モニカが毒によって倒れても、生徒会での仕事は問題なく進んでいく。今の生徒会のメンバーは全員が相応に仕事のできる人間だ。モニカが抜けた穴は、一時的にシリルが会計の仕事を兼任する事によって埋めるらしい。
だが、今回の事件によって増えた生徒会の仕事はモニカの穴埋めだけではない。もっと面倒でややこしい問題があるのだ。
「さて、次は…今回の事件に関しての事だね」
フェリクスが挙げたのは、私が警備室を代表して生徒会に出した『要望』に関してだ。
「今回の事件を踏まえての再発防止策の検討と…学園関係者の所持品検査についての打診、ですか…」
「再発防止策については既にレノが草案を書いてくれている。まずはこれを確認してくれ」
再発防止策については、生徒が起こした事件であるから生徒の側からの対策が必要となる。
もちろん警備員としての対策も怠るつもりはないが、より生徒の立場に近い生徒会側からでしかできない対策というのも存在する。
「とりあえず、事件に関しての情報を周知させて、毒物になりかねない所持品は自分で処理してもらうってのが良いかね」
「どれほど効果があるかは分かりませんが…やらない選択肢はありませんわね?」
今回の件もまた、少しややこしい状況で起こった事件だ。
生徒会の人間が毒を盛られ殺されかける…しかし、加害者はそれを毒物だと知らずに飲み物に混ぜたのだ。
加害者カロラインは、精々が酷く苦い味の目薬という認識で、それが致死性の毒物だとは知らなかった。私はこれが本当だと考えている。
だからと言って罪が軽くなる訳ではないが、重要なのは『素人目ではそれが毒物だと分からない』という点だ。
もしかしたら目薬以外で毒物となりうる化粧品を持っているかもしれない…しかし、使用者本人はそれが
何はともあれ、まずは目先の問題である『例の目薬』の対策を進めるべきか。次はクローディア・アシュリーに協力を求めなければいけないかもしれないな。
「今回の事件には化粧品が使われている。グレイアム書記、君が一番詳しそうだから聞くけど…例の目薬のような、散瞳効果のある薬品は流行ってたりするかい?」
「…流行っている、とまでは言いませんが、何人か見かけましたわね」
私よりも顔の広いブリジットは、どうやら例の目薬の使用者に心当たりがあるらしい。ブリジットで「何人か」と言うのならば2、3年の生徒での使用者はそこまで多くないと見積もっても良さそうか。
「まずはその子たちから『協力』をお願いするのが良いかな。それと…グレイアム書記。私の名前使っても良いから上手い感じに流行を操作できないかい?」
「また手間の掛かる事を…とりあえず、話の分かる協力者も集めてうまく誘導してみますわ」
今回の件に対して殿下が打った手は『流行の操作』か。事が大きくなりすぎず、自然とその化粧品への興味が無くなるような一手…私にはとても真似できない手段だ。
「それじゃあ、生徒会として打てる手はこれくらいで良いかな。さて、次は…所持品検査に関してだね」
殿下が次の議題を挙げると同時に、室内からは悩ましげな唸り声が聞こえてくる。所持品検査に関しては生徒会としても難しい議題のようだ。
「まあ、今回の事件が生徒の持ち物によって引き起こされた物だから…ってのは理解できる。できるんだが…」
「全校生徒から反感を買うのは避けられませんわね」
「セレンディア学園は身分の差も激しいですから…それに、実際に荷物を検査するのは…」
「警備員になるだろうね」
所持品検査を行うにあたっての一番の障害は『身分の差』だ。順当にいけば検査を行うのは警備員になるが、平民に対して快く自分の所持品を開示してくれる貴族が何人いるだろうか?良くて一学年で十人にも満たないだろう。
「悪いことは言わない。止めといた方が良い。これをやった瞬間、面倒な問題が山のように降ってくるぞ」
「エリオット書記に同意しますわ」
「僕も、これに関しては流石に難しいかと…」
エリオット、ブリジット、ニールの三人はやはり難しいと考えている。正直にいえば、想定内だ。
「ふむ…シリルはどう思う?」
「……もしも検査をするのが、生徒会役員とレノ・グロスシュヴェルトであれば、ある程度は反対意見を抑える事は可能でしょう。ですが、それでは調べるべき人数と調べる側の人員の差を考えると…」
「現実的ではないね」
シリルの案は確かに貴族の反感を買いにくい手段だが…それを行うには如何せん動かせる人数が少なすぎる。十人にも満たない生徒だけで全校生徒の所持品を調べる?何日かかるんだ。
調べる側にも相応の人数が必要で、尚且つその人らは信頼できる人間で、身分も…せめて子爵以上は欲しいか。流石に条件が厳しすぎる。
「一度、警備室の人間…レノ・グロスシュヴェルトを含めて会議すべきかと」
「そうだね。それじゃあ皆、彼女に見せたくない書類を仕舞おうか」
生徒会としても流石に警備室の人間の意見も欲しいという判断をしたのか、私を呼ぶための準備をし始める。ちょうど話を聞くだけなのも飽きてきた所だ、快く協力させてもらおう。
「じゃあレノ、入っておいで」
「失礼します」
殿下の呼びかけに応じて、生徒会室内へと入っていく。そして、まず現在の私の立場…厳密にいえば、警備室と私の関係について言及しておく。
「お先に一つだけ…すぐに元の指揮命令系統に戻る予定ですが、現在この学園の警備責任者は私です。ですので、警備に関する事は私の決定が警備室の決定と捉えて貰っても問題ありません」
この情報を教えておく事で、現在の私の発言の重さがどれ程なのかが分かるだろう。
今、私が厳戒態勢を命じれば、この学園の警備員が全員飛び出てくる…どころか、王都まで早馬が飛んで近衛騎士団が駆けつけてくる。
「それじゃあ単刀直入に聞くが…魔剣姫は、所持品検査に関してどう考えてる?」
「警備責任者としては、必要だと言っておきましょう」
毒物を使われたのだから、また使われないように今持っているものを取り上げる…誰だってそうするだろう。私もそうする。だから警備室としては必要だと言う姿勢を崩さない。
この機会に殿下の命を狙う可能性のある人間を炙り出すのも悪くはない。そういった算段も含めた『所持品検査』だが…流石に貴族自ら手を下す可能性は少ないだろう。だからこれは副目標だ。
「ですが、この学園においての所持品検査の難しさも理解はしていますので…無理強いをする気はありません。強引な手段がない訳ではありませんが、それも最終手段と呼べる程度には強引ですので」
もしも本気でやると言うのならば…私も全力で事に当たろう。具体的には、学園の警備員に任せず近衛騎士団を呼ぶ。これで反対意見は学園の警備室ではなく私に集中するだろうし、警備室の人間よりもよっぽど信頼できる。
しかし…ここまでやれば流石に事が大きくなりすぎる。クロックフォード公爵からお小言ももらうだろうし、私は凄まじい程の書類の山と格闘しなければならなくなる。なのでこれは本当に最終手段だ。
「魔剣姫もこう言っているし、やらなくても良さそうじゃないか?シリルの案も…絶対に無理とまでは言わないけど、現実的じゃ無いしな」
「すみません、お力になれず…」
「いえ、問題ありません。これに関しては駄目元だったので」
ニールの謝罪も軽く受け流し、気にしていないとアピールする。もしも生徒会に妙案があるのならそれに縋らせてもらおう、程度の魂胆だったのだ。
しかし、それならば別の手段で再発を防止するしかない。となるとやはり、最後に頼れるのは…マンパワーだ。戦いは何時だって数なのだ。
「そうなるとトラブルの防止策に関しては、単純に警備を厳重にするしかありませんが…」
「警備員にも限りはあるし、こんな事件が起こった手前、新しい人員を補充するのも手間が掛かるね」
現在の警備員の量のままでさらに警備を厳重に!?できらぁ!…と言うか、やらなければならないのだ。『できるかな、じゃねえよ。やるんだよ』というヤツだ。
「警備に関しては、こちらで考えておきます。警備関係でそちらで気になる事があれば、私に直接聞いてください」
「ああ、わかったよ。皆は何か聞いておきたい事は…無さそうだね。それじゃあレノ、護衛の仕事に戻ってくれ」
「分かりました、失礼します」
話も纏まったので、私は殿下の命令である「生徒会室の外での待機」に戻る。私も警備責任者として出来る限りの対策を考えねば…
「…こっちもこっちで子リスが抜けた穴埋めで忙しいが、魔剣姫はそれ以上みたいだな」
「さっき彼女が言っていたように、私の護衛をしながら警備関連の指揮もしているからね。正直に言えば、倒れないか心配だよ」
今この学園で一番忙しくしているのは私だろう。護衛任務中のモニカは休止状態、生徒会はモニカの穴埋めや事件の後始末で忙しいだろうが、それでも五人で分担して作業をすれば一人当たりの負担は大きい物でもない。
警備室は…増えた仕事の半数は私に割り振られるので、元居た警備員たちはちょっとした確認作業が増えただけだ。
流石に倒れそうになったら休息を挟むが…それをするにしても別の仕事、具体的には護衛の引き継ぎ業務が必要になる。本当にこの立場は面倒ばかりだな。
「さて、今日のところはこの辺で良いかな。それじゃあ改めて…シリル、会計に関しては君に任せる。ノートン嬢が復帰するまでではあるけど、頑張ってくれ」
「はい、謹んで拝命致します!」
シリルの元気の良い返事を聞いた所で、生徒会役員は終業業務に入る。私もあと少しの辛抱だ。寮に戻った後にやらなければならない事を纏めておこう。
少し待っていれば、生徒会室の扉が開き生徒会の面々が部屋を出ていく。
「さてと…レノはやっぱり男子寮の方まで来るのかい?」
「仕事ですからね。昨日と同じく殿下の部屋の前で交代です」
私の今日の仕事も終わりが見えてきた。殿下の護衛を交代したら自室に帰り、諸々の書類仕事を済ませて明日の準備をしたら眠れるのだ……これが学生の生活なのか?
七賢人毒殺未遂事件から何事も無く一週間が経った。カロラインの件は既に処理済みで、モニカも復帰するし、そろそろ私も解放されて良い頃合いだ。
護衛が暗殺されかけるなんて笑い話にもならないのに、肝心の護衛は七賢人なんてビッグネーム。この一週間、私の心労は凄まじかった。
この学園でモニカの事情を知るのは私とイザベルの陣営だけ。私はモニカに干渉できない以上、適当な所でイザベルと情報を交換できれば良かったが、その機会にも恵まれず…ルイスに対しての報告はどうなったのだろうか。
例の目薬に関しては、ブリジットから得た情報で使用者を特定し、彼女らの『協力』を元に衛兵に捜査をさせている。運が良ければ目薬をばら撒いた商人も捕縛できるだろう。まあ、これに関しては私は殆ど関係ない。向こうに任せるしかないな。
警備に関しては、はっきり言って誤差の範囲でしか変わっていない。貴族の子供たちが通うセレンディア学園で雇用している警備員は、確実に信頼できる筋から雇わなくてはならない。そんな人間は珍しいのだ。
それに…フェリクス殿下は、今回の件をできるだけ大事にしないように求めてきていた。その意向を汲むとなると、大幅な増員はとてもでは無いが出来なかった。
殿下が何故、この事件を大々的に対処しないのか…あまり他人に迷惑をかけたくないからか?いや、そんな繊細な精神の持ち主では無い。ならば何故…陛下に知られるのが嫌なのか、はたまたクロックフォード公爵の方か…心当たりが多すぎるな。
ともかく、今週を以ってようやく私は解放されると言う事だ。警備の引き継ぎ業務や、私がいる時の緊急時対応の手段など後始末はまだまだあるが、護衛任務は近いうちに終わりを迎える。
「そろそろ君ともお別れか…寂しくなるね」
「清々した、の間違いでは無いのですか?殿下は護衛を付けたがらないのですから」
「君は年下だし、畏まって接してこないだろう?だから護衛って感覚は薄かったんだよね」
セレンディア学園という環境で、殿下相手なら多少砕けた話し方でも問題ないと考えて接していたが、それが功を奏したようだ。まあ、畏まった話し方が面倒だったという理由もあるのだが…細かいことはいいだろう。
「さて…予定では今日から子リスが復帰してくるね」
「休養期間は一週間ですから、そうなりますね」
フェリクス殿下もお気に入りのペットが帰ってくるので少し上機嫌だ…冷静に考えて、七賢人をペット扱いとは…殿下も凄まじい趣味をしているな。
「クローディア・アシュリー嬢が、子リスの体型では毒の影響が大きいと言っていたから、必要であれば追加で休養を取らせることも考えてるんだけど…レノ、モニカ・ノートン嬢について何か知っているかい?」
「何も知りませんよ。私は一年生、ノートン嬢は二年生ですし…それに私はこの一週間、殿下に付きっきりでしたからね」
「それもそうか」
私だってモニカと話すことが幾つかある。しかし、今の関係性はイザベルという薄い繋がりしかないただの顔見知りだ。仕事で忙殺されていた私がモニカに接触するには動機も時間もない。
「今日は…選択授業の見学会か。レノは何か気になる授業はあるかい?」
「魔術二種ですかね」
「基礎魔術と実践魔術かい?」
「そうですね。魔術に関してはほとんど独学なので、これを機に基礎から学ぶのも良いかと思いまして」
私が魔術の授業を受ける動機を口にすると、殿下はくつくつと笑いを溢す。
「何が可笑しいんですか」
「いやぁ、あの魔剣や鎧…それに巡航魔術を開発した君が『基礎から』ねぇ?」
つまり殿下が言いたいのは…私が魔術の基礎授業を受けるのは、剣術の授業を受けるのと然程変わらない状態になるんじゃないか、と言う事か。
確かに私はそこらの騎士よりも魔術に詳しいが…それでも、比較対象はそこらの騎士レベルなのだ。
「魔剣や鎧は原案こそ私ですが、実用化は専門家に頼りきりでしたし、巡航魔術はあくまでも要望を出した程度です。あれを開発したのは飛翔の魔術師と言うべきでしょう」
他にも結界の魔術師や宝玉の魔術師の協力もあったので、私の功績と呼ばれるにはかなり弱い。それに『鎧』の実績や評価はともかく、巡航魔術単体の評価は散々なのだ。流石にそんな魔術を開発したことを誇らしげにするつもりはない。
この功績をあえて全面的に押し出して、強引に七賢人に立候補したこともあったが…あれは若さゆえの過ちだ。「せっかくなら魔術師の土俵に立って戦ってみるのもいいかな」なんて考えもあったりしたが…あの時は私以外の候補者三人、主にモニカとルイスが戦闘向きの技術を持っていたので、身体能力のゴリ押しだけでは手も足も出なかった。あの二人の組み合わせは、はっきり言って強すぎる。私でも魔剣抜きだと手も足も出ないぞ。
「ところで…殿下は随分と魔術に詳しいようですね?私が巡航魔術の開発に関わった事は然程有名では無いのですが」
「私も少し、魔術に興味があってね。魔力量には恵まれなかったから道楽止まりだけど、知識はそれなりにあるつもりだよ」
魔術は一にも二にも魔力が必要だ。なぜなら魔力がなければ魔術は使えないから。そのせいで、ルイスの妻であり、元七賢人『治水の魔術師』バードランド・ヴェルデの娘であるロザリー・ヴェルデは、魔術師の道を諦めた。
どれだけ努力しようとも、魔力量という壁だけはどうしようもないのだ。だから殿下は『道楽止まり』と言っているのだろう。
「魔術を使うとなると、どう頑張っても魔力は必要になりますからね」
「魔剣といい例の鎧といい、君の装備は魔力をかなり消費するだろう?それに随分と面白い技術を使っているから、私としても素人ながらしっかり調べたんだよ」
面白い技術…まあ、そうだろう。魔導具は魔術師が作る物だが、私の使う魔剣は魔術師殺しとも言える武器だ。何故、強力な武器とも言える魔剣が今まで開発されていなかったのかは、少し考えたら分かるだろう。自分で自分の首を絞めるバカはいないという事だ。
「そんな私から言わせて貰えば…あの武器は文字通り君専用だね」
「そうでしょうね。鎧込みでも長時間魔剣に耐えられる魔力量を持つ人間なら、普通に魔術師として動いた方が戦果を挙げられるでしょう」
設立されて早数年、私の騎士団に一人たりとも新入団員が来ない理由がこれだ。そもそも魔剣は広範囲無差別に魔力を吸っていく武器だ。それは使用者自身も例外ではない。
そんな武器を使いながら魔術を使った所で出せる威力はたかが知れているし、魔剣に耐えるような魔力量を持った人間が、魔術を使うよりも剣で戦った方が十分に戦果を上げられるか?そんな訳ない。
対竜戦の基本戦術は『騎士が攻撃を受け止めて、魔術師が後ろから隙を見て攻撃』だ。騎士が真っ向から突撃してぶっ殺す訳ではない。
そもそも竜と一騎討ちできるような騎士は、おそらく世界を探しても三桁居るか居ないかぐらいだ。そして、その騎士の中でも魔力量が90以上の人間が、魔剣を使う基準となっている騎士だ。私の騎士団に新人が来ない理由がよく分かるだろう。
「かと言って、既存の騎士団に入れる訳にもいかないから君専用の騎士団が設立された訳だ…まあ、騎士団と呼ぶには些か規模が小さい気がするけどね?」
「最初は団員の一人二人くらいすぐ見つかるだろう…なんて考えていたのですが、流石に無理でしたね」
モニカとルイスが七賢人になる少し前…およそ3年前に私の騎士団は設立された。
赤竜の単独討伐。その褒賞として陛下に強請った物が自分の部隊だった。当時の私は色々と長ったらしく面倒な手続きを通さなければ、単独行動は疎か魔剣も使えなかったからだ。
本気で扱えば否応なく周囲を巻きこむ魔剣を振るう私にとって、それは非常に致命的だったし…何より、自身は動けるのに政治的理由や立場からくる柵のせいで目の前の脅威をのさばらせておくのは、当時の私はとても耐えられなかった。
助けを求める人々の元へなるべく早く行く為に巡航魔術を開発し、万一にも何者にも負けないように魔剣を作らせた。それなのに当時の貴族や騎士団は、私の単独行動を渋ったのだ。そのせいで救援が間に合わなかった例など枚挙に暇が無い。
「陛下も、君の扱いに関しては頭を悩ませていたよ。君の戦術は今までに無い新しい物だからね。しかも当時の君は年端も行かない女の子だろう?そんな子供に強すぎる権限を与えるのを躊躇う貴族は多かった筈だ」
「ええ、当時の騒動は今でも鮮明に思い出せます…まあ、理由の半分は「フェアニッヒに権力を与えたく無い」だった気もしますが」
当時の泥沼となった議会の様子は今でもよく覚えている。やれ「こんな子供に騎士団長が務まるとも思えない」だの、「魔剣は危険だから没収すべき」だの…挙げ句の果てには「女が騎士をやるなんて非常識だ」などと…呆れ返るようなくだらない発言も多かった。
それでも私がこうして自身の騎士団を持てたのは…お父様の尽力と、陛下の計らいと、星詠みの魔女の協力のおかげだ。
思い出しただけでもうんざりしてくる。常識や倫理観に縛られるのはまだ良い。それを捨てるには慎重な判断が必要だからだ。しかし、当時は利権や見栄に囚われた一部の貴族が大変目立っていた。あのような醜い言い争いは、もう見たくは無い。
「…君は、随分と様々な苦労をしてきたみたいだね?」
「ええ。大きすぎる力は周囲との軋轢を産む物ですから、すでに割り切れてはいますが…それはそれとして、面倒な物は面倒ですからね。あの手この手で貴族たちを説得するのは、非常に骨が折れるんですよ」
説得、脅迫、交渉…どの貴族にどのような手を使うべきかを見極めて、時には陛下や星詠みの魔女の助力を得て…一年近くの時間をかけて、どうにかこうにか今の立場を手に入れたのだ。
あまりにも多くの人に長く世話になった。動機が何であれ、尽力してくれた人々には頭があがらない。
そんな協力してくれた人たちの顔に泥を塗らないためにも、今まで相当頑張ってきた。賊を根絶やしにして、人を襲う竜を片端から堕としたのだ。そして今では、武力に関して私に口答えする人間はいなくなった。実績を以て、私が最強だという事を世に知らしめたのだ。
「この国の貴族たちも一枚岩では無いからね。現に王位継承者について争っているのだから、何かと敵の多いフェアニッヒ辺境伯家の苦労も相当だったろう」
「ええ…当時は文字通り軍官と文官の争いのような形になっていましたからね。北と東の貴族と、その他貴族の対立という形でした」
竜害が多く、他国とも隣接しているからか武力信奉の気が強い東部貴族たちと、フェアニッヒのホームである北部は私が独自の騎士団を持つことに賛成し、その他の貴族は良くて中立、大半は反対派だった。武力の必要性が薄い土地に住む貴族たちは私の実力に懐疑的だったし、そもそもそこまでする必要性は薄いと感じていたらしい。
しかし、他国の脅威や竜害と隣り合わせの東部貴族たちは、多くが私の実力を知っていたし、何より手段を選んでいられる余裕のある貴族も多くはないのだ。だからかなり親身になって協力してくれた。
「東部の貴族たちと、それ以外の貴族たちの認識のズレは長年の課題になっているからね。それが大きな形で噴出したのがその時だったんだろう」
「そうですね、そもそもフェアニッヒも中央の貴族と折り合いは悪かったので…本当に、課題が多すぎた問題でした」
あの時の様子は、文字通りこの国の縮図だったのだろう。だからこそ事態は酷くややこしく、長い事解決する目処も立たなかったのだろう。
なんだかんだで今の私の立場は、色々な縁や運が巡った結果なのだ。まさに『力を持っていようとも、どうしようもない事』だった。
「…やっぱり、君と話していると長くなってしまうね。そろそろ今日の授業の話に戻ろうか。私はモニカ・ノートン嬢に魔術適性があると考えているのだけど、君はどう思う?」
時計を見れば、既に30分近く話し込んでいたらしい。殿下は既に準備を整えているので、もう少しゆっくりしていても良いが…それでも際限なくとは行かないので、殿下の希望通り今日の話へと移ろう。
さて、殿下はモニカに魔術適性があると感じているらしい。流石のご慧眼だ。モニカの中に眠る七賢人の素質を見抜いてしまったのかもしれないな。
…冗談ではない。殿下がこんな事を言い出したのならモニカの正体が勘ぐられている…いや、もしかしたらもう確信に近いものを抱いているのかもしれない…落ち着け私、まだそうだとは決まった訳ではない。ボロを出す訳には行かないぞ。
「……殿下は、彼女のどの辺りが魔術師に向いていると?」
「魔術は数学的思考が高い人間ほど向いていると言われているのは知っているかい?」
なるほど確かに。魔術はある程度なら感覚で使えるが、本来人間が魔術を使う際は感覚で使うものではない。殿下の言う『傾向』は確かに存在しているものだ。
「ええ、まあ。いわゆる理論派ですね。私は感覚派ですが、理論派の頂点をこの目で見たことはあります」
「沈黙の魔女だね?」
「ええ。彼女に並ぶ理論派の魔術師は、現在はいないでしょうね」
これは…どっちだ?いや、殿下はやけに沈黙の魔女に関して詳しかった。だから私の発言にすぐ食いついてきたのかもしれない。それにモニカは魔術理論の教科書に名前や論文が載るくらいには偉大な学者様なのだ。
モニカが沈黙の魔女だとは思われていない…筈だ。しかしモニカに何かしら裏がある事は感じとっているだろう。
「とは言え魔力がなければ始まりませんし、何より本人の希望が最優先ですからね」
何はともあれ、モニカが嫌だと言えば殿下が強要する事は無い筈だ…問題は、モニカがノーを言える人間では無い事か。殿下に見学しろと言われたら、言われるがままに流されてしまうだろう。
そして間違いなく、魔術の授業を受けるにあたって魔力量の検査がある。そもそも魔力がなければ魔術は使えないからだ。モニカの魔力量は、確か200を超えていた記憶がある…詰みでは?
「私としても彼女の意思を尊重するつもりではあるよ?でも私が魔術を勧めたら、彼女断れるかな?」
ど、どうする…自然にモニカを魔術から引き離す方法…何か、何かないか…?
…モニカ依存になるが、私が出来るのはこれくらいか。頼むモニカ、適当に話を合わせてくれ…!
「……先ずは、モニカに何を受講したいか聞くのはどうでしょう。もし希望があれば、魔術は諦めると言う事で…」
「ふむ…そうだね。それで行こう」
と、とりあえずワンチャンスは作った。これ以上私が干渉すれば却って怪しまれるだろうし、今はこれが精一杯だ。頼むモニカ、何とか適当に誤魔化してくれ…!
レノちゃんが特殊魔装騎士団を設立したいと言った時の有力な貴族たちの反応
国王陛下 賛成
実績もあるし本人が求めているのなら良いというスタンス。上位竜に一対一で勝てる程の力なら、ある程度自由にさせた方が国にとって良いと考えていた。
クロックフォード公爵 反対
言わずもがな。フェアニッヒに力を付けさせたく無い。
ハイオーン伯爵 中立
レノの実力もその部隊の有用性も認めてはいる。でも自分の娘より若い子供を戦場のど真ん中に突っ込ませるのは倫理的に如何なものかと考えていた。レノは反論できなかった。
ケルベック伯爵 賛成
上位竜を一人で斬ったと聞いた時は流石に耳を疑ったが、「まぁ、あの子なら不可能では無い…か?」となっていた。
自前でどうにかできるケルベックはともかく、東部の貴族の大半は竜害に悩まされ続けているので、戦力が増えるならばと賛成派に回った。それはそれとして竜の相手を子供一人に任せるのは気が引けている。
七賢人
星詠みの魔女 賛成
レノは自分でやると決めたら絶対に曲げないし、実力も十分。年齢に関しては思うところもあったけど、悪い事をするような子では無いからと協力してあげた。
宝玉の魔術師 反対
クロックフォード公爵に倣えの考え。
雷鳴の魔術師 賛成
上位竜を一人で倒せるなら自由にさせても良いじゃろう。ところで…飯はまだですかのぅ?
治水の魔術師 中立
北部の治水についてよくフェアニッヒ辺境伯と話をしていたから、フェアニッヒの教育方針については知っていた。しかし、流石にレノを上位竜とタイマンさせたと聞いた時は正気を疑った。12才だぞ?なんで上位竜の前に放り込んでるの?そして何で勝ってるの?
ルイス・ミラー(当時は魔法兵団団長) 賛成
上位竜を一人で殺せる人材を遊ばせとく気はない。ゆくゆくは七賢人になるつもりなので、仕事を減らしてくれるならば少しは協力するつもりだった。