VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち 作:花壇の土
トレーニングコースを周回し終え、芝の上に座り込んだミスターシービーは、そっと聞き耳を立てた。
その先には、アッハッハと高らかに笑い声を上げるアグネスタキオンと、仏頂面の華織が居る。
「いやぁ! 実に興味深い! 映像越しに見るのと実際に見るのとでは、情報の鮮度も量も違う!」
走るライスシャワーへ視線をやったタキオンが、華織へ質問を飛ばした。
「ライス君のテーピングには、どういった意図があるんだい?」
「主にストレッチだな。アイツは体の柔軟性に難があるから、硬くなってる部分を伸ばさなきゃ走れないようにしてる」
「それだと、無理な姿勢で運動をすることになるだろう? ケガの危険性はないのかな?」
「ある。だから、こまめにテーピングし直して、負荷のかかる場所をローテーションしてケアしてるんだ」
「なるほど、今は……腰かな?」
「いや、尻」
「うーむ、ジャージの上からでは観察しづらいな……脱がせちゃダメかい?」
「ダメに決まってるだろ。ライスに手を出したら投げ飛ばすから覚えとけ」
打てば響くような早口でやり取りをする2人を見ていたマルゼンスキーが、ぽつりと言った。
「おったまげ。意外といい感じじゃない、あの2人」
シービーたちには持ちえない武器が、タキオンにはあった。
それは、華織と近い視点でトレーニングを見ることができる、ということだ。
「テーピングにウェイトを仕込んでいたが、筋力トレーニングのためのモノかな? それにしては重量が軽いように見受けられるが」
タキオンが疑問を投げかけると、華織が間髪入れずに答える。
「あれは、走ってるときのバランスを補正するためのもんだ。配置する場所によっては筋トレ効果がないワケじゃないけどね」
「コーナーで若干、右に振られているようだが……膝への負担は?」
「多少はあるよ。だから、テーピングでガッチガチに固めて帳尻合わせしてある。どちらかというと、心配なのは背中だな」
「なにか問題でも?」
「上半身だけでバランスを取ろうとしてるから、変な力が入ってる。あれじゃどっか痛めるかもしれないから……そうだな、一旦止めるか。おい! ライス! あと1周したら帰ってこい!」
指示を出す華織の声に、いつもよりキレがあるような気がする。
普段は頭の中で完結させている直感を言葉にすることによって、思考がまとまっている――のではないかと思う。
これは中々に良い影響を受けているのではないだろうか。
「いいね、面白い関係だ」
ぺろり、とシービーは唇を舐めた。
仲睦まじい王道も良いが、叩きあうような変わり種もアリだろう。
マルゼンが「うーん」と頬に手を当てる。
「でもあの子、上手にキャッチしておかないと飛んでっちゃいそうね」
その見解はシービーも同じとするところだった。おそらくだが、タキオンは目的のためなら旅を厭わないタイプだ。ここに留まらず、他所へ行ってしまう可能性は大いにある。
しかし、そこまで心配する必要はないとシービーは考えていた。
「大丈夫だよ」
「その心は?」
マルゼンの問いに、シービーはイタズラっぽく笑ってみせた。
「華織の
マルゼンが納得した様子で手を打った。
「そっか……いくらタキオンちゃんの頭がよくても、そう簡単にはいかないわよね」
先日、シュガーライツから聞いたところによると、華織の“イカサマ”はメカウマ娘に搭載されているセンサーを以てしても解析不能な代物であるとかなんとか。
そんな代物を一朝一夕でどうこうするのは、いくらなんでも無理だろう。
焦らず、どんと構えていればいい――なんて話をしていると、噂のタキオンがこちらへとやって来た。
「歓談中のところ申し訳ないが、お邪魔させてもらっても構わないかな? ライス君に集中したいからと追い払われてしまってね」
シービーはにこやかに歓迎した。
「うん、いいよ。アタシもキミに聞きたいコトがあったし」
意外にも、タキオンは素直に頷いた。
「私でよければなんなりと答えよう。なにせ、これから居候させて貰う身だ」
なるほど、殊勝な心掛けだ。
お言葉に甘えて、シービーは質問することにした。
「どうしてタキオンは華織の走り方を学びたいと思ったの?」
「……それについて説明するには、まずは私の目的を君たちに教える必要があるね」
タキオンは静かに語り始めた。
「私はウマ娘という生物の限界を研究している」
「というと?」
もうちょっと噛み砕いてくれ、とシービーが催促すると、タキオンは逡巡する素振りを見せた。
「……どこまで走れるのか見たい、と言い換えよう」
そして、気を取り直したように続けた。
「ウマ娘の限界を観測するためには、そこへ到達するための“手段”が必要になる。それに一番近いのが、君たちのフォームなのさ」
マルゼンが「あら?」と頬へ手を当てた。
「あたしたちのフォーム、楽に走れるだけで飛び抜けて速いワケじゃないわよ?」
限界を探るなら、もっといい相手がいるのではないか。
しかし、タキオンはそれを「いや」と否定した。
「重要なのはその“楽”という部分なんだよ。他じゃダメなんだ」
それから、さらりとした口調で言った。
「私には才能がある」
「わ、いきなり自画自賛してきたね」
シービーはツッコミを入れた。
しかし、タキオンは顔色一つ変えなかった。
「客観的な事実について謙遜しても、意味はないからね」
しかし、とタキオンは肩をすくめた。
「その才能に対して脚の強度が足りていない。高性能なエンジンを積んでいるのに、機体のほうが追いついていないんだ。おそらく、限界地点に到達する前に空中分解するだろう」
パチン、とシービーは指を鳴らした。
「だから、身体への負荷が少ない華織の走りに目をつけたんだ。脚へのダメージを減らせるから」
「間違ってはいないが、それでは50点だねぇ」
タキオンの採点は辛口だった。
うーん、とシービーは頭を捻る。
「他になにか理由が?」
尋ねると、タキオンは意味深な笑みを浮かべた。
「極端に負荷が少ない、というコトはだね、さらに負荷をかけられる、というコトだ」
「……どういうこと?」
頭上にはてなを浮かべたシービーに、タキオンは補足説明をした。
「べつに難しい話じゃあない。楽にスピードが出せる、楽に遠くまで行ける、つまり――」
「――負荷をかければ、もっとスピードが出て、もっと遠くまで行ける?」
引き継ぐようにしてシービーが述べると、タキオンはパチパチと拍手をした。
「今度こそ100点だ」
マルゼンが小さく挙手をした。
「あたしたち、セーブして走ってるつもりはないわよ?」
「それだけ巧妙に
感心した様子で、タキオンは「ふぅン」と声を漏らした。
「本人に自覚すらさせないとは、やはり素晴らしい。ウマ娘の身体の仕組みについて、よほど造詣が深くなければ出来ない芸当だ」
タキオンは唇の端を上げた。
「だからこそ、私は彼女に可能性を見た」
そして、瞳に狂気的な光を宿した。
「私は自らの脚でウマ娘の限界に到達することを半ば諦めていた。いくら計算してもその前に壊れてしまうからね」
だが、と声を昂らせる。
「あの走りがあれば話は別だ! 研究し、取り入れることができれば限界を――いや、その先にだって届くかもしれない!」
「限界の先になにがあるの?」
シービーが問いかけると、タキオンは当然とばかりに言った。
「わからないから探求するのさ」
不覚にも、面白そうだと感じてしまった。
ターフを駆けた先に、シービーは自由を見出した。だからレースを走っている。
もし、そのさらに向こう側があるのだとしたら――それを求めずにはいられないだろう。
そんなシービーの内心を察したように、タキオンが「クックック」と笑った。
「興味があるのなら声をかけてくれたまえ。歓迎するよ」
満面の笑みでタキオンは両手を広げた。
しかし、そこに待ったの声がかかった。
「絶対に誘いに乗るなよ。コイツのは“モルモットとして歓迎する”って意味だ」
華織だった。
「コイツらは“私の”ウマ娘だ、余計な真似するな」
「おっと、すまないねぇ」
悪びれもしないタキオンに、華織がため息をつく。
「ライスのテーピングをし直すから、見ないかって誘いにきたんだけど……」
「本当に申し訳なかった。この通り誠心誠意謝罪するから、是非とも拝見させていただけないだろうか」
タキオンはころっと態度を変えた。現金というかなんというか、図太いウマ娘だ。
まぁ、
中途半端な味では、華織の舌を満足させられない。劇的であればあるほどいい。
だから、劇的すぎて劇薬になりかねない、という部分については――この際だから目を瞑ろう。
おいしい化学変化が起きてくれますように。
そんなことを願いながら、シービーはライスに迫る華織とタキオンを見送った。