VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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あやしげな作戦


VS スーパーカー

 そのウマ娘をミスターシービーから紹介された途端に、華織の意識は遠くなった。

 

「今日はスーパーカーを連れてきたよ」

「ハァーイ、マルゼンスキーよ!」

 

 鮮やかなウインクをマルゼンが決めたことにより、追加のストレスに襲われた華織は、幸か不幸かそのショックで我に返った。

 危なかった、用務室の床に口づけをするところだった。

 気を落ち着かせるために何度か深呼吸をした華織は、ゆらゆらと揺れる指先で用務室の外を差した。

 

「その激マブのチャンネーは元の場所に返してこい!」

「あらやだ、激マブだなんて嬉しい!」

 

 その死語の意味を正しく認識したマルゼンが「きゃあ」と黄色い声を上げた。

 

「でも、カノジョの前で他のオンナを褒めちゃダメだゾ☆ 愛想つかされちゃうわよ♪」

 

 誰がカノジョだ、なにが愛想だ。

 一息で繰り出された怒涛の攻めに戦慄した華織は、頬を引き攣らせるしかなかった。

 

「シービーが相手だったらソファに投げ飛ばして黙らせたのに」

 

 華織の小さな独り言に、シービーが耳聡く反応した。

 

「アタシのことなんだと思ってるの?」

 

 なんだ、と聞かれると表すのが難しいが、あえて言うとするなら――

 

「二足歩行の無駄にデカい猫」

 

 思っていることを率直に述べた華織にシービーが勢いよく襲い掛かり、わしゃわしゃと頭を撫でまわした。

 

「そんなこと言う華織には、こうだ」

「髪がグシャグシャになるだろ、やめろ」

 

 いつものじゃれ合いをしていると、マルゼンが羨ましそうに「いいなぁ」と羨望の声を漏らした。

 

「シービーちゃんと華織ちゃん、とっても仲が良いのね」

「……華織“ちゃん”?」

 

 馴染みのない響きで呼ばれた華織が不機嫌に声を低くすると、マルゼンが「あっ」と肩を震わせた。

 

「ごめんなさい。ずっとシービーちゃんから話を聞いてたから、つい親近感が湧いちゃって……ダメだった?」

「……まぁ好きにしろ」

 

 しゅんと落ち込んで全身で謝意を示したマルゼンに、華織は強く当たれなくなってしまった。ここから追い打ちをかけるほど無情ではないつもりだ。

 するとマルゼンはコロッと態度を変えて、あからさまに距離を縮めてきた。

 

「それじゃ、華織ちゃんは、あたしのことマルゼンって呼んでね」

「呼ばない」

 

 華織はキッパリと拒んだが、マルゼンが怯むことはなかった。

 

「ほら、マ、ル、ゼ、ン」

 

 コイツ、会話の押し引きが上手い。ちゃんとしたコミュニケーションが取れるタイプだ。

 このままでは一方的に負けると察した華織は、被害が大きくならないうちに壁を作って降参した。

 

「……わかったよ、マルゼン」

 

 その攻防を見ていたシービーがムスっと拗ねて、華織の脚を尻尾で叩いた。

 

「アタシと初めて会った時と対応が違い過ぎない?」

 

 扱いに差がある、贔屓ではないか。

 そんなシービーからの抗議を、華織は鼻で笑って一蹴した。

 

「胸に手を当てて考えてみろよ。お前に同じ対応してもらえるだけの要素があったか?」

 

 初対面の相手に図々しくドーナツをたかるようなヤツと一緒にしたら、マルゼンに失礼だろう。

 シービーは反論を試みたようだが、上手い言い訳が浮かばなかったらしく、難しい顔で小さく唸った。

 

「……うーん」

「考え込むってことはそういうことだよ」

 

 まさにその態度が証拠だという華織の指摘に「やられた」と悔しがっているシービーのことは一旦放置することにした。

 今は持ち込まれた危険物(マルゼン)の処理が先決だ。

 

「それでお前は、こんな場所になんの用だ」

 

 会話のリーチを測ろうとした華織に、マルゼンは痛烈なストレートを放った。

 

「未来がわかる華織ちゃんに、ちょっとしたお願いがあるの」

「……なるほど、シービーに入れ知恵したのはお前か」

 

 ターフの演出家の一件で誰かがシービーを手助けしたことには察しがついていたが、その正体はマルゼンだったらしい。

 華織の忌々しさを隠さない態度は答え合わせをするのに充分だったらしく、マルゼンは得意げに胸を張った。

 

「感謝してちょうだい。2人のキューピッドよ、あたし」

 

 反射的に文句を連ねようとしたが、寸でのところで止めた。この手の勝負でマルゼンと争っても不利だと学習したからだ。

 せめてもの反抗として、華織は乱暴な口調でマルゼンに尋ねた。

 

「それで、私になにしろってんだよ」

 

 するとマルゼンは、恋愛事を相談するような切ない声音で衝撃的な発言(ガソリン)をぶちまけた。

 

「あたしを口説き落としてほしいんだけど、できるかしら」

 

 なんだか嫌な予感がした華織は、余計な刺激を与えないように注意を払いながらマルゼンの顔色をうかがった。

 

「まさかとは思うけど、スカウトしてみせろってことか?」

「ええ、そうよ」

 

 澄ました顔で点火装置のスイッチに指をかけるマルゼンに、華織は声の震えを必死に抑えながら尋ねた。

 

「……お前、トレーナーは?」

「いないわ。だから華織ちゃんに会いに来たの」

 

 マルゼンが容赦なくスイッチを押して、華織の思考はあっという間に炎上した。

 

「ウソだろ」

 

 明らかな異常事態だ。デビューが迫っているハズの“マルゼンスキー”にトレーナーがいないなんて、あり得ない。

 なにかよくないコトが感知できない領域で起こっている。

 あまりの大火災に処理が追いつかなくなった華織は、咄嗟に対戦相手へタイムを要求した。

 

「一旦待ってくれ、状況を確認する必要がある」

「ごゆっくりどうぞ」

 

 マルゼンの許可が出たところで、華織は突っ立っていたシービーの腕を掴んで動けないようにした。

 こういう時は第一容疑者を尋問するのが一番手っ取り早い。

 

「シービー、こっちに来い」

「あ、怒ってる顔だ」

 

 焦りを含んだ呟きを漏らすシービーを、華織は問答無用で用務室の端まで連れて行った。

 そして、空っぽである疑惑が浮上したシービーの頭を、片腕を後ろから回して捕まえてから耳元で囁いた。

 

「なんでマルゼンスキーにトレーナーがいないんだ」

 

 抱えているシービーの頭に、華織は少し力を加えた。

 

「お前、余計なことしたな」

「アタシの信用なさすぎじゃない?」

 

 冤罪だ、というアピールをシービーはしているが、華織の予想では十中八九なにかやらかしている。

 

「ここに連れてきた時点で怪しいんだよ。なにか企んでるだろ」

 

 さっさと白状しろと華織が促すと、シービーは少しだけ悩んだ末に「まぁいいか」と悪びれもせず企みを暴露した。

 

「マルゼンをダービーで走らせてほしいんだ」

 

 とても正気とは思えない発言だったが――多感な時期のウマ娘ならそういうこともあるだろう。

 仮にも大人の女である華織は、余裕を持って穏やかな心を保とうとした。

 

「……聞かなかったことにしてやる」

「スーパーカーを、日本ダービーで、走らせて」

 

 このままでは取り合ってもらえないと判断したのか、シービーはあろうことか一言一句を強調し始めた。

 穏やかな心が一瞬で彼方へと消え失せた華織は、シービーの両頬を空いているほうの手で正面から掴んだ。

 

「バカな冗談を言うのは、この口か」

 

 それでもなお、シービーは止まらなかった。

 

「すーふぁーかーを、にっふぉん――」

「ええい! ゴリ押そうとするな!」

 

 声を荒くした華織は、シービーの頬を追加で揉んでから手を放した。

 

「マルゼンにトレーナーがいないのは、その件でお前がなにか吹き込んだせいか」

「そっちはなにも知らないよ」

 

 シービーの声色にウソの気配はないが――まぁいい、マルゼンに直接聞けばわかることだ。

 罪の有無を確かめるべく、華織は腕からシービーを解放すると、棚に置いてあるマグカップをしげしげと眺めているマルゼンを問い質した。

 

「おい、マルゼン。なんでトレーナーがいないんだ。お前ほどのウマ娘なら、いくらでも勧誘があっただろ」

「お誘いはあったけど断っちゃった」

 

 茶目っ気を含ませたマルゼンは、まるで探偵が犯人を追い詰めるように華織へ指を突き付けた。

 

「あなたたちが悪いのよ」

 

 そして、華織とシービーが犯した罪を告発した。

 

「シービーちゃんが私にずっと惚気るの。トレーナーになってほしい人ができた、大切な言葉をくれた人なんだ――って」

 

 徐々に語りへと熱が入りはじめ、それに比例して声が大きくなっていく。

 

「無事に契約できてからは、羨ましいくらい素敵に笑うようになって! あんな顔を見せられたら、あたしも運命の人と巡り合いたいって思うじゃない!」

 

 マルゼンの力説を聞き終えた華織は、立ち眩みを起こした。

 

「やっぱりシービーが元凶じゃん」

 

 ジロリと華織から睨まれたシービーは、明後日の方向に口笛を吹くフリをし始めた。

 この期に及んで誤魔化せるワケがないのに、往生際の悪いヤツめ。

 どうお仕置きをしたものか、と思案し始めた華織をマルゼンが咎めた。

 

「華織ちゃんも同罪だわ」

「……裁くならシービーだけにしなよ」

 

 不当だと抗弁した華織に対し、独裁者マルゼンスキーは判決を言い渡した。

 

「担当ウマ娘の罪はトレーナーの罪よ」

 

 そして速やかに刑の執行を始めた。

 

「そういうワケで、華織ちゃんは罰として、あたしと楽しいお見合い(スカウト)をしてね♪」

 

 後ろ手を組んだマルゼンから可愛らしく“お願い”された華織は、無言でデスクチェアへと座り込んだ。

 

 当たり前の話だが、担当ウマ娘(ペット)は最後まで責任をもって育成しなければならない。

 担当契約をしてしまった以上、(シービー)が起こした事件の後始末は飼い主(トレーナー)である華織の義務だ。

 だから、この一件については解決に至らなくとも、最低限の対応をする必要がある。

 理不尽な重荷を背負わされた華織は、反抗を諦めて用務室の奥に鎮座するソファを指差した。

 

「スカウト云々は置いといて、話だけならしてやるよ。座れ、マルゼン」

「はーい」

 

 物腰柔らかく返事をしたマルゼンが、上品にソファへと腰かけ――何食わぬ顔でそれに続こうとしたシービーには待ったをかけた。

 

「シービーはそこに立って反省してろ」

 

 下された沙汰にシービーが異を唱えた。

 

「横暴だ」

「横暴じゃない、当然だ」

 

 シービーを黙らせた華織は姿勢を正し、マルゼンと対話する構えを取った。

 運命の人がなんだか知らないが、さっさと煙に巻いてお帰り願うとしよう。

 

「こっちはズルして色々知ってるワケだし、先手は譲る。私の皆無に等しい実績でも、テキトーな育成方針でも、なんでも質問してくれていいよ」

 

 好きにかかってこい、と軽く腕を開いた華織に、マルゼンは静かに口を開いた。

 

「なら、一つだけ」

 

 そして膝の上に置いた手をわずかに握りながら、よく通る声で要求を告げた。

 

「華織ちゃんは、あたしの“楽しい”を大切にしてくれる?」

 

 その言葉の表面をなぞるだけでは真意を読み取れないと判断した華織は、隠された本質を解明することにした。

 カッコつけて運命と嘯いている“ウマ娘”の情報を使ってカンニングすれば、推理の真似事くらいはできる。

 

 “楽しい”と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、マルゼンが走る理由だった。

 すなわち、楽しいから走る、という純粋な気持ちのことだ。

 最もシンプルで最も大切なその感情は、捻くれた華織の目にすら美しく映る。

 

 しかし、それこそがマルゼンをスカウトする上での最大の壁だ。

 楽しいから走っている“だけ”のマルゼンは、トレーナーたちがウマ娘を育成する上で目標として掲げる、賞や勝利を求めていない。

 だから、三冠を獲得してほしい、G1の最多勝利を目指してほしい、といったような結果を期待するスカウトをしてもマルゼンの心を揺らすことはできない。

 それどころか、スタンスが違う自分では向けられた期待に応えられない、と考えたマルゼンが身を引いてしまう。

 

 それを踏まえると“楽しいを大切に”という言葉は、結果は重視せずに楽しく走らせてほしい、という意味に聞こえるが――おそらくその解釈では十全に捉えられていない。

 なぜなら、結果を二の次にして楽しく走らせてくれるトレーナーもトレセン学園にはいるからだ。それにも関わらずスカウトが“全て”袖にされているのはおかしい。

 

 状況からして他に隠れている要素があるのは明らかだが、導き出すには材料が足りない。

 さらなる情報を引き出すべく、華織はマルゼンへ探りを入れた。

 

「楽しく走らせてくれるトレーナーを探せばよかったんじゃないのか。少ないかもしれないけど、そういう酔狂なヤツもお前をスカウトしてきた中にはいたろ」

「いたけど……“レースを走る”ならそれだけじゃダメでしょう?」

 

 その言葉から、マルゼンにレースへの意欲が微かにあることを感じ取った華織は、話をオチまで読み終えた。

 なるほど、トレーナーが見つからないワケだ。

 

 先日、シービーと少しだけ話したが、スーパーカーはいずれ走行不能になる。

 マルゼンが誰に促されるでもなく、自らの意思でレースから遠ざかる選択をしてしまうからだ。

 

 トレセン学園の狭き門を通り、トゥインクル・シリーズを走ろうとするウマ娘たちには、想いや目的といった、大なり小なりのレースへと込める熱がある。

 しかし、楽しいから走っているだけのマルゼンにはそれがない。つまり、レースへの向き合い方が他のウマ娘とは違う。

 その隔たりを目の当たりにすると、マルゼンは周囲のウマ娘との温度差に耐えられなくなり、ターフを去っていく。

 

 どういう経緯で思い至ったのかは不明だが、目の前にいるマルゼンは自分がそういう未来を辿るかもしれないと気がついている。

 わざわざ“レースを走る”という部分を強調して話したのがその証拠だ。この先のレースを何事もなく走り抜く自信があるのなら、そんな言い方はしない。

 独力でその可能性に辿り着いたのか、それともどこかのウマ娘が口を滑らせたのかはわからないが、真っ当な自己分析ができていることに感心した華織は、マルゼンを褒めた。

 

「意外と考えてるじゃないか、暢気なツラしてるのに」

「……本当に一言多い人なのね。シービーちゃんが言ってた通りだわ」

 

 マルゼンから残念なモノを見るような視線を向けられたが、華織は涼しく受け流した。

 生憎とこれが性分だ。いまさら変えられない。

 皮肉に笑った華織は組んでいた脚の上下を入れ替えると、マルゼンが欲しがっているモノを明らかにした。

 

「要するに……レースを走れるように理由(イイワケ)を外付けしてほしいんだろ?」

 

 理由がなければレースを走れない。でも、自分の中には理由なんてない。

 陥ったそのジレンマから逃れるために、マルゼンはレースを走る理由(イイワケ)を“与えてくれる”トレーナーを探し求めた。

 自分の中に無いなら、誰かに外から持ってきてもらえばいい――とても簡単な理論だ。

 正解なのかどうかを視線だけで尋ねた華織に、マルゼンはしれっと言ってのけた。

 

「色々と考えてみたけど、やっぱりあたしは楽しく走ることしかできないわ。だからいっそ、理由は誰かに任せちゃおうと思ったの。ウマ娘とトレーナーの関係には、そういう形だってあるでしょう?」

 

 それがとんでもなく欲張りな発想であることを、マルゼンはちゃんと自覚しているだろうか。

 優しくツッコミを入れてやるべきか悩んだが――そこまで世話する義理もないと判断した華織は、答え合わせを優先した。

 

「それじゃ、一番大事な部分に話を戻そう」

 

 マルゼンが最初に場に出した質問(カード)を、華織は再び場へと引っ張り出した。

 

「今の話を踏まえて振り返ると、お前が最初にした質問の真意がわかる」

 

 ――あたしの“楽しい”を大切にしてくれる?

 その言葉を解き明かした華織は、マルゼンをスカウトするうえで最も重要な要素を暴いた。

 

「アレは、走るのが楽しいって気持ちを欠片も損ねるな、ってコトだ」

 

 マルゼンが大切にしているのは、走るのが楽しいという気持ちだ。ソレが損なわれるのなら、どれほど立派な理由を与えられても意味がない。

 つまりマルゼンをスカウトするために必要なのは、“楽しい”の尊重と、レースを走るに足る理由の両立だ。

 どっちか諦めればいいのに、どうしても両方欲しいらしい。こんなの欲張りと評する他ない。

 採点を求めた華織に、マルゼンは「合格よ」と親指と人差し指で丸を作ってみせた。

 

「シービーちゃんのトレーナーは伊達じゃないわね」

 

 これでようやく全てが明らかになったワケだが――こんなことをしても、無謀な挑戦であることが浮き彫りになるだけだ。

 スーパーカーの完成された“楽しい(デザイン)”に余分な理由(パーツ)を足しても、性能を損ねるに決まっている。とてもではないが、常人に可能なカスタムではない。

 かぐや姫(マルゼン)が課したとびきりの試練に、華織は呆れるしかなかった。

 

「お前、自分が無茶なコト言ってる自覚あるか?」

「ええ、もちろん。でも、シービーちゃんに大切な言葉を贈った人がいるのなら、あたしに大切な理由をくれる人もいるかもしれないじゃない。夢を見てもいいって教えてくれたのは、あなたたちよ」

 

 夢に期待し微笑むマルゼンから華織は目を逸らし、どうしたものかと腕を組んだ。

 話のオチが読めた辺りで閃いてしまったのだが、非常に困ったことに、試練を突破せずにマルゼンを走らせる裏技がある。

 

 “ウマ娘”の情報を悪用している華織は、マルゼンのバックボーンを勝手に覗くことができる。

 そして、これまでの推理が正解だったことを踏まえて判断すると、少なくともマルゼンの情報に関しては現実との乖離が少なく確度が高い。

 それはつまり、勝負の最中に手札が公開されているに等しいワケで――使い方次第ではマルゼンを丸め込む“イカサマ”が通るかもしれない。

 だが、心情的にソレはやりたくないし、やったところで実利があるわけでもない。

 

 伸るか反るかを天秤にかけると、秤は容易く後者へと傾いた。

 申し訳ないが、破談だ。

 華織は組んでいた脚を解くと、お見合いを打ち切るべくデスクチェアから腰を浮かせようとして――

 

「一杯どう?」

 

 ――横からコーヒーの入ったマグカップを差し出したシービーに動きを封じられた。

 邪な企みが透けて見えるような、狙い澄ましたタイミングだった。

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