最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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わたしのかんがえたとってもつよいえいゆう(最強は私)

 お茶会も終わり、午後の授業を受けるべくイザベルと共に教室へ戻る道中…私は、ふと思い出した悩み事をイザベルへと投げかける。

 

「学園祭への関わり方…ですか」

 

「やはり何もしないのはクラスで浮いてしまうので…こう、雑用でも良いので何かしらの形で関わっておきたいんですよね」

 

 今の私は、数日前まで殿下の護衛の身であった都合で学祭の準備に関われていない。学生として二週間近く空けた穴は、周囲との溝を大きく空ける物だったのだ。

 私が不在だった二週間の間に、クラスでは各々が学祭に対してどう向き合うかが決まっていた。その輪の中に私が今から入るのは…少しハードルが高い。

 

「失礼ながら、レノ様には難しいかと」

 

「…理由を聞いても良いですか?」

 

 私には難しいとは…何故なのだろうか。別に「今から重役になりたい」なんて我儘も言うつもりは無いのだが。

 

「レノ様…レノ様は辺境伯家の子で、王国最強の騎士なんです。それはもう、とっても凄い人なんです」

 

「ええ、まあ…そうですね」

 

 私が凄くて偉いのは事実なので謙遜とかはしない。実力相応の評価だろう。

 

「そんな人間に雑用を任せるのは…控えめに言って、恐れ多いんです。私だって、一年生の中では相応の役職に就いていますからね」

 

「そうなんですか?」

 

 そうなんですか?と聞いてはみたが…目の前で騎士として働いていた人間から急に「今日からはまた同級生として接してくださいね」なんて言われても困るか。

 

「なので本来なら相応の役職を割り当てられるのでしょうけど…お茶会でも話されていたように、レノ様は自由に動けなければいけないのでしょう?」

 

「そうですね。外から業者が出入りするこの時期は、私も有事の際に動けないといけませんから」

 

 お茶会でも話した通り、私は特殊魔装騎士団の長として、いつでも殿下の護衛ができるようにしていなければならないのだ…今の私は学生だよな?

 

「まだ騎士としての姿を見せる前でしたら、何かしらのお手伝いを任せられたとは思いますが…既に騎士としての一面を見せてしまったので、それも近寄り難さを感じさせる一因にもなっているでしょうし…」

 

 これは…確かに難しい問題だ。何が難しいかと言うと、私から動いてどうにかなる問題ではないという点だ。

 もちろん行動しなければ二進も三進も行かないが、だからと言って動き過ぎれば、それはそれで問題になる…しかもここはセレンディア、第二王子派の集まる場所だ。クソッタレめ、ここでも派閥問題だ。

 

「とりあえず、私のお手伝いをするのはどうでしょうか。そこでの活動を通じて周囲の人たちと協力すれば、周囲からの印象も改善されるかも知れません」

 

 ケルベック伯爵家は東部一と言っても過言ではない程の名家でありながら、次期国王選に対しては中立を保っている。彼女の監督下であれば、私単独で動くよりは波風も立たないだろう。

 イザベルには私が下についても侮られない程度の『格』はあるし、私とイザベルは入学してからも何かと交流してきたので怪しまれる事もない。

 

 問題と言えば…私を重用する事によって、イザベルが第一王子派だと思われる可能性がある事くらいだろうが、イザベルもその程度は織り込み済みで提案してくれているはずだ。

 

「わかりました、それでお願いします」

 

「ええ、任せてください!レノ様ならば良い仕事をしてくれると確信していますわ!」

 

 そういえば、イザベルは相応の役職に就いていると言っていたか。彼女が認める程の役職となると…分からないな。いくらケルベック伯爵家が名家だとしても、一年生にそんな大役を任せることはないと思うが…

 


 

 生徒会室では、生徒会役員全員が集まって学祭の準備に勤しんでいた。

 

 残り一ヶ月、学園に来る賓客や関係者への接待や警備状況の確認。資材の搬入やそれに掛る諸経費の計算等…新学期始まって二度目の山場だ。

 会話は最低限業務に関する事だけで、室内に響く音はペンと印鑑を押す音だけ。そこに微かだが、雑多な音が混じっている事に初めに気が付いたのはフェリクスだった。

 

「うん?何か聞こえないかい?」

 

 フェリクスの声でモニカ以外の全員が手を止めて耳を澄ませる。

 シリルが一度、大きな溜め息を吐きながらそっとモニカの手からペンを抜いた事によって、静かになった室内で耳をすませば、遠くからかなりの大人数が話すような声が聞こえてくる。

 

「……本当だな。外から随分と賑やかな声が聞こえる」

 

 もしもトラブルがあったのなら、生徒会として見過ごす訳には行かない。そう考えたフェリクスは一度席を立ち、窓から声の聞こえる方を覗き込む。

 

「ふむ、何やら人だかりが出来ているね」

 

「野外舞台の辺りですね…何かトラブルでしょうか」

 

「それにしては何と言うか…浮かれてる感じじゃないか?」

 

 遅れてニールとエリオットも窓から顔を出すと、学祭の劇に使う野外舞台を囲うように、一つの大きな人だかりが出来ているのが分かる。

 声や集団の表情からして喧嘩や事故などの緊急事態ではなさそうだが…随分と浮ついているようにも見える。

 

「…私が見てくるよ。みんなはそのまま仕事をしていてくれ」

 

「あら、堂々と怠慢宣言なんて…なんて大胆なんでしょう」

 

 ブリジットの言葉を聞いたフェリクスは、思わず苦笑いを浮かべながら返事を返す。

 

「ブリジット嬢…人聞きの悪い冗談はよしてくれ。問題が無ければすぐ戻ってくるよ」

 

「殿下!私も共に行きます!」

 

「シリルはノートン嬢の補佐を頼む。いくら数字に強いノートン嬢といえど、学祭は普段の業務とはまた違う物だからね」

 

 すかさず立ち上がったシリルに仕事を与え押し留める。この件に人を割かない訳には行かないが、あの様子であれば一人で十分だろうとも考えたからだ。

 

「それじゃあ、行ってくるよ」

 

 フェリクスは一瞬だけ目に入った、一際小さな人影を思い浮かべて、少しだけ急ぎ足になりながら野外舞台へと向かう。

 

(本当に、大事にならなければ良いんだけどね…)

 


 

 放課後、イザベルと共に学祭の準備の手伝いに向かう。場所は…演劇に関わる人間が集まっている所だ。どうやらイザベルは演劇を担当するらしいが、どのような仕事をしているのだろう。

 

 室内に入りイザベルが向かったのは大きく複雑なセットの所だ。私も後に続き、周辺の人間の格好を見る。どうやら裏方が集まっているようだが…イザベル向きの仕事には見えない。

 

「皆様!とても心強い助っ人を呼びましたわ!」

 

 イザベルの声で周囲の人間が一斉にこちらを振り向き、私を見て目を丸くする。殿下の護衛を経て、私は一躍有名人となったのだ。

 

「改めてのご紹介は必要ないと思いますが…こちら、わたくしの補佐をしてくれるレノ・グロスシュヴェルト様ですわ」

 

「力仕事には自信があります。荷物運びは任せてください」

 

 私を心強い助っ人と呼ぶからには力仕事を任されるのだろう。自慢じゃないが私の膂力はこの国でも間違いなく一番だ。丸太だろうと石材だろうと任せてほしい。

 

「ま、魔剣姫…様?」

 

 眼鏡を掛けた三年生の女生徒がこちらを熱心に見つめているが…それは置いておいて、とりあえずイザベルから私のやるべき事を聞いておこう。

 

「それで、私は何をすれば良いのですか?」

 

「こちらに来てくださいまし。この仕事に関しては学園内で一番適任でしょう」

 

 イザベルと共に大きなセットを見上げる。幾つかの可動部が見られるので、演劇でも相応の動きをする装置なのだろうが…骨組みだけでは予想できないな。

 

「これは…なんですか?他と比べて随分と複雑な仕組みの装置のようですが…」

 

「このセットは暗黒竜です。正確にはその骨組みになりますわね」

 

 なるほど暗黒竜…英雄ラルフに討たれる邪竜だ。主人公の敵ともなれば、相応に動いて戦っているように見せなければ盛り上がらないか。そしてイザベルが私をここに連れてきたと言うことは…私の仕事も想像できる。

 

「私はこれの組み立てを手伝えば良いんですね」

 

「いいえ、レノ様には…暗黒竜の演技指導をお願いしますわ」

 

「……暗黒竜の、演技指導?」

 

 普通に想像と違う仕事を任された。自信満々に聞いたので少し恥ずかしいな。

 まさかの仕事に思わず聞き返してしまったが…なるほど、確かにこれは私が一番詳しいかもしれない。この学園で竜と正面から向かい合った人間なんて、私以外だとモニカくらいしか思い浮かばないからだ。

 

「実はわたくし、竜害の多い東部出身の貴族として、竜がどのように動くか聞かれていたのですが…間近で竜を見た事は殆どありませんの」

 

 イザベルは飽くまで『竜害の多い東部出身の貴族』…騎士と違って竜と正面から相対する人間ではない。

 竜害の危機が殆どない中央や南部の貴族よりは詳しいかもしれないが、実物の竜がどのように動くのか見られる筈もないだろう。

 

「ですがレノ様は、ただ竜を屠るどころか『邪竜殺し』の称号を得られた騎士…これ以上無く竜と対面してきた騎士なのです!」

 

 英雄ラルフに倒される『暗黒竜』は、人の言葉を解する邪竜の一種だ。私とて邪竜は片手で数えられるだけしか倒したことはないが、そもそも上位竜を倒した事のある人間の意見は滅多に聞けないだろう。

 それに英雄ラルフは、精霊王の協力もあったが自身の武器は剣だった。魔術師よりは騎士の方が立場的には近い筈だ…考えれば考えるほど、私向きの仕事だ。

 

「まさか竜を殺せる騎士から直接指導を頂けるなんて…願ってもない機会ですわ!」

 

 先ほどから私に熱い視線を注いでいた女生徒が近づいてくる。私の仕事を考えると…彼女は演出担当か?

 

「確かに暗黒竜の動きも監修して頂きたいですが、英雄ラルフの方の演技も見て頂きたいです!お願いできますか?」

 

 英雄ラルフ…この劇の主人公だ。その演技を見てくれと言われても…実戦と演技は全然違うだろうに。

 しかし見るだけなら問題はないか。別に進んで口を出す気もないし、ここは適当に頷いておこう

 

「…ええ、分かりました。まずはこの骨組みの構造から教えてください」

 

 劇に使う暗黒竜のスペックを確認すると、腕は一本、口は開く。単発だけだがブレス付きか…腕は足らず、飛びもせず、尻尾も無いの無い無い尽くしだが…まあ、演劇なのだからこの程度だろう。

 続けて英雄ラルフに関しても確認してみるが…基本武装は剣のみ。精霊王の力を借りて戦うらしいが、ラルフ自身の演技の上ではフレーバー程度のものだ。

 

「英雄ラルフは…はっきり言って、普通の騎士のような立ち回りですね。となると…」

 

 何というか、精霊の力を使って派手に戦っているようには見えるが、ラルフ自身はただ剣を振るだけだ。精霊を使っているので、魔術師のような詠唱も何もない。

 この程度であれば、確かに私の戦闘が一番ラルフの動きに近いかもしれない。舞台の上で映えるような動きを織り交ぜつつ、矛盾がない程度に騎士らしい動きをするのか…難しいな。

 

 ラルフの予想外の地味さに私がうんうんと唸りをあげていると、演出担当の女生徒がつつつ…と、こちらへ近づいてくる。

 

「その、出来ればで良いので…一度魔剣姫様の想像する『英雄ラルフ対暗黒竜』の戦いを見せてはいただけませんか?」

 

「私の想像する…?」

 

 私の想像する『英雄ラルフ』と言われても…英雄ラルフを意識した事もないので、参考にもならないと思うし、そもそもこれは演劇なので、演者に合わせた演出にするべきだろう。

 

「はい!実際に竜と戦う騎士から見た『英雄ラルフの戦い』ですわ!伝承から逸脱しすぎない範囲であれば、お好きなように動いていただいて構いません!」

 

 …なるほど、これはただの『興味本位』という奴だろう。『もしモニカではなくルイスが黒竜と戦うとなったら』みたいな物か。

 その好奇心を否定する気はないし、彼女も引いてくれそうにない。イザベルの方を見ても…すごくキラキラとした視線を返されるだけ。なんなら周囲にいる人間全員キラキラとした、好奇心に満ちた視線を私に向けてきている。これは物凄く断りづらい。

 

「…分かりました、やってみましょう。暗黒竜役に適当な的をお願いします」

 

 なので私は諦めて『わたしのかんがえたとってもつよいえいゆうらるふ』を演じる事にした。

 しかし、ここは私が立ち回るにはかなり狭いので、適当な所に案内してもらおうか。

 

 

 そういう訳で案内されたのが、この野外に建てられた舞台だ。学祭時にもここで劇をするらしい。

 周囲の安全を確認し、適当な端材で作られた『いけにえあんこくりゅうくん』(命名私)を舞台に設置する。これは壊しても問題ない素材だけで作られたので、うっかり手が滑ってしまっても安心だ。

 

「体格的に多少不格好にはなるでしょうけど、そこは脳内補完してください。では…行きます」

 

 実戦ではなく英雄ラルフを模した演技という事を頭に入れながら、目前に邪竜がいる想定で良い感じの木の棒()を構え、戦闘前の口上を述べる。

 

「『我こそは、七人の精霊王の加護を受けし者! この地を蝕む暗黒竜よ、我が刃を受けるがいい!』」

 

 私なら絶対に言わないような格好付けだが、ここら辺はあってもなくても変わらないので演劇に合わせて台詞を読めば、僅ながら歓声が上がる。

 

 さて、ここからいきなりアドリブだ。私ほどの膂力が無い英雄ラルフは、どのようにして竜と殺し合ったか…攻撃を受け止めるのは現実的ではない。ならば回避が主軸となるだろう。

 次に、暗黒竜とまで恐れられた竜が幼体な訳もなし、相応の図体を持った巨竜であると考えている。額の位置も随分高く、攻撃しにくい位置にあるだろう。

 そんな問題を一気に解決する手段が、この英雄ラルフにはある。可能か不可能かで言えば、間違いなく可能であるべき手段だ。問題は、英雄ラルフがこの手を使ったのであれば、間違いなく記録に残っているであろうという点か。

 

「英雄ラルフは精霊王たちの協力を得たとありますので、恐らく飛行に関しても風の精霊王の助力で可能だったと捉えましょう。ですので…」

 

 私は魔術を口ずさむ。使うのは風の魔術、それもかなり難易度の高い物…飛行魔術だ。

 ふわりと、風に包まれた私の体が浮き上がる。使うのは久しぶりだが問題なく発動したようだ。

 

「あ、あの〜…魔剣姫様は魔術も使えるのですか?」

 

「ええ。流石に魔術だけで竜討伐が出来る程ではありませんがね」

 

 私が魔術を使えるというのは知る人ぞ知る、といった事実だ。

 魔剣が魔導具の一種だと知っていれば、私が魔術を使える事にもすぐに思い至るだろうが…まあ、そこまで気にした事のある人間は少ないのだろう。

 

 もしも私が戦闘をするならば、地に足をつけた方が速度が出るので絶対に飛行はしない。

 しかし、英雄ラルフは私ほどの膂力を持っていたという話も聞かないので、機動力は高くても竜騎士団の団長程度と想定している。

 一般的な騎士と竜の戦いは、騎士が()()()で竜の爪や尾の攻撃を防ぐ。一人で攻撃を受け止めようとしても薙ぎ倒されるだけだ。なのでラルフの戦法は回避や受け流しがメインだと想定すると…やはり、飛行魔術は欲しい。なにより見栄えがいい。

 

 さて、本題はここからだ。英雄ラルフらしい戦い方を意識するとなると、私が使う戦術は封印される。しかし彼には代わりに『精霊王たちの加護』がある。ならばそれを生かした立ち回りになるだろう。

 

 初撃は牽制程度に剣を振るう。これで倒せれば苦労はないが、そんな容易い相手でもないだろう。相手は頭を引くだけで回避する。

 

「ここで暗黒竜は爪を振るってくるので、一度後退。その後にブレスですね」

 

 竜の武器と言えば。この質問に対する答えは爪、牙、ブレスに分かれるだろう。高位の竜になればこれに加えて魔術も巧みに使ってくるが、咄嗟に出る遠距離攻撃はブレスだ。

 なのでここも定石に倣い爪で牽制、それを回避されたらブレスで追撃する動きを想定した。

 

「ブレスに対して土の魔法で防御しつつ、水と氷の魔法で拘束。隙が出来たら炎と雷の魔法で反撃をしつつ、自らも斬り込みます」

 

 そう宣言しながら再び魔術を詠唱する。本来なら攻撃として使うのだが…『いけにえあんこくりゅうくん』の身体は木と布で出来ているので、当ててしまったらそれで試合は終わってしまう。なので当てないようにしながらも、視線を切るように炎の魔術を放つ。

 ラルフは精霊の力を使っていると考えると、魔法の完全同時使用も出来たのかもしれないが…そんなのはモニカでも不可能だ。なので炎の魔術だけで妥協する。

 

「炎は一瞬で通り抜ければ然程熱さも感じませんし、飛行魔術を上手く扱えば火を退けられます。ですからそのまま…とりあえず、片目を潰しておきましょうか」

 

 放った炎がある程度拡散したのを確認してから、炎を突っ切るように暗黒竜(役の的)に肉薄し、剣を振り下ろす。ここで止めを刺すのは台本通りではないので、目を狙い、傷を付ける。

 

「…やはり、劇は面倒ですね。平面的な行動しか許されないか。では、ここでクライマックスと行きましょう。暗黒竜のセリフどうぞ」

 

 本来であれば、傷を負った上位竜は距離を取る為に飛行するだろうが…学生の演劇でそんな大掛かりな仕掛けを用意できる筈もないので、さっさとクライマックスまで飛ばす。

 

「『おのれ、目障りな人間よ。我が炎で焼き尽くしてくれるわ!』」

 

「『ラルフ様、わたくしが防御結界を張っている間に、竜の眉間を貫いてください!』」

 

 私のラルフごっこを見に来た関係者がそれぞれのセリフを読んだら、ここからは伝承通りに動くべき場面だ。もはや私の解釈が入る余地はないだろう。

 

「ここで防御結界、そしてとどめですね…『これで終わりだ、暗黒竜!』」

 

 壊しても構わない的なので、思い切って良い感じの木の棒()を『いけにえあんこくりゅうくん』の額に突き立てれば、『あんこくりゅうくん』の首が捥げ、ゆるい顔をした竜の首が転がる。

 

「………とりあえず、飛行と魔術を交えた剣士の動きはこんな所ですかね。これが私の考えた『英雄ラルフ』ですが…どうでしたか?」

 

 残心を終えた私が感想を求めると、大きな拍手の嵐が巻き起こる。どうやら大変満足していただけたらしい。飛行魔術に関して文句を言われる可能性も想定していたので、この結果は上々と言えるだろう。

 

「非常に素晴らしい演技でしたわ!ああ、暗黒竜が有り合わせの端材の塊でなければどれだけ良かったか!これに負けない演劇を目指したいけれど…」

 

 演出担当の生徒が、ちらりとラルフ役の男生徒を見た。それに連れて周囲の人間も期待を込めた目でラルフ役の生徒を見る。

 そんな視線を贈られた本人は…物凄い勢いで首を横に振っている。

 

「無理無理無理!まず飛行魔術なんて使えないし…それに、動きも速すぎる!しかも炎の中を突っ切るなんて正気か!?」

 

「…どうしても、無理かしら?」

 

「俺にあの魔剣姫の動きを真似しろって!?無理に決まってる!もはや役者じゃなくて魔法兵団の領域だ!」

 

 ラルフ役の彼が言う事も尤もだ。飛行魔術を使いながら攻撃魔術を使える才能があるならば、訓練すれば魔法兵団への入団も夢ではない。

 

 演出担当とラルフ役の押し問答を横に、別の生徒が私に声をかけてきた。彼は歴史研究会の人間らしい。

 

「非常に素晴らしい演技、見事だった。しかしなぜ飛行魔術を使ったんだ?確かに風の精霊王の力を持っているなら飛行も出来るというのは、不可能とは言い切れない。しかし伝承には英雄ラルフが空を飛んだとは書いてないだろう」

 

「英雄ラルフには膂力に長けたという逸話はありません。これが『竜の子ロイ』だったら、私のやり方(力尽く)がそのまま使えたのでしょうが…それならば英雄ラルフらしく、精霊の力を使った立ち回りにした方が自然でしょう?」

 

 『竜の子ロイ』は北部に伝わる…と言うよりは、フェアニッヒ辺境伯家の初代当主の伝説だ。身の丈を越える大剣を振り回して、敵をバッサバッサとなぎ払っていったらしい。

 

 英雄ラルフに対する私なりの考察を伝えれば、歴史研究会の彼は考え込むような素振りを見せ、演出担当の女生徒と話し合う。

 

「…確かに今の演技は、見栄えはいいし筋も通ってはいる。歴史の空白を組めるという観点からすれば、意欲的と捉えられるし問題はないだろう。しかし、伝承にない以上は飛行魔術の使用は避けるべきだ。そもそも、うちの演者には真似出来ないだろうしな」

 

「光と闇以外の属性を使った反撃は採用したいですわ!とは言え、それにも数多くの障害が…ううん…」

 

 二人は私を置いて話し合う。しかし学祭までは一ヶ月しかないので、そう大きな変更は加えられない筈だ。まして飛行魔術なんて、よほど強引な教育でも最低半年はかけて学ぶ物だ。演劇に飛行魔術を使うのはまず無理だろう。

 他の簡易的な演出に魔術を使うのは…やはり安全性に問題があるだろう…うん?安全、性……

 

「いやぁ、凄かったね。お疲れ様、レノ」

 

 私は今、とても嫌な想像をしてしまった。そして今、その想像の一部が現実となっている。具体的に言えば、今だけはこの声は聞きたくなかった。

 思わず浮かべた嫌な顔を引っ込めて、仏頂面で声の主のいる方向へと振り返る。予想通り、そこにはフェリクス・アーク・リディル()()()()が居た。なぜだろう、とても目を合わせたくない。

 

「…どうも」

 

「私は途中からしか見られなかったんだけど、それでも英雄ラルフも斯くや、といった大立ち回りだったね?」

 

 …今、私は非常に不味い立場に居る。冷静に考えなくても、周囲の生徒の許可を取ったからといって、学園内で魔術を使っても良いという免罪符にはならないのだ。

 おいおい、どうしたんだ私は。グレンに対して偉そうに警告したのに、なんで私がやらかしているんだ。馬鹿か私は。

 

「個人的に英雄譚と言えば『竜の子ロイ』の方が親しみがあるんですけどね…まあ、褒め言葉として受け取っておきます」

 

「フェアニッヒ家の初代当主にして伝説の傭兵の話か。そちらの話も非常に気になるけど…なんで君は、あんな大立ち回りを演じていたのかな?」

 

 殿下の声に多分に呆れが混じっているのが分かる。私は今、すごく時を戻したい気分だ。

 

「……やっぱり、やらかしましたかね」

 

「断り無しに学園内での魔術行使は控えてほしいかな」

 

 思わず殿下から目を逸らしてしまう。私の心情は親にイタズラの見つかった子供だ。

 もしかしたら私は…浮かれていたのかもしれない。今になって考えれば、戦場と家以外で周りから期待の目で見られる事はなかったし、慣れない環境で頭が回ってなかったのだろう。

 

「とりあえず先の質問に答えてくれ。まあ、理由もなんとなく察してはいるけどね」

 

 観念して事のあらましを殿下に説明する。気付けばあれだけ盛り上がっていた周囲もお通夜のように静まり返っていた。

 

 大雑把だが、ここに至るまでの経緯を殿下に伝えれば、殿下はなんとも言えない表情でため息を吐く。本当に、私は馬鹿です。

 

「…学祭の目玉でもある演劇をより良い物にしたい気持ちは、私も良く分かるよ。でもね、魔術は危険な物なんだ。君に限って事故を起こすとは全然、これっぽっちも考えてはいないけれど…君の演技に憧れた者が、無許可で魔術を使い始めるのは問題だろう?」

 

「はい…すみません…」

 

 もう私には素直に謝ることしかできない。今回の件に関しては全面的に私が悪い。郷に入っては郷に従え、学園内では学園の規則に従うべきだったのだ。

 

「今回は大事も無かったようだし、厳重注意に留めるけど…あまり、私を困らせないでおくれ?」

 

「大変ご迷惑をお掛けしました…」

 

 今回は殿下の温情で大ごとにはならなかったが…もう、かなり恥ずかしい。いっぱいいっぱいだ。かえっておさけのんでねたい。

 

「英雄ラルフが風の精霊王の力で飛行出来たかもしれない…というのは非常に興味深い考察だ。それに演劇との相性も良い。次また似たような事をやるなら、()()生徒会に申請してくれ……次は始めから見たいんだ」

 

「……はい」

 

 最後に小さく呟かれた言葉には、えもいわれぬ凄みがあったが、次は絶対に無い。絶対にだ。もう絶対に学園内で魔術は使わない。

 

「じゃあ皆、安全はちゃんと確認しながら、学祭の準備をしてくれ。私も君たちの演劇には期待しているよ」

 

 殿下の応援の言葉に周囲は少しだけ活気を取り戻したが、私は変わらず落ち込んだままだ。

 私は…どうしてしまったのだろうか。慣れない護衛と学園生活で気が抜けているのだろうか。これでは入学前に想定していた事態になりかねない。

 殿下が卒業する一年後まで、私は最強の騎士で有り続けられるのだろうか。このままではただの一騎士に落ちぶれてしまうどころか、戦いの場にも出れないそこらの貴族子女にまでなってしまうかもしれない。

 

 そうして自らの過ちを悔いていると、誰かが控えめに私の肩を叩く。振り向いて見れば、イザベルが居心地悪そうにしながら私に頭を下げてくる。

 

「…すみません、レノさん。私がきちんと「生徒会に確認をするべきだ」と進言すべきでした」

 

「いえ、魔術を使う判断をしたのは私ですから、全責任は私にあります」

 

 今回の件は完全に浮かれていた私の自業自得だ。最近は碌に体も動かせていないし、そういった面でも枷が外れてしまったのかもしれないが…ともかく、もうあんなアホみたいな行動は絶対にしない。魔術なんか使うもんか。

 私が内心で決意を固めていれば、歴史研究会の先輩と演出担当の先輩がこちらへ向かってくる。

 

「ありがとう。騎士の立場から見た英雄ラルフの戦いについては、大変興味深い考察だった。ふむ…精霊の力を生かした戦い方か…」

 

「演出面の強化は無理かもしれないですが、暗黒竜と英雄ラルフの戦いの演技については出来る限り良い物にしますわ!」

 

 歴史研究会の彼はともかく、演出担当の彼女の熱量は凄まじい。どこからかラルフ役の生徒を連れてきたかと思えば、私の前へと押し出している。

 

「一先ずラルフは魔剣姫様の元で修行を積んできてくださいまし!主役の演技こそ一番力を入れなくてはならないのですから!」

 

「お、お手柔らかにお願いします!」

 

「ええ…まあ、所詮は演劇ですから、そこまで厳しく指導するつもりはありません。それに期間は一ヶ月だけですから、そこまで劇的な変化も見込めないでしょう」

 

 私が彼を『英雄ラルフ』に相応しい人材に育て上げるのも、この短期間では難しいだろう。

 個人的には付け焼き刃の技術を与えるのは気が進まないが…別に前線に立つ兵士として育てるわけでもないし、そこまで気にする必要はない筈だ。

 どう指導するにせよ、まずは相手の技量を知らないことには始まらない。とりあえず先輩の演技を見せてらおう。話はそれからだ。

 

「では、まずは先輩の演技を見せていただきます。私が指導するのは戦闘シーンだけですので、そこだけ抜粋してお願いします」

 

「は、はい!」

 

 返事の発声からして期待はできないが…まあ、出来る限りのことはやろう。ダメだったらその時はその時だ。

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