VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS 博士 2

 そわそわ。

 そわそわそわ。

 

 ミスターシービーの尻尾は、心の内を映すように揺れていた。

 なにせ今日は、華織の“友だち”がキャンディの修理にやって来てくれる日だ。色々な意味で落ち着いてなんていられない。

 

 まだかな、まだかな、と用務室の中を歩き回りながら、ちらちらと扉を見やる。

 しばらくそうしていると、華織がおもむろに、シービーの尻尾の根本を強く握り込んだ。

 

「ひぅっ!?」

 

 シービーの喉から、自分でも驚くほど上擦った声が漏れた。

 白昼堂々の凶行だ。シービーは下手人を恨めしく睨みつけた。

 

「なにするの!」

 

 しかし、華織がそれを意に介す様子はなかった。

 

「鬱陶しい、大人しくしてろ」

 

 そう言って、華織はシービーを“イカサマ”で投げ飛ばし、ソファの上にダイブさせる。

 

「朝っぱらから来たかと思えば、ちょろちょろしやがって。とっとと教室戻って授業受けてこい」

 

 つれない態度の華織に、シービーは「えー」と不満の声を上げた。

 

「キャンディのことが気になって、授業の内容なんて頭に入ってこないよ」

「そんなワケないだろ。なーんにも入ってないスッカラカンなんだから、いくらでもスペースはある」

 

 華織のあまりの言い様に、シービーは「むっ」と頬を膨らませた。

 今に始まったことではないが、華織はシービーのことを救い難いほどのバカだと決めつけているフシがあった。

 だが、それには声を大にして異議を唱えねばならない。

 

 そもそもの話、シービーは勉強が嫌いではない。ただ、椅子に座って授業を聞いているのがちょっぴり苦手なだけだ。

 つまり、やらないだけで、やろうと思えばやれなくはない。

 サボりの常習犯であったり、普段の生活態度が悪すぎて、とてもではないがそうは見えない、という当たり前の指摘については――まぁ、置いておいて。

 

 仕方がないから、次のテストではちょっぴり本気を出して、いい点を取ってみせよう。

 そうすれば華織も、シービーのことを見直してくれるに違いない。

 

 というワケで、ちゃんと武器が揃ってから改めて勝負といこう。

 悔しいが、今回の勝負はお預けだ。

 戦略的撤退をすべく、シービーは何食わぬ顔で話題を逸らした。

 

「ねぇ、来てくれるのってさ、どんな人なの?」

 

 華織はデスクチェアに腰掛けながら答えた。

 

「高校の頃から親しくしてる友だちだよ。私が逆立ちしても敵わないくらい頭のいいやつで――って、このくだり、お前に話したことなかったか?」

 

 はてな、とシービーは首を傾げた。

 

「……あったっけ?」

 

 すると、華織がヒントを出した。

 

「何回か、ケガしたウマ娘の話したことあったろ」

「もしかして、華織に“トレーナーになれ”って言ってくれたウマ娘?」

 

 華織が「ああ」と肯定した。

 

「ソイツだよ」

 

 話を聞いてから、いつか会ってみたいと思っていたが、一体どんなウマ娘なのだろう。

 類は友を呼ぶと言うし、やはり華織のようなアクの強い性格をしていたりするのだろうか。

 期待に胸を膨らませたシービーは、ずいっと華織へ擦り寄った。

 

「来てくれるまで、あとどれくらい?」

「予定だとぼちぼちのハズだけど……」

 

 壁にかかった時計へ、華織がチラリと視線を向けた。

 そのタイミングで、華織のスマホが着信音と共に震え出す。

 

「噂をすれば、だな」

 

 スマホを手に取った華織が、通話を始めた。

 

「もしもし――――いや、悪い。トレーナー室は使ってないんだよ――――校舎の端っこにある用務室に居る――――うん、キャンディもこっちだから来てくれ――――荷物は平気か――――わかった、じゃあ待ってる」

 

 短く会話を交わした華織は、通話を切ると、スマホを片手で弄んだ。

 

「今から機材持ってここに来るってさ」

 

 

 

 それから十数分後。

 かつん、かつん、と硬質的ななにかが一定のリズムで床を叩く音が廊下から響いた。

 音は用務室の前で止まり、次いで扉がノックされる。

 

「入っていいよ」

 

 華織が許可を出すと、がらりと扉が開かれた。

 現れたのは、杖をついたウマ娘だ。

 どうやら音の正体は、あの杖だったらしい。

 

「やぁ、華織。久しぶりだな」

 

 ウマ娘の挨拶に、華織は気の抜けた様子で手を振った。

 

「ああ、久しぶり」

 

 部屋の中をぐるりと見渡したウマ娘が、華織へ文句を言った。

 

「どうしてトレーナー室じゃなくて、こんな辺鄙な場所に居るんだ? 探したんだぞ」

「1階だから昇り降りが無い、日当たり良好、なにより水道とガスが使い放題」

 

 当然のことのように答えた華織に、ウマ娘が苦笑した。

 

「相変わらずだな、君は」

 

 華織が眉をひそめた。

 

「どういう意味だよ」

「どこに行っても美繰華織だ、というコトだよ」

「バカにしてるのか?」

「それこそバカな、穿ち過ぎだ。全く、ひねくれたヤツめ」

 

 口調は荒いが、会話は打てば響き、纏う雰囲気は柔らかい。

 きっと、これが2人にとっての当たり前なのだろう。

 このウマ娘と華織が親しい間柄なのだと、短いやり取りの中でもわかった。

 

「脚の調子は?」

 

 華織はウマ娘の脚元に視線を向けつつ、尋ねた。

 すると、ウマ娘はシックなデザインのブーツのつま先で、コンコンと床を叩いた。

 

「バッチリだ」

「なら、少し走ってくか?」

「部外者が勝手に学園内で走っていたら問題になるだろう」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ、こんな時間にトレーニングコースを使ってるヤツなんて居やしないんだから、バレないよ」

 

 そこでなにか思いついたのか、華織は冗談めかして言った。

 

「いっそのこと、トレセン学園のジャージ着て、学生のコスプレでもしてみたらどうだ?」

「無茶なコトを言うな、それで誤魔化せるワケないだろう。私を何歳だと思っているんだ」

「言うほど無茶か? お前ならまだイケるだろ。ほら、こっちに予備のジャージがあるからさ」

「おい、やめろ、にじり寄って来るな」

 

 完全に2人だけの世界だ。自分だけ置いて行かれたような気がする。

 こっちも構って、というアピールをすべく、シービーは尻尾でソファをぺしぺしと叩いた。

 すると、2人の視線がシービーへ集まり――華織がウマ娘に向かって「おい」と一声かけた。

 あまりに圧縮されたそれは、もはや言語ですらなかったが、驚くべきことに、ウマ娘はその意を汲み取った。

 

「すまない、自己紹介がまだだったな」

 

 すごい、上級テクニックだ。

 そう感嘆するシービーへ、ウマ娘が一礼した。

 

「シュガーライツだ。よろしく頼む」

 

 ずいぶんと硬い表情だった。

 横でそれを見ていた華織が、わざとらしいため息をつく。

 

「相変わらずの人見知りだな、ガッチガチに緊張してんじゃん。なんなんだよ、その愛想のない挨拶は。そんなだから、いつまで経っても社交性がマシにならないんだ」

「余計なお世話だ」

 

 クリティカルヒットを貰ったらしく、シュガーライツは顔を背けた。

 華織は意地悪く笑い、茶化した様子で言った。

 

「コイツのことは、親しみを込めて“ライツ博士”って呼んでやってくれ」

「……私はまだ博士ではないのだが」

 

 訂正しようとしたライツに、華織が「まぁまぁ」と手のひらを向けた。

 

「どうせ、いつかそうなるんだから、仲間内でくらい硬いこと言うなよ。所詮はあだ名だし、呼ばれてなにかが減るワケじゃないだろ? ここは一つ、距離を縮める一環だと思ってさ」

「それはまぁ……そう……なのか?」

 

 たちまち、ライツは丸め込まれてしまった。

 今のやり取りだけで、華織との力関係が薄っすらとわかったような気がする――という話はさておき。

 ソファから立ち上がったシービーは、余所行きスイッチをオンにして、ぺこりとライツへ頭を下げた。

 

「初めまして、ミスターシービーです」

 

 すると、ライツは困った様子で言った。

 

「えっと、その……そう畏まらず、もっと気楽に接してほしい。華織を通じてではあるが、私たちは他人ではないだろう……?」

 

 そういうことなら、改めまして。

 

「わかった。よろしくね、ライツ博士」

 

 口調を崩したシービーに、ライツがおずおずとお願いをした。

 

「……シービー、と呼んでも構わないか?」

 

 断る理由なんてない。むしろ、そのほうが嬉しい。

 シービーは「もちろん」とウインクした。

 

 

 

 それから3人で協力して、ライツが運んできた電動の荷車から機材の入った荷物を降ろした。

 あっという間に機材が設置され、用務室は小型のラボの様相を呈していく。

 簡易的な作業台となった大机に寝かされたキャンディを、ライツが熟練の手つきで確認した。

 

「……ログの通り、アクチュエータが破損しているな」

「修理できそうか?」

 

 華織がキャンディを横から覗き込むと、ライツは難しそうに唸った。

 

「それ自体は簡単なのだが……今回の故障は、瞬間的に許容値を超える負荷がかかったことが原因だ。今までと同じ使い方をするのであれば、修理したとしても、すぐに同様の問題が起こるだろう」

 

 ライツが「そこで、だ」と人差し指を立てた。

 

「キャンディをアップグレードしないか?」

「できるのか、そんなこと」

 

 尋ねた華織に、ライツは「当然だ」と答えた。

 

「ベースはST-2(サティ)と同じだからな。ちゃんと機能を拡張できるように設計してある」

「……でも、演算特化のキャンディをいじくり回したところで、大した性能にはならないんじゃ?」

 

 華織が疑問を投げかけると、ライツは拳を握って力説した。

 

「昔はそうだった。だが、研究が進んだ今は違う。最低でも、クラシックウマ娘クラスのスペックにはしてやれる」

 

 思案するように、華織が腕を組んだ。

 

「どれくらいかかるんだ? パーツの準備にも時間が必要だろ」

 

 ライツは「ふっふっふ」と不敵な笑い声を漏らし、運び込まれた荷物に向かって大仰に腕を広げた。

 

「こんなこともあろうかと、パーツは一式用意しておいた!」

 

 ふふん、と得意げなライツに、華織が冷静なツッコミを入れた。

 

「お前、そのセリフが言いたくて仕込んでただろ」

 

 ぴたり、とライツが固まった。

 

「……わかるか?」

「何年の付き合いだと思ってんだ」

 

 ジトっとした視線を、華織がライツへ向けた。

 すると、ライツは照れくさそうに頬を赤く染めた。

 

「将来の博士(ドクター)として憧れがあってな。一度でいいから言ってみたかったんだ」

「満足したか?」

 

 華織が問いかけると、ライツは喜色を満面にした。

 

「それはもう、大いに」

「……よかったな」

 

 呆れた様子で、華織が嘆息した。

 

「まぁ、いい。性能が上がるなら願ったり叶ったりだ。思いっきりやっちまってくれ」

「ああ、任せてくれ、完璧に仕上げてみせる」

 

 自信満々にそう言ったライツは、自分の胸を拳で軽く叩いた。

 

 

 

 その後、用事があるとかなんとかで、華織は出かけて行ってしまった。

 結果、シービーはライツと2人で用務室に残されることになった。

 

 好都合だ、とシービーは内心で舌なめずりをした。

 昔の華織について聞き出す絶好のチャンス。きっと面白いネタがあるに違いない。

 どこから攻めていこうかな、と作戦を練っていた、その時だった。

 工具を片手に作業をしていたライツが、おもむろに口火を切った。

 

「華織は上手くやっているか?」

「……上手くっていうと?」

 

 シービーが問い返すと、ライツは心配そうな表情を浮かべた。

 

「トレーナーとして、人生の先達として、君たちを導けているのか、ということだ」

 

 そんなもの、決まってる。

 

「ちょっぴり歪だけど……アタシたちのこと、大切にしてくれてるよ」

 

 シービーの答えに、ライツは肩から力を抜いた。

 

「そうか、安心したよ。捻じ込んだ甲斐があった」

「……捻じ込んだ?」

 

 気になる一言が飛び出し、シービーは耳をピンと立てる。

 失言だったとばかりに、ライツが「おっと」と口元に手をやった。

 これは逃すワケにはいかない。

 むくむくとわいた好奇心に任せ、シービーはすかさず食いついた。

 

「なにしたの?」

 

 ライツは逡巡する素振りを見せていたが、ほどなくして「まぁいいか」と呟いた。

 

「華織がどうやってトレーナーになったか、その経緯は知っているか?」

 

 聞いたような気がする。

 シービーは記憶を思い起こした。

 あれは、えーっと、確か――

 

「前の理事長とURAの偉い人に推薦された、とかなんとかってやつ?」

 

 それだ、とライツが頷いた。

 

「この件について華織はなにも知らないから、内緒にしておいてほしいのだが……アレを仕掛けたのは私でな」

 

 ふっふっふ、とライツは悪い笑みを作った。

 そこはかとなく、誰かさんからの影響を感じる仕草だ。

 

「詳しく」

 

 ずいっとシービーが身を寄せると、ライツは楽しげな様子で、とんとんと自分の脚を叩いた。

 

壊れたウマ娘(スクラップ)をイカサマで再生させて、もう一度走らせる――そんな“お遊び”のデータを、URAに送り付けてやったんだ」

 

 ウマ娘の勉強をしていたころ、ケガをしたウマ娘をターフで走らせた、と華織は言っていた。

 経緯はわからないけど、それが最近になって前の理事長とURAのお偉いさんの目に留まった、とも。

 一連の出来事の裏で糸を引いていたのは、どうやらライツであったらしい。

 

「なんでそんなことを?」

 

 シービーが問いかけると、ライツは意味深に言った。

 

「とあるウマ娘がトレセン学園に在籍しているコトを知ったからだ。一刻も早く、そのウマ娘と華織を引き合わせる必要があった」

「……誰のこと?」

 

 皆目見当がつかない。

 考え込むシービーを、ライツは愉快そうに見つめた。

 

「おや、わからないか?」

 

 そして、優しく告げた。

 

「世界で1番自由に駆ける、未来の三冠ウマ娘のことだよ」

「――あ」

 

 シービーが言葉を失うと、ライツはイタズラが成功したとばかりに、くすくすと笑った。

 

「養成学校やら、下積みやら、そんなコトでモタモタしていたら、他のトレーナーに先を越されてしまうかもしれない。だから、ちょっとだけズルをして最短ルートに捻じ込んだんだ」

 

 そう語りつつ、ライツはどこか遠くへ視線をやった。

 

「最終的に契約に至らなかったとしても、それはそれで構わない。華織がその(ル-ト)を自分で選んだのならそれでいい。ただ、勝負の舞台にだけは上がれるようにしてやりたかった。チャンスすらなかった、なんてことになったら、華織の心のどこかに、やり切れない気持ちが残るかもしれないだろう?」

 

 ライツは手にあった工具をそっと机に置くと、シービーを真っすぐに見つめた。

 

「上手くいく保証なんてない。もしかすると、2人の旅路は交差すらしないかもしれない。だが――」

 

 ゆっくりと、ライツは一呼吸した。

 そして、眩しいものを見るように目を細めた。

 

「君たちは惹かれ合った」

 

 慈しむような、今にも溢れ出しそうな声音だ。

 

「尊い巡り合わせだ。きっと、こういう奇跡のことを、本当の意味で運命と呼ぶのだろう」

 

 シービーの心に生まれたのは、シンプルな一言だった。

 飾る必要のないそれを、そのまま伝える。

 

「ありがとう」

 

 すると、ライツは微笑んだ。

 

「感謝するのは私のほうだ。華織のウマ娘になってくれて、ありがとう」

 

 きっと、同じ感情を共有している。

 (キミ)と友だちになりたい、と。

 

 咲かせる話題は、もう決まっていた。

 きっと、お互いを知るにはそれが一番だ。

 シービーとライツは、示し合わせたように言葉を重ねた。

 

「学生だったころの華織のこと、教えてよ」

「トレーナーになってからの華織のことを、教えてくれないか」

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