空が裂けた。
それは一瞬の出来事だった。青空に突如として現れた亀裂から、一人の男が落下してきた。頑丈な体格、短く刈り上げた髪、特徴的な眼鏡。スーツは引き裂かれ、全身に傷を負っていたが、それでも彼の目には力強い光が宿っていた。
彼の名は、スティーブン・アームストロング。かつてアメリカ合衆国の上院議員であり、大統領選の有力候補だった男だ。
「くそっ...どうなってやがる...」
アームストロングは地面に膝をつき、周囲を見回した。見慣れない建物、異質な雰囲気、そして空高くそびえ立つ巨大な塔。
ここは彼の知る世界ではなかった。
最後に記憶しているのは、あの白髪のサイボーグとの戦いだった。敗北...それは認めたくなかったが、事実だ。だが死んだはずの自分がなぜここにいるのか。
「どこだ...ここは...」
彼は立ち上がり、自分の体を確認した。ナノマシンは健在だ。腕の傷は既に治癒し始めている。少なくともその力は失われていない。
ここでアームストロングは、周囲から野次馬のように人々が段々と集まってくることに気づく。集まってきた野次馬の方に顔を向けると、見慣れない服装に加えて、動物のような耳や尻尾を持った人々が混じっているのが見えた。
一瞬、ナノマシンで改造したものだと思ったが、すぐに違うと否定する。
「何が起こったのだ...」
タイムマシンにでも巻き込まれたのか。そう思ってしまうほど訳が分からなかったアームストロングは、ふと野次馬の中にいた特徴的な一人の少女と視線が合った。
オラリオの街は、いつものように活気に満ちていた。冒険者たちが行き交い、商人たちが声を張り上げ、多くの種族が入り混じる不思議な調和を保っていた。バベルの塔と呼ばれるダンジョンを中心に広がるこの街は、多くの神々が降臨し、ファミリアと呼ばれる家族のような集団を形成していた。
その日、街の西側で起きた爆発音に、多くの市民が驚きの声を上げた。
「何があったんだ?」
「モンスターの襲撃か?」
「いや、こんなところでモンスターが現れるわけがない」
好奇心に駆られた冒険者たちが現場に駆けつけると、そこには大きなクレーターと、その中心に立つ一人の人間の姿があった。
「あれは...人間?」
アイズ・ヴァレンシュタイン、ロキ・ファミリア所属の彼女が現場に居合わせたのは偶然だった。金色の髪をなびかせ、彼女はクレーターの縁に立ち、不思議な男を観察していた。
「危険な気配がする...」
アイズが警戒したのも無理はなかった。クレーターの中心に立つ男からは、尋常ではない威圧感が放たれていた。
そして、男の視線と自身の視線が交わった瞬間、アイズの背筋にぞくりとしたものが走る。
ただ者ではない。そう感じたアイズは群衆を守るように前に進み出る。
「あなた......何者?」
アームストロングはそう自分に問いかけてきた金髪の少女を見つめると、やがて口を開いた。
「俺はアメリカ合衆国上院議員、スティーブン・アームストロングだ」
「アメ......上院議員?」
予想だにしていない返答に、その場にいた者達は困惑の表情を浮かべた。
対して、アームストロングの返答を聞いたアイズは警戒したままだった。何よりも勘が告げていたのだ。この男は只者ではないと。
警戒したまま此方を見つめる金髪の少女に対して、アームストロングは笑みを浮かべた。
アームストロングもまた感じたのだ。この少女はかつて自分と闘争をした者達と勝るとも劣らない存在だと。
丁度、ライデンとの戦いの傷も癒えてきたところだ。
そのままアームストロングが少女の目の前に進み出ようとしたその瞬間だった。
「面白い、とても面白い!」
振り返ると、そこには奇妙な衣装を身にまとった男性が立っていた。オレンジがかった髪と狡猾な笑みを浮かべた彼は、神々しい雰囲気を放っていた。
「ヘルメス様」
金髪の少女がその場に現れた男に向かってそう呼びかけた。
「こんな面白い現象、見逃すわけにはいかないよ」
ヘルメスと呼ばれた男は、無造作にアームストロングに近づいた。
「長い間生きてきて、こんな現象を見るのは初めてだよ。これだから下界は面白い」
アームストロングは眉をひそめた。
「貴様は何だ?」
「ヘルメス。天界から降りてきた神の一人だ」
「神...だと?」
軽薄そうに神だと名乗った男に対して、アームストロングは最初はただの冗談だと笑い飛ばそうとしたが、彼の本能の中が訴えかけた。
こいつはただの人間とは根本的に何かが違うと。
そして、周囲の反応を見れば、男が冗談を言っている訳ではない事に気がつく。
(なるほど)
ここに至って、アームストロングは自分が置かれた状況を理解し始めていた。見慣れぬ場所にゲームに登場するような姿をした人々。終いには神と名乗る男。
どうやら自分は異世界に迷い込んだかもしれない。
「アメリカ合衆国上院議員......だったね。面白い肩書きだ。非常に興味が注がれる。君さえ良ければだが、俺のファミリアに来ないかい? 勿論、これは勧誘じゃなくてひとまずは君の話を聞かせて貰いたいだけだ。俺からはこのオラリオという街について説明をしよう」
ヘルメスの言葉に、アームストロングは一瞬考え、うなずいた。
「......いいだろう。貴様のファミリアとやらに案内しろ。新しい土地では、まず情報だ」
「決まりだね」
そのヘルメスの言葉によって、一旦この場の騒ぎは収まったのだった。
そのままヘルメスと共に去っていくアームストロングを、アイズはじっと見つめたままだった。
ヘルメスの案内で、彼のファミリアの本拠地に向かう道中、アームストロングは巨大な塔を指差した。
「あの塔は何だ?」
「バベルの塔、あるいはダンジョンとも呼ばれているよ」
ヘルメスは詳しく説明する。
「モンスターが湧き出す不思議な迷宮さ。冒険者たちはそこに潜り、魔石を集めて生計を立てている」
「モンスター?魔石?」
アームストロングは眉をひそめた。
「その様子だと何も知らないようだね。となると......やっぱり...」
ヘルメスは何やらぶつぶつと考え込んでいるようだったが、それはアームストロングも同じだった。
彼が話を聞く限りでは、この世界はまるでRPGゲームのようだ。
「それで、この世界の力関係はどうなっている?」
ヘルメスは笑みを浮かべた。
「へえ、面白い事をきくね。このオラリオは表向きはギルドという組織が管理しているけど、実際は複数の強力なファミリアが実権を握っているんだ」
「ファミリア?」
「神々が形成する家族のようなもの」
ヘルメスは説明した。
「俺もヘルメス・ファミリアというものを持っている。神が『眷族(ファミリア)』に祝福を与え、人々は『ステータス』という力を得る」
「つまり、神が力を与え、人間はその下で働くということか」
「簡単に言えば、そうだね」
アームストロングの表情が曇った。
「神に依存するシステムか...」
ヘルメスはその反応に興味を示した。
「気に入らないかい?」
「俺が知っている世界では......」
アームストロングは続けて放つ。
「人間は自らの力で道を切り開く。強き者が世界を変える。神に頼るのではなく」
「面白い考え方だ」
ヘルメスは楽しそうに言った。
「でも、この世界では神の祝福なしでは、冒険者として強くなるのは難しい」
その言葉にアームストロングは暫く考え込む。モンスターが存在する世界で、人間は神の存在無しには生きられないという。
だが、果たして本当にそうだろうか?
アームストロングは自分の腕を見た。ナノマシンが赤く光っている。つまり、自分の力は健在という訳だ。
アームストロングという人間がここに存在している以上、自分がいた世界と物理法則は少なからず同じはず。
モンスターとやらの力がどれほどの物かは分からないが、このヘルメスと名乗る神含めて、道行く者達は自分の敵ではないとアームストロングは感じた。
とはいえ、まずは情報収集が先か。アームストロングはヘルメスの案内に従って、彼のファミリアの本拠地に入るのだった。