VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち 作:花壇の土
トレセン学園にある、とあるトレーナー室。
敷かれた畳の上に正座した華織は、スイーツ同好会の名誉顧問、
ウマ娘レース界の生き字引であり、三冠ウマ娘のトレーナーでもあったこの翁ならば、皐月賞でミスターシービーが発現させた“末脚”についてなにか知っているハズだ、と考えたからだ。
「ふむ、
善斎はたっぷり間を取ってから、仰々しく頷いた。
「……ワシにもわからん!」
ふざけてんのか、このジジイ。思わせぶりな言い回ししやがって。そこは知ってる流れじゃないのか。
そんな文句が口から飛び出しそうになるのを堪えつつ、華織は再度問いかけた。
「本当になんもわかんないのかよ。
掴みかからんばかりに華織が催促すると、善斎は腕を組んで考え込み、しばらくしてから「そういえば」と語り始める。
「最後のレースの恐ろしいほどに冴えた末脚……極限の集中が引き起こした火事場力の類だと、ワシもあやつも考えておったが……」
「
華織が質問を重ねると、善斎はどこか遠くを見やった。
「ただの観客で
善斎は緊張した空気を解すように、整えられた白ひげをゆったりと撫でた。
「ま、なにぶん昔のことだからのぅ。たった一度の偶然に過ぎぬし、アレがお主の言う
「……それでも有難いよ。なんの手がかりもなかったからね」
感謝を告げた華織に、善斎は孫娘へ向けるような視線を送った。
「こんな年寄の昔話が、若人の役に立ったのなら何よりだ」
それにしても、と善斎は呟いた。
「
しみじみと緑茶をすする善斎に、華織は本題を切り出した。
「そのあと、セントライトは無事だったのか?」
今回の件で、確認しなければならない点はそこだった。
場合によっては、力づくにでもシービーを止める必要がある。
柄にもなく真剣な顔をした華織を善斎はジッと見つめ、ややあってから答えた。
「安心せい、ピンピンしておったわ。二つが同じものならば、お主の担当ウマ娘も何事もなかろうて」
華織の肩から一気に力が抜ける。思わず畳に倒れそうになった。
すると、善斎は破顔した。
「そこまでウマ娘を案じるとは、すっかりトレーナーが板についてきたのぅ。そろそろ三流を自称するのは厳しいのではないか? せめて二流を名乗ってはどうだ」
「……アンタにそう言われるなんて光栄だよ。でも、今のぬるま湯が楽なんだ」
やんわりと拒む華織に、善斎はニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべた。
「まだ続けると言うのなら……この間、勝手に名前を使われた意趣返しがてらワシが喧伝してやろう。美繰華織は一流のトレーナーだとな」
この爺さんのネームバリューでそんな真似をされたら詰む。
降参だ、と華織は両手を上げた。
「わかったわかった、勘弁してくれ。これからは二流、そういうコトでいいんだろ?」
「うむ、それでよい。G1トレーナーがその調子では、他の連中の肩身が狭いからの」
相変わらず強引な爺さんだ、と内心で愚痴を零しつつ、華織は冷めた緑茶を一気飲みした。
そして、逃げるように立ち上がる。
「用も済んだし失礼するよ。この話を聞きたくて、首を長くして待ってるヤツもいることだし」
「いや、ちょいと待て」
そこで善斎が華織を引き留めた。
「ここまで来たついでに、余った菓子を引き取ってはくれんか。頂き物があったのだが、二人では食べきれんで困っておってな」
その言葉に、華織は引っ掛かりを覚えた。
「二人? 他に誰かいるのか?」
ああ、と善斎が手を打つ。
「そういえば、お主には言っておらなんだか。実は一人担当することにしたのだ」
「ぼちぼち衰えてきたから、一線を退いて後進の育成するとかぬかしてなかったか?」
「そのつもりだったのだが……どうにも放っておけんくての」
この爺さんが目をかけるなんて、よっぽどのウマ娘なのだろう。
興味が湧いた華織は、善斎に尋ねた。
「なぁ、爺さん。ソイツなんて名前――」
言い終える前に、トレーナー室の扉が開いた。
「善斎さん、ただいま帰りました」
声の主へ華織は視線を向け――絶句した。
長い栗毛に、緑の耳飾り。走る機能に全振りされた細身の体躯。
そのウマ娘を、華織は知っている。
「……サイレンススズカ」
ウマ娘がこてん、と首を傾げた。
「はい、サイレンススズカですけど……えっと、初めまして、ですよね?」
名前を知られていることに、スズカは困惑した様子だった。
華織の声は自然と震えていた。
「おい、爺さん、コイツは――」
善斎はイタズラ小僧のように笑った。
「放っておけんだろう?」
サイレンススズカの芽が出るのは、まだまだ先の話だ。
なのにこの老爺は“ズル”も無しに全てを見通している。
なにが衰えただ。大法螺吹きやがって。
まだまだ
その後、善斎から受け取った大量の菓子を抱え、華織は用務室へと帰還した。
するとアグネスタキオンが、新設した専用のデスクから華織に向かって気安く手を振った。
「やぁ、華織君。答え合わせはどうだった?」
「同一である可能性は高い。ただ、確証は得られなかった」
「すると、お預けというワケかな?」
「安心しろ、ちゃんとくれてやるよ。お前の理論のノイズになる心配はなさそうだからね、隠す理由はない」
華織はお菓子を長机に置き、タキオンが淹れたであろう紅茶を、勝手に自分のマグカップへと注ぐ。
タキオンはそれを感情の読めない瞳で見つめたまま、華織に尋ねた。
「では聞かせて頂こうじゃないか。その
「私もそこまで詳しいワケじゃないから、参考に留める程度に聞いてほしいんだけど」
前置きしながら、華織はマグカップの中にミルクと角砂糖を放り込む。
「時代を作るウマ娘が到達する限界の先の先、それが
「ずいぶんと抽象的だねぇ」
「そういうモンなんだよ」
マグカップを傾けつつ、華織は続けた。
「無理やり言語化するなら、極限の集中がもたらす100%の末脚ってとこかな」
それから華織は、タキオンからの質問に一つずつ答えていった。
もちろん、別世界の話はボカシた。
しかし、それ以外のことは可能な限り語ったつもりだ。
そして、時計の短針が半周した辺りで切り上げる。
「――私が知ってるのはこんな所だけど……どうだ、なんかの参考になったか?」
タキオンはご満悦な様子で頷いた。
「正直なところ、役に立ちそうな情報は少なかった。しかし、
「そりゃよかった」
マグカップの中身を飲み干してから、華織はタキオンに尋ねた。
「これからどうする? やっぱり
すると、タキオンは意味深に目を細めた。
「もちろん、研究に加えさせてもらうとも。ウマ娘の可能性を探求するには、うってつけのテーマだ。都合のいいことに、身近に貴重な
「……二つ?」
一つはシービーだとして、もう一つはなんだ。
考え込む華織に、タキオンが不穏な声音で言った。
「実は
どういうことだ、と華織は眉をひそめた。
すると、タキオンは「ふぅン」と意味深に目を細める。
「本人に自覚は無し、か。それはそれで興味深いねぇ」
迂遠な言い回しをするタキオンを、華織は問い詰めた。
「さっさと言え、どこでなにを見た」
タキオンの感情の読めない瞳が、華織を捉えた。
「キャンディのオーバードライブ……つまり、君の本気の走りだよ」
華織の思考は止まり、三秒ほど経ってやっと再起動した。
「そんなワケあってたまるか。アレは所詮、ロボットに搭載された、ただのシステムだ」
いいや、とタキオンは否を唱えた。
「ロボットはロボットでも、ウマ娘を模した、だろう?
そして、ノートPCの画面を華織へ向けた。
「見たまえ。
数字で示されてしまっては、否が応でも理解せざるを得ない。
黙り込んだ華織に向かって、タキオンは語った。
「あくまで推測に過ぎないが……シービー君は皐月賞で、
「じゃあ、シービーがああなったのは私のオーバードライブが原因だってのか?」
「少なくとも一因であるのは間違いないだろうね。君がこれまでシービー君に教えてきた走りが、オーバードライブをキッカケに
「冗談だろ、オイ」
呆然とする華織に、タキオンが満面の笑みを浮かべる。
「そういうワケで、これからは君も研究対象さ。よろしく頼むよ、モルモット君」
その日のトレーニングが終わったあと。
デスクチェアに座った華織は、片手でスマホを弄んでいた。
さっき、電話をかけた。
相手はもちろん、
『オーバードライブの効果で、シービーがトンデモ能力に覚醒した?』
声からして、ライツは本気で困惑した様子だった。
『なんだそれは……私は知らないぞ』
どうやら、開発者にもわからないらしい。
『ログのチェックはしておくが、成果はあまり期待しないでほしい。こういうのは専門外だからな』
というワケで、収穫はゼロ。
「どうしたもんかねぇ」
天井を見上げ、華織はため息を零す。
「お前はどう見てる?」
その問いかけに対し、用務室に残らせたマルゼンスキーが、困ったように頬へ手を当てた。
「二割ってとこかしら」
「だよなぁ」
華織は眉間に皺を寄せた。
この数字は、ダービーでシービーと真っ向勝負した場合の、マルゼンの予想勝率だった。
ダービーの距離は2400m。適性的にシービーのほうが有利だ。
マルゼンに適性が無いとは言わない。だが、僅かに劣るのは事実。
だから、華織とマルゼンは皐月賞をあえて捨てて、ダービーのための調整に
それくらいの割り切りがなければ、
目先の勝利は要らない。狙うのはダービーの冠ただ一つ。
華織とマルゼンの意思は同じだ。
ダービー用のチューニングをマルゼンに施した。
五分五分にはなる見込みだった。
しかし、シービーの覚醒が天秤を大きく傾けた。
「ごめん、私の想定が甘かった」
謝罪する華織に、マルゼンは首を横に振った。
「華織ちゃんはなにも悪くないわよ。できること、全部してくれたじゃない」
それに、と微笑んだ。
「これくらいのほうが燃えるわ」
本心なのかハッタリなのかはわからないが、頼もしいことだ。
空気を切り替えるように、マルゼンはパチンと手を叩く。
「建設的にいきましょう。どうすればシービーちゃんに勝てるか作戦会議よ」
華織はデスクチェアにもたれかかった。
「そうは言ってもね。作戦を組み立てるにしても、やっぱ
姿勢を崩したまま、マルゼンに尋ねる。
「実際のところどうなんだ? 私の見立てじゃ、お前らの基礎能力に差はない。シービーに出来てお前に出来ないってコトはないと思うんだけど」
マルゼンが顎に指を添えて考え込んだ。
「きっと出来るわ。あたしだって、シービーちゃんと同じ“光”を見たんだもの」
「……光?」
疑問を浮かべる華織に、マルゼンはさも当然とばかりに答えた。
「
オーバードライブが
意味も理屈もわからない。
パンドラの箱に触れてしまったような予感がする。
だが、ダービーを最高のレースに彩るなら、
ならば開けない道理はない。わからなくても“そういうもの”として使い倒してやろう。
「やれるか、マルゼン」
華織の短い問いに、マルゼンは大げさに胸を叩いてみせた。
「モチのロンよ、任せてちょうだい」
この様子なら、マルゼンは絶対に間に合わせてくれる。
とはいえ、ぶっつけ本番で丸投げするのは性に合わない。
華織はデスクチェアの背もたれから身を起こした。
「お前のことは信じてるけど、それはそれとして一枚カードを仕込む」
マルゼンはちょっぴり渋い顔をした。
「あたしだけ?」
「シービーには別のオモチャをくれてやる。その辺りはイーブンだ」
「ならヨシ!」
満足そうに頷いたマルゼンは、期待するような視線を華織へ向けた。
「それで、あたしになにさせるつもり?」
「ちょっとした
そう言って、ゆっくりと脚を組んだ華織に、マルゼンが「へぇ」と目を細めた。
「引っかき回すのね?」
「そっちのほうが面白いからね」
華織は不敵に笑ってみせた。
すると、マルゼンも気分がアガってきたのか、悪い顔をし始めた。
「どんな呪文を唱えればいいの?」
「憧れのスーパーカーにしかできない、とっておきだ」
芝居がかった仕草で、華織はウインクをした。
「そこの激マブのチャンネー。私をドライブに連れてってくれよ」