VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS 超光速粒子

 シュガーライツとの邂逅からしばらくが経ち。

 ミスターシービーは今日も今日とて、授業をサボって学園内を散歩していた。

 

 くぅ、と鳴ったお腹が、そろそろオヤツの時間だよ、と主張を始める。

 となれば、やることは一つ。用務室(ホーム)の冷蔵庫でも漁ってこよう。

 

 森を越え、柵を越えていく。

 そして、大きな木のあるベンチに到着したところで、シービーを呼び止める声があった。

 

「やあ、そこのミスターシービー君。少々お尋ねしたいことがあるのだが、よろしいかな?」

 

 栗毛のウマ娘だった。おそらく後輩だろう。

 たづなさんか、はたまた先生か、誰かが教室へ連れ戻しに来たのかと思って、ちょっとだけビックリした。

 

「どうしたの?」

 

 咄嗟に取った逃走の構えを解いたシービーは、にこやかに返事をする。

 同じサボり仲間だとわかれば、警戒する必要はない。

 すると、栗毛のウマ娘は胡散臭い笑みを浮かべた。

 

「この辺りに美繰トレーナーが居ると聞いてきたんだが、道に迷ってしまってね。よければ案内してくれるかい?」

 

 

 

 そんなワケで栗毛のウマ娘を引き連れたシービーは、用務室の扉を開いた。

 

「やっほー、華織」

 

 いつものようにデスクチェアに座っていた華織が、シービーの後ろへと視線をやった。

 

「客か?」

 

 シービーは「うん」と頷いた。

 

「キミに会いたいってウマ娘がいたから連れてきたよ」

「やぁ、美繰トレーナー。初めまして、アグネスタキオンだ」

 

 軽い調子で、栗毛のウマ娘――アグネスタキオンが挨拶をした。

 その瞬間、華織が凄まじい勢いで取り乱した。

 

「お、お前! なんてモン連れて来たんだ!」

 

 この反応は間違いない。久しぶりの“アレ”だ。

 にんまり、と笑みを浮かべたシービーは、華織の腕を掴んで部屋の隅まで引き摺った。

 

「知ってるウマ娘なんだね」

 

 壁に手をついて逃げられないようにすると、華織は全てを諦めたような虚無の表情を浮かべた。

 

「アグネスタキオン。二つ名は、超光速のプリンセス」

 

 ほら、やっぱり大当たりだ。

 意気揚々と、シービーはさらに質問を重ねる。

 

「成績は?」

「デカいとこだと皐月賞」

 

 しぶしぶといった様子で、華織が情報を開示する。

 これは中々に面白いことになってきた。

 料理(スカウト)するかは人となり次第だが、キッチンの準備だけはしておこう。

 シービーは華織の耳元へ唇を寄せた。

 

「ねぇ、華織。あの子のこと――」

「――なにをコソコソとしているんだい? お客の前でナイショ話とは感心しないねぇ」

 

 言い終える前に、横からニョキっと栗毛の頭が生えてきた。

 タキオンだ。いつの間にか忍び寄ってきていたらしい。

 慌ててシービーが話を切り上げると、タキオンは目を細めた。

 

「先ほどからの反応を見るに、私のことはご存知のようだ」

 

 不機嫌そうに華織は答えた。

 

「シービーに匹敵する問題児ってコトくらいはね」

「自己紹介の手間が省けて助かるよ」

 

 ニヤリ、と唇の端を上げるタキオンに、華織が鋭い視線を向ける。

 

「それで、私になんの用だ。さっさと言え」

「では、単刀直入にいくとしよう」

 

 タキオンは手にしていたファイルケースから、プリントの束を取り出した。

 

「まずはこれを読んで欲しい」

 

 無言でプリントを受け取った華織は、それに黙々と目を通し始め――表情を険しくした。

 

「お前、これ……」

「どうだろう? 我ながら悪くない線だと思うのだが」

 

 なにかを期待するように、タキオンは華織を見つめた。

 しかし、華織はバッサリと斬り捨てた。

 

「赤点だ」

「ククッ……アハハハハ! そうか、赤点か!」

 

 タキオンは狂ったように笑い声を上げた。

 

「後学のために、解説を賜りたい」

 

 逡巡する素振りを見せてから、華織は語り始めた。

 

「シービーのフォームも、マルゼンのフォームも、特定部位にかかる負荷を全身に分散させて、リソースを整理することによって効率化を図ってるのは同じだ。でも、アプローチの方向性は違う。シービーは衝撃を軽減することでさらに強い力で前へ進めるように、マルゼンは姿勢を安定させることで最高速を出し続けられるように、それぞれ別の調整がしてある。最適化していった結果フォームの外見は似た形になってるけど、中身は別物なんだ」

 

 話の流れから推察すると、あのプリントはシービーたちの走り方についてのレポートであるらしい。

 意見に対し、タキオンが「なるほど」と頷く。

 

「フォームそのものではなく、フォームが完成するまでの過程を考察すべきだった、ということだね」

「それくらい、私がわざわざ説明しなくてもわかってたんじゃないか?」

「私が推論だけで事を進める愚か者に見えるかな? 実証データがあるのだから使わない道理はないだろう?」

「まぁ、それくらい慎重なほうがいいだろうね。自分の脚を実験台に乗せるなら」

 

 あ、これ難しい話だ。

 話題についていくのを早々に諦めたシービーは、暇潰しの道具を探すことにした。

 

 適当に辺りを物色していると、華織のデスクの上にチョコチップクッキーを発見。

 迷うことなくパクリと一口。バターの香りとチョコの甘さが絶妙だ。

 さらにここで、隣に用意されていたマグカップを手に取る。

 中身はミルクティーのようだ。とりあえずぐびっといこう。

 

 ――ッ!

 

 なんという暴力的な甘さ。いったいどれだけの砂糖をぶち込んだのだろうか。

 甘味×甘味の組み合わせ――果たしてこれはアリなのか、それともナシなのか。

 真剣に考察をしていると、その間に話が終わったらしく、タキオンが「ふぅン」と顎に手をやった。

 

「君、私のトレーナーになる気はないかい? 面白い化学反応が起こせそうだ」

「なるワケないだろ」

 

 コンマ一秒の隙もなく、華織は即答した。

 すると、タキオンは芝居がかった仕草で肩をすくめた。

 

「それは残念」

 

 そして、さも妥協しましたとばかりに言った。

 

「トレーニングの見学だけでもさせてもらえないだろうか。なに、邪魔はしないさ。置物とでも思ってくれればいい」

「好きにしろ」

 

 意外なことに、華織はあっさりと許可を出した。

 えっ、とシービーの喉から声が漏れる。

 

 おかしい、ここはNOを突き付ける所ではないのか。

 そこをシービーが熟練の手練手管で転がすのが、いつもの流れだったハズ。

 驚愕するシービーをよそに、華織はタキオンへ「ただし」と釘を刺した。

 

「研究成果は他言無用だ、理由はわかるな?」

 

 心得ている、とタキオンは頷いた。

 

「魂は売っても、最低限の良識は残っているさ」

 

 しばらく沈黙が続き――華織が深く息を吐いた。

 それを合図にして、タキオンが手を差し出す。

 

「よろしくお願いするよ、華織君」

「……よろしくしないでくれ」

 

 心底嫌そうな顔で、華織はその手を取った。

 シービーには理解できない“なにか”が、2人の間で交わされた瞬間だった。

 

 空気がわずかばかり弛緩したところで、タキオンが「ふぁ」と小さく欠伸をする。

 

「すまないが、そこのソファを借りるよ。朝日杯から今まで、レポートを書くのに徹夜続きでね、いい加減限界なんだ」

 

 許可が下りるのを待ちもせず、タキオンはソファで横になり、あっという間に寝息を立て始めた。

 厚かましいというか、なんというか、ずいぶんとマイペースなウマ娘だ。

 

 嵐が過ぎ去った後のような沈黙が訪れる。

 シービーは華織に向かって、ぽつりと言った。

 

「ちょっと意外だった」

 

 自分たちの時はあんなに渋ったのに、どうしてタキオンには譲歩したのか。

 シービーが小さなトゲを言葉に込めると、華織は疲れた様子でデスクチェアにもたれかかった。

 

「お前からしたら、話がイージーなほうが嬉しいんじゃないか?」

「それはそれ、これはこれ」

 

 自分に都合のいいダブルスタンダードを、シービーは展開した。

 すると、華織は呆れた様子でため息をつき、譲歩の理由を説明した。

 

「コイツは放っておいても、あの走り方(フォーム)の答えまで辿り着く。それだけの頭脳と才能がある」

 

 放置した結果、秘伝(アドバンテージ)が露わになってしまうのを恐れている――というワケではなさそうだ。

 口ぶりからして、別のコトを危惧しているように感じる。

 

「心配事でもあるの?」

 

 問いかけたシービーから、華織はマグカップを奪い取った。

 

「あのフォームの習得は私の勘に頼っている部分が大きい。だから、最終的には私の手が必要になる。これはライツと一緒に“身を以て”研究して導き出した結論だから間違いない」

 

 華織はそれに、ためらう様子もなく口をつける。

 ちょっぴりドキッとした――という話は置いておいて。

 

「じゃあ、タキオンは失敗するってこと?」

 

 平静を装いつつシービーが質問を重ねると、華織は「うーん」と唸った。

 

「そこが難しいところでさ、完全に失敗するとも言い切れないんだよね。コイツなら理論の解明まではできるハズだ。実際、さっきのレポートも悪くなかった。躓くのは……ウマ娘を相手に実践する段階になってからだろうな」

「どうして? 理論(やりかた)はわかってるんでしょ?」

 

 ならば実践も可能なハズ、というシービーの主張に、華織は首を横に振った。

 

「それを自分の形に落とし込めるかどうかは別の話だよ。頭じゃわかってても身体が付いてこない、なんてのはよくある話だろ」

 

 華織は空になったマグカップをデスクに置いた。

 

「あの走り方は良くも悪くも特殊だ。中途半端な真似をすると、積み上げてきた基礎が崩れる」

 

 そして、苦々しそうな表情を浮かべた。

 

「実を言うと、私もライツで失敗してるんだよ。幸か不幸か“スタート地点”が違ったからリカバリーが効いたけど、同じことを普通のウマ娘にやれば……折角の料理に塩をぶちまけるようなもんだ。もしかすると、大切な時期(トゥインクル・シリーズ)を逃すハメになるかもしれない」

 

 なるほど、とシービーは納得した。

 

「だから、目の届く場所で見守るってコトなんだ」

「食材が台無しになるのは気に入らないからね。それが私の調理法だってんなら尚更だ。キリがないから、全員をどうこうするつもりはないけどさ」

 

 華織がそう締め括ったところで、シービーは「おや?」と首を傾げた。

 もしかしなくても、おもしろいこと言ってるよね、コレ。

 

「……ふふっ、あははははっ!」

 

 お腹を抱えて笑い始めたシービーに、華織が怪訝そうな顔をした。

 

「なにがおかしいんだよ」

「いや、だって……それ!」

 

 語るに落ちる、というヤツだ。

 どんどん笑いが込み上げてきて、シービーはまともに喋れなくなった。

 どうやら華織は、自分が言っていることの意味がわかっていないらしい。

 

 その理屈でいくならば、華織が傍に置きたいであろうウマ娘が1人いる。

 言うまでもない、ライスシャワーだ。

 

 シービーとマルゼンスキーの術中にハマった華織は、既にライスを料理し始めてしまっている。

 とびっきり丹精を込められて、緻密に計量され、丁寧に混ぜ合わされ、今はオーブンの中で焼き上がりを今か今かと待っている段階だ。とっくに取り返しなんてつかない。

 食材(ライス)を台無しにしたくないのなら、華織が手ずから仕上げて美味しく召し上がる他ないのだ。

 

 ひとしきり笑ってから、シービーはイタズラっぽくウインクした。

 

「大切にしてあげてね」

「……この初対面の変人を?」

 

 正気か、と言わんばかりに華織は眉をひそめた。

 あ、勘違いしてる。そっちじゃない。

 でも、正さないほうが上手くいきそうだ。

 だんまりを決め込むことにしたシービーは、そっとお口にチャックをした。

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