VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS 黒い刺客 2

 翌日のことだ。

 トレーニングコースに併設されたベンチに腰かけたミスターシービーは、コースの反対側へ目をやった。

 そこでは、走りを次のフェーズへ移行させるべく厳重なテーピング(イカサマ)を施されたマルゼンスキーが、息絶え絶えになりながらメカウマ娘(キャンディ)に追い立てられている。

 

 そして、そんな二人の後ろにはスペシャルゲスト――ライスシャワーの姿があった。

 ピッタリと貼りつくようにキャンディをマークする迫真の走りからは、黒い刺客の名に違わぬ素質が垣間見える。

 

「ついてくる……あいつ、ずっとついてくる……」

 

 ベンチに座ってキャンディと意識を同調させている華織が、頭を抱えてうわ言のように呟き続けている。

 あのマークを受けるとだいぶ精神を削られるらしい。

 憐れな有様を晒す華織を、シービーはけらけらと笑って茶化した。

 

「よかったね。可愛い子に追いかけてもらえて」

 

 すると、恨めしそうに華織は唸った。

 

「こうなるように仕向けたのはお前らだろ。ライスシャワーになに吹き込んだんだ」

 

 素知らぬ体を装い、シービーはすっとぼけた。

 

「吹き込んだなんて人聞きが悪いな。アタシは“たまたま”近くを通りかかったライスに、ちょっとトレーニングを見学していかないか誘っただけだよ」

 

 憔悴した様子の華織が、力なくライスを指差した。

 

「どこが見学なんだよ。思いっきり走ってるじゃないか」

 

 そう指摘されると思って、あらかじめ用意していた言い訳がある。

 

「アレは走ってるんじゃなくて、特等席に移動してるんだよ。ウチのチームの見どころは、やっぱりキャンディだからね」

 

 シービーの返しが完璧に決まると、華織は「マジかコイツ」と小さく呟いて黙り込んだ。

 勝利を収めたシービーがしたり顔をしていると、走り終えたマルゼンが「ただいま」と声をかけながら戻ってきた。

 

「ライスちゃんの走り、想像以上ね。あたしたちのペースについてきちゃった」

 

 まだ息の荒いマルゼンと一緒になって、シービーはライスへと視線を向けた。

 いくらテーピングで弱体化しているとはいえ、マルゼンが上澄みの実力者であることに変わりはない。

 なのに、ライスは同じペースでワンセット走り切ってしまった。これで本格化が遠いというのだから恐れ入る。

 やはり、コースの一品に加えておきたい。ライスシャワーは間違いなく最高級の食材だ。

 

 幸いなことにライスのほうには脈がある。マルゼンが巧みに本人から聞き出したから間違いない。

 顔を真っ赤にして、はにかんで、言葉を詰まらせ、こっそりと秘めた思いを打ち明ける。

 その姿は、マルゼンが「きゃあ」と黄色い悲鳴を上げるくらい愛らしかった。

 

 問題なのは華織のほうだ。

 勢いで押せるシービーたちならともかく、気弱なライスが攻略するとなると難易度が無駄に高い。

 

 あ、あの! ライスのトレーナーさんになってください!

 なるワケないだろ、さっさと帰れ。

 

 そんな具合に、勇気を出したライスを華織がすげなくあしらう様子が、ありありと目に浮かぶ。

 真っ向勝負をするには火力が少々心許ない。

 

 こうなると搦手が鉄板だが、残念ながら小細工の類は仕込んでも意味がない。

 なぜなら、シービーたちの企みをライスは全く知らないからだ。仮に仕込んだとしても、使い方がわからないだろう。

 なにも教えないほうが最終的に上手くいく、というマルゼンの見解に基づいた方針なのだが、立ち回りが中々に難しい。

 

 なにか別の手段を取る必要があるが、どうしたものか。

 シービーが策を練っていると、華織がマルゼンへ指示を飛ばした。

 

「おい、マルゼン。テーピングの確認するから、キャンディの前に立て」

 

 ドリンクで喉を潤していたマルゼンが、ふらふらとした足取りでキャンディの前へ向かった。

 するとキャンディが跪いて、マルゼンの脚に施されているテーピングを素早く調整し始める。

 ウェイトを入れて、巻き直して――やがて満足がいったのか、華織が小さく頷いた。

 

「もうワンセットくらいはいけそうだな」

「……楽勝よ」

 

 見るからに空元気で返事をしたマルゼンがスタートの構えを取ると、華織はその後ろにキャンディを待機させた。

 

「いちについて、よーい、スタート」

 

 気の抜けた華織のかけ声とともに、マルゼンとキャンディは駆け出した。

 

「ら、ライスも……!」

 

 その後ろから慌てた様子でライスが食らいついていく。

 懸命なその姿に、シービーは「へぇ」と感心した。

 

「スタミナだけじゃなくて根性もある。あの子は凄いステイヤーになるよ。華織が言ってた通りだ」

 

 ついでに会話の流れを作ろうと、さり気なく華織へ水を向けた。

 しかし、華織はそれをバッサリと叩き切った。

 

「契約はしないからな」

 

 先手を潰されたシービーは、ぐっと言葉を詰まらせた。

 

「……どうして? いい子だと思うけど」

「いい子なのは認めるよ。たぶん、私との相性も悪くない。でも、ライスシャワー(バラ)にはリスク(トゲ)がある」

 

 華織は空を見上げ――ややあってから諳んじた。

 

「淀に咲き、淀に散る」

「……なにかの詩?」

 

 そう尋ねたシービーへ、華織は静かに明かした。

 

「“ライスシャワー”について詠まれた一文だ。なにを例えているかわかるか?」

 

 “淀に咲く”はわかる。華織から聞いたライスの戦績から推察するに、京都レース場でのG1勝利のことだろう。

 なら“淀に散る”とは――。

 

「京都レース場で、ライスに悪いことが起きるってこと?」

 

 不穏な予感がよぎり、シービーは声を硬くした。

 すると、華織は遠くを見つめ、やがて静かに目を伏せた。

 

「レース中にケガしたみたいで、あまり幸せな結果じゃなかったらしい」

 

 曖昧な言い回しだが、ぼやけた線を掴むには充分だ。胸の奥がズキリと痛んで、シービーは俯いて唇を結んだ。

 すると、華織がシービーの頭にそっと手を置いた。

 

「ごめん、ちょっと脅かし過ぎた。そんな顔しなくても、“こっち”のライスシャワーは大丈夫だよ」

「……そうなの?」

 

 顔を上げたシービーの耳を、華織は指先で優しく撫でた。

 

「お前たちはウマ娘だからね」

 

 されるがままになったシービーへ、華織は滔々と語り始めた。

 

「ウマ娘の運命は魂に導かれて収束していく。だけどこの世界はウマ娘に甘いから、ほんの少しマシな結末に落ち着くことが多い。たまによくわからない超常現象が起きて無茶苦茶になるけど……あれは外れ値だから気にしなくていいかな」

「じゃあ、ライスも?」

 

 シービーの端折った問いに、華織は「ああ」と肯定を返した。

 

「前に調べた類似事例の傾向からすると、余程のコトがなければ“最悪には”ならない」

 

 華織はシービーの耳から指を離し、難しそうに言った。

 

「でも、“なにか”が起きるリスクそのものは消えない。しかも、防ぎ方がわからないときてる」

 

 ふと疑問が浮かんだ。ウマ娘である以上、それはシービーにとっても他人事ではないのではないか。

 

「参考までに聞くけど……アタシとマルゼンにも、そういうのあったりする?」

 

 おそるおそる尋ねたシービーに、華織は考える素振りをしてから答えた。

 

「あるかないかで言えば、あるよ。だけどそれはライスシャワーほどじゃないし、私が誤魔化せる範囲の内だ。お前の場合は――」

「――ストップ!」

 

 ぺらぺらと喋り始めた華織をシービーは慌てて止めた。

 

「いつか全部終わってから教えて。変に意識したら走りに悪い影響がありそうだ」

「私はいつでもいいけど……」

 

 なんだ聞かないのか。つまらない。そう言わんばかりの態度で華織は口を閉じた。

 この女はいったい、担当ウマ娘のメンタルをなんだと思っているのだろうか。

 シービーがジトっとした視線を向ける中、華織はなに食わぬ顔で話を締め括った。

 

「そういうワケで、ライスシャワーには面倒なトゲがある。可憐な花から魅惑的な香りがしたとしても、惑わされて触るほど私は迂闊じゃない」

 

 人差し指を教鞭のように立て、華織は「わかったか」とシービーに念を押した。

 なるほど、主張は理解した。しかし、シービーには反論があった。

 

「キミがその気になれば、トゲを落として愛でるコトもできるんじゃない?」

「そんな高尚なマネは性に合ってない」

 

 きっぱりと言った華織は、割り切ったスタンスを示した。

 

「ついでに線引きしておくけど、私はライスシャワーに限らず、必要以上のウマ娘に手を出す気はないよ。自分と関係がないなら放置するって決めてる。たとえ、よくない結末を知っていたとしてもね」

 

 それが華織の意思なのなら、シービーは決して否定しない。

 誰かが助かるに越したことはないとは思う。

 しかし、なにを見て、なにを知っていたとしても、それをどう使うのかは華織の自由だ。

 

 特別が特別になる必要はない。決めるのは自分自身。

 華織から贈られたその言葉は、今もシービーの大切な場所に置かれている。

 

 だから、シービーが華織になにかを強制することはない。

 でも、少しだけ煽って“その気”にさせることはできる。

 

 要するに――いつも通りだということだ。

 わざとらしく揉み手をしたシービーは、猫のように華織へ擦り寄った。

 

「それはそれとして、なにかいい手があったりしないかな?」

「……お前さ、少しくらいは退く努力をしろよ」

 

 呆れた様子でぼやきつつも、華織はシービーの話を聞く構えを取った。

 シービーがここで退ける性格ではないと理解してくれている振る舞いだ。

 そのことに頬を緩ませたシービーは、華織に軽く肩をぶつけてから探りを入れ始めた。

 

「黒い刺客そのものには興味あるんでしょ? 育ててみたくはないの?」

「面白そうだとは思ってる。お前らとはタイプが違うし、育て甲斐もあるだろうな」

 

 華織は「でも」と続けた。

 

「責任を取りたくない。面倒は御免だ」

 

 ふむ、とシービーは顎に手をやった。

 

「つまり、無責任な遊びならOKってこと?」

「OKなワケないだろ。担当ウマ娘の世話は最後までする主義だよ」

 

 頭痛を堪えるかのように、華織はコメカミに手をやった。

 ならば、とシービーは切り口を変えた。

 

「じゃあさ、責任を取ってもいいと思えるのは、どんなとき?」

「勝負して負けたとき」

 

 華織は即答した。

 

「ちゃんとカードを揃えて、しっかりと駆け引きをして、それで負けたら責任を取ってやるよ」

 

 つまり、そのふたつを華織へ献上できさえすれば、ライスを担当してくれるワケだ。

 勝ち筋を見出したシービーは、ご所望の品を伺った。

 

「どんなカードが欲しいの?」

 

 思案するような数舜の間を置いて、華織は自分の手のひらを見つめた。

 

「……可能性、かな」

 

 そして、なにかを確かめるように、手を閉じては開いてを何度か繰り返した。

 

「私たちが運命を相手に仕掛けてるのは、勝てるかもしれないゲームじゃなくて、勝つ方法がないかもしれないゲームだ。前例がないからプレイ方法もわからない。最初からルールで負けが決まってるってコトもあり得る」

 

 最後に手のひらを空へ向け、眩しそうに目を細めた。

 

「ライスシャワーはリカバリーが効かない。仮に担当するのなら、ほんのちょっとでいいから、私たちがゲームに“勝つ可能性”を見つけ出す必要があるんだ」

 

 どんな無理難題が飛び出すのかと身構えていたが――拍子抜けした。

 なんだ、それだけでいいのか。

 ベンチから立ち上がったシービーは、華織の真正面に位置取った。

 

「だったら勝負できるね。キミは近いうちに、その可能性(カード)を手に入れるから」

 

 眉をひそめた華織が、怪訝そうに問いかけた。

 

「どこにあるんだ、そんなもの」

 

 シービーは華織の手をとって自分の胸に押し付けた。

 

「ここにあるよ」

 

 そして、自信と確信をもって言い切った。

 

「今はまだ白紙(ブランクカード)だけど、運命を変える度に一歩ずつ蹄跡(スート)が刻まれていく。それは“勝利の可能性”を証明して、最強の切り札(ミスターシービー)を描く」

 

 約束はしない。シービーと華織が一緒に駆ければ勝手にそうなるからだ。

 

「それにカードは1枚だけじゃない」

 

 腕を伸ばしたシービーは、手のひらを使って華織の視線をコースの向こう側へ導いた。

 そこには、ターフを駆ける夢のスーパーカー(マルゼンスキー)の姿がある。

 

「2枚あって足りないなんて言わないよね?」

 

 シービーはウインクして華織を挑発した。

 そして、残る一つを揃えにかかった。

 

「あとは駆け引きだけど……要するに伸る(ベット)反る(フォールド)か選べればいいんでしょ? だったらアタシにいい考えがある」

「こういうとき、お前はだいたいロクなこと言わないけど……まぁ、聞いてやるよ」

 

 あからさまに怪しむ華織の耳元に、シービーはそっと唇を寄せた。

 

「ライスとの関係、今のまま保留しちゃおう。よくよく考えたら、そこまで性急にコトを進める必要もないし」

「……は?」

 

 間の抜けた声が華織から漏れたが、シービーはそれに構わずアイデアを捲し立てた。

 

「アタシたちが可能性を示せたら、ベットして担当する。万が一にもないと思うけど……示せなかったら、そのときはフォールドしてただのお友だちになる。結果が出るまでは緩く関係を続けて、ほどほどに仲を深めつつ、いつでも契約はできる状態にしておく。そうすれば華織は責任の持てない勝負をしなくていいし、ライスには運命が変わるチャンスが巡ってくる。誰も損をしない、完璧なやり方だと思わない?」

「お前、正気か?」

 

 急に真顔になった華織が、辛辣に言い捨てた。おかしい。ここは讃えられる場面ではないのか。

 いぶかしむシービーを、華織は蔑むように睨みつけた。

 

「気のあるフリしてキープして、手玉に取った挙句に困ったら捨てる。それは、感情を弄ぶ悪女のやり方だ」

「あれ?」

 

 己の言動を顧みたシービーは、ひゅっと息を呑んだ。これではまるで、マルゼンに見せられた恋愛ドラマに出てくる悪役だ。

 愕然とするシービーに、華織は鋭利な追い打ちをかけた。

 

「お前、そっちの才能があるよ」

「待って」

 

 違う、誤解だ。そんなつもりで言ったんじゃない。

 シービーはなんとか釈明しようとしたが、残念ながら上手い言葉は出てこなかった。

 なにせ、思い浮かんだアイデアを飾らずそのまま喋っただけだ。取り繕える箇所なんてあるワケがない。

 進退窮まったシービーは悪あがきを試みた。

 

「タイムを要求したいんだけど、いい?」

「引き延ばして挽回できるのなら好きにしろ」

 

 凍えるような声音で華織に切り伏せられ、シービーは胸を押さえて後退した。

 このまま悪女のレッテルを貼られたまま生きていくしかないらしい。

 華織がぼそっと「私の影響」がどうのと呟いた気がしたが、既にシービーの思考は停止していた。

 

 気まずい空気が流れて、二人して黙り込む。

 すると、ちょうど戻ってきたマルゼンが「あら」と首を傾げた。

 

「シービーちゃん、どうしたの? この世の終わりみたいな顔してるわよ」

 

 あ゛ー、と濁った呻きを上げたシービーは、マルゼンに過ちを告解した。

 

「アタシ、悪い女だったみたいだ」

「……なにがあったか知らないけど、落ち込むなんて珍しいわね。なにか変なモノでも食べたのかしら」

 

 マルゼンの言いぐさは酷いモノだったが、ツッコむ気力もない。

 がくり、とシービーが肩を落としていると、華織がベンチから立ち上がった。

 

「……参考にはしないけど、頭のどっかには置いておいてやる。カードを使って駆け引きができるのなら、勝負は成立させられるからな」

 

 鞄からなにかを取り出した華織は、ゆったりとした足取りでコースへと歩いて行く。

 その姿を視線で追いかけていたシービーは――マズい、と心臓を跳ねさせた。

 華織が向かう先には肩で息をするライスがいる。もしかすると、実力行使をしてトレーニングから摘まみ出すつもりかもしれない。

 反対側からはキャンディも近づいてきていて、このままでは挟み撃ちだ。

 

 絶体絶命の状況からライスを救うべく、シービーは駆け出す構えを取った。

 しかし、マルゼンがシービーのジャージの裾を引っ張ってそれを止めた。

 

「大丈夫よ。華織ちゃんの手元、よく見て」

 

 言われるままに視線を向けたシービーは、その先にあった光景に「あはっ」と笑い声をあげた。

 

「これで華織も悪女の仲間入りだ」

 

 小さく振り被った華織が、手にしていた“イカサマ”の道具(テープ)を、ライスの後ろに立つキャンディへ投げ渡した。

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