VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS テスト

 用務室に置かれているモニターを、華織はジッと見つめていた。

 流れている映像は、先日の共同通信杯の中継を録画したものだ。

 

 ミスターシービーは余裕のあるスタートを切った。

 早くもなく、遅くもなく、スッと飛び出して定位置である後方へと陣取る。

 

 流れに沿って隊列は進み、各ウマ娘がバックストレッチの坂へ突入した。

 有利な位置を取ろうと足を速めるウマ娘。ここは温存すべきと判断し息を入れるウマ娘。

 僅かな間に、何度も駆け引きが行われている。

 

 そんな中、シービーは我関せずとばかりに自分のペースを保ち続けた。

 脚運びは軽い。まるで平地を駆けているかのようだ。

 何人かのウマ娘を追い抜き、少しずつ順位を上げていく。

 

 きっちりとスタミナを残しつつ、第3コーナーへ。

 続く第4コーナーをゆったりとしたコーナリングで抜け、最終直線に入ったところで――ついに仕掛けた。

 シービーは爆発するような加速で進出を開始する。

 

『ここで動いたのは、1番人気のミスターシービー!』

 

 実況の声と同時に、カメラがシービーへとフォーカスした。

 

『すごい脚だ! 大外から一気に上がってくる!』

 

 シービーは瞬く間に前方のウマ娘たちを抜き去って行く。

 

『ミスターシービー先頭で今――ゴールイン!』

 

 そこで映像の再生を止めると、パチパチ、と音が鳴った。

 一緒にレースの振り返りをしていたアグネスタキオンの拍手だ。

 

「実に興味深いモノを拝見させてもらったよ」

 

 感心した様子のタキオンに華織は尋ねた。

 

「お前ならどこに注目する?」

「やはりあの強烈な追込……と言いたいところだが、真に見るべきは中盤までの安定した巡航だろう。末脚の爆発力のカギはそこだ」

「タネはわかるか?」

「ストライドの長さに反して、地面を蹴る力が非常にソフトだから、ではないかな?」

「それだと前に進まないだろ」

「あの速度域であるなら、前方への慣性を無駄なく利用できれば破綻はしないハズだ。それに、重心を操作して力のベクトルをコントロールするのは君の十八番だからね。あとは想像に難くない」

 

 デスクの上に置いてあったUSBメモリを、華織はタキオンに投げ渡した。

 

「レース中の重心位置の推移について、キャンディの解析と私の感覚を基にデータを作っておいた。くれてやるから頭に入れとけ」

 

 タキオンが目を細めた。

 

「至れり尽くせりだ。後で法外な請求をされるんじゃないかとヒヤヒヤするよ」

「お望みなら請求してやろうか? ふんだくってやるよ」

「おっと、藪蛇だったようだねぇ」

 

 クックック、とタキオンが笑い声を上げる。

 そのタイミングで、ソファに腰掛けて紅茶をすすっていたシービーが暢気な声で言った。

 

「難しい話は終わり?」

 

 まるで他人事のような態度のシービーに、華織は苦言を呈す。

 

「お前のコトについて話してるんだから、もうちょっと興味を持ってくれ」

「そういうのは華織たちに任せるよ。よくわからない言葉ばっかりで、アタシはついていけないから」

「いや、授業で習うだろ、これくらい」

 

 なに言ってんだ、と華織は眉をひそめる。

 すると、シービーは曖昧に視線を逸らした。

 

「うーん……習ったかな?」

 

 その反応を見た華織は、顔を手で覆った。

 ああ、そうだった。コイツ、普段からまともに授業を受けてないんだった。

 

「今度の定期試験(テスト)、大丈夫なんだろうな」

「本気出すから平気!」

 

 妙にやる気をみせるシービーを、華織は訝しんだ。

 

「まーた余計なコト企んでるだろ」

「企みだなんて失礼な。ただ、そろそろキミにわからせなきゃいけないと思ってるだけだよ」

「なにを?」

「アタシがやればできるってコト」

 

 華織は鼻で笑った。

 

「はいはい、期待してるよ」

 

 シービーがむっとした表情を作った。

 

「どうせ無理だって思ってるでしょ」

「当たり前だ。胸に手を当てて、自分の普段の所業を振り返ってみるといい」

 

 華織の言葉に従って、シービーは自分の胸に手を当てた。

 そして、難しい顔で黙り込んだ。

 それみたことか、と華織はため息をつく。

 

「先生方からの苦情、私のほうに来てるんだからな。どうせ無理だろうから、大人しくしろとは言わないけど、せめて上手くやれ」

 

 シービーはサボりやら脱走やらの常習犯なワケだが、それらの問題行動の責任は、なぜか華織が取ることになっていた。

 なにをトチ狂ったのか、シービーの親御さんが「その辺りは華織さんにお任せしていますから」とぶん投げたからだ。

 

 木端トレーナーに年頃の娘の全権を委ねるだなんて、なにかしらの問題になるのではないかと思いきや、なぜか学園側は嬉々として了承する始末。

 むしろ、すぐに連絡ができる所に保護者が居てくれて助かるとかなんとか。

 

 まさかとは思うが、華織の言うことならシービーは素直に聞く、と勘違いされてやしないか。

 もしそうなら、ただの買い被りだ。空を舞う風に首輪をつけることなんて、誰にもできやしない。

 ちょっとばかり流れを変えることはできるが、それだけだ。

 

 担当した以上、責任は取ると言った。しかし、こういう意味ではない。

 退屈しないという意味では悪くないが、別に振り回されたいワケではないのだ。

 

 気疲れを起こした華織に、なにやら考え込んでいたシービーが問いかけた。

 

「もう一回だけ聞くけど、アタシにはできないとキミは思ってるんだよね?」

「もちろん」

 

 即答した華織に、シービーは「じゃあ」と人差し指を立ててみせた。

 

「ゲームをしようよ」

 

 あからさまなトラップだが、まぁいい。

 

「一応聞いといてやるけど、どんなゲームだ」

 

 華織が尋ねると、シービーはキラリと目を輝かせた。

 

「アタシがテストでいい点を取ったら、ご褒美をちょうだい。それも、とびっきり豪華なやつ」

 

 まるで、ワンチャンがある、と言わんばかりの口ぶりだ。

 なにを食って生きていれば、ここまで楽観的になれるのだろうか。

 どうせ無理だと思うが――

 

「考えてやらないコトもない。勉強してくれるなら、それに越したことはないからね」

 

 そのゲームに華織は乗ってやることにした。

 モチベーションになるのであれば、餌をぶら下げてやろう。

 

「で、なにをお望みなんだ?」

 

 続けて華織が問いかけると、シービーはしめたとばかりにパチンと指を鳴らした。

 

「キャンディとアタシたちで本気のレース……とかどう? 折角アップグレードしたのに、まだ全力で走ってくれたコトないでしょ?」

 

 ふむ、と華織は思案した。

 面倒だが、約束するだけなら無料(タダ)だ。

 

 とはいえ、万が一にもクリアされては困る。

 ここは一つ、難しい条件をつけておこう。

 

「全教科90点以上取れたらな」

「その言葉、忘れないでよ」

 

 シービーは念を押してから、いそいそと教科書を取り出し始め、そのまま用務室を出ていった。

 どうやら、外で勉強をするつもりらしい。

 果たしてどこまで続けられるかな、と華織は冷めた紅茶をすすりつつそれを見送った。

 

「そういえば……」

 

 華織はついでとばかりにタキオンに尋ねた。

 

「お前は勉強しなくていいのか? 授業とかサボってんだろ? 補習になっても知らないよ」

「必要性を感じないねぇ。定期試験程度、教科書を読んでいれば何の問題もないさ」

 

 タキオンは先ほどのデータを眺めつつ、片手間のようにそう言った。

 頭のいい奴は万事がコレだから手に負えない。

 学業に関しては平凡だった華織からすると羨ましい限りだ。

 

「ま、ほどほどにな」

 

 そこで華織は会話を打ち切った。

 別に担当ウマ娘というワケでもないのだ。指図することではないし、好きにすればいい。

 

 モニターの前から立ち上がった華織は、改装に伴って少し大きくなったキッチンへと向かった。

 そして、新しく沸かしたお湯を急須に注ぎ、紅茶を淹れ直す。

 

「華織君」

 

 そこでタキオンが、持ち上げたティーカップをゆらゆらと揺らした。

 飲みきってしまって空ですよ、というアピールだ。

 相変わらず厚かましい奴だな、と心の中で愚痴を零しつつ、華織はタキオンからティーカップを受け取る。

 

「砂糖は?」

「もちろん、たっぷりと」

 

 タキオンのお望みのまま、華織はティーカップに大量の砂糖をぶち込んだ。

 

 

 

 それから一週間後。

 シービーが得意げな顔をして、長机の上に答案用紙を並べた。

 

「どう?」

「……ウソだろ」

 

 信じられない、と華織は口元へ手をやった。

 全教科が90点を超えている。なんなら、100点という数字が燦然と輝いているものすらある。

 

「今回の試験が特別簡単だった、ってオチは……」

 

 一縷の望みをかけて、華織はマルゼンスキーへ視線を送った。

 しかし、小さく首を横に振られてしまった。

 

「むしろ難しかったと思うわ。出題範囲が広い教科もあったから」

「そんなバカな」

 

 “あの”シービーがこんな点数を取ってくるなんて、あり得ない。

 明日は嵐か大雪か。それとも隕石か。

 愕然とする華織に、マルゼンがくすりと笑みを零した。

 

「本当に意外だったんだけど……シービーちゃんって普段はなんにも考えてないクセに、真面目にやりさえすればできる子だったみたいなのよね」

 

 もはや、褒めているのか貶しているのかわからなかった。

 ずっと目を逸らしてきたが、そろそろ認めざるを得ないだろう。

 どこかの三流トレーナーの影響で、マルゼンがすっかりおかしくなってしまったことを。

 

 これ以上の犠牲者を生まないためにも、余計な一言や皮肉を反射的に口走る悪癖を直すべきなのかもしれない。

 可愛い妹分(ライスシャワー)まで“こんなの”になってしまったら、ショックで寝込む自信がある。

 とはいえ、コレはシービーの性分と似たようなもので、今更どうにかなる代物でもなくて――

 取り返しのつかない過ちを華織が後悔する中、マルゼンは上機嫌に続けた。

 

「教え甲斐があって、途中から楽しくなっちゃった。外でお勉強するのもピクニックみたいでいい気分転換になったし、またご一緒しちゃおうかしら」

 

 後悔よりも、ムカつきが勝った。

 

「お前もグルか」

 

 非難がましく、華織はマルゼンを睨みつけた。

 しかし、マルゼンは堪えた様子もなく、堂々としたり顔を返した。

 

「あたしにとっても素敵な話だもの。協力してあたり前田のクラッカーよ♪」

 

 華織は仕返しがてら、そのネタはバブルどころの騒ぎじゃない骨董品だよ、とツッコミを入れようとした。

 しかしその前に、シービーが華織の肩にそっと手を置いた。

 

「約束」

 

 うっ、と華織は言葉を詰まらせた。

 煙に巻いてしまいたい。

 正直なところ、シービーたちと本気で走るのは勘弁願いたいからだ。

 

 トレーニングというルールでガチガチに縛った状態ならいい。

 だが、勝負となった途端、シービーたちは無茶苦茶をし始める。

 

 華織の脳裏に、スーパーカーとターフの演出家に前後で挟まれた嫌な記憶が蘇った。

 こちとら基本的にソロで走ってきた身で、そもそもレース形式には慣れていないのだ。

 だというのに、あんな真似をされ続けたらたまったものじゃない。

 

 さて、どうしたものか、と華織は腕を組んだ。

 考えてやると言っただけで、確約をしたワケではない。

 とはいえ、ここまで頑張ったシービーを労わない、というのも義理に欠ける。

 

 華織は唸って、唸って、唸って。

 しばらくしてから、観念した。

 

「……わかったよ」

 

 そうまで言うなら“本気”で走ってやる。

 ここは一つ、キャンディのUpgrade Exam(テスト)といこうじゃないか。




1話挟んで皐月賞の予定です。

誤字報告、本当に助かっています。
ありがとうございます。
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