VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS スイーツ同好会

 最初はライスシャワー。

 

「ねぇ、お姉さま。ライスの絵本、何冊か本棚に置いてもいい?」

 

 ついでとばかりにマルゼンスキー。

 

「あ、そうだ。ここに大きめのお化粧台、置いてもいいかしら?」

 

 しれっとアグネスタキオン。

 

「追加でいくつか機材を置かせてもらうよ。理科準備室まで取りに戻るのも面倒だからねぇ」

 

 どさくさに紛れてミスターシービー。

 

「ハンモック置こう!」

 

 図々しく便乗して要求を始めたウマ娘たちに、華織が不機嫌そうに待ったをかけた。

 

「置けてたまるか、バカどもめ」

 

 ライスが真っ先に謝罪した。

 

「ご、ごめんなさい、お姉さま……」

 

 真っ当なお願いをしていたライスからすれば、完全にとばっちりだ。

 なのに、言い出した自分が悪い、とばかりに落ち込んでしまっている。

 こうなると弱るのは、ライスを妹のように可愛がっている華織だ。

 

「お前はなにも悪くない。本くらい好きなだけ置いていいから、そんな顔するな」

 

 華織はライスに優しく微笑みかけた。

 それから残りの3人に、ジトッとした視線を向けた。

 

「悪いのはコイツらだ。見てみろ今の有様を。あれもこれも持ち込みやがったせいで、キャパシティオーバーなんだよ。ちょっとは自重しろ」

 

 マルゼンは華織に従って、用務室をぐるりと見回した。

 初めてここに訪れたときは、華織のデスクと最低限の家具しか置かれておらず、こざっぱりとした印象があった。

 しかし今は、モノで溢れ返ってゴチャゴチャになっている。

 トレーニング用品に加え、マルゼンの雑貨、シービーのキャンプギア、タキオンの実験器具。

 私物をちゃんと持ち帰っているのは、ライスだけだ。

 

 デスクチェアに深くもたれかかった華織が、ボソリと呟いた。

 

「……引っ越すか」

 

 マルゼンは耳と尻尾をピンと逆立てた。

 

「そんなのダメよ」

 

 同じ反応をしたのはシービーだ。

 

「そうだよ、ここがいい。私物はちゃんと片付けるからさ、引っ越しなんてやめよう」

 

 そんなウマ娘2人を、華織は冷静に諭した。

 

「どの道どっかで引っ越しはしなきゃならないんだよ。お前らがクラシックに進んで、必要なトレーニング用品はどんどん増えていってるからね。仮に私物を片付けたとしても近いうちに限界が来る。だから、いつまでもココに居るワケにはいかないんだ。名残惜しいのはわかるけど、駄々こねても無理なもんは無理」

 

 うーん、ごもっとも。

 チーム(ラサラス)のメンバーとなったウマ娘――厳密にはメンバー(仮)も含む――は既に4人。

 手狭な用務室に全員が入り浸るのは難しい。

 

 そのうえ、マルゼンとシービーの“計画”が上手く行けば、もう何人か増える可能性がある。

 将来のことを考えるのなら、広い部室は絶対に必要だ。

 

 頭ではわかっている。しかし、感情が追いついてこない。

 とはいえ、時間をかけたところで部屋が広くなるワケでもなく。

 

 いつものようにパッションで押し切るのも、情に訴えて説得するのも、今回ばかりは難しい。

 万策尽きたか、とマルゼンは青色吐息を零した。

 

 そんな中、シービーがふと華織に尋ねた。

 

「聞くだけ聞くけど、引っ越し先のアテは?」

 

 華織が「んー」と腕を組む。

 

「私のトレーナー室とか? ここよりは少し広いし」

 

 興味あります、とシービーが食いついた。

 

「そういえば行ったことないや。どこにあるの?」

「トレーナー棟の3階奥」

「どんなとこ?」

「ガス水道なし。日当たり最悪」

 

 物件の詳細を華織が口にした途端、シービーのテンションは目に見えて下がっていった。

 

「ナシ」

「だよなぁ」

 

 華織がため息をつく。

 言い出した本人も、最初からシービーと同様の判定を下していたらしい。

 

「とはいえ、他にアテもないしね……」

 

 考え込み始めた華織の頭を、シービーがぐわんぐわんと揺すった。

 

「なにか思いつかない? いつもみたいな無茶苦茶な方法でもいいからさ」

「もう、シービーちゃんったら。いくら華織ちゃんでも、振れば出てくるワケじゃ――」

 

 マルゼンがやんわりと制止しようとしたところで、華織が「あっ」と声を漏らした。

 

「……滅茶苦茶な方法?」

 

 おっと、なにやら閃いたらしい。振ったら出てきてしまったようだ。

 デスクチェアから立ち上がった華織は、用務室の奥へ向かい、壁をコンコンと何度か叩いた。

 

「力技だけど、ワンチャンあるか?」

 

 華織はしばらく黙り込んでから、シービーたちへ振り返った。

 

「ちょっと理事長のトコ行ってくるよ」

 

 

 

 そして翌日。

 用務室へ集合したマルゼンたちの眼前にあったのは、驚くべき光景だった。

 

「華織ちゃん……これ、どうしたの?」

 

 いったいなにが起きたのか、一晩にして用務室が倍近い広さになっていた。

 呆気にとられるマルゼンに、華織がイタズラっぽい笑みを向ける。

 

「隣に使ってない備品庫があってね、ぶち抜いて用務室と繋げて貰ったんだよ。薄い壁で仕切ってただけだったから、簡単な工事で済んだ」

「よく許可が下りたわね……」

「お前らが活躍してくれてるから色々とゴリ押しが効くのさ。まぁ、代わりにトレーナー室を取り上げられちゃったけど」

「それ、大丈夫なの?」

「使わずにホコリかぶらせてたような場所だ。問題なんてあるワケない。管理する手間が減って、むしろ助かった」

 

 よかったよかった、と華織が満足げに頷いたタイミングで、真っ先に奥へと突撃していたシービーがマルゼンを呼んだ。

 

「見てよマルゼン! 凄いよ、これ!」

 

 マルゼンはシービーの居るほうへ目を向けて――あら、と口元に手をやった。

 

「ハンモック、置いてもらったのね」

 

 中々のビッグサイズだ。さぞ寝心地がいいことだろう。

 続いて、ライスが嬉しそうに指を差す。

 

「見て、マルゼンさん! 本棚もあるの!」

 

 キュートな花柄の本棚だった。既に何冊か絵本が納められている。

 2人が喜ぶ様子を見ていたタキオンが、ちょっとだけ期待した様子で尋ねた。

 

「私にはなにもないのかい?」

「モノは用意してないけど……その辺りのスペース好きにしていいよ。お前が欲しいのは場所だろ」

 

 投げやりに華織がそう言うと、タキオンはにんまりと唇で弧を描いた。

 

「よくわかっているじゃないか。では、お言葉に甘えて間借りさせて頂くとするよ。ふむ……これならデスクがひとつ置けそうだね」

 

 ウマ娘たちが、めいめいにあちこちを物色する中――マルゼンの視線はある一箇所に釘付けになっていた。

 

「華織ちゃん、あれって……」

 

 置かれていたのは、シックなデザインの化粧台だ。

 

「欲しいって言ってたろ。私の実家からのおさがりで悪いけど、用意しといた」

 

 華織の言葉通り、化粧台は随分と使い込まれている。

 しかし手入れは行き届いているようで、鏡は新品のようにピカピカだ。

 

「いいの?」

 

 きっと、大切に使われていたモノだ。

 本当にマルゼンたちが使っても構わないのか。

 

「好きにしていい。管理はお前がやれ」

 

 お前になら任せられる、という信頼が華織から伝わってくる。

 それは、マルゼンの表情を綻ばせるには充分だった。

 

「ありがとう! 華織ちゃん!」

「……喜んでくれてなによりだよ」

 

 照れたように、華織はふいっと顔を背けた。

 

 

 

 さらにその翌日の放課後。

 用務室の前に到着したマルゼンは、いつものノリで元気よく扉を開けようとして――ギリギリのところでその手を止めた。

 中から話し声が聞こえたからだ。

 

 一つは華織の声だが、もう一つには聞き馴染みがない。

 たぶん、知らないお客さんが来ている。

 

 となれば、落ち着いてまずは一呼吸。

 それから軽く身なりを整えて、控えめにノック。

 

「いいよ、入ってきて」

 

 華織からの許しを得たマルゼンは、扉を静かに開けた。

 そして、ソファに座ったお客さんへ丁寧に挨拶をした。

 

「こんにちは」

「あひゃいっ……こ、こんにち、は」

 

 素っ頓狂な声を返した、ちょっぴり跳ねた金髪の女性。

 マルゼンは彼女に見覚えがあった。

 

「あなたは確か……妃紀さん、だったかしら?」

 

 妃紀(きさき)早貴(さき)。華織の同期で、東条ハナが率いるチームリギルのサブトレーナーだ。

 東条からスカウトを受けた際に、一度会ったことがある。

 

「ひぃっ」

 

 名前を呼んだ途端、早貴はビクリと肩を震わせた。

 マルゼンは首を傾げる。

 

「あたし、怖がらせるようなことしちゃった?」

 

 すると、華織がけらけらと笑い声を上げた。

 

「コイツ、極度の人見知りでね。仲間内でもこの調子だから気にしなくていいよ」

「そ、そんなことない。み、皆が相手ならちょっとはマシ」

 

 慌てて否定する早貴に、華織が訝しむような視線を向けた。

 

「ホントか? 爺さんやトラちゃん相手にするとき、だいぶ怪しいよ」

「あ、あの人たちに気後れしない華織ちゃんがおかしいんだ」

「だーれがおかしいって?」

「じ、冗談だってば、へへへ」

 

 言葉の端々から陰の気を感じる。

 前回会ったときの、にこにこして明るい女性、という印象は欠片もない。

 

「それで、どうして妃紀さんがここに?」

 

 マルゼンの疑問に、華織が呆れた様子で答えた。

 

「チームの部室に居辛いらしくてね、逃げてきたんだとさ」

 

 しょぼん、と早貴が肩を落とした。

 

「あそこ、陽キャばっかでしんどい。あと最近、東条さんの機嫌がちょっとだけ悪い」

 

 華織が「ああ、ソレだ」と手を叩いた。

 

「その話題に入ったとこだったんだよ。東条さんの機嫌が悪いって、リギルでなにがあったんだ?」

 

 うらめしそうに、早貴が語り始めた。

 

「と、東条さんが狙ってたウマ娘がいたんだ。でも、スカウトしに行ったら、東条さんの付き添いしてたリギル(ウチ)のサブトレーナーと、その子が意気投合しちゃって……」

 

 先の展開が読めたのか、華織がパチンと指を鳴らした。

 

「そっちの2人が専属契約したってオチか。で、そのままサブトレはリギルから独立した、と」

 

 早貴が「う、うん」と頷いた。

 

「し、しかも逆スカウトだったらしい。だ、だいぶ情熱的に口説いてたとかなんとか」

「なるほど。狙ってたウマ娘と囲ってたサブトレが一緒に飛んでっちゃったもんだから、東条さんは拗ねてるワケだ。ウマ娘からの直々のご指名とあっちゃ口を出すのも野暮だし……まぁ、ドンマイとしか言えないな」

 

 面白がるように、華織はけらけらと笑った。

 

「ウマ娘とトレーナーの出会いは千差万別の巡り合わせだ。たまにはそういうコトもある。巻き込まれたお前には災難だろうけど」

 

 それで、と華織は続けた。

 

「東条さんが狙ってたウマ娘、なんて名前なんだ? ちょっと興味が出てきた」

「た、確か……シンボリルドルフって子。すごく期待されてるらしくて、あちこちでスカウト合戦が起きてた」

 

 その名前が早貴から出た途端、華織から表情が消えた。

 

「シンボリルドルフ、か」

「か、華織ちゃん、あの子のこと知ってるんだ」

 

 意外そうな顔をする早貴に、華織は「まぁね」と短く答える。

 そして、眼光を鋭くした。

 

「誰と契約した?」

「し、城園(しろぞの)君」

 

 はて、と華織が首を傾げた。

 

「しろぞの? ……誰だそれ」

「お、覚えてないの? わ、わたしたちの代の主席なのに?」

 

 早貴が唖然とする中、華織が「ああ」と手を打った。

 

「筆記でお前に負けたヤツか。居たなそんなの」

 

 退屈そうに華織は呟いた。

 

「皇帝サマと主席サマ、ねぇ」

 

 マルゼンはそれを拾った。

 

「思うところでもあるの?」

 

 うーん、と華織は唸った。

 

「順当過ぎてつまんないなって。これじゃライオンは見られないかもな」

「ライオンって……なにかの例え?」

 

 マルゼンが質問すると、華織はデスクに頬杖をついた。

 

「シンボリルドルフが理性の裏に隠してる、獰猛な本性のコトだよ。ミスターシービーを担当するんなら、引きずり出して戦わせてみたかったんだけどね」

 

 ギラギラした部分がルドルフにあることは、マルゼンも友人としてなんとなく察していた。

 それのことを、華織は獅子(ライオン)と表しているらしい。

 

 しかし、聞いておいてアレだが、この話を早貴の前でしてもよかったのだろうか。

 口ぶりからして、コレは“運命”で知りえた情報だ。もしかしなくても、秘密にしなければならないのでは。

 

「華織ちゃん、この話って……」

 

 おそるおそるマルゼンは尋ねた。

 その態度だけで、華織はマルゼンが言いたいコトを察してくれた。

 

「ああ、これくらいなら別にいいよ」

 

 よくわからないが、平気らしい。

 ならば、とマルゼンは遠慮がちに質問を重ねた。

 

「えーっと……城園さんってトレーナーさんじゃ、ルドルフの本気を引き出せないってことよね? あのルドルフが選んだ人なのに、そんなのあり得るの?」

 

 ルドルフの人を見る目は確かだ。人選を誤るとは思えない。

 マルゼンがそう疑問を投げかけると、華織は平坦な声音で持論を語った。

 

「ウマ娘とトレーナーの関係なんて、蓋を開けてみなきゃどうなるかわからない。もしかしたら、とんでもない化学反応が起きるかもしれない」

 

 でも、と続けた。

 

「なんていうかな……アイツ見てても、ピンと来なかったんだよね」

 

 早貴が「ふへへ」と笑い声を漏らした。

 

「ま、周りの人たちが面白すぎるせいで、華織ちゃんの感性はおかしくなってる。城園君にピンと来ないなんて言うの、華織ちゃんだけ」

 

 そこに華織がツッコミを入れた。

 

「私の感性がズレてるのは百歩譲って認めてやるけど、それはそれとしてお前も“おかしい”側の人間だからな」

「えっ」

 

 ショックを受けたらしく、早貴が呆然とした様子で固まった。

 その反応に、華織がイジワルな顔をした。

 

「お前も含めて大概なイロモノ集団だよ、あの“同好会”は」

「……同好会?」

 

 面白そうなワードが飛び出し、ソコをマルゼンが深掘りしようとしたところで、用務室に電子音が鳴り響いた。

 音を辿れば早貴のポケット。どうやら、スマホの着信音であるらしい。

 早貴はポケットからスマホを取り出して画面を確認し「わァ……」と涙をにじませる。

 そして、震える指先で応答ボタンをタップした。

 

「……も、もしもし」

 

 ウマ娘であるマルゼンの鋭敏な聴覚が、スマホから発せられる、女性の硬い声を拾った。

 

『妃紀、今どこなの? 新しい仕事があるから、サボっていないでさっさと戻ってきなさい』

 

 推測するに、通話先はリギルの東条トレーナーだろう。

 

「……ご、ごめんなさい、すぐに戻ります……」

 

 電話口なのに頭を下げる早貴に、華織はすげなく言い放った。

 

「ボスがお呼びなんだろ。とばっちり受けたくないし、とっとと帰れ」

「……う、うん……またね、華織ちゃん……」

 

 ソファから立ち上がった妃紀は、ふらふらとした足取りで用務室から去っていく。

 哀愁の漂う後ろ姿を、マルゼンは心の中で静かに合掌しながら見送った。

 

 完全に早貴の気配が消えたところで、華織が憐れむように呟く。

 

「仕事が上手いばかりに……不憫なヤツ」

「あら、妃紀さんって、できるタイプなの?」

 

 失礼ながら、そうは見えなかった。

 マルゼンが意外に思っていると、華織は苦笑いをした。

 

「事務処理とかスケジュール管理とか、秘書的な立ち回りが得意でね。知識も豊富だから、サブトレさせるならアイツ以上の人材は居ないんじゃないかな」

 

 あーあ、と華織は頭の後ろで手を組んだ。

 

「私の周りにいる連中、どいつもこいつも優秀で嫌になるよ」

「周りって……さっきちょびっと話に出てた“同好会”とかいう?」

 

 華織は「そうだ」と肯定した。

 

「トレセン学園スイーツ同好会。ライスにおつかいでオヤツ取りに行かせてるトコって言うと、お前にはわかり易いか?」

 

 なるほど、アレか。

 マルゼンはポンと手を打った。

 

「今まで詳しく聞いたことなかったけど、どんな会なの?」

「オススメのお菓子を融通し合う互助会……みたいなもんかな。私の同期に獅堂(しどう)來歌(らいか)って女がいてね。そいつが主導して立ち上げたんだ」

 

 そこまで説明してから、華織は遠い目をした。

 

「最初は私と早貴と來歌の3人でお茶するだけの当たり障りのない集まりだったんだけど、いつの間にかとんでもないのが混ざっちゃってさ……鷹垣(たかがき)善斎(ぜんさい)って爺さんわかるか?」

 

 マルゼンは「もちろん」と答えた。

 

「流石に知ってるわよ、有名人だもの。三冠ウマ娘のトレーナーでしょう?」

 

 トレセン学園で最も著名なトレーナーと言っても過言ではない。

 近代レースを語るうえでは欠かせない人物だ。

 

 華織は眉を八の字にした。

 

「ウチの会に居るんだよ、あの爺さんが」

 

 そして、ため息をついた。

 

「ちょっとした偶然でお茶に誘っちゃったんだ。そしたら、弟子の一流トレーナー(バケモノ)も一緒に連れてくるようになってね。なんだかんだ早貴と來歌も“あっち側”だから、たちまち修羅の会合が出来上がったってワケ。三流の私は肩身が狭いよ」

 

 どうして華織が自分のことを日頃から三流と卑下するのか、少しわかった気がした。

 身近なトレーナーのレベルが異様に高いのだ。

 鷹垣とその弟子の実力はもちろんのこと、早貴も首席に勝つだけの頭脳を持っている。

 話の流れから察するに、來歌という人物も相当に優秀に違いない。

 もちろんそれが理由の全てでは無いだろうが、一端ではあるだろう。

 

「華織ちゃんだってG1を獲った凄いトレーナーなんだから、堂々と胸を張ればいいじゃない」

「朝日杯で勝てたのは、お前が強かったからだ。私はなにもしちゃいないよ」

 

 強情に言い張る華織に、マルゼンは「むぅ」と頬を膨らませた。

 自己肯定感の低さは、華織のわかりやすい欠点の一つだ。

 

 正直なところ、マルゼンはレースで結果を出すことに拘っていなかった。

 スーパーカー(マルゼンスキー)は楽しく走ればそれでいい――華織からそう教えてもらってからは、意識したことすらない。

 

 しかし、最近になって少し考えが変わりつつあった。

 華織の悪癖がマシになるのであれば、G1のトロフィーを集めてみてもいいな、と。

 

 揺るがぬ結果を積み重ねて、華織が一流のトレーナーなのだと他でもない華織自身に認めさせる。

 そのためなら、目的地までのルートをちょっぴり書き換えて寄り道しても構わない。

 もしかするといつもと違う景色を楽しめるかもしれないし、そうなれば一石二鳥だ。

 

 頭の中でドライブコースを調べ始めたマルゼンに、華織が「おい」と声を低くした。

 

「なんか余計なこと企んでるだろ」

 

 とびっきりの愛嬌を込めて、マルゼンはあざとくウインクをキメた。

 

「華織ちゃんにはナイショ♡」

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