最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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王子の為に精霊門は開かれる

 私がやらかした翌日の放課後。野外舞台にて、ラルフ役の生徒の演技を見せてもらう。率直な感想としては…まあ、微妙だな。

 

「…なんというか、声に覇気が無いですね」

 

「覇気、ですか…?」

 

 この先輩、やる気はあるのだが如何せん声に力がないのだ。

 一端の騎士団長である私や、王族であるフェリクス殿下と比べるのは酷だろうが…それでも、彼が演じるのは初代国王である英雄ラルフ。彼を演じるとなると、演者にも相応の覇気が求められるのだ。

 

「英雄ラルフは七つもの部族を束ねた、まさに『王』と呼ばれる器の人間です。それを演じるならば声ははっきりと、胸を張って向こうの校舎まで届かせるくらいの意識で喋ってください」

 

「は、はい!」

 

「まずは発声練習からですね。北部の猟兵団式ではありますが、きちんとした訓練があるのでそれを行なってください」

 

「分かりました!」

 

 あらかじめ用意していた訓練手順書を渡して、一旦この場を離れる。私は暗黒竜の演技指導も任せられているからだ。

 舞台裏へと歩いていき、骨組みだけの暗黒竜の側にいる人間に声をかける。

 

「調子はどうですか?」

 

「ぼちぼち、ですかね。流石に一ヶ月で改修できる範囲には限りがありますから…」

 

 だろうな、と口には出さずに内心で呟く。そもそも暗黒竜の演技指導と言われても、学祭は既に一ヶ月後に迫っている。今更部品の改造や追加など、できる訳もない。

 

「まあ、無理もありません。出来る所から手をつけましょう。差し当たっては、動作の速度をラルフと合わせるところから始めたいのですが…」

 

「発声練習で忙しそうですね…」

 

 野外舞台から少しだけ離れたここならば、覇気のない声でも少しは届く。むしろ届いてなかったら私が叱責に行く所だ。

 

「声は演劇の基礎ですからね。一ヶ月となると、彼も発声練習で手一杯でしょう」

 

「そうなると…やはり?」

 

「当初の演技のままになるでしょう。個人的には迫力に欠けると思いますが…安全には変えられません」

 

 付け焼き刃の技術でも映えるなら…とは考えていたが、それは安全が確保されていればの話だ。今から発声練習と戦闘演技の訓練を並行してやるとなると…彼はすぐに潰れてしまうだろう。

 

「戦闘シーンにはあまり大きな変更を加えないでください。先輩が対応できないかもしれません」

 

「分かりました」

 

 妥協に妥協を重ねる形にはなるが…事故が起きれば元も子もない。こんなところで怪我をされても私にはどうしようもないので、暗黒竜の方は私が関与する前と変わらないだろう。

 

 さて、私も周囲に請われた通りの仕事はしているが…早くも私がやるべき事がなくなってしまった。

 手持ち無沙汰に周囲を見回すと、私の様子に気づいたイザベルが手招きをしているのでそちらへ向かう。

 

「レノ様、そちらはどうでしょうか」

 

 イザベルに促されるがまま、周囲の人間と距離を取るように動く。どうやら率直な意見を求めているらしい。

 周囲に人気がないところまで離れてから、ようやく私は口を開く。

 

「及第点未満…ですかね。ラルフは基礎から、暗黒竜は…改善しようにも時間も資材も足りません」

 

「やはり、そうでしたか」

 

 私の返答に、イザベルはまるでそれが予想通りだったかのように頷く。なるほど、イザベルの目的はなんとなく把握した。

 

「…なるほど、これは確かに私向きの仕事ですね?」

 

「ええ、そうでしょう?」

 

 良くも悪くも私の関与する隙が無い。少し口を出して終わりの仕事だ。これならば『ちょっとした用事』で暫く席を外していても問題は起こらないか。

 

「なんだかんだと理由をつけて、暇な時間ができやすい役職…なるほどこれは、厄介者を置いておくのに丁度良い」

 

「レノ様、お口」

 

「おっと、そうでしたね…」

 

 つい漏れ出た口調をイザベルに注意されてしまった。周囲には私たち以外の人間はいないが、そういう時でも『お嬢さま』を意識しろと昨日言われたばかりだ。

 

「ともかく、ありがとうございます、イザベルさん。私に丁度良い仕事を見繕ってくれて…」

 

「問題ありません。わたくしはただ、レノ様の都合に合う仕事を紹介できるから、そうしただけですわ」

 

 イザベルはそう言いながら、いかにも悪役令嬢のような、いかにも「悪巧みをしていますよ」といった怪しい笑みを浮かべて見せる。

 イザベルの悪役令嬢仕草は、彼女がやりたくてやっている事だというのは理解しているが…それにしたって、少し趣味が悪くないかと思わなくはない。何をどうしたら悪役令嬢に憧れるんだ。

 

 

 そんな実もない思考の中、ふと首筋がピリピリするような感覚に襲われる。

 この感覚は…戦場で感じてきた物だ。つまり、学園内で碌でもない事態が起きている可能性が高い。

 私の体勢が変わったのを見て、イザベルが私の手の届く範囲まで近づいてくる。万が一の時にすぐに守れる位置だ…流石はケルベック伯爵令嬢、守られ慣れているな。

 

「…何か、嫌な予感がする」

 

「予感、ですか?」

 

「はい、こういう予感は大抵当たる物です。私の場合は周りに死者や重症者が出るのが殆どですが…」

 

 ぞわぞわと全身の毛が粟立つような感覚。そして空気に漂う微妙な違和感…何か、強力な魔術が使われる寸前のような感覚。

 まるで赤竜と対峙した時のように、自然と身体が臨戦態勢を取る。これは明らかに異常な兆候だ。

 

「何が、起きている…?」

 

 気を張り詰めて、何が起こっているかを捉えようとする。ここまで異様な感覚となると確実に気のせいでは無い。おそらくモニカの方で何かがあったのだろう。

 

「大規模魔術…いや、違う。それ以上……精霊王召喚か?」

 

 私が小声で呟いた言葉を聞いたイザベルは、声を出す事こそ無かったが、驚愕の表情までは隠しきれていなかった。

 精霊王召喚…人類が使える最大規模の魔術だ。それは破壊力、攻撃範囲共に強大な、まさに戦術兵器と言える程の大魔術。そんな物を学園内で放つ必要がある状況となると…流石に『最悪』を意識しなければならない。

 

 いや、まさか。そんな訳は無いだろう。そう考えたいが…それ以外の魔術では、この感覚に説明をつけられない。

 

 迷っている暇はない。もしもモニカが精霊王召喚を行ったのだとしたら…モニカは今、かなり危険な状態だ。

 いくら魔力量に恵まれているモニカでも、精霊王召喚を撃って平然としていられる程では無いからだ。

 モニカが強力な無詠唱魔術の使い手だとしても、魔力がなければ魔術を使う事は出来ない。もしもこの攻撃で敵を倒しきれていなければ…モニカは今、丸裸も同然なのだから。

 

 もしも杞憂や勘違いなら笑って誤魔化せばいい。今はとにかく、モニカの元へ急がなければならない。

 

「………ごめんなさい。緊急事態が起きました」

 

「わかりました。周りの方には私から言っておきますので…いえ、()()()()()()()()()()()()。お姉様を、お願いします」

 

「わかりました。では任せます」

 

 ここまで強い魔力を感じるなら、大体の方角はわかる。剣は無いが…今は速度を優先すべきだろう。可能な限りの速度で現場へ向かう。

 

 

 私はさっきまで一学生として動いていたので、武器になるようなものは持っていない。なので道中で適当な木の枝を手折って、枝葉を外して武器の代わりにする。攻撃力的には殴った方が良いが、リーチはあればあるだけ良い。

 

 魔術を使ったであろう現場に近づくほど、強力な魔術を使った時特有の『残滓』を強く感じられる。

 この周辺の見晴らしの良い場所となると…旧庭園の辺りか。確認のためにそこへ向かってみれば、二つの人影が見えてくる。なるほど、ここが事件現場らしい。

 

 速度を落とさず現場に近づき、人影の側で急ブレーキをかければ石畳に小さく罅が入る。

 

「『沈黙の魔女』モニカ・エヴァレット。報告を」

 

「レ、レノ、さん…」

 

「魔剣姫様…」

 

 周囲には見覚えのある顔が()()。一人はモニカ・エヴァレット。予想通り、魔力が尽きかけている。

 そしてもう一人、モニカの側で座り込んでいる女子生徒…東部の貴族、ブライト伯爵令嬢、ケイシー・グローヴ。どうやら麻痺状態にあるようだ。

 

 ケイシーは巻き込まれただけなのか、それとも…とにかく、モニカの魔力が殆ど残っていないとなると、精霊王召喚を強いられる程の事態が起こったのは確実か。

 前置きも無しにモニカに何があったのかを聴いたが…モニカは顔を強張らせている。相当切羽詰まっている可能性があるな。

 

「精霊王召喚を行いましたね。場合によっては…魔剣は使えませんが、私も本気で対処せざるを得ません。モニカ、報告を」

 

 私にも余裕がないので、周囲を警戒しながらモニカに強い口調で報告を急かしつつ、周囲を警戒する。持っている武器は枝一本。相手にもよるが、流石にこれだけで二人を守り切れるとは思えない。

 

 そうこうしている間にも、状況は転々としていく。遠くの空から何かが高速で飛んでくるのが見えた。迎撃体勢を取って…いや、あれは味方か。

 遠くから飛来してきた人影が私たちの近くに着弾する。長身の男…ルイス・ミラーは杖を振って地面に激突する寸前で止まり、その契約精霊であるリンは足を地面にめり込ませて停止する。

 

「この馬鹿メイド……っと、これはこれは、魔剣姫殿。何が起きているか報告していただいても?」

 

 ルイスはあまりにもお粗末な飛行技術を披露したリンへの罵声を飲み込み、私たちの方へと向き直る。リンはどこか自慢気な顔をしているな。

 

「私も今来たばかりです。当事者はそこの2人のようですが…」

 

 ルイスと共にモニカとケイシーを見つめれば、ケイシーが諦めたような表情で首を横に振る。

 

「私がやったわ。全部、私の仕業」

 

 …予想はしていたが、実際に「そうだ」と聴くと、少し嫌な気分にもなるな。多少なりともブライト伯爵家の事情を知っている私であれば、彼女の動機も察することは出来る。

 

「ケイシー・グローヴ。ブライト伯爵家令嬢ですね」

 

「まさかあの魔剣姫様に顔を覚えて貰えていたなんて…光栄ね」

 

 ケイシーは自嘲するような笑顔を浮かべているが…私とは頑なに目を合わせようとはしない。

 

「私がブライト伯爵家の事を忘れると思われていたのは心外ですが…まずは仕事をしましょう」

 

「リン、拘束なさい」

 

 ルイスの命令を受けたリンは、地面に埋まっていた両足を引き抜き、ケイシーを後ろ手に拘束する。

 これで彼女は逃げられないし、抵抗しようとしても私かモニカが鎮圧できるだろう。あとは…他に仲間がいないかどうかか。

 

「…モニカ、既に終わっていますか?」

 

「は、はい。問題は解決しています」

 

 少なくともモニカが知る限りでは、ケイシーの単独犯らしい。ならば私やルイスが慌てて動く必要は無さそうだ。尋問に移るとしよう。

 

「はぁ…それでは、何があったのか、端的にお願いします」

 

「…は、花火の搬入作業をしている西の倉庫に螺炎が仕掛けられていました」

 

 螺炎と聞いて私とルイスが顔を顰める。螺炎と言えば暗殺に特化した魔導具。そんなものを学園内に持ち込まれているとなると、警備を見直さなければならないだろう。

 

「螺炎とはまた物騒な物を…しかもそれを花火が集まっている場所で?発動していれば、何人が巻き込まれてたのやら」

 

 モニカはその螺炎の対処をしたのだろう…しかし、螺炎が仕掛けられていたとしても精霊王召喚を行う理由にはならない。殆ど攻撃にしか使用できない精霊王の召喚では、螺炎に対処できないからだ。

 

「それで、螺炎と精霊王召喚には何の関係が?」

 

「…わたしの防御結界じゃ、完全に防ぎきれないと思ったので…ルイスさんの結界を、お借りする為に…」

 

「ふむ、学園用の大規模結界を保護する結界を破壊する為に、精霊王召喚を行なったのですね?」

 

 ルイスの確認にモニカはゆっくりと頷いた。

 結界の魔術師とも呼ばれるルイスの結界を利用したのならば、螺炎も対処できるだろうし、その為にルイスの結界を突破する必要があったのならば、確実に破壊する為にも精霊王召喚を選んだのは不思議では無い。

 

 とりあえず、外敵に対して精霊王召喚を行使した訳ではないのなら、私の出番は無いだろう。しかしモニカの魔力が底をついてる今、その穴を埋めるために私が殿下の側に居た方が良いか。

 

「ええ、そちらの結界に関してはわかりました。あの程度の結界では精霊王召喚には耐えられませんからね。ですが…大規模結界そのものに張った、それはもう大量の書き換え防止のダミー術式は?」

 

「…えっと、そういうの、見抜くの、得意で…あっ、でも、ダミーを見抜くのに一分近くかかったんです。本当です!」

 

 一分。七賢人『結界の魔術師』ルイス・ミラーが施した書き換え対策への対処に要した時間が、たったの一分。

 ちらりと横目でルイスの表情を伺う。まるで上位竜と不意に遭遇した騎士みたいな、驚愕と絶望の混じった顔だ。ルイスのプライドはベキベキに圧し折られてしまったようだ。

 

「…ご愁傷様です、ルイス。これが天才の理不尽という奴ですよ」

 

「規格外の騎士が言うと、言葉の重みが違いますねぇ?」

 

 ルイスは私を睨みつけながら呟く。確かに私は数多の騎士のプライドを粉砕する側だ。そんな人間から同情の言葉をかけられても、皮肉にしか聞こえないか。

 

「…はぁ。大体の事情は把握しました。第二王子にはまだ正体はバレていませんか?」

 

「は、はいっ、バレてない…はず、です」

 

 ルイスがこちらに確認するように視線を向けてきたので、頷く事で返事をする。何度か危機的な状況もあったが、今の所モニカの正体はバレていないと見ても良いだろう。

 

「結構。では、螺炎はこちらで秘密裏に回収しておきましょう。そちらのお嬢さんの身柄も、こちらで預かります。貴女は引き続き第二王子の護衛を…」

 

「あ、あのっ!」

 

 あのモニカがルイスの言葉を遮る。こんな状況でなければモニカの大きな成長に喜んでいたかもしれないが…少しタイミングが悪いな。

 

「なんですかな?」

 

「ケ、ケイシーは…そこの彼女は、どうなります、かっ」

 

「…取り調べを受けさせ、暗殺に関わった人間を片っ端から引きずり出します。あまりに口を割らないようなら、精神関与魔術を使うことになるでしょうね」

 

 ルイスの言葉を聞いたモニカの顔が青くなる。どうやら精神関与魔術に対して忌避感があるらしいが…一般的な感性であれば無理もないだろう。

 

「…精神関与魔術の使用に抵抗があるようですね?ですが、廃人になった方がいっそ幸せかもしれませんぞ?王族の暗殺未遂ともなれば極刑は必至。正気を失ったまま処刑された方が苦しまずにすむ」

 

「手荒な方法よりも苦痛は少ないでしょうしね。少なくとも、我が家の使う()()()な手段よりは穏当に済むでしょう」

 

 はっきり言って、精神関与魔術はこの手の手段の中ではまだ人道的な方だと考えている。なんせ血は流れず、時間も多くはかからないからだ。少なくとも、私や家の関係者が使う手段よりは間違いなく穏当に済む。

 

「ル、ルイスさんは…レ、レノさんも、第一王子派、なんです、よねっ?」

 

「…藪から棒になんです?」

 

「答えて、ください」

 

 かつて無い程に強い意思を見せるモニカを前に、私とルイスは視線を交わす。お互いが相手に『何故モニカがこんな事を?』という疑問の答えを求めたのだが…私にもルイスにも分からない以上、ここは大人しくモニカの疑問に答えておこう。

 

「私は『家がそうである』と言うだけで、私自身はどちらでも構いませんが…どちらかと言えば、第一王子派ですね。ルイスは?」

 

「私は第一王子のライオネル殿下と学友ですから、第一王子派と言っても差し支えないでしょう。ただ、誤解をしないで頂きたい。私はなにがなんでも第一王子に、王になって欲しい訳ではないのです」

 

 ルイスがライオネル殿下と学友だったのは知っていたが、私の予想よりもライオネル殿下を推す気持ちは薄いらしい。少し意外だな。

 

「私が第一王子派を名乗るのは、クロックフォード公爵と第二王子が気に入らないからです」

 

「家の親と似た様な事を言うんですね。お父様もお祖父様もクロックフォードが嫌いですから」

 

 私のお祖父様は、何やらクロックフォード公爵と浅からぬ因縁があるらしい。その事もあってか、お父様も時々嫌がらせをされていると聞く。

 

 私も竜騎士団に所属していた頃は苦労した…単独行動が禁止されているのは仕方がないとしても、竜騎士団の武装改良に関する提案も片端から却下されたり、私だけ王都で待機だったりと…明確に私を動かしたくないという意思が透けて見えていた。

 あれがクロックフォード公爵直々の差し金かは分からないが、少なくとも第二王子派の圧力があったのは間違いないだろう…そうでもなければ、竜騎士団の団長が私に待機を命じる時に、あれ程までに悔しそうな顔をする筈がないからだ。 

 

「ケ、ケイシーは、ランドールと繋がっている、第一王子派です」

 

 ルイスが確認するように私に目配せをするので、私は肯定するように頷く。

 

 私はブライト伯爵家とランドール王国の関係について知っている。きっかけは私がブライト伯爵領を襲った赤竜とその取り巻きを単騎で殲滅した時だ。

 

 ブライト伯爵家はつい数年前まで、酷い竜害に悩まされ続けた一族だ。自前の軍隊は損耗し続け、そんな状況では金も失っていくばかり。

 王都の竜騎士団は東部の端に着くまで時間は掛かるし、かと言って東部の他の貴族を頼るには金が掛かる。そんな八方塞がりの状況をどうやって凌いでいたか?

 隣国であるランドール王国の騎士団が支援していたのだ。この事実は、私を通じてフェアニッヒ辺境伯家は知っている。

 

 しかし、モニカがこれを知っているとなると…ケイシーは随分とモニカに心を許していたのだろうか?それとも、どうせ口封じをするからと冥土の土産に教えたのか…

 

「ランドールと繋がりのある第一王子派が、第二王子の暗殺を目論んだという事実が明らかになれば…第一王子派にとって、不利になります、よね?」

 

 これは明確な脅しだ。ともすれば私たちへの敵対宣告としても捉えられるが…何故、モニカはそんな事をするのだろうか。動機が全く分からないぞ。

 

「モニカ、あなたの目的は何ですか?」

 

「…た、ただ…ケイシーを殺してほしくない、だけ、です…」

 

「それは慈悲のつもりですかな?」

 

「い、いえ…私の、わがまま、です…」

 

 …成程、どうやらモニカは想定以上に『人間らしい』成長が出来たようだ。

 今までのモニカであれば、こうしてケイシーを庇う事もなかっただろう。モニカとケイシーの仲が悪く無いのは、選択授業の見学会の際に知っていたが、ここまでだとは思っていなかった。

 

「判断はルイスに任せます。モニカをセレンディアに呼んだのはルイスですからね」

 

 現在モニカは『ルイスの命令』で動いている。七賢人に上下は無いとは言え、この任務に関してはルイスが指揮官、モニカが実働と役割は明確に分かれている以上、モニカが捕まえた人間はルイスが処遇を決めるべきだろう。

 しかし…ここでモニカの反感を買うのは悪手だろう。となると、ルイスがどこまで妥協できるかの問題か。

 

「…見ての通り、第一王子派も一枚岩ではありません。第一王子もその母君も、言ってしまえば王位に興味のない人間なのです。正々堂々を好み、暗殺など絶対に望まない…が、第一王子を支援する人間の、誰もがそうとは限らない」

 

 第一王子派筆頭のフェアニッヒ辺境伯家とて、暗殺のような強引な手段は取らない。理由は幾つかあるが、最も大きい理由は…国が混乱に陥るからだ。

 

 もしもフェリクス殿下を暗殺すれば、必ず犯人捜しが始まる。そうなれば、まず疑われるのは第一王子派だろう。

 この時点で、第一王子派と第二王子派の間には、絶対に埋められない溝ができてしまう。下手を打てば内乱一直線だ。

 フェアニッヒ辺境伯家は戦争を避けたいが、それ以上に内乱は絶対に起こしてはならないと決めている。だから強引な手段を使おうとはしない。

 

 それに対してブライト伯爵家は…取れる手段が非常に少ない。数年前に竜害が収まったとて、急に領地を復興して国内で強力な発言力を得るなんて事は出来ないからだ。

 ブライト伯爵家の境遇と動機を考えれば…このような強引な手段に出るのも仕形がないと言える。

 だが、ルイスはそんな事をするような者達を同情なんかで見逃すような甘い人間ではない。

 

「第二王子の暗殺未遂などという、いらん真似をする馬鹿は、内々で粛清する必要があるのですよ」

 

「ひ、秘密裏に事を片付けるなら、やりようがある筈、ですっ」

 

 モニカとルイスの攻防を横目に、私はケイシーの顔色を窺う。

 ここでモニカが負ければ、ケイシーは廃人一直線。ブライト伯爵家は一族郎党族滅になるだろう。

 しかしケイシーは、モニカに対して縋るような視線を送る訳ではなかった。何か企んでいる訳でもなさそうだし…既に割り切っているのだろう。

 

 ルイスは再びこちらに目配せをしてくる。私としてはさっきも言った通り、完全にルイスに任せるつもりなので、肩を竦めるだけに止める。

 こちらはルイスがケイシーの処分を強行しようとも構わない。出来ればモニカの我儘を聞いてあげて欲しいが…簡単に妥協できるほど単純な問題でもないのは分かっている。ルイスの判断に対して私ができる事は、その後始末の協力くらいだろう。

 

 そんな私の態度を見たルイスは、一度ため息を吐き、十秒ほど掛けてから口をひらいた。

 

「そちらのお嬢さんが正直に全てを白状するのなら、精神関与魔術は使わないと約束しましょう。身柄は修道院送り。二度と社交界の場には出られない…魔剣姫殿も、これで問題はありませんね?」

 

「まあ、これ以上は譲れないですね。我が家としてならば、断固として処理を強行するのでしょうが…」

 

 私がケイシーを睨みながら話せば、ケイシーが肩を震わせる。彼女とて我が家のスタンスを知らない訳ではあるまい。

 

 フェアニッヒは敵対者に対して容赦をしない。一度殺すと決めたのなら必ず殺す。

 人殺しを厭うが、やると決めたのなら容赦も慈悲も無い。国に混乱を齎そうとする人間が居るのならば、確実にその息の根を止める事によって解決するだろう。

 フェアニッヒ辺境伯家は第一王子派筆頭だが、それ以前に国家を第一としている。なればこそ、同じ派閥の人間であろうと国に混乱を齎さんとするのであれば、それを排除する事も厭わない。

 

 しかし、ここでモニカの意思を無視すれば…モニカが敵に回るだろう。七賢人『沈黙の魔女』モニカ・エヴァレットがだ。それは国にとって大きすぎる傷となる。

 モニカと、ケイシーを含めた獅子身中の虫を天秤に掛けた時、どちらに秤が傾くか…間違いなく、モニカの方だろう。それ程までにモニカの評価は高い。

 特に今回はルイスが後処理をすると言っているのだから、ここから内乱等に繋がる可能性も低いだろう。だから私も安心して「見逃してやる」と言える。

 

 それに…私はモニカの成長を喜ばしく捉えている。出来ればこの成長を阻害したくは無いのだ。

 

「…『結界の魔術師』と『沈黙の魔女』がそうしたいと言うのであれば、私からは何も言いません」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 素直に頭を下げるモニカを、ルイスは面白くなさそうな表情で見る。ルイスもきちんとした『処理』をしたかった人間として、お小言の一つや二つも言いたいのだろう。

 

「…少々、絆されすぎですな」

 

「えっ?」

 

 しかし、ルイスの口から出てきたお小言は、私の予想とは違うものだった。

 

「貴女は七賢人が一人〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット…セレンディア学園の生徒、モニカ・ノートンというのは仮初の姿です。そのことを、ゆめゆめお忘れなきよう」

 

「……は、い」

 

 ルイスの言葉は、確かにモニカの甘さを責める物だったが…その言い方では、まるで『人間として成長するな』と言っているようにも聞こえる。

 

「ルイス…」

 

「魔剣姫殿も理解しているでしょう」

 

 私の咎めるような呼び掛けに対して、ルイスは同じような口調で返してくる。

 個人的にはルイスの言い方に文句も言いたいが…モニカは潜入任務中の身だ。下手に甘さを見せれば足元を掬われかねないだろう。だから、あのような警告をしたのだ。

 

「はぁ、ここに来てから何もかもが思い通りに行かないですね」

 

「人生とは得てしてそういう物なのですよ」

 

「…随分と実感のこもった言葉ですね」

 

 私が思わずこぼした愚痴に対して、ルイスはジジ臭い言葉で嗜めてくる。私が知るだけでもルイスは相当苦労してきた人間だ。言葉にはこれ以上なく説得力が篭っている。

 

「リン、そちらのご令嬢をこの近くにある魔法兵団の駐屯所に護送なさい。私の名前を出せば、部屋の融通をしてくれるでしょう」

 

「かしこまりました。ルイス殿は?」

 

「この原型を留めていない結界をどうにかします。魔剣姫殿は何もなかった体でお願いします。こっちの仕事についても把握しているのでしょう?」

 

「はぁ…まったく、言い訳が面倒ですね」

 

 モニカとケイシーの別れを聞き流しながら、私はポケットに入れていたメモ帳に今後の予定を書いていく。

 一人、こうしてフェリクス殿下を暗殺しようとした人間が現れた。

 他に同じ事を企む人間がいないと言い切れない以上、動機がありそうな人間をリストアップして警戒しなければならないのだ。

 警備員が使えない以上、警戒をするにしても限りはあるが…何も手を打たない訳にもいかない。

 

 そうこうしている内にケイシーとモニカは話し終わったのか、リンとケイシーの体が浮き上がる。ケイシーの身柄は修道院行き…犯した罪を考えると、人気の無い北部の僻地に送られるだろう。

 モニカは…かなり落ち込んでいる。鼻を啜りながら、既に私でも目視出来ない程に遠ざかったケイシーの影を見ている。

 

「貴女は適度に、感情を発散する方法を知るべきですな」

 

 グズグズと鼻を啜りながら空を見上げるモニカを見たルイスが、息を吐きながら独り言のように呟く。

 

「……そういうの、苦手、です」

 

「適当な雑魚に当たり散らしなさい」

 

「酒を飲むのも良いですよ。酒精は気を紛らわすのには丁度良いですからね」

 

 私は未だに酔ったことはないが、世の大人は自分に都合が悪い記憶は泥酔することによって忘却を図ると聞いた事がある。モニカは酒に弱そうな雰囲気があるし、酒は悪くない案だと思う。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったモニカの顔面を見たルイスは、溜め息を一つ吐いてからハンカチを差し出す。

 

「私は貴方の顔面くらいグッチャグチャになった結界の修復に忙しいのです。手伝わされたくなければ、さっさとどこぞにでもお行きなさい。先ほどの令嬢のことはこちらで適当になんとかしておきますから」

 

「…ハンカチ」

 

「妻からの貴重な贈り物です。あとで洗ってアイロンかけて返しなさい」

 

「……はぁい」

 

 調子の変わらないルイスを見て気が緩んだのか、モニカは眉を下げつつも笑顔を見せる。どうやら多少は持ち直したらしい。

 まだすこしだけ鼻を啜りつつも、モニカは私とルイスにぺこりと礼をして旧庭園から離れていく。

 

 

 離れゆくモニカを私だけが見送り、旧庭園にはルイスが結界を弄る音だけが響く。

 

「……ところで、魔剣姫殿はいつまでここに居るつもりですかな?」

 

「ルイス、なぜモニカを護衛に?」

 

 私がセレンディアに入学してから、ようやく巡ってきたルイスと二人きりで話せるタイミング。この機会を逃すわけにはいかない。

 私の質問に対し、ルイスは少しだけ考える素振りをしてから、視線をこちらに向ける事なく答える。

 

「あなたの疑問も尤もですね。同期殿は人とは碌に会話できず、爵位の序列もちっとも知らない世間知らず…なんなら第二王子の顔さえ知らなかったかもしれませんね?」

 

 流石に護衛対象の顔くらいは知っていてほしいが…そもそも一端の貴族である魔法伯が、王族の顔を知らないと言うのが大問題だな。

 しかし、ルイスもモニカの事をそう評価しているのなら、ますます人選に対する疑問が募る。明らかに護衛に向いている人間ではないだろう。

 

「ですが『無詠唱魔術』は、護衛においてこれ以上なく有利な物です。何よりあの性格、あんなのが護衛だとは殿下も思いますまい」

 

 モニカの扱う『無詠唱魔術』…その利点を評価しない訳ではないが、護衛として扱うには、その利点以上に人格面の欠点が目立つように見える。

 ルイスの手札を全部把握している訳では無いが、この任務にモニカを使う判断には賛成できない。今の所は上手くいっているが、ひょんなことからこちらの事情が全部漏れ出してしまっても驚かないぞ。

 

「…それしか、手はなかったのですか?」

 

「そうですね。もちろん同期殿を潜入させるより前に、幾つかの手段で殿下の護衛を試みましたが…結果は失敗。ですからこの手を使ったのですよ。貴方がここに来るのは想定外だったんですがね。同期殿の件に関しては、貴方の入学より前に決めてましたから」

 

 話を聞く限り、殿下はかなり勘のいい人間らしい。専用の魔導具を送ったことは知っているが…おそらく、魔法兵団の人間も動員したのだろう。そして、そちらは何かしらの手段で追い払われたか…

 それにしたって、モニカか…やはりどう考えても人選ミス感が凄まじいな。

 

「ルイスの契約精霊では駄目だったんですか?」

 

「あのポンコツに潜入任務が務まるとでも?それにアレは私の手元に置いておきたかったのです。緊急事態が起きれば、私が出張る事には変わりありませんからね。アレは足として使うのに便利なんですよ」

 

 確かに風の上位精霊を足として使えば、長距離の移動もかなり早く済ませられるだろう。

 それに、リンに限らず精霊は…なんというか、自由だ。モニカよりも制御しにくいという点も踏まえると、ルイス的にはリンを使う案は最初からなかったのだろう。

 

「まあ、同期殿を護衛に選んだ何よりの理由は、彼女の人間不信に目を付けたからなのですが…」

 

「それがあの様子となると…狙いは完全に外れたみたいですね?」

 

「ええ。まさかああして簡単に絆されるとは。予想外でした」

 

 ルイスは、モニカならば必ず他人と距離を置くだろうと予想していたのだろう。この任務が始まる前ならば私もそう考えていたはずだ。

 しかし、近頃のモニカの成長は目を見張る物がある。なんせ複数の友人と共に、校舎裏での焼肉パーティーに参加するくらいなのだから。

 

「私としては、モニカの社交性が育まれるのは喜ばしいと思っていますが…」

 

「そうですね。私も彼女の成長を否定する気はありません。今のままでは七賢人として失格ですしね。しかし、今は少々時期が悪い」

 

 潜入任務中に中途半端な成長をされたら、それだけボロも出やすくなる。だからルイスはあんな釘の刺し方をしたのだろう。

 この件は王命である以上、モニカの個人的な事情は無視される。どれだけモニカに良い成長になる機会だとしても、任務に対して不都合であれば抑制されなければならない。

 

 まったく、儘ならない物だ。まさか学園に通っているのに成長してくれるな、なんて言われるなんて。

 

「改めて言うことでは無いでしょうが…魔剣姫殿には、しっかり睨みを利かせて頂けると助かります」

 

 それは第一王子に対してか、はたまたモニカに対してか。おそらく、そのどちらに対してもだろう…面倒だな。

 

「それにしても、まさか螺炎を使ってくるとは。第二王子は随分と恨まれているようで」

 

「今回の件に関しては、フェリクス第二王子よりも、その背後のクロックフォードを意識した物でしょうね。クロックフォード公爵を暗殺するのは現実的ではないでしょうし、こうなるのも仕方がないのでしょうが…」

 

 フェリクス・アーク・リディルがクロックフォード公爵の言いなりだと言うのは有名な話だ。

 好戦派のクロックフォードの手駒であるフェリクスが王になれば、まず間違いなく戦争が起こるだろう。

 逆に言えば、戦争を避けたいのならフェリクスを排除してしまえば良いと言う事だが…

 

「私の在学中に殿下に何かがあれば、間違いなく私も突っつかれますからね。まったく、ブライト伯爵にはそこそこ手助けしていたつもりだったんですが」

 

「確か貴方、ブライト伯爵領で竜の大規模殲滅をしていましたね。赤竜の討伐もその時でしたか」

 

「長年竜害に悩まされていたと聞きまして。おそらく今回の暗殺も、私の家が第一王子派だから迷惑はかからない、なんて考えで起こしたのでしょうけど、普通に迷惑です」

 

 もしくは『迷惑が掛かっても構わない』と考えたか…確かに、第二王子さえ排除できれば外国との戦争は始まらないだろう。

 しかし内戦が始まれば、下手な戦争よりも泥沼の争いが待っている。ただただ自国の国力を削るだけの、なんの益も無い戦いだ。

 ブライト伯爵家はもはやリディル王国に愛想を尽かして、ランドール王国に付くつもりなのかもしれない。そう考えてしまうくらいには酷い計画だ。

 

「お互い苦労しているようですな」

 

「全くですね」

 

 私とルイスは同時に溜め息を吐く。

 何の因果か、ルイスは第一王子派でありながら第二王子の護衛をし、最強の騎士である私はこうして学生生活を送っている。人生、何があるか分からない物だ。

 

 …いい加減、イザベルの下に戻らなければ怪しまれる。積もる話も無い訳ではないが、重要な伝達事項は無い筈だし、さっさと戻るか。

 

「さて、これ以上ここにいれば怪しまれますし、私は戻りますよ」

 

「はいはい…ああ、最後に一つだけ」

 

「はい?」

 

「バカ弟子の面倒も見ていただけると、大変助かります。アレはただの陽動ですが、長く居てくれるなら、その方がいいですからね」

 

 そういえば、この学園にはグレンも居たか。ルイスはこれでもグレンの師だ。師として弟子の動向が気になるのだろう。

 

「…ええ、一応、できる限りの事はしていますよ」

 

「…もしや、既に何かやらかしやがりましたかな?」

 

 私の反応を見て、ルイスは頬をひくつかせながら問うてくる。残念ながら、教育不足だ。

 

「ちょっと飛行魔術を使って、学園外に抜け出した程度です。他の生徒にはバレていないとは思いますけどね」

 

「………ええ、ええ。わかりました。次会った時に躾けておきます」

 

 哀れグレンは説教が確定してしまった…これもグレンが考えなしに飛行魔術を使ったからだが。

 

「私からも既に釘は刺してありますから、暫くは問題ないでしょう。何より、『保護者役』も既に見つけられていますからね」

 

「ほう?名前だけ伺っておきましょうか」

 

「ニール・クレイ・メイウッドです。生徒会の庶務を務めています」

 

「メイウッド…確かに、かの家の評判を聞けばその子息の能力も期待できますね」

 

 メイウッド男爵は、その爵位にそぐわずかなりの知名度がある。なのでルイスが知っていたのは不思議でも無い。

 むしろメイウッド男爵とのコネクションが出来た事を良く思っていそうだ。かの男爵の発言力は貴族に対して強い物がある。

 七賢人程の力は無いにせよ、七賢人と違う立場にいる貴族との繋がりはルイスも欲しい筈だ。

 

「ええ。あのバカ弟子に関しては、分かりました。では、また学祭辺りで」

 

「はい、また今度」

 

 一先ず、危機は去った。この後私がやるべきはイザベルとの口裏合わせ…それと、殿下の護衛に関してのプランニングか……まて、私は殿下の護衛だったか…?いや、今は考えるのはよそう。とにかく護衛のことを考えなければ…

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