とある日の放課後、Bクラスの教室にて。
「人には勉強会に参加させておいて、お前は何をやってるんだ。テストが近づいてるのに上級生の女子と遊び回ってるって噂だぞ」
腕を組みながら問い詰めてくる神崎。
「クラスの輪を乱すなとか言っておきながら、サイテー」
神崎と同じく、勝手に勉強会に参加することにされていた姫野。
「まあまあ、白銀くんだって考えがあったんだろうし、ね?」
二人を宥める網倉。
「やっぱり、閉鎖空間だと噂が回るのが早いね。隆二が知ってるくらいだし」
「どういう意味かは聞かないでおくぞ。で、何をしてた?」
神崎は本来、一之瀬提案の勉強会に参加するつもりはなかった。それを白銀に『参加しなよ』と指示され、半強制的に参加することになったのだ。
神崎とて、白銀が考えもなしに遊び回っていたとは思っていない。しかし、自身だけ勉強会から逃れて遊んでいたように見えるのも事実である。
「ご飯奢ってもらってた」
あっけらかんと、堂々と言い放つ白銀に、神崎は反射的に出かかった手を抑えた。これはダメだとばかりに網倉は額に手を当て、姫野は白銀の脇腹を小突いた。
「うぐっ」
「手が出るところだった」
「手が出た」
「まったく、三人とも知りたがりだ。ほんの少しポイントを稼いでただけだよ。この学校で手持ちのポイントが少ないのはよくないから。もしかしたら、ポイントを持っていたら有利になる試験もあるかもしれない」
白銀は言葉を続ける。
「僕と隆二みたいなハブられ者がポイントもなかったら、いじめに遭うからね。二人はクラスの中心の帆波とも関われてるからいいだろうけど、僕は白波に妨害されるし、隆二はコミュ力低いし、大変なんだから」
神崎はなんとも言えない顔をしたが、他二人は概ね納得出来たようだ。白銀は脇を突かれた仕返しとして、姫野にデコピンを返しておいた。
「いでっ。それで、何をして稼いだわけ?まさか、ママ活?」
ご飯を奢ってもらってお小遣いをもらって、となればまるでママ活である。姫野は遠慮することなく口に出した。当然、二発目のデコピンが飛んだ。『ううっ』と睨みつける姫野を白銀はスルーして説明を続ける。
「不思議なことに、僕が『夢衣ランジェリー』の会長だって噂が流れてね。上級生の女の子たちは、それを確認しにきただけだよ」
(そうなるように、櫛田たちとの食事で話したんだから。思ったよりも噂の回りが早かったけど)
5月2日の食事の時から、白銀は考えていた。手っ取り早くポイントを稼ぐには、どういった方法があるのかを。
「ああ、あの根も葉もない噂ね。それで、ご飯だけ奢ってもらったの?上級生、怒らなかった?」
網倉も聞いたことがある噂だったため、理解が早かった。
そもそもこの歳で会長なんてありえるはずがないと、本人に確認すらしないレベルの噂だ。姫野も聞いたことがあるのか、特に驚きはない。なお、神崎は女子の間で流れているこの噂を知らなかった。
「根も葉もある噂だから。それでね──」
「「まって」」
スラスラと話を続けようとする白銀を、女子二人は声を揃えて止めた。
「その言い方だと、噂が本当ってことになるんだけど」
「流石に冗談だよね?」
「本当か嘘か、教えてあげなよ。神崎」
「......本当だ。この高校に進学するために、社長職を辞退してる。俺たちの中学では有名な話だった」
二人はもう、何も言えなかった。目の前にいる同級生が、国内一有名な高級ランジェリーブランドの創始者だなんて言われれば、思考も停止するだろう。
姫野に至っては、少し背伸びして一万円程度の下着を買ったことすらある。
「これは偶然だけど、ケヤキモールの方に支店があるんだ」
「それがどうやってポイントに繋がったんだ?」
一人冷静な神崎は、思考停止した女子たちを置いてホイホイ話を進める。
「ランクを売ったんだ。卒業するまで限定、この学校にある支店限定って条件付きでね。うん、本当に運が良かった」
(わざわざ僕に会社のことを相談するために、現社長がここの支店に異動してきたからね。そのお陰で、全ての話がスムーズに進んで助かった。いや、もう少し社長には独りで頑張ってほしい気持ちもあるけど)
「ランクってなんだ?」
「よく利用する顧客ほど優遇するっていうシステムの話。うちのブランドでは『一般』『ブロンズ』『シルバー』『ゴールド』『プラチナ』『エトワール』の6種類がある。このランクを、この学校在学中に限り売ってあげた」
「なるほどな。何をしたかは分かった。だが、そういうランク制度は、購入金額に応じて上がるものだろ?売れるのか、そんなものが?」
「バカ言ってんじゃないって。ランクは年単位の変動で時間がかかるし、そもそも高いの」
再起動した姫野が、神崎に食い気味にツッコミを入れた。
「一般は無料登録、ブロンズは5万円以上、シルバーは15万円以上、ゴールドは30万円以上、プラチナは60万円以上、エトワールは100万円以上&招待制。年にこれだけ使わないとダメなんだから。時間もお金もかかるの、女子は男子と違ってね」
「姫野、詳しいね。当然、ランクによって特典が違う。一般はメルマガと誕生日クーポン(5%off)。ブロンズはSNSキャンペーンの参加と先行セール。シルバーは季節限定ノベルティ贈与と誕生日ギフト(5万円相当)。ゴールドは招待イベントとモデルへの投票権。プラチナはオーダーメイド5%offとスタイリスト指名、リメイク2回無料。エトワールが年1回フルオーダー無料、限定ショー招待、試作美容品のサンプルプレゼント......って、神崎ついてきてる?君のために説明してるんだけど」
「馴染みのない話に頭が理解を拒んでる。とりあえず、それに尋常じゃない価値があることはわかった。いくら稼いだんだ?」
「『ブロンズ』を2万ppt、『シルバー』を10万ppt、『ゴールド』を50万ppt、『プラチナ』を80万pptで売って、合計で500万ppt。まあ、大々的にやってるわけじゃないし、噂を聞いて確認したい人だけを相手にしてるからね。この程度で満足しておくべきかな」
「テストでいい点をとったら奢ってあげるよ。高級焼肉なんて、悪くないんじゃない?......あれ、三人とも変な顔してどうしたの?寿司の方が良かった?」
三人は開いた口が塞がらない。短期間でこれだけ莫大なポイントを稼ぎ出せる人間が、Bクラスに......いや、この学年に他にいるだろうか。
白波の白銀に対する酷い態度を見てフォローしたいと思い白銀についてきた網倉。
少数で成り立っている居心地の良いグループに入りたかった姫野。
元から白銀の有能さを知っており、彼を立てようとしている神崎。
三人は、『自分たちはついていく人間を間違えなかった』と心から安堵した。
「っと、僕は暇じゃないんだ。用事があるから、もう行くね」
そう言って、白銀は足早に教室を後にしていく。
「......あれと好き好んで揉めてる白波は、もしかしたら大物なのかもな」
「一之瀬と争うつもりがないのって、対等な競争相手として見てなかったりするからだったりしない?」
「それは、流石にないと思うけど......」
残された三人の呆れ混じりの呟きは、誰に聞かれることもなく放課後の教室に溶けていった。
とある日の放課後。橘茜は、学校に併設されているカフェで人を待っていた。後輩から相談があると呼び出されたのだ。
「橘先輩。すいません、お待たせしました」
呼び出した張本人である白銀琥珀は、橘を見つけてすぐに謝りながら席へ駆け寄った。約束の時間に遅れてきたわけではないので、橘は注意することはなく、笑いながら対応する。
「私が約束の時間より早く来てしまっただけですから、気にしないでください。それにしても、白銀くんから相談があるなんて連絡がくるとは思ってませんでした」
橘茜は、以前から白銀琥珀のことを少し調べていた。
だが、学校に提出されている情報では『頭取の息子で、中学時代に喧嘩した相手を病院送りにした問題児』という不穏な経歴と、所属していた部活程度しか分からなかった。
なお、彼が有名ランジェリーブランドの創始者であることは、本人にLINEで直接聞いて確認済みである。
「頼れるのが橘先輩しかいなくて。忙しい中、本当にすいません」
「それは先輩として嬉しいですね。力になれるかわかりませんが、話してみてください」
橘は大凡の当たりをつけている。
この時期の相談といえば、ポイントを貸してほしいという無心か、目前に迫った中間テストについての相談、そのどちらかだろうと。
仮に前者であるなら問答無用で断り、後者であるならそれは話次第である。ちなみに、橘は白銀を生徒会会計として堀北学に推薦するかどうかを迷っている最中だった。
もし前者のような情けない相談であれば、候補から速攻で外すつもりだ。
「実は、サークルを立ち上げようと思っていて、その相談なんです。サークルの立ち上げには生徒会の許可が必要だったので」
「......サークル、ですか?」
予想していなかった話である。この時期にまさか、サークルの立ち上げの相談をされるとは全く予想もしていなかった。
「はい。顧問は星之宮先生が快く引き受けてくれたんですが、生徒会の許可申請だけまだ行っていないんです」
「相談は分かりました。確かに、部活動及びサークルの設立には生徒会の許可が必要です。顧問の確保は問題なさそうですし、生徒会に申請してもらえれば精査の上、判断しますよ」
部活動の立ち上げには生徒会、厳密には生徒会長の許可が必要である。滅多に申請されることはないが、橘は制度自体は知識として覚えていた。
「精査の時に、橘先輩にお力添えいただきたく、事前に直接活動内容を説明させてほしかったんです。というのも、僕が立ち上げるサークルは、男性からはあまり共感を得られないと個人的に感じてまして」
「それは構いませんが、テストは大丈夫ですか?9日後には、高校で初めてのテストがありますよね?」
「問題ありません。授業を聞いていれば覚えられますし、クラスメイトへの教師役も十分足りているようなので、やりたいことをやらせてもらってます」
クラスメイトの事も考えた上で、自身の成績にも問題ないと判断して個人の活動を始めている。学校に報告されている学力データを確認済みの橘は、疑うことなく納得した。
「資料はありますか?」
「はい」
橘は白銀がどんなサークルを立ち上げようとしているのか興味があった。サークルを立ち上げてしまえば、生徒会への推薦は難しいだろうと心の中で少し惜しみながら、渡された資料を見る。
『美学研究会』
資料は端的にまとめられており、余計な内容は一切なかった。見やすく一枚におさめることが出来ている手腕を見せつけられ、ますます生徒会に引き入れられないのが惜しいと感じてしまう。
「確かに。男子の多い生徒会役員たちからは、あまり共感を得られないかもしれませんね」
■サークル設立 補足資料
【サークル名】
美学研究会
【活動目的】
・外見や立ち居振る舞いを通じた自己表現の探究を行い、美意識の向上と個人の魅力的な発信力の育成を目指す
・外見に対する社会的価値の研究
・ファッション・メイクの研究
・姿勢・歩き方などの非言語表現のトレーニング
・撮影やパンフレット制作を通した実践活動
【活動内容(週1〜3回想定)】
・放課後に座学(ファッション、マナー)
・撮影会、編集作業
・行事前にはメイク・服装の相談会も実施
【顧問】
星之宮知恵(Bクラス担任教師。現在受け持っている部活動なし)
【活動場所】
・特別棟1階の空き教室(部室として活用)
・校内撮影可能エリア
「ですが、部活動ではなくサークルとしての立ち上げだと、部費は発生しません。全額個人負担になりますよ。撮影に必要な機材、メイク用品なども全てです」
内容自体は好ましいものだと、橘は個人的にそう感じた。綺麗になりたい、それは誰もが持つ共通の欲望なのだから。
「部活動での申請だと、最低部員を5人集める必要がありますよね。それに、学校から部費が配分される以上、立ち上げ自体の難易度が上がると勝手ながら考えています。だからこそ、サークルが丁度いいんです」
「分かりました。設立の確約はできませんが、私はこのサークルは素敵なものだと思います。本当に、素敵な活動ですね」
この内容であれば、生徒会でも大きな反対はされないだろうと橘は考えた。積極的に賛成するようなメンバーはいないだろうが、明確に反対するようなメンバーもいないはずだ。
「それに、必要なものは全てアテがあるので」
「そこまで考えているんですね。余計な心配だったみたいです」
「橘先輩。一つ確認しておきたいことがあるんですが、まずこの学校は『アルバイト』が禁止ですよね?」
「はい」
橘は当たり前のことを聞かれ、素直に肯定した。何を確認したいのか、この時点では橘にはわからない。
「このサークルを立ち上げるにあたり、撮影機材やメイク品を安価で手に入れることが出来ないかを、僕なりに考えたんです」
一拍おいてから、白銀は話を続けた。
「白銀くんなら、良い案が思いついたんじゃないですか?」
「はい。橘先輩もご存知の通り、僕は『夢衣ランジェリー』の会長職についてるので、その人脈を活用させていただきました。活動内容を話したら気に入っていただけて、気が早いかもしれませんが、先方から不要になった撮影機材と編集に必要なパソコン。更には、美容品、メイク用具を無償で提供していただける話がついてます」
「人脈も実力のうちです。それが部活を行う上での制度に違反していないか心配してるなら、問題はありませんよ」
後輩の行動力と能力を認め、橘は優しく不安要素を取り除いてあげた......が、白銀の真の狙いはそうではなかった。
「──もし、良い人間がいたら、モデルを行ってほしいと企業側から相談を受けてまして」
橘は少し考える。下着モデルとなれば、学校側と協議が必要になる可能性がある。ここで即座に回答することはできない。
「下着モデル、ですか?」
「それもありますけど、手や足のパーツモデルであったり、顔を映さないモデルでも良いと相談してもらってます。美容品も扱っているので」
「断言は出来ませんが、手や足のパーツモデル程度なら問題ないと思います。ですが、それ以上の内容については生徒会と学校側で協議の必要がありますね」
「──その場合、無償での協力ではブランドイメージを損なう可能性があるため、企業側から『ポイントを支払いたい』と提案いただいています」
「っ、それはアルバイトに──」
「労働契約を結ぶわけではなく、『奨励金』や『寄付』の形式で活動を援助したいということです。過去には運動部や美術部が実績を出した際に、学校を通じてポイントの贈与があったと調べました」
「......なるほど。今日の相談の本題は、これですね」
「おっしゃる通りです。そして僕は、モデル活動にて発生するポイントは『美的表現』『立ち振る舞い』『感性のアウトプット』に該当し、美学研究会の活動内容から外れていないと思っています」
橘は口を挟まず、白銀の主張に耳を傾ける。軽い相談だと思っていたのに、これでは実際は生徒会活動と変わらない。むしろ、ルールの穴を突く大変な部類の仕事だ。
「当然、生徒個人に選択の権利があり、また先方の基準を満たしているかの問題もあるので、誰もがモデルになれるわけではありません」
「モデルとして起用されることは、運動部や文化部が大会・コンクールで結果を残すことと同義であり、継続性・拘束性もないため、発生するポイントはアルバイトではない。......個人的にはそう考えてます。後から発覚して問題になるのが嫌だったので、包み隠さず全てお話させていただきました。橘先輩はどう思いますか?」
「──質問してもいいですか」
筋は通っている。今までにこんなことを行う人間、行える人間がいなかっただけで。
「どんな質問でも答えますよ」
溢れんばかりの自信。
そして、既にその自信を裏付ける手筈を整えている。本人は気が早いと言っていたが、サークル設立は通ると確信しているみたいだ。
「白銀くんは、ご自身の会社のランク販売等で既に多くのポイントを稼いでいると思いますが、なんのために今回の行動を起こしたのでしょうか」
橘は知っている。白銀を調べていたのだから、知らなければおかしい。彼が夢衣ランジェリーのランクを売り、既に数百万ポイントは稼いでいるであろうことを。
その質問に対し、白銀の表情は真面目なものから少しだけ緩やかになった。慣れないぎこちない笑みを浮かべ、橘を真っ直ぐ見据える。
「0cptの生徒にも、希望があることを示したくて」
明確に誰かを思い浮かべているのか、その言葉には謎の説得力があった。
橘は──その嘘にまみれた計算高い優しさに騙され、まんまと感動してしまった。
「──生徒会に申請書を忘れずにだしてくださいね。約束はできませんが、応援したいと思いました」
橘と会話してから8日後の放課後。サークル設立は無事に認可された。全て、白銀の希望通りの内容で。
なお、橘にポイント等でお礼をしようとしたところ、『気にしないでください』と笑顔で固辞されてしまった。
「フリータイムで」
そんな彼は、中間テストが数日後に迫っているというのにカラオケに来ていた。同行者は誰もいない。また神崎が『自分だけ遊びやがって』と顔を顰めそうな行動である。
あくまで、今は同行者がいないだけだ。白銀はここで人と会う約束をしている。
「カラオケなんて、しばらく来れないと思ってたよ。本当に奢りでいいの、白銀くん?」
松下千秋。以前、Dクラスの情報収集のために櫛田、王、松下と食堂でご飯を食べた際に連絡先を交換していた相手だ。
「気にしなくていいよ、僕の都合だから。あんまり人に聞かれたくない話だったから、カラオケの個室がよかったんだ。むしろ、テスト前日に呼び出してごめんね」
(櫛田はダメだ。クラスの中心的存在で情報を持っているだろうが、得られる情報量と質、そして拘束時間が割に合わない。王とはあまり話せなかったから、人となりが把握できていない。他に有望な候補がいる以上、彼女たちに接触する必要性は薄い)
「全然大丈夫だよ。普段から復習と予習はしてるからね。......でも、今の話ぶりだと、純粋に歌いにきたわけじゃないよね?」
「うん。実は、松下さんに提案があるんだ」
(松下千秋。前の食事会の時に、Dクラスのまとめ役、問題児、現状、これらの僕が欲しかった情報を的確に、かつ素直に話してくれた。これからのDクラスの情報源は彼女に決めた)
「僕が生徒会に申請したサークルが今日認可されたんだ。もし良かったら松下さんに入ってほしくて。勧誘って言えばいいのかな」
白銀は、松下が断るとは思っていない。もし断られたら、今度は別のDクラスの女生徒に話を持ちかけ、ポイントという名の恩を売って情報源にすればいいと考えている。
「へー、白銀くんサークルなんて立ち上げたんだ。でも、内容が分からなかったら、流石に即答は出来ないかなぁ〜」
松下の反応は当たり前であり、当然の反応だ。入部届けにサインしてくれればそれでいいから早くサインして、と言われて素直にサインするバカは滅多にいない。
「もちろん、それも説明させてもらうよ。まずさ、松下さんはポイントに余裕ない、もしくはかなり節約してるよね?嫌味とかじゃなくて、Dクラスが0cptだから」
「うん。もう買いたいものも買えなくて、困っちゃうよ」
ここで、白銀はサークルの詳細を説明した。橘に話した内容は嘘ではない。誰もがモデルになれるわけではないし、企業側の都合があるというのも一部本当だ。だが、白銀からすれば、そんなものはどうとでもなる。
「すごいね」
説明を全て聞き終わった松下は、白銀の規格外の行動力と、それがもたらした結果に舌を巻いていた。白銀もその反応から、今回の交渉は上手くいったと確信した。
一息飲んでから、松下は口を開いた。白銀はその時の彼女の表情に、僅かな違和感を覚えた。バカが出せる雰囲気ではない、と。
「──それで、私をDクラスの情報源にするの?」
「へぇ」
白銀は、Dクラスのことを『高円寺以外は全員バカ』だと思っていた。だから、わざわざ自身の足と目で詳細を調べようとは思わなかった。
Dクラスのバカの誰かから耳で情報を得られれば問題ない。そう考えていた──今この瞬間までは。
「私に恩を売って、信頼を得て口を軽くさせる。どうしても情報が必要な時は、ポイントがない時に世話をしてあげたと、恩を返せと迫ることも出来る。......でしょ?」
当たっていた。松下が話していることは、そっくりそのまま白銀が考えていたことだ。白銀は舐めすぎていたと彼女への評価を即座に改める。
だが、それだけだ。見破られようが何をされようが、こちらに何も問題はない。松下に出来ることなんて、何もないのだから。
「正解。それで、君はどうする?僕に注意しろとクラスメイトに注意喚起するか、それとも『情報を与えるのは嫌だけどポイントは欲しい』と駄々をこねるか。好きなようにするといい」
Dクラスの情報を得られなくなったとして、白銀に痛手はない。元々イレギュラーが起きた際にすぐに情報を得るための保険に過ぎない。サークルも、白銀自身が合法的に稼ぐための手段がメインだ。
白銀は、松下の動きを静かに観察した。
自分からこちらの狙いを言い当てたのは、彼女にも何らかの狙いがあるからだ。そうでなければ、白銀に警戒されていいことなんて何一つない。
そのうちバレただろうが、何も気づかないフリをして甘い汁だけを吸っていればよかったのだから。
「ううん、あげるよ。Dクラスの情報くらい」
「──面白い。そうくるとは思わなかった」
白銀は松下の狙いを完全に把握した。
要は、自身の価値を高く見積もらせるために必要な行動だったわけだ。白銀にバカだと思われ、いいように使われたとして、得られるのは食事の奢りやカラオケ代といった安っぽいものだろう。
だが、自分に『能力がある』ことを示せば対価は跳ね上がる。
「対等、とは言わない。でも、私は白銀くんを欺く程度の演技ができる能力はあるよ。白銀くんは、私にどのくらいの価値をつけてくれるのかな?」
白銀の口角は自然と上がった。普段人前でよく作っているぎこちない笑みではなく、底知れない愉しさを孕んだ自然な笑顔だった。
「モデルとしてのポイントは、法外な要求はしない。相場の2倍か3倍程度。パーツモデルか、下着のモデルもするか。ネットに載せてもいいか、雑誌だけか。色々な要素で金額は変わる」
「うん」
「優良な情報。もしくは、今回みたいに僕を驚かせる衝撃的な情報なら、相応のポイントを払ってあげるよ。僕は今回のやり取りで、かなり君に期待してる。......くだらない情報はやめてよ?自分からそれを望んだんだから」
「なら、早速情報なんだけど」
「いいね、面白い。普通はここまで言われたら物怖じするものなのに」
「中間テストは、毎年同じ問題が出題されてる可能性が高い。根拠は、一昨年の小テストの内容が私たちの受けた小テストと全く同じだったこと。それに、出回っている過去のテストの範囲が、変更後の範囲と一致していること。......どう?期待に応えられたかな?」
宝くじで5等の500円を期待して買ったら、3等の1万円が当たった。白銀はまさにそんな気分だった。予想よりも良い結果を手にすれば、人は落差で喜びが大きくなる。
「ノータイムでクラスの情報を渡してくるなんて、期待以上だ。情報の質も悪くない......発案者は誰?」
「櫛田さん、ってことになってる」
「なるほど。『公表されていない』もしくは『誰かが櫛田を動かした』、そう考えるべきだね」
櫛田桔梗ごときが思いつくとは思えない。それが白銀の素直な感想だ。松下も疑問をもっているからこそ、断言はしなかったのだろう。
「少し報酬を弾んであげるよ。初回特別サービスとでも思えばいい。10万pptと、夢衣ランジェリーのシルバー会員の権利。文句ないよね?」
松下はパッと目を輝かせた。オシャレ好きの女の子からすれば、喉から手が出るほど欲しい報酬だ。
「いいの?」
「あくまで、卒業までの期間だからね。それ以降も維持したかったら、年間の購入金額を満たす必要がある。支店に連絡入れておくから、会員証は明日以降受け取りに行って」
「ありがとう。せっかくだし、カラオケも歌っていい?」
「構わないよ。僕も久しぶりに来たし、少しだけ付き合わせてもらおうかな」
「いつぶり?」
「彼女にフラれてから来てないから、1年くらい?......あ、でも、先にクラスに連絡しようかな。今もらったこれ、早く配ってもらわないと」
その言葉を聞いて松下が入れた曲は、なんと『失恋ソング』である。良い度胸をしている。
『──もしもし、隆二。面白いものを手に入れたから、適当に理由付けして今すぐクラスメイトに配って。細かいことは任せるから』
【白銀銀行】設定詳細
■ 基本情報
設立者:白銀 虎
代表者(頭取):白銀 虎(創業者と同一)
設立年数:設立から5年で業界トップのシェアを獲得
本社所在地:東京都港区
■ 企業概要
銀行業界に革命を起こした新興の巨大メガバンク
圧倒的なIT技術と情報収集能力を武器に、大手銀行の牙城を崩した
大手企業・政財界の要人との太いパイプを持ち、「情報金融」の分野に強み
個人資産管理から企業投資、海外送金、暗号資産まで幅広く展開
■ 創業者:白銀 虎
白銀琥珀の父親。冷徹かつ冷酷なまでに合理主義を貫く、絶対的な実業家。
政治家や企業幹部の致命的な秘密情報・スキャンダルを多数掌握しているとされ、時には裏社会との繋がりすら噂されるが、その証拠を掴めた者は一人として存在しない。
仕事においては血も涙もない男だが、一人息子の琥珀に対しては異常なほどの溺愛ぶりを見せる。琥珀の顔と身体に残る凄惨な火傷の痕に対し、父親として深い罪悪感を抱え続けている。
■ 特徴的なサービス
【1】超富裕層向けブラックカード
利用限度額の概念が存在しない特別なカード。顧客の身元や資金の流れを完全に隠匿する秘密口座管理サービスも付帯している。
【2】情報付き金融サービス
独自のAI技術と、独自ルートで仕入れた「裏情報」を組み合わせた、他行には真似できない精緻かつ容赦のない融資判断システム。
【3】高度育成高等学校への出資
政府主導の特殊な学校である『高度育成高等学校』の強力なスポンサーの一つとして名を連ねているという噂があるが、真偽は定かではない。
■ 白銀琥珀との関係と過去
琥珀は中学時代、父・虎の後ろ盾と莫大な資金援助を受け、『夢衣ランジェリー』を起業した。現在、琥珀の会社と白銀銀行は形式上独立しているが、その強固なバックには常に父の巨大な影がチラついている。虎は琥珀を自身の唯一無二の後継者として望んでいる。
過去、虎は妻と離婚した際、一度は琥珀の親権を母親に渡してしまっていた。しかし、その母親からの凄惨な虐待により、琥珀は顔と身体に一生消えない火傷を負わされることになる。
激怒した虎は、琥珀が小学4年生の時にその事実を決定的な理由として親権を奪い返し、以後は自身の徹底した庇護下に置いている。虎の琥珀に対する執着に近い溺愛と深い罪悪感は、この忌まわしい過去に起因している。