ヘルメス・ファミリアの本拠地に到着した二人を出迎えたのは、青い髪をした女性だった。
「......ヘルメス様、そちらの見慣れない方は?」
アームストロングの姿を視界に収めた瞬間、より一層磨きがかかった死んだ目を此方に向けながら女性が述べる。
「アスフィ、紹介しよう。彼はアームストロング。意図せずオラリオに迷い込んでしまったようだったから、連れて来た」
「そんな、犬でも拾って来たみたいな......」
アームストロングという男を、アスフィは困惑しながらも値踏みするように見た。特徴的な丸眼鏡の奥の目は感情を見せないが、警戒心だけははっきりと伝わってくる。
それも無理もなかった。何せアームストロングという男は人間にしては、あまりにも巨体であり筋肉質であったからだ。
「アメリカ合衆国上院議員、スティーブン・アームストロングだ」
アームストロングは威厳を持って名乗った。彼女の探るような視線に動じる様子はない。むしろ、その態度が気に入ったかのように軽く笑みを浮かべた。
「上院議員......?」
アスフィはその肩書きに首を傾げた。聞いたことのない言葉だった。
「彼は遠い地から来たんだよ、アスフィ」
ヘルメスが口を挟んだ。
「とても興味深い話があるんだ。お茶を用意してくれるかい?居間で話を聞かせてもらおう」
アスフィはため息をつき、一礼してから別室へと向かった。彼女が去ると、ヘルメスはアームストロングに向き直った。
「彼女はアスフィ・アンドロメダ。俺の眷族の一人で、ファミリアの団長だよ。少し疑り深いところがあるが、信頼できる人間だ」
「警戒心が強いのは理解できる」
アームストロングは頷いた。
「未知の存在を家に招き入れたのだからな」
居間に案内されたアームストロングは、部屋の調度品を観察しながら腰を下ろした。どこか古めかしさを感じる内装だが、それでいて品格のある空間だった。
「なかなか快適そうな住まいだな」
「ありがとう。神と言っても、下界では人間と同じように生活しているからね」
ヘルメスは椅子に座りながら答えた。
「天界での生活とは大きく異なるが、それがまた面白いところでもある」
アスフィが茶を運んでくると、彼女もまた二人の会話に加わるべく席に着いた。その表情は依然として無感情だが、アームストロングへの好奇心は隠せていない。
「さて」
ヘルメスは茶を一口飲んで言った。
「君の話を聞かせてもらおうか。どうやってここに来たのか、そして君は何者なのか」
アームストロングは茶を見つめ、しばらく考えた後、話し始めた。
「俺はスティーブン・アームストロング。アメリカ合衆国コロラド州選出の上院議員だ。『戦争経済の救世主』と呼ばれることもあった」
「アメリカ?コロラド?」
アスフィが口を挟んだ。
「そのような国や地域は聞いたことがありません」
「当然だろう。俺の世界の国だからな」
「俺の世界......?」
アスフィの目が僅かに見開かれた。
「ああ。最後に記憶しているのは、ライデン、いやジャックという男との戦いだ。敗北した後、気づいたらあの広場にいた」
「ふむ......もしかしたら転移現象なのかもしれない」
ヘルメスは興味深そうに言った。
「こことは違う世界。概念としては知っていたけど、実際に目の当たりにするのは初めてだ」
「まさか......信じられません。別世界からの転移など」
アスフィは未だ半信半疑の様子だった。
「でも.....」
アスフィはアームストロングの姿を注意深く観察する。確かに彼女が知っているこの世界の人間とは異質な姿と雰囲気を纏っている。
「ヘルメス様、彼の言っていることに偽りはないのですね?」
「ああ、これまでの話に嘘はなかった」
それを聞いたアスフィは、軽く溜息をついた。主神にはこれまでも散々振り回されてきたが、まさか異世界人を連れてくるとは夢にも思わなかった。
だが、主神への呆れよりも、アスフィの中で別の感情が燻っていた。
「では、あなたの世界について教えてください」
アスフィは前のめりになって尋ねた。
「どのような文明で、どのような力を持っているのですか?」
アームストロングは自分の腕を見つめた。
「俺の世界は科学技術が発展し、軍事、経済、すべてが洗練されている。国家間の争いはあるが、人間は神に頼らず自らの力で進化してきた」
彼は立ち上がり、腕の袖をまくり上げた。筋肉質な腕に、赤い光が走る。
「そして俺自身は、ナノマシンという最先端技術で強化されている。極小の機械が体内で活動し、通常の人間の何倍もの力と耐久力を与えてくれる」
「最先端技術?機械?」
アスフィは眉を寄せた。
「魔法ではなく?」
「魔法などない。すべては科学の産物だ」
ヘルメスは興味津々に目を輝かせた。
「見せてもらえるかい?その力を」
アームストロングはうなずき、部屋の中央に置かれていた重そうな石のテーブルに近づいた。彼は片手でそれを持ち上げ、そのまま力を入れるとバキッという音と共にテーブルが真っ二つに割れた。
「!」
アスフィは思わず席から立ち上がった。ヘルメス・ファミリアの他の眷族たちも物音に気づき、居間に駆けつけてきた。彼らは割れたテーブルと、なんの苦もなく石を握りつぶすアームストロングを見て、息を呑んだ。
「これが俺の力だ」
アームストロングは石の破片を床に落とした。
「神の祝福など必要ない」
ヘルメスは拍手した。
「すばらしい!これは本当に面白い。神の祝福ではなく、機械の力で...」
「科学の力です」
アスフィが訂正した。
「ですが、その『ナノマシン』というものも、誰かが作り出したものでしょう?あなた自身の力ではないはず」
アームストロングは彼女をじっと見つめた。
「確かにそうだ。だが、それを作り出したのは人間だ。神ではない」
「しかし、この世界では—」
「このオラリオでは」
ヘルメスが話を引き継いだ。
「冒険者は神からの祝福『ファルナ』によってステータスを得る。それなしでは、ダンジョンのモンスターと戦うのは困難だ」
「なぜだ?」
アームストロングは鋭く問うた。
「なぜ神々は人間に力を与える?」
ヘルメスは椅子に深く腰掛け、軽く微笑んだ。
「単純に言えば、退屈しのぎさ。永遠に生きる神々にとって、人間界の出来事は貴重な娯楽なんだよ」
「娯楽だと?人間を玩具扱いか?」
「そう解釈するなら、そうかもしれないね」
ヘルメスは肩をすくめた。
「でも、互いに利益を得ているんだ。神は楽しみを得て、人間は力を得る」
軽くこの世界のことを聞いたアームストロングは、自分が理想とする真の自由(サンズ・オブ・リバティ)を実現している世界だと最初は思った。
モンスターが存在し、人間は生きるためにそれらを打倒する。
(なるほど。まさに強者が正義の世界だ。だが......)
そこには神が存在し、事実上の権力の頂点は神である。それは真の自由(サンズ・オブ・リバティ)と言えるのか。
アームストロングがいた世界は、モンスターは存在していないが、人間は力を手にしている。対して、この世界の住人にも神から与えられた力が存在しているが、果たしてそれは本当の力と言えるのか。
「そのシステムが人間を弱くしているとは思わないのか」
アームストロングは低い声で言った。
「依存を生み出し、真の強さを奪っている」
「あなたの世界では」
アスフィが冷静に尋ねた。
「神々はいないのですか?」
「いるかもしれないし、いないかもしれない。だが重要なのは、人間が神に頼らず、自らの手で世界を切り開いてきたことだ」
アームストロングの言葉に、部屋は一瞬静まり返った。ヘルメスの眷族たちは、神を前にしてそのような発言をする男に驚きと戸惑いを隠せなかった。しかしヘルメス自身は、むしろ楽しんでいるように見えた。
「面白い考え方だ」
彼は言った。
「では、君はこのオラリオで何をするつもりかな?」
アームストロングは窓から見えるバベルの塔を見つめた。
「まずはこの世界をよく知る必要がある。そして...」
彼は拳を握りしめた。赤い光が腕を走る。
「人間の可能性を示すつもりだ。神に依存せずとも、人は強くなれると」
「野心的だね」
ヘルメスは笑った。
「だが、そのためには君自身もこの世界のルールをある程度は受け入れる必要がある。ダンジョンに潜るつもりなら、ギルドに登録する必要がある」
「ギルド?」
「オラリオの秩序を守る組織だよ。冒険者の管理や、ダンジョンに関する規制を行っている」
アスフィが付け加えた。
「無登録でダンジョンに潜るのは違法です。最低限の手続きは必要になります」
アームストロングはしばらく考え、うなずいた。
「わかった。だがファミリアには所属しない。俺は俺自身の力で生きる」
それに、まだダンジョンとやらに潜ると決めた訳ではない。
「それはあなたの自由です」
アスフィは淡々と言った。
「しかし、神の祝福なしではダンジョンでの活動に制限がかかります」
「俺にはそれで十分だ」
「わかった。今夜はここに泊まっていいよ。明日、ギルドに案内しよう」
その夜、客室に通されたアームストロングは、窓から見えるオラリオの夜景を眺めていた。街の灯りが輝き、中央にはバベルの塔が月明かりに照らされている。
(この世界では神が人を支配している...)
アームストロングは拳を握りしめた。ナノマシンが反応し、赤く光る。
(なぜ俺はここに送られたのか。偶然ではないはずだ。この世界に、真の強さとは何かを示す使命があるのかもしれない)