VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS 博士

 朝日杯翌日。お通夜のように重苦しい空気の用務室にて。

 ミスターシービーは、デスクチェアに腰掛けた華織に煽り散らされていた。

 

ターフの演出家(ミスターシービー)スーパーカー(マルゼンスキー)を対決させて、そのうえミスターシービーを打ち負かして……それでこんなに嬉しくないコトがあるなんて思ってもみなかったよ。あれならポニーちゃんのかけっこ大会見てたほうが――いや、比べるのは失礼だな。脇目も振らずにゴール目指してるかけっこ大会のほうが面白いに決まってる。ぶっつけ本番でダービーにぶち込まなくて本当によかった。危うく台無しになるとこだったからね。あーやだやだ、ちょっと脚が速いからって勘違いしちゃってさ――」

 

 シービーは沈黙を貫き、サンドバッグ扱いを受け入れた。

 いつもなら華麗にカウンターを狙うところだが、今回はぐうの音も出ない。

 

 マルゼンが一流のウマ娘なのだと、頭ではちゃんとわかっていた。

 けれど、身に染みてはいなかった。ターフの上で目の当たりにしたマルゼンの走りは、外側から眺めるのとは次元が違った。

 なんなんだ、あの加速は。あんなの、1人だけ積んでいるエンジンが違うじゃないか。

 

 契約したてのころ、華織が言っていたコトを思い出す。

 スーパーカー(マルゼンスキー)は速過ぎる。走る相手がいなくなって、やがてターフを去ることになる。

 

 やや誇張した表現なのではないか、と考えていたが甘かった。

 今なら頷ける。あれは“折れる”ウマ娘が出る。

 

 そんな圧倒的な走りを見せつけたマルゼンへ、チラリと視線を向ける。

 あっちもあっちで思う所があったらしく、ひどく物憂げだ。

 曰く、不完全燃焼だったせいで勝った気がしない、追い上げてくるシービーの足音がトラウマになりそう、とかなんとか。

 

 普段は頼れるお姉さんであるマルゼンが、ここまで落ち込んだ姿を見せるのは珍しい。

 しかし当然の如く、華織は容赦をしなかった。

 

「無様を晒したあとのウイニングライブは気持ちよかったか? なぁ、センターさん」

「う゛っ」

 

 手心のない一撃を弱った所に受け、マルゼンが濁った声を漏らす。

 残念ながら返す言葉はないようだ。

 

「あ、あの……お姉さま……」

 

 甲斐甲斐しく給仕をしていたライスシャワーが、ちょんちょんと控えめに華織の袖を引っ張った。

 そろそろ勘弁してあげて、という情け深い訴えだ。

 すると、華織は相手をバカにした表情のまま鼻を鳴らした。

 

「ライスに免じて、この辺にしといてやるよ」

 

 それで区切りがついて、ピリピリしていた空気が霧散する。

 ああ、気疲れした。オヤツで気分転換をしよう。

 レース場からの帰りに買ってきたお土産のスナック菓子を、一掴みしてパクリ。

 ばりばりむしゃむしゃと噛み砕くと、たこ焼きソースのテイストが口の中に広がっていく。

 ジャンクな味を楽しんでいると、そこへ華織の疑わしげな視線が突き刺さった。

 

「シービー、お前……ちゃんと反省してるか?」

「もちろん」

 

 ソファにごろんと寝そべりながら、シービーは即答した。

 すると、華織は頭痛を堪えるようにコメカミを揉んだ。

 

「……なんだかなぁ」

 

 シービーは華織を宥めるために「まぁまぁ」と手の平を向けた。

 

「安心してよ、同じ轍は踏まないから」

 

 反省はしている。だが、引き摺るべきではない。大切なのは、得た教訓を正しく活かすこと。

 今回の件は、シービーの中ではそう決着していた。

 

 完全にリラックスモードに入ったシービーは、のそのそと起き上がって急須から湯呑にお茶を注いだ。

 するとそこで、マルゼンが「よしっ」と自分の頬を両手でぺちんと叩いた。

 

「反省終わり! いい女はうじうじしない! 落ち込んだって前を向くのよ!」

 

 そして、テーブルにあったシービーの湯呑を掻っ攫い、お茶を一気飲みした。

 

「今度こそ、最初から最後までかっ飛ばすわ!」

 

 雫のついた唇を指先で乱暴に拭って高らかに宣言するマルゼンの姿に、ライスが相好を崩した。

 

「マルゼンさん、元気になったね」

「ああ、元気になっちゃったね……こういうトコも含めてナチュラルに強者なんだよな、コイツら」

 

 呆れた様子で華織がぼやくと、ライスがぐっと両拳を握った。

 

「2人のこと、ライスも見習わなきゃ……!」

 

 嫌そうな顔で、華織がそれを制止した。

 

「頼むからコイツらの真似するのはやめてくれ。お前まで“こんなの”になったら、私は耐えられない」

 

 “こんなの”だなんて、相変わらず失礼な女だ。

 ライスの耳で遊ぶ作業に勤しみ始めた華織に、なにか文句を言ってやろうとして――やめた。

 今日の華織はいつもより舌が回っている。こういう時にちょっかいを出すと、倍になって返ってくる。

 ここはあえて追わず、後日のイタズラにリソースを回すべきだろう。

 

 これもまた、身に染みた教訓というヤツだ。

 ちゃんと活かせてるね、とシービーは心の中で自分を褒め称えつつ、お茶をもう1杯用意した。

 

 

 

 それから数日後。

 休養が明けて、待ちに待ったトレーニング再開の日。

 シービーとマルゼンのやる気は絶好調だった。

 

「ねぇ、華織! 早くキャンディ起こしてよ! 今日は思いっきり走り込みたい気分なんだ!」

「あたしも準備はバッチリ! 華織ちゃんも早く走りましょう!」

 

 トレーニングコースに先着したシービーとマルゼンは、我先にとアップを始めた。

 そして、あとからやってきた華織とライスが荷物を広げ終えるタイミングを計り、いち早く走る構えを取った。

 2人して併走をせかすと、華織はちょっぴり引いた様子で左耳のイヤーカフ(コントローラー)を撫で、メカウマ娘(キャンディ)を起動させた。

 

「……テンション上がり過ぎだろ」

 

 ダービーを最高のレースにするには、今のままでは足りないと身に染みてわかった。

 そこへあれだけドギツい煽りを入れられれば、気合の一つも入るに決まっている。

 ふんす、と張り切るシービーとマルゼンに向けて、華織が億劫そうに尋ねた。

 

「どっちが先だ?」

 

 シービーとマルゼンはニヤッと笑い、それから肩を組んだ。

 

「「2人一緒」」

 

 最悪だ、と華織は顔をしかめた。

 

「お前ら一緒にすると、(キャンディ)をオモチャにして無茶苦茶し始めるから嫌なんだよな……現役の相手するの、そろそろしんどいし……まぁ、焚き付けちゃったから、つき合うけどさ……」

 

 沈みゆく華織のテンションに合わせ、キャンディがとぼとぼとスタート地点へ歩いて行く。

 ああいう仕草を見るたびに、華織の分身なのだなと改めて感じる。

 

「おい、早く行け」

 

 しっし、と手を振る華織に急かされ、シービーたちもスタート地点へ向かう。

 そこで待ち構えていたキャンディを通して、華織が指示を出した。

 

「いいか、まずは様子見で2周だ」

 

 了解、と敬礼してから、シービーは体勢を整える。

 そして、華織(キャンディ)の合図を待ち――

 

「いちについて、よーい、スタート」

 

 ――駆け出した。

 ハナを取るのはもちろんマルゼン。続くようにキャンディ。シービーは最後方。

 

 いつもよりペースが速い。マルゼンがかなりスピードを出している。最初からかっ飛ばして、様子見の指示はガン無視だ。

 まぁ、シービーもキャンディ相手に加減をするつもりはなかったから、同じ穴のムジナとしてその辺りは触れないでおくとして。

 

 追走したキャンディがマルゼンの真後ろにピッタリと陣取り、スリップストリームに入った。

 そして、右へ、左へ、振り子のような動きでプレッシャーをかけ始める。

 後ろを気にしたマルゼンが、しきりに耳を動かした。

 

「――っ!」

 

 マルゼンが蹄鉄で刻んでいたリズムが、徐々に狂っていく。

 あれだけ後ろから揺さぶられれば、いかにマルゼンと言えども意識させられてしまうのだろう。

 いつしか加速は止まり、ペースは常識的な速度域に落ち着いていた。

 

 あの動きが、マルゼンがシービーに追いつかれた場合を想定したトレーニングだということは、すぐにわかった。

 これまでのレースで、マルゼンは後続をぶっちぎっていた。

 つまり、真後ろにつかれた経験が浅い。

 ダービーで戦うためには、そうなった場合の対処法も学ぶ必要がある、というコトだろう。

 

 面白いな、と思うと同時に、危機感が募った。

 ライバルが目の前で教えを受けているのに、自分はぼんやりと見ているだけでいいのだろうか。

 

 いや、いいワケがない。あんな無様は二度と晒さないと決めたのだ。

 いつもの併走でも貪欲な姿勢を保とう。なにか吸収できるコトがあるかもしれない。

 一挙一動を見逃すまいと、シービーは前方の2人を視界に捉え続けた。

 

 

 

 コースを2周り終え、インターバルに入った。

 大きく呼吸をしたマルゼンが、ベンチに座っている華織へ文句を言った。

 

「華織ちゃんのいじわる! 最初くらい気持ちよく走らせてくれたっていいじゃない!」

「暴走したお前が悪いんだよ。それに、いい練習になっただろ?」

 

 悠々と脚を組んだ華織は、マルゼンにしたり顔を向けた。

 それから、シービーに問いかけた。

 

「シービーはどうだ? なにかわかったか?」

「前で駆け引きが起きてるなら、それに巻き込まれないアタシは有利を取れる。そういうコトだよね?」

 

 シービーが答えると、華織は満足そうに笑みを作った。

 そして、準備運動を終えたライス向けて言った。

 

「ライスもよく見とけ。お前にはきっと、こういう小手先の技が必要になってくる。あと何回実演してやれるかわからないし、なるべく目を離すな」

「うん! がんばって目を離さないようにするね!」

 

 早速とばかりに、ライスがじーっとキャンディに視線を固定した。

 

「そこまで根詰めてやらなくてもいいんだけど……まぁいいか」

 

 気を取り直すように、華織がパンパンと手を打ち鳴らした。

 

「それじゃ、もう2周。今度は本気で抜きにかかるから、覚悟しろ」

 

 ふらふらと歩くキャンディを先頭に、ぞろぞろとスタート地点へ向かう。

 3人の体勢が整ったところで、華織が合図をした。

 

「いちについて、よーい、スタート」

 

 アクセル全開でマルゼンがハナを取り、忍び寄るようにキャンディが続き、冷静に構えたシービーが最後方。

 そのままの隊列で流れに沿って走り、1周目までは先ほどと同じ展開だった。

 

 動きがあったのは2周目の第1コーナー。

 そこでキャンディがマルゼンに仕掛けた。

 

 たん、と大きく音を鳴らして一歩、キャンディが外に向けて踏み出した。

 すると、その音に反応したマルゼンが、抜かせるものか、と速度を上げる。

 

 しかし、それは明らかなオーバースピードだった。

 マルゼンは理想の走行ラインを保てなくなり、僅かにだがコーナーで膨らんでしまう。

 

 そして、華織(キャンディ)はその綻びを見逃さない。

 キャンディは鋭い脚捌きで逆方向へ切り返すと、内ラチ側からマルゼンを抜き去った。

 相手を手玉にした、完璧な差しだ。鮮やかと言う他ない。

 

 先頭がキャンディに入れ替わり、今度はマルゼンがスリップストリームに入ろうとするが、その動きは鈍い。

 下手というワケではない。基礎はちゃんとできている。むしろ上手い部類だ。

 しかし、逃げの技術と比べれば一段劣ると言わざるを得ない。

 

 明らかな隙だった。今なら抜ける、と感覚でわかる。

 シービーはコーナー出口からの加速で、マルゼンに勝負をかけた。

 

 外側から一気に。

 根性で粘ったマルゼンとコンマ数秒だけ競り合い、前へ。

 

 さぁ、次はキャンディだ。残り半周、まだ勝ちの目はある。

 さらなる一歩を踏み出そうとした、その瞬間だった。

 シービーは“パキン”と硬いなにかが砕ける音を聞いた。

 

「――え?」

 

 困惑の声をシービーが漏らすと同時に、キャンディが急減速した。そして、よろよろとした走りでコース脇に逸れていく。

 異常が起きたのだとすぐにわかった。

 慌てて脚を緩め、キャンディの下へ向かう。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

 

 両膝をついて項垂れるキャンディの肩を、シービーは揺すった。

 すると、わずかに身動ぎをしたキャンディから、華織の声が響いた。

 

「大丈夫じゃないかもしれない」

 

 

 

 シービーとマルゼンは、動けなくなったキャンディを運び、ベンチの上に寝かせた。

 嫌な沈黙が降りる中、華織が慣れた手つきでキャンディの点検を始める。

 しばらくして、顔を上げた華織がため息をついた。

 

「あーあ、ぶっ壊れてら。まぁ、最近は調子悪かったし、持ったほうかな」

 

 まるで、予期していたような口ぶりだった。

 

「こうなるってわかってたの?」

 

 シービーが表情を硬くすると、華織は「ああ」と頷いた。

 

「コイツ、本当はデータ取り用で、現役のウマ娘と張り合えるようには作られちゃいないんだ。デビュー前の頃ならまだしも、成長したお前らと一緒に走り回ってたら……まぁ、遅かれ早かれね」

 

 華織はキャンディの脚を優しく撫でた。

 

「本家のST-2はもっと出力に余裕があるんだけど、キャンディは演算能力に極振りして、その辺はおざなりでさ。こういう使い方するコトになるんだったら、もう少し真面目にアップグレードしとくべきだったかな」

 

 失敗したと苦笑する華織の肩越しに、マルゼンがベンチに寝かせられたキャンディを覗き込んだ。

 

「華織ちゃん、どう? キャンディちゃん、直りそう?」

「なんとも言えない。簡単なメンテならともかく、ここまで壊れると私じゃどうにも」

 

 お手上げだ、と華織はジェスチャーした。

 マルゼンが頬に手を当て、心配そうに眉を下げる。

 

「キャンディちゃん、どうなっちゃうの?」

「どうって……研究室に送り返すよ。もともと私の手が治るまでの代理だったワケだし、お役御免だろ?」

 

 あっさりとした様子で、当然だとばかりに華織は言った。

 だが、それはシービーにとって受け入れ難いことだった。

 例え機械なのだとしても、キャンディはチーム(ラサラス)の仲間だ。

 

「お別れなんてイヤだ。なんとかしてよ」

 

 シービーはお願いしたが、華織は困ったように「うーん」と唸った。

 

「そう言われても、騙し騙し使ってただけで、他の部分もガタがきてるし……」

 

 改めて見てみると、確かにキャンディはボロボロだ。

 飴色の塗装はあちこちが擦り切れているし、足元に至っては金属の下地が露出している部分すらある。

 

 我儘なのはわかっている。いや、しかし――それでも。

 シービーがしゅんと耳を垂らしていると、マルゼンが華織の肩にそっと手を置いた。

 

「ねぇ、華織ちゃん。あたし、キャンディちゃんともっと一緒に走りたいわ」

 

 それに続いて、ライスが華織のスーツの袖に触れた。

 

「ライスも、キャンディさんが居なくなるの寂しいな……」

 

 思いは同じ。3人でジッと華織に訴える。

 華織はシービーたちを順に見つめると、やれやれと肩をすくめた。

 

「仕方ないヤツらめ」

 

 そして、スマホを取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。

 通話が繋がるのに時間はかからなかった。3コール、と言ったところだろう。

 

「もしもし? ちょっと頼みがあるんだ――――いや、ツール開発じゃなくて、キャンディの修理をしてほしくてさ――――えーっと、今ログ送った」

 

 音声は聞こえなかったが、華織の反応を見るに、打てば響くような会話であることはわかる。

 どうやら、相手とはかなり親しい間柄らしい。 

 

「悪いんだけど、学園まで来てくれないか? 再パッケージして研究室に送るのも面倒だし――――そりゃもう、なる早で――――サンキュー、今度1杯奢ってやるよ」

 

 通話を終えた華織が、穏やかに頬を緩めた。珍しい表情だ。

 ウマ娘3人で顔を見合わせ――代表してシービーが質問した。

 

「誰にかけてたの?」

「昔の女」

 

 さらりと華織が返した答えに、シービーは理由のわからない衝撃を受けた。

 ぶわりと尻尾が逆立って、きゅっと胸が締め付けられる。

 

「むかしの、おんな?」

 

 自分が今どんな顔をしているのか、シービーにはわからなかった。

 その反応を面白がるように、華織がけらけらと笑いだした。

 

「冗談に決まってるだろ、マセガキめ」

 

 からかわれた。

 途端に熱くなったシービーの頬を、華織がイタズラっぽくつついた。

 

「ただの友だちだ」




※昔の女ではないが、昔の――
ホームに来てくれるようになりましたね。嬉しい。



大変申し訳ありません。
主人公の名前の読み方を一旦、以前に使っていた「かおり」に戻させてください。
事情が変わって判断を見直すことになったため、現在の読み方を使い続けることが難しくなりました。

今後については思案中です。
二転三転していることもあり、完全に別名へ変えてしまうことも検討しましたが、やはり愛着があるので、手を加える範囲はできれば最小限にとどめたいと考えています。
お読みいただいている皆様へ混乱を招いてしまうことは承知していますが、どうかご理解いただけますと幸いです。

変更箇所は、第1話の冒頭に記載しているルビのみとなります。
本話投稿後に改稿を行う予定です。
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