VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち 作:花壇の土
メイクデビューを無事に終えたミスターシービーとマルゼンスキーは、さらに一つずつレースを走り勝利を重ねた。
そんな順風満帆なある日の放課後。
用務室に集まったシービーとマルゼンへ、華織がなんの前触れもなく言い放った。
「お前ら2人とも朝日杯に出すから、そのつもりでいろ」
えっ、と声を漏らしたのは、シービーだったか、マルゼンだったか、もしくはその両方だったか。
理解が全く追いつかず、2人の思考は完全に停止した。
しかし、それに構わず華織は平然と話を進めていった。
「G1走るとなると勝負服が要るから、来週あたりに
「すとっぷ!」
シービーは手のひらを向けて華織を制止した。
この女、世間話のような軽さで、とんでもないことをのたまっている。
「アタシたちを朝日杯に出すって、どういうこと?」
「どういうことって……そのままの意味だよ。ミスターシービーとマルゼンスキーを、朝日杯で勝負させるんだ」
まるでシービーのほうがおかしい、と言わんばかりに、華織はこてんと首を傾げた。
「なんだ、嫌か?」
釈然としない気持ちをシービーはぐっと飲み込んだ。
「そんなことあるワケない、凄くワクワクするし嬉しいよ。でも、いきなり過ぎて気持ちが追いつかないというか、なんというか……」
一緒に困惑の色を浮かべているマルゼンが、頬に手を当てた。
「あたしもてっきり、ダービーまではシービーちゃんと走らないものとばかり……」
すると、華織はわざとらしくため息をついた。
「私もそのつもりではあったんだ。お楽しみは取っておきたいからね。だけど、このままじゃお前ら“つまらないレース”をしそうだから、テコ入れしなきゃいけないなと思ってさ」
その言葉にマルゼンが異議を唱えた。
「それは聞き捨てならないわね。あたしとシービーちゃんがそんなレースをすると思ってるの?」
「思ってるよ。お前らには致命的に足りないモノがあるからな」
そう言いながら、華織はデスクの上に2枚の用紙を置いた。朝日杯への登録申込書だ。
「口で説明できれば手っ取り早いんだけど……言葉だけじゃ十全に伝わらないだろうから、一旦なにも聞かずにレースで直接感じてこい。そっちのほうがお前らには合ってる」
シービーとマルゼンは互いに顔を見合わせ、同時に頷いた。
「わかった、走るよ。マルゼンと勝負する機会が増えるのは願ったり叶ったりだ」
「シービーちゃんと同感ね、望むところだわ」
いつものペンを華織から借り、シービーとマルゼンは登録申込書にサインをした。
それから1週間後。
いつもの如く授業のサボタージュをしたシービーは、用務室へ向かっていた。
ここのところ冷え込んできていて、屋外での昼寝は少し厳しい。
となると、少し早めにストーブが設置された用務室で暖を取るのが正解だろう。
「やっほー、華織。遊びに――あれ?」
適当に構ってもらおうと思っていたのだが、肝心の華織の姿はない。
ただ、部屋の真ん中に設置されているストーブの火が消えていないあたり、遠出はしていないようだ。
だったら、お茶でも飲んで待っていよう。
ヤカンをストーブにセット。そして、棚からお菓子を一掴み。
最後に椅子を持ってきて、ほどよく火のあたる場所へ陣取れば準備は万端だ。
温かな火に手をかざすと、冷たくなっていた指先にじんわりと熱が通っていく。
微かに聞こえるストーブの作動音からは風情が感じられて、とても心地がいい。油断すると寝てしまいそうだ。
しばらくして湯の沸く音を立て始めたヤカンから、マグカップへお湯を注ぐ。
そこへティーバッグを放り込むと、透明だった湯が微かに色づいた。
じゃぶじゃぶとティーバッグを躍らせ、ふぅふぅと息を吹きかけ。
さぁ、いざ行かんとマグカップに口をつけようとしたところで、用務室の扉がノックされた。
「……誰だろ」
シービーは耳をそば立てた。チームメンバーなら、こんな遠慮がちなことはしない。
つまり、扉の向こう側にいるのは“お客さん”だ。
どうしよう、困ったことになった、とシービーは眉を八の字にした。
こちとら、授業をサボっている身だ。部外者に姿を見られるのはマズい。
「もしもーし、居ないんですかー?」
扉の向こうから、女性の声がする。
「入りますよー?」
逃げ場を探すが、そんなものは無い。
万事休す。南無三。
敗北を悟ったシービーが覚悟を決める中、用務室へ入ってきたのは――
「お邪魔しまーす」
――シービーと同年代くらいの、飴色の髪をした少女だった。
沈黙の中、シービーと少女の瞳が交わる。
しばらくの間が空き、やがて少女は表情をキラキラと彩らせた。
「ミスターシービーちゃん! わぁ、本物だ!」
後ろで束ねた飴色の長髪をぴょこぴょこと跳ねさせながら、少女はシービーへと駆け寄った。
「顔ちっちゃい! まつ毛ながい!」
少女はきゃいきゃいとテンションを上げていく。
これは、どう対応するのが正解なのだろうか。
「あ、そうだ。ここにサインください。“あゆちゃん”へ、って書いてくれると嬉しいです!」
そう言って、少女は可憐さに似合わない大きく黒いカバンから色紙とペンを取り出した。
「愛を結ぶで、
「……いや、まぁ……それはいいんだけど……」
押されるがまま、シービーは色紙へまだ書き慣れていないサインをした。
もちろん、愛結ちゃんへ、と書き添えるのも忘れない。
すると、少女は嬉しそうに色紙を掲げた。
「ありがとーございます! 額縁に入れて飾りますね!」
喜んでくれているようでなにより――という話は置いておいて。
結局、この少女は何者なのだろうか。
「えっと……それでキミは――」
シービーが尋ねようとしたところで、少女の後ろからのっそりと影が現れた。
用務室の主である華織だ。
「なに勝手に歩き回ってんだ」
開口一番に非難する華織へ、少女が振り返った。
「仕方ないでしょう? “お姉ちゃん”がいつまで経っても迎えに来てくれなかったんですから。こんなに寒いのに外で待たせるなんて酷いです」
そして、やれやれと肩をすくめた。
「トレーナー室に行ってももぬけの殻だし、大変だったんですよ、ここ探すの。親切な人が教えてくれたからよかったですけど」
気になる単語が飛び出して、シービーはピクリと耳を跳ねさせた。
「……お姉ちゃんって?」
少女がそこで「あっ」と気がついたように口元に手をやった。
「挨拶がまだでした!」
シービーへと向き直った少女は、目の辺りでビシッとピースをキメた。
「美繰華織の妹の、美繰愛結でーす! いぇい!」
「……いもうと?」
聞いた言葉を、シービーはそのまま繰り返した。
丸くパッチリした目元に快活な喋り口。
髪色こそ同じものの、受ける印象は華織とは真逆だ。失礼ながら似ていない。
「なんで華織の妹さんが学園に?」
シービーの疑問に、華織が不機嫌そうに答えた。
「先週辺りに、勝負服を作るために仕立屋を呼ぶって話をしただろ? それで伝手を使って人を寄こしてもらったんだけど、なにをどう間違ったのかコイツが来ちゃってさ……」
「えー、あたしじゃ不満ですか?」
可愛らしく頬を膨らませる愛結に、華織は眉をひそめてみせた。
「当たり前だ。そこらの服とはワケが違うんだよ。そもそも、お前まだ見習いじゃなかったか?」
あっはっは、と快活に笑った愛結が、ぐっと親指を立てた。
「だいじょーぶですよ! ちゃんとGOサインは貰いましたし!」
「……そうは言ってもね」
躊躇う様子の華織の脇を、愛結が軽く肘でつついた。
「イマドキのデザインにするなら、あたしにしときましょうよ。あの人たちに任せたらどうなるか、わかりますよね?」
よくわからないが、その言葉がトドメとなったらしい。
不本意極まりない様子で、華織は顔を背けた。
「半端な仕事なんてしてみろ、許さないからな」
「完璧に仕上げてみせますよ! 任せてください!」
愛結は力強く宣言すると、シービーに手を差し出した。
「そーゆーワケで、よろしくおねがいしますね、シービーちゃん!」
そこでシービーは、愛結の手元をまじまじと見つめた。
かなり綺麗にケアされているが、努力が重なった職人の指先をしている。
「うん、よろしく、愛結」
その手を迷わず取ったシービーは、親しみを込めて名を呼んだ。
そんな一幕があった末、シービーと愛結はストーブの前に陣取って、ささやかなお茶会をすることになった。
「お姉ちゃん、相変わらずお菓子食べてばっかでウケますねぇ!」
けらけらと、見ていて気持ちのいいくらい、愛結が大きな笑い声を上げた。
それに釣られて、シービーの頬も自然と緩んでいく。
「華織って昔からこんなだったの?」
「そーですよ。カバンの中にいっつもオヤツ仕込んでて、それ食べ過ぎて夕飯入らなくなって、お母さんに叱られて――」
愛結は華織と違ってコミュニケーション能力が高く、対面していて気負う必要のないタイプで、シービーが打ち解けるのにさほど時間はかからなかった。
会話は少しずつ賑やかになり、話題はいつしかお互いの事へシフトしていった。
「アタシとそんなに年は変わらないのに、もう立派に仕事してるなんて、愛結はすごいな」
シービーは素直な賞賛の言葉を贈った。
自分の想像が及ばない世界で頑張っている愛結の姿が、シービーの目には大人に映ったからだ。
すると、照れくさそうに頬を染めた愛結が、つまんでいたスティック菓子をモグモグと口の中に押し込んだ。
「ひよっこもいいとこですよ。本業は大学生ですから、思いっきり専念できてるワケじゃないですし」
あの指先を見る限り謙遜だろうとは思うが、本人が言うならそういうコトにしてあげよう。
シービーは「ふぅん」と意味深な笑みを浮かべつつ、それとなく話題の方向を変えた。
「大学生ってことは、アタシよりお姉さんなんだ。なにを勉強してるの?」
「主にデザイン関係ですね。将来は家業を手伝いたいので」
愛結の口から、なんだか面白そうな話が飛び出した。
「……家業って?」
むくむくと好奇心を滾らせるシービーに、愛結がニヤリと悪い顔をした。
「あ、お姉ちゃん、その辺りのコトは話してないんですね」
すると、華織がそこへ慌てた様子で待ったをかけた。
「おい、その話はいいだろ」
「えー……どうしましょうか?」
わざとらしくイジワルな声音を作った愛結が、華織を相手に駆け引きを始めた。
印象が真逆だと言ったが、撤回しよう。この立ち回り――間違いなく華織の妹だ。
「うちの近くに、新しくケーキ屋さんができたんですよ。ガトーショコラがとっても美味しいって評判で……」
「……わかった。お前と母さんの2人分でいいか」
脅しに屈した華織に、愛結はパチンと指を鳴らしてみせた。
「取引成立ですね!」
シービーはそのやり取りに「む」と不満の声を漏らした。
これでは面白いネタにありつけない。
すると、それを横目でチラリと見やった愛結が、おもむろにスマホを取り出し、華織には見えない角度で画面をシービーへ向けた。
「ほら、見てください。このケーキ……美味しそうでしょう? シービーちゃんたちも買ってきてもらったらどうです?」
そこに表示されていたのは、ケーキの画像ではなかった。
LとTが重なったような、シックな字体のブランドロゴだ。
息をするような裏切りに、シービーは思わず頬を引き攣らせた。
それを「ふふふ」と邪悪に笑った愛結が、パチリとウインクを決める。
悪魔の手のひらの上でまんまと踊らされた華織が少し可哀そうだが――それはそれとして情報に罪はないから、ありがたく頂いておくとして。
シービーはこのロゴに、なんとなく見覚えがあった。
あれは確か、父に付き添って参加したレース関連のパーティーの――
朧気な記憶を辿っていると、その途中で用務室の扉がガラリと開いた。
「ご機嫌いかが、華織ちゃ――あら、お客さま?」
「え? あっ……こんにちは……?」
そこに居たのはマルゼンとライスシャワーだった。
時計を確認してみると、もう放課後だ。会話に興じているうちに、ずいぶんと時間が経っていたらしい。
愛結が「きゃー!」と黄色い声を上げた。
「マルゼンスキーちゃん! ほんとに激マブのチャンネーだ! スタイル最高! あ、こっちの子は初めて見るけどめちゃカワ! 甘やかしたい! 連れて帰っちゃダメですか!?」
ロケットのようにテンションをぶち上げた愛結に、マルゼンが「まぁ」と目を丸くした。
その後ろにいたライスに至っては、呆気にとられて硬直している。
苦笑したシービーは、フリーズした2人に愛結のことを紹介した。
「えっとね、この子は華織の――」
予想通りと言うべきか、愛結は侵略と表すのが相応しい勢いで、マルゼンたちとも打ち解けた。
そして、手慣れた様子でウマ娘全員の採寸をすると、堂々と居座ってお茶会の続きを始めた。
弾丸のようなトークで3分とかからず
愛結との邂逅からしばらくして、シービーたちのもとへ勝負服が届けられた。
シービーたちが早速勝負服に袖を通すと、その姿を目にしたライスが感嘆の声を漏らした。
「……2人とも、とっても素敵……!」
マルゼンが鏡の前で、上機嫌にポーズを取った。
「裏地まで丁寧に作ってあるから着心地がいいし、デザインの調整もドンピシャ! パーペキな仕上がりね!」
それに続いてシービーも脚を上げたり肩を回したり、その場で軽く体を動かした。
「体も動かしやすいね。すごくフィットしてる」
あまり比べるものでもないが、他のウマ娘の勝負服とはクオリティが一段違う。
愛結は宣言通り、完璧に仕上げてくれたようだ。
「気に入ったか?」
華織に尋ねられ、シービーとマルゼンは「もちろん」と声を揃えた。これをお出しされて気に入らないウマ娘なんて、居るワケがない。
すると、華織は少しだけ眩しそうに目を細めた。
表情を見ればわかる。きっと、今のシービーたちの姿に、“誰か”を重ねているのだろう。
なんだか悔しい。その誰かを、思い出せないようにしてやりたい。
シービーが密かに対抗心を密かに燃やしていると、華織が「ああ、そうだ」と思い出したように立ち上がった。
「忘れないうちにコレも渡しておかないとな」
そして、デスクの脇に置かれていた箱を手に取ると、ライスに差し出した。
「ほら、くれてやるよ。ライスにだけなにもないんじゃ味気ないからね」
「……えっ?」
呆気に取られた様子のライスへ、華織は強引に箱を押し付けた。
「開けてみろ」
その言葉に従ったライスは、おそるおそる箱を開けると、見惚れるように目を輝かせた。
「わぁ……!」
一体なにが入っているのだろうか。
シービーは箱の中をライスの後ろから覗き込んで――ひゅう、と口笛を吹いた。
それは、一目でオーダーメイド品とわかるシューズだった。
黒を基調としたシックなデザインで、メーカーのロゴは入っていない。
その見事な出来栄えは、シービーたちの勝負服に引けを取らないほどだ。
「これ……ライスが貰っていいの……?」
遠慮するライスの頭に、華織がそっと手を置いた。
「お前のために作らせたんだ、貰ってくれなきゃ困る。それ履いて、元気に走ってくれ」
シューズの入った箱を、ライスがぎゅっと抱き締めた。
「ありがとう、お姉さま! ライス、いっぱい走るね!」
咲いた花に、華織は満足そうに微笑んだ。
「ま、ほどほどにね」
そんな2人の様子を保護者のように後ろから眺めていたマルゼンが、腕を組んだまま無言で誇らしげに頷いている。
用務室に優しい空気が流れ――それを読んだシービーはお口にチャックをした。
あのシューズがどういう代物なのか知ったら、きっとライスは元気に走ってはいられないからだ。
あれから父に尋ねてわかったことだが、件のロゴはとあるアパレルブランドのものだった。
とにかく質を優先することで有名な老舗で、一般販売されているシューズですら、シービーが愛用しているシューズの倍近い値がつく。
そんなブランドのオーダーメイド品となれば、あとは推して知るべし。
道具の値段にはあまり頓着しないシービーでも、あれを履いて走れと言われたら流石に躊躇する。
誰が気を利かせてくれたのかはわからないが、ライスにプレゼントされたシューズにメーカーのロゴが入っていなかったのは幸いだった。
出所が知れようものなら、ライスは目を回していたに違いない。
シューズでそれなら勝負服はどうなるのか、という問題については触れないでおく。
知らないほうが幸せ――世の中にはそういうコトもある。
シービーも父に深くは聞かなかった。というか、聞けなかった。
願わくば、誰も真実に辿り着きませんように。
ライスの純真な笑顔から、シービーはそっと視線を逸らした。
※父、母、妹との4人家族
誤字脱字が多いタイプなので、誤字報告していただいて凄く助かってます。
いつもありがとうございます。