部屋の主を鋭く問い詰めている。

 

「──聞いてないんだけど。なんで堀北がこの家に住むわけ」

 

堀北鈴音がこのシェアハウスに同居することに対する抗議だった。

 

彼女は自身の消し去りたい過去を知っている可能性があり、なおかつ個人の能力が優れている──つまり、嫌いな相手なのだ。

 

さらには一之瀬を筆頭に、伊吹等の他の女子メンバーまでなし崩し的に住むことが決まり、櫛田の不満は完全に爆発していた。

 

「僕がやることなすこと、君にいちいち報告する義務があったのかな?それは初耳だよ」

 

いつもと何一つ変わらない、冷ややかで落ち着いた様子で返答する白銀。彼のその余裕のある態度は、櫛田の苛立ちと怒りに火を注ぐには充分すぎた。

 

 

 

 

 

 

もし次の言葉がなければ、彼女は我慢の限界を超えて彼の胸ぐらを掴み上げていただろう。

 

「でも、君にだけは事前に話すべきだった。僕が間違っていたよ。ごめん」

 

「......え?」

 

「聞こえなかったかな。他のメンバーはともかく、君にだけは事前に伝えるべきだったと──そう言ったんだよ」

 

思いもよらぬ謝罪と『特別扱い』の言葉に、櫛田は毒気を抜かれたように一瞬固まった。

 

そのわずかな隙を突き、椅子に座っていた白銀が滑るように立ち上がり、櫛田との距離を一気に詰める。

 

「お詫び、させてくれないかな」

 

耳元で低く甘く囁かれ、櫛田はビクンッと身体を震わせた。白銀を突き飛ばしたり、距離を取ろうとする気配は一切ない。

 

彼女の頭は、現在のこの甘い状況にまったく追いついていなかった。白銀からこのような目に見えて好意的な扱いを受けること自体が、彼女にとって想定外だったからだ。

 

パニックと歓喜。その2つの感情が、彼女の思考と行動を完全に停止させていた。

 

 

 

 

 

「──なにしてくれるの?」

 

だが、流石は櫛田である。少し時間はかかったものの、バクバクと暴れる心臓をなんとか落ち着け、至近距離にいる白銀を見上げて問う。

 

「君の明日一日、僕にくれないかな──桔梗。デートしようか」

 

「は、はぁ......?別にそんなこと、私は要求してないけど。でも──琥珀くんがどうしてもって言うなら......いいよ」

 

至近距離での、突然の甘い声色での名前呼び。櫛田の心音はさらに激しさを増し、顔から火が出そうになるのを必死に取り繕う。

 

「うん。どうしても」

 

相も変わらず耳元で囁かれる艶やかな声に、彼女は再び小さく肩を震わせた。

 

白銀はそこまでのやり取りを終えると、スッと距離を取り、元の椅子に静かに腰を下ろした。

 

その離れていく背中を、櫛田は僅かに残念そうに、名残惜しそうな表情を浮かべて見送る。

 

「明日が楽しみだね、櫛田」

 

「......うん」

 

名前呼びからいつもの名字呼びに戻ってしまったことにチクリとした寂しさを感じながらも、櫛田の脳内はすでに明日のデートのことでいっぱいになっていた。

 

当初の目的であった『堀北をはじめとする他の女たちを追い出すための抗議』など──今のお花畑と化した彼女の頭には、微塵も残っていない。

 

 

 

 

 

その後、櫛田は足早に白銀の部屋から退出した。

 

その頬は林檎のように赤く染まっており、彼女はしきりに熱を持った耳を触りながら──誰にも見られないよう、自身の部屋へと逃げ込み鍵をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──どうやら僕は、立派な結婚詐欺師になれそうだ」

 

静寂が戻った部屋で、白銀は1人呟いた。

 

感情を込めた声色を作ること。そして、自らの意思で表情を作ること。

 

かつてはそれらがひどく苦手だった白銀は、たった今の一連のやり取りを通じて、自身の明確な成長を実感していた。

 

「ああ、この学校に来てよかった」

 

頭の中で次の爆弾処理を考えながら、白銀は自身の成長を実感しながら呟く。

 


 

櫛田とのやり取りを終えた数分後、白銀は一之瀬の部屋を訪れていた。突然押しかけたというのに、一之瀬は大大大歓迎ムードである。

 

「嬉しいよ、琥珀くんから私の部屋に来てくれるなんて。ベッドの上に座っていいよ〜」

 

一之瀬はさりげなく白銀を床ではなくベッドへと誘導し、彼が腰を下ろしたのを確認してから、密着するように隣に座った。

 

「いきなり来てごめんね。最近、帆波と2人で話せてないと思って」

 

「!うん!私もそう思ってた!」

 

白銀の来訪理由を聞いて、一之瀬は弾かれたように嬉しそうに同意した。

 

「それなら良かったよ。実はさ、帆波に話があって来たんだ」

 

その言葉に、一之瀬のテンションがほんの少しだけ下がる。

 

分かってはいたことだが、白銀が純粋に自分に会いたいと思って来たわけではなく、明確な『用事』があって来たことが判明したからだ。

 

しかし、そんな落胆の感情を一切表には出さず、一之瀬はにこやかにその用件を問いかける。

 

「帆波は覚えているか分からないけどさ──僕たち、この学校に来る前に会ってるんだ」

 

「お、覚えてるっ!覚えてるよっ!」

 

その言葉に、一之瀬は勢いよく隣に座る白銀の顔を見つめた。

 

初めての出会い。当然ながら、一之瀬はその日のことを片時たりとも忘れたことなどない。

 

「思い出すのに時間がかかったけど、許してくれるかな?」

 

隣に座る一之瀬の手を優しく握りながら、白銀はほんの少しだけ申し訳なさを滲ませて言葉を発する。

 

なお、白銀が一之瀬との出会いを思い出したのは、神室と入学前に会ったことがないかと思い出そうとして、副次的に記憶の引き出しから出てきただけの代物である。23話参照

 

「こ、琥珀......くん」

 

握られた手を強く握り返し、一之瀬と白銀の熱を帯びた視線が交差する。

 

「僕はさ、帆波とも、みんなとも──同じように仲良くしたいと思ってる」

 

「う、うん......」

 

その言葉の意図を、一之瀬は正確に読み取った。

 

これは『誰か特定の人間と付き合うつもりはない』という、白銀からの明確な意思表示だ。

 

先程までの天にも昇るような喜びと、彼と手を繋いでいる幸福感。それと同時に──どうすれば『自分だけ』を見てもらえるのか、一之瀬の頭脳は高速で回転し始める。

 

当然だ。一之瀬帆波の選択肢の中に、『他者と好きな人を共有する』なんて考え方は現時点では微塵も存在しない。

 

他の女たちを徹底的に叩き潰してでも、自分が彼を独占する。それが、一之瀬の選んだ道なのだから。

 

その考えは、並大抵のことでは変わらない。たとえ、白銀本人から遠回しに牽制されたとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突に、柔らかい感触が一之瀬の頬を襲った。

 

それは考えるまでもなく──接吻。顔を近づけ、白銀は一之瀬の頬に軽くキスを落としていた。

 

「こはく、くん?」

 

他の女を潰すための計算が、一之瀬の頭の中からすべて白紙になって吹き飛ぶ。大好きな人からの不意打ちのキスに、冷静さを保つことなどできるはずがなかった。

 

顔は一瞬で蕩け、熱を帯びた湿った視線を白銀へと向ける。

 

「──帆波なら、僕の考えに賛同してくれるよね?」

 

至近距離にある白銀の端正な顔。そして、先ほどのキスの余韻。

 

 

 

その刺激によって、プツンと音を立てて、一之瀬の中の理性の糸が千切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば一之瀬は、白銀をベッドに押し倒していた。

 

白銀にとっても完全に予想外の出来事だったのか、彼は抵抗もできずにベッドに背をつけている。

 

「こは、琥珀くんが悪いんだよ。琥珀くんから誘ってきたんだから──責任、とってくれるよね?何でも認めてあげるから、ね」

 

興奮そのままに自らの上着を脱ごうとする一之瀬。

 

 

 

 

その瞬間、白銀は強引に体勢を入れ替えた。今度は白銀が一之瀬をベッドに組み敷き、押し倒す形になる。

 

「帆波。今は、これだけで我慢してね」

 

押し倒された状態で耳元で甘く囁かれ──一之瀬は顔を真っ赤にしながら、コクコクと激しく縦に頷いた。

 

そのまま白銀はそそくさと部屋を後にし、彼がいなくなった部屋では、取り残された一之瀬が荒い息を吐きながらティッシュへと手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帆波は危ないかもしれない。彼女の部屋で2人きりになるのはやめておこう」

 

自室に戻った白銀は、冷や汗を拭いながらそう呟いた。

 

「一旦は、これで暫く平穏な日々が続くかな」

 

(これで今日はゆっくり休めそうだ)

 

そう思いながら本を手に取った白銀の端末が、ピロンと音を立てる。

 

『誰にも言わず、今すぐ第二体育館倉庫に来い』

 

姫野本人が打ったとは思えない、ひどく高圧的で不穏な文面。それに続き、1枚の画像ファイルが添付されていた。

 

それを開いた瞬間、白銀の瞳から休息の穏やかな光がスッと消え失せた。

 

画面に写っていたのは、私服を乱暴に剥ぎ取られ、下着姿でコンクリートの床に座らされている姫野の姿だった。

 

そしてもう1人──なぜか彼女の隣には、同じく下着姿にされたCクラスの生徒、椎名ひよりの姿まで写り込んでいる。

「──この学校にきてから、暇することがないよ」

 

迷うことなく白銀は本を机に置き、足早に部屋を後にする。何故関わりのない椎名のまで写っているのか疑問を抱きながらも、動きを止めることはない。

 

 


 

第二体育館の裏手にある薄暗い倉庫。

 

第一体育館と異なり、ここに足を踏み入れる人間など滅多にいない。それこそ、体育祭の時期くらいだろう。

 

埃っぽい空気の中、冷たい床には後ろに手を縛られた姫野と椎名が座らされていた。その周囲を取り囲むのは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる5名の男子生徒たち。

 

「──あんたたち、ロクな目に合わないから」

 

わけも分からないまま攫われ、あまつさえ下着姿にまでされたというのに、姫野は決して強気な態度を崩さない。

 

「このような真似をして、ただで済むわけがありません」

 

同じく度胸の据わっている椎名も、姫野の後に凛とした声で続く。だが、この空間では2人のその毅然とした態度は、男子生徒たちからすれば滑稽な強がりでしかなかった。

 

「いいねぇ、唆るぜ。その態度」

 

舌なめずりをしながら、下卑た視線が2人の白い肌へと這い回る。姫野と椎名は互いに身を寄せ合い、その粘着質な視線を少しでも避けようと身を縮める。

 

だが、恐怖に抗おうとするその健気な行動でさえ、男たちの加虐心を煽るだけの餌になっていた。

 

「バカ。前はお前からだったんだから、今回は俺からって話だろ」

 

「お前ら2人ともバカだろ。テクニックがないんだから黙ってろ」

 

「ああ?」

 

「お前ら全員うるせぇよ。ただでさえミスしてるんだから黙っとけ」

 

「そうそう。そっちの姫野だけでよかったのに、余計な目撃者まで増やしやがって。まあ俺としては──あとからの楽しみが2倍に増えたからいいけどよ」

 

「全員、あの人からの説教は確定だけどな。でもまあ、この身体をたっぷりと味わえるなら、別に悪くないか」

 

5人の男たちは、2人から向けられる軽蔑の視線を鼻で笑いながら、醜悪な会話を続ける。誰が先に手を出すか。どうやって泣かせるか。

 

 

 

 

そんな吐き気を催すような話題を目の前で聞かされ続け、気丈に振る舞っていた2人の身体も、徐々に微かな震えを帯びていく。

 

「そもそも、本当に来るのかよ?その1年の有名人さんはよ」

 

「プライドが異常に高いから、誰にも相談せずに1人で絶対に来るって、あの人は言ってたぞ」

 

「来なかったら来なかったで、俺たちはこの2人をまわせばいいだけだろ。むしろ、そっちの方が楽しいんじゃねぇの」

 

絶望的な会話が耳を打つ中、2人は小さな声で言葉を交わした。

 

「......ごめん。完全に私の巻き添えみたいで。いや、私も今の状況が全くんからないけど」

 

「......気にしないでください。今はただ、彼らが連絡した白銀くんが1人で来ずに、先生方を呼んでくれることを祈るのみです」

 

2人は身を寄せ合いながら、重く閉ざされた出口の扉へ視線を向ける。縛られて身動きも取れない状態で逃げ出すことが不可能だということは、彼女たち自身が一番よく理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

ピコン、と無機質な電子音が響いた。

 

 

男の1人が端末の画面に目を落とし、ニタァっと醜悪な笑みを深める。

 

「お前たちのヒーローさんが、1人で到着したみたいだぞ。馬鹿なやつだ。喧嘩する相手を選ばないからこうなるんだよ」

 

倉庫の扉が開かれる。

 

「初めまして、低脳の皆さん。僕を呼び出すために、わざわざこんな面倒なことをするなんて──これだから馬鹿は救いようがない」

 

見張りをしていた男子生徒と共に暗がりから姿を現したのは──白銀琥珀だ。

 

そのあまりにも堂々とした、底知れない余裕を纏った態度を、男たちは鼻で笑う。

 

「ハンッ、随分かっこいいじゃねぇか」

 

「誰の差し金かは聞くまでもないけど、まあ一応後で聞かせてもらうよ。自分たちから話したいと懇願するだろうからね」

 

「──白銀っ!逃げて!今からでも先生を呼んで!」

「黙ってろ!」

 

姫野が必死に大声を上げた瞬間、1人の男子生徒が凄み、彼女の言葉を乱暴に遮る。だが、姫野の悲痛な訴えを受けながらも、白銀が踵を返して出口へ向かう気配は一切なかった。

 

「姫野。僕はそこまで弱くないよ。君と、そっちの椎名さんの2人を助けるくらい、やろうと思えば1分もかけずに終わらせられる」

 

暗闇に響いたその自信に満ちた宣告は、男たちの耳にはただの哀れな虚勢にしか聞こえなかった。

 

ここにいる5人の男子生徒は、全員が白銀よりも一回り以上体格がいい。だが、白銀の瞳に恐怖の色は微塵もない。

 

あるのは、路傍のゴミを見下ろすような絶対零度の視線だけ。

 

「さあ、始めましょうか。南雲先輩に女の子をアテンドしてもらって喜んでる──哀れな負け犬の皆さん」

 

その明確な侮辱の言葉に、男たちの目の色が変わった。

 

「調子に乗るなよ、1年」

 

男としてのプライドを傷つける一言に、男たちは怒りを露わにした。

 


 

一之瀬さん

 

 

【挿絵表示】

 

 

櫛田さん

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




テレレレッテッテッテー♪

白銀は、愛を紡ぐを覚えた。
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