VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち 作:花壇の土
そわそわ。
そわそわそわ。
ミスターシービーの尻尾は、心の内を映すように揺れていた。
なにせ今日は、華織の“友だち”がキャンディの修理にやって来てくれる日だ。色々な意味で落ち着いてなんていられない。
まだかな、まだかな、と用務室の中を歩き回りながら、ちらちらと扉を見やる。
しばらくそうしていると、華織がおもむろに、シービーの尻尾の根本を強く握り込んだ。
「ひぅっ!?」
シービーの喉から、自分でも驚くほど上擦った声が漏れた。
白昼堂々の凶行だ。シービーは下手人を恨めしく睨みつけた。
「なにするの!」
しかし、華織がそれを意に介す様子はなかった。
「鬱陶しい、大人しくしてろ」
そう言って、華織はシービーを“イカサマ”で投げ飛ばし、ソファの上にダイブさせる。
「朝っぱらから来たかと思えば、ちょろちょろしやがって。とっとと教室戻って授業受けてこい」
つれない態度の華織に、シービーは「えー」と不満の声を上げた。
「キャンディのことが気になって、授業の内容なんて頭に入ってこないよ」
「そんなワケないだろ。なーんにも入ってないスッカラカンなんだから、いくらでもスペースはある」
華織のあまりの言い様に、シービーは「むっ」と頬を膨らませた。
今に始まったことではないが、華織はシービーのことを救い難いほどのバカだと決めつけているフシがあった。
だが、それには声を大にして異議を唱えねばならない。
そもそもの話、シービーは勉強が嫌いではない。ただ、椅子に座って授業を聞いているのがちょっぴり苦手なだけだ。
つまり、やらないだけで、やろうと思えばやれなくはない。
サボりの常習犯であったり、普段の生活態度が悪すぎて、とてもではないがそうは見えない、という当たり前の指摘については――まぁ、置いておいて。
仕方がないから、次のテストではちょっぴり本気を出して、いい点を取ってみせよう。
そうすれば華織も、シービーのことを見直してくれるに違いない。
というワケで、ちゃんと武器が揃ってから改めて勝負といこう。
悔しいが、今回の勝負はお預けだ。
戦略的撤退をすべく、シービーは何食わぬ顔で話題を逸らした。
「ねぇ、来てくれるのってさ、どんな人なの?」
華織はデスクチェアに腰掛けながら答えた。
「高校の頃から親しくしてる友だちだよ。私が逆立ちしても敵わないくらい頭のいいやつで――って、このくだり、お前に話したことなかったか?」
はてな、とシービーは首を傾げた。
「……あったっけ?」
すると、華織がヒントを出した。
「何回か、ケガしたウマ娘の話したことあったろ」
「もしかして、華織に“トレーナーになれ”って言ってくれたウマ娘?」
華織が「ああ」と肯定した。
「ソイツだよ」
話を聞いてから、いつか会ってみたいと思っていたが、一体どんなウマ娘なのだろう。
類は友を呼ぶと言うし、やはり華織のようなアクの強い性格をしていたりするのだろうか。
期待に胸を膨らませたシービーは、ずいっと華織へ擦り寄った。
「来てくれるまで、あとどれくらい?」
「予定だとぼちぼちのハズだけど……」
壁にかかった時計へ、華織がチラリと視線を向けた。
そのタイミングで、華織のスマホが着信音と共に震え出す。
「噂をすれば、だな」
スマホを手に取った華織が、通話を始めた。
「もしもし――――いや、悪い。トレーナー室は使ってないんだよ――――校舎の端っこにある用務室に居る――――うん、キャンディもこっちだから来てくれ――――荷物は平気か――――わかった、じゃあ待ってる」
短く会話を交わした華織は、通話を切ると、スマホを片手で弄んだ。
「今から機材持ってここに来るってさ」
それから十数分後。
かつん、かつん、と硬質的ななにかが一定のリズムで床を叩く音が廊下から響いた。
音は用務室の前で止まり、次いで扉がノックされる。
「入っていいよ」
華織が許可を出すと、がらりと扉が開かれた。
現れたのは、杖をついたウマ娘だ。
どうやら音の正体は、あの杖だったらしい。
「やぁ、華織。久しぶりだな」
ウマ娘の挨拶に、華織は気の抜けた様子で手を振った。
「ああ、久しぶり」
部屋の中をぐるりと見渡したウマ娘が、華織へ文句を言った。
「どうしてトレーナー室じゃなくて、こんな辺鄙な場所に居るんだ? 探したんだぞ」
「1階だから昇り降りが無い、日当たり良好、なにより水道とガスが使い放題」
当然のことのように答えた華織に、ウマ娘が苦笑した。
「相変わらずだな、君は」
華織が眉をひそめた。
「どういう意味だよ」
「どこに行っても美繰華織だ、というコトだよ」
「バカにしてるのか?」
「それこそバカな、穿ち過ぎだ。全く、ひねくれたヤツめ」
口調は荒いが、会話は打てば響き、纏う雰囲気は柔らかい。
きっと、これが2人にとっての当たり前なのだろう。
このウマ娘と華織が親しい間柄なのだと、短いやり取りの中でもわかった。
「脚の調子は?」
華織はウマ娘の脚元に視線を向けつつ、尋ねた。
すると、ウマ娘はシックなデザインのブーツのつま先で、コンコンと床を叩いた。
「バッチリだ」
「なら、少し走ってくか?」
「部外者が勝手に学園内で走っていたら問題になるだろう」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、こんな時間にトレーニングコースを使ってるヤツなんて居やしないんだから、バレないよ」
そこでなにか思いついたのか、華織は冗談めかして言った。
「いっそのこと、トレセン学園のジャージ着て、学生のコスプレでもしてみたらどうだ?」
「無茶なコトを言うな、それで誤魔化せるワケないだろう。私を何歳だと思っているんだ」
「言うほど無茶か? お前ならまだイケるだろ。ほら、こっちに予備のジャージがあるからさ」
「おい、やめろ、にじり寄って来るな」
完全に2人だけの世界だ。自分だけ置いて行かれたような気がする。
こっちも構って、というアピールをすべく、シービーは尻尾でソファをぺしぺしと叩いた。
すると、2人の視線がシービーへ集まり――華織がウマ娘に向かって「おい」と一声かけた。
あまりに圧縮されたそれは、もはや言語ですらなかったが、驚くべきことに、ウマ娘はその意を汲み取った。
「すまない、自己紹介がまだだったな」
すごい、上級テクニックだ。
そう感嘆するシービーへ、ウマ娘が一礼した。
「シュガーライツだ。よろしく頼む」
ずいぶんと硬い表情だった。
横でそれを見ていた華織が、わざとらしいため息をつく。
「相変わらずの人見知りだな、ガッチガチに緊張してんじゃん。なんなんだよ、その愛想のない挨拶は。そんなだから、いつまで経っても社交性がマシにならないんだ」
「余計なお世話だ」
クリティカルヒットを貰ったらしく、シュガーライツは顔を背けた。
華織は意地悪く笑い、茶化した様子で言った。
「コイツのことは、親しみを込めて“ライツ博士”って呼んでやってくれ」
「……私はまだ博士ではないのだが」
訂正しようとしたライツに、華織が「まぁまぁ」と手のひらを向けた。
「どうせ、いつかそうなるんだから、仲間内でくらい硬いこと言うなよ。所詮はあだ名だし、呼ばれてなにかが減るワケじゃないだろ? ここは一つ、距離を縮める一環だと思ってさ」
「それはまぁ……そう……なのか?」
たちまち、ライツは丸め込まれてしまった。
今のやり取りだけで、華織との力関係が薄っすらとわかったような気がする――という話はさておき。
ソファから立ち上がったシービーは、余所行きスイッチをオンにして、ぺこりとライツへ頭を下げた。
「初めまして、ミスターシービーです」
すると、ライツは困った様子で言った。
「えっと、その……そう畏まらず、もっと気楽に接してほしい。華織を通じてではあるが、私たちは他人ではないだろう……?」
そういうことなら、改めまして。
「わかった。よろしくね、ライツ博士」
口調を崩したシービーに、ライツがおずおずとお願いをした。
「……シービー、と呼んでも構わないか?」
断る理由なんてない。むしろ、そのほうが嬉しい。
シービーは「もちろん」とウインクした。
それから3人で協力して、ライツが運んできた電動の荷車から機材の入った荷物を降ろした。
あっという間に機材が設置され、用務室は小型のラボの様相を呈していく。
簡易的な作業台となった大机に寝かされたキャンディを、ライツが熟練の手つきで確認した。
「……ログの通り、アクチュエータが破損しているな」
「修理できそうか?」
華織がキャンディを横から覗き込むと、ライツは難しそうに唸った。
「それ自体は簡単なのだが……今回の故障は、瞬間的に許容値を超える負荷がかかったことが原因だ。今までと同じ使い方をするのであれば、修理したとしても、すぐに同様の問題が起こるだろう」
ライツが「そこで、だ」と人差し指を立てた。
「キャンディをアップグレードしないか?」
「できるのか、そんなこと」
尋ねた華織に、ライツは「当然だ」と答えた。
「ベースは
「……でも、演算特化のキャンディをいじくり回したところで、大した性能にはならないんじゃ?」
華織が疑問を投げかけると、ライツは拳を握って力説した。
「昔はそうだった。だが、研究が進んだ今は違う。最低でも、クラシックウマ娘クラスのスペックにはしてやれる」
思案するように、華織が腕を組んだ。
「どれくらいかかるんだ? パーツの準備にも時間が必要だろ」
ライツは「ふっふっふ」と不敵な笑い声を漏らし、運び込まれた荷物に向かって大仰に腕を広げた。
「こんなこともあろうかと、パーツは一式用意しておいた!」
ふふん、と得意げなライツに、華織が冷静なツッコミを入れた。
「お前、そのセリフが言いたくて仕込んでただろ」
ぴたり、とライツが固まった。
「……わかるか?」
「何年の付き合いだと思ってんだ」
ジトっとした視線を、華織がライツへ向けた。
すると、ライツは照れくさそうに頬を赤く染めた。
「将来の
「満足したか?」
華織が問いかけると、ライツは喜色を満面にした。
「それはもう、大いに」
「……よかったな」
呆れた様子で、華織が嘆息した。
「まぁ、いい。性能が上がるなら願ったり叶ったりだ。思いっきりやっちまってくれ」
「ああ、任せてくれ、完璧に仕上げてみせる」
自信満々にそう言ったライツは、自分の胸を拳で軽く叩いた。
その後、用事があるとかなんとかで、華織は出かけて行ってしまった。
結果、シービーはライツと2人で用務室に残されることになった。
好都合だ、とシービーは内心で舌なめずりをした。
昔の華織について聞き出す絶好のチャンス。きっと面白いネタがあるに違いない。
どこから攻めていこうかな、と作戦を練っていた、その時だった。
工具を片手に作業をしていたライツが、おもむろに口火を切った。
「華織は上手くやっているか?」
「……上手くっていうと?」
シービーが問い返すと、ライツは心配そうな表情を浮かべた。
「トレーナーとして、人生の先達として、君たちを導けているのか、ということだ」
そんなもの、決まってる。
「ちょっぴり歪だけど……アタシたちのこと、大切にしてくれてるよ」
シービーの答えに、ライツは肩から力を抜いた。
「そうか、安心したよ。捻じ込んだ甲斐があった」
「……捻じ込んだ?」
気になる一言が飛び出し、シービーは耳をピンと立てる。
失言だったとばかりに、ライツが「おっと」と口元に手をやった。
これは逃すワケにはいかない。
むくむくとわいた好奇心に任せ、シービーはすかさず食いついた。
「なにしたの?」
ライツは逡巡する素振りを見せていたが、ほどなくして「まぁいいか」と呟いた。
「華織がどうやってトレーナーになったか、その経緯は知っているか?」
聞いたような気がする。
シービーは記憶を思い起こした。
あれは、えーっと、確か――
「前の理事長とURAの偉い人に推薦された、とかなんとかってやつ?」
それだ、とライツが頷いた。
「この件について華織はなにも知らないから、内緒にしておいてほしいのだが……アレを仕掛けたのは私でな」
ふっふっふ、とライツは悪い笑みを作った。
そこはかとなく、誰かさんからの影響を感じる仕草だ。
「詳しく」
ずいっとシービーが身を寄せると、ライツは楽しげな様子で、とんとんと自分の脚を叩いた。
「
ウマ娘の勉強をしていたころ、ケガをしたウマ娘をターフで走らせた、と華織は言っていた。
経緯はわからないけど、それが最近になって前の理事長とURAのお偉いさんの目に留まった、とも。
一連の出来事の裏で糸を引いていたのは、どうやらライツであったらしい。
「なんでそんなことを?」
シービーが問いかけると、ライツは意味深に言った。
「とあるウマ娘がトレセン学園に在籍しているコトを知ったからだ。一刻も早く、そのウマ娘と華織を引き合わせる必要があった」
「……誰のこと?」
皆目見当がつかない。
考え込むシービーを、ライツは愉快そうに見つめた。
「おや、わからないか?」
そして、優しく告げた。
「世界で1番自由に駆ける、未来の三冠ウマ娘のことだよ」
「――あ」
シービーが言葉を失うと、ライツはイタズラが成功したとばかりに、くすくすと笑った。
「養成学校やら、下積みやら、そんなコトでモタモタしていたら、他のトレーナーに先を越されてしまうかもしれない。だから、ちょっとだけズルをして最短ルートに捻じ込んだんだ」
そう語りつつ、ライツはどこか遠くへ視線をやった。
「最終的に契約に至らなかったとしても、それはそれで構わない。華織がその
ライツは手にあった工具をそっと机に置くと、シービーを真っすぐに見つめた。
「上手くいく保証なんてない。もしかすると、2人の旅路は交差すらしないかもしれない。だが――」
ゆっくりと、ライツは一呼吸した。
そして、眩しいものを見るように目を細めた。
「君たちは惹かれ合った」
慈しむような、今にも溢れ出しそうな声音だ。
「尊い巡り合わせだ。きっと、こういう奇跡のことを、本当の意味で運命と呼ぶのだろう」
シービーの心に生まれたのは、シンプルな一言だった。
飾る必要のないそれを、そのまま伝える。
「ありがとう」
すると、ライツは微笑んだ。
「感謝するのは私のほうだ。華織のウマ娘になってくれて、ありがとう」
きっと、同じ感情を共有している。
咲かせる話題は、もう決まっていた。
きっと、お互いを知るにはそれが一番だ。
シービーとライツは、示し合わせたように言葉を重ねた。
「学生だったころの華織のこと、教えてよ」
「トレーナーになってからの華織のことを、教えてくれないか」