VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち 作:花壇の土
皐月賞からしばらくが経ったある日のこと。
トレーニングを終えたミスターシービーたちが用務室へ戻ると、華織がふと呟いた。
「休養がてら遊びに行くか」
シービーは一も二もなく飛びついた。
「いいね、どこ?」
華織は腕を組み、悩む素振りをみせた。
そして、なにやら思いついた様子で頷いた。
「別荘で優雅にバーベキューと洒落込もう」
そういうワケで、週末。
チームラサラス一行は、トレセン学園から車で2時間ほど離れた辺鄙な山路を車で進んでいた。
借りてきたミニバンを運転する華織に、シービーは後部座席から尋ねた。
「まだ着かないの?」
だいぶ我慢したが、狭い空間で揺らされるのはそろそろ限界だ。
シービーもそうだが、それ以上に――
「き、きもちわるい……」
マルゼンスキーがマズい。瀕死の呻き声を上げている。
見事なまでの車酔いだ。出発前、ご機嫌に助手席へ陣取ったときの元気は見る影もない。
弱いなら大人しく後部座席に座っておけばよかったものを。
ライスシャワーが、マルゼンを気遣った。
「マ、マルゼンさん、大丈夫……?」
「大丈夫よライスちゃん。これくらい余裕……う゛ッ」
マルゼンは乙女のプライドで耐えているが、決壊の時は刻一刻と迫っている。
そんな緊迫した空気の中、最後部に座っていたアグネスタキオンが、緑色の液体が入った試験管を片手にニョキッと顔を出した。
「ここに私が調合した特製の酔い止め薬が――」
「いらねぇから引っ込め」
華織はバッサリと斬って捨てた。
ふぅン、と鳴き声を上げたタキオンが、残念そうに戻っていく。
タキオンが一緒について来たのは、正直なところ意外だった。
こういう催しには全く興味がないものかと思っていたからだ。
参加したということは、うちのチームのゆるい空気に毒されてきた、ということかもしれない。
きっと、面白い方向に変わってきている。
ため息をついた華織が、後部座席へ無造作に置かれた自分のカバンを親指で差した。
「おい、シービー。私のカバンの中に飴があるから、酔い止め代わりにマルゼンに食わせろ。多少はマシになる」
指示に従い、シービーは華織のカバンを開けた。
中には、これでもかというくらい、大量のお菓子が詰め込まれている。小さな子供に遠足のオヤツを予算無制限で用意させたら、これと同じものが出来上がるだろう。
甘味好きからすれば、ワンダーランドと言っても過言ではない。
シービーの口から思わず「おー」と感嘆の声が漏れた。
華織の妹の
「えーっと、飴は……あった」
ガサゴソとカバンを漁り、底から飴玉を掘り起こしたシービーは、包装を破いてマルゼンの口へ押し込む。
効果があったのか、マルゼンの顔色は少しマシになった。
ついでに、シービーも飴玉を一つ自分の口へ。
レモン味だ。口の中がスッキリする。
舌の上で飴玉をコロコロと転がしつつ、窓の外を流れる森の光景をぼーっと眺める。
すると、途中でハイキングコースを発見した。
他にも、お昼寝にちょうど良さそうな木陰や、足を浸けたら気持ち良さそうな小川まである。
そわそわと、シービーはシートから腰を浮かせた。
「大人しくしてろ、もうちょっとだから」
お見通しとばかりに、華織が釘を刺す。
「ほら、見えたよ」
その矢先、森を抜けた。
広がった光景に、シービーは思わず感嘆の吐息を漏らす。
さんさんと降り注ぐ太陽に照らされた一面の深緑。見事なまでの芝地だ。
そこに、品の良い洋館が建てられている。どうやら、あれが目的地であるらしい。
全員で車から降りたところで、洋館の扉が開いた。
出て来たのは白髪の男性だ。管理人の方だろうか。
「ようこそおいでくださいました」
丁寧なお辞儀をした男性に、華織が軽い調子で片手を上げる。
「急な話で悪かったね」
男性が恐縮した様子で首を横に振った。
「とんでもございません、いつでも喜んでお迎えいたします」
華織は男性に、車のキーを差し出した。
「荷物と車、お願いしていい?」
「承知いたしました」
男性がそれを恭しく受け取ったところで、華織は洋館に足を向ける。
「そんじゃ、お邪魔するとするか」
シービーたちは男性に軽く頭を下げつつ、ぞろぞろと洋館の中へ。
エントランスでライスが「わぁ」と目を輝かせた。
とても上品なインテリアだ。落ち着いたデザインだが、造りが良いため、地味という印象はない。
そのままの足でリビングへ。
すると、メイド服を着た若い女性に出迎えられた。
「ようこそ、チームラサラスの皆さま。お待ちしておりました」
「どうも、今日はよろしく。とりあえず、飲み物を頼むよ」
チラリと、華織はタキオンを見やった。
「紅茶を五つ」
「はい、ご用意いたします」
綺麗に一礼をし、メイドが去っていく。
シービーは華織の肩をちょんちょんとつついた。
「ここ、華織の別荘なの?」
たしか、華織の実家は老舗のウマ娘向けアパレルブランドを経営していたハズだ。
別荘を持っていても不思議ではない。
まさか、と華織が肩をすくめる。
「伝手を使って知り合いからレンタルしただけだ。ウチは裕福なほうだけど、暮らしは庶民だからさ。こんな豪華なお屋敷、建てられるワケないよ」
そう言いつつ、華織は見るからに高級な革張りのソファへ思いっきり身を沈ませた。
「もうちょっとこじんまりとした場所かと思ってたのに……思ったよりデカくて落ち着かないな」
普通にリラックスしてるように見えるが、気のせいだろうか。
「お前も突っ立ってないで楽にしたら?」
華織に促されたシービーは、窓際にあるピカピカに磨かれた木製の椅子に腰掛けた。
その位置から、みんなは平気かな、と様子を窺う。
「このお花、瑞々しくていい香り。今日のためにパーペキに生けてきたって感じね。これでもかってくらい気合の入った歓迎だわ」
「さぁて、ずいぶんと辺鄙な場所だが、ネット回線は繋がっているかな」
おっと、マルゼンとタキオンは平常運転だ。
そういえば、二人とも良いトコのお嬢様だった。もしかすると、この程度は慣れっこなのかもしれない。
残るはライスだが――
「……た、高そうな花瓶……うっかり触って壊しちゃったらどうしよう……近寄らないように、そーっと、そーっと……」
実家がどういうご家庭なのかはわからないが、庶民的な感性をお持ちのようだ。
あたふたする姿が微笑ましい。
窓の外へ視線を移す。今日は快晴だ。散歩するのにちょうどいいだろう。
さっきのハイキングコースには絶対に行くとして、お昼寝はどうしようか。
森の中を探してもいいが、芝地で大の字になるのも捨てがたい。
「皆様、紅茶をお持ちいたしました」
鼻歌交じりに悩んでいると、紅茶が運ばれてきた。
冷めないうちに頂こう。
テーブルへと向かったシービーは、ティーカップを手に取った。
そして、軽く口をつけて、自然と言葉を零した。
「あ、おいしい」
いつも用務室で飲んでいる紅茶もおいしいが、これはベクトルが違う。
きちんと作法に則っていて、味が整っている。
極度の猫舌である華織が、カップに何度も何度も息を吹きかけてから、チビチビと紅茶を口に含んだ。
「いい茶葉使ってんなぁ」
メイドが流れるように説明した
「この時期の旬の茶葉をご用意いたしました。お気に召していただけましたか?」
華織は「うん」と満足そうに返事をした。
「舌が肥えて、いつものが飲めなくなりそうだよ」
「でしたら、もっとお飲みになっていただかなければなりませんね」
メイドがティーポットを掲げ、底知れぬ笑みを浮かべた。
「ずぅーっとお帰りになられないように……」
おっと、なんだか背筋が寒くなった。ちょっぴりホラー味を感じる。
シービーは華織に耳打ちした。
「ここ、呪いの館かなにか? のんびりしてると囚われて現実に帰れなくなる……みたいな」
華織は鼻で笑った。
「そんなワケあるかよ、B級映画の見過ぎだ。まあ、“長居”させられるのは確かだけどね」
それから、冗談めかした調子で肩をすくめた。
「やたらと歓迎して引き止めてくるんだよな、ここの連中」
当然だとばかりにメイドが言った。
「美繰家の方々にはお世話になっておりますし、その中でも華織さまには特別なご恩がございますから」
「ご恩だなんて、相変わらず大げさだな。斜に構えてイタい頭してた小娘が、黒歴史作っただけだよ」
華織は微かに視線を逸らすと、勘弁してくれ、と手を横に振った。
その仕草に、シービーのセンサーがビビッと反応した。
この別荘の持ち主に、華織が“なにか”した。そうに決まっている。
ちょっとだけ推理してみよう。
いったい何者なのだろうか、この別荘の持ち主は。
前提としてウマ娘だ。
“美繰家の方々”と言っている所からすると、家業に関係する縁だろうし、なにより華織だから間違いない。
そして、別荘を用意できるくらいには裕福。
さらに、使用人の方々の格式を見るに、かなりの名家だ。
シービーも、父親の付き添いで、名家が主催するパーティーに参加したことがある。
もしかすると、面識のあるウマ娘かもしれない。
灰色の頭脳を回転させ、答えを導き出そうとした、その時だった。
ソファに深く身を預けた華織が、よく通る声で全員に言った。
「それじゃ、夜まで自由時間にするよ。外の芝地で遊んできてもいいし、ハイキングコースを歩きに行ってもいい。屋敷でのんびりするのもアリだ。あとは好きにしろ、私も好きにする」
自由時間か、なにして過ごそうかな。
この辺りは自然が豊かだし、どれを選んでもリフレッシュできそうだ。
シービーの思考は、一瞬で切り替わっていた。
考え事は帰ってからでも出来る。
今は、ここでしか出来ないことを楽しもう。
とりあえず、皆の出方を窺ってみようか。
まずは華織から。
「いい感じのお茶請けあったりする? あと、今度はミルクティーが飲みたいな」
メイドにオヤツを要求している。
どうやら、籠るつもりらしい。
他の皆はどうだろう、と視線を移す。
マルゼンがライスに声をかけていた。
「ねぇ、ライスちゃん、お姉さんとお散歩デートしない? 近況報告も兼ねて、ね?」
近況報告の内容はおそらく、華織との関係がどれだけ進展したかについてだろう。
慕っている先輩からのお誘いに、ライスは目を輝かせて頷いた。
「ライスもね、マルゼンさんにお話したいこと、いっぱいあって……」
最後にタキオンは――
「そこのメイド君、Wi-Fiのパスワードを教えてくれるかい?」
予想はしていたが、外に出る気はなさそうだ。
いつもみたいに、難しい論文でも読んで過ごすつもりなのだろう。
どこに来てもブレないウマ娘だ。
華織に構ってもらうか、それとも外へ出るか。
一瞬だけ迷った末に、後者を選ぶ。
あれだけ素晴らしい自然が近くにあるのに、籠っていては勿体ない。
シービーがエントランスへ足を向けた、その瞬間だった。
「うわっ」
いきなり視界が塞がった。後ろからなにかを被せられたらしい。
とても馴染みのある、砂糖のような甘い香りがする。
おかげで、犯人はすぐにわかった。
シービーは抗議した。
「いきなりなにするの、華織」
被せられたのは、華織のジャケットだった。
「昼寝するなら羽織ってけ。ここは標高が高いから、まだまだ気温が低い。森の中は特にね」
華織はそれだけ言うと、用意されたクッキーを頬張り始めた。
シービーはジャケットの匂いをくんくんと確かめてから、そっと袖を通す。
薄手なのに暖かいし、軽くて着心地がいい。いいものを借りてしまった。
王様から旅の装備を手に入れたところで、気を取り直して今度こそ出発。
外に出ると、涼やかな風が頬を撫でた。
とりあえず、気の向くままハイキングコースへ。
思ったより整備されている。見たところ、ウマ娘がトレーニングで使えるようになっているようだ。
「うーん……」
森の空気を浴びるという意味では悪くないのだが、手が入り過ぎていて歩くにはちょっぴり退屈だ。
ならば、ここは一つ冒険してみよう。
たまたま目に入った横道へGO。こっちは最低限の整備だけで、自然そのままの雰囲気が濃く残っている。
いいね、こっちのほうがワクワクする。
くねくね曲がった道を抜けると、別荘へ来る道中に車から見えた小川に出た。
試しに小川へ手を突っ込んでみる。
「つめたい」
足を浸けるのは、よしたほうが良いだろう。
体を冷やしてしまいそうだ。
先へ進もう。
シービーは小川を飛び越えた。
それから歩くこと数分。
広場のように森が開けた場所で、シービーは発見してしまった。
静かにそびえ立つ大木。その木陰には温かな日溜りが出来ている。
シービーの心に迷いはなかった。今日のお昼寝スポットはここだ。
日を浴びて温かな根本に触れて、収まりが良さそうな場所を探す。
うん、この辺りがよさそうだ。
ジャケットを脱いで、毛布のように体をくるむ。
目を閉じて、深呼吸。とても心地が良い。
あっという間に、シービーは眠りに落ちていった。
ぐにぐにと、頬を乱暴につつかれる感触がした。
「シービー、起きろ」
よく通る声に導かれるように、シービーは億劫に瞼を持ち上げる。
すると、目の前に華織の呆れ顔があった。
「わっ!?」
ドキリと心臓が跳ねて、シービーは思わず飛び上がった。
一気に目が覚めた。
「……どうしてここに?」
シービーが問いかけると、華織は自分の腕時計を指差した。
「バーベキューの時間になっても帰ってこないから、探しに来てやったんだ」
辺りを見回せば、だいぶ日が傾いている。
森の中ということもあり、かなり薄暗い。
「ほら、立て」
華織が差し出した手を掴んで、シービーは立ち上がった。
すると、体をくるんでいたジャケットが滑り落ちた。
「さむい」
ひやりとした空気に、シービーは小さく身震いをした。
ジャケットを借りていてよかった。そのまま寝ていたら、風邪を引いていたかもしれない。
「さっさと行くよ。だいぶ冷えてきたし、これ以上暗くなると迷って帰れなくなる。遭難はゴメンだ」
踵を返した華織が、さっさと歩き出す。
シービーは慌ててジャケットを羽織り、それに続く。
「よくわかったね、ここにいるって」
「お前、車の中からこの辺りを見てたろ。それで大体のアタリをつけて、あとは昼寝するのに気持ち良さそうな場所を適当に探したんだよ。不本意ながら、その辺りの感性は似てるみたいだからな、私たち」
流石は華織というか、なんというか。
シービーは頬を緩めた
「アタシのこと、なんでもお見通しだ」
「だったら苦労しないんだけどな」
ぶっきらぼうに言って、華織はさっさと踵を返す。
そこでシービーは気がついた。華織の靴は土まみれだ。
払った跡があるが、落とし切れていない。道なき道を歩いた証だった。
「ありがとう」
言葉が口をついていた。
振り返った華織が、訝しむように眉をひそめる。
「なんだよ、急に」
シービーは足取り軽く、華織の隣に並んだ。
きっと隠しておきたいだろうから、これ以上は触れない。
「別になんでもないよ。言っておきたかっただけ」
寒さなんて、ちっとも感じなくなっていた。
洋館へ戻ったシービーたちは、裏庭へと向かった。
シービーたちに気がついたマルゼンが、大きく手を振る。
「二人とも、おっそーい! お腹と背中がくっついちゃうわ!」
マルゼンは「そうよね」とライスに同意を求めた。
「え、えへへ……」
ライスが恥ずかしそうに、お腹をきゅっと押さえる。
だいぶ腹ペコのようだ。
「やっと帰ってきたのかい」
タキオンは簡易テーブルの前で皿を持ち、食事が運ばれてくるのを待っていた。
これはちょっと意外だ。
いつもは、栄養価だけしか考えていないグチャグチャのスムージーか、華織が置いたお菓子くらいしか食べないのに。
「……なにか言いたげな顔だねぇ?」
片眉を上げるタキオンに「なんでもないよ」と返す。
馴染んでるな、と思っただけだ。
さて、ずいぶんと待たせたらしい。皆には申し訳ないことをした。
シービーは両手を合わせて謝罪する。
「ごめん、寝過ごしちゃった」
マルゼンは芝居がかったあざとい仕草で、ぷんぷんと頬をふくらますポーズをとった。
「もう、シービーちゃんったら、仕方ないんだから」
それから相好を崩すと、裏庭のど真ん中に鎮座する巨大なバーベキューコンロへ向けて両手を差し出した。
「じゃじゃーん! 準備、できてるわよ!」
熱を放つバーベキューコンロを、シービーは覗き込んだ。
炭は赤く燃えて、表面がうっすら白くなっている。完璧な火力調整だ。
「それじゃ、始めるか」
華織が開始を宣言し、串に刺さった肉を豪快にバーベキューコンロの上に置いていく。
ちりちりと、肉の油が焼ける音がする。
スパイスの香りが漂ってきて、じゅるり、と口の中に唾が溢れた。
今か今かとシービーたちがその時を待ちわびる中、華織がいそいそとクーラーボックスからなにかを取り出した。
「私はお先に失礼して」
かしゅ、と軽快な音が鳴る。
手元を見ると、銀色に光る缶があった。
「お酒、好きなんだ?」
シービー尋ねると、華織は上機嫌に笑った。
「人並みにはね」
そして、缶の中身を呷った。
「あー、うめー。バーベキューつったら、やっぱビールだよな」
簡易テーブルの上にある小皿から、華織は緑色のなにかを摘まんだ。
それを口元へ持っていき、再度ビールをぐびり。
「最高」
あの緑色のやつ、もしや枝豆では?
抜け駆けとは許すまじ。
シービーはそーっと華織の背後から忍び寄り、小皿ごと枝豆を掻っ攫う。
そして素早く皮を唇に押し当て、指で中身をちゅるっと口の中へ押し出した。
「うん、いい塩加減」
「あっ、おい!」
抗議の声を華織が飛ばしたが、無視してウマ娘たちのほうへダッシュ。
そして、手に入れた戦利品を配り回った。
「あたしもいただいちゃおっと♪」
マルゼンは躊躇いなく、枝豆を口にした。
「えへへ……ライス、お腹ぺこぺこで悪い子だから……」
ライスもなかなかに図太く育ってきている。
いい感じだ。
「タンパク質とビタミンか、悪くない」
タキオンに至っては、遠慮の欠片すらない。
ここまでくると大物だ。
ウマ娘3人の食欲を前に、山盛りあった枝豆は、みるみるうちに数を減らしていった。
その有様を見て、華織がため息をつく。
「あーあ、私のだったのに」
そんなことをやっているうちに、バーベキューコンロから漂ってくる匂いが香ばしくなってきた。
そろそろ良い焼き加減なのではなかろうか。
シービーはバーベキューコンロから、一番大ぶりな肉の刺さった串を選び、華織へ差し出した。
「はい、キミからどうぞ。おつまみ食べちゃったし、一本目は譲るよ」
華織はジトっとした視線をシービーへ向けた。
「そんなこと言って、本当は生焼けかどうかの毒見役にしてないか?」
相変わらず捻くれた人だ。
警戒を解くべく、シービーはニッコリと笑みを作った。
「善意だから」
「……イマイチ信用できないんだよなぁ。どいつもこいつも、随分といい性格になってきちゃったからさ」
愚痴を零しながら、華織は肉に「ふーふー」と息を吹きかけた。
かなり念入りに冷ましている。
しばらくして、食べられる温度になったと判断したのか、ゆっくりと一口。
もぐもぐと味わったあと、食レポ開始。
「うまい」
さぁ、戦の始まりだ。
かかれとばかりに、ウマ娘たちは一斉に串へ手を伸ばした。
ところで、すっかり忘れていたのだが、あの別荘の持ち主は誰だったのだろうか。
聞きそびれたことに気がついたのは、自宅に帰ってハンモックに揺られてからだった。
気になって眠れない――なんてことはもちろんなく、シービーはあっさりと夢の世界に旅立った。
そのうち聞こう。そのうちね。
次話からダービー編の予定です。