最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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騎士は辛いよ 〜王宮勤めの苦悩〜

 騎士の朝は早い。日が出るか出ないかの時間に起床し、今日の予定を確認。そしていそいそと身支度をして、『学園警備の計画表』を手に警備員の詰め所へと足を運ぶ。

 警備員達に改めてフェリクス第二王子殿下の護衛に私が就く事を報告し、責任者と共に警備の計画を確認する。

 

 これが終われば次は職員室だ。ここでも私が殿下の護衛に就く事を知らせて、生徒への通達…特に三年生への周知を徹底させるように命令する。

 フェリクス殿下は三年生だ。となれば、一年生の私も三年生の教室に行かなくてはならない。混乱を避ける為にもこういった通達は必要なのだ。

 

 この二つだけで既に3時間近く使っている。この時間になるとすぐに殿下の部屋の前まで行って、殿下の使用人達と今後の予定の擦り合わせ。これが終わったら殿下の部屋の前で待機だ。

 

「やることが…やることが多いんですよ……!」

 

「予想はしていたけど、本当に忙しそうだね」

 

 以上が、殿下に聞かれた私の『本日の予定(早朝)』だ。この後は殿下の護衛をしながらカロライン・シモンズ達の処分予定を確認し、今回の事件の再発防止策も練らなければならない。

 

 セレンディア学園は他の学園よりも生徒会の権力が強いが、今回の事件は生徒会の一存でどうにか出来る物でもない。防止策を生徒会で作り、学園の警備主任と相談して細かいところを詰める。

 その上今回は生徒の私物を用いた犯行だ。どのような対策を取るにせよ、教職員や生徒達の協力も必要になる。

 

「私は今、殿下を除けば学園で一番偉い上に、明確な『権限』も持っています。そして命令系統では学園警備主任の上に位置するので、防犯関連は全て私を通す事になります…つまり、冗談抜きで忙しいんです」

 

 こういった時に特殊魔装騎士団に課せられる義務と権限は、王宮務めの騎士としては最低限だが、それでもこの学園では最上位だ。なので殿下の護衛に関する仕事は()()私に来る。本当にやることが多い。

 

「…少し、予想以上だね」

 

「まあ、特殊魔装騎士団の性質的に、私が出る必要がある場面に王族が居ることは考慮されていませんでしたからね」

 

 特殊魔装騎士団は戦場の最前線に単独で出るタイプの騎士団だ。性質上必要になる『強力な自由裁量権』に伴う拘束力も大きい。

 それに近い内に王宮直系の命令系統から外れる予定だったのもあり、命令系統の精査はされていなかった。その結果がこの業務過多状態だ。

 

 普通の近衛騎士団ならば、部下を使って一人当たりの負担を減らせるのだが…私は文字通りのワンマンアーミーだ。比喩でも何でもなく全部の仕事が私一人に降りかかってきている。地獄か?

 

「どうしてこんな目に…」

 

「流石に同情するよ、レノ。流石にこの業務量は…一人に任せるには膨大すぎるね」

 

 殿下に見せた私の今日の予定表は、昼食休憩すら一時間も取れない過密スケジュールだ。しかも昼食中にも事務作業がくっついてくる。もしかしたら私はここで死ぬのかもしれない。

 

「はぁ…流石にここまで酷くなるのは想定外ですよ」

 

「…無理はしないでくれ」

 

 フェリクス殿下の心が籠った同情の言葉が、今は酷く心に刺さる。

 今日が特に忙しいとはいえ、一週間はこれに近い業務量を一人で熟さなくてはならない。もう騎士団辞めようかな…そう考えてしまうくらいには酷い業務量だ。

 

 

 

 そうした雑談を挟みながら、三年生の教室へと入っていく。すると、殿下の横に居る私を見た人々が、困惑の表情を浮かべて近くの人間と話すのが見える。

 よくよく見れば見覚えのある顔が数人、私を見るなり目を合わせないように教室の隅へと避難するのも見える。どうやら剣術で私にボコボコにされたのが相当堪えたらしい。

 

 流石に一時間程度で私の事を三年生全員に知らせる事は出来ないか。それに魔剣を背負っているとはいえ、服装は一年生の物。そんな正体不明の小娘が堂々と三年生の教室に入ってきたのだから、困惑も当然か。

 

「………こんな事なら、鎧も持ってくるべきでしたね」

 

 剣と並び騎士の象徴とされる鎧さえあれば、私の役割が一目でわかっただろうが…残念ながら持ち込みは許可されていない。

 魔剣が特例なだけで、あくまでここは学舎。できる限り騎士としての象徴を持ち込ませたくなかったのは理解できるが…それならば私が騎士として動く必要がないようにして欲しいものだ。

 

「流石に教室の中にまで付いて来るとは思ってなかったけど…人気者じゃないか」

 

「今は業務中なので気軽には話せませんけどね。これが終わった後のことを思うと…はぁ」

 

 入学初日の質問の嵐が思い出される。流石に三年生ともなれば多少は落ち着きもあるだろうが…それはそれとして、煩わしいのは変わらないだろう。

 

 そんな愚痴のような軽口を叩いていると、一人の女学生が私の前へと出てくる。

 

「そこの…一年生のあなた?ここは三年の教室よ?」

 

「ああ、彼女は私の護衛だ。そうだね、授業の前に自己紹介してもらおうかな?」

 

 ここで名乗れば絶対に騒ぎになる。しかし殿下に促されたら許否する訳にもいかない…どうしようもないか、これは。

 

「……特殊魔装騎士団団長、レノ・グロスシュヴェルトです。現在は臨時でフェリクス第二王子殿下の護衛を務めています」

 

 しばらくの葛藤の後、諦めて名乗ってみれば予想通りの喧騒が教室を支配する。

 

「グロスシュヴェルト?あそこの子供で一年ってことは…まさか、『魔剣姫』?」

 

「ああ、護衛としてはこれ以上なく心強いだろう?」

 

「となると、その背負っている剣は…」

 

「『魔剣』です」

 

 私が背負っている剣を魔剣だと認めれば、喧騒は更に大きくなっていく。

 

「魔剣…まさかこんな間近で見れるなんて」「あの鞘の模様には何か意味があるのか?」「装飾にしては独特だし、魔術的な要素があると思うな」

 

「思ってたより小さいわね、魔剣姫…」「可愛らしい見た目ね…本当に国内最強の騎士なの?」「まるでお人形ね…」

 

 好き勝手言われる事に思う所がないとは言わないが、殿下の護衛という業務をしている以上好き勝手反論する訳にも行かない。

 諦めて好き勝手言われながら、離れた所で指を咥えて殿下を見守るとしよう。

 

「殿下、私は教室の後方に控えていますので…」

 

「ああ、わかったよ…じゃあ皆、まずは授業に集中しよう。気になることは後で直接聞いてくれて良いよ」

 

 そうしていざ数時間にも及ぶ退屈な時間と戦う事を決意した瞬間、殿下は随分と面倒な事を、私の確認も得ずに勝手に約束し始める。

 

「殿下、勝手な約束を…」

 

「ここで纏めて処理しておけば、今後は格段に動きやすくなるだろう?」

 

 確かに、殿下の言うことも一理ある…しかし、実際にその受け答えをする私に、断りもなしに勝手に決めるのはどうかと思うぞ。

 

「それは否定しませんが…はぁ、とりあえずその時になったら良い感じに私の負担を減らしてくださいよ?」

 

「善処するよ」

 

 この後予想される質問の嵐に対して、殿下が上手く話を回してくれることを約束してもらってから漸く、私は教室の後方へと下がっていく。

 

 

 

 そうして、数多の刺さるような視線に晒されながら立っていると、教室の扉が開かれ担任の教師が入ってくるのが見えた。

 教師は教壇に立ち、静かな教室内で一つ咳払いをしてから口をひらく。

 

「えー…それでは皆さんに、授業の前に大切なお知らせがあります。必ず聴くように」

 

 一拍置いて全員が話を聞いてるか確認し、私の方を見てから言葉を続ける。

 

「既に皆さんはご存知でしょうが、今日から暫くの間、フェリクス・アーク・リディル第二王子殿下に専属の護衛が就く事になりました。今、教室の後ろの方に居るレノ・グロスシュヴェルトさんです」

 

 まるで息を呑む声すら聞こえてきそうな程の静寂…これは私のせいなのか?教師はそんなクラスの状態を見てからため息を吐く。

 

「彼女は現在、一年生の制服を着ていますが、騎士としての業務中です。声を掛ける際は必ず、フェリクス殿下に許可を求めるように…では、レノさん。挨拶をお願いします」

 

 教師に促されたので教室の後方から教壇へと向かい、教卓の裏に立つと…私の姿がすっぽり隠れて見えなくなってしまうので、教壇の横に立てば、張り詰めたような沈黙が教室内を支配する。

 私がここでやるべきことは三つ。私がフェリクス殿下の護衛に就く事を正式に発表すること。そしてその上で私に許可されている()()に関しての警告をすること。最後に質問に対する応答だ。

 

「昨日、とある事件が起こった事で、臨時で殿下の護衛を勤める事になりました。特殊魔装騎士団、団長のレノ・グロスシュヴェルトです。切っ掛けとなった事件に関しては、近い内に学園から広報があるのでそれを確認してください」

 

 七賢人毒殺未遂…ではなく、生徒会役員毒殺未遂事件に関しては、まだ学園からの告知はしてない。しかし数多くの生徒の前でモニカが倒れたのだから噂はかなり広がっている。

 つまり…何が起こって殿下に護衛が必要になったのかを知らない人間は少ない、と言うことだ。

 

「そして現在、私には学園内への危険物の持ち込み、及び学園内での危険行為が確認された場合に、警告無しでの武力行使による無力化が認められています。現在、危険物を確認、又は所有している場合は、速やかに学園の警備兵へと届け出てください。私からは以上です。警備に関する質問があれば、挙手をして下さい」

 

 私は今、殿下の護衛だ。なので私の持つ権限は学生の時のそれと大きく異なる。具体的には独断での武力行使権が与えられている。

 もちろんむやみやたらと横柄に、そこらの関係ない人間を殴ってはいけないが…問題が起きた時は多少暴力的な方法を取る可能性も低くはない。なので予め警告をしておく。

 

 別に威圧をしている訳でもないのに際限なく張り詰めていく緊張の中、自然な仕草で挙手をする生徒が一人…生徒会書記、ブリジット・グレイアムだ。

 

「どうぞ」

 

「危険物の持ち込みに対して随分と警戒していらっしゃるようですが…所持品検査の予定はございますの?」

 

 その質問は、当然と言えば当然と言える物だった。生徒会の人間ならば例の事件についてある程度認知しているだろうし、その事件の再発を防止する策について考えれば、そういう行動が必要になるというのもすぐに思いつくか。

 

 あとは…私が独断でどこまで動こうとしているのかについても探りに来ているのだろう。生徒会の人間としても、緊急とは言え私にあまり勝手に動かれても困るはずだ。

 

「そちらの質問に関しては、学園内の警備に関わる事項なのでお答えできません」

 

 そして残念な事に、私からその質問に対して明確な答えを返す事はできない。

 持ち物検査をするなんて公言すれば、誰であっても疚しい物を隠すだろう。だから答えられない、と言うしかない。

 

 私個人としては、誰にだって隠しておきたい秘密の一つや二つはあるだろうから、それに不用意に踏み込むようなことはしたくない。

 しかし、今の私は殿下の護衛だ。その立場から言わせてもらえば、所持品検査はするべきだ。現に生徒の手で持ち込まれた物で、生徒が被害を被っているのだから。

 

「もしも現在、危険物を所有している場合は…確約までは出来ませんが、余程の物でない限りは、今ならば当該物の回収のみで済みます。皆様のご協力、お願いいたします」

 

 だから今は生徒からの自主的な協力を乞う事しかできない。

 所持品の検査が行われるとなると、それは突発的に、かつ大々的に行われるだろう。そこで没収されるような物が見つかれば、こちらはその生徒に対して厳しい処分をしなければならなくなるし、没収される側も不名誉な印象しか残さない。

 だが、もしも自主的に渡してくれるのならば…明言こそ出来ないが、ある程度()()()()()()()事も、出来なくは無い、

 

 例えば、化粧品の一種として持ち込まれた例の目薬や、子供の火遊び程度で済む魔導具ならば、所持者の拘束まではしないだろう。だがそれが持ち物検査で見つかったとなれば…きちんと『仕事』をしなければいけなくなる。汚い話だが、そういう事だ。

 

 もしもその物品が明確に暗殺を目的にした魔導具や毒物であったならば…言うまでもない。拘束して然るべき場所に出て貰うことになる。これに関しても自ら申し出てくれるのであれば、多少の減刑くらいならば出来るかもしれない。

 

 脅しに聞こえるかもしれないが、これは明確な『猶予期間』だ。騎士である私と、貴族である私の折り合いを付けた、貴族にとっての『猶予期間』。疾しい物を持っているのならば、この期間内に何かしらの手を打て、という訳だ。

 

「他に質問はありませんか?…それでは、これより私は教室の後方で警護の任に就きます。私の事は気にせず、いつも通り授業を受けてください」

 

 他の質問が無い事を確認してから、私は再び教室の後方へと移動し待機に入る。あとは殿下の学園生活を見守る観葉植物になるだけの、簡単で退屈なお仕事だ。

 

「では、一時限目の授業を始めます」

 

 教師の声掛けによって、教室内の張り詰めていた空気がゆっくりと弛緩していく。さて、私も眠らないように頑張らねば。

 

 

 

 そうして、苦節四時間。私の内に眠る睡眠欲に負けず、欠伸の一つもせずに昼休みまで耐える事が出来た。

 ここから45分、学園の警備三人と交代して私は昼食休憩を取る。学園の警備隊長を含めた交代要員たちと本日の予定を改めて確認してから、殿下へと声を掛ける。

 

「では殿下。私はしばらく席を外すので、万が一の時は例の魔導具を…」

 

「ああ、判ってるよ。君は気にせず休憩をとってくれ」

 

「…ええ、まあ。そうですね」

 

 書類仕事をしながらの食事を休憩と呼んでも良いのかは甚だ疑問だが、一応は休憩扱いになるか。

 

 ともかく、予め用意されていた『詰め込むのに最適化された食事』と、今日中に必要な書類の山を退治しに自室へと戻っていく。

 

「戻りました」

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。こちら、今日中に必要な書類になります」

 

 午前の仕事を済ませた私に対してバトラーが飛ばしてきた言葉は、労いでは無くさらなる仕事の話だった。判ってはいたが、これは少し心に来る。

 

「…食事は……」

 

「どうぞ」

 

 その上テーブルの上に並べられた食事は、味よりも量と栄養…それに食べやすさを重視した物。味気や彩りは無く、酒ももちろん無い。クソッタレめ。

 

「…どうして、こうなってしまったんでしょうか」

 

「お嬢様もよく仰っているではありませんか。大いなる力には大いなる責任が伴う、と」

 

 思わずこぼれた弱音に、バトラーは私の口癖で返してくる。それは十分理解しているのだが、これは私の考えていた責任とは少し違うというか…流石にセレンディア学園でその責任を果たさなければならない時が来るとは考えていなかったというか…

 

「クソ…流石にここまでややこしい事態になるのは想定してなかったんですよ…」

 

「まあ、セレンディアに対しての影響力は得られているので良いではないですか」

 

「それとこれとは話が別でしょう…それに、こんな状況になったら他の貴族からは距離を置かれてしまいます。それではお父様に頼まれた『他家との繋がり』を得るのも難しくなってしまいますから」

 

 広く浅くでも、他の貴族との関わりを得るのが今回の学生生活の目的の一つだ。出来れば中央や西部、物理的に遠い南部の貴族との繋がりを得たいのだが…こんな状況で私に近づこうとする人間が居る訳がない。

 ケルベック伯爵家とは元より懇意の仲だし、殿下とは以前から顔見知りではある。このままでは碌に交友を広められないまま孤立することになってしまう。

 

「…それでも、今はそれどころではないんですよね」

 

「ええ、先ずは殿下の護衛関係の書類を纏めなければなりませんよ」

 

 これからの学園での立ち振る舞いも考えなければいかないが、それは後でも出来る。今は殿下の警備シフトを一週間分と、事件の再発防止案を幾つか、それに生徒の所持品検査に関する書類も…とにかく、いろいろとやっつけなければならない書類が沢山あるのだ。今はとにかくそれに集中しよう。

 

 

 

 一時間にも満たない昼食休憩の後、私は急いで男子寮の殿下の居る部屋に向かう。

 殿下の部屋に入るより前に、面白くなさそうな顔をした警備隊長に一週間分のシフトと緊急時の対応についての書類を渡す。それの確認が終わったらようやく殿下とご対面だ。

 

「お待たせ、しました…」

 

「ああ、レノ。もう終わった…の、かい?」

 

 殿下が私の顔を見るなり心配そうな表情を浮かべて私の顔色を窺っている。もしや私の顔に食べカスでもくっついているのだろうか。

 

「君、少しやつれてないかい?」

 

「殿下からそう見えるのならば、そうなのでしょうね…ああ、殿下。この書類の確認をお願いします」

 

 慣れない書類仕事と、私を殺しに掛かっているようにしか思えないほどの過密スケジュールによって、私は少しやつれているのかもしれない。

 だが、仕事は待ってはくれないのだ。殿下に対して『警備室から生徒会への要望』を纏めた書類を渡すと、殿下は疑問を浮かべたような表情で私の方を見る。

 

「…昼食休憩は?」

 

「とりましたよ。それと同時に書類仕事を熟しただけです」

 

 戦時中ならばこんな状態になる可能性も無くはないだろう…何故今の状況が戦時中と比べられる程に忙しいのかは疑問だが。

 

「もしかしたら、失礼に聞こえるかもしれないけど…私より年下の子がこんな過密な業務をしているとなると、少し問題があるように思えるね?」

 

「そもそもこの学園でこんな事態になるのが想定外ですからね…私がセレンディアに来る事も、この学園で他人に毒を盛る馬鹿が居る事も…なにより、私と殿下が同時期に学園に居る事も」

 

 私が特殊魔装騎士団を設立した当時は、セレンディア学園に関わる予定すらなかった。人生何があるかは分からないとはいえ、ここまで想定外が続くのは勘弁してほしいものだ。

 

「というか、殿下の近くでこんな事が起きたのですから近衛騎士を呼ぶべきでしょう。呼んでさえくれれば半分以上の仕事をそちらに押し付けられるのですから…」

 

「それは…少し個人的な問題で控えさせてほしいかな。」

 

 どうにも殿下は、学園内に外の人間を極力入れたくないらしい。護衛に関しては特にその傾向が強く感じられる。

 恐らく…クロックフォード公爵の意向なのだろう。もしくは学園内でくらいは身分に縛られたくはないのか。ともかくそのせいで私に殿下の護衛に関する仕事が集中する羽目になっている。

 

「さて、さっき貰った『警備室から生徒会への要望』の件だけど…警備員を一時的に増やすのは問題ないけど、所持品検査については難しいと思うな」

 

「ですよね…」

 

 この学園は貴族が通うだけあって、殿下ほどとまでは言わずとも相応に身分の高い子供が集まっている。

 対して警備員の方は、多少武術の腕は立つだろうし礼儀作法も十全に学んでいるのだろうが、それでも身分が高い訳ではない。高貴な人間がそんな人々に荷物を漁られるのは…控えめに言っても大反感を買うだろう。

 

「どちらにせよ私の一存で決める訳にはいかないから、生徒会で改めて精査するけど、そういうつもりで考えてくれ」

 

「ええ、わかっています」

 

 流石にこの提案が通るとは考えていなかったが、警備室としてちゃんと『提案はした』という格好が必要なのだ。そうしなければ仕事をしてないと言われても言い逃れはできないからだ。

 そうなると別の手段で再発防止を図るしかないが…所持品検査と比べたら、どれも効果的とは言い難いか。

 

「それで、生徒会としての再発防止策については?」

 

「まずは例の事件の告知と、それに用いられた目薬に関しての周知を書面と口頭で行う。目薬に関しては一度、散瞳作用のある物の回収も行うつもりだけど…」

 

「正直に出してくれれば手間はないんですけどね」

 

 例の目薬は医師でなければ所有の認められていない物だ。それを持っていますと正直に申し出てくれる人間が何人いることか…

 

「まあ、自ら出してくれたのなら『そうだとは知らなかった』という事にしても良いだろうけどね」

 

「他人に対して使うのでなければ、ですね」

 

 汚い話だが、フェリクス殿下としてもクロックフォード公爵のお膝元であるセレンディア学園から逮捕者が大量に出るのは避けたいのだろう。だから今は殿下の下で働く私も、それに準じるしかない。

 

「まあ、どちらにせよ一般人にそんな目薬を卸した商人は捕まえたいね」

 

「そうですね。まあ、それに関しては私の仕事ではないので衛兵頼りになりますが」

 

 今でこそ私は殿下の護衛だが、この学園内では一般生徒の域を出る気はなかったのだ。それに現行犯でもなければ私に逮捕権は無い。学園の外での仕事に関しては衛兵任せになる。

 

「それじゃあ午後の授業に向かおうか。この書類に関しては放課後、生徒会で議題に挙げるよ」

 

「お願いします」

 

 まだ午後の授業が残っているのか…今度こそ眠ってしまいそうだ。しかもその後も仕事が続いているとなると…私は本当にこの学園の生徒なのか?

 

 

 

 そうして教室の後方で黙々と立つ事数時間。授業もつつがなく終わり、ようやく放課後となる。しかし私の仕事は終わらない。終わらないのだ。

 

「さて、この後は生徒会で仕事なんだけど…レノもついて来るのかい?」

 

「そりゃあまあ、護衛ですからね。別れるのは男子寮の前でになるでしょう」

 

 この学園内で生徒たちを統率する立場である生徒会…殿下はそこの会長だ。授業が終わればそこでの活動が待っている。私もそれに同行しなければならない。

 

「…ブリジット嬢は何て言うかな」

 

「良い顔はされなさそうですね。少なくとも私は『部外者』ですから」

 

 今回、殿下と共に生徒会に同行するのは私の意思ではないのだが、結果だけ見れば一般生徒が生徒会室に出入りすることに変わりはない。となれば、良い顔をされないのも必然だろう。

 何はともあれ、会計が抜けた以上、会長が抜ける訳にもいかない。他の生徒会メンバーの反応がどうであれ、行ってみなければ始まらないだろう…

 

 

 

 生徒会室に入って真っ先にする事。それは私の立場について改めて説明する事だ。

 

「それで、業務の為とは言え、生徒会とは関係の無い一年の生徒をここまで連れて来た…と言う訳ですわね」

 

「ああ。彼女、頭が硬いんだ」

 

「失礼な。柔軟性に関してはそこそこ自信がありますよ。むしろ硬いのは他の貴族です」

 

 殿下の揶揄いに異を唱えながら、私は生徒会室の中を見回す。不審物、不審者は無し。現在ここにいるのはモニカを抜いた生徒会メンバーと私だけだ。

 

「私個人の意見ではありますが…今回の件、貴方が出る程の物では無かったと思いますわよ?魔剣姫様」

 

「ええ、私も完全に同意見です。ですが、私の所属する騎士団の規定で出しゃばらなければならなかったんですよ…それに、私は自他共に認める『最強の騎士』ですから」

 

 私個人としての見解を述べるのならば、ブリジットの言う通り殿下の護衛に私は必要ないと考えている。

 

 所詮は学生同士の喧嘩。事が大きくなりすぎたとは言え、殿下を狙った物でもなければ犯人が逃走した訳でもない。

 現在のモニカの身分を踏まえても、私が出張るには些か弱い…が、出ない訳にも行かない程度には、殿下の身分も私の身分も重すぎるのだ。

 

「まあ、言いたい事はわかるぜ?フェアニッヒって言ったら『あ、あの…』ってなるからなぁ。その上魔剣姫って言ったら、本人が言う通り『最強の騎士』だろ?真っ先に王族の保護に行かなきゃ騎士全体の信頼に関わるな?」

 

「はい、そのイメージがあるので、慎重に動かざるを得ないんです」

 

 面倒くさそうな表情を隠しもせずに、エリオット・ハワード書記の発言に同意する。

 私とて、好き好んで『最強の騎士』の称号を得た訳ではないが、事実として私は最強で、何よりも力を求められる騎士の『代表』として見られるのは避けようがない。

 

「…俺としては、まあ仕方がないか、って感じだな。魔剣姫だって業務でこうしてるんだしな。自分の仕事をしている騎士に当たり散らす様な事はしないね」

 

「ぼ、僕も大丈夫です…」

 

「…騎士団の業務であるならば、そもそも私達に拒否権は無いだろう」

 

 エリオット・ハワード書記とニール・クレイ・メイウッド総務、そしてシリル・アシュリー副会長が私の生徒会室への滞在に賛同し、それを見たブリジット・グレイアム書記が不服そうな表情を浮かべる。

 

「まるで私が彼女を責めている様に言うのは止めてくださる?騎士としての業務に文句をつける気はなく…」

 

「一年生の一般生徒が生徒会のアレコレを見る可能性があると言うのが問題なのでしょう。その点に関しては…まあ、諦めていただく他ありませんね。こちらはほぼ王命と同義の規定に沿って動いているので」

 

 ブリジットが問題としているのは、私の立場の複雑さにある。『セレンディア学園の生徒』としての立場と『王宮勤めの騎士』としての立場。この二つを同時に持つことによるジレンマが発生するのは、火を見るよりも明らかだろう。

 

 事実、今こうして基本的に生徒会役員以外立ち入り禁止の生徒会室に、一般生徒が騎士として入る…なんて訳のわからない状況になっているのだ。側から見れば、理解はできても納得はできないような状況にも見えるかもしれない。

 何より学内で私個人への警戒心が募る理由にもなる。私にどのような事情があろうとも『特別扱い』なのは否定できないからだ。

 

 それにこの件に関しては、生徒会として対策を練らなければならないのもあるだろう。

 ブリジットが言うように、どれだけ私に正当な理由があろうとも、無関係の生徒に学園の機密資料を見せる訳には行かない。これも対外的な印象の問題だ。

 

 そしてそれは、ここに居る全員が把握している問題なのだろう。シリルは眉を顰め、エリオットは面倒臭そうに溜め息を吐き、ニールは困ったように視線を彷徨わせている。

 

「一般生徒の前で無防備に生徒会の資料を開く訳にはいきませんわ。せめて他の生徒が納得できるよう告知もしなければなりませんし、レノさんにも書面を通しての口止めをしなければ…」

 

「それに関しては私に良い考えがある」

 

 フェリクス殿下の言葉に、室内が不気味なまでに静まり返る。

 王族の『良い考え』は大抵、周りの人間に苦労をさせる時に発される言葉だからだ。殿下がモニカを強引に生徒会に捩じ込んだのも記憶に新しい。

 

「…すみません、殿下。私、猛烈に嫌な予感がするのですが?」

 

「あら、魔剣姫様。奇遇な事に私もですわ」

 

 私とブリジットの、「あまり変な事を言い出さないでくれ」という願いを他所に、殿下はさらりと何事もないかのように『良い考え』を口にする、

 

「レノ・グロスシュヴェルト。君を『有志の補佐官』に誘いたいと思っている」

 

 『有志の補佐官』…いわゆる、お手伝いさんだ。生徒会の権力は得られず、実績としてもほぼ認められない…はっきり言って、お人好ししか立候補しないであろう制度。

 

 そんな物、無茶苦茶やりたくない。やりたくないが…再三言い続けているように、私には実質拒否権はない。殿下に命じられればそれまでだ。

 

「生徒会の機密を部外者に見られるのが問題なら、部外者をこちら側に引き込めば良い…分かりやすいだろう?」

 

「つまり、私はこの護衛が終わった後も、生徒会の仕事をしろと?」

 

「そうなるね」

 

 思わず『嫌だなぁ…』という表情が顔に浮かぶ。殿下が命令すれば私に拒否権はないので、実際に口にすることはないが…嫌なものは嫌なのだ。

 

「正直、自ら立候補した訳でも無いのに、強引に生徒会に引き込むのは、良い考えとは言えないと思いますわよ?」

 

「俺も同感だ。魔剣姫を疑う訳じゃないが、明らかに嫌そうにしている人間を生徒会に入れたところでなぁ?」

 

 私の表情を見てか、ブリジットとエリオットも殿下の提案に異を唱える。ここで私がやると言えば考えてくれたのかもしれないが…まあ、嫌なのだからそんな事を言うはずもない。

 

「ふむ…そうなると、私がレノに『生徒会業務中は生徒会室の外で待機しろ』と命令をするしかないかな?」

 

「私としてはそちらでも構いませんよ。と言うか、明らかにそっちの方が良いでしょう」

 

 殿下の身の安全以上に優先される物はないとは言え、本当の緊急時でもなければ一介の騎士が立ち入ってはならない場所もある。有名所で言えば七賢人の集う『翡翠の間』がそうだ。

 殿下の命令ならば生徒会室をそのような場にする事も不可能ではない。有事の際はその限りではないが、今はまだそこまで切羽詰まっている訳でも無いのだ。

 

「レノならいざ生徒会に入れば、真面目に仕事をしてくれるだろう?」

 

「それは…まあ、そうですけど。それはそれとして嫌な事は嫌なんですが」

 

 殿下が悪戯っぽく笑って来るが、こちらとしては勘弁願いたい。普通に面倒だし、何より私に利が無さすぎるからだ。

 

「じゃあレノ、命令だ。生徒会室の外で待機しろ」

 

「承りました。何か御用があれば呼んでください」

 

 殿下の命令を受け、騎士式の挨拶をして生徒会室を出る。それを見送る生徒会メンバーの視線は複雑な物だ。

 特にニールは何かしら思う所があるらしい。生徒会室の外でも中の会話は聞こえるので、暇つぶしに聞いてみよう。

 

「もしかして、レノさんはこの後ずっと立ちっぱなし…ですか?」

 

「まあ、そうなるね。それが騎士団の業務だし、私がそう命令したんだから」

 

 ニールは極々当然の事を殿下に対して聞いている。座りながら警護の任に就く騎士をみた事があるのだろうか。あるのならば…それは例外中の例外か、物臭野郎だと教えなければならない。

 

「僕、少し申し訳ない気持ちになるんですけど…いくらレノさんが騎士だとは言っても、流石に一年生の後輩を、それも辺境伯家の子女を廊下で立ちっぱなしというのは…」

 

 …ああ、そうか。ニール・クレイ・メイウッドは、実家の爵位の点だけで見れば、私よりも下(男爵家)に位置する人間だ。目上の人間が立っているのに、自分が座っているのは居心地が悪いのだろう。

 

「彼女も業務として受け入れているのだから、気にするべきではありませんわよ」

 

「ニールの言いたい事も理解は出来るけど、魔剣姫はセレンディアの一年生である前に騎士団の団長だからなぁ」

 

 貴族として見ればブリジットとエリオットの言葉こそ全てだろう。騎士としての業務である以上、私に拒否権は無く、ニールにもフェリクスの決定を変える権力は無いのだから。 

 

「気にするな、とは言わないが…割り切るべきだ、ニール総務。この先も似たような事例を経験する可能性はあるのだからな」

 

 シリルは先の二人とは少し違い、ニールの立場を慮りながらも「慣れろ」と助言を与える。その言葉は何よりもニールの為なのだろう。

 

 もしニールがこのまま順当に、メイウッド男爵家の家督を継ぐのであれば、目上の人間の希望に背く決定を下さなければならない時が、必ず来る。

 彼には今の内に、目上の人間に対して遠慮しすぎない事に慣れて欲しい物だ。

 

 そんな会話の中、やはり場をかき乱すのはこの人の役割なのだろう。

 

「うーん、まあ、ニールの言う事も一理有るんじゃないかな?」

 

「殿下!?」

 

 フェリクス殿下の言葉にシリルが驚愕の声を上げる。

 

「…まあ、なんでかは聞いてやるよ」

 

「確かにレノは騎士だ。それを否定する訳ではないよ?でも、私達の可愛らしい後輩と言うのもまた事実なんだ」

 

 …あー……つまり、殿下は「新入生ちゃんを廊下で一人立たせるのは生徒会としてどうなのかなぁ?」と言いたいのだろう…多分。

 明らかに揶揄う為だけの発言だ。いや、この場を見られたら生徒会のイメージが下がる可能性は低くはない…のか?わからない。自身を完全に騎士として見ている私にはわからないぞ。

 

「なあ…もう我慢できないからはっきり言うぞ?……めんどくせえ。魔剣姫の立場が滅茶苦茶めんどくせえ」

 

「え、エリオット先輩!声が…レノさんに聞こえちゃいますよ!」

 

「…言い方が悪いですわよ」

 

 エリオットの発言を咎めるブリジットも、あくまでその話し方を咎めるだけで内容に関しては何も言ってない。つまり彼女も心の底から同意できる発言だったのだろう。

 

「現職の騎士として扱いつつも学園の後輩として接して、その上辺境伯家の子女に対する対応も考えなきゃいけないんだぞ。なんなら第二王子のフェリクスよりも面倒臭いぞ?」

 

「まあ、私は一介の学生として扱って貰っているからね」

 

 殿下も相応に敬われる立場ではあるが、学園内では一人の生徒としてのスタンスを崩す気は無いらしい。私も元はそうだった。

 問題は、私は騎士として扱って貰わなければならなくなっている所か。殿下と違い、私は半ば強制的に立ち位置を変えられ、私も相応の対応を相手に求めなければならないのだ。本当に面倒くさいな、私は。

 

「多分レノもエリオットと同じ意見の筈だよ。自らの立場が面倒な状態になっているのは、当事者である彼女が誰よりも強く自覚しているだろう」

 

 殿下の言葉に対して心の中で同意する。方向性こそ違えど、今の私はイザベルから貸してもらった小説の主人公である女よりも面倒臭い女だ。

 

「とにかく今は騎士として扱えば問題ないよ。彼女は騎士としての職務中だから椅子に座って貰う訳にもいかないしね。ニールの善意も、彼女は汲み取ってくれているよ。だろう、レノ?」

 

 返事の代わりにドアを一回だけ叩く。それだけで中にいる人間は意図を察してくれたのか、しん…と静まり返る。

 

「…まさか、今までの会話全部聞こえてたんですか?」

 

「伊達に最強の騎士と呼ばれてはいない訳だ。耳もいいって事だろ」

 

「これでは重要な会議をするのも気が引けますわね?」

 

 ブリジットの文句に関しては…どうしようもない。私が譲歩できるのはここまでだ。これ以上殿下から離れるのは、護衛の観点から見て難しい。

 

「…さあ、そろそろ生徒会の仕事に取り掛かろう。まずはモニカ・ノートン会計の仕事についてだ」

 

 ようやく雑談も終わり、生徒会の仕事に取り掛かる。私はまた数時間、ここで立っているだけの簡単なお仕事だ…これをあと一週間はやらなければならないらしい。流石に嫌になるな…

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