VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち 作:花壇の土
トレセン学園、理事長室にて。
秋川理事長が華織に向けて“観念ッ!”と達筆で書かれた扇子を開いてみせた。
「美繰トレーナーは、皐月賞の出走ウマ娘記者会見に必ず出席すること!」
「……べつにサボってもよくない? 私になんか誰も興味ないだろうし」
やる気のない態度の華織に、秋川理事長はピシャリと閉じた扇子を突き付けた。
「ミスターシービーとマルゼンスキーの活躍により、大きな期待と注目が
のらりくらりと躱してきたが、ついに年貢の納め時であるらしい。
上役に逆らえぬ悲しき雇われの身である華織は、がっくりと肩を落とした。
そして数日後。
会見場のステージ裏で、華織は何度目になるのかわからないため息をついた。
それを、隣に立っているシービーが意地悪く笑った。
「柄にもなく緊張してる?」
「そんなワケあるかよ」
緊張なんて欠片もしていない。ただ、憂鬱なだけだ。
むすっとした表情の華織に、シービーが尋ねる。
「そんなに嫌なの? メディアに出るの」
ふん、と華織は不機嫌に鼻を鳴らした。
「嫌だね、面倒になるのが目に見えてる」
華織は口が悪いうえに、一言多い女だ。
無意識のうちに爆弾発言が飛び出すかもしれないのに、進んで公の場に立とうとは思えない。
そもそもの話、トゥインクル・シリーズの主役はウマ娘なのに、どうしてトレーナーまで舞台に引きずり出されなければならないのか。
裏方になんて、誰も興味はないだろうに。
文句を心の中でツラツラと述べていると、その間に順番が回ってきたらしい。
スタッフからお呼びがかかった。
「ミスターシービーさん、美繰トレーナー、出番です! お願いします!」
重たい足取りで、記者たちの待つ会見場へ。
そして壇上へ立つや否や、フラッシュの光とシャッターの音が華織たちへ向かって殺到する。
目障りで、耳障りだ。気分が悪い。
とはいえ、人前に出る以上、ある程度の外面は取り繕わなければならない。
華織は余所行きの仮面を貼り付けて、スタッフからマイクを受け取った。
「チームラサラスのトレーナーを努めております、美繰華織です」
シービーがぎょっと目を剥いた。敬語なんて使えたのかコイツ、と言わんばかりの顔をしている。
人の事をなんだと思ってやがるんだ、舐めやがって。
いつもなら“イカサマ”でぶん投げてやるところだが、今は世間様の目がある。なんとか抑えて、シービーへ冷静にマイクをバトンタッチした。
「はい、シービー」
「……チームラサラス所属、ミスターシービー。今日はよろしくね」
釈然としていない様子のシービーが遅れて挨拶すると、同時にパチパチと拍手が起こる。
そして、しばらくして拍手が収まると、それを合図にして司会者が会見を進行した。
「それでは、質疑応答に移りたいと思います。質問のある方は挙手を――はい、そちらの方、ご起立ください」
指名された記者が、はきはきと質問を投げかけた。
「ミスターシービーさん、皐月賞へ向けての意気込みをお聞かせいただけますか?」
「意気込みってほどのモノはないかな。いつも通りにレースを楽しむ、それだけだよ」
シービーは涼しい顔で答えた。気負った様子は欠片もない。
こういうところが大物なんだよな、と感心していると、順番が次の記者へと移った。
「今回の皐月賞、ミスターシービーさんが本命と目されていますが、ずばり勝算は?」
「うーん……トレーナーはどう見てる?」
イタズラっぽい表情を浮かべたシービーが、急に華織へマイクを向けた。
華織はたおやかに「うふふ」と微笑する。
「皐月賞ともなれば、出走するのは実力者ばかりです。大それたことは言えませんが――」
曖昧な回答でお茶を濁す。
とはいえ、これだけでは受けが悪い。一匙だけスパイスを加えておく。
「強いですよ、うちのシービーは」
おお、と歓声が上がった。
上手く効いたようだ。
その後の質疑応答はスムーズに進んだ、
しかし、終了間際に中年の記者が面倒な質問を飛ばしてきた。
「同じチームに所属するマルゼンスキーさんが、皐月賞を回避した件についてお話を伺いたいのですが」
しん、と会見場が静まり返る。あいつ聞きやがったよ、という空気だ。
笑顔を貼り付けた華織は、ゆったりとマイクを構えた。
「本人との相談の結果、回避することに致しました。申し上げられることは以上です」
「ケガではないんですよね?」
なんも話す気はないって言ってんだろ。ねちっこい野郎だな。
華織は罵倒を内心に留め、表情をキープする。
「もちろんです、マルゼンスキーには何の問題もありません」
ふむふむ、と大げさな態度で記者がメモを取る。
「ミスターシービーさんとマルゼンスキーさんの対決を心待ちにしていたファンからは、少なくない落胆の声が上がっているようですが、その点についてはどうお考えですか?」
「今後に期待いただければと思います」
「出走しないよう強制した、という噂については?」
「事実無根です」
なんなんだこの記者。さっきから嫌味な質問ばっかりしやがって。
これはシービーの会見だ。マルゼンは関係ないだろう。
バチバチと、華織の怒りのボルテージが上がっていく。
しかし、記者はお構いなしだった。
「では、実際にはどのような意図が? ファンが待ち望んでいたマッチアップをフイにするだけの理由があったんですよね?」
そして、地雷を踏みぬいた。
「これはあくまで私見ですが……例えば、中距離ではミスターシービーさんに勝てないと踏んでいるとか? 一部の評論家たちの間では、マルゼンスキーさんはマイラーだと推測されているようですし、2000mとなると厳しかったんじゃないですか?」
「……あ゛?」
華織の心の中で、なにかが切れる音がした。
余所行きの仮面を引っぺがして、マイクに向かって苛立ちを吐き出す。
「距離が伸びたところで、私のスーパーカーには関係ない。全部ぶっちぎるに決まってんだろ」
記者がわざとらしく悩む素振りをみせた。
「勝つ見込みがあったとなると……ミスターシービーさんの勝利を盤石とするために、競合する相手を排除した、という見方もできますが」
ふざけた妄想ぬかしやがって、それはシービーたちへの侮辱だ。
湧きあがる怒りのまま、華織は吠えた。
「そんなダサい真似してたまるか。
記者の口元が、我が意を得たりとばかりに歪んだ。
「皐月賞を前座扱い……中央トレーナーの発言とは思えません。伝統あるレースを軽んじるなんて、問題ですよコレは」
くだらないご意見をどうも。
もういい、真正面からぶちのめしてやる。
「知ったことじゃないね。私はマルゼンに
華織は壇上から記者を見下ろし、一気に捲し立てた。
「これは“三冠トレーナー”からの受け売りだけどな。ウマ娘に夢があるってんなら、それを叶えるのがトレーナーの仕事なんだよ。伝統がどうのと騒いで二の足踏むようなヤツは、三流にもなれないゴミカスだ。他人の目なんてくっだらねぇ。そんなの気にしてやってられるかってんだ」
悪い、爺さん。勝手にアンタの言葉にさせてもらう。ネームバリューがあると説得力が違うんだ。暇な時に菓子折り持って遊びに行ってやるから許してくれ。
ついでだから、そこへ余計な一言を足して、足して、足していく。
「こんなモン常識中の常識だってのに、的外れな質問ばっかしやがってさ。当たり間のことすら頭に入ってないなんて、アンタどこのゴシップ雑誌の記者崩れなんだ? 教養が足りてないうえに発想が貧弱過ぎる。小学生でも、もっとマシな妄想するよ。悪いことは言わないから、お家に帰って社会と国語の勉強をし直したほうがいい。全く誰だよ、こんなド素人をココに入れたヤツは。URAの目は節穴か?」
思いついたデタラメをぶちまけているだけで、実際のところは常識でも当たり前でもないのだが、それはさておき。
一通り言いたいコトを言って、ちょっぴり気が晴れたところで、ゆっくりと深呼吸。
その頃には、会見場はすっかり静まり返っていた。まるでお通夜だ。
そんな中、表情を屈辱に染めた記者が、なおも口を開こうとした。
なんだ、まだ殴られ足りないのか。いいだろう、再起不能にしてやる。
舌にファイティングポーズを取らせた、その時だった。
椅子からガタンと大きな音を鳴らし、1人の女性記者が立ち上がった。
「す……す、す……!」
初対面のハズなのに、凄まじく見覚えのある顔だった。
彼女はウマ娘界で最も有名な記者、乙名史悦子だ。
となれば、この後の流れは決まっている。
ついにアレを生で見ることになるのか、と身構えた次の瞬間――
「素晴ら――」
「――素晴らしいっス!!! 感激したっス!!!」
乙名史記者のお株を奪うかの如く、その隣の誰かが雄叫びを上げた。
ちんちくりんの女――首にかけたパスを見るに、コイツも記者だ。
「皐月賞の栄冠を蹴って目指す、最高のレースでのライバルとの決戦! 揺るがぬ覚悟をもって、それを全力で支えるトレーナー! これこそドリームっス!」
興奮した様子で目を輝かせたちんちくりんの記者は、乙名史記者の腕をむんずと掴んだ。
「先輩! こうしちゃいられないっス! さっさと帰って記事にするっスよ! 鉄は熱いうちに打つように、筆も乗るうちに走らせるもんスから!」
「えっ? ちょっ、待――」
抵抗する乙名史記者だったが、どうやらパワーの分はちんちくりんの記者にあるようで。
そのままズルズルと引き摺られ、会見場から連れ去られてしまった。
まぁいい、よくわからないが感謝しよう。おかげで丁度いい間ができた。
華織はサッと、司会者へ目配せをする。
「おい」
場慣れしているのか、司会者はすぐに意図を察した。
「そ、それでは以上で、ミスターシービーさんと美繰トレーナーの会見を終了させていただきます」
「うーっす、あざっしたー」
おざなりに挨拶をした華織は、シービーの手を取った。
これ以上は付き合うだけ時間の無駄だ。あとは好きにやってくれ。
「行くよ、シービー」
もうここに用はない。理事長からの命令は最低限果たした。
華織はシービーを連れて、さっさと会見場から退散したのだった。
翌日の放課後、トレセン学園用務室にて。
マルゼンが上機嫌に華織を茶化した。
「会見、見たわよ。ずいぶんと派手にやったわね」
華織は苦い顔で命令した。
「忘れろ」
「い、や、よ♡」
両頬に手を当てたマルゼンが、声を弾ませた。
「“私のスーパーカー”だなんて……ふふっ、一生忘れてあげないわ♪」
「……最悪だ」
天井を仰ぐ華織を、シービーがけらけらと笑った。
「普段アタシに我慢がどうのって言ってるけど、華織こそ我慢を覚えたほうがいいんじゃない?」
「うっ」
痛い所を突かれて、華織は呻いた。
「よりにもよって、お前に窘められるなんて……」
「隙を晒した華織が悪い」
シービーの指摘はごもっともだ。
しかし――
「仕方ないだろ、ムカついたんだから」
開き直った華織に、マルゼンが後ろから抱き着いた。
「あなたのそういうところ、あたしは好きよ」
華織はふいっと顔を背ける。
「……そりゃ光栄だね」
色んな意味で末代までの恥をさらすハメになった。
会見になんて二度と出ない。華織は静かに決意した。
次回レース本番。
すごい誤字がありました、報告ありがとうございます。