VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS 魔法

 トレセン学園にあるトレーニングコースのターフの上に、ミスターシービーは荒く息を吐きながら倒れていた。

 新たに仲間になったマルゼンスキーも、座り込んだまま動けなくなっている。

 この死屍累々の惨状を作り出した悪魔である華織が、併設されたベンチに悠々と腰掛けたまま、ストップウォッチを片手に呟いた。

 

「おかしいな、あと3周くらいは平気なハズなのに」

 

 どうしてこんなコトになったんだろう。

 己が犯した過ちを、シービーは顧みた。

 

 

 

 先日行われた、シービーによる会心の策――つまり、華織による食材(マルゼン)への火入れ。

 それが鮮やかに完了したことで、シービーは舞い上がっていた。

 

 どうせ華織なら上手くやるだろうと思って、あまり深く考えずにマルゼンのことを放り投げてみたが、大正解だった。

 お得意の“悪い手口”で華織が編み出した“ミスターシービーVSマルゼンスキー”というメニューは、下拵えの様子だけで垂涎するくらい魅惑的だ。

 

 これからもこの調子で、ガンガン攻めていこう。

 難しいことは、華織が文句を言いつつもなんとかしてくれる。

 シービーが立てた計画は、まるで三女神に導かれるように躍進した。

 

 しかし、その強すぎる成功体験がシービーに勇み足を踏ませた。

 迂闊にも華織を試してしまったのだ。

 

 前々から、シービーは一つ重大な懸念を抱いていた。

 それは、トゥインクル・シリーズに歩みを進めるにあたって、華織のトレーナーとしての腕が未知数であるということだ。

 

 最低限の知識があるのは間違いない。シミュレーターを作ったところを見るに、データ分野に関しては秀でていると言っていいだろう。

 だが、本格的なトレーニングをするとなれば話は別だ。厳しい話だが、机上で全て解決できるワケではない。

 

 そこで、シービーは華織の腕を試すべく、実際にトレーニングを受けてみることにした。

 結果次第では、計画の見直しをしなければならない。

 

 幸いなことに、マルゼンが仲間に加わったことで、華織の皆無だったモチベーションは幾分かマシになっていた。

 おかげで、本気でトレーニングをつけてほしい、というシービーの要求はすんなりと通った。

 

 そしてその数日後――つまり本日。シービーは己の軽挙を後悔することになった。

 試すなどという舐めた態度で挑んではならなかったことを、身をもって思い知ったからだ。

 

 

 

 華織がシービーたちに課したトレーニングは単純だった。

 ――私が許すまで足を止めるな。それさえ守れるのなら好きに走れ。流してもいいし、やれるなら全力を出したっていい。お前たちの自由だ。

 

 最初にそれを聞いた時、シービーの脳内には“楽勝”の二文字が踊っていた。

 今日の天気は晴れ、バ場は良。

 最高の環境だ。いつまでだって走っていられる。

 

 その自信があったのに、いざ蓋を開けて走り始めると、たちまちシービーは根を上げた。

 好きに走る――たった“それだけ”で、体力が綺麗に削り取られてしまった。

 

 気持ちのいい速度で流しただけだ。調子に乗って全力を出したワケじゃない。

 それなのに、一歩ごとに脚が鉛のように重くなっていく。

 いつものシービーたちなら、こんな無様なことにはならない。華織がなにか仕掛けていることは明白だった。

 

 仰向けになったシービーは、乱れた呼吸で胸を大きく上下させながら青い空を見上げた。

 

「も、もうムリ……」

 

 自分たちの体になにが起こっているのか、シービーにはまるで見当がつかななかった。

 わかっているのは一つ。華織の攻撃(トレーニング)に屈したという事実だけだ。

 手の平の上で見事に転がされたシービーは、悔しさを堪えながら白旗を上げた。

 

「きゅーけー……きゅーけーさせて……」

 

 考える素振りを見せた華織は「まぁいいか」とストップウォッチを置いた。

 

「少しだけだよ」

 

 しばしの休息を得たシービーはゆっくりと体を起こし、這うようにベンチへと向かった。

 そして自分のドリンクボトルを手に取ると、その中身を喉に流し込んだ。

 火照った体にスポーツドリンクが染み渡り、少しだけ体に活力が戻ったような心地がする。

 

「マルゼンもこっち来い」

 

 ベンチから立ち上がった華織は、ペタンと座り込んで動けなくなっているマルゼンの腕を軽く掴んだ。

 するとマルゼンはあっさりと立ち上がり、華織に誘導されるまま、しっかりとした足取りで歩き始めた。

 

「ほら、座れ」

 

 そして華織が手を離した途端、まるで糸が切れたマリオネットのように力を失ってベンチの上に崩れ落ちた。

 どうやら自力で歩いていたワケではなく、いつもの“魔法”で華織が操っていたらしい。

 

 相変わらず不思議な技だ。どういう理屈なんだろうか。

 シービーが興味深く観察していると、汗で髪を頬に貼り付けたマルゼンが、儚い声音で華織に“お願い”をした。

 

「華織ちゃん、お水ちょうだい」

「……仕方ないな」

 

 華織はドリンクボトルを手に取ると、蓋を外し、甲斐甲斐しくマルゼンの世話を始めた。

 それを見たシービーは、おそらく無意識であろうマルゼンの立ち回りの巧妙さに舌を巻いた。

 弱っているところを見せれば華織が甘えさせてくれると、ちゃんと理解しているようだ。

 

 ああいう方向性でのアピールは、シービーには無理だ。なにか企んでいるんじゃないかと一蹴されるに決まっている。

 どうしてここまで差がついてしまったのだろうか。なにも悪いことはしていないハズなのに。

 

「休憩ついでにテーピングの確認するよ」

 

 淡々とした手つきで、華織はマルゼンのジャージを捲り上げた。

 すると、マルゼンの柔肌に重ねられたテーピングが露わになった。

 

 トレーニングが始まる前に、珍しく真剣な様子で華織が施していたものだ。

 シービーの体にも、お揃いのモノがある。

 

 いつものマルゼンなら、このタイミングでエッチなスケッチが云々と黄色い声を上げたかもしれないが、今は冗談を言う気力すらないらしい。

 際どい部位に触れられても、その手にされるがままだ。

 

 しばらくすると、無抵抗のマルゼンを弄んでいた華織が悩ましげに顎へと手をやった。

 

「思ったよりも体力が削れてるみたいだし、ついでにウェイトも追加しようかな」

 

 シービーとマルゼンはテーピングと一緒に巻く形で、体の各部へウェイトを取り付けられていた。

 それは一つあたり500グラム程度の、ウマ娘からすればあってないような代物に過ぎないが――

 

「華織ちゃん、お願いだから待って。そこは普通、減らす流れでしょう? 担当ウマ娘にはもっと愛をこめて、ね?」

 

 ――たった一つ追加されるだけなのに、マルゼンは大げさなほど慌てて慈悲を乞うた。

 しかし、華織はそれに全く耳を貸さず、鞄から取り出したウェイトを、マルゼンの足首へ無慈悲に巻き付けていく。

 

「これが私からの愛だよ。たっぷり受け取れ」

 

 マルゼンはせめてもの抗議とばかりに、華織のことを恨めしそうに見つめていたが――やがて諦めて肩を落とした。

 

「ねぇ、華織ちゃん。コレって本当に普通のウェイトなの? 変な仕掛けがあったりしない?」

「あるワケないだろ、そんなもの。近所にあるスポーツ用品店で買ってきた、なんの変哲もない人間用のウェイトだよ」

 

 淀みのない口調でしれっと華織は答えたが――絶対になにか隠している。

 なぜならあのウェイトは、走っている最中、呪われたように“重くなる”からだ。

 

 加速、減速、コーナーリング。あらゆる動作に反応して、正体不明の負荷が全身に襲い掛かる。

 おかげで、好きに走っていただけなのに、立ち上がれなくなるまで疲弊するハメになった。

 

 そんな怪しさ満点の代物なのだが、困ったことに仕掛けが見当たらない。

 何度か調べてみたが、見れば見るほど一般的な市販品だ。

 

 どこかで推理のボタンをかけ違えているような気がする。

 こういうときは立ち止まり、見方を変えて考え直したほうがいい。

 

 例えば――あくまで仮定だが、ウェイトにはなんの仕掛けもないとしよう。

 そうなると、他に呪いの原因があるということになる。

 ウェイト以外で原因として疑わしいモノといえば、消去法でテーピングしかないが――

 

「おい、シービー」

 

 ボーっと思考に耽っていたシービーは、華織に呼ばれハッと顔を上げた。

 するといつの間にか目の前にいた華織が、シービーの腕を掴んだ。

 

「座れ、調整するから」

「え゛っ、アタシも?」

 

 思わず声を濁らせたシービーを、華織は“魔法”を使ってベンチに押し付けた。

 

「お前は……太ももだな」

 

 あっという間に、シービーの脚へと呪われたウェイトが装着された。

 それを何度か指先でなぞった華織は「こんなもんか」と一人で納得したあと、シービーの手を引いて立ち上がらせた。

 

「背筋を伸ばせ」

 

 命令され、反射的に直立したシービーを華織はしげしげと見つめ、やがて満足したように頷いた。

 

「よし、2人とも、このままもう3周行ってこい」

 

 まだイジメるのか。愛バにかける優しさはないのか。

 そんな非難を込めた視線を、シービーとマルゼンは華織へと突き刺した。

 しかし、当然ながら華織にそんなモノは通用しなかった。

 

「“コレ”は疲れてる時のほうが効くんだよ。ほら、さっさと行け」

 

 華織に背中を押されたシービーとマルゼンは、渋々スタート位置に立った。

 

「いちについて、よーい、スタート」

 

 そして、気の抜けた華織の合図で、ヘトヘトのままターフを踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

 予想よりもハードなトレーニングの日々が続き、しばらく経ったころ。

 朝礼前の教室で、シービーはマルゼンと顔を突き合わせていた。

 

「おかしいよね」

 

 シービーの問いかけに、マルゼンが「ええ」と同意した。

 

「おかしいわ」

 

 やはりマルゼンも同じ違和感を持っているらしい。

 腕を組んだシービーは疑問を口にした。

 

「なんでアタシたち、アレだけ無茶なトレーニングをしたのに、どこもケガしてないんだろう」

 

 あんな負荷の高い走り込みを連日続けさせられれば、普通はどこかにダメージが残る。

 そのハズなのに、トレーニング中も、その後も、スタミナが切れて動けなくなることはあっても、体に不調が出て動けなくなることは一度もなかった。

 つまりそれは、華織がシービーたちのケアをしっかりと行っている証左だ。

 

 問題なのは、ケアされた覚えがシービーたちに全くないことだった。

 それにも関わらず、体が正常に動作し続けている。

 

 答えを知ろうにも、今回のトレーニングに関して華織はなにも教えてくれなかった。

 いわく、“イカサマに意識が向くと変な癖がついて効率が悪い。土台ができるまでは知らないほうがいい”らしい。

 

 とはいえ、気になるモノは気になる。どうにかしてあの魔女の口を割らせられないか。

 最終手段である“裁判”をシービーが検討し始めたところで、マルゼンが頬に手を当てながら言った。

 

「あたしね、あのテーピングに“イカサマ”があるんじゃないかと思うの」

 

 全く同じことをシービーも考えたことがあった。

 ウェイトに不自然な点が見当たらないのなら、疑いを向けるべきなのはテーピングだろう。

 

 しかし、使っているのはたかがテープだ。

 道具を侮るつもりはないが――果たして、それだけでウマ娘の体のケアを完結させられるのだろうか。

 

 あーでもないこーでもないと、シービーとマルゼンが議論を続けていると、そこへ一人のウマ娘がやってきた。

 

「談論風発しているところ申し訳ないが、少し構わないかな」

 

 クラスメイトのシンボリルドルフだった。

 

「君たちが契約したトレーナーというのは、美繰華織女史のことなのだろうか?」

 

 思いがけないウマ娘から華織のフルネームが出たことに、シービーとマルゼンは顔を見合わせた。

 そして、そのままアイコンタクトで示し合わせ、シービーが代表として尋ねた。

 

「そうだけど……ルドルフ、華織のこと知ってるの?」

 

 すると、ルドルフは理解しがたいことを口にした。

 

「ああ、知っているよ。前理事長の肝いりでトレーナーに推薦された才媛だろう?」

 

 ――“あの”華織が、才媛?

 シービーとマルゼンから同時に「えっ」と間の抜けた声が漏れた。




しばらく日常回を続けつつ、設定の掘り下げをします。
トゥインクル・シリーズを書き始めるのは、もう少し後になりそうです。
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