最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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ドキドキ見学会

 午前中の授業も終わり、昼食へと向かう道中。モニカが復帰するのが楽しみなのか、どことなく上機嫌な殿下とは対照的に、私の気分はこれ以上なく落ち込んでいる。いよいよモニカの正体がバレるのではないかと気が気でないのだ。

 

「レノ、気分が優れないみたいだけど大丈夫かい?」

 

 そんな私の表情を見て、殿下が気遣う様に声を掛けてきた。不信感を抱かせないように誤魔化さなくては。

 

「そうですね…この一週間、慣れない護衛任務に就いていたので、疲れが取れていないのでしょう」

 

「確かに、このところ何かと忙しそうにしていたしね」

 

 殿下は私の言い訳に納得してくれたようで、深く追求してくる事はなかった。まあ、私が話した事も事実だから疑いようもないのだろう。

 

「私は外敵を倒すのは得意ですが、護衛となると四六時中気を張り詰めていなければならないので…それはもう疲れるんですよね。近衛騎士団はこれを日常的にやっていると考えると…尊敬しますよ」

 

「ああ、そうだね。普段の君の仕事と近衛騎士の仕事では全く勝手が違うだろう」

 

 改めて護衛の任に就いて、近衛騎士の大変さが良くわかった。

 本来の私の業務…特殊魔装騎士団の出動時には明確な敵が居て、そいつを斬れば終わりだ。

 しかし護衛は『居るかも分からない敵』に警戒し続けるのが仕事だ。そんな気の休まる事の無い仕事…私では到底長続きしない。

 

 ……ところで、内密に動いているとはいえ正式な護衛であるモニカは、きちんと警戒できているのだろうか。もしかしたら『殿下の側にいればOK』程度に考えていないだろうか。

 そんな事を考えていれば、もう殿下の部屋の前だ。部屋の前に居る学園の警備員達と、ここ一週間繰り返してきたやりとりを挟めば私は昼休憩へと移れる。

 

「では殿下。今日もいつも通り私が迎えにきますので、それまでは出来る限り外出は控えてくださいね」

 

「全く、少し過保護すぎやしないかい?」

 

「ええ、そうですね私もそう思います。ですが、私も護衛は不慣れなんですよ。なので教本通り…いえ、それ以上に慎重になっているんです」

 

 現在の殿下護衛計画は、誰がどう見ても厳しすぎる護衛態勢なのだが、これは私の経験不足による過剰な防衛態勢が原因だ。

 

 私が殿下の横に居れば、生半可な攻撃は私が対処できる。余程理不尽な攻撃…例えば、防御不可能の黒炎をゼロ距離無詠唱で放ってきたり、精霊王召喚のような超大規模攻撃以外なら、私が攻撃を見てから対処できる程度には『最強』だからだ。

 

 しかし、私がいない時間帯…昼休憩や深夜帯はそうもいかない。私が居ない分の穴は護衛の数を増やす事で埋めているが、それでも不安なものは不安なのだ。警備員がしくじれば私の責任にもなる。慎重すぎるくらいがちょうど良い。

 

「護衛初心者の私を助けると思って、殿下には我慢して頂きたく思います」

 

「そう言ってもう一週間…流石にこの時間はうんざりしてしまうね。まるで戦時中じゃないか」

 

 殿下のお言葉も尤もである。私も三日目くらいで「これは流石に過剰防衛か…?」と考えてはいた。しかし護衛計画を弄るのも一苦労だし、どうせ一週間だけだとそのままにしたのだ。まあ、つまり…ある意味では私の物臭が原因だ。絶対に殿下に教えるつもりはないが。

 

「流石に次があったらもう少し緩くはしますが…まあ、次なんて早々無いでしょうね」

 

「あったら困るなぁ。もし次があれば生徒会の仕事もままならないだろうし、何よりセレンディアに通っているレノを護衛として拘束するのは、ね?」

 

 そういえば私はこの学園の生徒で、おまけに殿下の後輩でもあったか。流石に何度も学業に穴を開けるのはよろしくないし…何より、私はもう護衛なんてこりごりだ。

 さて、私はまだ業務中の身。さっさと昼休憩を済ませて戻ってこなければならないので良い加減話を切り上げなければ。

 

「では、私は休憩に入ります。何か起きた際には…」

 

「大丈夫、覚えているよ。じゃあまた後でね」

 

 殿下と別れ、ある程度歩いたところで早足になる。私は今からどうにかして、モニカが実践魔術を受講する事が無いようにしなければならないのだ。

 

「クソ、何か私が打てる対策は…モニカに連絡は、無理。昼休憩の間にやれるような事じゃない。殿下の気を逸らすのもまず出来ない…」

 

 しかし、出来ない事はできないのだ。殿下があそこまで乗り気である以上そう簡単に諦めるとは思えないし、強引な手は私とモニカの関係を勘ぐられる可能性に繋がる。

 モニカにこちらの事情を伝えるにしても…伝えられる人員も居なければ、伝えた所でモニカにどうにか出来る気もしない。ついでに言えば、余計な情報を与えたことによって挙動不審になりかねない。

 

「やっぱり、モニカを信じるしかないか。魔術の事ならともかく、腹芸となると不安しか感じられないけど…」

 

 ただでさえ人と話すのが苦手な上に、こちらの事情を一切知らないであろうモニカに全てを委ねるには不安要素が多すぎる。となると私がどうにかすべきなのだが…

 

「この件に関してはイザベルを頼ることも出来ない…いや、出来なくはない…けど、やっぱり時間が少なすぎる」

 

 イザベルの立場ならば、モニカを体の良い小間使いにするための授業を受けるように誘導することも出来た。しかし今からイザベルに連絡して動いてもらうには…やはり時間が足りないのだ。

 

「…流石に、バレたら諦めてもらう他無いですかね」

 

 ここまで頭を捻って考えても妙案は思い付かないのだ。もう潔く諦めるしかない。

 

「クソ、まさかフェリクス殿下がモニカを魔術の道に誘うなんて…動機は、まあ、理解できなくはないけど…」

 

 セレンディア学園の選択科目には数学や経理の授業はない。となると、モニカの計算能力を一番活かせるのは、消去法で魔術科目になる。

 魔術には魔力が必要になるが、モニカは七賢人だ。魔力量も相応に持っている。いや、持ちすぎている。

 

「なんなら受講するしない以前に魔力量測定の段階で一悶着起きますね…こっそり魔力測定器具を壊しておくか…?」

 

 今回は飽くまで見学会だが、魔術の授業に関してはそもそも魔力がなければ受講できない。この機会に魔術に興味を持っている者の魔力を測定するだろう。

 セレンディアでは魔力量が100を越えたら有名人になれる程度だと予想している。七賢人の最低ラインは150…モニカはそれを余裕で越えている。騒ぎにならない筈がない。

 

 かくなる上は、破壊工作に手を染めるしかないかもしれない。個人的には使いたくない手だが、モニカの正体がバレるよりはよっぽど良い。問題は誰が如何にしてそれをやるかだ。

 何かしらの手を打つにせよ、今は時間が無さすぎる。殿下の動きを事前に把握できれば良かったが…何を言おうと後の祭りだ。

 

「…もうどうにでもなれ!」

 

 酒は無いのか酒は!全てを忘れられる程に酔ってしまいたい!まあ、私は酔った事がないのだが。

 私はもう完全に諦めた。とりあえずモニカの正体がバレた後の事を考えておこう。

 

 

 自棄食いのような昼食を済ませて、殿下と合流する。相も変わらずうきうき気分な殿下を見ていると、無性に腹が立ってくる。私はこいつのせいで…三割くらいは殿下のせいで苦労しているのだ。

 

「さあレノ、子リスを探しに行こうか」

 

「…では、どこから手を付けますか?」

 

 どうにも気は進まないが、何を喚こうとも私に拒否権はない。殿下の思うがままに動いてくれ。

 

「まずは教室かな。もしかしたらそこで悩んでいるかもしれないしね。その道中で聞き込みもしてみよう」

 

「わかりました」

 

 これでモニカを見つけられずに一時間が経てば、流石の殿下も諦めてくれるだろう…モニカにお熱な殿下の事だから、そこまで来たら少し強引な手段を使ってくるかもしれないが。

 

 殿下の一歩後ろを歩きながら、私はふと、この学園でのモニカの動きについて思い返す。そもそも何があったらモニカが生徒会へ入れるのだろうか。

 

「…殿下。モニカ・ノートンはどれ程仕事が出来ているのでしょうか?」

 

「信頼さえあれば王宮の帳簿を任せても良いと思える程度には、かな」

 

「それはまた…随分と優秀そうですね」

 

 王宮の帳簿番。それはまさに国の財を司る役職だ。モニカならその仕事も不足無くこなせるだろう。

 なんせモニカは既に一部の七賢人の帳簿番をやっているとも聞いたことがある。魔術の研究は何かと金を喰うので、相応の能力を持った人間でなければ帳簿は任せられないだろう…そんな事にモニカを使ってほしくはないが。

 

「それで…殿下はそんな人材をどこから拾ってきたのですか?」

 

「あれ、レノは知らなかったんだっけ?」

 

「ええ。聞く機会も無かったので…モニカ・ノートンの性格からして、自ら進んで立候補した訳では無いでしょう?」

 

 モニカの事だ。学園内でもできる限り他人と関わらないように行動していた筈だが、何がどうして殿下と出会い、どうやったら殿下にその才能を見破られるのか…本当に何があったんだ。

 

「そうだね、私が少しだけ強引に誘ったんだ」

 

「殿下の『少しだけ』は下々の人間にとっては命令と変わりませんよ…特にモニカ・ノートンの立場であれば尚更です」

 

「そうだね。彼女の性格から考えても断れないだろう」

 

 ただでさえモニカは気弱なのに、殿下はこれ以上ないくらい偉い人間だ。そんな人物からの要請を断れる人間は何人いるだろうか。

 

「彼女とは旧庭園で初めて会ったんだ」

 

「あそこは立ち入り禁止だった筈では?」

 

「入学式前後に生徒会で一悶着あったのは知っているだろう?その後処理に追われて…ちょっとした息抜きでね」

 

 入学式前後…ああ、確かモニカの前任であるアーロン・オブライエンが横領で退学させられた件か。確かに相当な後処理が必要そうだ。

 

「そんな中、旧庭園に一匹の子リス…ノートン嬢が迷い込んできたんだよ。私が声を掛けたら彼女、驚いたのか転んでしまってね、ポケットに詰め込んでいた木の実を落としてしまったんだ」

 

 なんか色々と話が飛んでいないか?何故モニカが立ち入り禁止の旧庭園に顔を出しているんだ…まさか、人を避けようとした末の行動か?

 しかもポケットに木の実を詰め込んでって…それでは本当に子リスではないか。殿下が何故モニカを子リスと呼んでいるのか疑問ではあったが、ようやく納得がいった。

 

「それは…確かに、子リスですね」

 

「だろう?それで散らばった木の実を拾い集めてあげたんだけど…私はその時、生徒会の会計に関する資料を持っていたんだ。それが突風で散らばってしまってね」

 

「なんと言うか、まあ…不用心ですね」

 

「大した物じゃなかったから見られても構わなかったんだけど…ノートン嬢がそれを拾い集めてくれたんだ」

 

 どんな出会い方なんだ。イザベルから借りた小説でもこんな出会いはなさそうだぞ。

 

「それで、集めた資料を渡してくれたとき…彼女は書類に不備があったことを教えてくれたんだ。それも、私が把握していなかった箇所をね」

 

 おそらくモニカは、反射的に資料の数列を計算し…自らの研究者魂の赴くままに殿下に書類の不備を伝えたのだろう。資料を拾い集める一瞬で、だ。

 

「ふむ、立ち入り禁止の旧庭園に突如現れた不審者…そんな人間が特異な能力を持っているとなると、興味は惹かれますね」

 

「だから彼女に仕事を任せて見れば…本当に、驚く程優秀だったんだ。だから生徒会で飼うのも良いかなと思ってね」

 

「殿下がそこまで言う程とは…何をやらせたんですか?」

 

 モニカの能力と人柄を見極める為の一手だったのだろう。関係のない資料に手を出さないかとか、モニカがどこまで仕事が出来るかだとか…となると、相応に難易度の高い仕事を任せたと考えられる。

 

「私は生徒会の過去五年分の会計記録の見直しを、朝から昼休みの間までに頼んだんだけど…彼女、過去の記録全ての見直しをしたんだよね」

 

「それはまた…凄まじいですね」

 

 セレンディアは貴族の通う学校なだけあって、さまざまな催しに使う費用も膨大なものとなる。そんな会計資料を五年分…私なら頼まれたってやりたくはないが、モニカならば目を輝かせて取り組むだろう。

 

「そんな人材を放って置きたくはないし、何より彼女は数字に対して真摯だったんだ。だから私はノートン嬢を生徒会に誘ったんだ」

 

「なるほど、それは理解できます。それに都合よく会計の席が空いていたから、そこに座らせる事にしたと」

 

 モニカと殿下の出会いがもう少し遅ければ、殿下は適当な人間を会計の席に座らせただろう。そうであればここまでややこしい事態にはならなかった筈だ。なんとも間の悪い。

 ともかく、これでモニカの事情は分かった。望まぬ七賢人の席といい、今回の件といい、モニカはそういう星の下に生まれたのだろう。『たまたま座りたくない席が空いて、半ば強制的にそこに座らせられる』という星だ。

 

 そして私に取っては非常に残念な事に、廊下の少し先にモニカの後ろ姿が見えてきた。うまく時間を稼いで諦めさせる作戦は失敗だ。

 

「…やはり、噂をすれば影が差すというのは本当みたいだね?」

 

「あれって何でなんでしょうね。気のせいと言うには頻繁に起こる気がします」

 

 私たちの視線の先にいるのはモニカと、私が個人的に見覚えのある女子生徒…ブライト伯爵令嬢、ケイシー・グローヴが会話している姿だ。

 ケイシーがセレンディアに居るのはかなり意外だったが…最近はブライト伯爵領もかなり持ち直していると聞くし、相当な余裕ができたのかもしれない。

 

 殿下は嬉しそうな表情を隠そうともせず、モニカに話しかけるべく歩調を速めた。私もそれに合わせて歩くが…気持ちが落ち込んでいるせいか脚が重い。

 

「やあ、ノートン嬢。体調はもう良くなったかい?」

 

「でっ、でっ、ででっ…でん、殿下」

 

「うん、久しぶりだね、その愉快なフレーズ」

 

「そっ、そっ、その節は、大変っ、ごめい、わくわく、を」

 

「…ごめいワクワク…」

 

 モニカのトンチキな返事がツボに入ったのか、殿下は肩を震わせている。そのまま腹を攣らせて医務室送りになってくれないか。

 

「あ、ああ、あの、なっ、なっ、なんで……殿下が、ここ、に」

 

「三年生の何人かは、見学中の一、二年生の誘導係をしているんだよ。ところで、君はもう選択授業は決めたのかい?」

 

 頼む。何かしら適当な授業を受講すると言ってくれ…なんて私の願いも虚しく、モニカはぶんぶんと頭を横に振る。終わりだ…

 

「君にぴったりの授業があるんだ。案内してあげよう。良かったら、お友達も一緒についておいで」

 

「よ、よろこんで…」

 

 ここまで来たらモニカは断れない。そして私も、殿下を引き止める手段は持ち合わせていない。チェスで言えばチェックメイトだ。ははは。

 

 

 そんなこんなでモニカは流されるがまま、実践魔術の教室前まで来てしまった。ここまで来れば、流石のモニカも殿下の意図を把握できたようで、動きが明確にぎこちない物になっている。

 やめろ。私に助けを求める視線を送るな。もう私にはどうしようもないんだ。そんな縋るような涙目で見つめられたって何も出来ないんだ。

 

「私はこの授業を受けてはいないのだけどね、君には魔術が向いているんじゃないかと思うんだ」

 

「なっ、なっ、何故、そのよう、に、おっ、思われたのでしよっ、しょっ、しょしょ…」

 

 モニカは何時にも増して呂律の回らない話し方で、殿下がこの授業を選んだ意図を聞こうとしている。きっと自分の正体がバレている上で揶揄われている可能性も考えているのかもしれない。

 

「魔術は数学的思考が高い人間ほど向いていると言われているんだ。君は数学の成績がずば抜けて良いだろう? だから向いているんじゃないかと思って」

 

 モニカは殿下の動機を聞いて納得したのか、一瞬だけ安心したような顔を見せたが…全然危機が去っていない事を思い出したのか、おろおろワタワタと忙しなく視線をあちこちに彷徨わせる。

 そして最後に視線を向けるのは…やはり私だ。殿下の背後から私に向けて熱烈な視線を送ってくるモニカに対して、私は殿下の目を盗み、ゆるゆると頭を横に振る事で答える。モニカはただでさえ白い顔をさらに白くした。

 

「マクレガン先生、見学希望者を二名連れてきました」

 

「うん?」

 

 実践魔術の講師、マクレガン。私は元より実践魔術を受講する予定だったので彼の来歴を調べている。彼は4年ほど前にミネルヴァからセレンディアに移って…待て、4年前?ミネルヴァから…移った?

 嫌な予感と共にモニカの顔色を伺う。モニカは死人のような顔色で白目を剥きながら、完全に硬直していた。どうやら私の予感は当たったようだ。

 

 モニカはミネルヴァで初めて無詠唱魔術を実践し、飛級で卒業した。そんな歴史的快挙を成し遂げた生徒をミネルヴァの教師陣が覚えてない訳が無い。つまり、マクレガンはモニカの事を知っている可能性が非常に高い。終わりだ…

 

「……チミ、誰?」

 

「生徒会長のフェリクス・アーク・リディルです」

 

 モニカはマクレガンから出来るだけ自分の姿が見えないようにケイシーの背後へと隠れる。虚しい抵抗だ。

 

「あぁ、うん、生徒会長ね…うん…案内ありがとう…えっと、見学者は二人? 悪いけど、ボク、あんまり目が良くなくてね。チミ達、男子? 女子?」

 

「見学者は女子が二名…いえ、三名です」

 

「あぁ、女子ね。はいはい、最近は女子の受講者増えたね」

 

 しかし、私の予想に反してマクレガンの反応は淡白なものだった。もしや…マクレガンは相手を容姿で判別できないのか?だとしたらまだ気づかれてない可能性もある。まあ、どうせこの後の魔力量検査で大騒ぎが起きて正体もバレるだろうが。

 

 ともかく今は殿下の発言に対して反応しなければ。殿下は見学する女子生徒が()()と言った。ここにいる女子生徒は、モニカとその友人に私を加えて丁度三人。殿下は護衛任務中の私を見学者として含めたのだ

 

「殿下、今の私の立場は…」

 

「でも、君は元からこの授業を受ける予定だったんだろう?それならついでに見学しても良いじゃないか」

 

「まあ、そうですが…」

 

 どちらにせよ殿下がここにいる限り、私も一緒に居なければならない。護衛の立場として格好だけの苦言は呈したし、お言葉に甘えて見学者として扱ってもらおう。

 

 今の所、モニカの正体はバレていない。マクレガンもモニカの背格好だけでは彼女の正体を察することは出来ていないし、名前を呼ばれない限りまだ希望はある。立ちふさがる壁はまだまだ多いが、奇跡的になんとかなってくれることを祈ろう…

 

「あーーー! モニカじゃないっすか!モニカも実践魔術の授業受けるんスか…ごあっ!?」

 

 その声を聞いた瞬間、私は反射的に駆け出して声の主…グレンの頭に拳骨を落とした。せっかくマクレガンにモニカの正体がバレていなかったというのに、そんな馬鹿みたいな大声で名前を呼べば勘付かれるだろう!

 

「め、目玉が飛び出るかと思ったっす……な、なんで…オレ、何かやったっすか…?」

 

「教室でそんな馬鹿でかい声を出さないでください。ここは貴族の学校なのですからもう少しお上品にする努力だけでもしたらどうですか?…ニール先輩、子守お疲れ様です」

 

 我ながら理不尽な言い分だが、とにかくグレンを黙らせることが先だ。これ以上騒がれたら何が起こるか分かったもんじゃない。

 グレンの横にいたニールも、私の行動に驚いた様子を見せていたがすぐに姿勢を直し、柔らかな笑顔を浮かべて挨拶を返してくれる。

 

「いえ、グレンも悪意があってやっている訳ではないので…ああ、こんにちは、生徒会長。ノートン嬢。皆さん、この授業を受けるんですか?」

 

「生憎、私は受けていないのだけどね、ノートン嬢に向いているんじゃないかと思って、お友達と一緒に案内していたんだ」

 

「あぁ、確かに! 魔術師は数学的思考に長けた人ほど上達が早いって言いますもんね!」

 

 ニールの援護射撃にモニカが肩を震わせる。モニカには今度、自分の感情を表に出さない訓練をさせるのがいいかもしれないな。

 

「ええっ!? そうなんスか!? オレ、二桁の足し算も危ういんスけど……もしかして、すっげぇ不向き?」

 

「それくらいミネルヴァを追い出された時に分かっていたでしょうに…」

 

 グレンは完全にセンス頼りの魔術師だ。彼の魔力操作も悪くはないのだが…その膨大すぎる魔力量を制御出来る程ではない。グレンは自らの魔力に振り回されているのだ。

 

「チミ達、入り口で立ち話もなんだから、まぁ座りなさいよ。それと、魔術師の向き、不向きの件だけど、他の受講者さんにも分かりやすいように、説明してあげる」

 

 マクレガンの提案に従い、各々が席に座る。私は教室の後方で待機しようとしたが、殿下の指示で殿下の横に座る事になった。どうやら今回は私を徹底的に『見学者』として扱いたいようだ。

 

「えー、コホン。まずね、魔術師になるには三つの才能が必要とされるのよ。それが『魔力量』『魔術式の理解力』『魔力操作技術』ね」

 

 正確には魔力量が魔術を使うにあたっての前提条件、残りの二つは後からの訓練でどうにかできなくもない要素だ。

 

「もう、なんて言っても一番必要な才能はこれ。魔力量ね。これがないと、そもそも魔術が使えないからね。今は魔力測定器で簡単に計測できるんだけど、見習いでも魔力量50ぐらい欲しいね。100超えたらまぁまぁ優秀。150を超えたら七賢人になれるカモ」

 

 マクレガンが言った通り、魔力量が100を超えれば上級魔術師に片足を突っ込んでいると言ってもいい域だ。そして特殊魔装騎士団の採用条件の一つは魔力量90以上…普通に魔術師として食っていける数値だ。

 

「そういえば、レノの魔力量はどれ程の物なんだい?」

 

「私の魔力量ですか?最後に測った時は187でしたね」

 

 殿下も流石にこの数値は想定外だったのか、驚いたように目を丸くする。

 七賢人から見れば少し低めな数値だが、私はまだ成長期。それが終わる頃には200を超えるだろう。

 

「次に『魔術式の理解力』…魔術式って数式に通じるものがあるからね。さっきチミ達が言ってた、数学強い子が魔術師向きってのは、この辺が理由。魔術式はいわば『魔術の設計図兼、骨組み』だからね。魔術式を正しく理解しているほど、魔術の精度はぐーーーんと上がるよ」

 

 これはモニカの得意分野…なんなら、その分野の頂点にいる。釈迦に説法どころではない。ちゃんとした授業が始まった瞬間に「その理論を作ったのは私なのですが…」と言い始めても不思議ではないくらいにお偉いさんだ

 

「そうそう。昔、ボクの教え子でこの『魔術式の理解力』が抜群に高い子がいてね。もう、ぐんぐん魔術式を理解して、遂には詠唱なしで魔術使えるようになっちゃったのよ。七賢人の〈沈黙の魔女〉って言うんだけどね」

 

 反射的にモニカの方を見そうになるが、気合いで堪える。今のモニカはきっと、心臓をバクバクと言わせながら真っ青な顔をしているに違いない。

 

「あ、ちなみにこの〈沈黙の魔女〉は、彼女が作った魔術式も含めて、筆記テストによく出るからね、覚えておいてね。もうね。近代魔術のセオリーをひっくり返したと言っても過言ではない、すごい魔術師だからね」

 

 本当にモニカの提唱した理論が教科書に載っているらしい。専門誌ならともかく、さすがに教科書にまで載っているのは想定外だ。なんでこんな所に居るんだモニカ。金なら出すからさっさと研究に戻ってくれ。

 

 護衛としてはこんなに頼りないモニカだが、魔術に関しては他の追随を許さないほどの才能を持っているのだ。問題はそれほどの有名人が潜入任務をしているにも関わらず、大なり小なり魔術に興味のある人間の集まる実践魔術の教室(ここ)に居る事だ。

 モニカも顔色が悪くなりすぎて横の友人に心配されている始末だ。もしやマクレガンはモニカの正体が分かった上で揶揄っているのではなかろうか。

 

「最後に『魔力操作技術』ね。これは、魔術式を元に魔力を編みあげる技術のことを言うんだけどね、まぁセンスがいるのよね。センスが良い子は難なく魔力を魔術に変換できるし、センス悪い子はいつまで経っても魔力の垂れ流し。魔術式の理解力が低くてもある程度魔術を使える子は、この『魔力操作技術』が優れてるってパターンが多いね。工作で言うなら、設計図と骨組みが雑でも、ある程度形にできちゃうタイプ。まぁ完成度は低いけど」

 

 これは私やグレンのようなタイプだ。いわゆる魔法兵の多くはこちらに分類される傾向がある。

 私も魔術について勉強はしているが…さすがに騎士団業務と日々の鍛錬で、専門家ほど多くの時間は取れていない。グレンは…七賢人を師に持つのだから、もっと頑張ってくれ。

 

「まぁ、この三つの才能が揃ってるのが望ましいんだけどね。もう大前提として、魔力が無いと魔術使えないからね。この授業の受講希望者は、全員魔力量測定してもらうのよ」

 

 いよいよモニカの正体が露呈される時が来た。モニカの表情も斬首台に立たされる罪人のような顔だ。私はただそれを眺めることしかできない。

 

「これね、魔力量測定器って言って、ここの水晶玉に手を当てると簡単に魔力量が測定できるの。ほら、こんな感じに」

 

 マクレガンはそう言いながら、魔力測定器に備え付けられた水晶玉に手を乗せる。やはりミネルヴァで教鞭を執っていただけあって、この年であっても相当な魔力量を持っているらしい。

 

「ボクの魔力量は158、光が青だから得意属性は水……こんな感じで、自分の魔力のことが簡単に分かるのよ。すごいでショ? はい、じゃあチミ達も順番に触ってみて」

 

 次から次へとモニカに試練が降りかかってくる。モニカの魔力量は確か200近かったか、それを超えていたか…どちらにせよ、凄まじく目立ってしまう数値だ。せめて私が先に立って…いや、むしろモニカの魔力量を引き立てるだけになってしまうか。

 モニカの方を見てみると…何やら陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくと動かしていた。なんだそのアホ面は。流石にふざけている訳ではないと思うが…

 

 次から次へと、生徒たちが魔力量を測定していく。私の魔力量は190…少しだけ伸びていた。

 その数値を見た教室の面々が驚いたような声を上げているが…次はグレン、その次にモニカと並ばれると、この数値でも低く見えてしまうな。

 

「もう200の大台が目前じゃないか。魔術師としても働けるんじゃないかい?」

 

「まあ、やろうと思えばできますけど…私の場合、大抵の事は剣を振ったほうが早く解決できますからね」

 

「次はオレの番っすー!」

 

 グレンが元気よく立ち上がり、腕まくりをしながら魔力測定器へと近づいていく。そういえば魔力測定器の上限以上の魔力を持つ者が、魔力量を測定する時はどうなるのだろうか。あの魔力測定器の上限は250。グレンなら優に超えている数値だ。

 

 グレンが魔力測定器に触れた瞬間…小さな亀裂音と共に、水晶玉に罅が入る。これは…まさかの展開だ。

 

「先生〜!これ、壊れてるっす〜!」

 

「嘘でしょ。チミ、それいくらすると思ってるの?」

 

「ぎゃーっ!おおおおオレのせいじゃないっす!き、きっと不良品!不良品なんスよ!」

 

 大騒ぎするグレンを横目に、私は心の中でガッツポーズをしながら殿下に声を掛けてから、マクレガンの下へ向かい、耳打ちをする。

 

「すみません、マクレガン先生。そいつ…グレン・ダドリーの魔力量は300を超えていた筈です」

 

「ウソでしょ。なんで早く言ってくれなかったのチミ」

 

 後の言葉はグレンへ向けた物だ。メモリが250までしか無い時点で自己申告して欲しかったのだろうが、グレンはそんな事を考えないだろう。

 

「ご、ごめんなさいっす…こ、これ、師匠に知られたら…」

 

「…はぁ、マクレガン先生。それはグレンの師匠に補填させますので、後で時間を作れますか?」

 

「う〜ん…この子の師匠って誰なのよ」

 

 不安そうに私を見るグレンは一先ず置いておいて、事後処理についてマクレガンと話す。まずはこの状況を解決しなければならないからだ。

 

「結界の魔術師…ルイス・ミラーです」

 

「ああ、なるほど。この子が…それじゃあ放課後…は、チミも仕事があるから無理かな。とりあえず時間が出来たら職員室まで来てね」

 

 私がルイスの名前を出せば、マクレガンは納得したように頷く。どうやらマクレガンはグレンの事こそ知らなかったものの、『ルイス・ミラーの弟子』については知っていたようだ。

 私の仕事は増えてしまったが…モニカの正体がバレる事態は防げた。モニカは…どこへ行った?今更席を外したのか?

 

「えーっと、ちょっとしたトラブルはあったけど、魔力測定器の予備は無いから、残りの子はまた今度ね。チミ達は席に戻って良いよ」

 

 マクレガンに促されたので、私とグレンは元いた席に戻る。グレンの表情は浮かない物だ。ルイスに何を言われるか分からないからだろう。 

 

「れ、レノさん…これ師匠に知られたら…どうなるんスか?」

 

「問題はないと思いますよ。これは不幸な事故として処理すればいいでしょうし、もしルイスがゴネたらとりあえず私が補填してあげますよ」

 

 こうは言ったが、ルイスがそこまでゴネる事は無いと考えている。ルイスは弟子の不始末に文句を言いこそすれど、無責任に放り出すような男では無いからだ。

 それに…グレンは知らないだろうが、私はルイスがグレンの学費を馬鹿正直に払っているとは考えていない。グレンのセレンディア通学に掛かる費用は、今回の殿下護衛の任務の必要経費として扱っているだろうから、今回の出費も何かと理由をつけて国に押し付けるだろう。

 

 万が一ルイスがゴネた時は…出世払いとして今は私が肩代わりしてあげよう。安くはない出費だが、私の貯蓄からすれば擦り傷程度だ。

 

「ですが、お小言の一つ二つは甘んじて受け入れてください。マクレガン先生も言っていた通り、魔力測定器はなかなかに高いのですからね」

 

「うえぇ〜…まあ、仕方がないっスか…」

 

 それはそれとして、仕事を増やされた事には変わりがないので、その件に関しての文句は垂れるだろう。グレンには魔力測定器を自費で弁償するよりはマシだと考えて、甘んじてお小言を受けてもらおう。

 

「それじゃあ、今から簡単に魔術について教えるよ。基礎中の基礎だから頑張ってついてきてネ」

 

 基礎中の基礎…私は既に通った道だとは思うが、本場の教員から学べるなら新しい知見が得られるかもしれない。真剣に受講しよう。

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