VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち 作:花壇の土
物心ついたころからウマ娘の運命を知ってた。
デカいとこだと、セントライトの三冠、スピードシンボリの海外挑戦、ハイセイコーのブーム――その辺りかな。
だからって特別なにかがあったワケじゃない。
ウマ娘のレースなんて遠い世界の話で、私には関係がなかったから。
まだ学生だったころに、トレセン学園からケガしたウマ娘が転校してきた。別に珍しくもない、夢破れたその先としてはあり触れた話だ。
私は他人の痛みに共感できるほど感受性が強くないし、知らないウマ娘がどうなろうが知ったことじゃない。正直なところ、どうでもいいと思ってた。
半年くらい経ってから、そのウマ娘にちょっとした世話を焼いたんだ。文字通り手を貸しただけで、別にたいしたことはしてない。
そしたらアイツ、一度話しただけの私のことを目で追うようになった。根暗だったから友だちが居なかったんだろ、たぶん。
しばらくそれが続くと流石に私も無視できなくなった。だから少しだけ気に掛けるようになって――いつの間にか一緒にメシ食ってたよ。
私が逆立ちしても敵わないくらい賢くて、よく勉強を教えてもらった。一緒にバカなことやって、学校サボって遊び回ってた時期もある。
いつの間にか、アイツは知らないウマ娘から、友だちのウマ娘に変わってた。
一時期は本当に気まずかったよ。なにせ、私はアイツがケガすることも昔から知ってたんだから。
遠い世界が隣までやってきて、その時になってやっと運命の存在を実感して――そしたらなんか急にムカついてきてさ。
なんていうか、自分が“ウマ娘”っていう運命の筋書き通りに動くパーツなんじゃないかって思ったんだ。それも本筋には関与しない替えの効くやつ。
傍から見たら小娘が拗らせただけだけど、私にとっては死活問題で、受験の時期だったのに進路はずっと白紙のままだった。
そしたら、それを見かねたアイツが大量の教材と資料を持ってきて私に言ったんだ。
トレーナーになれ、君は自分の手でウマ娘を育ててみたほうがいい。
目的はなんだって構わない、冠だろうがティアラだろうが好きにするといい。
失敗していいとは言えないが、成功しなくてもいい。大切なのはそこじゃない。
たくさんの夢に触れて、君だけの運命を証明してこい。
最後に――君は特別だが特別になる必要はない。それだけは絶対に忘れないでくれ。
そこからは想像つくだろ。
私はトレーナーになって、お前と出会って夢を見て、運命を変えようとした。
華織の独白を聞き終えたミスターシービーは眉間に難しくシワを寄せると、人力AIアシスタントに指示を出した。
「OK、“華織”。ここまでの話を3行くらいでまとめて」
「1.運命が見えていた私はケガをしたウマ娘と出会った。
2.そいつと仲良くなって運命の言いなりになってた自分に腹が立った。
3.だから、自分の手でも運命は変えられると証明するためにトレーナーになった」
「ありがとう、わかりやすい要約だった」
一目置いた他人から、担当ウマ娘とトレーナーという対等な関係になったのを機に、シービーは華織の呼び方を気安いものに変えた。
その新しい音の響きに乗せられて、長々と話した内容を自分自身の手で短くまとめさせられた華織は、やるせなさそうに肩を落とした。
「お前がどうしてもって言うから、やりたくもない自分語りをしたのに」
「悪いとは思うけど、気が滅入る昔話なんて背景がわかれば充分だよ。だってアタシたちが考えるべきなのは、これからのことなんだから」
「……言ってることは間違ってないんだけど、なんか釈然としないな」
上手く言いくるめて華織を黙らせたことに満足したシービーは、用務室のソファへ深くもたれかかった。
そして、今度は現在の華織について知るために、話の中で気になったことを率直に聞いてみることにした。
「なんでそこから、夢を壊すなんて明後日の方向に話が飛んだの?」
「そっちのほうが心が震えて、運命を変えたことを実感できると思ったんだよ」
半ば自棄になりながら言い放った華織に、シービーは思わずため息を零してしまった。
おそらくだが、件のウマ娘のありがたい言葉のうち、トレーナーになれ、ウマ娘を育てて、冠、失敗、運命、証明、という部分しか拾えていないのだろう。
あまりの捻くれ具合に呆れながら、シービーはさらに質問を続けた。
「ウマ娘やレースに興味がないのは運命を知ってるせい? 深入りして情を移したくないとか」
「いや、違う。運命がどうこうじゃなくて、シンプルに仕事へのモチベーションが低いから興味が薄いだけだ。消去法でトレーナーになったうえに、その気になれば他にやりようがあるからな」
身も蓋もない理由を聞かされて、思わずソファから転げ落ちそうになった。
「よくそれでトレーナー試験通ったね」
「まぁ……上手いコトやったんだよ」
華織が後ろ暗そうな顔をしたのを見逃さなかったシービーは、それとなく自白を勧めた。
「罪は少しでも軽くしたほうがいいよ」
「私が悪いことしたみたいに言うのやめろ」
「でもなにかしたんでしょ?」
容疑者は取り調べに対し黙秘を続けた。一切開く様子のない唇を見るに、情報を引き出すのは難しそうだ。
この辺りはおいおい切り崩していくことにしよう。
シービーは一息入れるために、本日のオヤツである金平糖を口に含んだ。
舌の上で存分に堪能した甘さを、苦いお茶で流して調和させる瞬間は、まさに至福と言って差し支えない。
こうやって菓子を食す流儀と、華織の捻くれた思考には共通する部分がある。
夢を叶えるという甘さだけでは単調で味気なく、しっかりと味わうためには夢の破壊という苦さがセットで必要だ、という点だ。
しかし、華織のやり方は苦さへと極端に偏っていて、あまつさえ本人が好きな味ですらない。だから、そんなモノを口にさせるワケにはいかない。
真に心を震わす味のなんたるかを華織に教えてやるために、シービーはウマ娘を使った夢のコース料理をプレゼントすることにした。
冠でもティアラでも、好みに合うならなんだって構わない。古今東西の優駿を集め、あらゆる調理法を網羅し、レースという最高の演出を加えて、心が美食しか受け付けないようにする。
美味しい感情があるからこそ心は生きている。だから大好きな甘さを存分に味わってウマ娘に夢を見てほしい。
長々と語ったが、簡単に言えば華織にチームを作らせる計画だ。
食材を用意する係はシービーで、調理をする係は華織。できあがった料理はみんなで楽しく頂けばいい。
最初は
それに加えて、シービーが本質的には自分自身のために走るウマ娘で、誰かのために走るのには向いていない、という致命的な問題もある。“夢を見てよ”とは言ったが、夢を乗せられるワケではない。
これらの理由から、シービーとは別の角度から攻められる協力者が必要だ、という結論に至るのは至極当然のことだった。
幸いなことに
シービーはさっそく狩猟に出るべく、さり気ない風を装って華織に尋ねた。
「ずっと気になってたんだけど、アタシを倒すとかは抜きにして、ただのトレーナーとして育ててみたいウマ娘はいなかったの? 冠でもティアラでもいいなら、選択肢は多いでしょ?」
「育てようとまでは思わなかったけど、目をつけてたヤツは何人かいたよ」
しめた、とシービーは心の中でニヤリとした笑みを浮かべた。
「その子たちのこと教えてよ」
好奇心を大げさに前面へと押し出したが、華織はその態度を不審に思ったらしく怪訝そうな顔をした。
「お前はこういう話、イヤがるかと思ってた」
「なんで?」
「
「それは“ミスターシービー”を見てたからだよ。アタシをちゃんと見てくれるなら何も言わない」
そういう都合のいいウマ娘だよ、なんて茶化してアピールしてみたが、華織からは何の反応もない。
つまらなかったので、ぶっきらぼうに話の先を促した。
「誰を育てたかったの?」
「デビューが近いトコだとスーパーカーとか」
またよくわからない二つ名が飛び出してきた。
秘密なんて今更なのだから、素直に全部喋ってしまえばいいのに。
「どんなウマ娘なの? やっぱり速い?」
「これからマイルで活躍するハズのウマ娘。スーパーカーみたいに速い」
「へぇ、そんな子がいるんだ」
その問いに「ああ」と頷いた華織は、実に残念そうに言った。
「ダービーを“かっ飛ばす”スーパーカーを見てみたかった」
「……走らないの? ケガ?」
「最終的にはどうか知らないけど、たぶん違う。こっちに例の規定は無いハズだから、走ってくれるウマ娘がいなくなって引退するんじゃないか」
「速すぎて出走回避されるってこと?」
「そういうこと」
シービーの勘が妙な引っ掛かりを覚えた。狩り場を聞くまでもなく、その食材の居場所に心当たりがある。
かっ飛ばす、
念のために、ちょっとした質問をしてみることにした。
「そのウマ娘ってデビューが近いんだよね?」
「少なくともお前よりは早かったハズだよ」
「じゃあアタシのクラスメイトだったりする?」
「クラス名簿なんて見たことないから、おそらくとしか言えない」
「名前が7文字?」
「そうだ」
「鹿毛?」
「ああ」
「長い?」
「腰くらいまではある」
「もしかして車が好き?」
「らしいな」
シービーは、すーっと息を吸い込み、決定的な質問をした。
「ワードセンスが古いうえに、本人はそれが流行だと思い込んでる」
「会話したことはないけど、たぶん」
わかってしまった。間違いなく彼女だ。
シービーは華織に向かって、まるで探偵が犯人を特定した時のように、勢いよく人差し指を突き付けた。
「マルゼンスキーだ」
「よくわかったな。自分のときは誰かに知恵を借りたクセに」
一言多い、素直に褒められないのか。
シービーは金平糖とお茶で気を落ち着かせてから華織に尋ねた。
「なにか上手な解決方法ないの?」
「結局は本人のメンタルの問題だから難しい。周りが出走回避しようがなんだろうが、楽しいから走るって割り切れればいいんだけど、そういう性格じゃないんだろ?」
「……気に病むと思う」
友人としての見解をシービーが述べると、華織は「うーん」と難しそうに唸った。
「スーパーカーをデチューンするワケにもいかないしな」
「でちゅーん?」
「わざと性能を落とすことだよ。倒せるくらい弱くなったら、周りが走る気になるかもしれない」
「……そんなんじゃ走っても楽しくない」
「私も趣味じゃない」
そんなことやってたまるか、と言わんばかりの華織は、デスクの上に置かれたマグカップを口元へ運び、お茶の苦さに顔をしかめた。
「せめてライバルになるウマ娘がいれば話は別だけど、アレと同格は出てこない」
「その見立ては本物を見たから? それとも運命を見たから?」
「両方だよ。このままならマルゼンスキーの一強になる」
そう言いながらマグカップの中身をゆっくり回している華織に、シービーは少しズルい質問をした。
「キミならマルゼンをどう走らせる?」
すると華織はピタリと手を止めて、明らかに熱を帯びた答えを返した。
「そのまま走らせる」
ウマ娘に興味のない人が放てるハズのない、夢が煌めくような声音だった。
「完成されたデザインに手を加える必要なんてない。あるがままのマルゼンスキーは、きっとスーパーカーみたいに速い」
童心に返ったように活き活きとし始めた華織を見て、やっぱりこの人は色々と惜しいな、と思ってしまった。
こうして心を曝け出している間はカッコいいのに、どうして普段はあの有様なのだろう。
まさかとは思うが、俗にいうギャップ萌えとやらでも狙って――
そこまで考えたところでシービーは気づいた。それにまんまと引っかかったのは、他ならぬ自分なのではないか。
いつのまにか取っていた不覚に悔しさがこみ上げてきて、シービーはヤケ酒ならぬヤケお茶を飲むことにした。
しかし、急須を傾けてマグカップを満たそうとしても、注ぎ口からは雫一滴すら出てこなかった。
「あ、もうお茶ないや、おかわりちょうだい。ついでにお菓子も追加で」
「お茶は自分で淹れろ。お菓子は棚になければ打ち止め」
シービーの要求を躱した華織はデスクに置かれたパソコンに向き直った。語らいの時間は終わりらしい。
もう少し話を聞きたかったが、無理をして怪しまれては元も子もないため、大人しく撤退することにした。
いい食材の情報が手に入ったと思ったのだが、残念なことにマルゼンのスカウトは難しそうだ。
あれほどの高級食材に誰も手を付けていないとは考えられない。既に他のトレーナーのキッチンに運び込まれた後だろう。
出走回避の件については、マルゼンが悩んだときに相談に乗ってやることくらいしかできない。
華織が調理すれば上手いことひっくり返してくれたかもしれないが、時すでに遅しというヤツだ。
皆無に等しい今日の戦果をみるに、道のりは遠い。
シービーがデビューするまでに1人くらい仲間を集めたいが、そうそう上手く事は運ばないだろう。
しばらくカタカタとキーボードを打つ音だけが響き、その沈黙に退屈を感じ始めたシービーは、なにか面白いことでもないかと華織の肩越しにパソコンの画面を覗き込んだ。
そして、表示されていたモノを見て華織に文句を言った。
「これってゲーム? アタシのこと放っておいて遊んでるなんて酷くない?」
「ゲームだけど遊んでるワケじゃない。歴としたトレーニング用の教材だよ」
「やってみていい?」
「まだ完成してないからダメ」
「……華織が作ったの?」
「いや、ほとんどは別のヤツが作った。私は最終調整だけ」
そういうこともできたんだな、と感心しながら華織の頭に顎を乗せた。
「なにしてんだよ、お前」
「暇だからかまって」
「散歩でもしてきな」
「今はここの気分」
「……ホントに仕方ないヤツだな」
華織はシービーを邪魔だと言わんばかりにどかしてから、ソファへ指を差して座るよう促した。
「ちょうどいいから座学の時間にしよう」
「気が変わったから、やっぱり散歩して――うわっ!?」
聞いた途端に身を翻して用務室から出て行こうとしたシービーだったが、あっという間に華織に拘束されてソファへと優しく押し倒された。
毎度思うが、まるで魔法のような手際だ。挙動は乱暴なのに衝撃すら感じないのだから恐れ入る。
「大人しくしてろ。お前の大好きな追込について語ってやるから」
「……語っちゃっていいの? アタシ、一家言あるから採点厳しいよ」
「絶対にロクでもない基準で採点するだろ、ソレ」
少しワクワクしてきたシービーに呆れたようなジト目を向けた華織は、デスクチェアに座り直し「さて」と前置きしてから授業を始めた。
「なんで他の連中が、お前に追込を止めろって言うかわかるか?」
「安定しないから」
今まで散々言われてきたことだ。考えなくてもすぐ答えられる。
「なんで安定しないんだ?」
「スタート直後から遅れる。他のウマ娘の位置取り次第で進路が塞がるから、外を回らなきゃいけない。ラストスパートは前が遠いせいで強力な末脚が必要――」
挙げればキリがない、自分の弱点を延々と語らされて辛くなってきた。
軽く落ち込んでしまったシービーに、華織が励ますような口調で問いかけた。
「なら逆に追込のメリットってなんだ?」
「……抜いた時に気持ちいい。最高に自由だって感じる」
「そこは否定しない。見てても楽しいしな」
華織はそこで一度言葉を切り、軽く息を吸ってから持論を語った。
「お前が追込をするメリットは、前方集団で繰り広げられる駆け引きや技術に惑わされないこと。後方のことをほとんど気にしなくていいこと。最終的に末脚で全員抜かせばいいだけだから、作戦がシンプルなことだ」
後ろで悠々と構えて、最後に差せ。
素直に受け取ればそういう意味なのだろうが、華織の場合は言葉の裏になにか含ませているのではないか、と邪推してしまう。
例えば――お前の頭じゃ難しい作戦なんて無理だから、なにも考えずに全員抜かしてこい――とか。
誇張された被害妄想だと切って捨てるのは簡単だが、“ウマ娘が”追込をするメリットではなく、“お前が”追込をするメリットと前置きした辺りが怪しい。
確かにシービーは策士が如き駆け引きや技巧を凝らすタイプではないが、それはそれとしてレース中は色々と考えている。
まだ直感に頼る場面が多くて、体系化できないから口に出さないだけだ。わからないワケじゃない――と思う。自信を持っては言えないが、そのハズだ。
「質問あるか?」
なに食わぬ顔で授業を続けようとする華織を問い詰めるか悩んだが、今回は勝負しても負けると判断し、気持ちをグッと堪えて真っ当な質問をした。
「作戦がシンプルとは言うけど、それが難しいから追込が安定しないんだよ。全員抜かそうにも追込には仕掛け所っていう命題があって、前の展開次第であっさり負けちゃうから」
「ああ、そうだ。だからソレをちょっとだけマシにする方法を考えた」
華織は本題だとばかりに、後ろのデスクに置かれたパソコンを親指で差した。
「お前にはこのゲームを極めてもらう」
翌日、シービーが朝の教室で一人寂しく携帯ゲーム機を操作していると、朗らかな挨拶の声がかかった。
「シービーちゃん、おはよう。今朝は早いのね」
「おはよう、マルゼン」
カバンを机に降ろしたマルゼンが、軽い足取りでシービーの机の前までやってきた。
「あれから“華織ちゃん”とはヨロシクやってる?」
「キミのおかげでね」
マルゼンが「まぁ!」と手を口元に当てて声を弾ませた。
「早速デートなんてしちゃったり?」
「デートかはわからないけど、お揃いのマグカップ、買いに行ったよ」
「お揃い! 素敵だわ!」
「レジに持って行ったら、すっごく嫌そうな顔してた」
「……えぇ?」
なんだかんだで買ってくれたし、棚にしまったままではない辺り、そこまで悪くないと思っているハズだ。
嫌よ嫌よも好きの内、とはこういうコトを言うのだろう、たぶん。
そうやって自身の行いを正当化していると、シービーがプレイしていたモノにマルゼンが目を留めた。
「それってゲーム機? あなたにしては珍しいコトしてるのね」
「まぁ……たまにはそういう時もあるよ」
シービーはゲーム機のポーズボタンを押してからマルゼンに画面を見せた。
「華織が作った車のレースゲームなんだけど、キミも少しやってみる?」
「……あたしにできるかしら。ファミコンしか触ったことないけど……」
ファミコンってなんだろう。なにかの略だろうか。
また“いつもの”だと察したシービーはツッコまずにそのまま流し、淡々とゲームの説明を始めた。
「このスティックしか使わないから大丈夫だよ。前に倒したら加速、後ろで減速、左右で曲がる、操作は以上」
「あら、簡単なのね。それならできそうだわ」
ゲーム機を操作し、車種の選択画面に切り替え、そのままマルゼンの隣に身を寄せた。
「どの車にする?」
シービーは専用の1台しか使うなと華織から厳命されているが、マルゼンがプレイする分には好きな車を選んでも構わないだろう。
「それじゃこの赤い車にするわ。タッちゃんにソックリで素敵だもの」
「タッちゃんって……キミの車だっけ?」
「ええ、そうよ。あたしの愛車」
「……なるほど」
マルゼンが選択した車は真っ赤なスポーツカーで、パラメーターは最高速と加速力に全振りされている。
このゲームの正体を知っているシービーには、見ただけでそのデザインの意図がわかってしまった。
ちょうどいい相手が思いつかず、丸パクリしたに違いない。この様子だと他にも似たような代物が何台か紛れていそうだ。
シービーは製作者に呆れながら、手早く設定を終わらせてマルゼンにゲーム機を持たせた。
「このまま待機すればレースがスタートするから」
「わかったわ。かっ飛ばしちゃうわよー!」
かっ飛ばすゲームではないのだが、とりあえず初回は好きにやらせてみよう。
スティックを目いっぱい前に倒したことによって、マルゼンの車はスタート直後から凄まじいダッシュをみせた。
そこからはグングンと後続を引き離し、今は気儘に一人旅だ。
「他の車はそんなに速くないのね、あたしずっと先頭よ」
「あはは……このゲームはここからが本番だから」
そう言っている間に、マルゼンはこのゲームの落とし穴にはまった。
「あら? 急に加速しなくなって――あ、抜かされちゃった」
「燃料が切れたんだよ。加速するとすぐ無くなるんだ」
それだけで仕組みを理解したらしく、マルゼンが「なるほど」と頷いた。
「燃料が切れないように調整しながらゴールを目指せばいいってことね?」
「うん、その通り。あと、減速すると燃料が回復するから、それを上手く使うといいよ」
そしてマルゼンは説明を聞いたうえで何度かトライし、最後はなんとか先頭でゴールしてみせた。
「操作は簡単だけど、思ったよりも気を遣うわね、これ」
「……そうなんだよね、気疲れするんだ、このゲーム」
シービーは溜め息を吐いた。
「アタシ用の1台で、全種類の車を抜かせるようになれって言われてるんだけど、相手の車の性能がどれも違うせいで大変でさ」
「見た目だけじゃなくて性能も違ったの? あたし、気づかなかったわ」
そりゃまぁ、あれだけ後ろを気にせず先頭を走ってればそうだろう。
「なんなら走り方まで違うよ。マルゼンみたいに先頭を全開で飛ばす車も、その逆で後ろから追いかける車もある」
「ふふっ、それじゃまるでウマ娘のレース――」
このゲームの正体に気がついたらしいマルゼンが、感心した様子で「へぇ」と声を漏らした。
「見直したわ。とんでもない女だとばかり思ってたけど、ちゃんとトレーナーらしくできたのね」
華織から極めろと指示されたのは、ウマ娘用のレースシミュレーターだった。これで仕掛けどころの勘を養え、というコトらしい。
自分のトレーナーがちゃんと仕事したことを自慢したくて、シービーは得意げに言った。
「やる時はやる人だよ。普段はテキトーだけど」
「その普段の態度が問題なんじゃないの?」
「……それはそれで見てて飽きないから」
反論するための材料が乏しいせいで声が沈んでいくシービーに、マルゼンが小さく笑い声を上げた。
「あなた、とっても楽しそう。最近はずっといい顔してるわ」
そして「あーあ」と深いため息を吐いた。
「あたしにもいい出会いがないかしら」
「あれ、まだトレーナー決まってないんだっけ?」
「ええ、そうよ。あなたに言ってなかった?」
「初めて聞いた」
とっくの昔にトレーナーがついて、デビューに向けたトレーニングをしているものとばかり思っていた。
「キミのところ、凄い数のスカウトきてたよね」
「お誘いはされたわ。でも、ピンとこなくて断っちゃった。一緒に走るなら、あなたたちみたいにバッチグーな関係、ゲットしたいでしょ?」
選り取り見取りだったハズだが、それでも見つからなかった辺り、どうやら要求するハードルはかなり高いらしい。
マルゼンがちゃんと“バッチグー”なトレーナーと契約してデビューできるか、シービーは心配に――ならなかった。
判明した事実があまりにも衝撃的で、思わず言葉が漏れた。
「……あの“マルゼンスキー”にトレーナーがいない?」
これは、カモなのでは?
手に入らないと諦めていた高級食材が暢気に目の前を歩いているなんて、こんなに都合のいいことがあっていいのか。
しかも上手くいけば、マルゼンが将来的に陥る可能性のある例の問題も解決できるかもしれない。こんなの心配するどころか祝福して歌い出したいくらいだ。
思いがけない三女神の計らいに、シービーは心の中で舌なめずりしながら狩人の如く狙いを定めた。
「キミが求めてるのはどんな人?」
マルゼンは自身に矢を向けられていると知らぬまま、まるで恋に憧れるように可愛らしく鳴いた。
「あたしの“楽しい”を大切にしてくれる人よ」
最高の一品が完成する予感がした。ウチの料理長なら上手く調理してくれる。
獲物が射程圏に入ったのを確認したシービーはニッコリと笑い、構えていた
「ねぇ、マルゼン。ダービーをかっ飛ばしてみない?」
シービーの話を書きたい気持ちもありますが、タイトルとあらすじも大事なので進行させます。
筆が遅いので、隔週で更新してたらラッキー、くらいに思っていただけると幸いです。