VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち 作:花壇の土
翌日、トレーニングコースの観客席には人だかりが出来ていた。
その光景に華織が盛大に眉をひそめる。
「なんだあのギャラリーは」
「あ、あはは……」
誤魔化しの笑みを作ったミスターシービーに、華織が声を低くした。
「おい」
「……ごめん」
流石のシービーも、今回ばかりは素直に謝罪する他なかった。
昨日の“やらかし”が脳裏を過る。
「シービーさん、どうして今回のテストは点数がよかったの?」
クラスメイトの何気ない問いかけに、シービーは素直に答えた。
「ご褒美を貰うために頑張ったんだ」
すると、当然ながらクラスメイトには新たな疑問が生まれるワケで。
「“あの”シービーさんが頑張るほどのご褒美ってなに?」
そこで、
「キャンディとのレース。うちのトレーナーと約束したんだ」
「きゃんでぃ?」
問い返すクラスメイトに、シービーは説明をした。
「すごく簡単に言うと、ウマ娘と同じように走れるロボット……かな」
クラスメイトは予想だにしない食いつきを見せた。
「もしかして、あの噂の!?」
はて、噂とはなんぞや。
なんのことかわからず首を傾げるシービーに、クラスメイトが迫った。
「ねぇ、シービーさん! それ、見学させてもらえないかな!?」
そこで初めて知ったのだが、どうやら一部の生徒の間で、メカウマ娘のことが前々から話題になっていたらしい。
あれよこれよと言う間に話が広まり、同じく「興味がある!」というウマ娘たちが殺到し、最終的に収拾がつかなくなった、というのが今回の顛末だ。
まさか、こんなコトになるなんて思ってもみなかった。
シービーが本気で反省をしていると、マルゼンスキーがやんわりと華織をなだめた。
「そんなに責めないであげて。シービーちゃんも悪気があったワケじゃないの」
華織が訝しんだ様子で、観客席を親指で差した。
「あたしは関係ありません、みたいな顔してるけど、ギャラリーにちらほら混ざってる下級生……アレ、お前の“後輩ちゃん”じゃないのか?」
「ふふっ、気のせいよ」
白々しいウインクを決めるマルゼンに、シービーは疑いの視線を向けた。
口を滑らせた間抜けは、シービーだけではなかった可能性がある。
いや、むしろ――火種を煽って火事にしたのはあっちなのでは?
「マルゼン?」
名前を呼んだシービーに、マルゼンは無言でアルカイックスマイルを返す。
その態度で察してしまった。このままシービーに罪を着せて逃げるつもりだ。
なんてことだ、信じられない、仲間だと思っていたのに。
絶望に打ちひしがれるシービーを、華織は横目で見やった。
そして、諦めたようにため息をついた。
「まぁいい。ちょうどいい機会ではある。
それに、と苦笑した。
「相手がトレーナーならともかく、生徒が自主的に見学しに来てるってんなら今更追い返すワケにもいかないしな……ここらでいっちょ、お披露目といこう」
華織は左耳につけた
ベンチに座らせていたキャンディがゆっくりと立ち上がり、観客席からどよめきのような歓声が「おー」と上がる。
手品を見たような反応だった。今はまだ“珍しい機械”という認識しか持たれていないのだろう。
キャンディが走り終えた後、これがどう変わるか楽しみだ。みんな度肝を抜かれるに違いない。
小さく鼻歌を歌いながら、シービーはウォームアップを始めた。
そこで、華織の意識が宿ったキャンディが最後の確認をした。
「走るのはシービーとマルゼンだけでいいんだな?」
よくわからない計器をいじっているアグネスタキオンが「ふぅン」と胡散臭い笑みを浮かべた。
「私は記録に専念させてもらうよ。面白いデータが取れそうだからねぇ」
続いてライスシャワーが残念そうに言った。
「ライスじゃまだ、お姉さまたちについていけないから……」
トゥインクル・シリーズを現役で走るシービーたちと、デビュー前のタキオンたちとでは実力に開きがあり過ぎる。
ならば、見学して今後の糧としたほうが成長のためになると、2人は今回の勝負を辞退した。
とはいえ、観察眼の鋭い2人のことだ。参加せずとも、きっとなにかを掴むだろう。
しっかりと育ってきているな、とシービーが後方で腕を組んでいると、
「それじゃ、ライスはスターターお願いね」
「うん。任せて、お姉さま」
気合の入った様子で、ライスは旗を受け取った。
「行くよ」
まるで深呼吸のように、
出力をレースモードまで引き上げたらしい。空気が張り詰める。
いつもは平気な顔で動き回っている“本体”が微動だにしないところを見るに、かなり深く集中しているのは間違いない。
きっと、面白いことになる。
シービー、マルゼン、
全員が構えを取ると、ライスシャワーが緊張した面持ちで合図をした。
「い、いちについて……よーい……スタート!」
カタパルトから射出されるように、シービーたちはスタートを切った。
ハナを取るのはもちろんマルゼン。
今回のレース設定は皐月賞を見据えた2000m。中距離戦ともなれば、今までのような力任せの走り方はできない。
となれば、序盤は抑えた走りをして、後半へ向けてスタミナを残すべきだ。
でも――
それが定石だけど、同時に負け筋でもあるんだよね。
マルゼンの恐ろしいところは、速度域のアベレージが常に一段上の次元にあることだ。
要するに、普通に走っているだけで速い。
そのうえ、本人にとってはそれが“ドライブ”に過ぎないのだから手に負えない。
気持ちよくかっ飛ばす。そして、ぶっちぎる。
そんなマルゼンが先頭を走れば、自然とハイペースが形成されていく。
ついていけば磨り潰される。そんなことはわかっている。
だが、そうしなければ置いていかれて、そのままゲームセット。
だいぶ前に、華織がマルゼンの走りをこう評したことがある。
強行動を擦り続けるクソゲーだ、と。
あの時は言葉の意味がよくわからなかったが、朝日杯で思い知った。
これは
どうしたものかと悩んだ末、シービーは温存を選択した。
シービーの武器である劇的な末脚は、ここでスタミナを削っては最大限に発揮できない。
強い札は、ここぞという場面で切るのが基本にして奥義。無暗に振り回すのは悪手だ。
このまま追いて行かれるのではないか、という焦燥はある。だが、今はまだ我慢の時。
待って、待って、待って、ギリギリで仕掛ける。
タイミング見極めるための訓練はゲームで散々積んできた
それに、今回は朝日杯と違って甘えもない。絶対にやれる。
かっ飛ばすマルゼンと、それに張り付くキャンディ。
2バ身、3バ身。シービーは2人から離されていく。
残り1000mを切った。
今じゃない。
900、800、700――
まだ早い。
600、500、400――
「ここ!」
ぐっとシービーは姿勢を低くした。ピッチはそのままでストライドが極端に長くなり、空へ飛び上がるような加速が始まる。
どん、と足元からターフを踏みしめる鈍い音が鳴った。
2人との差が少しずつ縮まっていく。
残り300m――ついに、キャンディの尻尾に触れられる距離までやってきた。
「勝負だ!」
シービーはさらに強くターフを蹴り上げた。
末脚の切れ味。これだけは誰にも譲らない。
しかし――
「悪いね、これで終いだ」
「――ッ!?」
ゾクリ、とシービーの背筋が震える。
同じものを感じ取ったのか、マルゼンが
ウマ娘としての本能が強烈に訴えている。なにかが来る。
警戒態勢を取ったシービーの耳に、
「オーバードライブ」
その時、シービーは“光”を見た。
わっと観客席から歓声が上がる中、シービーは息を切らしながらマルゼンに声をかけた。
「ねぇ、マルゼン」
「ええ、そうね」
それだけでマルゼンには伝わったらしい。
考えているコトは一緒だ。
キャンディが見せた、異常な末脚――アレに勝てるビジョンがまるで浮かばない。
今の自分たちでは何度レースしても同じ結果になると、完全に理解させられてしまった。
普段なら
「
シービーの推測に、マルゼンは「そうね」と同意した。
「走りの“質”が根本的なところから別物になったように感じたけど……どう表現すればいいのかしら。上手く言語化できないわ」
あーでもないこーでもない、と2人して話し込んでいると、そこへ華織が疲労を滲ませながらやってきた。
「お前ら楽しそうだね、コテンパンに負けたクセに」
相変わらずの余計な一言にはあえてツッコまず、シービーは華織に答え合わせを求めた。
「最後なにしたの?」
華織は、大したことではない、と言わんばかりの軽い調子で答えた。
「オーバードライブって機能を使ったんだ。わかり易く言えば、メカウマ娘の必殺技ってとこかな」
「つまり、さっきのが華織の“本気”ってコト?」
シービーが問いかけると、華織は納得のいっていない様子で腕を組んだ。
「そのハズなんだけど、イマイチしっくりこなくてさ。もうちょっと踏み込めるような気がしないでもなくて……」
冗談みたいな話だが、まだ先があるらしい。
つまり、一瞬だけ見えたあの“光”は、扉から漏れ出たものに過ぎないということで――
否が応でも湧きあがる期待と、ほんの少しの畏れ。
混ざり合ったその2つが、闘争心となってシービーの全身を駆け巡る。
「いいね、食べ甲斐がある」
自然と上がったシービーの頬を見た華織が、露骨に嫌そうな顔をした。
「勘弁してくれ」
シービーはマルゼンと視線を交わし、声を揃えた。
「逃がさないから」
「逃がさないわよ」
新たな熱を胸に灯して、キャンディとのレースは幕を閉じた。
特別な理由もなく使われた、たった1回のオーバードライブ。
それが多くのウマ娘の運命を狂わせることになるのは――もう少し先の話。
※オーバードライブ効果が発動した!
次話から皐月賞編です。