VSミスターシービー&愉快なウマ娘たち   作:花壇の土

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VS キャンディ

 ある日のトレーニングの最中。

 マルゼンスキーは、ミスターシービーがトレーニングコースの反対側を走っている隙を狙って華織に尋ねた。

 

「ねぇ、華織ちゃん。今更だけど、本当にいいの? あたしとシービーちゃんを一緒にダービーで走らせて」

「どういう意味だよ」

 

 真意を測ろうとする華織に、マルゼンは疑問を投げかけた。

 

「シービーちゃんに三冠ウマ娘になってほしいんでしょう? だったら、あたしには別のレースを走らせたほうがいいんじゃない?」

 

 驕りではなく、客観的に見てマルゼンはシービーに比肩するウマ娘だ。

 クラシック三冠達成を阻止してしまう可能性があることくらい、わかっているだろう。

 

 大切な舞台に送り込むなんて、避けるべき悪手に決まっている。

 夢と称するほどに強い思い入れがあるのなら尚更だ。

 

 予想外の問いだったのか、華織はわずかに目を見張ると無言になった。

 そしてしばらくしてから、ゆっくりと語り始めた。

 

「確かにアイツは私の夢だ。ターフの演出家(ミスターシービー)を超えて、三冠の先に飛翔する姿を見てみたい。でも……」

「でも?」

 

 マルゼンが先を促すと、華織は恥ずかしそうに心の内をさらした。

 

「もう一つ“夢”ができたんだよ」

 

 消え入りそうな一言だったが、想いが伝わるには充分だった。

 まるで恋に落ちるようにマルゼンの胸が高鳴った。

 

「あたし、本気になっちゃうわよ?」

 

 熱くなる頬に手を当てたマルゼンを、華織の切れ長の目が止めとばかりに射抜いた。

 

「好きにしろ。お前は心の赴くままに楽しめばいい。私はそれが見たいんだ」

 

 アイドリング状態だったマルゼンのエンジンが勢いよく回り始めた。

 心のどこかにあった後ろめたさが、あっという間に消えていく。

 

「ダービー、全力でかっ飛ばすわ。最高に楽しいレースを見せてあげる」

 

 アクセルを踏み込んだマルゼンへ、華織は小さく笑ってみせた。

 

「期待してるよ、スーパーカー」

 

 喜びという名の燃料で胸の中が満タンになる。

 地平の向こう側まで永遠に走り続けられそうな気分だ。

 

 甘くときめく感情にマルゼンが浸っていると、残りの半周を走り終えたシービーが帰ってきた。

 

「アタシのこと放っておいて、楽しそうになに話してたの?」

 

 それからマルゼンの顔を見て「あれ?」と首を傾げた。

 

「いいことでもあった?」

「ええ、とびっきりね」

 

 ウインクを返したマルゼンは、シービーに宣戦布告した。

 

「あたし、レースだけじゃなくて華織ちゃんの1番も狙うコトにしたの。だから勝負よ」

 

 シービーが「へぇ」と好戦的に目を細めた。

 

「いいね、そうこなくっちゃ。そっちのほうが絶対に面白い」

 

 マルゼンはライバルとの間にバチバチと火花を散らした。

 ぶつかった闘志が生み出すヒリついた空気が心地いい。

 

 エンジンの調子は最高だ。自分たちならアクセル全開でどこまでもかっ飛ばせる。

 きっと全てが上手くいく――その時のマルゼンは、そう信じて疑っていなかった。

 

 しかし、それから数日が経ったころ。

 好事魔多し、という言葉をマルゼンは思い知らされることになった。

 

 

 

 マルゼンは自宅マンションで“流行りの(トレンディ)”ドラマを視聴していた。

 一見すると軽薄な主人公と美しいウマ娘のヒロインが、大人の恋をする物語だ。

 

 シーンはクライマックス。ネオンきらめく夜の街をさまようヒロインへ、ヘッドライトを眩く照らすトラックが迫る。

 最悪の運命が訪れようとしたその瞬間、颯爽と現れた主人公がヒロインを助け出した。

 

 ――君は死なせない!

 主人公が熱く響かせた愛の告白を、ヒロインは涙と共に受け入れた。

 

 二人が見つめ合う中、ムーディーな主題歌が流れ始める。

 瞳を揺らす二人の距離は少しずつ近づいていき、やがて一つに――

 

 感動でちょちょぎれる涙をマルゼンがハンカチで拭っていると、机の上に置いてあったスマホに着信があった。

 ディスプレイに表示された電話番号はトレセン学園のものだ。

 

 ドラマを一時停止したマルゼンは、スマホを操作して電話に応答した。

 すると、スピーカーから緊迫した声が鳴り響いた。

 

「もしもし、マルゼンさん! 聞こえていますか!?」

 

 それが誰なのかは、電話越しでもすぐわかった。

 

「あら、たづなさん? どうしたの、休みの日に」

 

 相手が親しい間柄の相手であったことに、マルゼンの口調は自然と砕けたが――たづなの声は硬かった。

 

「いいですか、落ち着いて聞いてください」

 

 一拍置いて、たづなが慎重に告げた。

 

「美繰トレーナーが事故に遭われました」

 

 

 

 それから30分も経たないうちに、マルゼンは華織が救急搬送されたという病院へ駆けつけていた。

 飛び込んだ正面玄関から一直線に受付へと向かい、華織の所在を職員に尋ねる。

 

「あの、華織ちゃ――美繰華織さんはどこですか!?」

 

 息を切らしながらやって来たマルゼンに、職員は面を食らった様子で応じた。

 

「……ご家族の方でしょうか?」

「ええ! 担当ウマ娘(パートナー)よ!」

 

 即答したマルゼンに、職員は通路の奥を手で指し示した。

 

「あちらの処置室で治療を受けていらっしゃいますよ」

 

 マルゼンは反射的に駆け出そうとしたが――それよりも先に処置室の扉が開いた。

 中から現れたのは、レザージャケットを羽織った飴色の髪の女。

 その姿を視界に捉えたマルゼンは、ここが病院であることなど忘れて声を上げた。

 

「華織ちゃん!」

「……マルゼン?」

 

 いつもと変わらない華織の声を聞いた途端、マルゼンの体から一気に力が抜けていった。

 

「よかったぁ、無事だったのね」

 

 ヘナヘナとその場でマルゼンが座り込むと、速足でやってきた華織が首を傾げた。

 

「なんでこんなトコに居るんだ」

「たづなさんから華織ちゃんが事故に遭ったって連絡があったのよ」

 

 マルゼンが答えると、余計なことをしてくれたな、とばかりに華織が眉をひそめた。

 

「……まぁいい。ここで騒ぐと迷惑だから、ちょっと場所を変えるよ」

 

 華織はマルゼンの腕を左手で掴み“魔法”で立ち上がらせると、待合室のソファまで運んだ。

 大人しく身を任せたマルゼンはソファに腰かけると、隣で脚を組んだ華織の肩へ壊れ物を扱うように慎重に触れた。

 

「華織ちゃん、ケガは?」

「少し手首を捻ったけど、それだけ」

 

 そう言いながら華織が掲げた右手には、サポーターが巻かれていた。

 

「大丈夫?」

 

 心配するマルゼンに、華織は軽く手を振ってみせた。

 

「ああ、大丈夫だよ。半月くらいで完治するらしいし、大したことない」

 

 不幸中の幸いと言うべきか、酷いコトにはならなかったようだ。

 ホッと胸を撫でおろしつつ、マルゼンは尋ねた。

 

「なにがあったの?」

 

 すると、華織はわずかに視線を逸らした。

 

「信号が故障したらしくてさ、交差点にトラックが突っ込んできてね。避けたのはいいけど、その後にヘマして転んで……このザマだ」

 

 その表情を訝しみ、マルゼンは問い詰めた。

 

「それで、本当は?」

「……なにがだよ」

 

 とぼける華織にマルゼンはミスを指摘した。

 

「隠し事があるときの顔してるわよ。事故のとき、なにかあったんでしょう」

 

 確信を持って言い切ると、華織は流石に誤魔化せないと悟ったらしく、渋々といった様子で白状した。

 

「ボーっと突っ立ってるウマ娘がいたから……気紛れに手が出た」

 

 どうやら、逃げ遅れたウマ娘を助けてケガをしたらしい。

 素直ではない優しい真相に、マルゼンは頬を緩めた。

 

「頑張ったわね。素敵よ、華織ちゃん」

 

 マルゼンは「でも」と続けた。

 

「無茶をしたのはいただけないわ。あたし、怖かったのよ?」

 

 怒っていますというアピールをしながら、マルゼンは華織の肩へ寄りかかった。

 そして、華織の左手に小指を絡めた。

 

「こんな思い、もうさせないって約束して」

 

 すると、微かな返答が指先から伝わってきた。

 それに満足したマルゼンは笑みを浮かべ、ゆっくりと華織から身を離した。

 

「それにしても……ウマ娘をトラックから助けるなんて、流行りのドラマの主人公みたい。そこに愛の告白があれば完璧だったかもしれないわ」

 

 先刻見ていたドラマと今回の出来事をマルゼンが重ねていると、華織が懐かしそうに目を細めた。

 

「“大昔”の月9ドラマにそんな話があったな。ウチの母親がそういうの好きで、録画したやつを一緒に視てた」

 

 それは、マルゼンにとって耳を疑う言葉だった。

 

「おおむかし?」

 

 思わず聞き返したマルゼンに、華織はなにかを察した様子で生温い視線を向けた。

 

「アレ、30年くらい前の作品だよ。今の子にはネタすら通じないんじゃないか?」

「――え?」

 

 マルゼンの喉から弱々しい声が漏れた。

 あのドラマが――ナウなヤングにバカウケしていない?

 

「ウソでしょう?」

 

 震えるマルゼンの肩に華織が優しく手を置いた。

 

「大丈夫。私も最近の流行には疎いからさ、仲間だよ」

 

 なんの慰めにもなっていなかったが、それでもマルゼンの心は軽くなった。

 しかし、華織は直後に梯子を外した。

 

「まぁ……お前ほど骨董品みたいなセンスしてないけどね」

 

 いつものごとく一言多い。

 そこは黙ったまま慰めてくれればよかったのに。

 

 帰りすがりにサ店でティラミスをヤケ食いしよう。

 マルゼンが心の中で悲しく誓った――その時だった。

 

「華織はどこ!?」

 

 病院の正面玄関からウマ娘が転がり込んできた。

 アレは――シービーだ。

 おそらく、マルゼンと同じ連絡を受けたのだろう。

 

 ここまで無茶なルートを通ってきたらしく、靴だけではなく顔にまで泥がついている。

 華織が事故に遭ったと聞いて、よほど焦ったに違いない。

 

「こっちよ、シービーちゃん」

 

 大きく手を振ったマルゼンに、シービーは勢いよく視線を向けた。

 そして、隣に座っている華織のことを認識するや否や安堵の花を咲かせた。

 

 駆け寄ってきたシービーが華織へ飛びつき、自分の胸元に押し付けるように抱きしめた。

 苦しそうに呻きを上げた華織の腕が、助けを求めるように宙をさまよう。

 そんな日常(いつも)のじゃれあいを、マルゼンは温かい気持ちで見守った。

 

 

 

 これにて一件落着――とはいかなかった。

 騒動があった翌日、トレーニングの時間になって異変が明るみになったからだ。

 ベンチに座るマルゼンの前で、いつものテーピングを施すべく屈んだ華織が難しい顔をした。

 

「困ったな」

 

 様子がおかしいことに気づいたマルゼンは、華織にそっと声をかけた。

 

「どうしたの?」

「……手首が動かしづらくてね。テーピングが難しい」

 

 華織はサポーターの巻かれた右手で握っては開いてを繰り返した。

 痛みを我慢しているらしく、ほんの僅かに表情を強張らせている。

 

 このチーム(ラサラス)で行われるトレーニングの大半は、華織の“魔法(イカサマ)”ありきで組み立てられている。

 それはつまり、魔法が使えなければ本格的なトレーニングができない、というコトだった。

 

 右手を動かそうと試行錯誤する華織を、マルゼンはやんわりと止めた。

 

「無理しないで。ケガが治るまでは、別のトレーニングにしましょう?」

「……いや、ダメだ」

 

 気を落ち着かせるためなのか、華織は深く呼吸をした。

 

「もう少しで、お前らに仕掛けたイカサマが“本物”になる。トレーニングを変えるワケにはいかない」

「本物ってどういうこと?」

 

 マルゼンが問いかけると、華織は珍しく手の内を明かした。

 

「テーピングを外しても同じ走りができるようになるってコトだよ」

 

 華織が無理を押し通そうとする理由がわかった。

 それはつまり、マルゼンたちがケガをし辛くなるという意味だからだ。

 

 しかし、そうだったとしても華織を止めなければならない。

 マルゼンの望みは、華織と一緒に“楽しく”走ることだ。苦しみの上に成り立っていては意味がない。

 

 とはいえ、華織は無駄に意地っ張りだ。

 まともに説得しても聞き入れてはくれないだろう。

 

 あまり使いたい方法ではないが――こうなったら仕方がない。

 今は非常時だと判断し、マルゼンは奥の手を出した。

 

「あたし、華織ちゃんが痛い思いをするなら走らないわ。だってそんなの“楽しくない”もの」

 

 微笑んだマルゼンは「だから」と続けた。

 

「今は休みましょう?」

 

 当たり前だが効果は抜群だった。

 

「ズルいね。殺し文句だ」

 

 苦笑した華織は静かに右手を下ろした。

 そして、おもむろに立ち上がるとポケットからスマホを取り出した。

 

「気は進まないけど、最終手段を使うよ」

「なにするつもり?」

 

 企みの気配を感じ取ったマルゼンが問いかけると、華織はイタズラな笑みを返した。

 

「代わりの“手”を用意する。ついでに“脚”もだ」

 

 スマホを操作した華織は、どこかへ電話をかけた。

 すると、数コールもしないうちに通話が繋がり、華織はすぐさま「もしもし」と話し始めた。

 

「久しぶり――――ああ、そうだ。察しの通り頼みがあってね――――実はちょっとケガして――――そんなに叫ばなくても私は平気だよ。お前に心配されるほどヤワじゃない」

 

 スピーカーモードではないため会話内容はわからないが、相手は親しい間柄らしく華織の口調は柔らかい。

 

「そういうワケで手が足りないから、トレセン学園に“キャンディ”送ってくれ。できるだけ早いほうがいい――――大丈夫、上手くやってる。お前もほどほどにやれよ。じゃあな」

 

 通話を切った華織は「これでよし」と呟きスマホをポケットへしまった。

 

「キャンディって……飴のこと?」

 

 マルゼンの疑問を「いや」と否定した華織は、懐かしそうに目を細めた。

 

「ちょっとしたオモチャだよ」

 

 

 

 その翌日の放課後、マルゼンとシービーが揃って用務室に入ると、華織のデスクの隣に見慣れない大きな箱が鎮座していた。

 興味津々に尻尾を振ったシービーが、それに駆け寄った。

 

「なんだろ、コレ」

 

 サイズ的には大型冷蔵庫ほどだろうか。

 心当たりがあったマルゼンは「あっ」と声を上げた。

 

「……もしかして、華織ちゃんが言ってたオモチャってコレのことかしら」

「オモチャ? それにしては大仰に見えるけど……」

 

 解せないとばかりに首を傾げたシービーが、指先で箱のつるりとした表面を撫でた。

 すると、かすかな駆動音とともにゆっくりと箱が開き始める。

 驚いて飛び退くシービーをマルゼンは咎めた。

 

「勝手に触っちゃダメじゃない」

「いや、まさか動くなんて思わなくて――」

 

 シービーの言い訳は最後まで続かなかった。

 開いた箱の中にあったモノに目を奪われたらしい。

 

「マルゼン、これ見て」

 

 指を差したシービーに促され、マルゼンは箱の中を覗き込む。

 そこには、成人女性ほどの背丈がある1体の人形が立っていた。

 

 白を基調としたボディに、飴色のアクセント。

 頭につけられた2本の大きな――まるでウマ娘のような耳。

 そしてなによりも、見知った面影がある。

 無機質な人形の切れ長の目に、マルゼンは釘付けになった。

 

「……雰囲気が華織ちゃんソックリね、この子」

 

 人形の姿はまるで、“華織がウマ娘になったら”というIf(もしも)を体現したようだった。

 マルゼンはシービーと一緒に、黙ったまま夢中で人形を見つめた。

 

 しばらくして、静寂を切り裂くように用務室の扉が開いた。

 部屋の主である華織の帰還だ。

 

「なんだ、開けたのか」

 

 人形に視線をやった華織に、シービーが慌てて謝った。

 

「ごめん、触ったら開いちゃった」

 

 皮肉の一つでも飛んでくるかと思ったが、華織の態度はアッサリしたものだった。

 

「いいよ、別に。簡単に開けられるように設定してあったし、見られて困るモンじゃない」

 

 億劫そうな足取りで箱の前にやって来た華織は、人形の真っ白な顎を指先で軽く持ち上げた。

 

「お前、ずいぶんと悪趣味なデザインにされたね。昔はあんなに機能的だったのに」

 

 不機嫌な声音で人形へ語りかける華織に、マルゼンは尋ねた。

 

「ねぇ、華織ちゃん。この子、ただの人形じゃないわよね。いったいなんなの?」

 

 華織は視線を人形に固定したまま静かに答えた。

 

「コイツはST-2 Type-CD。通称“キャンディ”」

 

 そして、切り札を見せるように悪い笑みを浮かべた。

 

「――メカウマ娘だ」




主人公の掘り下げは一旦終わりです。
しばらくはこの手札で戦おうと思います。

学年関係の時空は曖昧にして、だいたいのウマ娘が在籍している前提で書いていきます。
世代が離れていて当分はレースに出ないウマ娘も加わるかもしれません。
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