最強騎士の優雅なる学園生活   作:ピグリツィア

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モニカ・ノートンには政治がわからぬ

 モニカがチェス大会の代表に選ばれてからというものの、放課後はずっとチェスを指している。

 私も上手くはないがチェスを知っているので、その場に同席させてもらっている。他人が指すのを見る分にはかなり面白いものだ。

 

 そんな中、チェス大会にて中堅を務めるベンジャミン・モールディングが私とチェスを指してみたいと言うので、一局だけならと付き合った。結果は惨敗だ。

 

「グロスシュヴェルト嬢、君のチェスは…思い通りに動けていないチェスだな!クイーンを中心に据えた音楽を奏でようとしているのだろうが、あまりにもクイーン一人に負担をかけ過ぎている!」

 

「そうですね、私の悪い癖です」

 

 その癖は既に自覚している。しかし、最近はめっきりチェスを指すこともなかったので矯正もしていなかったのだ。

 

「道楽程度の集まりで行うオーケストラに一人、その道の頂点と言える演奏家が混ざればその者のみが浮いてしまう…しかし、それならば相応の演出の仕方もある。だがチェスはそうもいかないのだ!」

 

「……あー、つまり?」

 

「チェスにおいてクイーンは確かに最強だが、君ほどの『規格外』では無いのでもっと相応の扱いを心掛けるべきだ」

 

 先の長ったらしく分かりにくい台詞からは考えられないくらい、至極真っ当な指導をもらってしまった。

 

「グロスシュヴェルト嬢のチェスの強さは中の下ってところか。攻めはかなり上手いけど、守りが疎かだったな」

 

「だからチェスは上手くないと言ったでしょうに…」

 

 最悪盤面が無くても出来るチェスは、戦場での娯楽として適しているからという理由で家で学んだだけであって、別に好きという訳でもないのだ。

 

「チェスは一つの駒のみでは成り立たない!魔剣姫の逸話を聞く限り、君は盤面に縛れるような凡庸な存在ではないのだろう!ああ、その力を一目見てみたいものだ!そしてそれを元に軍歌を作ってみたい!」

 

「…ハワード先輩…」

 

「ほらベンジャミン、さっさと次やるぞ」

 

 分かりにくい表現を用いるベンジャミンは、私にとってはやりにくい相手だ。なのでエリオットに助けを求めて押し付けつつ、私はモニカの側へと退避する。

 

「ふう。チェスを指すよりもモールディング先輩と話す方が疲れますね…」

 

「わ、分かります…こ、言葉が難しくて…詩的、って言うんですよね?」

 

 迂遠な表現を好まない騎士である私と同じように、学者であるモニカも彼の話し方には付いて行けないようだ。まあ、そうだろうとは思っていた。

 

「どうですか、ノートン先輩。チェスは楽しいですか?」

 

「は、はい!チェスは理論上、お互いが最善手を指し続けた場合先手が有利となると思うんですけど、対人戦の場合は不確定要素が混ざる事によって単純な計算での勝負は付かないんです!」

 

「あー…まあ、とても楽しめているようで良かったです」

 

 モニカはセレンディアに来て新たな趣味を見つけられたらしい。それはとても喜ばしい事だが…やはり、先日のルイスの言葉が引っかかる。

 

 思えば、私はモニカについて何も知らない。いや、モニカの性質的に他の人間と比べれば知っている方かもしれないが…それでも、モニカが七賢人(ここ)に至るまでの足取りについては、全くと言っても良いほど知らないのだ。

 私はなぜ、モニカが人付き合いに対して消極的だったのかを知らない。おそらく過去に何か気持ちの良くない経験をしたのだろうが、これも推測でしかない。

 

 興味深そうにエリオットとベンジャミンの対局を見ながら棋譜をつけるモニカの横顔を眺める。私は今のような彼女の表情を見た事は…結構あったな。私の装備についての相談をした時はもっと明るい表情をしていたか。

 

「…?わ、私の顔に、何か付いてますか?」

 

「いえ、お構いなく」

 

 そんな様子でモニカの顔を見ていれば、私の視線に気がついたモニカはわたわたと自らの顔をさする。流石にまじまじと見すぎたな。

 

 視線をモニカから外し、チェスの対局に移す。ちょうど中盤戦に差し掛かった所で、戦況はややエリオットが優勢だ。

 

 そうして暫く、チェスの駒が動く音だけが響く。そんな中、ふと口を開いたのはエリオットだった。

 

「……グロスシュヴェルト嬢は、フェリクスに振り回されて嫌じゃないのか?」

 

 エリオットの質問は数日前に起きた生徒会での騒動を意識した物だろう。他にも何かと殿下の為に動く事も多かったし、毒の件だって側から見れば殿下によって私が縛られているようにも見えるかもしれない。

 

「あの時はまた別ですが、普段はそうでもないですよ。なんだかんだ『お願い』で済ませてくれますから」

 

「あー…そうだな。グロスシュヴェルト嬢は騎士だから、他の奴らよりも『命令』に対する拒否権が無いのか」

 

「ええ。殿下が命令しない理由も見当は付きますがね」

 

「命令した時点でグロスシュヴェルト嬢は騎士になるから、か…」

 

 他の貴族や平民であっても、王族からの命令には逆らい難いだろうが、私が命令に逆らえばまた違った問題が発生する。

 国の下で働く騎士が命令に背いて好き勝手に動くのを許せば…軍事クーデター一直線だ。そうならないように騎士は国の命令を絶対視するし、国は騎士を厳格に管理する。

 なので私は命令に逆らわないし、逆らえない。よほど理不尽な要求でもない限りは、だが。

 

 殿下が『命令』を使えば、確実に私を意のままに操る事はできるだろう。しかし、そうなった時点で私は生徒としてではなく騎士として扱われる。そうなれば、私に学園内で騎士としての権力を行使させる口実にもなる。

 

 詰まる所、殿下が私に対して『命令』を使う時は余程の緊急事態という事だ。そう考えると、私にモニカの面倒を見るように命令した事も重く捉えられる。

 

「そういえば、グロスシュヴェルト嬢は何故セレンディアに?既に騎士の中でも相応の席に着いている貴方がここに来る理由は無いように思えるが」

 

「実家から殿下のお目付役として送られました。お目付けついでに殿下の弱みも握れたら上々、程度には考えているんじゃないでしょうかね」

 

 セレンディアに貴族の子供たちが入学するのは、何も社交界についてを学ぶ為だけではない。将来の人脈を作る事も大きな目的となる。

 その一つが殿下の配偶者の座を巡る争いでもあると言えば、人脈作りがどの程度の重要性かも分かるだろう。

 

 しかし私はそんな物に興味はない。現在はなし崩し的にルイスの任務に協力しているが、元の目的は殿下の怪しい動きに対する牽制だ。

 人脈作りも…私がただの一生徒のままでいられたなら作る努力もしたが、同級生からは今や腫れ物扱いだ。そちらに関してはすでに諦めている。

 

「ふむ…それは公言しても良かったのか?」

 

「ええ、隠してませんからね」

 

 フェアニッヒが第一王子派筆頭なのは、国内の貴族にとっては周知の事実だ。そんな中で私が本職を休んでまでここに来る理由なんて、少し考えれば誰でも予想がつくだろう。

 

「フェアニッヒ辺境伯が根っからの第一王子派だってのは知ってたが、グロスシュヴェルト嬢はどうなんだ?」

 

「私も第一王子派ではありますが、親ほど熱心ではありませんね。強いて言えば、程度です」

 

 私の返答に対して、エリオットは興味深そうに私の顔を見る。私の評価から、殿下がうまく動けば私が第二王子派になり得ると予想しているのかもしれない。

 

 そもそもフェアニッヒ辺境伯家が第一王子派である理由は、フェリクス殿下本人よりも、その背後にいるクロックフォード公爵が気に入らないからだ。

 私も公爵に良い思い出はないが、父や祖父ほど熱心な反クロックフォードという訳でもない。私も戦争は嫌なので第一王子派である、くらいのつもりだ。

 

「それじゃあ、ノートン嬢はどうなんだ?」

 

「うぇ!?わ、わ、わた、わたし、は…」

 

 エリオットから話を振られたモニカは、戸惑いながらも数秒間うんうんと唸り…視線を下に向けながら口をひらいた。

 

「…ごめんなさい。い、いまいち、わかりません…第一王子について、あまりよく知りませんから…」

 

「ま、それもそうか。ノートン嬢は政治に興味なさそうだしな」

 

 同じ生徒会役員のエリオットから見ても、普段のモニカからは政治の匂いが全くしないのだろう。私の知るモニカも、世俗から離れ隠居する老人のような生活をしていたので、そうだろうなとは思っていた。

 

「しかし、いつ聞いてもフェアニッヒが反戦派ってのは意外だな。グロスシュヴェルト嬢が居る今、戦争が起これば一番活躍できるのはフェアニッヒだろうに…やっぱりクロックフォード公爵と仲が悪いからか?」

 

「…我が家は確かに、傭兵をルーツとした家ではありますが、それは人死を喜ぶ理由には成りません。そもそも初代フェアニッヒ家当主が傭兵だったのも、それしか生き残る手段がなかったから済し崩し的にですからね」

 

 我が家の祖先が安住の地を求めながら彷徨った結果、リディル王国の国王に拾われたのは家の歴史書にも書いてある。

 確かに今まで数え切れない程の死体の山を積み上げてきたフェアニッヒだが、だからと言って人の命を代償にしてまで栄誉が欲しいなんて言う人種ではない。

 

 フェアニッヒが第一王子派である一番の理由は、反戦派だからだ。クロックフォード公爵との因縁は二の次でしかない。

 

「私が聞いた話だと、祖父とクロックフォード公爵に何かしら深い因縁があるようです。詳しいことまでは知りませんが、それが理由で父もクロックフォードから細々とした嫌がらせを受けていると聞いた事もありますし、私も直接的にではないにしろ、そのような扱いをされた事もありますから」

 

 しかし、我が家とクロックフォード公爵との間に因縁があるのもまた事実。クロックフォード公爵はやけにこちらを敵視しているし、祖父や父もそれに反抗すべく動いている。

 クロックフォード公爵が私に対して直接何かをしてきた覚えはないが、竜騎士団に所属していた頃に地味な嫌がらせのような圧力を掛けてきたような事はあった。

 それがきっかけで、今の私は名実共に最強の座にいる訳だが…それはそれだ。

 

「クロックフォード公爵とフェアニッヒ辺境伯の対立は根深いらしいからな…何より、軍官であるフェアニッヒが反戦派というのが、またな…」

 

「そうだなぁ…実際に戦場に立つ人間が反戦派ってのは、かなり大きいだろうな」

 

 東部の貴族は、他の地方よりもはっきりと派閥が分かれている。

 戦争になって得をすると見込んでいる武力派の家、領地が前線になるであろう場所に位置する事から、戦争を避けたい家…その二つに挟まれ、慎重に動かざるを得ない家。

 戦争が自身の生活に大きく影響する関係上、他の地方よりも態度が強固だ。だから過激派も生まれやすいし、説得も効きづらい。

 

「あ、あのう…で、殿下が、王位を継承したら…戦争になるんですか?」

 

 …これは、一度モニカにこの国の情勢について勉強させた方が良いかもしれない。予想はしていたが、流石にセレンディアに通う人間として不自然すぎる。

 モニカの言葉を聞いたエリオットも、これは流石に意外だったのかため息をついてモニカを見る。

 

「そんな事も知らなかったのか?まあ、なるだろうな。フェリクスのバックに居るクロックフォード公爵が戦争をやりたがってるってのは有名だし、フェリクスがクロックフォード公爵の言いなりってのもそうだしな」

 

 エリオットの解説に対して、モニカはこちらをちらりと見る。別に私の様子を伺って派閥を決めなくても良いのだけど…

 

「せ、戦争は…いや、です…」

 

「なら第一王子派だな。ライオネル殿下は戦争を起こす気なんてさらさら無いからな」

 

 モニカが戦争は嫌だと言うのは意外だな。正直、そういう感覚は希薄で、どっちでも良いと言うかと思っていた。

 しかし戦争になれば、モニカは間違いなく前線に配置されるだろう。無詠唱魔術なんて戦闘において多大な有利を得られる人材を死蔵するほど私たちも甘くはない。モニカはそれを知って反戦を訴えたのだろうか。

 

「ところで、何故エリオットは唐突にグロスシュヴェルト嬢に対してあのような質問をしたのだ?」

 

「ああ、聞いてくれよベンジャミン。ついこの間、生徒会室でえらい事になってたんだぜ」

 

 そういえば、この話が始まったきっかけはエリオットの唐突な質問からだったか。

 しかしえらい事か…私の知らない間に事件でも起きていたか?

 

「エリオットがえらい事と言うとは、相当なのだろうな」

 

「フェリクスがグロスシュヴェルト嬢を生徒会に誘ったんだ。それも、副生徒会長の席を用意するってな」

 

 …よく考えれば、あれも十分に大事か。最近はもっと物騒な事件続きで感覚が鈍っていたな。

 

「…本当なのか?」

 

「本当だ。なあグロスシュヴェルト嬢?」

 

「ええ、もちろん断りましたが」

 

 私たちの会話が本当だと知ったベンジャミンは、ふむ…と思考を挟む。宮中音楽家の人脈から得られる情報も馬鹿にはできない。彼もまた、一端の貴族という事だろう。

 

「もしもグロスシュヴェルト嬢がそこで殿下の提案を受けていれば、王位継承に大きく影響したかもしれないな」

 

「本当に、あの時は気が気じゃなかったぜ」

 

 やれやれと肩を竦めるエリオットに、私は頷いて同意する。あの時は非常に神経を使った。なんなら螺炎やモニカ毒殺未遂の時よりも緊張したぞ。

 

「あ、あ、あのう…」

 

「なんだ、ノートン嬢」

 

「れ、れの…グロスシュヴェルト、さんが、生徒会に入るのは…そ、そんなに、大変な事なんですか…?」

 

 ……本当に、早くモニカに国の情勢を教えなければいけないかもしれない。特に東部貴族や我が家の持つ力については、早急に。

 

「マジかよノートン嬢、とことん政治に興味が無いんだな」

 

「グロスシュヴェルト嬢がフェリクス殿下の下に付けば、それだけで国の情勢が大きく動くぞ」

 

 他の貴族を蔑ろにするつもりはないのだろうが、今の国の情勢は好戦派と反戦派の争いでもある。元より権力の強い中央はともかく、他の地方は前線になりにくい事もあって、戦場になるであろう東部の貴族たちの発言力が強まっている。

 

「グロスシュヴェルト嬢が最強の騎士だって名高いのも関係してるが、一番大きいのはフェアニッヒ辺境伯家の人間から第二王子派が出るって所だな。これは東部の大貴族二つか三つを味方に付けるのに匹敵するぞ」

 

「先の戦争では常に最前線に居て、終戦間近でもフェアニッヒ率いる兵団は前線を下げなかったからな。好戦派にとってフェアニッヒを味方に付けるというのは、下手な中央貴族を味方に付けるよりも重要な事だ」

 

 万が一戦争を起こすとなった時、七賢人に近しい発言権を持つのは前線の将校の意見だ。その中には東部の貴族たちも居るし、フェアニッヒもそうだ。

 いくら他の地方貴族が口を挟もうとしても、戦うのは前線の兵士たち。部隊を率いた経験のあるルイスならばともかく、それ以外の七賢人も所詮は個人に過ぎない。最大限尊重されるべきは現場の意見なのだ。

 

「……も、もも、もしかして…あの時って、本当に、すごく、大変だった…ですか?」

 

「さっきからそう言ってるだろ。あの時は本当に国の歴史が決まりかねなかったんだよ」

 

「第二王子側に付いている東部の貴族も多くはないからな。第二王子派が高名な軍官を味方に付けられたなら、それが決定打になってもおかしくは無い。そもそも、ノートン嬢こそ知って然るべきではないか?君はケルベック伯爵家の子なのだろう?」

 

 ケルベック伯爵家は東部一の軍隊を持つ貴族だ。しかしかの家は王選に対して中立を保っている。

 そんなケルベック家が第二王子派となれば、それは現場の人間が戦争に対して前向きだという事に他ならない。

 兵の質ならばフェアニッヒも負けてはいないが、大規模な戦争ともなれば数の方が重視される。痩せた北部の地の山岳地帯に領地を持つフェアニッヒでは、数を用意するのは難しい。

 

 名目上とは言え、そんな東部随一の名家の子であるモニカ・ノートンが第二王子を取り巻く事情に疎いのはかなり怪しまれるのだ。

 

「あ…えっと、その…それは……」

 

「ノートン先輩は少し立場が特殊でして…家での待遇はあまり良くないそうなのです」

 

「なるほど…ついでに教えておくと、ケルベック伯爵家もフェアニッヒ辺境伯家に並ぶ立場の家だぞ」

 

 今の言葉を聞いたモニカの体が硬直する。ベンジャミンから齎された情報は、モニカにとっては驚愕の新事実だったらしい。

 予想はしていたが、やはりモニカはケルベック伯爵家の権威を把握していなかったようだ。

 

「………あ、ああ、あの…ええっと……も、もも、も、もしかして…わ、私が生徒会に居るのって……」

 

「実家での立場が悪くて良かったな、ノートン嬢。危うくノートン嬢の選択で国の未来が決まる所だったぞ」

 

 万が一、モニカがケルベック伯爵の実子、もしくはそれ相応の扱いを受けている養子として学園に潜入していた場合…事態はもっとややこしくなっていた。

 特に王位継承に関わる場面では、中立派であるケルベック伯爵家を引き込む一手にも成り得る。モニカの選択によって、この国の未来が左右される可能性すらあったのだ。

 

 …とまあ、ここまで『モニカ・ノートン』の持ち得る政治的影響力について語ってきたが、もしもモニカが本気で政治に介入する気なら、もっと効果的な手がある。

 七賢人、モニカ・エヴァレットの名で第一王子を推薦すれば良い。それだけで情勢は一気に動く。モニカ・ノートンとして必死に動くよりももっと効果的だろう。

 

「あっ、あばっ、あばばばば……」

 

 自身の立ち回りがようやくどういった影響を及ぼすのかを理解したモニカは、奇声を発しながら痙攣し始める。

 私としても、モニカ・ノートンが生徒会に入ったと知った時は「よくもまあそんな大胆に動けるものだな」と考えた。実際は殿下の勢いに流された結果らしいが。

 

「まあ、実際はケルベック伯爵の実子であるイザベル・ノートンが生徒会に入っても、情勢に影響はあるだろうが、決定打には成り得ないだろうな」

 

「一学生の選択で決まるほど、この簡単な問題では無いからな。本人が相応の権力を持つグロスシュヴェルト嬢だからこその問題とも言える…チェックだ」

 

 七賢人という身分を隠しているモニカとは違い、私は自身の身分を隠してはいない。それどころか、結果的にだが周囲にその身分を知らしめる事件も起きている。

 セレンディアに入る前までは、ここまで自身の身分を大々的に周知させる気はなかった。精々が同級生と、剣術を嗜む者に教える程度だったのだが…人生とは、何が起きるか分からないな。

 

「…しまった、政治の話に熱中しすぎたな」

 

「クイーンを強気に動かし過ぎたな。グロスシュヴェルト嬢に引っ張られたか?」

 

 気づけばチェスの盤面は終盤に入っている。ここからエリオットが逆転できる目は…無さそうだ。

 

「まあ、ノートン嬢ももう少し国内情勢に目を向けた方が良いぞ。ケルベック伯爵家は東部一の名家なんだから…これでどうだ?」

 

「悪くはない、が…こうだな」

 

「だよなぁ…あークソ、本当ならもっとあっさりとこの会話は終わるはずだったんだけどな」

 

 エリオットの苦し紛れの一手も、素気無く返された。流石にこれ以上は蛇足だろう。二人もそれが分かっているのか、感想戦へと移っていく。

 

「まあ、もしもフェリクス殿下から仕掛けるとするなら、今年が山場になるだろうな」

 

「セレンディアにフェアニッヒとケルベックが揃っているからな。積極的に動くなら、そうなるか」

 

 クロックフォードの目的からして、フェアニッヒかケルベックのどちらかは懐柔しておきたいはずだ。

 場合によっては、私でなくともイザベルの方に粉をかける可能性も低くはない。既に面識はあるし、私とイザベルの関係も知っているだろうから…

 

「気をつけろよ、ノートン嬢。フェリクスがその気になればお前も巻き込まれるからな」

 

「ひ、ひ、ひええぇぇぇ……」

 

 エリオットの脅しに対して、モニカは素直に怯える様子を見せる。少し涙が出ているあたり、政争に巻き込まれるのが相当嫌なのだろう。

 

「とは言え…生徒会役員がこの有様じゃ問題か?なあ、グロスシュヴェルト嬢」

 

「流石に、世間知らずも度が過ぎますね。それもケルベック伯爵家の人間ともなれば尚更です」

 

 モニカの世間知らずは私の想定を遥かに超えていた。ケルベック伯爵家の人間として立ち振る舞うなら、そこらへんの情勢くらいは頭に入れていると思っていたのだ。

 

「暇があったらちょっとは勉強しとけよ。東部の事情については俺よりもグロスシュヴェルト嬢の方が詳しいだろうから、そっちに聞くのも良いかもな」

 

「差し当たっては、まずは自身の家の格についてきちんと知った方が良いですよ。いくら末席とは言え、ノートン先輩もケルベック伯爵家の人間なのですからね」

 

「は、はい…」

 

 モニカも今日の会話で自身の不足を思い知った事だろう。潜入任務なのだからそれくらいはきちんと頭に入れておいて欲しかったが…ルイスが言うには爵位の序列すら知らなかったらしいし、ここまで取り繕えた事を褒めるべきか。

 

「暇があれば私からこの国の現状について教えますね、ノートン先輩」

 

「ご、ごごご、ご、ごめんなさいぃぃ……」

 

「なんで謝るんだよ、ノートン嬢」

 

 おそらく七賢人就任時の『矯正』について思いを馳せているのだろう。あれはルイスとの共同作業で、モニカを人間にするためにあの手この手を尽くしたのだったか。

 確かに必要とあれば相応に厳しく行くつもりだが、今のところはそうするつもりはないので肩の力を抜いて欲しい。

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