最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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レノ・グロスシュヴェルトちゃん(16さい)は蛮族である

 殿下とシリルとモニカに私。四人で過ごした生徒会室でのお茶会から数日後。私はようやく職務から解放され、現在は休学中の課題を処理している。

 クラスでは遠巻きに様子を見られ、周囲の人間は私を避けるように動く。これが振るいたくもなかった権力を振るった代償なのだろう。

 そんな状況から助け舟を出してくれたのがイザベルだ。現在はイザベルの部屋で、課題を片手にお茶会をしている。

 

「モニカはこの部屋で療養していたんですか。よく隠せましたね?」

 

「我が家の使用人は優秀ですから。それにしても、まさかモニカお姉様が毒を盛られるなんて…もしかしなくても大事件、ですよね?」

 

「ええ、それはもう…七賢人が毒を盛られるなんて前代未聞ですよ。もしこれで死んでいたら…私はここに居ないかもしれませんね」

 

 本当にモニカに万が一がなくて良かった。特に後遺症も無かったので一生徒のモニカ・ノートンとして処理できたが、大事になれば私は王都に呼び戻され、近衛騎士団が殿下の護衛に回っていただろう。

 

「本当に、こちらでも色々と騒ぎになりました。生徒会役員が毒を盛られたのもそうですが、それが我がケルベック伯爵家と縁のある者でしたからね」

 

「…あの行動は、それなりに敵を作る物でしょう?」

 

 イザベルはカロラインに対して相当厳しい処罰を与えていた。

 あの行為は学園内での個人的な諍いに、家の権力を持ち出すとも捉えられる行為だ。そんな事をすれば当然、周囲の人間からは距離を置かれる。

 

「ええ。ですがこれもモニカお姉様の為ですから。勿論、お父様も合意の上です」

 

 しかし、それでもイザベルはモニカを守るための選択をしたのだ。知ってはいたが、ケルベック伯爵家がモニカに対して感じている恩義は相当大きいのだろう。

 

「とりあえず、モニカの方は心配ないでしょうけど…学祭の準備期間は特に警戒してほしいですね」

 

「はい、多くの外部の者が学園内に出入りしますからね。もしかすると、お姉様だけでは手が足りないかもしれません」

 

 学園の警備に見つかる程度の間抜けな刺客ばかりなら良いが、もしもモニカが動く必要のある事件が起きれば…相当面倒な事後処理をしなければならないだろう。出来れば平和に終わって欲しいものだが。

 

「レノ様は今後どのように過ごすのでしょうか?」

 

「基本は一生徒として動く予定です。長いこと学業に穴を開ける訳には行きませんし、私がこの学園で大きい顔をするのも、色々な所から反感を買いますしね」

 

 この一週間余りを騎士として過ごしてきたが、本来私は守られるべき立場である『セレンディア学園生』なのだ。既に騎士として大きく動いた以上、今更私が何を言おうと遅い気もするが…それでも出来るだけ大きな動きは自重した方が良い。

 

 私は現在、一年生の中で最も殿下に近づいた生徒だ。良くも悪くも注目されている立場だが…この状況は色々と不都合だ。

 第一王子派である私が殿下に近づいているのもそうだし、私が女だと言うのも悪目立ちする要素の一つになっている。この学園では殿下の伴侶の座を狙う者が…それはもう、沢山居るのだから。

 おまけにシリル・アシュリーも女生徒からかなり人気を得ているので、そもそも生徒会に近づく事自体が悪手だ。色恋に関わる騒動は碌な事にならない。それは歴史が証明している。

 

 ついでに私は学園警備室からもあまり良い感情を持たれていないでいる。誰だっていきなり他所から部外者が入って来て、偉そうにされるのは喜ばないだろう。それが他派閥の者ともなれば尚更だ。

 

 不可抗力とは言え、今の私の立場はイザベル以上に針の筵だ。相応の立ち振舞いを心がけなければ、敵を増やすばかりだろう。

 

「ふむ、表立って騒ぎが起きない限りは生徒として過ごすのですね?」

 

「そうなりますね。警備室から要請があったり、殿下から命令されればその限りではありませんが…それはクロックフォード公爵の面子を潰すに等しい行為ですから、滅多な事ではそういう事態にもならないでしょう」

 

 この学園の関係者が私に頼るという事は即ち、第二王子派が第一王子派に頼るという事だ。これでは第二王子派は「私には問題に対処する能力がありません」と自ら喧伝するような物。そんな事をしたらクロックフォード公爵はさぞ不機嫌になるだろう。

 しかし…面子を気にして手に負えない事件を隠されるのも問題か。その辺りの対策も考えておかないといけないな。

 

「校内に入ってくる人間の身元確認も厳重にしろと釘を刺したので、そうそう事件は起きないでしょう」

 

「あんな事件があった手前、ここで再び事件が起きれば、それこそ警備室の信用問題になりますからね」

 

 ここの警備は既に生徒の手によって学園内に毒物を持ち込ませている。今回はモニカが被害者となったが、万が一殿下…いや、それ以外でも私やイザベルのような『地方を代表する貴族』に使われても大問題になる。

 

「私が殿下の護衛に就いている間、学園内では何か変化はありましたか?」

 

「目に判る程度には銀食器を使う人間が増えました。例の毒物には効かないとは言え、毒殺に使われるような毒物に対してはきちんと効果がありますからね。それと、裕福な家庭の子は対毒物用の魔導具も使っていますね」

 

「魔導具を?それはまた…随分な警戒っぷりですね」

 

 やはり今は一般生徒の間でも毒物に対する警戒が強くなっているらしい。あんな事件があれば当然だろうが…魔導具まで持ち出してくるとは相当だな。

 毒に反応する魔導具は確かにある。しかし、アレは構造が複雑なので相当値が張る物であった筈だ。しかも魔導具一つにつき一種類、多くても二種類の毒にしか反応しないので費用対効果はかなり低い。

 

「そういった魔導具でも自らの家の格を見せているのですよ。それに無いよりはマシですからね」

 

「ふむ…イザベルさんは?」

 

「周りに合わせて銀食器を使っていますが…魔導具まで使おうとは考えていません。値が張るのもそうですが、そこまで警戒するほどの立場でもありませんから」

 

 イザベル本人はこう言っているが、彼女は東部でも最大規模の貴族、ケルベック伯爵家の子なのだから警戒するに越したことはない筈だ。

 それに、イザベルは既に敵を作る動きをしてしまっている。早々酷いことにはならないだろうが…それでも、警戒した方がいいと私は考えている。

 

「それではレノ様。学祭までの予定は何かありますか?この出し物に関わってみたいとか…」

 

「残念ながら、何も()()()()…ですね」

 

 私の返答にイザベルは少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。何か思う所があるのだろうか。

 

「…やはり、有事の為の控えですか?」

 

「はい。細々としたお手伝いなら出来るでしょうけど、何かしらの役割を請け負うのは無理ですね」

 

 今回の学祭に対する私の行動は『待機』だ。何かしらの事件があった際、何時でも殿下の護衛に回れるようにしなくてはならない。

 

「個人的には警戒しすぎだとは思うのですが…学園内での所持品検査ができなかったので、こういう形になりました」

 

「そう、ですか…」

 

 少しだけではあるが警備員を増やし、外部からの危険物持ち込みに対する警戒は出来ているが…学園内の人間からの攻撃に対しての警戒は十分とは言えない。だから私が待機しなくてはならない。

 面倒だが、殿下の身の安全を考えるなら、私が何時でも動けるようにしておかなければならないだろう。 

 

 しかし…それにしてもイザベルは随分と暗い表情をしている。何か気がかりなことでもあるのだろうか。

 

「どうしたんですか?そんな顔をして」

 

「いえ…ただ少し、レノ様が心置きなく学祭を楽しめないのが気がかりでして」

 

 どうやら私を慮ってくれているらしい。確かに、セレンディア学園で行われるイベントの中でも一際大きい学園祭に参加できないのは、普通の生徒からすれば苦痛になるのかもしれない。

 

「まあ、仕方がないですよね。そもそも家の事情でこの学園に来たんですから、普通の学生生活を送れるなんて考えていませんし…それに、厄介なしがらみがあるのはイザベルさんもでしょう?」

 

「私は元よりセレンディアに入学する予定でしたし、モニカお姉様のお役に立てるように動きたいから良いんです。ですがレノ様は…そもそもセレンディアへの入学も殆ど強制だったのでしょう?」

 

「…そうですね」

 

 一応、私には入学に対する拒否権があった。セレンディアは既にルイスが手を回しているし、私は私で特殊魔装騎士団の団長としての業務もあった。つい最近でも『ウォーガンの黒竜』が出没していたし、それを理由に騎士団長のままで居る事もできた筈だ。

 

 しかし、それでも私はセレンディア(ここ)に来た。何故なら、戦争を始めようとしているクロックフォード公爵や、その庇護を受けているフェリクス殿下を好き勝手にさせたくないからだ。

 この道を歩むと決めた時点で、私は政争に関わる事も覚悟してきた。だから後悔はない…訳でも無いが、今更それに文句を言うつもりはない。

 

「騎士として殿下の護衛に、モニカお姉様の支援。そしてフェアニッヒ辺境伯家としての目的も兼ねて動いているとなると…とても、気の休まる時間は無いように見受けられます。それなのに学祭の間はより一層気を張り詰めなければならないのでしょう?」

 

「……それが、私の仕事ですから」

 

 イザベルは徹底して今の私を学友の一人として見てくれている。だから私が立場に縛られているのを見て悲しむのだろう。

 

 しかし、数少ない学友のイザベルと共に過ごせないのは…少しだけ、申し訳なく感じる。

 

「私にはどうする事もできませんが、モニカお姉様だけでなくレノ様の支援もしたいと考えています。もし、何か私が力になれる事があれば、ぜひ仰ってください」

 

「わかりました。その時は頼りにさせてもらいましょう」

 

 私は身分を隠しているわけでも無いのでモニカほど補佐は要らない立場だが…この学園ではイザベルの方が顔が広いだろう。そちらの方面で頼る可能性は十分ある。ならばお言葉に甘えて、頼れるときは存分に頼らせてもらおう。

 

「さて、暗くて難しい話はこの辺りにして、今回もやりましょう!」

 

「ガールズトーク、ですか…」

 

「はい!」

 

 イザベルと二人でお茶会をするとなれば、こうなる事も予想はしていた。しかし私は、未だに女子同士の会話と言うものに慣れていない。

 この女子会を通じて、少しだけでも『淑女らしさ』を学べられたら良いが…

 

「今回のテーマは…やはり、学園祭でしょう!」

 

「まあ、そうなりますよね」

 

 学園祭まで1ヶ月。学園祭と言えば、様々な催しがあるが…イザベルが好みそうな催しは、夜に行われる『舞踏会』だろう。

 

「学園祭と言えば!そう!殿方から送られる『花飾り』です!」

 

「…一応、そういう風習があるのは知っています」

 

 学園祭の最終日に行われる舞踏会の時…正確にはそれより前にか。男子から女子に送られる花飾りがある。端的に言えば…

 

 

「いわゆる唾つけでしょう?」

 

 

 私の発言を聞いたイザベルとメイドのアガサが唖然とする。何か変な事を言っただろうか。

 

「………レノ様!もっと、こう!素敵な言い方にしてください!」

 

「ええ…?じゃ、じゃあ…予約?」

 

 どうやら言い回しに不満があったようだ。確かに唾つけなんて北部仕草が滲み出るような言い回しは、貴族として褒められた物ではないか。

 しかし、上品に言い直した筈なのにイザベルとアガサは大きくため息を吐いて、これ見よがしに首を横に振る。その表情はとても悲しそうだ。

 

「レノ様、失礼ながら落第です。いくらなんでも洒落っ気や味気どころか、人間味すら無さ過ぎます」

 

「ら、落第…」

 

 想定よりも強い言葉で罵倒されてしまった。とても居心地が悪い。モニカなら私を擁護してくれそうな物だが…残念ながらここには私の味方は居ない。

 

「ほら、『誓い』とか『愛の証』とか…簡単な物でも『約束』とかありますよ!」

 

「ど、どれも一緒じゃないですか…?」

 

「違いますよ魔剣姫様!」

 

「流石にもう少し、こう…淑女としての経験を積んだ方が良いかと」

 

 見るに耐えなかったのか侍女のアガサまで攻撃に参加してくる。見事なまでに大バッシングだ。どうやら私は虎の尾を踏んでしまったらしい。

 

「…想定以下、ですね」

 

「何が、でしょうか」

 

「レノ様の言い回し(センス)が、です」

 

 …ぐうの音も出ないな。確かに私のセンスは出身地の影響を強く受けてはいるが、ここまで落胆されるほどの物なのか。

 

「最初に出てくるのが…あろう事か『唾つけ』ですよ!?貴族でそんな言い方が真っ先に出てくる家なんて、男爵家でも相当探さなければ居ないですよ!」

 

「ほ、北部ではそう珍しくもないかと…」

 

「それは庶民基準でしょう!フェアニッヒ辺境伯家の歴史や北部の環境を考えると、そういった言い回しが多くなるのも仕方が無いとは思いますが…一言目でその言葉を選ぶセンスは流石に矯正した方が良いですよ!」

 

「そ、そんなに…?」

 

 あまりにもボコボコに言われて、思わずイザベルから目を逸らしてしまう。イザベルの剣幕が何故か恐ろしく感じるのだ。

 

「…私の勧めた小説を読んで、尚コレですか」

 

「な、なんか、ごめんなさい」

 

 随分と迂遠な言い回しだなとか、面倒な言い方だなと考えてはいたが…淑女であるならば、あの表現を見てキャアキャア言うのが正解なのだろう。

 

「レノ様。はっきり言いますが、初手で『唾つけ』は、落第どころか退学…いえ、入学拒否モノです」

 

「入学拒否!?」

 

「残念ながら、入学拒否です」

 

 つまり貴族未満だと言う事だ。嘘でしょ…流石にそこまで酷いとは信じたくない…でも、貴族としてはイザベルは余裕で上澄に入る人間だ。そんな人からの評価を無碍に出来る訳もない。

 

「野蛮味溢れるどころか、ただの蛮族ですよあの言い回しは!今日はもっと楽しくお話しするつもりでしたが、これは流石に目に余ります!」

 

「蛮族…?私が、蛮族…」

 

「そうです蛮族です!下町の不良とかそういうレベルですよ!今からもっと素敵な表現を勉強しますよ!」

 

 もはや蛮族呼ばわりだ。流石に泣きそうだ。え、嘘。そんなに?これでもそこそこ頑張って貴族としての勉強を積んできたのに…蛮族?

 

「レノ様…いえ、魔剣姫様は騎士の中でも『最強』と謳われるお人なのです!ですからせめて…もうちょっと頑張りましょう!」

 

「入学拒否…蛮族…」

 

 私とて自らが出来た貴族の子だとは思っていない。だが、流石に最低限の貴族らしさは持っていたつもりだった…それが、蛮族……

 

「アガサ!蛮族のレノ様にも分かりやすい程度の小説を!」

 

「はいお嬢様!私の名誉にかけて選ばせていただきます!」

 

 イザベルは容赦なく私の傷口を塩の剣で抉ってくる。無茶苦茶痛い。

 言葉のナイフには刺され慣れていたつもりだが、仲の良い相手からの容赦ない攻撃は、私の想定を遥かに超えた攻撃力だった。もしかしたら涙目になっているかもしれない。

 

「レノ様。貴方は貴族としての立ち振る舞いを覚えてはいるようですが、身体に染み付いている訳では無い…違いますか?」

 

「…!」

 

 いくらなんでも理不尽だと考え始めていた私に、イザベルは道を指し示すべく、私にも分かりやすい表現で諭してくれる。

 

「私も東部の貴族の子。魔剣姫様とは比べるべくもありませんが、武術についても多少は知見があります。魔剣姫様なら、身体に染み付いた『経験』について、よく知っているでしょう?」

 

「そういう…事、ですか!」

 

 つまり、今の私にはクソみたいな悪癖が染み付いていると言う事だ。成程それは矯正しなければならない。

 思えば、幼い頃こそ貴族としての振る舞いを実践していたが、騎士となってからは年に数回あれば良い方だったか。それでは身体が覚える筈もないだろう。

 

「武術を極めると、頭で考えずとも身体が動くようになる。それと同じなのです」

 

「そもそも『唾つけ』なんて言葉が出る時点で論外…そういう事ですね?」

 

「そうです!レノ様!貴方は騎士の象徴なのです!なればこそ、騎士の象徴としての立ち振る舞いを身体で覚えるべきなのです!」

 

 私の知り合いには近衛騎士団の団長や竜騎士団の団長も居る。彼らの立ち振る舞いは、確かに貴族然とした物だった。

 今の私はどうだ?殿下の護衛の時も所々脇が甘かった部分がある。それはひとえに、身体に仕草が染み付いていないからだ。

 

「……分かりました、イザベルさん。いえ、イザベル先生。私に、貴族のなんたるかをご教授下さい!」

 

「ええ。私も一伯爵令嬢として、微力ながらレノ様に貴族とは何たるかをお教えさせていただきます」

 

 私が最強である以上「騎士の割には上手いんじゃないか」ではもう駄目なのだ。相応の地位を手に入れたのならば、相応の立ち振る舞いを覚えなければならない。

 私とイザベルは殆ど同じ月日を生きてきたが…その道は大きく異なる物だ。私は騎士として、彼女は貴族として生きてきたのだから、貴族としての立ち振る舞いを学ぶならば彼女の下で学ぶのが良いだろう。

 

「レノ様が騎士団の業務へと戻る前のこの一年の間に、私が貴族としての振る舞いを身体に刻み付けます!付いて来てください!」

 

「はい、イザベル先生!」

 

 イザベルを師と定め、その一挙手一投足を学ばんとする。私とて一端の貴族なのだ。その知識さえあればイザベルの行動一つ一つの意味も理解できるだろう。

 それに、イザベルも私が『最強の騎士』だからこそ、私の立ち振る舞いについて助言をしてくれているのだ。そうと決まれば私も真剣になろう。

 

「あ、それと先生はちょっと…流石に魔剣姫様からそう呼ばれるのは、すこし腰が引けちゃうので…」

 

「す、すいません…熱くなり過ぎました」

 

 イザベルの言葉で私は我に返る。流石に同年代の友人を先生呼びも不自然だし、そもそも私は立派なお偉いさん。下手にイザベルを上だと見做すような発言は控えた方が良い。

 

「まあ、先程はああ言いましたが、レノ様は意識すればちゃんと貴族らしく振る舞えますから…素が漏れ出た時に注意すれば十分でしょう」

 

「そ、そうですかね…正直、普段の言動も不安なのですが」

 

 なんと言っても長年騎士を務めてきたのだ。普段の立ち振る舞いから『騎士臭さ』や、出身地特有の『北部臭さ』が漂ってしまってはいないか心配だ。

 

「ええ、まあ…普段の立ち振る舞いを見ると、やけに重心が低く見える点など、貴族としては些か不自然な部分も無い訳ではありませんが…レノ様がフェアニッヒ辺境伯家の人間だと知れば、誰もが納得するでしょう」

 

「…確かに、貴族らしく自らを華やかに見せる格好は取りませんね」

 

 常に戦闘を意識した立ち方の騎士と、自らの格の高さを見せつける格好を意識する貴族では、ただ立っているだけでも違いが判る程度には雰囲気に差異がある。

 私は断然前者寄りの立ち姿なのだろう。そういった点も意識して修正すべきか。

 

「レノ様はレノ様らしい自らの見せ方を意識するべきだと考えていますので、ある程度は騎士の風格を残したいですね」

 

「貴族らしくも騎士らしく…む、難しいですね…」

 

 今までの私の経験を活かしつつも、そこに『貴族らしさ』を加える…これは、一朝一夕では身につかないだろう。

 

「どれもこれもまずは経験を積むべきです!と、言う事で…まずは、普通の『ちゃんとした』お茶会をしましょう!」

 

「…今やっているのがそれでは?」

 

「今のお茶会は良くも悪くも『友人同士のお茶会』です。ですから私もレノ様も畏まった立ち振る舞いはしていませんので…簡単に言えば、授業でやるようなお茶会をします」

 

 つまり堅苦しいお茶会をしよう、という事か。確かに授業以外でやったお茶会といえばイザベルとの個人的な物だけだったか。

 

「今回は急ですので、お茶や茶菓子は全てこちらで出します。ただお嬢様らしくお茶を飲んで、お嬢様らしく話せば良いのですよ」

 

「ふむ…そう聞くと難しくは無さそうですね」

 

 お嬢様らしく…知識としてどのようにすれば良いかは知っている。問題はそれを実演できるかどうかか。

 

「その後はレノ様のセンスを徹底的に矯正します。『唾つけ』や『予約』以外のもっと素敵な語彙を学んでもらいますよ」

 

「素敵な語彙…ですか」

 

 私にとって難しいのはこちらの方だろう…何故なら、騎士には明瞭かつ端的な発言が求められるからだ。

 お父様やお祖父様が私を騎士として育てると方針転換した時…真っ先にやったのが、この『言葉遣いの矯正』だった。こればかりは騎士として譲れない一線だからだろう。戦場でおべっかや詩的な表現は必要ないのだ。

 

「ではアガサ、準備をお願いします」

 

「畏まりました、お嬢様」

 

 イザベルは改めて身だしなみを整え、アガサも先程の態度とは打って変わって瀟洒な従者を演じる。これだけで彼女らの『本気さ」を窺い知ることができる。これは私も真剣にならなければ。

 

「ではレノ様。入室から始める体でお願いします。あ、実際に外に出る必要はありませんよ」

 

「分かりました」

 

 イザベルに促されるがままに一度席を立ち、部屋に入ってきた体でカーテシーを行う。

 

「イザベル・ノートン嬢。この度はお招き頂き有難う御座います」

 

 普段通りの私を意識しながら挨拶をする。我ながら完璧な挨拶だと思うが…どうやらイザベルはこの挨拶に不満があるらしい。

 

「…少し、待ってください」

 

 イザベルはそう言って従者のアガサを手招きする。どうやら相談事があるらしい。

 

「アガサ、やっぱり硬すぎるわよね?」

 

「かなり騎士感が出てますね…」

 

「私的には…これはこれで良いとは思うのだけど、直した方が良いかしら?」

 

「難しいですね。レノ様らしいと言えばらしいんですけど…東部でならばともかく、セレンディアでのお茶会でとなると、雰囲気に緊張感が生まれてしまうかと」

 

「そう…わかったわ」

 

 イザベルとアガサの話を聞けば…なるほど、お茶会にしては挨拶や話し方が硬すぎると言う事らしい。確かにお嬢様同士の会話に、ガチガチの騎士のような挨拶で割って入ろうとすれば緊張感も生まれるか。

 

「レノ様、もう少し柔らかい感じで挨拶出来ませんか?」

 

「…一応、経験はありますのでやってみます」

 

 そうと決まれば話は早い。私も騎士一辺倒という訳ではない所を見せつけよう。

 少しだけ喉を絞り声色を高くし、舌足らずな話し方を意識する。後は『招待してくれて嬉しい!』という満面の笑みを浮かべれば…

 

 

「イザベル・ノートンさま!このたびはおまねきいただき、ありがとうございます!」

 

 

 奇妙な沈黙が場に流れる。おい、なんとか言ってくれ。イザベルもアガサも呆けた顔をして何も言ってくれない。

 

「……え、今の…レノ様?」

 

「なんか、アレですね…見た目相応の可愛らしいお嬢様、ですね」

 

 アガサの言う通り、今のは私の見た目(女児体型)を意識した話し方だ。これを使えば大抵の相手はデロデロに甘くなるのだ。

 

「レノ様、今のはちょっと…幼すぎます。レノ様の見た目には非常に良く似合っていますが…」

 

「やはりそうですか…私の必殺技とも言える『媚び売りお嬢様ポーズ』だったんですけどね」

 

 しかし、やはりこれも場にそぐわない話し方であるのは否定できない。幾らなんでもぶりっ子が過ぎるだろう。

 

「ちょっと待ってくださいね…さっきの騎士らしい挨拶と今の演技の温度差で頭がおかしくなりそうなので…妹にしたい……」

 

「無茶苦茶可愛いって感情が非常に…庇護欲を掻き立てらますね」

 

 お茶会での挨拶としてはあまりよろしくないとしても、私の狙った効果は発揮されたらしい。イザベルも口角が上がって目尻が下がっているし、本場のお嬢様に対してもこの攻撃は有効なのが知れてよかった。

 

「なんと言うか…自分に懐いている親戚の幼い子が、頑張って背伸びしているような…こう、ぎゅっと抱きしめてあげたい可愛さが凄いですね?」

 

「…それは、素直に褒め言葉として受け取っても良いのでしょうか」

 

「同級生としては、少しだけ思う所がありますが…ええ、褒め言葉として受け取ってもらって構いません。自分の強みをよく理解している演技だと思います」

 

 私の強み…この女児体型の事だろう。普段の生活には不便な点ばかり目立つが、これが役に立つ場面も無くは無い。見た目だけなら騎士らしさの欠片もないと言う事は、潜入任務等で非常に役に立つのだ…まあ、生憎と潜入任務の経験は無いのだが。

 だが、冷静に考えて同級生の前でこの話し方をするのは…もしかしなくても、かなり恥ずかしいのでは?見ようによっては若作りにも見えるし…マズイ、顔が火照ってきた。

 

「すみませんイザベルさん。今のは忘れてください」

 

「無理ですね。なんならもう一回、次は『イザベルお姉様』と呼んで欲しいです」

 

 どうやら私の攻撃は、想定以上にイザベルに効いていたらしい…死ぬほど恥ずかしいなこれ。もうイザベルの目を見れないぞ。

 

「い、イザベルさん…とりあえず、お茶会の続きを…」

 

「失礼しました。まず私がお手本を見せますので、それと同じくらいの雰囲気を目指してください」

 

 私の演技を見てどう思ったのかはわからないが、イザベルは教育方針を変えたらしい。とにかく、今は『淑女らしさ』を身に付けることに集中しよう。

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