無口に愛を紡ぐ教室へようこそ   作:Mr.♟️

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5話〜生徒会裁判〜

 

7月1日、Dクラスの教室にて。池、山内、須藤──通称『3バカ』と呼ばれている三人は、とある女子生徒に時折視線を向けながら話をしていた。

 

「最近の松下、やばくね?なんか、見るからに綺麗になってるよな?」

 

そう言いだしたのは池だった。最近のDクラスでよく話題に上がる内容のひとつが、松下千秋の変化についてだ。

 

男子は今までさほど気に留めていなかった女子が目に見えて垢抜けていく姿に下心を抱き始め、女子はそのスキンケア方法やメイクに強い興味を示している。

 

「っはー、お前らも気づいちまったか。俺だけが気づいてると思ったのに。まあ、俺は入学式の翌日には気づいてたけどな」

 

それにおちゃらけて返すのは山内。ちなみに、この言葉は嘘である。

 

4月に行われた小テストの日の放課後、櫛田、池、山内、綾小路、平田、軽井沢、森、松下のメンバーで遊んだ時、池と山内は櫛田に猛アタックしており、松下と森のことは綾小路に押し付けようとしていたのだから。

 

「そうでもねぇ。他の女子と比べたら、月とピッコロだろ」

 

「いやいや、須藤は松下が白銀と仲いいから気に入らないだけだろ。月とスッポンだし」

 

どこかで聞いた言葉が混ざったのか、ヘンテコなことを言う須藤に池が冷静に突っ込む。須藤も『それだそれ』と怒ることなく返した。

 

「くっそー、半月前に告られた時にOKしとけばよかった」

 

「前は佐倉に告白されて、今度は松下かよ。嘘乙」

 

「はぁ!?嘘じゃねぇから!松下の胸がもう少しあれば、余裕で付き合ってやったっつーの!!」

 

山内の虚言癖は一緒にいれば、否、同じ空間に居れば誰でもわかるほど粗末でわかりやすいものだった。

 

山内自身はその事に気がついていないため、否定されるとムキになって言い返してしまう。

 

当然、今まで少し抑え目だった声量も興奮と共に大きくなる。少し離れた席から松下に冷ややかな視線を向けられていることにも、鈍感な彼らは気が付かなかった。

 

「松下のことなんかよりよ、いつポイント振り込まれんだ。今月は先月のテスト頑張ったからポイント貰えるはずだろ」

 

松下の話題から白銀の顔が脳裏にちらついたのか、不機嫌そうに須藤は話を切りかえた。Dクラスの今月のクラスポイントは87cpt。

 

プライベートポイントに換算して8,700pptが振り込まれる予定である。それにしても、実質赤点だったにも関わらず『頑張った』と言えるのは如何なものだろうか。幸村あたりが聞いていたらガチギレしそうな話だ。

 

「学校のミスじゃね?ってか、もしそうならお詫びとして追加でポイントもらえるかもしんないから、チャンスじゃん」

 

池のポイントに貪欲な姿勢だけは評価されるべきだろう。相手への思いやりと常識があればの話だが。

 

3バカはそんなことを考えながら、ホームルームに現れた茶柱に詫びポイントを要求したが、当然通るはずもなかった。むしろ、彼ら三人──いや、須藤にとっては人生を終わらせる最悪の言葉が、茶柱の口からあっさりと発せられた。

 

「Bクラスの白銀が、6月に教室前で須藤に殴られたことを学校側に訴えてきた。須藤──お前は退学だ。また、退学者をだしたクラスにもペナルティがある」

 

その言葉に、張本人である須藤はヒュッと呼吸を止めて固まり、池と山内は『今更おかしい』と異議を唱えた。

 

Dクラスの反応は様々だった。須藤単体がペナルティを受けるならまだしも、クラス全体が巻き込まれることに不満を抱く者。須藤を露骨に責める者。10万ポイントをドブに捨てたことを後悔する者。内心喜ぶ者。

 

「本来なら、だ。今回の件については、白銀側から『須藤に反省の気持ちがあるなら、別の処罰を話し合いたい』と提案があった」

 

「どのような結果になろうと、退学より重たいペナルティになることはない。白銀は無駄に話を大きくしたくないから、被害届をだすような真似はしないと言っているそうだ」

 

騒ぎ立てる生徒たちが口を挟むより前に、茶柱は淡々と説明を終えた。

 

「退学のペナルティはどういったものになるんでしょうか。それがわからないことには、クラスにとって白銀くんの提案がメリットなのかデメリットなのか判断できません」

 

「いい質問だ、堀北。本来なら退学者がでるまで伏せている情報だが、今回の件については堀北の言葉通り、ペナルティ内容が分からないことには判断できない。よって、一年生全学年に公表することにした」

 

茶柱は手元の資料を見下ろしながら告げる。

 

「退学理由にもよるが、最大でクラスポイント300cptの没収。今回の須藤の件は暴力事件、いじめに該当する可能性が高いため300cptの没収になる。不足分については、今後クラスポイントが入り次第、強制的に徴収される」

 

授業を不真面目に受けてクラスポイントが0cptになろうと、マイナスとして蓄積されることはない。だが、退学によるペナルティは『借金』としてマイナスが残ってしまうのだ。

 

「つまり、それ以上の要求をしてくるのであれば断って退学してもらった方がいい、そういうことですね」

 

堀北の冷徹な言葉に、須藤は激昂する。クラスメイトが押さえつけていなければ、堀北に殴りかかっていたことは火を見るより明らかだった。

 

「まあ待て、堀北。今回の話は大前提として、須藤が反省している必要がある。私の目には反省してるようには見えなかったが、須藤。お前は反省しているのか?反省していないのであれば、問答無用で退学処分になるが」

 

「っ!......し、てる」

 

誰が見ても反省していないのは明らかな状況で、須藤は屈辱に顔を歪めながら、絞り出すようにそう口にした。

 

「そうか。話し合いは生徒会を介して行われる。今日の放課後の予定だ。同行者は最大五人。そんなにいても結果は変わらないだろうが、お前たちで話し合って決めるといい。同行するものは、愚行を犯した人間の末路がどういったものになるか、よく目に焼き付けろ。以上だ」

 


 

放課後の生徒会室。既に集まっているのは、生徒会会長の堀北学、生徒会書記の橘茜、Bクラス担任の星之宮知恵、そして当事者である白銀琥珀。

 

「白銀、同行者は担任だけか」

 

堀北は、白銀に同行しているクラスメイトが一人もいないことを疑問に思った。独自の調べと橘からの情報で、彼がBクラス内でもある程度高い地位にいることは把握していたからだ。

 

「ええ、僕とクラスメイトとでは考えが合わなくて。向こうのクラスから手を出してきたんだから『退学させればいい』って意見が大半なんですよ。まあ、クラスメイトが目の前で殴られたら、そういう気持ちになりますよね」

 

「だが、お前はクラスの意見を抑えて自身の意思を優先した。お前が今日この場でどんな処罰を求めるのか、じっくりと聞かせてもらおう」

 

堀北の鋭い眼光が白銀を捉える。しかし、白銀はおじける様子も気負う様子も見せず、僅かに口角を上げた。

 

「堀北会長が思っている程、面白い内容じゃありませんよ。もし彼が本当に反省しているなら、一年間のボランティア活動と学校での挨拶運動。この二つを処罰として求めるつもりです」

 

その話を聞いた橘はにこやかに笑い、堀北学は興味深そうに白銀に問いかける。

 

「その程度の軽い内容であれば、問題なく通る。だが、それでお前に何の得がある?」

 

「彼は常日頃の素行が悪い。放課後・休日のボランティア活動と毎朝の挨拶活動を強制させることで、それを改善してもらいたいだけです......本当に反省している人間には、一度くらい更生のチャンスがあっても然るべきじゃありませんか?」

 

もちろん、まったくもって白銀の本心ではない。松下を通じて、須藤が微塵も反省していないことは把握済みである。念の為、白銀は松下に『チクチク言葉で須藤を苛立たせろ』と指示まで出している。

 

「罰としてはかなり軽いですが、平和的でいいと思います。白銀くんらしいですね」

 

橘茜はどこか誇らしげである。

 

それもそのはずだ。生徒会の誰よりも先に白銀に興味を示し、サークル設立の後押しなども行った。特定の個人に肩入れすることがない橘が、珍しく目をかけて接している後輩なのだから。

 

もし神崎が今の状況を見たなら、『猫かぶりめ』と呆れて呟いていたことだろう。

 

「なるほど、利他の精神か。それが本心なら、納得もできる」

 

そう言いながらも、生徒会長はひどく懐疑的である。なぜなら、結局のところ最終的な決定権は被害者である白銀にあるからだ。

 

堀北にそれを指摘するつもりはない。その決定権は、殴られた白銀が持っていて然るべきものだ。だからこそ、白銀の次の発言には僅かに目を見張った。

 

「彼が本当に反省しているかどうか、堀北会長と橘先輩に判断してもらえたら嬉しいんですが、どうですか?僕が判断すると、どうしても疑って重く見てしまいそうで」

 

当然の権利である決定権を、自ら他者に預けた。隣に立つ担任の星之宮に驚いた様子はなく、元からこうするつもりだったことが見てとれた。

 

「──面白い。いいだろう、公正に判断すると約束する」

 

「私も問題ありません」

 

Dクラスの生徒が来るまで歓談が続き、約束時刻の十分前にDクラスの一行は現れた。担任の茶柱、当事者の須藤、平田、櫛田、堀北鈴音、松下、軽井沢の七人である。

 

(ふぅん、放課後まで同行メンバーを検討してた割には、普通のメンバーだね)

 

白銀は、部室に入ってきた須藤の苛立っている顔を見て確信した。当初の予定通り、事が進みそうだと。

 

「──全員揃ったようだな。少し早いが、これより須藤健の処遇についての話し合いを始める」

 

生徒会長の低く響く言葉に、生徒会室の空気はピリッと引き締まった。

 


 

 

「生徒会、学校側としては今回の件は退学が妥当だと考え──」

「なんでだよ!そのための話し合いだろ!」

 

話し合いの基準となる処罰について会長が説明している最中、須藤は怒声とともに割って入った。会長の眉間に皺がよると同時に、橘も不快そうに眉を顰める。

 

「静粛に。会長は今──」

 

「黙ってらんねぇ!退学の代わりの条件を話すんだろ!なんで、いきなり退学って話になってんだ!ふざけんな!」

 

同行している五人が黙るよう必死に押さえつけようとしているが、須藤は止まらない。

 

星之宮は茶柱を今後煽る時のネタに使えそうだと内心ほくそ笑み、白銀は怒号を浴びる会長と橘に少しだけ同情した。

 

「──次、許可なく発言したら退室させる」

 

低く、絶対的な冷たさを孕んだ声で須藤を睨みつける堀北学。須藤は怯みこそしなかったものの、その威圧感に押し潰されるように開いた口を閉じ、渋々黙り込んだ。

 

(バカだなぁ。どうせ口を挟むなら、最初に謝っておけばよかったのに。そうすれば、不器用ながらも反省の気持ちが先行したと説明することも出来たのに)

 

「退学が妥当だと考えているが、今回の話し合いは被害に遭った白銀の温情により、代替の処遇を話し合う場として設けられた......が、その必要はなさそうだ」

 

先に話をしていた会長と橘、白銀と星之宮は、今回の話がまとまらないことをこの時点で完全に理解している。

 

反して、堀北鈴音は兄である会長が目の前にいることにより萎縮してしまい、完全にフリーズして何も出来ていない。

 

櫛田と軽井沢については元よりこの張り詰めた空気の中では戦力になりえない。平田一人では須藤の暴走を止めきれない。松下は裏で繋がっている白銀側の人間である。

 

松下以外のDクラスの人間には、会長の発言の致命的な意図が読めていない。それは、担任である茶柱も含めてだ。

 

「話し合いの結果──いや、話し合いはまだ始まっていませんが、反省の色なしと、私は判断します」

 

「同じだ。結論は出た。白銀、お前の希望を聞こう」

 

「待ってください。確かに須藤くんの態度に問題があったことは認めます。後ほど本人にもしっかり謝罪させます。ですが、僕たちはまだ白銀くんの希望する処罰を聞いていません。話し合いは、これからのはずです」

 

平田の主張は尤もである。若干自分たちに都合がいい主張ではあるが、間違ってはいない。そもそも、話し合いはまだ始まってすらいないのだから。

 

「僕から説明した方がいいですか?」

 

白銀は会長の目を見る。会長は即座に首を振り、不要だと返した。これ以上、この無駄な時間を長引かせたくないのだろう。

 

「白銀が当初希望していた内容は、一年間、須藤がボランティア活動と挨拶運動に取り組むこと。須藤が反省していれば、この内容が処罰として確定しただろう」

 

その内容を聞いた瞬間、須藤は露骨に難色を示した。一年間という長期間、毎朝挨拶運動なんてやるつもりはないし、ボランティア活動で部活の時間が潰れることなど、彼には到底受け入れられない内容だった。

 

「であれば──」

 

「反省していれば、だ」

 

すかさず口を開きかけた平田を、会長の冷徹な声が制した。大大大前提として、須藤は反省していなければならない。

 

「もし、俺と橘が須藤は反省していると判断した場合、そうなっていた。が、先程伝えたように、俺も橘も須藤が反省しているようにはみえない。白銀から代案がなければ、須藤健を本日付けで退学処分とする......白銀、他に代案はあるか?」

 

「しかし──」

 

「そもそも、謝罪すら一切ない時点で論外だ」

 

この絶望的な状況を打開する方法を、平田は思いついていない。ただあるのは、クラスメイトを退学にしたくないという必死な気持ちだけだ。

 

この空気で軽井沢が言葉を発せるはずはなく、櫛田がこの状況を打破する画期的な提案をできるはずもない。堀北鈴音はただの置物と化している。茶柱は今にも暴れ出しそうな須藤を押さえるだけで精一杯だ。

 

白銀は会長の問いかけに対し、数分考える素振りを見せてから、重々しく口を開いた。

 

「......いえ、僕にこれ以上の代案はありません。残念ではありますが、須藤くんは退学で──」

 

「待ってください」

 

松下が悲痛な声で白銀の言葉を遮る。ここからは、白銀が事前に考えていた茶番の始まりである。全員の視線が松下に集中する。

 

松下は立ち上がり、生徒会役員たちに向けて深く頭を下げ、その後に白銀に向けても頭を下げた。そのままの姿勢で、松下は震える声で懇願する。

 

「お願いします。もう一度だけ、反省の機会をください」

 

櫛田と平田もそれに倣い、慌てて立ち上がり頭を下げる。軽井沢は戸惑い迷っており、堀北鈴音は恐怖で人形かと思うくらい動かない。須藤は怒り狂ったままのため、茶柱が必死に押さえつけている。

 

「今度は、須藤くんにもしっかりと言い聞かせます。だから、もう一度だけ......お願いします」

 

「お願いします!」

 

『まさか、想定外だ。どうしよう』。──そんな風に少しだけ取り乱した様子を絶妙に装い、白銀は頭を下げている三人を少し長めに眺め、ようやく口を開いた。

 

事前に聞いていた打ち合わせよりも長めに頭を下げさせられている松下は、内心『ちょい怒』である。

 

「松下さん、櫛田さん、頭をあげてよ。僕たち友達じゃないか。平田くんも、君が悪いわけじゃないんだから。そんな風に頭を下げられても困るよ──わかった、わかったから。考えるから頭をあげて」

 

ここで、ようやく三人は頭を上げた。各々、安堵の表情で感謝を述べている。

 

「別の案を提案するということか?」

 

「いえ、こちらから情をかけるのはこれ一回だけです。今度はむしろ、Dクラスから提案していただきたい。その提案を聞いて、僕が受け入れるか退学かを決めます」

 

会長と橘は『両者の合意であれば問題ない』と口に出した。Dクラス側は、藁にもすがる思いでそれを受け入れた。

 

「長引かせても楽しい話じゃありませんし、堀北会長と橘先輩の都合がつけば、明日の放課後でどうですか?」

 

「問題ない。では──」

 

「堀北会長、すみません。最後に一つだけ、須藤くん、堀北さん、軽井沢さんに伝えたいことが。少しだけお待ちいただけますか?」

 

「いいだろう」

 

「ありがとうございます。こんなことを言うのは心苦しいんだけど、話し合いに参加しない人は次の話し合いには来ないで欲しい。置物になっている堀北さんと、怯えているだけの軽井沢さん......あと、須藤くんは明日までに頭を丸めてきてもらっていいかな?今日の君の態度から、僕は反省している点を一つもみつけられなかった。せめて、行動で示してほしい」

 

名指しされた三人が反応するよりも早く、平田が即座に答える。

 

「わかった。明日までに須藤くんは頭を丸めるし、軽井沢さんと堀北さんは連れてこない。他に条件はないかな?」

 

「ないよ。では、堀北会長お願いします」

 

「──明日の放課後、今回と同じ時間に生徒会室にくるように」

 

 


 

放課後にも関わらず、Dクラスの生徒は全員教室に残っていた。生徒会室での話し合いの結果をいち早く聞くためだ。

 

「なんだよ、それ。須藤が最初からちゃんと反省していれば、クラスにペナルティはなかったじゃないか!」

 

報告を聞いて真っ先に糾弾したのは幸村だった。真面目に授業に取り組み、問題行動などは一切起こしていない幸村の怒りは至極正当であり、だからこそ強い。

 

「僕たちがしっかりしていなかったばかりに、本当に申し訳ない」

 

生徒会室に続き、ここでも頭を下げている平田。当の問題児である須藤は、教室に戻ってようやく冷静になったのか、自身のおかれている絶望的な状況に焦りを見せ始めている。

 

「いや、平田を責めたいわけじゃない。お前だ、須藤。お前は教室を出る前、平田たちに『絶対に入室したらすぐ謝れ』と言われていたはずだ。俺も言った。それがどうして、こんなことになってるんだ」

 

「教えてくれないかな、須藤くん。私たちに『入室したら謝る』って、そう約束してくれたよね?」

 

幸村のみならず、櫛田からも冷たく詰め寄られる。クラス全員が、彼が約束を承諾した瞬間を目撃しているのだ。逃げ場はない。

 

「っ、んなの、松下がうぜぇこと言ってくるからだろ!それで頭に血が上ってイライラしたんだよ!」

 

途中までは平常通り話せていたが、当時の苛立ちを思い出したのか途中で声を荒らげる須藤。

 

確かに、松下は須藤がイラつくように、誰にも聞こえない絶妙なタイミングでチクチクと言葉の棘を織り交ぜていた。

 

だが、その事実を知っているのは松下本人だけだ。この状況で須藤が松下を糾弾するのは、悪手中の悪手である。

 

「......私のせいにするんだ。自分が反省しなかったのが悪いのに」

 

松下は生徒会室で真っ先に頭を下げ、絶体絶命の状況から二度目のチャンスをもぎ取ってきた大功労者だ。そんな彼女を根拠もなく非難すれば、クラス中から袋叩きにされることは明白。

 

案の定、女子たちは一斉に松下を擁護し、須藤に非難の声を浴びせ始めた。

 

「松下のことはどうでもいい。軽井沢と堀北、お前らは何をしに行った。俺は同行者に立候補した。だが、お前たちは自分が行くと主張して俺の枠を奪ったよな」

 

「須藤が謝らなかったんだから、私たちに出来ることなんてないから。普通に考えればわかるでしょ」

 

「......ごめんなさい」

 

「堀北は辛うじてだが、理解はできる。他人様の家庭事情に口を出すつもりはない。俺も、成績がいいお前ならと思って譲った。だが、軽井沢。なんでお前はさっきから開き直ってるんだ」

 

「悪いのは須藤なんだから、私を責めても仕方ないでしょ」

 

元々、軽井沢はこんな話し合いになんて参加したくなかったのだ。

 

だが、女子のリーダー格である櫛田が参加し、ぼっちだが一目置かれている堀北が参加し、果てには最近カーストが浮上してきた松下までもが参加するときた。女子グループのパワーバランスを考えれば、軽井沢に『参加しない』という選択肢は残されていなかった。

 

「それをサポートするために、私たちが同行したんじゃないのかな?」

 

「松下、あんた──!」

 

「みんな!責任が誰にあるかではなく、これからどうするかを考えたいんだ。幸村くん、君の意見を聞かせてくれないか?」

 

険悪な空気を断ち切るように、平田が声を張った。

 

「須藤を退学させろと言いたいが、ペナルティの300cpt没収は痛すぎる。今月のクラスポイント全額譲渡と、須藤の一週間の停学はどうだ。欠席扱いになるから来月もポイントは少なくなるだろうが、0にはならないはずだ」

 

「なるほど、停学か」

 

「退学させたところで、白銀に得はない。この提案なら、少なからずBクラスにメリットが生まれる」

 

「多分、それだと白銀くんは納得しないと思う。元々の彼の提案には、実利的なメリットなんて一つもなかったから」

 

幸村の意見を、松下は真っ向から切り捨てる。納得のいく理路整然とした反論だったため、幸村が声を荒らげることはない。

 

「なら、お前の意見はどうなんだ。Dクラスで一番白銀と関わってるのは松下だろ?」

 

「二ヶ月間のクラスポイント全額譲渡。加えて、須藤くんに二年間、平日は毎日挨拶運動と放課後にはボランティア活動をやってもらうこと......みんなはどう思うかな?」

 

「賛成よ。きっと、そのくらい身を削らないと納得してくれないと思う」

 

「私も、二ヶ月もポイントがないのは辛いけど、賛成だよ!」

 

「......まだ、そっちの方がいいか。俺も賛成だ」

 

堀北、櫛田、幸村が賛成したことでクラス全体がその意見に流れ、明日提案すべき内容は決まった。

 

天使のような笑顔で賛成した櫛田が、内心須藤にブチ切れていることは言うまでもないだろう。

 

「あとは須藤くんの頭を丸めれば──男子は協力してほしい。須藤くん、抵抗はしないでほしい。僕は君に退学してほしくないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『堀北さんはメンタル立て直したみたい。櫛田さんはいつも通り。軽井沢さんはダメージあり。男子に相当叩かれてたから、結構弱ってるかも?平田くんも結構キテそう。多分これで、私のクラスカーストは二、三番目に上がると思う』

 

『よくやった』

 

『Dクラスの提案は、二ヶ月分のクラスポイント全額譲渡。須藤くんの挨拶運動とボランティア二年間。守らなかった場合、当日中に反省文原稿用紙五枚分。それも破ったら、土日祝もボランティア活動』

 

『OK』

 

『生徒会室で無駄に長く頭を下げさせた分、追加報酬ちょうだいね』

 

『なんのことかわからない』

 


 

 

部屋のインターホンが鳴った。白銀はベッドから立ち上がり、玄関へと向かう。念の為、覗き穴で相手を確認してからドアを開けた。

 

ドアの前にいたのは松下千秋。互いに内密に話したいことがあり、白銀の自室に松下が訪れたのだ。

 

「光栄に思いなよ。神崎以外で僕の部屋に招いたのは君が初めてだ」

 

「お邪魔しま〜す」

 

割と本気で発言した内容をスルーされた白銀。白銀と関わった影響か、松下もすっかり図太くなってしまった。

 

「──白銀くん、何この部屋」

 

「自室」

 

「そうじゃなくて、私の部屋にあるベッドと全然違うんだけど。なにこの、いかにも中世貴族が使ってますみたいな。触っていい?座っていい?」

 

「天蓋はつけてないけどね」

 

柔らかーい、すべすべーと楽しんでいる松下。ここでふと、先程スルーされたことを思い出す。

 

「触り心地いい?」

 

「うん、こんなスベスベなの初めて」

 

「座り心地いい?」

 

「うん、包み込むような、それでいて適度に反発してくるような......このベッド、いいね」

 

「喜んでもらえてよかった。100万ppt払ったかいがあったね」

 

ピシッと松下の動きが止まった。首をギギギギと動かし、信じられないものを見る目で白銀を見つめる。

 

「嘘?本当?」

 

ありえそうだけど、ありえなさそう。松下の偽らざる感想はこれだ。

 

「嘘だよ」

 

「だよね」

「本当は150万ppt。アンティークは高いよね」

 

「あとで『汚れてるから弁償しろ』とか言わない?」

 

「どんな悪人さ、僕は。だから言ったのに、『光栄に思いなよ』って」

 

「だって、ただの偉そうな発言だと思ったんだもん」

 

「で、そろそろ本題に入るけど、まずは今日の話し合いお疲れ様。予定通りに進んだのは、君がいたからだ」

 

「いやいや、その分貰ってるから。それに、これでクラスで上の立ち位置にいけるのは悪くないし」

 

今回の話し合いで、松下は少なくとも軽井沢と堀北以上の存在感を示し、Dクラスにとっての絶望的な状況から結果を出した。自然とクラス内の立場は上がる。

 

「うん。君が今着てるパジャマも美容品も、部屋にあるであろう鏡も僕が与えたものだね。そう考えると、働き足りなくない?もっと働きなよ」

 

「私は言われたことをきっちりやってるよ。私をどう動かすかは、雇い主の仕事だからね」

 

「まあ、スキンケアはちゃんとしてるみたいだし、これからモデルの仕事の頻度も増やせば回収できるからいいけど......で、明日の話し合いについてなんだけど」

 

スキンケアサボってないの分かるんだと松下は思った。見る人が見ればすぐに分かる。肌ツヤが段違いだ。

 

「うん」

 

「上手くやってくれたね。これで、Dクラスに与える落差が激しくなった。君の評価も間違いなく上がる。それこそ、リーダー並にね」

 

「白銀くんのお陰で基本的にポイントに悩むことはないし、美容品も無料だし、本当にありがとうね」

 

「そう思うならもっと働いてほしいけど。とりあえず、二ヶ月間全員から付与されたpptの半額を貰おうかな。大したポイントにはならないけど」

 

「え、いいの?そんなにサービスして」

 

「何言ってるの?『君が僕に』そうさせるんだよ?」

 

白銀の目的は、松下にDクラスを掌握させること。そのために、わざわざ生徒会室で茶番まで演じたのだ。松下は白銀の言っている意味がわからない。

 

「そうだなぁ、覚悟を見せようか。僕は君たちの提案に渋い顔をするから、松下。君はプライベートポイントをかけようか」

 

「やだよ?」

 

当然である。

 

「まあまあ、落ち着いて。君が追加で提案するんだ。『私が今後手に入れるpptも全て白銀くんに譲渡するし、須藤くんのボランティア活動は卒業まで行う』みたいにさ。僕は君のポイントは断って、須藤に対するペナルティだけ受け入れる」

 

「えぇー、でも、白銀くんの気が変わったらppt奪われちゃうしなぁ」

 

そう文句を言いながらも、松下は全然嫌がっていない。自身が役に立っていないなら話は別だが、指示を聞いて全て希望通りの結果を収めている。二人には既にある程度の信頼関係が築かれているのだ。

 

「契約書でも何でも書いてあげるよ」

 

「でもさ、なんで須藤くんにボランティア活動とか挨拶運動とかやらせたがるの?ただの嫌がらせ?」

 

「挨拶運動は嫌がらせ。ボランティアは部活動防止。彼、運動能力は高いみたいだから」

 

「うわぁ、須藤くんがクラスに貢献出来るポイント潰してる。性格悪い」

 

「あとは誰かのための精神安定剤。自分より下がいたら安心するでしょ?誰かが病んだ時、彼を見て元気を出してくれれば」

 

「もし須藤くんが病んだら?」

 

「笑う」

 

「最低だよ?」

 

「僕が善人なわけないじゃないか。退学する時は笑わないけど、学校に残ってるなら笑うよ。僕の顔殴ったし」

 

「しっかり根に持ってるんだ」

 

「僕の顔にどれだけの美容代がかかってると思ってるのかな?僕の前から消えるなら追わないけど、そうじゃないなら徹底抗戦だよ」

 

「堀北か軽井沢、どっちかグループに取り込めないの?排除より懐柔の方が得が多いから、そうしたいんだけど」

 

松下は少し考え答える。

 

「堀北さんは無理。協調性無さそうだし、グループに入れたら崩壊するか、私が蹴落とされる気がする」

 

「残念。頭が良い人は引き込みたかったのに」

 

残念とはこれっぽっちも思っていないが、後半は本音である。学力は彼にとって一つの指標だ。

 

「軽井沢さんは微妙。性格がアレだし、結構トラブル抱えてるから」

 

「どんな?」

 

「クラスメイトからポイント借りパク状態。合計で5万pptくらいは借りてるんじゃないかな」

 

「なるほど。狙い目だね。松下、ポイント貸してる生徒の債権を僕が買いとるから、明日の話し合いが終わってから動いて。借金を一本化してあげるなんて、優しいね僕」

 

「それはいいけど、何するつもりなの?」

 

「え、ランジェリーモデルをお願いしようかと。あの容姿なら基準は満たしてるし、ポイントも足りてないなら狙い目。支社で調べた結果も問題なかったし」

 

「何を調べたの?」

 

「ネットでやらかしてないか。裏情報暴露とか、報酬暴露とか、あんまりしてほしくないからね。顔よしスタイルよしでも、やらかす人間はいらない......あ、そうそう。櫛田には気をつけなよ。彼女、中学時代にヤラカシてる可能性あるから」

 

「もしかして、私も調べられたりした?ってか、全校生徒調べてるとか言わないよね?」

 

「うん、容姿がいい生徒は一通り調べてる。それにしても松下、君って結構ポエマーだったんだね。ああいう痛い裏アカウントは消しておいた方がいいよ」

 

「..............うん」

 

「僕はスクショしたけど」

 

その言葉に松下は羞恥で荒れ狂い、ベッドの上をゴロゴロゴロゴロゴロゴロと抗議のつもりか転がり回る。

 

「そんな、子どもみたいな。余裕のある人間は、この程度のことじゃ怒らないよ」

 

「って、もう21時。まだ夜ご飯食べてないのに。話したいことは話したし、晩御飯を作りたいから帰って」

 

布団に潜っていた松下が顔を出した。白銀はモグラと言いかけたが、150万の布団を人質にとられているため口を閉ざした。

 

「ご飯作れるの?」

 

「僕にできないのは愛想笑いだけ」

 

「気遣いも忘れてるよ」

 

「今すぐ外に叩き出してあげようか?」

 

ぐぎゅる〜と可愛らしい音が部屋に響いた。

 

途端に顔を赤くして布団に引っ込んだ松下。白銀はため息をつきながら、キッチンに向かった。

 

「10分もあれば作れるから、大人しく待ってなよ」

 

ベッドの方向から『ありがとう』とくぐもった声が聞こえた。

 

小気味よく包丁がタンタンタンタンタンと音を奏でる。メニューはワカメと豆腐の味噌汁、ばくだん丼、ばくだん丼に乗り切らなかった刺身と簡単なものだ。

 

二人前作り、出来上がったものをテーブルに運ぶ。配膳まで終えて松下に声をかけるが、反応はない。

 

「寝ちゃったとか言わないよね?」

 

嫌な汗が白銀の背中をつたった。

 

「──冗談だと言ってよ」

 

布団をめくると、すやすやと眠っている松下がそこにいた。

 

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