VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS 黒い刺客

 用務室のソファに腰かけたミスターシービーは、給仕をする飴色のメカウマ娘(キャンディ)の姿を眺めていた。

 

 デスクに座って仕事をしている華織が、無言で空のティーカップをソーサーへ置く。

 するとそこへ、ティーポットを持ったキャンディが見計らったように歩み寄った。

 キャンディは静かな所作でティーカップへ紅茶を注ぎ、それが終わると楚々とした立ち姿で華織の後ろに控える。

 長年連れ添った主従のようなやり取りに、シービーは「おー」と間延びした歓声を上げた。

 

「凄いね、息ピッタリだ」

 

 たいして熱くもない紅茶に息を吹きかける華織が、なんてことはないとばかりに言った。

 

「キャンディを動かしてるのは私なんだから、息もなにもないよ。こんなの、自分で自分のお茶を汲んでるだけだ」

 

 ウマ娘の似姿を与えられた人形、メカウマ娘(キャンディ)

 機械で造られたその身体を、華織は自由自在に繰ることができる。

 

 自分の体とメカウマ娘の体。その2つを同時に動かすなんて、見ているコッチの目が回りそうだ。

 “慣れたらイケる”と華織は言っていたが、本当かどうかは怪しい。

 説明書に“こういう使い方はしないでください”と明記されているコトを平然と行っているような、悪い意味での適当さが華織の言葉にはあった。

 とはいえ、メカウマ娘について詳しくないシービーにはツッコミを入れようがない。だからこの話は置いておこう。

 

 美繰華織という魂が宿ったキャンディは、まさにウマ娘そのものだ。

 座る、立つ、歩く。あらゆる動作に生命の温かさがある。感情に合わせて揺れる尻尾に至っては本物にしか見えない。

 事前情報なしに対面していたら、人間である華織が中の人だとは思いもしなかっただろう。

 

 そして、限りなくウマ娘に近い存在であるキャンディには、とある機能が備わっている。

 ウマ娘の本能であるそれは――走る機能だ。

 驚くべきことに、華織はキャンディにウマ娘と同じ走りをさせた。

 

 キャンディの走りは、華やかな飴細工のようだった。目を楽しませてくれるうえに、口にすると(走ると)甘い(速い)”。

 少しだけ味見(併走)したが、悔しいことに美味しかった(負けた)

 おそらく、かなり走り込んでいる。あの深い味わいは努力を丁寧に重ねたものだ。

 

 ――デビュー前のウマ娘には負けられないよ。コイツも一応、ST-2だからね。

 そう勝ち誇った華織からは、キャンディの走りへの自信が感じられた。

 

 思い出したら走りたくなってきた。もっと味わいたい。追い抜かしてやりたい。

 逸る心に従うまま、シービーは華織に声をかけた。

 

「ねぇ、今度はいつキャンディで走ってくれる?」

「走るワケないだろ」

 

 デスクの上に視線を固定したまま、華織は即座に切って捨てた。

 アプローチに失敗したシービーは「えー」と不満の声を上げた。

 

「走ろう」

「イヤだ」

 

 心底嫌そうに華織はNOを表明した。

 取り付く島もないとはこのことだ。

 

「お前らに付き合ってたら体がもたないんだよ。無茶苦茶なことさせやがって」

 

 酷く疲れた様子で華織は恨み言を零した。

 前方にマルゼンスキー、後方にシービーという布陣で囲って追い立てたのは、流石にやり過ぎだったかもしれない。

 

 城門が完全に閉ざされてしまい、シービーは撤退を余儀なくされた。

 こういうとき、マルゼンなら上手く攻略してくれるのだが――残念ながら今は席を外している。

 華織の身を守るため、とある“事件”の捜査に向かったからだ。

 

 

 

 その事件が発覚したのは昨日のことだった。世間話の延長のような軽い調子で、華織が不穏なことを言い始めた。

 

「ここのところ毎日、学園内を歩いてると誰かが後ろからついてきててね」

 

 ストーカー、という物騒な単語がすぐさま脳裏に浮かんだ。被害に遭っているのだとしたら早急な対応が必要だ。

 

 シービーとマルゼンスキーはすぐさま警護を買って出た。ウマ娘が2人いれば牽制になる。

 しかし、華織はそれに待ったをかけた。

 

「雰囲気からして相手は生徒だと思うんだ。ヤバい不審者ってワケでもなさそうだし、騒ぎにするのも面倒だから少し様子を見るよ」

 

 所詮は子供のやることだし、滅多なことにはならない、と華織は悠長に笑っていたが――認識が甘いと言わざるを得ない。

 生徒だろうが子供だろうが、相手が“ウマ娘”であることに変わりはないのだ。万が一にも手を出してきたら、どうするつもりなのか。

 

 純粋な力比べで、ウマ娘に人間が勝てるワケがない。

 “魔法”を使えば文字通りひっくり返せるかもしれないが、今の華織はケガをしている。いつも通りの対処はできないだろう。

 

 流石に放っておけないと判断したシービーとマルゼンは、華織には内緒でその生徒を捕まえることにした。

 ついてきているのが毎日ならば、今日も近くに潜んでいるに違いない。すぐに見つかるハズだ。

 

 

 

 マルゼンと捜査を交代する時間が近づき、シービーは英気を養うべくあんパンを頬張った。

 “張り込みならコレよ!”と言って、マルゼンが意気揚々と買ってきたものだ。

 こってりとした甘さを流すために、同じくマルゼンが買ってきた牛乳に手を伸ばしたところで――用務室のドアが静かに開いた。

 

「ただいま」

 

 刑事(マルゼン)の帰還だ。

 口の中のあんパンを急いで飲み込んだシービーは、マルゼンに進展を尋ねた。

 

「犯人は見つかった?」

「見つかったわ」

 

 あっけらかんと答えたマルゼンは、自信満々に親指を立てた。

 

「ついでに捕まえちゃった♪」

「えっ、捕まえたの?」

 

 目を丸くするシービーにマルゼンは「ええ」と頷くと、扉の外へ向かって手招きをした。

 

「大丈夫よ、いらっしゃい」

 

 すると、小柄な黒鹿毛のウマ娘が不安そうにやってきた。

 

「安心して。お姉さんがついてるわ」

 

 マルゼンは黒鹿毛のウマ娘をウインクで励ますと、デスクで仕事をしている華織へ声をかけた。

 

「華織ちゃん、ちょっといいかしら」

「……なんだよ」

 

 億劫そうに返事をした華織が顔を上げるのに合わせ、マルゼンは黒鹿毛のウマ娘の肩をそっと押した。

 

「今日は華織ちゃんの“ストーカー”を連れてきたの」

「ストーカーって……私についてきてたヤツのコトか? 実害なんてなかったし、べつに放っておいても――」

 

 怪訝そうに眉をひそめた華織は黒鹿毛のウマ娘を視界に収め――「は?」と声を漏らして動きを止めた。

 

「ウソだろ、勘弁してくれよ」

 

 見るからに動揺する華織へ向かって、黒鹿毛のウマ娘が深く頭を下げた。

 

「あ、あの……助けていただいて、ありがとうございました!」

 

 話がわからない。助けたとはどういうコトだろう。

 首を傾げたシービーに、マルゼンが横から解説を入れた。

 

「華織ちゃんが言ってたでしょう? この前の事故でウマ娘を助けたって」

 

 そういえばそんな話があった気がする。

 シービーは、ポンと手を打った。

 

「なるほど、この子がその時のウマ娘なんだ」

 

 やけに上機嫌なマルゼンは、両頬に手をあてて声を弾ませた。

 

「可愛い“後輩ちゃん”を助けてくれたのが華織ちゃんだなんて……運命を感じちゃうわね♡」

 

 マルゼンの“後輩ちゃん”という言葉から、近しい相手への親愛が感じられる。

 もしかすると、このウマ娘とマルゼンは――

 

「知り合い?」

 

 シービーの問いに「そうよ」と答えたマルゼンは、慈しみに彩られた優しい表情をしている。

 

「あたしを慕ってくれてる子で――“ライスちゃん”っていうの」

 

 だったら、あまり警戒する必要はなさそうだ。マルゼンが親しくしているのなら悪い子ではないだろう。

 肩から力を抜いたシービーはソファから立ち上がり、軽い足取りで“ライスちゃん”に近づいた。

 

「初めまして。アタシはミスターシービー」

 

 そして膝に手をついて身を屈め、視線の高さを合わせた。

 

「キミの名前を教えてくれるかな」

 

 “ライスちゃん”は消え入りそうな声で答えた。

 

「ライスシャワー、です」

 

 できるだけ柔らかい口調を心がけて、シービーはそっと尋ねた。

 

「ライスって呼んでいい?」

「は、はい」

 

 声を上擦らせるライスにシービーは微笑んだ。

 

「ありがとう。それじゃ、アタシのことはシービーって呼んでよ」

「……えっと……シービー、さん?」

 

 ライスがシービーの名前をおずおずと呼んだ。

 シービーは、ライスの頭に「よくできました」と手を置いた。

 

「もっと気楽に話そう。かしこまってないほうがアタシは嬉しいな」

「は、はい――じゃなくて……えっと……最初は慣れないかもだけど……ライス、がんばるね」

 

 気合いを入れようとしているのか、ライスは胸の前できゅっと両手を握った。

 この小動物みたいな子が、ストーカー行為に手を染めていたなんて信じられない。

 なにか事情でもあるのだろうか。例えば誰かに脅されているとか。

 

「ライスはさ、どうして華織のストーカーなんてしてたの?」

 

 駆け引きの必要がない素直そうな相手だと判断したシービーは、単刀直入に尋ねた。

 すると、ライスは申し訳なさそうに眉を落とした。

 

「助けてもらったこと、ずっと礼を言いたかったの。でも、ライスは勇気がないダメな子だから、声をかけようとしたら体が動かなくなっちゃって……」

 

 その言葉で得心がいったシービーはポンと手を打った。

 ライスを脅かしているのは他でもない華織だ。

 

 華織には冷たくて退廃的な印象がある。自分から声をかけに行くのはハードルが高い。

 初見ではライスのような反応が普通で、物怖じせずぐいぐい押したシービーとマルゼンは外れ値だ。

 苦笑したシービーはライスにフォローを入れた。

 

「華織は不愛想で取っつき難いし、声をかけるのが怖くても仕方ないよ。ライスがダメなワケじゃない」

 

 むしろ、その恐怖を押し殺してお礼を言いに来たのだから見事だ。素晴らしい根性をしている。気弱そうに見えて意外と芯が強い子なのかもしれない。

 感心するシービーの袖を、ちょんちょんとマルゼンが引っ張った。

 

「シービーちゃん、違うのよ。ライスちゃんは華織ちゃんが怖かったワケじゃないの」

「というと?」

 

 続きを促したシービーに、マルゼンがこっそりと耳打ちをした。

 

「華織ちゃんに話しかけようとすると、顔が熱くて、胸がドキドキして……そのせいで動けなくなって、自分一人じゃ出て来られなかったみたい」

 

 おっと、話が変わってきた。

 その感情はつまり――

 

「……こういうこと?」

 

 シービーが両手で小さくハートを作ると、マルゼンは顎に指を添えた。

 

「というより……憧れのほうが近いかもしれないわ。助けてもらったとき、華織ちゃんに抱き寄せられて……その胸の中で感じた甘くて優しい温かさが、まるで絵本の“お兄さま”みたいだったとかなんとか」

 

 温かい、という華織への評にシービーは舌を巻いた。

 

「お目が高い子だ」

 

 それはきっと、華織の奥底で眠る“熱”の片鱗に違いない。

 ひねくれた灰の中に隠れたそれは、シービーたちしか知らない密かな魅力だった。

 

 流石の華織でも、事故の最中に皮肉屋の仮面を被る余裕はなかったハズだ。

 抱きしめたウマ娘が無事だったことに安堵して、つい感情が出たのだろう。

 

 よくよく見ると、ライスの瞳に恐怖の色はなく、むしろキラキラと輝いている。

 かなり緊張しているようだが、負の感情は見当たらない。

 

「あ、あの……これ、受け取ってください」

 

 ライスが華織へ、黄色い包装紙に包まれた箱を頭を下げながら差し出した。

 あれは――最近話題の和風カスタードケーキ。

 人気商品で、根気よく並ばないと手に入らない一品だ。

 

「助けてもらったときに、ライスがダメにしちゃったから……」

 

 申し訳なさそうに耳を伏せたライスから、華織が箱を受け取った。

 

「ご丁寧にどうも。ありがたくいただくよ」

 

 そして、突き放すように言い放った。

 

「それじゃ、気を付けて帰りな」

 

 大げさに悪ぶった華織の態度に、シービーは「おや」と違和感を覚えた。

 ポーカーフェイスで誤魔化そうとしているが、かなり焦っているように見える。

 

 思い返してみると、ライスがやってきてからずっと様子がおかしい。

 まるで“関わるとマズい”と言わんばかりだ。

 

 前にも似たようなことがあった気がする。

 あれは確か、マルゼンと引き合わせたとき――

 

「……まさか」

 

 それに思い至ったあとのシービーの行動は決まり切っていた。

 必死に刺々しいフリをしている華織を「まぁまぁ」となだめる。

 

「そんなに急かさなくてもいいでしょ。お茶の一杯でも出してあげたら?」

 

 にこやかに華織の肩を揉みつつ、シービーはマルゼンにアイコンタクトをした。

 すると、シービーの意図を察したマルゼンが、ライスをソファへ誘導した。

 

「持ってきてくれたお菓子、ライスちゃんも一緒に食べましょう? ほら、座って」

「えっ……でも……」

 

 遠慮するライスを半ば強引に座らせたマルゼンは、お茶の準備を始めた。

 

「おい、お前らなにを勝手に――」

 

 文句を言おうとした華織の頭に、シービーは腕を回した。

 

「ちょっとお茶するだけだよ」

 

 そして、不敵に笑ってみせた。

 

「それとも……早く帰したい理由でもあるの?」

「いや、それは……」

 

 言い淀んだ華織の反応が全ての答えだった。

 

「アタシには教えてくれてもいいんじゃない?」

 

 シービーと華織は“夢”を駆けるパートナーだ。

 最後まで一緒なのだから、いまさら秘密なんて必要ない。

 

「……余計なことしないか?」

 

 まるでシービーが“やらかす”みたいな華織の言に思う所はあるが、それはさておき。

 

「悪いようにはしないよ」

 

 肯定でも否定でもない曖昧なシービーの返答に、華織は諦めた様子で肩を落とすと、小さな声でゆっくりと語り始めた。

 

「主な勝ちレースは菊花賞と春の天皇賞。二つ名は“黒い刺客”」

「それがキミの“見た”ライスシャワーなんだね」

 

 やはりそうか、とシービーは目を細めた。

 関わるのを避けようとしたのは、ライスシャワーのことを“運命を見て”知っていたからだ。

 

 おそらく、G1級のウマ娘に半端な心構えで手を出すべきではないと判断したのだろう。

 華織は運命を変えようとしているが、無駄にかき乱そうとはしていない。

 

「菊花賞と春の天皇賞なら……長距離が得意ってこと?」

 

 さらに質問したシービーに、華織は「それ以上だ」と返した。

 

「得意なんてもんじゃない。どっちもレコード勝利するくらいだからね」

 

 むくむくと興味が湧いたシービーは「へぇ」と獰猛に笑った。

 

「どんな走りをするの?」

「徹底的なマーク戦法だよ。一番強いウマ娘の後ろにつけて、プレッシャーをかけて、最後に抜け出して仕留める。ライスシャワーはそれで2つの記録を作って、2つの記録を壊すんだ」

 

 微かな熱を声に灯らせた華織は、お気に入りの映画を紹介するようにその走りを語った。

 シービーの最後方からの追込や、マルゼンの先頭をかっ飛ばす逃げのように、派手に振り切った戦法を華織は好む傾向がある。

 その観点から言えば、ジャイアントキリングのチャンスがあるマーク戦法は大好物に違いない。

 前に華織が言っていた“ワンチャンあれば勝てる”というやつだ。

 

「いいね、美味しそうだ」

 

 ハンターとしての血が騒ぎ、シービーは思わず舌なめずりした。

 ライスシャワーはきっと最高級の食材だ。調理すれば素晴らしい一品ができあがるだろう。

 このウマ娘なら、きっと夢のコース料理(チーム)を彩ってくれる。

 

「ねぇ、華織。ライスを――」

「しない」

 

 スカウトしよう、と続くハズだったセリフをバッサリと華織にカットされ、シービーは「むぅ」と唸った。

 

「せめて最後まで聞いてよ」

「聞く必要あるか? お前がこのタイミングで言うコトくらい察しがつく」

 

 呆れた様子で、華織はシービーの腕を鬱陶しそうに引きはがした。

 

「諦めろ。お前らで手一杯だ」

 

 話は終わりだとばかりに、華織はさっさとデスクへ向き直ってしまった。

 お茶を濁す気満々だ。のらりくらりと躱す構えに入っている。

 

 途中で熱が入ったところを見るに、脈がないワケではないようだが、どうにも反応が悪い。今の戦力で正面からの突破は難しそうだ。

 ならばここは――策を弄する他あるまい。

 足音を消したシービーは、ライスと談笑するマルゼンへ忍び寄った。

 

「ちょっといいかな、マルゼン」

 

 こっそりとシービーが話しかけると、マルゼンは「あら」と口元に手をやった。

 

「あなた、なにか企んでるでしょう。わかるわよ」

 

 おっといけない。顔に出ていたらしい。

 シービーは頬を揉んで表情を整えてから、仕切り直してマルゼンにメニューの相談をした。

 

「一品、追加しようと思うんだ。どうかな?」

 

 流石というべきか、マルゼンはそれだけでシービーの思惑をくみ取った。

 

「それは素敵ね」

 

 乗り気になったマルゼンが、瞳に邪な光を宿らせた。

 妙な雰囲気を感じ取ったのか、なにも知らないライスが「ふぇ」と可愛らしい鳴き声を上げる。

 

 本人の意思とは無関係に調理台に乗せられようとしているライスに、僅かばかりの申し訳なさを感じなくもないが――大義のためだ、許してほしい。

 料理が始まって後戻りができなくなった後になるかもしれないが、ちゃんと説明すると今日のオヤツに誓おう。

 

 食材(ライス)を収穫すべく、シービーはマルゼンと一緒に悪い笑みを浮かべた。

 ――さぁ、作戦開始だ。

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