無口に愛を紡ぐ教室へようこそ   作:Mr.♟️

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29話〜吊り橋効果〜

 

浜口哲也は自室で1人、静かに思い出していた。

 

先日行われたAクラス昇格の打ち上げ。その二次会のカラオケで、神崎隆二が語った白銀琥珀についての話を。

 

『同級生を3人病院送りにしたからだろう』

 

なぜ白銀がBクラスに配属されることになったのか。その話題が、彼と一番付き合いの長い神崎へと向けられた時に発せられた衝撃的な一言だった。

 

(僕を含め、その言葉を聞いてすぐにピンときた人間はいなかった。誰も白銀くんが暴力を振るったり、そんな素振りを見せたりしたところを見たことがないから)

 

クラスメイトは全員が水を打ったように静まり返り、神崎の次の言葉を待っていた。

 

彼がこんな悪趣味な嘘を吐く人間ではないと、全員が理解していたからだ。

 

 

『詳細を聞いても?』

 

浜口が促すと、神崎は少しだけ思案する素振りを見せてから口を開いた。理由は単純だ。自分だけでなく、白銀自身の過去にも深く関わる話だったから。

 

それでも神崎が話すことを決断したのは、今後クラスメイトたちが、白銀に対して取り返しのつかない馬鹿な真似をしないよう釘を刺すためだった。

 

『中1の時だった。入学から3ヶ月くらいが経過した頃、俺は不良グループに目をつけられて執拗に絡まれていた。理由は、そのグループのトップが好きな女が俺に好意を寄せていたから、らしい』

 

神崎の微かに自慢が混じった語り口に、男子からは軽いブーイングが上がり、女子たちは興味津々に前のめりになっていた。

 

『まあ、大したことはされなかった。足をかけられたり、通せん坊されたり、たまに物を隠されたりと、今思えば可愛らしいものだった』

 

『──そこまで実害もないからと面倒くさがって放置していたのが悪かった。ある日、俺が階段を降りている時に、背後から力強く突き飛ばされたんだ』

 

白銀の話から神崎の過去話へと移り変わったが、誰もそれを遮ろうとはしなかった。

 

神崎は基本的に白銀と行動を共にしており、彼自身の口から中学時代の話を聞く機会が稀だったため、純粋に皆の興味を惹いたのだ。

 

『その時、俺より数段下を歩いていた琥珀の背中に激突した。幸いあいつの体幹が異常に強くて、2人共転げ落ちることはなかったが......俺はあいつの後頭部に思いっきり頭突きをかます形になった』

 

『あ、なるほど。それで白銀くんに助けられて仲良くなったんだ』

 

小橋が微笑ましい展開を予想して口を挟んだが、神崎は当時の理不尽さを思い出したのか、ムッとした表情ですぐに否定した。

 

『いや、謝る暇すら与えられず、振り返りざまに首を絞められ、片手で宙に持ち上げられた』

 

その言葉に、全員が一斉に『ええっ』と間の抜けた声を上げた。短気にも程がある上、今の白銀の理知的なイメージとはあまりにもかけ離れていたからだ。

 

『必死に抵抗してなんとか手を離してもらい、事情を説明した。だが、その時にアイツは『今の、問題にしてくれるよね?』なんてふざけたことを言いやがったんだ。たった今、俺の首を絞めていた張本人がだぞ』

 

全員の頭上にクエスチョンマークが浮かんだ。自分から問題にしてほしいと望む人間など、普通に考えれば存在するはずがない。

 

『どうやら父親から『どんな問題を起こそうと、何があろうと俺が守ってやる』と言われていたのを、どこまでが本当か確かめたかったかららしい』

 

『俺が問題にしないとわかったのか、今度はターゲットが不良グループに移った。『君が僕に頭突きすることになったのは、彼らが悪いんだよね?』なんて言ってな。そこからの行動は完全に常軌を逸していた』

 

全員が『そこまでの行動も充分に常軌を逸している』と心の中で突っ込んだが、空気を読んで誰も口には出さなかった。

 

 

『授業中、不意に立ち上がったあいつは、おもむろに自分の椅子を持ち上げ──俺に絡んでいたうちの1人を思いっきり殴りつけた。何回も、何回も、周囲に血が飛び散るくらいにな』

 

『悲鳴が上がり、教師や周りの生徒が止めようとしたが、琥珀に一瞥されただけで全員が恐怖で動けなくなった。そんな中、あいつは2人目を無理やり椅子から引きずり下ろして、次の瞬間には足をへし折っていた』

 

『のたうち回るそいつのもう片方の足も無造作に踏みつけてへし折り、最後に3人目。なんてことはない。ただひたすらに殴り続けた。顔の形が変わるまで、何度も、何度も──あいつ自身が満足するまでな』

 

『そこまでやってから、あいつは血塗れのまま自分の席に座り、震える教師に向かって『警察と保護者を呼んでください』なんて平然と言い放ったんだ。頭がおかしいだろ』

 

『その場にいるのは、重傷の3人と、固まって息すらできない俺たち生徒。琥珀の言葉で、ようやく我に返って動き出した教師』

 

『数分後に警察と救急車が到着したが──琥珀が連行されることはなかった。不良グループの3人が救急車で運ばれる中、警察は俺たち生徒全員にスマホの提出を求めたんだ』

 

『校則で持ち込みが禁止されていたから誰も持っていなかったが、教師はスマホを持っていた。警察は教師に動画を撮っていないか執拗に確認していた』

 

『ないと答えていたが、何故か警察は教師のスマホのライブラリまで念入りに確認し──本当に証拠がないことを確認してから去っていった。現行犯であるはずの加害者、琥珀を連行することなく、な』

 

 

 

 

『最終的にこの事件は、不良達が琥珀から総額数百万をカツアゲしたことが発端として処理された。両方が加害者であり被害者であるという名目で、互いに被害届を出さないことを条件に保護者同士の話し合いで和解したらしい』

 

『もちろん、琥珀がカツアゲされてた事実なんてないが──そういうことになっていた』

 

『今ではすっかり落ち着いてるから、自分からそんな暴力的な手段をとることはないはずだ』

 

『なぜ落ち着いたんですか?何か心境が変化するような出来事でも?』

 

浜口が冷静に問いかけ、全員が神崎の返答に耳を傾ける。

 

『シンプルに、やる理由がなくなったからだ。元々父親の言葉が本当か試すための実験でしかなかったからな。琥珀は暴力に固執しなくても、大抵の問題を解決する能力がある』

 

『つまりそれは、明確な理由があり、かつ暴力が最適解であると判断すれば、彼は再びその手段をとる可能性もある──そういう事ですか?』

 

『だろうな。基本的には使わないだけで、あいつの手札の選択肢の一つとしては確実に残っているはずだ』

 

神崎はそこで何かを思い出したように、少しだけ呆れた表情で付け加えた。

 

『あ、それと、これは2年になってからだが、当時付き合っていた彼女がスプラッター系の血が出る映画が苦手だったから、基本的に誰に対しても暴力は振るわないって言ってたな』

 

全員が『スプラッター映画と現実の流血沙汰を一緒にするな』と心の底から思ったが、やはり誰も口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(つまり、白銀くんは目的のためならアウト寄りの方法を取ることに対して、一切の嫌悪感がないということ。クラスの運営は一之瀬さんでも問題なく回せるだろうけれど、いざという有事の際は、間違いなく白銀くんの力に頼ることになる)

 

「──本当に面白いクラスですね、僕たちのクラスは」

 

浜口は1人そう呟きながら、波乱に満ちるであろう今後の特別試験がどのような展開を迎えるのか、静かに想像を膨らませていた。

 


 

体育倉庫では、信じ難い光景が繰り広げられていた。

 

4人の男子生徒が腹部を押さえて床にうずくまり、残る1人は白銀に馬乗りされ、完全に押し留められている。

 

「暴力はあまり好きじゃないんだ。血で手が汚れるし、疲れる」

 

「も、も......うっ......」

 

淡々とこぼされたその言葉とは裏腹に、白銀の拳が男の顔面を打ち据える鈍い音が、一切のリズムを変えることなく無機質に響き続ける。

 

殴られ続ける男は、もはや意味のある言葉を紡ぐことさえできていなかった。

 

「白銀......そいつらはもういいから、私たちの縄を解いてほしいんだけど」

 

少しだけ震える声で姫野が呼びかけると、白銀の拳はピタッと止まった。

 

「そうだね。ごめん。君たちが攫われたから──自分でも驚くほど、冷静になれていなかったみたいだ」

 

それは真っ赤な嘘だ。

 

白銀の精神は平常心そのものであり、1人の男だけを執拗に顔の形が変わるほど殴り続けていたのも、すべては『見せしめ』と『恐怖の植え付け』を狙ってのことだ。

 

しかし、傍から聞けばひどく心配して取り乱したように聞こえるその言葉に、姫野は気恥ずかしそうにスッと顔を逸らした。

 

「ごめんね、姫野。まさか、相手がここまで早く動くとは思っていなかった僕のミスだ」

 

「......別に。助けに来てくれたから、いい」

 

返す言葉は少しだけ足早で、その頬はほんのりと熱を帯びて赤い。

 

姫野ユキ。彼女はこの極限の状況下で、間違いなく強烈な『吊り橋効果』を発揮していた。

 

あと少しで尊厳を蹂躙されてもおかしくなかった絶望の淵。

 

そこに現れ、自身より体格のいい男たちを瞬く間に制圧し、自分を心配して取り乱した白銀の姿。

 

彼女は今、人生で初めての強烈な恋に落ちていた。

 

「服は......隆二に持ってこさせるのは流石に可哀想だし、松下に頼もうか。彼女なら、変なものは持ってこないだろうからね」

 

姫野の縄を解き終えた白銀は、続いて椎名ひよりの背後に回り、手首の拘束を解き始める。

 

「ごめん、巻き込んでしまって。まさか、向こうが僕が君に興味をもっていることを知っているとは思わなかったよ」

 

これは嘘ではない。白銀はモデル候補として、椎名の可憐な容姿とプロポーションに明確な興味を持っていた。

 

その言葉を聞いて、僅かに身体を揺らしながら椎名は微かに好意的な笑みを浮かべる。

 

「まずは、助けてくださり、ありがとうございます。それで、私に興味が......?」

 

姫野ほど露骨ではないが、この異常な状況下で救い出された安堵感から、椎名もまた少なからず白銀への好感を高めていた。

 

「また後日、今日のお詫びを兼ねて、2人で話す時間が欲しい。もしよければ、明日──ではなく、明後日なんてどうだろうか」

 

「......はい。大丈夫です」

 

椎名は少しだけ考えた後、頬を染めて承諾の返事をした。それと同時に、彼女を縛っていた縄が完全に解かれる。

 

「私は?」

 

目の前で、自分を差し置いて次の約束が取り交わされているのを見て、姫野が不満げに咎める。

 

「3日後はどうかな?きちんと、1人1人と向き合ってお詫びさせて欲しいんだ」

 

「ふーん。別にいいけど」

 

この巧みな言い回しと日程のズラしによって、白銀は姫野が明後日の椎名との時間に乱入してくるのを未然に防いだ。

 

「嫌かもしれないけど──これでも羽織ってなよ。君たちのそんな無防備な姿を、彼らに見せてやる必要はない」

 

未だに腹部を押さえてうずくまっている男たちから強引に上着を剥ぎ取ると、白銀はそれを2人へと手渡した。

 

多少の嫌悪感を示しつつも、椎名と姫野は素直にそれを羽織り、身体を隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後、松下が息を切らして到着した。

 

姫野と椎名が、松下の持参した服に急いで着替える。

 

その間、白銀は彼女たちに背を向けながら、ふらつきながら立ち上がろうとしていた男たちの腹部を無言で蹴り飛ばし、再び床に這いつくばらせていた。

 

「私へのご褒美は期待してもいい?」

 

届け物をして手持ち無沙汰の松下が、悪戯っぽく白銀に耳打ちする。

 

「どうだろうね。服を持ってきてくれただけだから──まあでも、4日後なら君のために時間を取ってもいいよ」

 

「楽しみにしてるねっ。あ、軽井沢さんも一緒でいいかな?」

 

「いいよ」

 

「ありがとうございます、松下さん」

 

「一応、その......ありがとう」

 

松下と白銀の密約が終わるタイミングで、椎名と姫野の着替えも完了した。

 

「この5人の後始末は僕がするから、みんなは安心して戻っていいよ。教師を呼んだところで、大した罰は与えられないだろうからね」

 

その言葉に納得し、3人の少女たちは各々帰路へと向かう。

 

彼女たちの背中を見送り、全員が倉庫から完全に離れたことを確認してから──白銀は再び、男たちが這いつくばる倉庫の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「端末」

 

「......え?」

 

腹部を押さえて蹲っていた男の1人が、間の抜けた疑問を口にした。

 

それと同時に、彼の頭が勢いよく跳ね上がった。白銀が容赦なく顔面を蹴り上げたのだ。

 

「端末を出せってこと、分からないかな?馬鹿の相手は疲れるから嫌いなんだ」

 

理不尽だ。だが、それを咎める人間はいない。

 

蹴り飛ばされた本人も、震えてうずくまっていた残りの3人も、恐怖で慌てふためきながら自身の端末のロックを解除し、震える手で差し出した。

 

なお、白銀に殴られ続けて意識を失っている1人の端末も、彼らが代わりに引き抜いて差し出した。

 

「やっぱり、指示を直接残すような間抜けな真似はしていないか」

 

端末の履歴を一瞥し、白銀は冷たく言い放つ。

 

「今からする質問に正直に答えたら、君たちは見逃してあげるよ──嘘を吐いたり、断ったりすれば、彼みたいになる」

 

足元に転がる意識不明の男を一瞥し、4人は激しく縦に首を振った。そこに、年上の威厳やプライドなどというものは微塵も残っていない。

 

「南雲先輩の指示だよね?」

 

「はい!」

 

「1年が調子に乗ってるから、少し痛めつけて警告しろって言われて......っ!」

 

「ついでに、サークルに今後人が来ないように、サークル員の誰かを見せしめにしろって......!」

 

「全部南雲の指示です!俺たちは言われた通りにしただけで!」

 

予想通りの自己保身の答えに、白銀は満足げに軽く頷いてから次の質問に移る。

 

「罪には罰があるべきだよね?」

 

「......そのっ」

 

「お、俺たち、南雲に言われただけで......」

 

「ごめんなさいごめんなさい!本当に反省してますっ!!」

 

「ぽ、ポイントなら、持ってる全額渡しますから......勘弁してくださいっ!」

 

身体をガタガタと震わせながら、4人は次々と命乞いのような謝罪の言葉を口にする。

 

ここで今の質問を肯定してしまえば──自分たちが先ほどの彼と同じように殴り続けられるという恐怖からだ。

 

だが、彼らの予想に反して、白銀は呆れたように小さく呟いた。

 

「そうか、南雲先輩が悪いんだ。君たちは逆らえずに指示されただけなんだね。それで、その卑劣な指示に強い反感を持っていると......合ってるかな?」

 

「はい!」

 

「持ってます!それしかないです!」

 

「俺たち、内心では南雲なんてクソ喰らえって思ってますから!」

 

「持ってます持ってます!」

 

「だからといって──5日後に、彼と1番仲のいい女子を攫って、暴力を振るうなんて絶対ダメだよ。僕は止めたからね」

 

誰もそんなことは言っていない。

 

だが、白銀の言葉の真意は考えるまでもなかった。

 

『今、僕が言ったことを──やれ』

 

それは、圧倒的な強者からの逆らうことの許されない命令だった。

 

当然ながら男たちもその真意を察知し、恐怖と絶望の中で互いに顔を見合わせる。

 

そして──今もまだ意識を失って転がっている1人に視線を向け、青ざめた顔で覚悟を決めたように頷いた。

 

「そういえば、髪色を金髪に染めるなんて、不良みたいだね。まあ、髪色は自由だから好きにすれば?」

 

「はいっ!俺たち、今日から急に髪を染めたくなったので!」

 

男たちに髪を染めることになんの意味があるかは分からない。だが、言われたことは全てやるだろう。

 

「そっかそっか。でも、君たちのうちの1人は、仲間である彼をあそこまで顔が変わるほど殴ったんだから、責任を取って先生に自首しないとダメだよね」

 

「も、もちろんですっ!」

 

仲間内で暴行事件を起こし、自首して互いに和解したというシナリオ。それならば退学にはならず、処分も下されない。男たちは元気よく返事をした。

 

「──うん。それじゃあ、これで僕と君たちの間に蟠りはない。ああでも、君たちの汚い顔は二度と見たくないから、可能な限り僕の前に姿を見せないでね」

 

それだけ言い残し、白銀は一瞥もせずに倉庫から出た。

 

残された4人は、自分たちが生き延びるために、気絶している1人の仲間を『内輪揉めの被害者』として仕立て上げ、病院へと運ぶ準備を始めるのだった。

 

「朝比奈を攫ってボコっても──南雲が俺たちを見捨てることはできないはずだ」

 

「そ、そうだよな。俺たち、南雲の指示でかなり色々やってきたし」

 

「証拠はないかもしれないが....いや、これから南雲の会話を常に録音すればいいのか」

 

倉庫ではそんな会話が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──朝比奈先輩はきっと、二度と先輩の顔を見て笑ってくれないでしょうね」

 

冷たい風に吹かれながら、白銀は南雲雅へ向けて届くことのない言葉を、楽しげに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




白銀の予定が埋まっていく。
そんなに書けないよ!イベントがないよ!予定を埋めないでくれぇぇぇぇ!


簡単心境時系列

幼少期→母親の虐待で感情が死ぬ。

中学時代初期→誰も信じない。感情が薄い。

中学時代中期→ある程度感情を取り戻す。色々な感情に興味がある時期。

中学時代後期→プロローグ時と同様。
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