翌朝、ルイズの目覚めは寝つきと違って最悪だった。
「起きろ」
ウルキオラに頭を掴まれ、持ち上げられて目が覚めた。
「えっ、えっ。な、な、何?」
寝ぼけたルイズをウルキオラは床に落とした。
「痛っ! 朝から何すんのよ!」
「言われた通り起こしただけだ」
「それにしたって起こし方ってもんがあるでしょ!」
「いちいち騒ぐな。さっさと支度しろ」
「あ、服着せ……」
ルイズが言い終わる前にウルキオラは部屋を出て行った。
「あーもう! なんなのよあいつ」
言葉を交わすことは出来ても思考を読むことは出来ない上、感覚共有も出来ない。あの時、ウルキオラの記憶が見ることが出来たのは彼の能力によるものだ。彼が自分の使い魔としての証は左手の甲に現れたルーンぐらいだろう。
自分は本当にあれを使い魔にすることができているのだろうか?
そんな疑問が彼女に生まれた。
食堂に向かう途中、ウルキオラの目には空を飛び、建物に向かう人間の姿があった。
霊子を固めて足場にしているわけではないようだが、それならばどうやって空を飛んでいるのか。
その方法も疑問だったが、もう一つ疑問に思ったウルキオラはそれを口にする。
「お前は飛ばないのか?」
「……飛べるなら飛んでいるわ」
ルイズが唇をかみしめて言った。
劣等感でも抱いているのだろうかとウルキオラは考え、下らん、と呟いた。
それを耳にしたルイズは激昂した。
「下らん? じゃあ、あんたには出来るわけ!」
ウルキオラは何も言わず、霊子を操る要領で大気中の霊子のようなものを固め、それを踏みつけた。
周りから見れば空中を歩いているように見えるだろう。
戦闘はもちろん黒腔と呼ばれる虚圏へ続く道を通るための必須技術だ。
そして、この足場の本領は他の者も作った足場を使えることにある。
「なにこれ? 浮いてるの? でも普通に歩いてるし」
ウルキオラが作った道をルイズもおっかなびっくり歩く。
地に足がついているような感覚はあるものの、自分で行っているわけではないのでどうにも落ち着かない。
なにより飛んでいる気がしない。
「も、もういいから下ろして」
するとルイズの足もとに作られた見えない足場が崩れる。当然、落ちる。
「えっ? きゃあぁ――――――」
たいした高さではないものの、ルイズは悲鳴を上げながら恰好悪く地面に激突した。
あまりの仕打ちに、怒りに震えるルイズは叫んだ。
「あんたごはん抜き!」
「そもそもいらん」
何事もなかったように着地したウルキオラは見向きもせずに言う。
ルイズは生意気な、と思いながらもウルキオラの視線の先に誰かがいるのが分かった。
燃えるような紅い髪と瞳を持つ女。
ルイズの仇敵、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーだった。
「おはよう。ルイズ」
「……おはよう。キュルケ」
キュルケは笑顔だがルイズはあからさまに嫌そうな顔をしている。
「朝から随分面白そうなことをしてたわね。初めて空を飛んだ感想は?」
「ふん、別にいいもんじゃないわね。歩いた方がましよ」
「確かにあれだけ華麗に落ちればそうでしょうね」
ルイズから一方的に険悪な空気が作られるがキュルケはそれを楽しんでいるようだった。
そんな二人をよそにウルキオラはキュルケが連れてきた火トカゲ、サラマンダーことフレイムに目を向けていた。
互いに無言だが、見つめ合う両者にはなにか通じ合うものがあるのかもしれない。
「うるさいわね。飛べたんだからいいでしょ」
「でもあれって彼の力でしょ?」
「使い魔の力は自分の力って言うわ」
「それ、自分で言ってて悲しくならない?」
その言葉にルイズは歯を食いしばりながら俯いてしまう。やりすぎたか、とキュルケは思った。
ルイズは言い返せないまま歩き出す。
「ほら! あんたもこいつの使い魔なんかといつまでも見つめ合ってないで、行くわよ!」
声をかけられたウルキオラはフレイムから視線を外してルイズの後を追った。
そんなウルキオラを名残惜しそうにフレイムの眼が追いかける。
「やっぱりあの男が気になるのフレイム? 後、そっちの二人も。いえ、一人と一匹かしら?」
ルイズ達が立ち去り、残されたキュルケが言うと、一人の青い髪の少女と一匹の風竜が姿を現した。
「あらタバサ? あなたが本を持たないなんて珍しいわね?」
「……あれは、危険。この子も言ってる」
今の言葉から察するにタバサは自分がルイズ達と一緒にいるのを見て身構えていたのだろう。とキュルケは考えた。
「確かに凄い使い魔っていうのは分かるけど、そこまで気にしない方がいいんじゃない?」
「なぜ?」
「勘」
「……」
「っていうのは冗談で、下手に身構えるよりは普通に接した方が危険が少ないってこと」
「……」
キュルケの言葉にタバサは素直に賛同することは出来なかった。
「まっ、めんどくさい話はこれくらいにして私たちも行きましょう。食事が冷めるわ」
その言葉にはタバサもすぐに頷いた。
朝の食事が終わり、午前の授業。
教壇を中心にして広がる半円状のホールに並ぶ机の光景は大学の講義室を髣髴とさせた。
ルイズとウルキオラが教室に入ると周囲の視線が二人に向けられる。
普段なら隠そうともしない嘲笑が聞こえてくるのだが、ルイズの後ろに佇むウルキオラのせいか皆口をつぐみ、教室が静まり返ったような印象を与えた。
そのことに少しだけ気を良くするルイズだが、キュルケにウインクされ、すぐさま不機嫌そうにそっぽを向いた。
キュルケのサラマンダーを始め、窓からのぞく竜やその他の幻獣達にウルキオラは少しだけ眉をひそめる。
「……随分とふざけた世界にきたものだ」
「あたしからすればあんたのいた世界のほうがふざけてると思うけど」
「そうかもな」
ルイズが一番後ろの列に座り、ウルキオラは立ったまま壁にもたれかかる。
そして、中年の女性が教室に入り、教壇に立った。
「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
シュブルーズは微笑を浮かべながら周囲を見渡し、ウルキオラと目線が合うとその笑みが若干引きつる。
彼女達、教員はオスマンから直々にディティクト・マジック等の探知・解析魔法を含め、ウルキオラが敵意を感じる可能性のある魔法の使用を禁じられていた。
言われた時は理解し難かったその理由を彼女はすぐさま理解した。
わざわざ魔法など使わなくとも対峙すれば分かる。あれは異常だ。
おそらくこの学院の教員でそれが分からない人間はいないだろう。生徒達のほとんどもなにかしら気付いているようだ。
「ごほんっ! えー、では皆さん。授業を始めます」
わざとらしく誤魔化すような咳払いをした後、シュブルーズは授業を開始した。
ハルキゲニアの世界の魔法には魔法使いであるメイジが用いる四系統魔法と口語魔法。伝説の虚無。精霊や魔獣・エルフが用いる先住魔法の四種が存在する。
今回の授業の内容は、四系統魔法の中でもシュブルーズが贔屓とする土属性、その中でも錬金術でお馴染みの『錬金』だった。
錬金とはある物質を別の物質に変えること。ちなみに等価交換の原則はない。
そして、他の魔法にもいえることだが、錬金でなにより大事なのはイメージである。
など、異世界の授業は今のウルキオラにとって、多少は興味深い話だった。
そんな大人しく授業を聞いているらしいウルキオラを見て、最初はビビりまくっていたシュブルーズもいつもより静かで、思いの他やり易い授業だと思うようになる。
それが事件の始まりだった。
「それでは実際に錬金を試みてもらいましょう」
そう告げられた後、幾人かの生徒が指名されて錬金を行った。
結果、成功した者も、失敗してなにも変わらなかった者もいたが、過半数の生徒が成功していた。
「最後にミス・ヴァリエール!」
「えっ? はい!」
指名されたルイズが慌てて立ち上がると、教室が騒然となった。
「先生、彼女に魔法を使わせるのは危険です」
キュルケが慌てて言及するとその言葉に一同揃って頷く。
「なぜですか?」
「彼女のことを知らないんですか?」
「勿論知っています。あれは大事件でしたからね」
「ならなぜ?」
「あれほどの使い魔を召喚することに成功した今の彼女ならば、きっと上手くいく。私はそう思います」
その言葉にキュルケは言葉を失う。
「どうですか? ミス・ヴァリエール?」
「……やります。やらせてください!」
そうだ。自分は彼の召喚に成功したのだ。きっと上手くいく。そして、皆を見返してみせる。
ルイズはそう自分に言い聞かせ、奮い立たせて強く返事を返した。
「いい返事です。大丈夫、きっと成功します」
ルイズが教壇に近づき、ゆっくりと杖を掲げる。
「ミス・ヴァリエール。この石を何に変えるか。強く思い浮かべるのです」
いつになく真剣な面持ちでルイズが頷く。周りの生徒も万が一に備えて身構える。
そんな光景をたいして興味もなさそうに眺めていたウルキオラだったが、ルイズが呪文を唱えようとした瞬間、その表情が変わる。
彼の脳裏に浮かんだのは大虚以上に許された破壊の閃光、虚閃。それを放つ際の光の収束だった。
ルイズが呪文を唱え始めると杖の先にある石に力の流れが集まる。
それはまるでこれ以上膨らまない風船に空気を送っているかのような印象を与えた。
「……まずいな」
そう呟いたウルキオラは一瞬で教壇の前に移動する。
虚特有の、瞬歩、飛廉脚に並ぶ高速移動術である響転である。
周囲のものから見れば瞬間移動のように見えるであろうその動きに全員が唖然とする。
ウルキオラは今にも解放されそうな力が集められた石を右手で掴み、自らの霊圧で覆い固める。
瞬間、収束されていた力が爆発となって解放された。
その威力にウルキオラは目を見開いた。
周囲に被害はなかったものの、あらゆる攻撃をものともしない彼の手が焼かれ、傷ついていた。
まるで虚閃などを受け止めた時のように。
全員が放心状態の中、最初に声を上げたのはルイズだった。
「ちょっと! その手!」
ルイズの目には焼け爛れ煙を上げるウルキオラの掌が映っていた。
「この程度すぐに治る」
ウルキオラの手は目に見えるほどの速さで修復され、瞬く間に元通りになった。
しかし、ルイズはそのウルキオラの腕を掴んだ。
「ミセス・シュブルーズ、念のため使い魔の治癒を頼んできます」
「気にするな」
「いいから! 来なさい!」
ルイズはウルキオラの言葉をかき消すように言い放つ。
そして、何処か表情に暗い影を落としたルイズは強引にウルキオラの腕を引いて、教室を後にした。
二人は魔法学院の本塔の後ろにある広場に来ていた。
塔の影の中にある広場には二人以外の姿はない。
「なんであんなことしたの?」
ウルキオラに背を向けたままルイズは問いかけた。
「お前を守る盾となるのが俺の役目なのだろう」
ウルキオラは言った。機械のように冷たい言葉だった。
「……それだけ?」
「それだけだ」
「そう。わかった」
感情を必死に押し殺しているような声だった。
ルイズの背は小さく震えていた。
「あんたは凄いわよね。なんでも出来るし」
「なんでも出来るわけではない」
「でもわたしからすればなんでもよ。なにも、出来ないわたしからすれば、ね」
「何が言いたい?」
「教室を出る時、聞こえたわ。あんたがいて良かったとか。主人と違って使い魔は優秀だとか」
「だからなんだ?」
「あんたもあたしのことをばかにしてるんじゃないの!」
ルイズは振り向いて言い放った。その眼には薄らと涙が浮かんでいた。
「言いたいことはそれだけか?」
ウルキオラは顔色一つ変えずに言うと、ルイズは力なく肩を落とした。
「ごめん。わたし、助けてもらったのに」
「気にするな」
優しい言葉に対し、口調と態度はくだらんとでも言っているようだった。
そのギャップがおかしくて、ルイズは少し笑った。
「あーあ、先生の期待にも答えられなかったな。あんたを呼ぶことには成功したけど、結局ゼロのルイズのままね」
「ゼロのルイズ?」
「わたしに対する悪口よ。魔法成功率ゼロだからゼロのルイズ。ホント笑え、ないわ」
「俺を呼ぶことには成功しただろ。あれはお前の力ではないのか?」
その言葉はまるでルイズを弁護しているのかのように聞こえるが、ウルキオラにルイズを弁護するなどという気持ちはなく、疑問を口にしただけである。
「たしかにあれは私の魔法によるものだけど。今考えればたまたまだったのかもね」
「ならばさっきの爆発は?」
「わたしが魔法に失敗するといつもああなるのよ」
「ほかの人間が失敗してもああなるのか?」
「ならないわ。爆発するのはわたしだけ」
「なら、あれがお前の力ではないのか?」
「ばかにしてるの?」
「いやむしろ興味深い」
「それ、やっぱりばかにしてるでしょ」
ウルキオラは呆れたように息を吐くと、軽く腕を上げる。
するとその腕から衝撃波のようなものが生み出され、広場の茂みを吹き飛ばし、建物に激突すると、大きな亀裂が入った。
虚弾と呼ばれる霊圧を固めて放つ技だ。虚閃ほどの威力はないが、虚閃よりも速く、ためが短いため連発が可能という特徴がある。
「ちょっと! 何してるのよ!」
「今のと同じだけの威力がさっきの爆発にはあった」
「そんなことがあるわけ……」
「でなければ俺の手に傷を付けることなど出来ん」
「ほんと、なの?」
「嘘をつくことに意味があるのか?」
嘘を吐いて自分を慰める。ウルキオラはそんなことをしないとルイズには分かっていた。
「お前の力には俺達に近いものを感じた。お前が俺を呼び出せたのもそれが理由かもしれん」
「でも、わたしは人間よ」
「俺は俺に似た力を使う人間を一人知っている」
ウルキオラの脳裏に自分を倒した男の技が浮かぶ。人間というよりは虚よりの死神といえたが、それでも彼から見れば人間だった。
「お前も先ほどの力をコントロール出来るようになれば、そいつのように強くなれるかもな」
力をコントロールする?
ルイズの頭に疑問が浮かんだ。ただそれは閃きに近いものだった。
失敗だと思っていたあの爆発をコントロールすることが出来たなら、たしかにそれは魔法の一つだろう。
むしろ、爆発という性質上、基本元素を固めて撃つだけのファイアボルトなどよりも数段難しい。
「俺が見たところお前の持つ霊力、いやこの世界では精神力だったか。ともかくその力はお前が一番高い。
お前が強すぎる自分の力を扱い切れていないからあのように暴発するのではないか?
一度自分の力を見直してみろ。そして、力と心を磨け。人間はそうやって強くなるのだろう?」
ウルキオラの言葉には憐みも優しさも、なんの感情も籠っていない。ただ起こった事象から推察した考えと述べただけだ。
しかし、だからこそルイズは素直にその言葉を信じ、受け止めることが出来た。
「……ありがとう」
顔を背けながらも彼女は礼の言葉を口にした。
「驚いたな。礼を口にすることが出来たのか」
言い終わった瞬間、ルイズの拳がウルキオラに飛んだ。
しかし、殴ったルイズの方が涙目で手を抑える羽目になる。
ウルキオラの言う通り、彼の身体は硬かった。
なんだかんだ二人がいい感じになっている。
そんな雰囲気をぶち壊すように突如として巨大な岩のゴーレムが出現した。
ゴーレムは巨腕を振り上げ、ウルキオラが亀裂を入れた建物を破壊しようとする。
「なによあれ!」
「賊だろうな」
「なんでそんな余裕なのよ」
自分と違って全く余裕を崩さないウルキオラを見てルイズが言うと同時に上空から一つの影が舞い降りる。
それは風竜であるシルフィードとその背に乗ったタバサとキュルケだった。
「あなた達、一体何があったの!」
「わたしだって知らないわよ! っていうか何であんたがここにいるのよ!」
「中々戻って来ないから心配してきたってのにつれないわねえ。まっ面白いものが見れたから良かったけどね」
「なっ! い、いつから見てたの?」
キュルケの言葉にルイズは顔を真っ赤にして狼狽する。
「『なんであんなことしたの?』からよ」
「最初からじゃない!」
轟音が響く中でも口論を繰り広げる二人にさすがのウルキオラも呆れ顔になる。
「お前達も随分余裕があるな」
その言葉にタバサも黙って頷いた。
「そうよ。あのゴーレムをなんとかしないと。あんたならあれくらい楽に倒せない?」
「術者を殺してもいいならば一瞬で終わる」
「それはダメ」
「なら逃げろ。お前達では相手にならん。……俺には俺の相手がいるようだしな」
ウルキオラはゴーレムと真逆の方向に目を向けた。
その視線の先にあるのは学院を取り囲む城壁の上に立つ存在。
右あごを象った仮面の名残、水浅葱色の髪にウルキオラと同じ色合いのショートジャケットを着たガラの悪そうな男。
破壊を司る第六十刃グリムジョー・ジャガージャックの姿だった。
ウルキオラの言葉を聞いたルイズ達もグリムジョーの姿を確認し、ウルキオラに似た姿を見て即座にその危険性を理解する。
ただ、それでもまだ彼女達の認識は甘いと言わざるを得なかった。
自分に視線が集まったことを確認したグリムジョーはルイズ達に掌底を向け、挨拶代りとばかりに虚閃を放つ。
視界を埋め尽くすほどの紅い閃光。
破壊のみを求め、迫りくる虚閃にウルキオラも指先から虚閃を放ち、相殺する。
紅と碧、二つの光が混ざり合い、激しい暴風が吹き荒れ、砂塵が舞い上がる。
視界が晴れる前にウルキオラの姿が消え、視界が晴れた時には鍔迫り合いをする二体の破面の姿があった。
「よォ、久しぶりだな。ウルキオラ」
「なぜお前がここにいる? グリムジョー」
「さあな」
グリムジョーは空いた腕を横薙ぎに振るう。
「……そうか」
グリムジョーの腕を同じく空いた腕で受け止めたウルキオラは鍔迫り合いをしたまま刀の柄から人差し指だけを離し、グリムジョーへ向けた。すると、その指先に強烈な光が収束していく。
それに合わせるように受け止められていたグリムジョーの腕の掌底にも光が収束し、ウルキオラへと向けられる。
虚閃が放たれたのはほぼ同時。
互いにその一撃を紙一重で躱し、響転によって一瞬で距離をとる。そして次の瞬間には再び刀と虚閃、虚弾を交えた応酬が始まる。
ルイズ達は空中で繰り広げられる異次元の戦いに眼を奪われていた。
しかし、ゴーレムが建物とぶつかり合う音で我に返る。
ウルキオラはゴーレムの術者がいると言っていた。
もし彼が戦っている男がその術者またはその仲間の場合、自分達があのゴーレムに対処しなければならない。
一番行動が早かったのはとある境遇から実戦経験の豊富なタバサだった。
キュルケとルイズを乗せてシルフィードが舞い上がり、ゴーレムに氷の槍を撃ち放つ。遅れて我に返ったキュルケもそれを援護するように炎の弾丸をゴーレムにぶつけた。
それらの攻撃はゴーレムの皮膚を削るが、土人形という特性上すぐに元通りになってしまう。
全く歯が立たない。タバサとキュルケがそう思った矢先、ゴーレムの肩が爆発して肩の半分が崩れ落ちる。
その爆発に二人は見覚えがある。ルイズの失敗魔法だ。ただその規模と威力は授業のときとは比べ物にならない。
その時、ルイズは今までにないほど集中していた。
それは先のウルキオラと交わした言葉のせいかもしれないし、彼とグリムジョーの戦いを目にしたからかもしれない。
思い描くのはウルキオラとグリムジョーが虚閃を放つ際に見せる光の収束。
杖を向ける先、爆発させる箇所に力を集める。
そして、呪文を言い終えると同時に解き放つ。
再生中のゴーレムの肩に再び爆発が起こり、今度は腕ごと崩れ落ちる。
「……凄い」
「ええ。私達今までよく無事だったわね」
タバサも頷く。今のが教室という空間で起きていたらと思うと寒気しか感じない。
ただ、彼女達が感傷に浸っている余裕はなかった。
ルイズの魔法を危険と判断したのかゴーレムは建物への攻撃を止め、残った腕で崩れ落ちた腕を持ち、振りかぶった。
それを確認したタバサがシルフィードに回避命令を送る。
「ウオオオオオオォォォォォォ――――――!」
突如として獣のような咆哮が響き、それを耳にしたシルフィードの動きが止まる。
結果、ゴレームが投擲した岩の腕は容易にシルフィードを捉えた。
「(う、動けないのね。まずいのね)」
そんなシルフィードの意志を読み取ったタバサが咄嗟にエアハンマーで空気の塊をぶつけて攻撃を逸らそうとする。
しかし、巨大な腕を完全に逸らすことは出来ず、鈍い音と共にゴーレムの腕がシルフィードに激突する。
さらに、先の魔法で消耗していたルイズはシルフィードに捕まっていることが出来ず、振り落とされてしまう。
タバサとキュルケが間一髪でレビテーションをかけて落下速度を遅くし、全員地面に激突することは避けられた。だが、致命的な隙が生まれたことには変わりない。ゴーレムは一人離れたルイズを叩き潰そうと腕を振り上げる。
しかし、ルイズは勿論、タバサ、キュルケ、シルフィードもまともに身体を動かすことが出来ない。
ついに巨腕が勢いよく振り下ろされ、襲い来るであろう衝撃にルイズは思わず目を瞑った。
しかし、いつまで経っても何の衝撃も痛みもやってこない。
ルイズが恐る恐る目を開けるとそこには見知った背中があった。
「ウルキオラ! 助けに……」
ルイズは言い終える前に言葉を失った。
ゴーレムの腕をウルキオラは左腕だけで受け止めている。
だが反対の右腕は肘から先が無くなっていた。
ルイズを助ける際に無理矢理その場を抜け出したことでグリムジョーの太刀を受けたのだ。
その傷口から血が滴り落ちる。
しかし、それに一切構うことなくウルキオラはゴーレムの腕を弾き上げ、指先から放つ虚閃でゴーレムの大部分を消し飛ばした。
崩れ落ちるゴーレムに紛れて落ちる一人の人影をグリムジョーが掴み、抱える。
彼の左腕はウルキオラと違い、残っているものの焼け爛れ、煙を上げていた。
ウルキオラとグリムジョーの目が合うが、グリムジョーは舌打ちをするとそのまま宙を蹴って去っていく。
その様子を確認したウルキオラは自分の背後でへたり込むルイズに目を向けた。
「あんた。う、腕が……」
「莫迦が。なぜ逃げなかった?」
「じ、自分の使い魔を置いて逃げれるわけないでしょ! それに魔法が使えるから貴族と呼ぶんじゃない。敵に後ろを見せないものを貴族と言うのよ!」
「そのためなら死も恐れないと?」
「そうよ」
彼女の言葉と瞳には強い意志、心が籠っていた。
それはウルキオラが持たないものだ。
「心在るが故に、か。下らん」
そう言いつつもウルキオラは自身の変化に気付く。
かつてウルキオラは圧倒的な力の差がある自分に挑んできた男に激昂し、死ぬと分かっても尚挑むことを心の弊害だと考えていた。
しかし、その男は自分に勝った。
だからだろうか。
敵わぬ相手と戦った彼女達にそれほど苛立ちを覚えなかった。
「下らんって……じゃなくて! その腕……」
「問題ない。すぐに戻る」
言うが早いか、ウルキオラの傷口から新しい腕が生えてくる。
それを見て、ルイズは安堵の溜息を吐く。
「そういうことが出来るなら最初から言いなさいよ」
「散々見せただろうに」
ウルキオラが言うと、ルイズは手を伸ばした。
「ほら、立たせなさいよ」
「……仕方がないな」
そう言ってウルキオラはルイズの手を取り、立たせた。
そこでシルフィードが再び舞い降り、その背に乗っていたキュルケはあろうことかウルキオラに抱き着いた。
「凄いわ! ダーリン!」
「何がダーリンよ! わたしの使い魔から離れなさい!」
あっという間に元気を取り戻したのかルイズが大きく声を上げる。
しかし、当然キュルケはそれに従わない。
「……あの男は知り合い?」
「そんなところだ」
タバサに尋ねられるが、思考中のウルキオラは詳しく説明しようとはしない。
彼はなぜグリムジョーがこの世界にいるのか。そして彼が言った久しぶりという言葉が気になっていた。
「いいじゃない。ねえ、ダーリン?」
「下らん」
「つれない所も素敵」
「だーかーらー、離れろって言ってるでしょ!」
青い空にルイズの怒号が響き渡った。
午後の授業は中止になり、ルイズ達は事情聴取を受けた。
その際に今回の犯人はオスマンの秘書をしていたミス・ロングボトムということが分かった。
彼女は土くれのフーケの異名を持つ盗賊だったらしく、オスマンの良い尻をしていたという採用理由には一同が呆れ果てた。
現在捜索中だが見つかる気配はない。
そもそもグリムジョーが共に行動しているのならば、ウルキオラでもなければ捕まえることは出来ないと考えられる。
かといってウルキオラ達の存在を明るみに出すわけにもいかず、現状では捕まえられないだろうという結論に至った。
ちなみに宝物庫の壁に最初の亀裂を入れたウルキオラの所業はフーケに擦り付けられることとなった。もし弁償ともなればその出費も馬鹿にならないし、普段から爆発で色々と壊しまくっているルイズにそれは手痛い。金銭の問題もあるが、実家に帰った時のことを考えれば尚更だ。
そんなことがあってから約一か月後のある日の夜。
学院では華やかな舞踏会が開かれていた。
みんな思い思いにパーティーを楽しんでいるようで、キュルケは男に囲まれ、タバサは黙々と料理を平らげている。
そんな中、バルコニーの外れで双月に照らされながらウルキオラが一人で佇んでいた。
「楽しんでる? ってそんなわけないか」
いつもと違い、美しいドレスに身を包んだルイズが声をかけた。
トリステイン屈指の名門貴族であるヴァリエール家。その三女である彼女からは貴族らしい、高貴で上品な雰囲気が漂っている。
いつもは彼女を馬鹿にしていた生徒達もこの日に限ってはしきりに彼女へダンスを申し入れるが、それを彼女はことごとく無視していた。
「存外、様になっているじゃないか」
不意打ちのようなその言葉にルイズは顔を赤くして狼狽した。
「えっ? な、何、急に? そ、そんなの当たり前でしょ!」
ルイズはなんとか自分を落ち着けさせると、ドレスの裾を摘まんで恭しく礼をした。
そして、手を伸ばす。
「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと? ジェントルマン?」
「断る」
これ以上ないほどきっぱりとした言葉だった。
思わぬ回答にルイズの動きが固まる。
「考えてもみろ。俺が人間のダンスなどすると思うか?」
「確かに全く想像出来ないけど。それならせめて手だけは取ってよ」
「何故だ?」
「断られたみたいでやだ」
「断ったつもりだったんだがな」
「いいから!」
焦れったそうにルイズが言うと、ウルキオラは億劫そうだが確かに彼女の手を取った。
「元の世界に帰りたい?」
「帰ろうが帰るまいがどちらでも構わん」
「じゃあ、しばらくはわたしの使い魔でいてよ」
ルイズはウルキオラの手を強く握った。
彼女が握る彼の手に使い魔の証たるルーンは刻まれていない。
あの戦いで彼が再生した腕にはルーンがなかったのだ。
つまり、今の二人に契約はない。そして、彼女の言葉は再契約を申し出るものだった。
「……いいだろう」
ウルキオラはいつも通り素っ気なく答え、二人はその場で再契約を交わした。