最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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償えぬ罪の痛み

 壊れた結界を弄るルイスと別れ野外舞台へと戻れば、私を見つけたイザベルが小走りでこちらへと駆け寄ってくるのが見える。

 真剣そうなイザベルの表情から察するに、彼女の方でも何かしらのトラブルが発生したのかもしれない。

 

「レノ様、先程警備員の方がいらっしゃいました」

 

「ふむ、何の用ですか?」

 

「東門で事故が発生したと…負傷者は居なかったようですが、生徒会役員2名と一般生徒1名がその場に居合わせたらしいです」

 

「…そう、ですか」

 

 生徒会役員2名に一般生徒1名…もしやモニカとケイシーか?あのタイミングでモニカが生徒会の仕事を離れる動機もそれくらいしか思い浮かばない。

 

「事後処理は警備員と生徒会の方で済ませたらしいのですが、念の為に報告を、との事です」

 

「分かりました。伝言ありがとうございます」

 

 本来ならば一生徒でしかないイザベルに言伝を頼むことは無い筈だが…まぁ、その程度で済んだからだろう。もしくはイザベルがかなり信頼されているかだ。

 

「ところでレノ様。ご用事の方は如何でしたか?」

 

「何もありませんでした。気の所為だったようです」

 

 正確には「何も無かった事になった」だが、イザベルは大変聡明なので、これだけで今回の件がどのように処理されたかを察してくれるだろう。

 私の答えに満足したように笑顔で頷く様子からも、私の意図が正確に伝わったのが読み取れる。

 

「わかりました。それならば良かったです」

 

「ええ、ご迷惑をお掛けしました。私について訪ねてきた者は?」

 

「幸いな事に一人も来ませんでした。ですがレノさんが離れる様子を見た人は何人か居るようです」

 

 つまり、近いうちに学園内で何かが起きたと噂になる可能性があると言う事か。面倒だな。

 私は今から、殿下に危害を加える動機がある生徒に警戒しつつ、今回の件のカバーストーリーも考えなくてはいけない…本当に、心の底から面倒だ。

 

「こうなると警備員が動いたタイミングも悪いですね」

 

「はい、実際事故が起きている以上、レノ様が何かを隠していると捉えられてもおかしくありません」

 

 同意の上とは言え、イザベルには何かと苦労をさせている。近い内に恩返しをしたいが…貴族令嬢落第の私では何をすれば良いか思い浮かばない。

 とりあえず、今は目前の問題に集中しよう。お礼は学祭後でも遅くはない…筈だ。

 

「それでは、仕事に戻りましょうか」

 

「はい。私は暗黒竜の造形について話していますので、ご用がありましたらそちらに」

 

 私はとりあえず、ラルフ役の生徒の発声練習を見に行くか。声に力さえ籠っていれば、多少の滑舌の悪さも誤魔化せる筈だ…多分。

 

 

 


 

 

 

 フェリクス殿下暗殺未遂の翌日…私は朝から殿下の呼び出しを受けていた。

 

 心当たりといえば螺炎の件だが…それがバレているなら、先にモニカの方に声がかかる筈だ。関係ないとまでは言わなくとも、致命的な部分までは見られてないと願おう。

 

「やあレノ。こんな早くにすまないね」

 

「いえ、呼ばれたら何時でも伺うのが仕事ですから」

 

 今回の呼び出しは生徒としてではなく、騎士団長として呼び出された。この時点で何かしら問題が起きたのは分かるが…色々と心当たりが多くて特定できないな。

 

「さて、早速だけど…特殊魔装騎士団団長、レノ・グロスシュヴェルト。最近学園で何かしらの異常を感知したかい?」

 

「いいえ、特には」

 

 私が返事をすると、殿下は目を細めてこちらを見てくる。どうやら私の回答に納得いかないようだ。

 

 質問の内容からして、何か勘付かれているのは間違いないだろうが…螺炎の件は既に内々で処理されることになっている。ここはセレンディアに来てから得意になってきた『知らんぷり』の出番だ。

 

「そうなのかい?私の調べでは、昨日君が慌ててどこかへ向かったとの情報が入っているんだけどね」

 

「…そうですね、その上で何もなかったという事です」

 

 殿下の聞き方からして、私が野外舞台を離れたのは把握しているのだろうが、その後の決定的な場面までは見られていないと考えても良い…と思う。

 

 とりあえず、私はどれだけ怪しまれても良いから、モニカに注意が向かないようにするべきだろう。

 ルイスから協力を依頼されて、それを受諾した以上はモニカの事を無視する訳にもいかない。うまく誤魔化されてくれれば良いが…

 

「戦場に長く居たせいで過敏になっているんでしょう。特にこの時期は、外部の人間も多く出入りしますし…ついこの間、学生の手で危険物が持ち込まれる可能性があると判明した事ですしね」

 

 モニカが毒を盛られたあの一件以来、学園内の警備員はかなり神経質になっている。

 学園の生徒が毒を持ち込んだ以上、他の生徒が危険物を持っていないとは言い切れなくなったからだ。

 私も一時は警備員を束ねる立場になった人間だし、つられて神経質になっていたと言えば不自然ではないだろう。 

 

「ふむ……そうか。疑って悪かったよ。どうやら私も神経質になっているらしい」

 

「いえ、無理もありません。昨日も事故が起きたばかりですから」

 

 昨日の事故については、自室に戻った後に詳しい報告を受けている。

 事故の場に居合わせたのはモニカ、ケイシー、そしてシリルの三人だ。生徒会二人が近くに居たとなると、そちらを狙った犯行の可能性も出てくる。

 

 こうなるのなら、旧庭園でモニカから話を聞いておくべきだったな…下手な受け答えをすればモニカも疑われる事になりかねない。

 

「それで、ご用件は以上ですか?」

 

「いや、すこし相談したい事がある。正確には…『お願い』かな?」

 

 出た。王族の『お願い』だ!あの碌な事にならないと噂の!この流れでその単語を出してほしく無かったな。

 

「今日から学祭までの間、君にはモニカ・ノートン嬢の護衛を頼みたいんだ。引き受けてくれるかい?」

 

 お願いと聞いて身構えていた私に、想定もしていなかった仕事が振られる。

 護衛(モニカ)の、護衛…?いや、殿下はモニカが護衛だとは知らないから、別に不自然ではないが…それにしたっておかしな話だ。

 

「…理由は?」

 

「先程君が言った通り、この時期は外部の人間が多く出入りする。危険な魔導具なんかを使われたら危ないから、念の為だよ」

 

 理由を聞いてみれば…それは確かに、納得できる物だった。

 螺炎の件は秘匿されている以上、今のところ殿下に害が及ぶ事態は無かった事になっている。それに対してモニカは先日毒を盛られ、昨日は事故に巻き込まれかけたと言う。

 ……これは、流石に護衛をつけた方が良いと考えられても不思議ではないな。流石に不運がすぎる。

 

 しかし、しかしだ。私に課せられた『義務』は殿下の身の安全を確保することだけ。他の人間は二の次だ。

 螺炎の件もあった手前、殿下の護衛に就きたい所だが…この事を話す訳にもいかないし、今の状況ならモニカと別れて行動して、広い範囲を警戒した方が良い。

 

 モニカと接する機会が増えれば、ボロが出る可能性も増える。どうにかして、この仕事は避けたいが…無理に避けるのは得策ではない。この学園で殿下の不興を買えば、動きに大幅な制限が掛けられるだろう。

 

 とりあえず、一度は私の意見を見せておくべきだろう。その程度で機嫌が悪くなるほど殿下も狭量ではない。

 

「直近でのモニカ・ノートンの不運には確かに同情しますが…私はあくまでも臨時で殿下の護衛をしている身に過ぎません。殿下の身が最優先である以上、私が一生徒の護衛に縛られるのは良くないかと」

 

「直近で危害を加えられたのはモニカ・ノートン嬢だけだし、昨日も危険な目に遭ったらしいからね。もちろん、私の身に危険が迫る可能性もあるけど、それ以上に彼女が心配なんだ」

 

 感情論と言うには、あまりにもモニカが散々な目にあっているか。それに殿下の身の回りはきちんと固められている筈だし…

 

「どうやら納得出来ないようだね?」

 

「私としては、彼女の身分に対してどうこう言う気はありませんが…『私である必要性』が有るようには見えませんね」

 

 私がモニカの護衛に就きたくない一番の理由は、『私が出る程の仕事ではない』という点だ。

 

 はっきり言って、この仕事は誰にでも出来る程度の仕事だ。大した権力も持たない一人の小娘のお守りに、近衛騎士団を呼ぶか?そんな無駄な事はしないだろう。

 モニカの護衛に私を起用すると言うのは、そういう事になる。殿下の一存でモニカの護衛に私を宛てがえば、モニカ意思に関わらず、モニカの『重要度』は今までより一段上の物になってしまうのだ。

 

 簡単に言えば、モニカが殿下の…良くて『側室候補』、悪ければ『正室候補』の一人として見做されてしまう。

 確かに今までも殿下の『お気に入り』ではあったが…それとこれとでは、立場や周囲からの視線や扱いが違う物になる。

 

「殿下、あなたもお分かりでしょう。今のあなたが、異性に対して私を宛てがう、という行為の重さを」

 

「レノ、私は既に一度失敗をしているんだ。流石にこれ以上子リスを放し飼いにするのは心が痛むんだよ」

 

 殿下が言っているのは例の毒殺未遂の事だろう。

 今ではケルベックの後ろ盾も使えるし、既に犯人を見せしめに処罰したのだからアホな真似をする人間は出ない…と言いたいが、そんな事を言うならそもそも例の事件は起きていないか。

 

 私としては、あの事件についてそこまで責めたつもりは無かったのだが…殿下は思ったよりも気にしているのかもしれない。

 

「それに、シリルも気にしていたんだ。昨日の事故当日、子リスとシリルは同じ仕事に就いていた…その時起きた事故を、自分の確認不足のせいだと言って謝罪をしていたんだ」

 

 ふむ、それに関しては知らなかったが…殿下がこうして私に話すと言うことは、かなり気にしている可能性があるな。

 部下の失敗をフォローするのも上に立つ人間の勤めだ。それにしたって私を使うのはやりすぎだとは思うが…

 

「だから私はシリルと子リスが安心して仕事に集中できる環境を作りたいと考えている。子リスはここの所トラブル続きだし…彼女の事を考えると、成人男性よりも近い年の女子が護衛に就いてくれた方がいいと考えたんだ」

 

 昨日の一件でモニカの人間不信が改善傾向にある事は把握していたが…それでも成人男性に対する忌避感は抜けきっていないらしい。

 

 この学園の警備員は大半が男性だったか…それに数少ない女性警備員にも相応の仕事がある。モニカに付ける余裕はない。

 他の貴族子女は…モニカの立場を考えると信頼できないか。面倒だな。

 

 …こうして見ると案外、殿下が自由に動かせる手駒も少ないものだ。だからこうして信頼できて、比較的自由に動かせる私に声がかかるのか。

 

「…分かりました。元より私に拒否権はありませんからね」

 

「嫌だと言うなら無理強いする気はないんだけどね」

 

 嫌だと言いたい…言いたいが、殿下なりに考えて私を動かすと決めたのなら無理に拒否する気もない。

 それにモニカの近くに居る事はデメリットばかりでもない筈だ……まあ、平時であればデメリットの方が多そうだが。

 

「護衛に就くのは放課後だけで良いよ。あまり君に学業に穴を空けさせる訳にもいかないしね」

 

 その点は非常に助かる。既に毒紅茶の件で授業に大きな穴を開けて教師に手間をかけさせているから、少し申し訳なく思っていた所だ。

 

「君がやるべき事は放課後に生徒会まで来て、ノートン嬢と合流。その後、仕事が終わったら彼女を寮の自室まで送るだけ…簡単だろう?」

 

「ふむ、殿下を護衛していた時とあまり変わらないようですね?」

 

「基本はそうなると思うけど、最近はノートン嬢も会計の仕事であちこちに歩き回っているからそちらに付いていってくれ」

 

「分かりました」

 

 今の仕事については…イザベルに相談すればいいだろう。本当に迷惑をかけてばかりで申し訳ないが、今回は殿下のせいでもあるので大目に見て欲しいな。

 

 

 その後、教室にてイザベルに事のあらましを説明すれば「わかりました!こちらは私がどうにかするのでレノ様はお姉様を優先してください!」と言ってくれた。相変わらず頼りになりすぎる悪役令嬢様だ…

 

 


 

 

 放課後、私はまっすぐ生徒会室へと向かう。この道も見慣れたものだな…生徒会役員でもないのに、だ。

 

 全く、入学前には生徒会に入りたくないとしっかり言っていた筈なのに…今や『名誉生徒会役員』として見られていてもおかしくない程度には生徒会に出入りしているぞ。

 

 やれやれとため息を吐いて、生徒会室に面した廊下に差し掛かると…向かいにブリジット・グレイアム嬢の姿が見える。

 彼女は私の姿を見て、すぐさま眉を顰めた。まあ、気持ちはわかる。

 

「ごきげんよう、グロスシュヴェルト様…また、何か事件が起きたのですか?」

 

「いえ、今回は保険です。ですので一生徒として扱ってください」

 

 私の言葉を聞いたブリジットは小さく溜め息を吐く。誰も彼も、最近の騒動続きにはうんざりしているのだ。

 

「殿下はまた貴方に迷惑を掛けていらっしゃるのね」

 

「ええ…ですが、問題が起きてから動くよりはマシだと考えれば、多少の慰めにはなります」

 

 何事も早め早めに対処した方が楽に済む物だ。そう考えれば多少なりともやる気は出せる。

 

「ノートン会計の件と言い、貴方の事と言い…ここ最近、殿下は随分と自由に動いていますわね」

 

「ええ、まぁ…殿下も王族という事でしょう」

 

 私にとって王族は…いざとなれば、手段を問わずに我儘を貫き通してくる人種だ。まだ周りに相談してから動こうと考えてくれているだけありがたいと思っている。

 それに無理難題を押し付けて来ている訳でも無い。それならば多少の融通は効かせても良いだろう。

 

 ブリジットが生徒会室の扉を開け、私に入室を促す。今の私は『客人』という事らしい。

 

「どうぞ、入って宜しくてよ」

 

「失礼します」

 

 お言葉に甘えて部屋に入れば、既に生徒会の面々が揃っていた。どうやら私たちが最後らしい。

 

 しかし…やけに静かだ。私の顔を見てから、誰一人として口を開かないまま十秒ほど過ぎたぞ。

 殿下はこの状況を面白がっているようだし、シリルはどう動くか決めあぐねている様子。モニカは…半分意識が飛んでいるか。

 

 そんな状況の中、初めに口を開いたのは……ニールだ。

 

「……ま、また何か、事件が起きたんですか?」

 

「いや、今回は私が呼んだんだ」

 

「じゃあこれから事件が起こるんだな」

 

 私の姿を見るなり、あわあわと動揺する姿を見せるニールに失礼な事を宣うエリオット…私に対する印象が見て取れるな。

 

「…殿下、もしや昨日の事故の件ですか?」

 

「まあ、関係無いと言えば嘘になるね」

 

 質問に対してあっさりと答える殿下に対して、それを聞いたシリルの表情は暗い物だ。責任を感じているというのは本当だったらしい。

 

「…で?何がどうして魔剣姫を呼んだんだ?」

 

 エリオットの質問に対して、殿下は澱みなく返答する。内容は…ほぼ今朝話したものと同じだ。

 

 

「……という訳で、しばらくの間、ノートン会計にはレノを付ける事にしたよ」

 

「よろしくお願いします、ノートン先輩、アシュリー先輩」

 

 殿下の説明の後に、お嬢様らしい優雅な一礼を見せると…モニカがかたかたと小刻みに震え始める。

 

「れっ、れれ、れ…れののの、れっ、れれれ、れの、レノさん…」

 

「吃りすぎだぞ、ノートン会計。それで…失礼ですが、なんとお呼びすれば良いでしょうか」

 

「今回は生徒として扱ってもらって構いません。すみません、こんなややこしい立場で」

 

 シリルの戸惑う様子を見て、やはり我ながら面倒臭い立場だな、と内心で自嘲する。

 元はと言えば校内で毒を使った馬鹿のせいなのだが…それを抜きにしても、私は国内でも扱いの難しい辺境伯家令嬢だ。側から見たらお近付きになりたくない相手だな。

 

「…では、グロスシュヴェルト嬢。業務内容は既に把握しているか?」

 

「はい。殿下から受け取った資料は確認しました。まあ、私は警備員代わりでしかありませんが」

 

 今回の私の肩書きは『生徒会の臨時お手伝いさん』だ。

 実情は護衛だが、それを前面に出すと言う事は即ち、学園の警備員たちに対して「てめーらは信用ならねーよ」と言っているに等しくなる。何事にも建前は必要なのだ。

 

「私の仕事は、現場の安全確保と不審者等の対応ですね。出来れば暇であって欲しいですが…」

 

「グロスシュヴェルト嬢が動く必要のある事態となると非常時だからな。医者や軍人のように、仕事が無い方が良いのは確かだろう」

 

「そうですね…ですが、もしも必要であれば単純な人手として使っていただいても構いません。それでは、本日からよろしくお願いします」

 

 シリルの言う通り、『私である必要のある仕事』は非常時の対応のみだ。しかしお手伝いさんという面目があるので、雑多な仕事も割り振られたら手伝うことも吝かではない。

 

「ああ、よろしく頼む。グロスシュヴェルト嬢」

 

「ひゃ、ひゃいっ!よ、よよ、よろしくおねがいしまひゅ!」

 

 シリルと少し話している間に落ち着いてくれたかと思ったが…モニカはまだ少し動揺しているらしい。機を見てモニカの胆力を鍛えた方が良いかもしれないな。

 

「では、私達は資材の搬入の立ち合いへ向かいます。行くぞ、ノートン会計」

 

「は、はいぃ…」

 

「それでは、失礼します」

 

 私たちは生徒会のメンバーに声を掛けてから生徒会室を後にする。今日の予定は…昨日の事故で止まった資材の数の確認。そして今日の分の資材搬入の立ち合いだ。

 

「私は…業者の身元確認と、資材の固定確認ですね。手が空いたらノートン先輩の手伝いをすれば良いでしょうか」

 

「ああ、それで良い」

 

 今回の私の仕事は大して難しくもない物だ。それに舞台美術担当の人間も資材の確認に立ち会うらしいし、今日は暇になりそうだ。

 

「ノートン会計、やる事は昨日と変わらない。安全確認はグロスシュヴェルト嬢も行うので、昨日のような事故もないだろう」

 

「…はい」

 

 モニカはやっと落ち着いたかと思えば、次はやけに落ち込んでいるな…昨日の事を引き摺っているのか。

 そんなモニカの態度を見たシリルも何かを言おうとして口を開くが…結局、何も言う事はなく、ただただ黙って歩くだけだ。

 

「……これは、重症ですね」

 

「…そうだな」

 

 思わず漏らした私の言葉にシリルが反応したが…私はどっちも重症だと言いたい。

 私の予想では、シリルは失敗をかなり引き摺るタイプだ。その上昨日の失敗は人命にも関わる物…ここまで落ち込むのも納得だな。

 

 結局、暗い空気のまま東門まで歩く羽目になった。仕事に支障が出ないと良いが…そのための私でもあるのだろう。

 

「では、私は業者と荷物の確認をして来ます」

 

「ああ…頼む」

 

「……はい…」

 

 まったく、この調子で大丈夫なのか…私の知った事ではないが、それにしたって限度という物もある。

 モニカの方は…数字が書かれた仕事の書類を見ていれば気は紛れるだろうが、シリルの方はわからない。私の仕事が終わってもウジウジしているようであれば、何かしら喝を入れることも考えた方が良いかもしれないな。

 

 

 東門に並ぶ業者たちの所属を確認して、積荷の固定具を確認していく。今の所、問題はなさそうだ。

 モニカの方は確認できないが、シリルは…とりあえず、仕事は問題なく熟せているように見える。固定具をしっかりと…少し過剰なまでに確認しているな。

 昨日の今日で気にするな、とは言わないが……まあ良い。多少時間はかかっていても仕事はできている。今すぐに何かを言う必要はない。

 

 

 そうして、私の方の仕事は全て終えたので、シリルに声を掛けてからモニカの方へと向かう。

 

「アシュリー先輩、こちらの確認は済ませました。予定通り、私はノートン先輩の方の手伝いに行きますね」

 

「ああ、任せた」

 

 シリルはとりあえず、過剰な安全確認はしない程度にまで持ち直したらしい。これなら喝を入れる必要もなさそうだ。

 

 さて、次はモニカだが…こっちは半分くらい数字の世界にトリップしているな。舞台美術担当の声に対して、気の抜けた生返事を返している。

 

「ノートン先輩、手伝いに来ました」

 

「……」

 

 なるほど、これは予想以上に重症だ。おそらく舞台美術担当の声にも、数字の部分だけで反応しているな。

 こういう時は、周りに気付かれないように耳元で手をコキコキと鳴らしてみれば…

 

「…っ!ごっ、ごごごごめんなさいごめんなさいいいぃぃ!」

 

 この通り、条件反射で正気を取り戻してくれる。これはルイスの躾の賜物だ。モニカはこの音の後、ルイスの鉄拳が飛んでくるのを身に覚えさせられているのだ。

 いきなりモニカが大声を上げた事で、舞台美術担当の先輩がこちらを見るが、気にしないように手振りで伝える。

 

「どうしましたか、()()()()()()

 

「あっ、その…すみません……」

 

 私が「ノートン先輩」と呼んだことで、ようやく正気を取り戻してくれた。これは本当に先が思いやられるな…周囲を確認して、小声でモニカに話しかける。

 

「モニカ、本当に大丈夫ですか?必要であれば早い内に休憩を取った方が良いですよ」

 

「だ、大丈夫です…ごめんなさい…」

 

 モニカ自身はこう言っているが、私にはとても大丈夫そうには見えない。

 モニカはガス抜きが下手なのは知っているし、どこか適当な所で愚痴でも聞いてやった方が良さそうだが…どうしたものか。

 

「…はぁ。とりあえず、今日一日は頑張って集中してください」

 

「は、はい…ごめん、なさい…」

 

 私に対して謝る癖は…まあ、仕方がないか。七賢人就任の時の癖が抜けないのだろう。

 とにかく、気を取り直して『ノートン会計』に話かける。

 

「それで、手伝う事はありますか?」

 

「あ、えっと…それじゃあ、あの人の、反対側から、資材の数を、確認、してもらえますか」

 

「…分かりました」

 

 私とてモニカとはそこそこ長い付き合いだ。なのでモニカの能力を信頼しているが…それにしたって、一般人ならこんがらがるような手段で確認するんだな。

 舞台美術担当の先輩に声を掛けてから、資材の数を確認してモニカに伝えていく。そして、数を聞いたモニカは、止まる事なく資料に目を通してチェックをしていく。

 

 

 そうして三十分ほど経ったあたりで、全ての資材の確認が終了した。二人で別の方向から数を確認したので、想定よりもかなり早い時間で終わったな。

 

「あ、ありがとうございます。これで、資材の数は確認できました」

 

「はーい、それじゃあ私は自分の仕事に戻るねー」

 

「お疲れ様でした、先輩」

 

 先輩と別れ、私とモニカはこちらの仕事が終わった事を伝えにシリルの元へ向かう。

 

「む…ああ、そちらも終わったか。協力感謝する、グロスシュヴェルト嬢」

 

「問題ありません、アシュリー先輩。これも私の仕事ですから」

 

 どうやらシリルの方も終わっていたようだ。となると、もうここでの仕事は終わったか。

 

「この後は…生徒会に戻って、通常業務を済ませてから解散だが、グロスシュヴェルト嬢は?」

 

「私はノートン先輩の付き添いですので、業務が終わるのを待ちます。まあ、前と同じ感じですね」

 

 私の返答に、モニカが驚いたような表情でこちらを見る。何もそこまで驚かなくても良いだろうに…

 

「そ、そそそ、そんな…お、恐れ、多い…です……」

 

「これも殿下からの希望なので、ノートン先輩も気にしないでいただけると助かります」

 

 殿下は私に「モニカを女子寮まで送ってくれ」と頼んでいた…つまり、そういう事だ。

 ついでに先程、モニカに対して少しばかり用事が出来た。この機会だし、ゆっくり話してみよう。

 

「なるほど…では、戻るぞ、ノートン会計」

 

「は、はい…」

 

 シリルとモニカの後について歩く。この間も会話一つ無い、随分と退屈な時間だった。

 モニカは自分から話すタイプではないし、シリルも無駄口は叩かないタイプだろうが…非常に暇だな。

 

 

 生徒会室に戻れば、既に外での業務を終えていた生徒会の面々が席に着いているのが見える。

 建材類は他の物に比べて数が多いので、その分時間も掛かる。なので私たちが一番最後になったようだ。

 

「お疲れ様、シリルにモニカ…それに、レノも」

 

「本日は大した問題もありませんでした。では、私はいつも通り廊下で待機しますね」

 

 どうせ今はやれる事もないのだ。殿下が面倒なおねだりをしてくる前に、さっさと廊下に出ておこう。

 

「…これは、嫌われてしまったかな?」

 

「まあ、自らの行いを振り返ってみては?」

 

「この間はともかく、今回のは…なぁ?」

 

 私の態度に困ったように呟く殿下を、ブリジットとエリオットが攻撃する。いいぞ、もっと困らせてやってくれ。

 

「…そんなに酷いかなぁ。ねえシリル、どう思う?」

 

「殿下の判断に間違いはございません。全ては、私の不徳の致すところです…」

 

「う〜ん、これは重症だね」

 

 重症は重症だろうが…これは、殿下は私を起用した結果、シリルの傷を抉ったんじゃないか?

 シリルは熱心なフェリクス信奉者だ。だがシリルはミスをして、フェリクス殿下に『第一王子派の人間(わたし)』の手を借りるという手段を使わせた…これは普通に、致命傷ではないか?

 

「彼女がいれば安心して仕事が出来る筈だ、なんて考えていたんだけど、逆効果だったかな…」

 

「まあ、安心はできるな。傷口に塩を塗ってもいるが」

 

 エリオットの言う通り、シリルのプライドはもうズタボロだろう。これは完治に相当時間がかかるぞ…

 

「まあ、なんとかするんだな。俺たちには手の施しようがねえ」

 

「そんな事よりも仕事をしてくださいませ。ただでさえ今は忙しい時期なのですから」

 

「うん、これは…かなり忙しくなりそうだね?」

 

 はっはっは、仕事とフォローの板挟みに合っている殿下を見るのは楽しいな。まあ、見ているのではなく聞いているだけではあるが。

 

 

 本日の生徒会業務も終わり、殿下に託される形でモニカの身柄を引き受ける。

 

「じゃあレノ、よろしく頼むよ」

 

「はい、殿下のペットには傷一つ付けずにお家まで送りましょう。では、ノートン先輩。行きましょう」

 

 私の言い方に文句があるのか、モニカは口をもにょもにょと動かすが…結局、何も言わずに私の後ろに付くだけだ。

 

 

 モニカと共に、静かな廊下を歩く。向かう先はモニカの部屋…ではなく、私の部屋だ。

 

「あ、あの…わたし、こっちじゃ…」

 

「大丈夫です。ついて来てください」

 

 有無を言わせずにモニカを引っ張っていく。数少ないとはいえ、他人の目もあるだろうが…まあ、この程度なら後でなんとでも言い訳は効く。今はこっちの方が重要だ。

 

 モニカを私の部屋に引き摺り込んで、使用人たちにお茶の用意をさせる。正確にはチョコレートだが…細かい事はいいだろう。

 

 今の問題は…モニカがかなり追い詰められているように見える点だ。

 モニカがストレスの発散方法を知らないのもあるだろうが、今の状況では、そもそも気の休まる瞬間というのも無いだろう。なのでこうして強引に、休める時間を作るのだ。

 

「どうぞ、ここは他に目も耳もない筈です」

 

「は、はい……えっと、なんで、私をここに…?」

 

 モニカの質問に対して、私は何かを答えようとして…言葉を詰まらせてしまう。

 冷静に考えて、なんとかモニカの気が休まる時間を作ろうと考えていたが…私の前では気が休まる訳も無い。いや、でも、しかし…ううん……

 

「モニカ…学園生活は、どうですか?」

 

 数秒の逡巡を経て、やっと出た言葉がこれだった。

 我ながら話し方が不器用だなと思う。しかし、モニカは人付き合いが苦手な方だ。このくらい曖昧な質問の方が話しやすい…と思う。

 

 沈黙が室内を満たす。今、モニカは心の準備をしているのだろう。

 チョコレートを飲みながら数分の間をおいて、ゆっくりとモニカが口を開き始めた。

 

「…わたし、この学園で友達が出来たんです」

 

 モニカの口調は、内容に反して明るい物ではなく、まるで懺悔をするかのような物だった。

 

「ラナと、クローディア様…そ、それに…ケイシー、も、お友達だと、思ってたんです……」

 

 ぽつり、ぽつりと、辿々しく話すモニカの顔は、今にも泣きそうだ。

 

「で、でも…ケイシー、は……り、利用する、ために、私に近づいたって、言って……でも…わ、わたし……そうじゃないって…そう、思いたくて……」

 

 今更ながらに、ケイシーの処遇について思う所が出来たのだろうか…そう考えたが、何も口を出さずに、聞きに徹する。

 

「け、ケイシー、は…とっても、わ、悪い事を、しました……だから、捕まるのは、仕方がなく、て………でも、わた…わたし……別れたくなくて…」

 

 なんとなく、私の考えている事と、モニカの抱いている罪悪感が違う物だと分かってきた。

 モニカはケイシーの処遇自体には多少思う事こそあれど、そこまで傷ついてはいないのだ。

 

「だか、ら、わがまま…言ったら……シリル様が…わ、わる、もの、に…なっちゃって……」

 

 ……ああ、そういう事か。今ようやく、ケイシーの犯した罪と、モニカの傷の正体が分かった。

 嗚咽を漏らしながら語るモニカを見て、私はようやくその違和感の正体を突き止める。

 

 随分と間の良い事故だとは思っていたが…あの事故は、ケイシーが自ら演出した物だったのか。おそらく、アリバイ作りのために。

 だがケイシーが秘密裏に処理された事によって、事件は事故として処理される事になった。あの現場での責任者はシリルだ。だから、ケイシーの犯した罪をシリルが被る事になったと…

 

「ごめ…ごめん……なさい…ごめん、なさい……」

 

 モニカはぼろぼろと大粒の涙を流しながら、ここには居ないシリルに向かって謝罪の言葉を吐き出し続ける。

 モニカは自らの選択が、シリルに罪を被せたと思い込んでいるのだ。あの状況を考えると、モニカが口を挟まなくともシリルが罪を被る事になったとは思うが…それとこれとは別の問題か。

 

 モニカは今、罪悪感で押し潰されそうになっているのだ。参ったな、思ったより深い傷だ…私はちゃんとしたカウンセリングの経験は無いぞ。

 しかし、既に私がなんとかすると決めたのだ。下手なりになんとかしてモニカを慰めるべきだろう。

 

「……モニカは、自分の選択を後悔しているんですか?」

 

「ち、ちが……で、でも…シリル様が、悪者になるのも…いや、で……」

 

 ケイシーを救った事自体に後悔は無いが、それでシリルに罪を被せる事になったのが嫌なのだろう…それくらいは私でも理解出来た。

 クソ、私はこういう時どうやって割り切ったんだっけ……ああいや、私はもっとしっかりへし折れてから吹っ切れたのか。しかし今のモニカを更に叩き折ったら立ち直れそうにも無いぞ…

 

「…随分と、優しい悩みですね」

 

「……」

 

 悩みに悩んだ末に出た言葉は、モニカを責める口調の物だった。

 

 こういった罪の意識によって押し潰されそうな人間は、あえてその罪を攻撃する事によって『罰を受けた』という感覚を得て、安らぎを得られると聞いた事がある…モニカ相手に、この手法が通じるかはわからないが。

 …そもそもこの手法は私には向いていないようだ。この次のセリフが全く思い浮かばないのだ。作戦変更だ。とりあえず、思った事を口に出してみよう。

 

「モニカが今まで、どのように生きて、どのような経験を経たのかは知りませんが…少なくとも、その優しさはあなたの長所だと思いますよ」

 

 私はどちらかというと、長所は長所だとはっきり褒めて伸ばす方が好きだ。短所なんて、よほど致命的な物でも無い限りは無理に叩き直す必要もない。

 それに、優しさというのは人間にあって然るべき物だ。程度の差こそあれど、それが全く無い人間というのは…ひどく、つまらない者だろうから。

 

「まったく、貴方がここまで甘ちゃんだと知っていたら、意地でもこの任務をさせなかったと思いますよ。貴方にとってこの任務は…残酷でしょう」

 

 そう言ってから、自らの甘さに内心で苦笑する。今のセリフだと私の方が甘ちゃんだろう。

 

 しかし…今のモニカの状況は非常にまずい。

 はっきり言って、()()()()でここまで傷ついていては、この先でへし折れても不思議では無いだろう。

 

 正面から堂々と乗り込んでいる私とは違い、モニカの任務は周囲の人間全員を騙しながら行う物だ。モニカがそれを明確に自覚した瞬間、ぽっきりと心が折れる可能性が高い。もしそうなったら、この任務は終わり。モニカの対人恐怖症も悪化して終わるだろう。

 

 ここで私がとるべき行動は…国の為に動くべきだろう。

 

「モニカ…今からとても大事な質問をします。落ち着いたら、教えてください」

 

「…」

 

 私の意思を汲み取ったのか、モニカは一度チョコレートを飲んでから、ゆっくりと頷いた。

 

「モニカ…貴方は、この任務を辞めたいですか?」

 

 私の質問を聞いたモニカは、びくりと肩を振るわせる。

 

「確かに、この任務を辞めれば、この学園で出会った人達とも別れる事になります。ですが、貴方にとっては…出会った人達と一歩離れて接さないといけないこの状況は、とても重荷になる事でしょう」

 

 モニカの手が小刻みに震えているが…それでも、私は話すのを辞めない。

 

「今の貴方の立場だと…別れは避けられません。今ならまだ、傷は浅く済むと思います…私は既に割り切って久しいですが、貴方は違う。『仕事だから』と、割り切れる人間ではない」

 

 モニカは既に傷だらけだ。今まで大丈夫だったから、この先も問題無いなんて…そんな事あるはずが無い。

 引き返すなら今しかない。この先で引き返すとなると…モニカが保たない可能性が高い。

 ルイスにはあれこれ愚痴を言われるだろうけど、そんなの最強(わたし)が受け止めてやる。今はモニカを守る(逃す)べきだ。

 

「ルイスの説得は私がなんとかします。もしも、今回の経験が耐えられる物では無いのなら…私がなんとかします。ですから…」

 

「い、いや…です……」

 

 そうして既にモニカが逃げるものだと考えていた私に対して、モニカが放った言葉は…拒絶だった。

 

「と、とも…だちと…別れるのは……いや、です…」

 

 泣きに泣いて、真っ赤になって尚潤んだ瞳で私を見るモニカの目は…しっかりとした意思のある目だった。

 

 モニカは、私が思うほど弱くはなかったらしい。あれだけ他人に触れ合う事を避けて来たモニカが、人と触れ合う為に逃げないと言い切ったのだ。

 

 だが…しかし……と、私の中ではモニカを庇護対象として守るべきだと言う声が木霊する。

 確かに、私から見ればモニカは今にも折れてしまいそうな、か細い枝にしか見えない…だが、それで本人の意思を無視するのは違うだろうと、私の中の感情を咬み殺す。

 

「…わかりました。これからも私は、出来る限り貴方を支援します。もしも一人で抱えきれない問題があったら、私に相談してください」

 

「…はい、お願いします」

 

 まだ、折れていない。まだ折れない。私が出しゃばるのはもう少し先で良い。モニカは強くなっているのだから、私は彼女を信じるべきだ。

 

「ごめんなさい、レノさん。心配、させちゃって…」

 

「問題ありません。ルイスにも頼まれた事ですしね。もし、私に相談しにくい事があれば、イザベルさんでも良いです。自分一人で抱えきれそうにない時は、誰かを頼ってください」

 

「…はい!」

 

 この様子だと、私の出番は相当先になりそうだ。少なくとも、学園内の些細な問題で折れる事は無いはずだ。

 このまま平和に学園生活が進めば…一番の山場は卒業式前後。モニカはここで出来た友人と別れなくてはならない。だが……それまでは、私が出しゃばる必要も無いだろう。

 

 きっと、この学園生活はモニカにとってとても大切な経験になる。そんな気がしてならない。

 私の勘はそこそこ当たるのだ。絶対に、そうなるだろう。

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