VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS 魔法 2

 ――美繰華織は、前理事長からトレーナーに推薦された才媛である。

 ミスターシービーにはそれが、とてもではないが信じられなかった。

 

 やる気がなくて、口が悪くて、いつも手を抜いてばかりいる――ダメなお姉さん。

 シービーにとって、華織はそういう女だ。

 おそらく、マルゼンスキーも同じように答えるだろう。

 

 確かに、心の底には熱があるし、大切な言葉をくれるし、ここ一番では決めてみせることもある。

 しかし、華織が本気を出すのは、ウマ娘のラストスパートのように短い時間だけだ。

 基本的に怠け者である華織に、シンボリルドルフが才媛と評するような振る舞いができるワケがない。

 

 だから、シービーはルドルフの言葉をリップサービスの類であると判断した。

 

「“あの”華織が才媛? 冗談でしょ?」

 

 渇いた笑みを浮かべたシービーに、ルドルフは怪訝そうに首をかしげた。

 

「なにも冗談ではないが」

 

 おかしなことに、ルドルフの言葉には嘘の気配が全くない。

 まさか――本当に?

 

 自分が夢の中にいるのではないかと疑ったシービーは、隣にいるマルゼンスキーに頬を差し出した。

 

「ねぇ、マルゼン。アタシのほっぺた、引っ張ってくれるかな」

「……思いっきりいくわよ」

 

 マルゼンがシービーの頬に指を伸ばし、ぐにっと摘んだ。

 そして力が込められた瞬間――シービーは現実を実感した。

 

痛い(いひゃい)

 

 夢ではなかった。どうやら、世間は華織のことを才媛として持て囃しているらしい。

 自分の知らない華織の一面を伝え聞いて、シービーは理由のわからない衝撃を受けた。

 

「……実は華織って、優秀な人だったりする?」

 

 思わず漏れたシービーの呟きを、ルドルフが拾った。

 

「育成手腕はわからないが、行っていた研究は間違いなく一流だ。トレセンに推薦されるキッカケとなった論文は、ウマ娘運動学に一石を投じたと言える。かくいう私も、その論文で美繰女史のことを知ったのだが……アレは破天荒解だった」

 

 研究なんて初耳だ。詮索したことはなかったが、いったい華織はどういう経歴の持ち主なのだろうか。

 ちょうどいい機会だし、もう少しだけ詳しく聞いてみよう。

 今まで知る機会のなかった華織の姿を覗くべく、シービーはルドルフに尋ねた。

 

「それってさ、どんな研究なの?」

 

 すると、返ってきたのは情報の洪水だった。

 

「ウマ娘の重心と身体可動域を制御することにより負荷の分散を目的とした安全性の高い新しい形の運動を――」

 

 そこまで一息に語ったルドルフは、呆気にとられるシービーのことをチラリと伺い――軽く咳払いをしてから言い方を変えた。

 

「ウマ娘の動きを特殊な方法で操って、走りを補助する研究だ。トレーニング効率が上がり、体へのダメージをケアできるらしい」

 

 過分な“配慮”をルドルフから受けたことに思う所はあったが――それは忘れることにして。

 ウマ娘を操る、トレーニング効率、ダメージケア。

 身に覚えのあるワードの数々に、シービーは勢いよく食いついた。

 

「もうちょっと詳しく教えてくれないかな。その特殊な方法って、具体的にどうやるのかわかる?」

 

 ルドルフは「私も全て理解できているワケではないが」と前置いてから、スラスラとその詳細を語った。

 

「テーピングなどの道具を用いて、体の重心を望む方向へ誘導する、と論文には書かれていた。理論上は同様のことが手技でも可能らしいが……直接指導を受けているのなら、その辺りは君たちのほうが詳しいのでは?」

 

 ビンゴだ。シービーはパチンと指を鳴らした。

 やっと尻尾を掴んだ。

 

「アタシたち、テーピングで好き放題されてたんだ」

 

 すると、マルゼンも納得した様子で「なるほど」と胸の前で手を叩いた。

 

「重心がおかしかったから、軽いウェイトでも不自然に負荷が高く感じられたのね」

 

 ほんのわずかに重心を狂わせ、ウマ娘の走りを意のままに操る。

 ソレこそが、華織が使っている“イカサマ”だ。

 

 “意識が向くと変な癖がつく”という華織の言葉にも頷ける。

 おそらくだが、重心ばかりを意識すると、望まない方向にフォームが崩れてしまうのだろう。

 

 目から鱗の情報だった。シービーたちの独力では、決して正解にはたどり着けなかったに違いない。

 シービーはルドルフに感謝した。

 

「ありがとう、ルドルフ。助かったよ」

「事情はよくわからないが、君たちの役に立てたのならなによりだ」

 

 笑みを浮かべたルドルフは「それで」と話を変えた。

 

「朝礼まで間もない。水を差すようで申し訳ないが、そろそろ私の用件にも入ってかまわないかな」

 

 しまった。自分たちでばかり盛り上がって、頭からすっかり抜け落ちていた。

 よくよく思い返すと、最初に用があって話しかけてきたのはルドルフのほうだった。

 

「ごめん、忘れてた。聞くのが遅くなっちゃったけど、なんの用だった?」

 

 謝罪して用件を尋ねたシービーへ、ルドルフは真っ直ぐに言った。

 

「美繰女史に、素晴らしい論文だった、と伝えてほしいんだ」

「……それだけ? 他にはなにも伝えなくていいの?」

 

 確認したシービーに、ルドルフは頷いた。

 

「ああ、いいんだ。“あの走り”に飾った言葉を贈るのは画蛇添足だからね」

 

 そのタイミングで、話を切り上げるように予鈴が鳴った。

 

「時間だな。私は自分の席へ戻るよ」

 

 ルドルフは「失礼する」と断りを入れ、シービーたちから離れていった。

 どうやら、華織の論文はルドルフの琴線に触れたらしい。

 

 少し興味が湧いた。華織に色々と聞いてみよう。

 きっと、美繰華織という人間を知る一助となるだろう。

 

 ただ、今は後回しだ。もっと優先しなければならないことがある。

 それは、華織へのささやかな仕返しだ。

 

 実はさきほど、トレーニングの謎と一緒にもうひとつ重大な事実が暴かれた。

 シービーたちを操り、押さえつけ、投げ飛ばしてきた技――“魔法”の正体だ。

 

 手技でもテーピングと同様のことが可能なのだとルドルフは言っていた。

 つまり魔法は、重心を誘導する技術と流れが同じである可能性が非常に高い。

 

 そして、魔法の理屈がおおよそわかったことで、シービーはその攻略法をなんとなく直感していた。

 まだ確証はないが、通用する可能性は充分にある。

 

 ただ、それは不意打ちに限った話だ。

 シービーたちが仕掛けを知ったと華織に露呈すれば、警戒されて対策を打たれてしまうだろう。

 だから、研究について聞くのは事が終わった後だ。

 

 これまでの雪辱を果たすべく、シービーが脳内で作戦会議していると、隣にいたマルゼンが呆れた様子でため息を吐いた。

 

「あなた、悪い顔してるわよ。ロクでもないこと考えてるでしょう」

 

 おっといけない。顔に出ていたらしい。

 ムニムニと頬を揉んで表情を正すシービーを、マルゼンが問いつめた。

 

「なに企んでるの?」

 

 まぁ、隠すことでもない。

 シービーは己が胸に抱いた壮大な野望を明かした。

 

「平たく言えば下剋上かな」

 

 やっぱりロクでもないことだった、と言わんばかりに、マルゼンはジトっとした視線をシービーへ向けた。

 どうやら、理解は得られなかったらしい。

 

 まぁ、当然の反応ではあった。

 マルゼンはシービーと比べると華織に甘やかされていて、仕返しするような動機が特にない。

 

 だが、シービーは例え孤独であろうとも戦い抜く所存だった。

 

「“善”は急げっていうし、手札がバレる前に華織と勝負してくるね」

 

 早速行動を起こすべく、シービーはその場で準備体操を始めた。

 頭の中はもう、華織をどう調理するかで一杯だ。

 

 こうなったシービーは、もう止まらない。

 それをよく知っているマルゼンは「仕方ないわね」と苦笑した。

 

「ノートはとっておいてあげるわ」

「流石はマルゼンだ。話が早くて助かるよ」

 

 頼もしい援護を受けたシービーは、教室の窓から決戦の地へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 それからシービーは校内を爆走し、半ば華織のトレーナー室と化している用務室へ満を持して足を踏み入れた。

 すると、デスクで書類仕事をしていた華織が、ゆったりとした動作でシービーに顔を向けた。

 

「今日は朝からサボりか。いいご身分だな」

 

 いつもの皮肉に、シービーはニッコリと笑顔を返した。

 

「無性にキミに会いたくなったんだ」

 

 手の内が晒されていると知る由もない華織は、当然ながらシービーを警戒していなかった。

 作戦を実行に移すのであれば、今しかない。

 獲物が無防備であることに心の中で舌なめずりをしたシービーは、用務室に鎮座するソファの前を指差した。

 

「ねぇ、華織。ちょっとあそこに立ってくれる?」

「……なんだよ急に」

 

 あからさまに怪しむ華織の腕を引いて、「まぁまぁ」と宥めながらソファの前に連れていく。

 そして目標地点に到着するや否や、華織の両肩にそっと手を置いて「えいっ」と押し倒した。

 

「おい、なにすんだ」

 

 ソファに倒れ込んだ華織は、非難の声を上げながらシービーを投げ飛ばそうとした。

 しかし、そうはさせない。ちゃんと対策は用意してある。

 

 押し倒した勢いそのままに、シービーはぎゅっと華織へと抱き着き、体を密着させて体重をかけた。

 すると華織は小さく体を震わせ、それ以上は動かなくなった。

 

 やった、成功した。

 シービーは腕の中にある戦利品の、砂糖のように甘い勝利の香りに酔いしれた。

 

「……お前、どこでこんな小賢しいマネ覚えてきた?」

 

 動きを封じられた華織が、忌々しいとばかりに声を低くした。

 下剋上を果たしたシービーは「あはっ」と不敵に笑った。

 

「キミの研究のコト、ちょっとだけ聞いたんだ。アタシたちの重心を操って投げてたんでしょ」

 

 それさえわかってしまえば話は簡単だ。操作する余地のないように、抱きついて体を固定してしまえばいい。

 華奢な華織の身体能力は成人女性の平均――もしくはそれよりも低く、本来ならばウマ娘を持ち上げられるだけの力はない。

 つまり、華織を拘束するのなら、力任せに押さえつけるのではなく、体重を乗せて押し潰したほうが効果的なのだ。

 シービーが勝利を確信していると、華織はソファのクッションの反発を使って体を小さく左右へ揺らし始めた。

 

「それがわかったところで、どうこうできるほど私は甘くないんだよ――っと!」

 

 一際大きく体を揺らした華織は、腰の辺りをグッと跳ね上げた。

 すると、あれほど強く密着すべく細心の注意を払っていたにも関わらず、ふたりの体の間にわずかな隙間が生まれた。

 そして、シービーが微かな浮遊感を感じた次の瞬間、あっという間にふたりの上下は逆転していた。

 

「残念だったね。手札は1枚じゃないんだ。なにせこっちは、コレでメシ食ってるんだから」

 

 勝ち誇ったような余裕の表情をした華織は、そう言ってシービーの上から退くと、ゴロリと横に転がってソファへと深く身を沈みこませた。

 しかし、華織のソレがただの虚勢であることをシービーは見抜いていた。

 

 本当は、喉元まで牙が迫ったことに動揺しているハズだ。

 その証拠に、華織の声は微かに上擦っている。

 専門家としての長年の勘から判断するに、追い詰めるまであと一歩、といったところだろう。

 

 善戦と評して差し支えない結果だった。初回の成果としては充分だ。

 確かな手ごたえを感じてシービーが達成感に浸っていると、その様子を見つめていた華織が不機嫌そうに眉をひそめた。

 

「やり遂げたみたいな顔してるけど……まさか私を押し倒すためだけに、わざわざ朝っぱらからココまで来たのか?」

「うん」

 

 シービーが即答すると、華織は頭痛を堪えるようにコメカミへ手をやった。

 

「さっさと帰れ」

 

 やることはやったし――まぁいいか。特に逆らう理由もない。

 言いつけに従うことにしたシービーは、ソファから立ち上がった。

 

「わかった、帰るよ。でも、その前に飲み物もらうね。喉渇いちゃってさ」

 

 そう言って軽い足取りで冷蔵庫へと向かったシービーは、扉を開けて中を物色した。

 すると、ポケットの部分に牛乳瓶が何本か立てられているのを発見した。

 

 プレーン牛乳。コーヒー牛乳。フルーツ牛乳。一通りの種類が揃えられている。

 シービーはその中からコーヒー牛乳をチョイスして手に取ると、掲げて華織に見せた。

 

「これ、飲んでいい?」

「1本だけならいいよ」

 

 華織からの許しを得て、シービーは早速、紙蓋を開けて瓶を呷った。

 すると、濃厚で溶けるような口当たりのミルクと、コクのある香ばしいコーヒーが口内に優しく広がった。

 

 一口飲んだだけで名品だとわかる。

 牛乳はぐいっと一気飲みして喉越しを楽しむのもオツだが、これはゆっくり腰を据えて味わわなければもったいない。

 方針を転換し、サボりを延長することにしたシービーは、ソファに力なく座ったままの華織へ絡むべく話題を振った。

 

「そういえば、キミって前の理事長から推薦されてトレーナーになったんだよね?」

 

 顔を上げた華織が、いぶかしそうにシービーを見た。

 

「さっきから研究やら推薦やら……どこでそんな話を仕入れてきたんだ」

「どこって……ルドルフから」

 

 その名をシービーが出した途端、石のように華織の表情が固まった。

 

「ルドルフって……シンボリルドルフのことか?」

「そうだよ」

 

 シービーが肯定すると、華織は顔を手で覆った。

 

「なんで天下の“皇帝”サマが私のこと知ってるんだ」

 

 初めて耳にする二つ名が飛び出した。

 どうやら、華織の知る運命において、ルドルフは皇帝と称されているらしい。

 なんとも威厳があって、ルドルフらしい名だ――というのはさておき。

 

 あからさまにテンションが下がった華織の疑問に、シービーは答えた。

 

「キミが書いた論文で知ったって――」

 

 そして、言い切る前に用件を一つ忘れていたことに気がつき「あっ」と声を上げた。

 

「そういえば、ルドルフからキミ宛ての伝言を預かってたんだった。“素晴らしい論文だった”ってさ」

「……あの落書きが素晴らしい? 意外と見る目がないな、皇帝サマは」

 

 拍子抜けした様子で、華織はくだらなさそうに言い捨てた。

 その態度を見るに、華織とルドルフの間には論文への認識に大きな温度差があるらしい。

 

「凄い論文だったんじゃないの? 推薦のキッカケになったんでしょ?」

 

 シービーの問いかけを、華織は「いや」と否定した。

 

「論文そのものは毒にも薬にもならない代物だよ。表向きはどうか知らないけど、実際は推薦のキッカケにもなってない」

 

 華織はそこで「ただ」と言葉を区切った。

 

「それの基になった“お遊び”があって、そっちが本命というか、なんというか……どこから話したモンかな」

 

 一拍ほど考える間を置いたあと、華織は少し複雑そうな表情で語り始めた。

 

「お前と契約してすぐのころ、ケガしたウマ娘の話したろ。アイツ、脚に後遺症が残ってるんだよ」

「……重いの?」

 

 シービーが慎重に言葉をかけると、華織は微かに目を伏せた。

 

「歩くのにも苦労してる」

 

 しかし、声に暗さはなかった。

 きっと、すでに心の中で決着がついた出来事なのだろう。

 昔を懐かしむような眼差しを、華織は遠いところへ向けた。

 

「ウマ娘について勉強してたころ、アイツの脚をイカサマでコントロールする遊びをして、ターフを少しだけ走らせたんだ。タイムは見れたモンじゃなかったけど、形にはなってた」

「形にできちゃうんだ」

 

 簡単そうに言っているが、並大抵のことではない。遊びという括りに入れていいモノなのか。

 驚いたシービーが目を丸くしていると、その顔が面白かったのか、華織は少しだけ口元を緩めた。

 

「本当にガワだけだったけどな」

 

 それから一つ呼吸を入れて、華織は話を続けた。

 

「経緯はわからないけど、それが最近になって前の理事長とURAのお偉いさんの目に留まったらしくてさ。トレセンでトレーナーやらないかって誘われたんだ」

 

 なるほど、前にトレーナー試験の話をした際に言っていたのはコレのことか。

 

「それが“上手いことやった”ってコトだったんだ」

 

 シービーが納得すると、華織は「そうだよ」と軽く笑って、話を締めくくりに入った。

 

「そのあと、推薦のわかりやすい大義名分を形として残すために、遊びの内容を面白おかしく脚色して書いたのがあの論文だ。要するにオマケなんだよ。例えるなら食玩についてくる菓子みたいな――いや、あっちはアレが本体だったか……?」

 

 急にどうでもいいことで悩み始めた華織は置いておいて。

 今まではずっと、トレーナーになるために悪事でも働いたのかと思っていたが、相応しい功績をしっかりと上げていたようだ。

 

 本人から直接話を聞いて、華織が優秀な人物だという事実を、ようやく心の底から信じられるようになった気がする。

 想像していたよりもずっとマトモだった華織を、シービーは“素直に褒めた”。

 

「キミって、やればデキる人だったんだね。よかったよ、ただのロクデナシじゃなくて」

 

 露骨に顔をしかめた華織が、気配を逆立たせた。

 

「ケンカ売ってるのか?」

「そんなことないけど……アタシ、変なこと言った?」

 

 予想とは違う反応にシービーは困惑した。

 いつもなら、余計な一言で照れ隠しをする流れだ。

 

 なにかマズいことがあっただろうか、と思考を巡らせ――すぐに原因に思い至って呆れてしまった。

 どうやら、褒め言葉すら真っすぐに受け取れないほど、華織の性根は捻じ曲がっているらしい。

 

 おおかた、なにか裏があるのではないか、と邪推でもしているのだろう。

 失礼な話だ。華織じゃあるまいし、シービーにそんなものがあるワケがないのに。

 

 相変わらず難儀な人だな、と肩をすくめるシービーのことを、華織は不機嫌そうに睨んでいたが――途中でハッと表情を変えて、愕然とした様子で「もしかして私の影響か?」と声を掠れさせた。

 

「……まぁ、いい。私は仕事してるから、それ飲んだら帰りなよ」

 

 バツが悪そうに視線を逸らした華織は、逃げるようにソファから立ち上がると、棚からお徳用のチョコレートやクッキーを一掴みして、デスクの上に置いた。

 そしてデスクチェアへ座り、黙々と書類を作り始めた。

 

 放置されて手持ち無沙汰になったシービーは瓶を口へと傾けながら、娯楽を探すべく華織の手元にあった書類を覗き込んだ。

 それには、シービーとマルゼン、そして華織の名前が記されていた。

 

「これなに?」

 

 しげしげと書類を見つめるシービーに、華織は作業の手を止めて答えた。

 

「新しくチームを立ち上げるための申請書。担当が増えて2人になったんだから必要だろ」

 

 ずいぶんと楽しそうなものを書いているじゃないか。

 ピンと耳を立てたシービーは、声を弾ませた。

 

「チーム名はもう決めた?」

 

 静かにペンを構えた華織は、書類の空欄へ流れるように名前を記し、よく通る声でソレを音に変えた。

 

「“ラサラス”だ」

「……ラサラス」

 

 シービーはその響きを繰り返すと、華織の肩にそっと触れた。

 

「どんな意味があるの?」

 

 華織は気恥ずかしそうに笑った。

 

「ナイショだよ」




しし座の4等星

誤字報告ありがとうございます。
本当に助かっています。
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