VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS 皐月賞 2

 皐月賞当日、中山レース場、控室。

 華織は椅子に腰かけたミスターシービーへ、静かに問いかけた。

 

「どうだ?」

 

 シービーは笑みを返す。

 

「ワクワクしてる」

 

 なら、長ったらしい言葉は今更必要ないだろう。

 

「夢を見せてくれ」

 

 淡々と命令する華織に、シービーが澄んだ瞳を向ける。

 

「楽しんでくるよ」

 

 そうだ、それでいい。

 

「行け」

 

 華織は愛バを送り出した。

 

 

 

 観客席に到着した華織へ、大きく手を振るウマ娘がいた。

 

「お姉さま! こっち!」

 

 席取りをさせていたライスシャワーだ。

 華織は軽く手を振り返し、そちらへと向かった。

 

「ありがと、ライス。助かったよ」

 

 感謝しつつ席に着く。

 すると、その隣に座っていたマルゼンスキーが内緒話をするように耳打ちした。

 

「一歩目ね」

「そうだな」

 

 ぶっきらぼうに答えた華織の顔を、マルゼンが横から覗き込む。

 

「やっぱり心配?」

「するだけ無駄」

 

 バッサリと華織が言い切ると、マルゼンは残念そうに唇を尖らせた。

 

「ナイーブになってるなら、お姉さんが元気づけてあげようと思ったのに」

「小娘の分際で、なにがお姉さんだよ」

 

 華織は鼻で笑いつつ、前の席に座っているアグネスタキオンに声をかけた。

 

「おい、タキオン。記録の準備は?」

 

 タキオンが、白いカメラを操作する手を止めた。

 

「安心してくれたまえ、抜かりはない。私も皐月賞のデータは欲しいからね、真面目にやるさ」

「そういう所に関しては信頼してるよ、任せた」

「ああ、喜んで任されようじゃないか。いい玩具も借りたことだしね」

 

 ククッ、と不気味な笑い声を上げたタキオンが、カメラをしげしげと眺める。

 

「惚れ惚れする技術だ。向こう正面のターフがぬかるむ様子まで、つぶさに観察できる。このカメラ、一体どういう代物なんだい?」

 

 困った質問だ、と華織は肩をすくめた。

 

「私もよく知らないんだよね。製作者(ライツ)が言うには、メカウマ娘に使われてるセンサーを大型化して性能を上げたモノらしいんだけど……説明聞いても半分もわからなかったんだよな」

 

 シュガーライツの超技術は、未だに欠片も理解できない。

 頭の出来が華織のような一般人(パンピー)とは根本的なところで違うのだろう。どう足掻いても手の届かない領域だ。

 

「ま、使えさえすればいいよ。困ったらサポートセンター(ライツ)に連絡すればいいだけだから」

 

 年中無休で手厚いサポートが受けられる。

 頼られた本人も嬉しそうにしているし、誰もが得をする素晴らしいサービスだ。

 

 そんな話をしていると、レース場にひと際大きな歓声が上がった。

 出走ウマ娘たちが、本バ場への入場を始めたようだ。

 

「シービーちゃんの対抗バになりそうなのは、どの子かしら」

 

 こっそりと尋ねてきたマルゼンに、華織は即答した。

 

「カツラギエース」

 

 ミスターシービーの打倒を目標に掲げるならば、真っ先に名前を挙げるべきウマ娘だ。

 ぶっちゃけてしまうと、スカウトをしようと考えたこともある。

 ただ、王道過ぎてつまらない、という理由で早々に候補から外した。

 ちなみに、最後まで候補に残っていたのは、シイナフレジュスというウマ娘なのだが――その辺りを語ると話が脱線するから置いておくとして。

 

 エースの名を聞いたマルゼンが、意外そうな顔をした。

 

「あたしたちのクラスメイトの、エースちゃん?」

「ああ、そいつだ」

 

 華織は肯定した。しかし、マルゼンはピンときていない様子だ。

 

「確かに、とってもいい走りをする子だけど……」

「シービーほど鮮烈じゃないってんだろ?」

 

 でも、と華織は続けた。

 この世界で、華織だけが知っていることだ。

 

「そのうち化けるよ。あの戦いをもう一度、ってな」

 

 とは言ったものの、“戦い”が起こらない可能性もある。

 アプリでは、シービーとエースはお互いのことを強く意識していた。

 しかし、こちらではシービーが意識する対象がマルゼンに差し替わっている。

 要するに、華織のせいでフラグがいくつか潰れてしまっているのだ。

 ウマ娘の運命がある一定の場所へ収束していく、ということはこれまでの経験でわかっているが、この違いがどういう結果を生むかは未知数だった。

 

 華織のスーツを、マルゼンが微かに引っ張った。

 

「随分とお熱なのね」

 

 ちょっぴり拗ねているようだ。

 けらけらと、茶化すように華織は笑った。

 

「そりゃそうさ。カツラギエースって言ったら、対ミスターシービーの代名詞みたいなもんだ」

 

 そして、マルゼンに囁いた。

 

「だからさ、上書きしてくれよ」

 

 途端に、マルゼンの目がギラギラと輝き始めた。

 効果は覿面だ。

 

真っ赤な(あたしの)色に染めてあげるわ」

「楽しみにしてる」

 

 いい具合にエンジンが回っている。

 愛車のメンテナンスはこれくらいでいいだろう。

 

 あとはゆっくり観戦と行こう、と華織が座席に深くもたれかかった、その時だった。

 

「やぁ、美繰トレーナー」

 

 後ろから姓を呼ばれた華織は、振り返る。

 そこには、人当たりのよさそうな男が居た。

 

「お久しぶり」

 

 そう言って男は軽く手を振った。

 どこかで見たような顔だが――思い出せない。

 

「誰だ?」

 

 華織の態度は不躾だったが、男が気を悪くする様子はなかった。

 

「ほら、前にあった事故の……」

 

 男はチラリ、とライスへ視線を向ける。

 そこで華織は「ああ」と手を打った。

 

「救急車呼んでくれた人か。あの時はありがとさん」

「よかったよ、思い出してくれて」

 

 ホッとした様子の男に、華織は片手で軽く謝罪のジェスチャーをした。

 

「悪いね、あの時は余裕なかったから、周りのことはあんまり記憶にないんだ」

「そんな、謝らないでくれ。仕方ないさ、あれで余裕があるほうがどうかしてる」

 

 華織と男の会話を聞いていたライスが「あ、あの」と立ち上がった。

 

「あ、ありがとうございました……!」

 

 頭を下げたライスに、男が慌てた様子で両掌を向けた。

 

「俺は大したことしてないから! 頭を上げて!」

 

 恩に着せる様子もなく謙遜している。

 温和で人のいいヤツ。

 男のことを、華織はそうカテゴライズしておくことにした。

 

「観戦か?」

 

 華織の問いに、男は小さく首を横に振った。

 

「いや、仕事だよ。ほら」

 

 男は自分のスーツの襟を軽く引っ張った。

 そこには、きらりと輝くトレーナーバッチがある。

 前に会ったとき、どこかで見た顔だと思ったが、そういうコトだったらしい。

 

「なんだ、同業かよ」

 

 言い捨てる華織に、男が苦笑する。

 

「あの時は俺も気づかなかったけど、そうみたいだ」

 

 そこで男は、思い出したように名乗った。

 

「トレーナーの二敷(にしき)です、どうかお見知りおきを」

 

 知らない名前だなと考えつつ、華織は「それで」と二敷に尋ねる。

 

「何の用だ?」

「いや、大した用はないんだ。挨拶に来ただけだよ。俺の担当も三冠路線で、君たちと何度もぶつかることになるから、顔と名前くらいは覚えてもらったほうがいいかなって」

「へぇ、そうなのか。どいつだ?」

「3番のウマ娘で、カツラギエースっていうんだけど……」

 

 二敷から飛び出した名前に、華織は瞠目した。

 ついさっきまで、噂をしていたところだ。

 その反応に、二敷が意外そうな顔をする。

 

「もしかして、エースのこと知ってくれてた?」

「……ライバルになりそうなのはチェックしてる」

 

 華織がそう答えると、二敷は破顔した。

 

「本当かい? 光栄だなぁ!」

 

 大型犬のような喜びように、華織は僅かに身を引いた。

 

「そんな嬉しそうにするポイントあったか?」

「あるに決まってるさ。今期の大本命から自分の担当ウマ娘が意識されてるんだ。これで眼中に無いなんて言われたら、どうしようかと思ってた」

 

 柳に風というのだろうか。穏やか過ぎて、話していてイマイチ手ごたえがない。

 どうにもやり難い男だ――と思っていたのだが。

 

「でも、ちょっとだけ不服ではあるかな」

 

 二敷は笑顔のまま、熱気を迸らせた。

 

「ライバルに“なりそう”じゃない。彼女たちはもうライバルだ。今日の勝利でそれを証明してみせよう」

 

 意外と言うじゃないか。

 華織は微かに唇の端を上げた。

 

「そりゃ楽しみだ」

 

 数秒だけ睨みあう。

 先に視線を外したのは、二敷だった。

 

「いつまでもこうしてる場合じゃないね。そろそろ出走だ、席に戻るよ」

 

 二敷はちょんちょんと腕時計をつつく。

 軽く息を吐いた華織は、上から目線で言い放った。

 

「健闘、期待してるよ」

 

 それに応えるように、二敷が笑みを浮かべる。

 

「そっちこそ」

 

 トレーナーとトレーナー。

 その戦いが、静かに幕を開けた瞬間だった。

 

 

 

 二浦を見送ったところで、マルゼンが口を開いた。

 

「印象よりも熱い人だったわね、エースちゃんのトレーナーさん」

 

 華織は「ああ」と頷いた。

 

「腑抜けた野郎じゃなくてよかったよ」

 

 もしかすると、見られるかもしれない。“あの戦い”を。

 それまでどうか折れないよう、祈るばかりだ。

 

『間もなく出走となります皐月賞。各ウマ娘、順番にゲートインしていきます』

 

 そうこうしているうちに、場内実況が響き渡った。

 さて、ここからはメインディッシュ。皐月賞のお時間だ。

 前の席に座っているライスの耳をピコピコと弄びつつ、伝説が始まる瞬間を待つ。

 

『全ウマ娘がゲートに収まりました!』

 

 ゲートインが完了したことを、場内実況が知らせた。

 レース場全体が静けさに覆われる。

 

『体勢が整って――』

 

 張り詰めた空気の中、ガシャンと音を響かせてゲートが開く。

 

『皐月賞、今スタートです!』

 

 一斉に駆け出したウマ娘たちが、スタンド正面の上り坂を登っていく。

 まとまったバ群のまま、もつれ合うように第1コーナーへ。

 

 シービーはスタートが上手くいったこともあり、最初はかなり前目につけていたが、今はするすると下がって最後方。

 第2コーナーへ差し掛かったところで、先頭までの距離は15バ身といったところ。

 

 朝日杯やら共同通信杯で派手に暴れたこともあり、もう少しマークされるかと危惧していたのだが、その気配はない。

 これなら伸び伸びとやれそうだ。

 

 向こう正面を進み、第3コーナー。

 ゆっくりと、シービーが進出を開始する。

 しかし――

 

「アイツ、なにやってんだ」

 

 華織は眉をひそめる。シービーの脚運びが鈍い。

 マルゼンも声に心配の色を滲ませる。

 

「ケガじゃないわよね……?」

 

 いや、と華織は否定した。

 

「私が見る限りじゃ、むしろ好調だな」

 

 マルゼンが疑問を浮かべる。

 

「じゃあ、どうしちゃったの?」

 

 腕の振り、ストライド、走りを構成する全てがバラバラ。

 なのに、重心だけは常に一定の位置にあって、ギリギリで破綻していない。

 叩き込んだ基礎が崩れていない証左だ。

 つまり、シービーは“わざと”あの走りをしている。

 

「さっきから走り方がコロコロ変わってる……なにか試してるのか?」

 

 困惑する華織に、マルゼンが尋ねた。

 

「試すってなにを? レースの最中よ?」

「知るかよ、そんなもん」

 

 焦りを吐き出すように華織は言った。

 シービーの思考なんて、誰にも読めるワケがない。

 

 ただ、この土壇場でシービーが意味のないコトをするとは思えなかった。

 おそらく、シービーにしかわからない“なにか”が起きている。

 

 ここからどうなるのか、まるで見当もつかない。

 理解の範疇を越えるような、とてつもない何かが起きる予感がした。

 

 跳ね上げられた土で真っ黒になりながら、ウマ娘たちが第4コーナーを抜けていく。

 最終直線、末脚の戦いだ。

 

 柄にもなく、華織は固唾を飲んだ。

 仕掛けるなら今しかないが、シービーはフォームを乱したまま後方から動かない。

 

 まさかこのまま沈むのか。

 そんな結末が脳裏をよぎった、その時だった。

 

「――え?」

 

 誰かが惚けた声を漏らす。

 そして、言葉を失った。

 

 ミスターシービーが、天を駆けた。

 

 

 

 レースが始まってからずっと、シービーは違和感を覚えていた。

 なんだか、しっくりこない。

 

 不調ではない、むしろ絶好調。故障でもない、華織の調整は完璧だ。

 なのに、どこか歯車が噛み合っていない気がする。

 

 原因は決まり切っていた。先日、キャンディが放った“光”のせいだ。

 あの眩さに、シービーはすっかり魅了されてしまった。

 

 なにもかもから解き放たれたような走りだった。

 あんなふうになれたら、きっと最高に気持ちがいい。

 

 もっと姿勢は低かった。全身をダイナミックに使ってた気がする。

 跳ねるじゃ足りない。いっそ飛ぶくらいじゃないと。

 基本は外しちゃいけない。でも、型に囚われてもダメだ。

 

 レース本番、それも最終直線。魂を燃やす大勝負。

 その状況が、シービーの感性を鋭く研ぎ澄ませていく。

 今なら“光”に手が届く。そんな確信があった。

 

 もっと速く、もっと前へ、もっと先へ。

 そして辿り着いた先にあったのは、たった一つの真理。

 

「あはっ」

 

 自由。

 

 

 

 皐月賞のゴール板の前をシービーが先頭で駆け抜ける。その姿を華織は呆然と見つめていた。

 尋常じゃない末脚だ。今までとは次元が違う。

 

「まさか……領域(ゾーン)? この世界にもあるのか……?」

 

 華織の呟きを、タキオンが拾った。

 

「アレがなにか知っているのかい?」

 

 知識として説明するのは簡単だ。

 しかし、アレは本当に自分の知っている領域(ゾーン)なのだろうか。

 眉根を寄せた華織は、緩やかに首を横に振った。

 

「心当たりはある。でも、アレが私の知ってるモノと同じなのかどうか判断がつかないんだ」

「それが仮説なのだとしても、私は一向に構わないが?」

「憶測で空想を語って、お前の理論にノイズを入れたくない。だから少しだけ待ってくれ。できるだけ早く、知ってそうな人に話を聞いてくるから」

 

 曲げるつもりはないと察したのか、タキオンはやれやれと肩をすくめた。

 

「わかったよ。君がそこまで言うのなら、それだけの大事なのだろうからね。急かしはしないから、正確な情報を頼むよ」

 

 ああ、と短く返事をして、華織は再びシービーを見やった。

 シービーは超然とした雰囲気を纏い、ジッと空を見上げている。

 その視線の先になにがあるのか、華織には皆目見当もつかない。

 手の届かない場所へ駆け出そうとしているのではないか――そんな不安が心を過る。

 

「ハァーイ、そこのカノジョ。おセンチな顔してどうしたの?」

 

 大げさな仕草で、マルゼンが華織にしなだれかかった。

 

「やっぱり、お姉さんが元気づけてあげましょうか? 今ならたっぷりサービスしちゃうわよ♡」

「そんなもん必要ない」

 

 突っぱねる華織の背中を、マルゼンが叩いた。

 

「だったらシャキッとしなさい。今日の主役のところ、行かなきゃでしょ?」

「……余計な気を回してんじゃないよ」

 

 顔を背ける華織の首元に、マルゼンが手を伸ばす。

 そのまま、着崩れていた華織のスーツをサッと正した。

 

「これでパーペキね、最高にイケてるわ♪」

 

 上手く転がされているようで癪だが、まぁいい。ここは一つ、恰好をつけてくるとしよう。

 冠の栄光を称える歓声が響く中、華織は勝者の待つ場所(ウィナーズ・サークル)へと向かった。

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